神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 更新しました。
 チャイカの一期が終わった。二期が楽しみになる終わり方でした!
 ダークソウル2のDLが発売です。2000円で三部全部買えますので、買ってしまう事になりそうです。いやぁ、何だかんだでダクソ2は面白いのでまだ続いてます。DLで人もまた戻って増えると良いです。
 そして、新作のブラッドボーン!
 あれのPV見てフロム脳になりそうでした。新武器の銃がどうなるのか、楽しみです。久しぶりにゲームが早く欲しい気分になりました。


62.姉妹二人

 ―――警報が鳴った。

 なんでだろうか、自分が死ぬ時が来たのだと自然に悟った。彼女の人生は母と父に囲まれた幸福の中で始まり、家族が消えて地獄に堕ちた後、また家族の手で救い上げられた。しかし、また地獄に堕ちて苦痛が始まるのだと理解してしまった。

 ……今度は、生きられないかもしれない。

 溜め息を重く吐く。この世の無常に諦観してしまった。奇跡とは、人間にとって有り得ないから奇跡なのだろう。今の人生は奇跡的な幸運で手に入れた日常であったのに、それも終わりが訪れた。奇跡にも終わりがあった。

 衛宮士郎の姉であり、衛宮切嗣の娘である聖杯―――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、出口が無い終わりを感じ取っていた。

 

「……イリヤ」

 

 彼女の分身とも言えるリーズリットの、鋭く警戒する硬い声。

 

「イリヤ様、今は打つ手が有りません。此処は私達が囮となりますので、遠くへお逃げ下さい」

 

 彼女を守り続けて来たセラが、決死の意思を表して主人に生きろと願った。

 

「無駄よ。抵抗しても殺されて終わり。狙いは私だけでしょうから、むしろ貴女達が逃げなさい……って。何よ、何でそんな馬鹿を見る目で私を見るの」

 

 セラとリズは本気の本気で、イリヤのことを呆れた視線で見つめていた。

 

「士郎様のアレが移ってしまいましたか。残念です。けれど、そう仰られるのでしたら猶の事、従者として引くに引けません」

 

「セラに同意。やるべき事をやるだけ」

 

 彼女たちにとって、イリヤスフィールは全てだ。命であり、尊厳であり、在り方だ。彼女と共に死する時まで在り続ける事が、既に決めた自分達の生き方。

 

「じゃあ、道連れにしちゃうけど……―――本当に、良いの?」

 

 心が痛む程、伝わって来た。イリヤにとって、セラとリズは家族だ。自分以上に多分、彼女達を愛しているのだろう。

 士郎も大河も桜も凛も、イリヤにとっては大切な“誰か”になった。

 しかし、セラとリズはそう言う“誰か”とは別格。彼女達は運命共同体以上の、命を共有している他人ではない誰かなのだ。

 

「構いませんとも」

 

「どんと来い」

 

 返事は分かり切っていたのに、それを聞いている自分の感情が分からない。イリヤはただ純粋に、死にたくないと思う異常に、彼女達二人を死なせたくないと思ってしまい……

 

「―――うん」

 

 ……そんな、簡単な返答しか出来なかった。

 

「気を付けろよ、ツェリ。此処は敵地で、キャスターはまだ森の戦地にいる」

 

「分かっております。事は急がねば、計画も頓挫して苦労が水の泡になってしまうでしょう」

 

 そして、敵意は衛宮邸内部から。侵入者はまるで空間をそのまま渡って来たかのように、唐突に庭の虚空が出現していた。

 血濡れた白い骸骨鎧と大剣を装備する魔術師に、四肢に有刺鉄線を巻き付けた大鎌を持つメイド服の魔術師。二人の傍にサーヴァントは居ないのだが、無駄だった。力量差が余りに隔絶してしまっていた。轟くような魔力の濃さに、執行者や代行者に良く似た血生臭さが、異様な存在感を放っていた。魔術師と言う常識外の者から見ても、更なる異端の者であると分かる風貌と気配。

 ……あ、これは死んだ。と、イリヤもそう直感してしまったし、セラとリズも今此処で死ぬのだと感じだ。

 イリヤはこの雰囲気を一度だけ味わった事がある。確かそう、この感触は九年前に、ギルガメッシュを連れて神父が城を襲って来た時と同じ絶望感。

 

「―――ああ。なんだ。一発目で居るぜ、ついてる」

 

 カシャリ、と金属板が擦れて当たる高音。白い骸骨を模す鎧を着ていた魔術師―――エルナスフィールは、騎士鎧の大部分を四肢に付けた篭手と具足と、胴の鎧部分に収納した。兜も胴に収納された所為で、そのアインツベルンのホムンクルスに相応しくない黒髪黒目の風貌を外に出していた。

 エルナは土足のまま縁側から、イリヤたちがいる居間へ侵入。ツェリもまた彼女に後ろに続き、衛宮邸に入って行った。

 

「……なにやってんの?」

 

「エルナ様。日本では土足はマナー違反ですよ」

 

 背後で座り込んだ自分のメイド。日本では家の中で靴を脱ぐのが一般常識で、何だか当たり前な光景ではある。そうなのだけど、この状況にそぐわない事をしていた。

 

「今は良いよ、脱がなくて」

 

「そう……で、ありますか―――」

 

