神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 久しぶりの更新です。読んで頂いてくれていた方々に謝罪と同時に、こうしてまた読んで貰える事に感謝します。
 決して、ダクソ2のダウンロードで遅れた訳ではありません。伸びる剣でガリアンごっことか、レーヴァティンとかしてた訳じゃないんです。けれど、浪漫武器って何歳になってもロマンが詰まっていて良いですよね。次の浪漫武器に期待大です。ダンジョンも、本当にダークファンタジー世界観に似合う謎解きダンジョンで正直、こう言うゼルダチックな雰囲気があるのも大好きです。ステージとしてですと、ソウルシリーズで一番初見で楽しかったかもしれません。トーマス先生マジデーモン。


64.決裂

 殺人貴はついつい警戒が薄れたのか、溜め息を吐いてしまった。長く、重く、粘りつく、疲れ切った老人の如き枯れ木の様相。

 今は廃棄予定の拠点にいた。森からアジトに戻り、これから同盟を結ぶ予定の相手と結託し、新しい本拠地に移動する予定だった。同盟相手の殺し屋ダンと、マスターの美綴に、バーサーカーも同意見であったが、今のアジトは敵にバレテいる可能性が酷く高い。となれば、組んだ相手であるダンとバーサーカーと共同戦線が張れる場所に移り、戦略的優位拠点を立てなければならない。

 

「――――――……」

 

 色々と戦況も入り込み、混沌としてきた。そんな悪感情が湧き出る自分の心理状態を整える為に、殺人貴は穏やかな表情で黒い少女の頭を撫でた。膝枕をしてながら、少女を優しく労わっていた。包帯を巻いていて目付きは分からないが、死神にはとても程遠くて似合わない目線で彼女を見ているのが分かる。

 少女は淡い青色が特徴的で、赤目が目立つが今は瞼を閉じているので分からない。しかし、まるで子猫が日向で眠るような仕草は、この男を信頼し切っている事が一目で理解出来た。

 

「このロリコンめ」

 

 もっとも、綾子は全く空気を読まなかったが。

 

「……おい。流石のマスターでも、ここは空気読んでくれない?」

 

「やだ。断る。レンから色々と、アンタの事は聞いてんの。実年齢を考えれば、レンは真祖のお姫さんと同レベルの御高齢だけどさ……流石に、そんな見た目の少女にあれこれするんはどうよ? ねぇ、どうなのよ?」

 

 どんな気持ち、ねぇねぇどんな気持ちと、うざい口調でサーヴァントをいじめる悪党なマスター。

 

「――――――さて。問題はキャスター討伐と、ライダー対策だけど。マスターは良い案あるかい?」

 

 色々と理由があったのだ、理由が。しかし、言ったところで何にもならない。と言うより、あの顔は知っていてい言っている者の表情。なので、殺人貴はそのボケを(スルー)した。

 

「え、スルー? 相変わらずな女の敵だ。アンタも何だかんだで、衛宮やエンハウンスの同類だよね。言峰とは少し違うけど、世捨て人な所も似て無くはないかな。あーあ、ほんとに最悪な部類だよ。女にとっての災厄だね。

 まぁ、ぶっちゃけ、どうでも良いけど……」

 

 綾子にとって殺人貴は憎き怨敵。しかし、今は殺せないし、気分でも無い。なので、こうやってネチネチと何処かの神父みたいに言葉のメスで精神的解剖を行うしかない。何だかんだで綾子も楽しいのだ。

 

「……そうだね。問題はキャスターかなぁ。あいつ、そもそも聖杯要らない類の魔術師でしょ」

 

 よって、今から少しだけ真面目になろう。会話を重ねれば、あるいはある程度の理解を得られるかもしれない。理解できなくとも、こいつの何が理解できないのか分かるかもしれない。

 

「伝承も奥深い英霊みだしね。俺は元々退魔一族出の淨眼使いだけど、あのキャスターの千里眼も自分と同様、一種の淨眼だろうな。本来なら眼に見えない何かを見通せるんだろう」

 

「ふーん、成る程。未来視、過去視は出来て当然か。エゲツないね、実にエゲツない」

 

「それにアレ、受肉していたぞ」

 

「受肉―――……受肉か! そう言うカラクリか。いやぁ、やっとあの理不尽に納得出来たね!」

 

「俺の直死の魔眼は元々は淨眼だ。本来なら見えないモノを見通す。死に触れる事で死が見れる様になったけど、それの応用で死を持つモノなら現象だろうと概念だろうと直“視()”可能だ。

 あいつはな、自分で魔力を生成していた。

 十中八九、自分に式神の宝具を使っている。

 その能力で肉体に現世で活動可能な仮初の器を、自分で用意して与えているんだろう。加えて、あの陣地内に限らず、宝具を応用して何処で在ろうとも、日ノ本の都であった京都で召喚させるのと同等の知名度補正を得ている。

 ……でなければ、あそこまでの神秘は扱えない。英霊として、羨ましい限りだ」

 

 故に、安倍晴明は常に万全。何処で召喚されようとも、何時の時代であろうとも、知名度補正を自前の陰陽術で最高値まで取り戻す事が出来た。

 宝具と陰陽術を応用し、彼は生前の肉体に近い器を式神として用意した。そして、その器は受肉した状態な上に、英霊として持つ知名度による補正を最大限まで恩恵を受けられる。つまり、正真正銘本物の“安倍晴明”である怪物なのだ。座からの分霊でありながら、もはや本体と区別出来ない魂の化身。

 

「英霊の魂の活性化か!? いや、そんなの有り得るのか?」

 

 もしもな話に過ぎないが、彼は日本以外で召喚されれば弱体化する。しかし、そもそも保有している宝具とスキルは、己が極めた術理が伝承として具現したもの。他の英霊のような道具系統や乗り物、あるいは加護を受けた自分の肉体でもない。そうなれば、そもそも自分の魂の霊格を陰陽術で本来のソレに戻せば、全てを取り戻せる。

 

「さぁな。生前に何処ぞの誰かの神秘でも真似たのか、オリジナルの術式なのか知らないが、魔法に等しい魔術に違いない。神霊魔術はかくやと言う桁違いだ。

 宝具・十二神将の大元になってる陰陽道主祭神の秘技―――泰山府君の祭が何処まで可能かは知らない。けど、奴の式神は肉を持っていた魔だった。ならば、奴自体も式神同様に受肉していても不思議ではない。

 いや、そうでなければ、そもそもアレ程の大規模魔力消費にマスターが耐えられる訳が無い。冬木全ての太源を集めても、足りるかどうかあやふやな式神の軍勢と、陰陽の地城要塞だった」

 

「サーヴァントとして得られた仮初の肉体に、式神の器を利用してほぼ完全な―――いや、むしろ生前以上の性能を得ているのか」

 

 二人は詳しく理解出来ないが、キャスターの陰陽術の極みは第三法に近い神秘を保有している。彼は受肉させて活性化した自分の魂と、得られた肉体と霊体の二つを利用して自前で魔力を生成していた。死を視る殺人貴だからこそ、殺す為に相手の魂そのものを殺せるアヴェンジャーだからこそ、キャスターが自分に仕掛けたカラクリに気が付けた。

 

「それに日本と言う地域そのものから、あれは魔力を無尽蔵に集積出来るかもしれない。そして、自分もサーヴァントの枷から外れて無制限に魔力を生成出来るとなると……まぁ、魔術師の英霊としてだと最悪の部類だ。こんな怪物が地元の日本の聖杯戦争に参加するなんて、ただでさえ反則染みた知名度補正にペテンで上乗せ補正を掛けられる」

 

「どう殺すのさ? キャスターは難敵だけど、ライダーってサーヴァントもかなり危険だよ」

 

「この二体に搦め手は逆効果だからな。こっちが考えられる戦略なんて、向こうが考え付いていると言うのが前提になるし。

 二体とも殺せなくも無いけど……さてはて、上手くいくとは思えなくて厭になる」

 

「まぁ、だからこうして、あの殺し屋とバーサーカーと同盟組むんだけどね」

 

「違いないな。出来れば、キャスターやライダーを陣地から誘き出して、せめて対等な場所で殺し合えなければね。でないと、殺せるモノを死なせられない」

 

「あたし個人としてだと、ライダーの方が厭な敵だ。怖いのはキャスターだけどライダーは多分、結構あれな手段を使ってくる。キャスターも必要なら人質や騙し討ち位するかもしれないけど、ライダーは必要なら国を生贄に捧げる狂人だ。冬木程度の小さな街、さくっと皆殺しで火達磨さ。むしろ、その程度の狂気を飼い慣らせなければ、戦乱の王にまで成りあがれなかったんだろうけど。

 怖いね。何をするか分からない上に、何でもしてきそうな奴って敵にしたくない」

 

「人間って生き物は、そうだね。実際、死徒や悪魔なんて化け物以上に、生き狂ってる獣なんだろう。そんな人と言う生き物を戦乱で統べ、略奪に生きた王となれば―――その狂気、化け物以上に怪物的な人間の化身だ」

 