 生真面目な天然はこれだから面倒だ、と表情でエルナは感情を吐露した。靴からメイドは手を離し、主にそのまま続いて行った。

 若干、居間に変な空気が流れたものの、エルナとツェリが三人の前に対面した瞬間、イリヤは相手が一体何なのか理解したし、エルナは喜悦のまま優しく微笑んでしまった。従者達は黙り込み、主人達二人の問答を冷静に見守っている。

 

「―――アインツベルン」

 

「その通りです、アインツベルン」

 

 余りにも雰囲気にそぐわないエルナの敬語。全く相手を敬っておらず、語調には相手を揶揄する悪い気配が混ざっていた。名前も知らないアインツベルンのマスターに対してイリヤは自分の家名を口にし、アインツベルンの最高傑作であったイリヤスフィールへエルナスフィールは嘲りで答えたのだ。

 

「そして、初めましてイリヤスフィール。

 私の名前はエルナスフィール・フォン・アインツベルン。

 この度の第六次聖杯戦争のキャスターのマスターにして、アインツベルンの悲願を担いし―――聖杯の模造作品」

 

「―――……まさか」

 

 聖杯の、あの人造人間品番の模造品。自分がそうで在ったように、目の前の魔術師もそうで在る。つまり、同じ系譜に位置する同じホムンクルスの、アインツベルンが真似するあの聖女の複製体でもあった。ならば、答えを得るのは容易かった。イリヤスフィールにとってのアイリスフィールが、エルナスフィールにとってのイリヤスフィールであるだけ。それは……そんな、単純な話。

 

「分かりましたか、お母様。この私、エルナスフィールは貴女の娘です。そして、私の遺伝子上の父親は、お母様の父上でもあります―――衛宮切嗣です」

 

 自分と自分の父親を混ぜた生き物が、目の前にいる。この人造人間ですらない生物が、遺伝子上におけるイリヤの娘。

 禁忌であり、異端。

 何故なら、この女は自分と同じ衛宮切嗣の娘である。

 父親が同じで在り、母親が自分であり。その上、聖杯の複製体でもある自分自身の模造品―――!

 

「……嘘、よ。そんな、そんなこと、許される事じゃない……」

 

「本当ですよ、お母様……いや。もう、良いか。もう、良いんだ。やっと会えたんだ。もう、我慢する必要もないんだ。

 なぁ、お母様? ねぇ、お姉様?

 貴女の娘だよ、娘。そうさ―――此処に、娘のエルナが会いに来ました」

 

「……ねぇ、何で―――髪と目が黒いの?」

 

 これが答えだと、イリヤはわかっていた。アインツベルンの人造人間(ホムンクルス)には大元の(タイプ)として、とある人物の遺伝子設計図(システム)が組み込まれている。その情報こそがアインツベルンの魔術師である証明でもあり、逃げられない人造人間の製造設定。

 だが、エルナは違った。彼女は白い髪でも無ければ、紅い目でもない。黒髪黒目の上、顔立ちも何処となく東洋の血統が混ぜっている無国籍風味。

 つまり、そう―――

 

「理由は簡単さ。そりゃ正確に言えばこの私が、アインツベルンの人造人間(ホムンクルス)じゃないから。

 アインツベルンの魔術師として作られたけど、私はお前ら聖杯のホムンクルスと違って、冬の聖女と繋がっていないのさ。

 ツェリはさ、イリヤスフィール(お母様)の完璧以上の複製体だ。戦闘用に変異させられているけど、設定された大元の遺伝情報はイリヤスフィールのソレさ。つまり、聖杯でもある人造人間」

 

 ―――エルナスフィールは人造人間(ホムンクルス)ではない。アインツベルンの魔術師でありながら、彼らが生み出した人造生命体では無いという矛盾。

 ならば、何なのか。この女は一体、何だと言うのか。イリヤは思い付いた答えに狂気を感じた。恐怖して、吐き気がした。あの家は何も変わっていないと思っていたが、違っていたのだ。更に妄執は深く黒く溜まった澱となり、より鋭く異常に狂った粘度で執着していた。

 

「そうなんだ。貴女、人造人間から生み出た人間の魔術師なのね」

 

「正解だ。ああ、正解だよ、お母様。この身はね―――四分の三が人間なんだ。ホムンクルスなのは、たったの四分の一だけ。殆んど、ただの人間だ。自然の触媒じゃなければ、聖杯には程遠い生命体で、ただの生き物さ。錬金術で生成された人間だけど、ホムンクルスじゃない人造人間。

 私はアインツベルンの魔術師じゃない―――衛宮の、魔術師なんだ」

 

 それは狂気さえ生温かい倫理の外れ。エルナはアインツベルンの魔術師だが、その本質は魔術師一族衛宮の人間である。機能の拡張が施されているとは言え、聖杯の能力を取り付けられているだけの―――人間だった。

 イリヤや、イリヤの完全な後継器となるツェリは、本質は冬の聖女に連なっている。言わば、ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンの娘。彼女達は、その魂が大聖杯と繋がっている。そして、セラやリズもアインツベルンの血統に連なる人造人間の脈を持つが、エルナだけは完全なる異端。彼女は人間の魔術師であり、其の魂も人間に属す故に、アインツベルンの人造生物でありながら、ホムンクルスならざるアインツベルンの魔術師。

 故に、正確に言えば、アインツベルンの魔術師と言うのも間違い。

 

「……だったら、貴女こそ本物の衛宮切嗣の娘なの?」

 

 エルナはアインツベルンの血よりも、衛宮と言う人間の血で生まれた。アインツベルンよりの聖杯へと胎児の時から調整されたイリヤと違い、エルナはそのままの魂で誕生していた。

 

「遺伝子的にはそうなるね。この霊体と肉体、それに魂もただの人間だから。調整されたお母様よりも、お父様に近い存在だよ。

 だから、ほら―――あの男の亡き骸から剥ぎ取った魔術刻印は、こんなにも私に良く馴染む」

 

 対面に座るイリヤには見えないだろうが、エルナの背中に刻まれている魔術刻印が強烈に発光していた。

 

「―――墓を暴いたって言うの!?」

 

「そうだが? 今から八年程度前のことさ」

 

 その輝きこそ、衛宮家の継承となる証明。つまり、時間操作を研究していた魔術師一族衛宮の最後の継承者。

 

「一応、大聖杯の確認と調整もあってね。昔、教会の仕事でアインツベルンの城まで来た監督役の神父とも、またこの冬木の地で再会して、色々と聖杯戦争関連でお仕事の話をして……まぁ、どうしてもね?」

 

「―――貴女、アイツと繋がってるって言うの……?」

 

「いや、それは断固として否定させて貰う。あの男はね、この戦争を万全を喫して再開する為に、色々と裏方で策を巡らせていたんだ。聖杯を作るアインツベルンと交渉するのは大前提で、その他諸々の関係各機関との調整も大切な監督仕事。私の家の方も、利害が一致したんで、あの神父に援助してた訳さ。この第六次聖杯戦争を、誰の邪魔無く出来るようにってね。

 ……けれど、それだけ。

 戦争が始まって参加者同士となれば、もう殺すよ。お互いが用済みだし、その殺意が前提の協力だった訳だし」

 

「……あのアインツベルンが、あんな悪魔と手を結ぶ程、誇りを売り払っているのね」

 

「なにを今更って話だよ、それ。じゃなきゃ、お母様もツェリも、この私もこの世に生まれる事は無かっただろーに」

 

「そう。まぁ、それは如何でも良い事ね。じゃあ、何でわざわざ―――キリツグの墓を荒らしたの?」

 

 アインツベルンにとって、衛宮切嗣は既に関わる必要のない裏切り者。屈辱と恥辱を与えられたが、その報いは娘を奪い取る事で果たしている。

 故に、無駄な行いなのだ。

 何故、第五次聖杯戦争が終わった時期に、衛宮切嗣の墓を荒らす必要があったのか?

 

「何て言うの、ただ証が欲しかったんさ。

 この私―――エルナスフィールが人造人間ではなくとも、エルナスフィールで在る証明が欲しかった。

 その辺、日本の文化はムカついた。こっちと違ってよ、遺体は焼かれちまった所為で面倒だった。けど、半分以上は死灰から復元したぜ」

 

 焼いて灰になった死体から刻印を復元するとなれば、その作業は多大な執念が要る。刻印が刻まれていた箇所の灰を集め、儀式魔術によって時間を遡り、必要な部分を物理的に再生した。

 これは、アインツベルンが持つ錬金術の高い技術があって初めて可能な神業。

 死体から魔術刻印を再現するのは、並大抵の技量では無かった。だが、聖杯を作る程の技術があれば、刻印を読み取って作り直す事も不可能ではない。魔術回路そのものを人造人間として作り出せる技巧を駆使すれば、形を失くした刻印を元の生きた回路へ錬鉄可能。それをエルナの肉体に焼き入れた。其の時の儀式魔術は多大な精神的外傷と、意識の許容範囲外の苦痛を彼女に与えたが、エルナに耐えられない程の痛みではない。

 

「つまり、貴女個人の意思なのね」

 

「そういうこと。あの家がそんな無駄なことする訳がない」

 

 そして、エルナはもう無駄話は終わりだと言う様に、一歩一歩イリヤに近づいた。それを咄嗟に止めるべく、セラとリズも動いたのだが……動けなかった。

 認識する間もなく、体中に有刺鉄線が絡み付いていた。

 天井から、床から、壁から、二人の四肢を拘束し、棘で血肉を削ぎ取っていた。そして、首に鉄線が巻き付かれてしまい、それは命を完全に握られた事を意味していた。また、ツェリは魔術を使い、従者二人の言葉と回路を封じていた。呪文を封じ、動作を封じ、魔術を封じ、完全に詰んだ状態にした。

 

「――――――!」

 

 イリヤが二人の異変に気が付いた時、もう事は済んでいる。振り向いた背後には、一瞬で血塗れになった従者。何時有刺鉄線を家に仕込んだのか分からないが、魔術師の知覚を騙す程の技量を相手は持っていると言うこと。

 

「動くと死ぬ。ツェリの棘は鋭くてね、頑丈な魔獣も一瞬で肉片になる」

 

 言葉もないイリヤの肩に、エルナは手を置いた。咄嗟に払って落とせない様な、万力を締めるかの如き圧迫感が伝わって来る。

 

「―――エルナスフィール!」

 

「あは! やっと名前で呼んでくれたんだ、イリヤお母様!!」

 

 そして、イリヤの心臓の上にエルナは術符を置いた。第六次聖杯戦争の為にアインツベルンが用意した聖杯を取り込んだ、あのキャスターの宝具を―――その神秘を解放する!