 人間を殺すのは、何時だって人間だった。アヴェンジャーは天性の殺人鬼だが、“人”殺しではない。化け物専門の怪物相手の殺人鬼。逆に綾子は、化け物よりも人間の方を多く殺していた。彼女もまた、後天的ながら血を浴び慣れた殺人鬼である。

 そんな二人でも、ライダーを厄介に思う気持ちは一緒だ。

 あの男は殺人鬼ではなく大量虐殺者。殺人では無く、殺戮を尊ぶ略奪の王。

 

「その点、バーサーカーは狂人なのに、何気に良識的な王様だからね。あたし、アレには少し吃驚した」

 

 あの英霊は、見た目と気配に反してそれなりの善性を持っている。常識があり、普遍的な人間性を理解している。気紛れで裏切りなどはしないだろうと考えられた。マスターの方の殺し屋も、稼業が稼業だけに約束や契約を違えなければ、仕事人として一定の信用が可能。

 

「狂戦士のサーヴァントよりもバーサーカーしてるの多いからな。実際、八騎も参戦してるとなると、同盟相手が重要になる。だけど、あのエミヤと遠坂凛とは同盟は良いのか?」

 

「……まぁ、仕方が無いさ。

 衛宮はまだまだ正義の味方で、遠坂はそんな正義の味方の味方。同盟は結んだ方が良いけど、構わないんさ。どうせ、殺し合う故もないから、戦場でばったり会った時に協力し合えば良いだけ」

 

「冷めてるね」

 

「信頼してるの。二人の人格をね」

 

 淡々と二人は時間を潰していた。日暮れ前に移動する為、同盟相手を新たな拠点へ向こう準備は整っている。後はもう、時が過ぎるのを待つだけだ。

 

 

◆◆◆

 

 

 ―――考えた結果、同盟は危険だと判断した。アーチャーにとって、奴らは殺すべき害悪だった。

 彼女にとって有り得ない選択肢。

 そもそも遠坂凛と結んだ契約内容にも無い。衛宮士郎とセイバー以外との同盟は契約違反ではないが、アーチャーにとって許し難い相手が提案されてしまった。

 

「なあ、マスター。それ、正気なのか?」

 

 血溜まりになっていた衛宮邸の居間は、既に魔術を用いて清掃されていた。セラとリズは寝室で眠っており、イリヤが消えた成り行きを凛と士郎は聞いていた。

 この場にいるのは、凛とアーチャーだけ。

 士郎は二人の看病をしており、高価な魔術薬品も使用して治療に専念していた。

 

「当然でしょ。戦力の補強として考えれば、むしろ道理だわ」

 

「―――いや、違うだろ。はっきり言えば良いよ」

 

 帽子を深く被り込み、彼女は帽子の鍔で目元を影で隠していた。しかし、視線の強烈な圧迫感が隠れる訳ではない。

 

「……何を、かしら。アーチャー?」

 

「聖杯を壊す気、なんだろう?」

 

「……何を言っているのかしら。最初から、貴女にはそう喋った筈よ。この度の聖杯戦争の優勝賞品は呪われているって」

 

「違うさ。アタシが言ってるのは聖杯じゃなくて、システム基盤となっている―――大聖杯だ」

 

 大聖杯。聖杯戦争で手に入る聖杯ではなく、聖杯戦争のシステム運営を行っている巨大魔法陣。とある魔術師の魔術回路そのものであり、アインツベルンが成した正真正銘本当の聖杯。小聖杯とは、大聖杯に繋がる孔をあける為の、英霊の魂が座に帰還する際の通路でしかない。

 つまり、大聖杯こそ、聖杯戦争の中核を成す本体。

 これが破壊されるとなれば、もう二度と聖杯戦争は起こり得ない。

 

「知ってる訳ね……そうなんだ」

 

 召喚されたサーヴァントには現世の知識が植え付けられる。だが、聖杯が与える知識にも限度がある。ならば、アーチャーが大聖杯を認識しているのは、個人的な理由があったから。それも生前に、何かがあった英霊であるのは確定だ。

 

「当然だよ。元々アタシはこの聖杯戦争で人生の歯車が狂った。いや、運命を自分で選んでしまったとでも言った方が、色々と格好が付くかな」

 

 アーチャーにとって、聖杯戦争が元凶だった。魔道に墜ちたのは本当に些細な出来事で、裏側の現実に気が付けただけだった。それに劇的な変化があった訳でも無く、助けられた自分は良くある神秘における悲劇で、最初の一歩目を歩んだ訳でも無かった。

 

「なぁ、マスター。アンタの計画は何となくだけど、分かってるんだ。サーヴァントであるアタシにゃ関係無いから聞いて無かったけど、もうそう言う訳にはいかないみたいだし」