 膨大な魔力、桁違いの概念。

 生まれ変わるのではない。作り直されるのでも無い。今のイリヤスフィールは、アインツベルンでは不可能であった真の完成を迎えるだけ。

 

「魂の聖杯―――やっと、完成する」

 

 性能として考えれば、最高傑作であるツェリでも、人型兵器であるエルナでも―――聖杯戦争程度の小聖杯としてならば十分。肉体に聖杯を植え付け、それを運営すれば良いだけ。

 しかし―――イリヤスフィールは、本当に完成した後の聖杯だった。

 アインツベルンが作り出した過去最高の性能を持つ聖杯を、その魔術基盤をキャスターは宝具を使って生み直した。泰山府君の秘術である十二神将の能力によって、聖杯に相応しい本当の魔へ人造人間の心身を転生させる。聖杯、と言う式神新たな人造鬼神に作り直す。そして、宝具化した術符によって術式機構を練り込み、それを相応しい人物に吸収させる。

 肉体が聖杯に変異(転生)するだけではない。

 肉体を通して魂を聖杯へ変異(転生)させる。

 こんな荒技は普通の人造人間(ホムンクルス)には不可能だった。だが、第五次で本当の聖杯に生まれ変わった過去を持つイリヤスフィールならば、不可能ではない。彼女は本物の聖杯であり、根源の渦と繋がり第三法のシステムを知る異端の娘。

 

「終わりましたか、エルナ様」

 

「む? そこの同胞さんのお二人、グッタリしてるけど殺したんか?」

 

「毒を使わせて頂きました」

 

 二人はイリヤが聖杯と化した姿を見た後、体から力を失くしていた。セラとリズには意識が完全に無かった。目の前でイリヤがイリヤスフィールではない何かへ生まれ変わったと言うのに、何の変化も無かった。表情も一つも変えていなかった。尤も、仕方が無い事だ。ツェリが錬金術で生成する毒素は、死徒の血肉もグズグズに溶かす。自然界にも滅多に存在しない猛毒であると同時に、呪詛で以って更に劇薬と化しているのだから、効果の程も当然であった。

 とはいえ、そんな猛毒であるにも関わらず、騎士と神父には効かなかったが。しかし、この二人が例外なだけであり、セラとリズにはしっかりと毒は効いた。

 

「後、殺していません。メッセンジャー役を始末する訳にはいきませんので」

 

「―――そうさ。死んで貰うと、困る。

 イリヤスフィールが生きている可能性があり、アインツベルンに誘拐されたとちゃんと証言する奴が居ないとね」

 

 衛宮士郎と、その同盟者。彼らとイリヤスフィールが親しいのは知っていた。この度の誘い込みは失敗に終わってしまったが、この事実を知ればまたアインツベルンの森に来なければならない。イリヤスフィールを助けたいと願うならば、失敗に終わった討伐をまた挑戦しなければならなくなる。

 

「保険でもあるんさ、お母様は」

 

「エルナ様。この方はワタシのオリジナルでもあり、ワタシにとっても母に当たります。アナタが抱いている複雑な心境も、幾分かは共感出来ます故に、どうか―――」

 

「―――分かってる。もう結末は分かってるから、良いんだ……別に」

 

「そうでありますか。でしたら、どうか納得のいくように」

 

「まぁ、ね。んな事はわかってるぜ」

 

 強きの口調で会話を締める。母に当たるイリヤを大事に抱え、不安定な表情を浮かべるエルナをツェリは鉄の無表情で静かに眺めていた。

 そして、メイドは自分の同僚であるキャスターから貰った術符を取り出した。エルナが使ったのもそうだが、この宝具はキャスターの手により彼女達が魔力を込めるだけで使用可能となる様、少々改良されている。よって、ツェリが術符を行使するのも問題はない。無論、キャスターのように複雑怪奇な術式の担い手になる事は出来ないが、単一の簡易的な機能ならば無問題だ。

 

「……あーあ、お母様(次善策)を使う事になるなんて。英霊(サーヴァント)魔術師(マスター)の皆殺しをきっちり上手くこなせば、こんな事しないで戦争も終わって楽だったのに」

 

 そんなエルナの無念を残し、三人は衛宮邸の居間から姿を消失させた。残されたのは、血塗れのまま昏倒しているセラとリズだけ。

 エルナとツェリは目的の人間を二人の前で聖杯に完成させた後、悠々と自分達の城へ帰還していった。

 

 

◆◆◆

 

 

 時刻はもう日の出となる早朝の薄暗い時間。キャスターは、静かに失敗を認めた。誘い込んだマスターとサーヴァントたち全員に逃げられ、間桐勢の暗躍も確認出来た。

 セイバーは脱落と言っても良いが、恐らくまた自分達の敵として現れる。今度は衛宮士郎のサーヴァントではなく、間桐桜のサーヴァントとして自分達と争う事となるだろう。加えて、ライダーとバーサーカーとアヴェンジャーの陣営は念入りに対策を練り、更に厄介な障害となって敵対する事となる。

 しかし―――

 

「…………アーチャー。ふむ、問題ですね」

 

 ―――問題はアーチャーだ。あれの正体は、何処かの平行世界の未来軸で契約した守護者であった。そして、サーヴァントである自分のことを知っていた。そのような素振りがあった。

 だとすると、自分の確実な攻略方法を覚えている可能性がある。

 弱点や真名、能力の特性だけではない。

 この戦局が刻一刻と変化する聖杯戦争において、どのタイミングで、どんな手段で、どんな成果を出せるのか知っている可能性さえある。キャスターも占星術と、千里眼の未来視と、宝具のよって在る程度の先の未来予知も可能だが、それよりも確かな知識を持っているのかもしれない。

 風が吹けば、棺桶屋が儲かると言う諺がある。

 アーチャーはそれに近い事が出来るかもしれないのだ。

 何処かの陣営を的確に誘導、または騙し、キャスターを殺す機会を作る。

 過去の事実として、キャスターを死んで聖杯戦争を脱落する可能性を見出し、その確実な殺害方法を駆使してくるのだ。と言うよりも、自分ならば問答無用でそうして敵を殺す。

 

「…………ほう。緊急用の策として、前聖杯の奪取には成功しましたか」

 

 主人からの連絡を受けた。もう転移して城の一室に戻っているらしく、安否の確認も出来た。エルナスフィールとツェツェーリエを単独行動させるのは凄くとても心配であったが、この“森”を機能させるには自分が出て行く訳にはいかない。

 なので、可能な限りの補助を二人にした後、エルナが出した提案を受け入れた。その結果として、七騎の内一体の魂も聖杯に吸収出来なかったが、いざという場合に備え、其の聖杯をイリヤスフィールを用いて万全にしておいた。

 

「後は―――そうですね……面倒ですが、仕方ありませんね」

 

 と、術符を取り出した彼は一瞬で消えて、また何処かの空間に現れた。キャスターの周囲の風景は一変し、先程まで居た場所とは全く違う場所に移動していた。

 此処は浄化し過ぎて、まるで消毒液の中みたいだった。

 白く清浄な空間で、透明で無機質な神の為の聖堂。

 大きなパイプオルガンが鎮座する聖なる信徒の拠り所―――冬木教会。

 

「―――サーヴァント?」

 

「ええ。その通りですよ、第六次聖杯戦争監督役―――カレン・オルテンシア」

 

 朝早く、教会の清掃に勤しんでいた彼女の前に、突如としていてはならない怪物が現われた。そして、キャスターは、もしもの場合を準備しておく必要があった。その為にはあの代行者、言峰士人の精神を揺さぶる必要性が出てくる。それが此処に来た理由であり、キャスターにとってのカレンの利用価値。

 

「クラス名はキャスターです。当初の予定とはいきませんが、まぁ、計画通りに誘拐させて貰いたく。この度、わざわざ参上させて頂きました」

 

「……ふぅん。そうですか。では、ご自由にどうぞ。貴方へ危害を加えるような抵抗とかしませんので」

 

「あらら……?」

 

 拍子抜けと言えば、拍子抜けな態度。この聖杯戦争を纏めるとなれば、最高純度を誇る信仰心の持ち主が、人死にが多い聖杯戦争を纏める監督役に選ばれる。魔の殲滅だけが確かな人型の修羅であり、信仰を守護して神罰を代行する殺し屋であり、外道も良しとする怪物達。

 しかし、このカレンと言う司祭に戦う意志が無い。

 瞳に映っているのは、静かに笑みを浮かべる自分(キャスター)の姿だけ。

 

「本当に、あの化け物神父の妹君ですのかね?

 雰囲気は非常に似てますが、変です。血の繋がりも見れません。それに在り様は同じ様に奇怪ですけど、反対側に位置するほど異なっている様に見えますし―――あ、呪われ易い体質の方ですか……成る程。神父は呪われて変異した怪人でしたけど、貴女は生まれながらに自分に呪われていると。

 呪詛を自己に練り上げ悪魔と化した言峰士人と、呪われる事を受け入れ続ける貴女では、確かに惹かれ合うのかもしれませんね」

 

 キャスターは言峰士人の魔術に気が付いていた。そもそも固有結界とは、術者の心象風景の法則である。元々はこの魔術の魔術基盤は妖精や悪魔が大昔に使っていたものであり、異界法則を成す魔術理論・世界卵も彼らが所有していた神秘。

 ならば何故、言峰士人が異界法則を使えるのか。

 キャスターはその眼で神父の肉体と精神、そして魂を見抜いた。

 この男は魂に異界法則を所持していた。元々の才覚は在ったが、それが悪神の呪詛によって悪魔の特性を得るに至った。つまり、悪魔ではない人間の身でありながらも、真性悪魔に匹敵する異界法則の使い手となった。原因はアンリ・マユの呪詛を受け入れるのでも無く、拒絶するのでもなく、支配するのでも無く、自己にした為。自分の一部としてではなく、元から自分自身として在る魂へ変異したからだ。

 

「不愉快なお化けですね。死人は死人らしく、大人しくあの世で死んでいれば十分でしょうに……」

 

 稀に、魔に呪われ易い人間がいる。キャスターは様々な人から怪異を祓い、妖魔を払った過去を持つ。また、魔物の生態系にも詳しく、特に妖怪の専門家でもあった。妖怪変化ならば彼以上の知識人はそうはいない。

 その経験と眼力で、カレン司祭を見抜いていた。

 キャスターは自分に暴言を吐く女が如何に清らかな、汚れて尚も在り方を正しく在れる聖女であると理解した。

 

「……もっとも、貴方のように英霊に成る程の死人ですと、この世に対する未練をタラタラと幽界(かくりょ)で流しているみたいです。

 でなければ、再び甦って現世でヒトを殺戮する等と、邪悪な迷いごとを考える何てしないでしょう」

 

「あはは、全く以ってその通りです! 吃驚でしたよ!

 いやはや、まさかこの自分が、生前に殺し回っていた鬼の同類になるとは思いませんでした、アッハッハッハッハ!」

 

「…………」

 

 カレンはこの男は面白味はあるが、自分が楽しめる人種ではないと気が付いた。キャスターと名乗るサーヴァントの男は、まるで目に映る全てを理解している家の様な賢人で、明らかに人間以上の人外の頭脳の持ち主。

 大変嫌な事実だが、カレンは自分が見抜かれている事を見抜いた。そして、相手が何を考えているか気が付けない。普段ならば有り得ないが、自分が一方的に心を覗き込まれている。

 

「……それで、私を誘拐して何がしたいのです?」

 

 ならば、まず答えを知らなくては。

 

「人質ですよ。取り敢えず神父を脅してみますが……まぁ、無駄に終わる可能性が高いです」

 

「当然でしょうね」

 

 確かに、士人はカレンに対してらしからぬ程に優しく、甘い。だが、それは決して人間性として出てくる善性では無い。むしろ、常識的な観点からすれば悪性の発露であり、あの男にはそもそも善性も悪性も無い。

 家族を人質に取られた。

 そんな程度の不幸、当たり前な悲劇に過ぎない。

 衛宮士郎にとっても、遠坂凛にとっても、これに関しては神父と同じ感覚を持っている。人は死ぬし、殺されてしまう。当たり前な事実。むしろ、そんな危機的状況をどう利用して敵を殺そうか、と理性的にまず思考するだろう。

 

「ですので、本当の目的は秘密です」

 

「――――――……」

 

 そして、カレンは聖杯戦争中は普段から離さず、身に纏っている聖骸布を手に持った。男性が相手ならば問答無用で拘束する概念武装である布は、例え相手がキャスターであろうとも効果を示すだろう。会話をして油断を誘い、好機を見出し―――キャスターは手の平を向けただけだけなのに、布は一人でにひらりと宙を舞った。そのままキャスターの方向へ流れ、彼は相手の武装を奪い取ってしまった。

 

「―――ほっほう……?

 男性限定の拘束ですか。また、何と言いましょうか、厭らしい武器を選びますねぇ……」

 

 ふむふむ、と軽く頷く。手に触っただけで、キャスターはモノの本質をあっさりと把握する。危害を加えるような抵抗はしないと言ったが、抵抗そのものを放棄するとは言っていない。嘘はついていないが、油断出来ない相手だとキャスターは愉快に感じた。

 

「では、誘拐させて頂きましょう。もっと抵抗しても良いですけど―――自分の死骸を、あの神父に見せたくないでしょう?」

 

 ただの脅し文句だ。キャスターはこの女が自分の命を奪い取られるよりも、自分が死んだ姿を身内に見られる方が苦痛とする者だと分かっていた。

 そして、それは―――全く以って正しかった。

 カレン・オルテンシアが、言峰士人よりも先に死ぬ。救って貰った自分の死に様を、救ってくれた兄に見せつけてしまう。

 ―――駄目だ。

 それだけは許せない。

 

「はぁ。仕方ありませんね。私も自殺のような無駄死には、余り好みな死に方ではありません」

 

「確か……キリスタン、でしたっけ?

 私が生きていた時代より後に日本に入って来た宗教。まぁ、私が生きた時代も仏教が入って来た変革期で、色々と政治もごたついていましたねぇ」

 

「……そうですけど、何ですか突然?」

 

 相手が何であれ、カレンの態度に変化は零。修道女らしく誰に対しても平等に接し、どの様な人種、魔術師、代行者、執行者、死徒、悪魔、悪霊、英霊と区別しない性質であった。ある意味、差別主義者よりも性質が悪い特性だろう。

 それも、自分を誘拐しようなんて相手を前に、世間話と同じ雰囲気で聞き返す豪胆さ。尤も、そんな女であると見抜いたからこそ、キャスターも楽し気に世間話をしているのもあるのだが。それに敵は陣地から過ぎ去り、時間は腐るほど余っていた。

 

「自殺は大罪なんですってね。貴女たちも死にたい時に死ねない何て、不自由な神様を信じていますよ、全く。宗教は何であっても個人の自由な主義ですけど、他の宗教を否定する宗教は好きじゃないんですよねぇ。異端審問とか、何を言ったところで醜いだけの、屑の所業じゃないですか?

 この国の平安の世にも良くある現実でした。

 魔や人との関わり合い。大陸から流れて来た宗教観念と、日ノ本古来からの神話の在り方。当事者からすれば本気なんでしょうけど、第三者から見ると下らない子供の喧嘩です。ですけど、人が余りにも多く死に過ぎて、喜劇になり得ぬ虚しい悲劇。

 気持ち悪いものは、やっぱりどんな時代でも見ていて気持ち悪いですよ。これはどんな国、どんな文明、どんな人種にも共通する気色悪さです」

 

 相手の反応が楽しみだ。こう言う問答を楽しめなくては、人生を生き抜く価値がない。本来ならば、無駄な徒労で、老後に楽しむ静かな自己の哲学が、他人とって何を感じさせ、何を考えさせるのか。

 自分の思想と、相手の思想を娯楽にする。

 即ち、世界と他人と自分について考え続けること。

 そんな延々と果て無く思考回路がキャスターにとっての、生き抜いた老後に見付けた楽しみであり、人生哲学となる娯楽だった。

 

「つまり―――貴方は、私たちが醜いと言いたい訳ですね。神を信じる愚か者と」

 

「いえいえ、まさか。神を信じるのは、無力である事を正しく認識した人間であれば、とても有意義な信仰となります。

 何より、神の力に仕える莫迦者は死んで良いですけど、しっかりと神の在り方を認め、神の心を感じ、神の教えを知り、神は神であるだと理解しているのでしたら、それは立派な信仰者。貴女みたいな地位を持つ司祭としても相応しい人格者でしょう。その点、貴女は良い信仰心を持っていると、私は思いますよ。自分の信仰の在り方を神に押し付ける者は、この世で碌な事はしませんしね。また、神の威光を利用する者もまたしかり。

 しかし、神は神。人は人。魔は魔のまま、何も変わらず数千年です。

 ほら……でしたら―――貴女が持つ信仰の正体って、何なんでしょうかねぇ。不可思議に感じませんか?」

 

「何を、ですか……?」

 

「その呪われ続ける苦しみは、本当の貴女なのでしょうかね?」

 

「……これは―――私は、いえ。けれども、これが私の人生です」

 

 この男が自分の心の何を見て、知り、覗いているのかが分からない。しかし、分かる事が一つだけある。キャスターが語る言葉は、自分にとって嘘は無い。

 

「わかりますよ。ええ、私も子供の頃からこの世の不可思議、全てを見通せてしまいました。普通の人間ならば見たくも無いもの、何もかもが視界に映りました。やがて、私は未来も、過去も、人の心も、精神性の形も、人格の在り方も―――そして、魂も見えて仕舞えるようになりました。

 だから、貴女の苦しみも理解出来ます。

 そして、その苦痛の価値も分かります。

 自分なのです。その先天的な歪みもまた、己そのもの。自己を形成する因子」

 

「――――――」

 

「神を信じているのではないのです。神に救われたいのでも無い訳です。ただ、信じても良いから信じているだけのこと。信じない理由がないから、結果として神を信じているだけの惰性です。

 その原因は、親に捨てられたから。

 自殺した母親の子供と、蔑まれて無機質に育てられたから。それだけのことです」

 

「――――で、それが何か?」

 

 もはや、如何でも良い傷。カレンにとって、心身が痛み、苦しむ事など当たり前な日常だ。自分の心の奥底に沈んでいる澱を掘り返され、在り様を暴かれた所で何も感じない。何かを、余分な感傷を思うことも無い。

 

「会わせて上げましょうか。貴女の父親―――言峰綺礼に。知りたいでしょう、そうなってしまった原因をね」

 

 だが、そんな事はキャスターは理解していた。分かった上で、無視出来ない悪夢を見せつける。

 

「……なにを、馬鹿な事を」

 

「ふふふ、くく。考えるまでも無い事ですよ―――出来るのです。

 私ならば、会わせられます。それに協力して下さるのでしたら、あの神父の魂も貴女のものになるのも不可能じゃないですからね」

 

 キャスターは、人の心を弄ぶ。長い年月を掛けて年老いた老人の悪い癖。

 

「監督役を、誑かす気ですか。たかだかサーヴァント風情の、悪霊に過ぎない貴方が?」

 

「的を得てますね。その通り、誑かしているのですよ。この瞬間、監督役の貴女をね。でも、心が揺れ動いてますね、楽しそうだとワクワクしていますね。

 ……抗う事に、意味はあります。

 人を人足らしめるのは、理性と尊厳。

 しかし、自分の本性に逆らう程の価値が、その信仰にあるのですか?」

 

「――――――」

 

 何か良くない衝動(刃物)が、カレンの理性(皮膚)を破ろうとしていた。彼女が今まで生き方としていた信仰心を、生来の在り方によって深く心の底まで穿たれた。

 

「他に信じるモノも見当たらず、そう在り方を決めたから、その生き方を続けてきただけ。なのに……貴女は、他に信じても良いものを―――死ぬ前に見付けてしまった」

 

 キャスターは第五次聖杯戦争で召喚されたサーヴァントの、その記録を時間が許す限り集めていた。その中でもアーチャーのサーヴァントと、アヴェンジャーのサーヴァントは別格の情報。なにせ、この度の第六次聖杯戦争のマスターとして参加しているのだ。

 ならば、念入りに情報収集するのは当たり前。彼は千里眼と占星術によって、彼ら二人の残留思念と魂の欠片に対し、過去視の陰陽術を行った。泰山府君の秘術によって復元された魂魄から、生前の情報を盗んだのだ。

 その二人の人生に関わり合いのある人間達もまた、この聖杯戦争の関係者。

 遠坂凛、間桐桜、バゼット・フラガ・マクレミッツ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、殺人貴、衛宮切嗣、言峰綺礼。神父が呼びこんだ異端の極みと言えるデメトリオ・メランドリに、アデルバート・ダン。そして、今キャスターの目の前にいる―――カレン・オルテンシア。

 

「―――言峰士人。人間性を失くした泥人形なのに、何故かカレン・オルテンシアには関心を持っていますね。愛ではなく、恋でも無く、情でも無い。それはね、貴女が神の信徒であるのと同じ理由だからですよ。

 自分が―――言峰で在るから。

 あの男に拾われたから、あの男が捨てた貴女を拾った。

 救われない貴女をまともな人の身にまで掬い上げて、生命と人生を救った。あの男の末路である英霊は、そんな終焉に至る程に、何も無い人型でありました。

 本当、救われない人生ですよ―――神父も……貴女も、ね。

 だからこそ、救われるべきだと思います。私でしたら、その魂を救えます。今までの全ての答えを、教えて上げましょう」

 

 カレンは、気が付いていなかった。しかし、その事実を認められる歪さがある。強さと言っても良い精神の強かさ。

 

「―――下らない。貴方はつまらないです。それが一体何だと言うのですか。確かに……ええ、そうです。その言葉通りでしょう。

 あの男に、まともな人間性はありません。

 私と同じ様に、そんな機能がありません。

 ごっそりと中身が無くなった空白の心しか、感じた事はありませんでした。けれども、それで十分。彼はそんな様なのに、私の兄であると認めてくれました」

 

 初めて会った時、神父はまるで自分の鏡みたいな男だった。言峰士人……つまり、血の繋がった父親の養子。そして、家族がいたと言う現実。何より、この異常性の理解者で。

 同じだった。同じ痛みと、同じ苦しみ。

 他人と共感出来ない自分達は、やはりお互いに共感は無かったけど、そうで在ると理解できた。

 

「狂いそうになる程、彼には何も無い。その空白が、私を救ってくれました。

 ―――愛おしい。

 この世誰よりも救われない。私以上の報われない異常者で、私以上に純粋な在り方の持ち主で……だから、良いのです。

 自分を救えないのに、それでも言峰だからと救ってくれた。それ以上の何を、あの人から求めると言うのですか。何も内側に無い人から、何を欲しいと求めるのですか」

 

「……ならば、要らないのですか?」

 

「ええ。この私にはまだ、人を愛せるだけの―――生きた自己があります。呪われて心身がもう死んでいようとも、生を実感出来ます。

 けれど、あの人には(ソレ)が無い。

 でしたら、そう在り続けるだけで、もう自分は満足ですから」

 

 ゆっくりとキャスターは目と瞑った。笑みを消し、儚げに息を吐く。再度、開いた瞳に映るのは―――感動。決して、星を詠み、道を知るだけでは知り得ぬ人間の姿。キャスターが知りたいヒトの魂のカタチ。

 

「私は、人間が好きでしてね。昔は人嫌いな偏屈な修行狂いの若者でしたが、歳を取ると他の人間の在り様に興味を持ちました。様々な物事を学び、神秘を鍛え、自分を強くするのと同じ様に、他人を知る事はとても楽しかった。

 ―――貴女は、とても美しく、可憐です。

 今まで私が知り得ぬ人格の持ち主ばかりに出会えて、こんな馬鹿騒ぎに参加した甲斐がありました」

 

「……―――」

 

「酷いですねぇ。何こいつ、気持ち悪いって表情ですね」

 

「良くお分かりで」

 

「自覚はあるんですよ。こう見えても私、根は平安ロマンチスト貴族ですので。まぁ、何かしらの浪漫を一つでも持っていなければ、本気で陰陽道の深淵になど辿り着けませんけど……なので、事はさっくり済ませますか。

 来て貰いますよ、我が要塞まで―――」

 

「―――好きに、すれば良いでしょうに。こっちはもう丸腰ですし」

 

「では、お手を拝借」

 

 そして、キャスターに右手首を掴まれたカレンは、教会から消え去った。一つだけ式神を残し、キャスター達は聖杯戦争勝利の為に、監督役にまで手を出した。

 アインツベルンは遂に、魔術協会と聖堂教会まで敵に回した。

 だが、それも如何でも良い些末事。聖杯さえ手に入れば関係の無い過失となり、そもそも―――キャスターが監督役を誘拐したと言う事実は存在しない。

 

「ふむ。吾はカレン・オルテンシア。いや、私の名前が、カレン・オルテンシア。情報の上書きは……はぁ、少しだけ不備があるようですね。厄介ですが、それも時間が解決してくれます。記録の方も……あら、聖剣の鞘の防衛とはまた。これが原因ですね……」

 

 そして、ひらひらと地面落ちた式神の術符から、人型が具現した。その異形の怪異は次第に形を変え、キャスターに誘拐されたカレンへと姿を変えた。

 

「……ええ、はい。では、我が主様。こちらの方は万事お任せを」




 急展開その一でした。
 イリヤとカレンが敵の手に落ちました。また、カレンの方にはキャスターが人格をコピっといた無駄に優秀な式神が居ますので、ある人物を除いてカレンがカレンで無い事がばれる事はないです。また、イリヤに取り込まれた術符には、アインツベルンが元々作っておいた無機物の聖杯が収納されておりまして、その術式だけをイリヤの魔術回路に上書きしたような状態です。後、エルナとツェリが撤退する他の陣営を討伐しないで居なかった理由が、前聖杯のイリヤスフィールを奪取する為でした。
 読んで頂き、ありがとうございました。

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