 

「……何の計画か、言ってみなさいよ」

 

 凛は、聖杯戦争はもう起こらないと勘違いしていた。正確に言えば、起きたとしても六十年後だろうと考えていた。なにせ、聖杯で出現したあの孔はエクスカリバーで破壊した。

 だが、実際に第六次が九年後に引き起こされた。

 何かが可笑しい。彼女は鋭い直感と、理論的な考察力で自分が騙されていた事に気が付いた。

 自分がもう聖杯戦争が起きないと考えてしまったのは、そう―――弟子である神父の言葉と行動からだ。イリヤから心臓を除いて聖杯としての機能を取り除き、彼女の寿命を助けたのも勘違いに拍車を掛けていた。次の聖杯戦争を望む者が、聖杯を不完全にして壊すなどと考え無いだろう……何て、あの神父について考えたのが間の抜けた話。

 宿った令呪に驚き、彼女は衛宮邸に戦場生活で慣れざる負えなかった電話を使い、イリヤスフィールに連絡を取った。急いで冬木に帰り、事のあらましを聞いた。聞いた話ではイリヤもまた、第六次は予測出来なかった。と言うよりも、感じ取れなかったらしい。士人が施した延命術によって、聖杯としての機能が弱まる代わりに、大聖杯との繋がりも弱まる。それにより、戦争の始まりを聖杯として感じられなかった。

 

「聖杯戦争の完全解体でしょ。いざという場合、聖杯が起動したらセイバーの聖剣で召喚された杯をまず破壊する。都合がつけば、そのまま元凶の大聖杯を解体する予定だったんだろ?

 だけど、現状はこうなった。

 セイバーはもう座へ還っただろうし、頼みの専門家であるイリヤスフィールは敵の手に渡った。イリヤ不在となれば大聖杯の解体も、予定より手間が掛かる。

 ……と、なればだ。一番手っ取り早い手段は一つしか無い。

 あのイカレ狂った本物の死神―――殺人貴を利用して、起動する前の大聖杯を殺してしまえば良い。解体作業も不要で、そのまま廃棄出来るしね」

 

 大聖杯の存在を凛が知ったのは、つい最近だ。聖杯が呪われているのは第五次の後、イリヤから元凶を聞いていた。神父も肯定していた。

 しかし、肝心の大聖杯を士人は兎も角、イリヤも黙秘していた。何故か?

 答えはシンプル。大聖杯の破壊を意味するのは、アインツベルンと魔術協会を敵に回す行為だったから。聖杯戦争中の混乱期にどさくさ紛れに壊せれば問題は無いが、戦争期間外に破壊したとなれば、この冬木で狩りが始まる。そうなれば、協会が碌な事をしないだろう事は明白。

 安住の地が消える。

 何より、聖杯戦争はもう冬木では起こらない筈だった。

 ……と言うのも、本当は事実では無い。

 

「分かってるじゃない。それが一番。セイバーの聖剣だと、起動前の大聖杯を破壊するのは危険だもの。だからこうして、態々聖杯戦争を進めて、優勝しなくても最後まで勝つ必要があった」

 

「知ってる。魔力が溜まりに溜まり、孔が起動する前の大聖杯を聖剣で破壊するなんて、原子力発電所に核ミサイルを撃ち込むような暴挙だ。冬木市が消えて無くなっても、不思議じゃない。

 だけど、孔を開けるのにエネルギー消費した大聖杯になら、聖剣を使っても問題は無い。洞窟が崩れる程度の被害だろうしね」

 

 イリヤはそもそも、大聖杯の破壊が不可能だと悟っていた。一度、洞窟の中を保険として見に行った事がある。アインツベルンの誰かが、他の何者かの仕業が分からないが―――聖杯に干渉すれば、自爆する様に術式が施されていた。

 聖杯戦争が始まる前に解体しようモノなら、聖杯に眠る悪魔が敵意に反応して具現する。それに、まだ他にも解体阻止の対策が大聖杯には施されていた。現代よりも遥かに進み過ぎた魔術理論が成す術式が幾重にも積み、聖杯自体が覚醒しなかれば破壊は不可能。

 そして、完全に甦るには英霊の魂が必要。

 だが、不完全でありサーヴァント召喚システムを利用すれば、神霊ではないが英霊の規模で“何か”が出てくる様、防衛術式で改竄されていた。恐らく、第五次が終わってから一年も経たずに誰かが第六次の準備を始めていた。

 イリヤが誰にも喋らなかったのは、そう言う理由だった。それを士郎と凛は聞いていた。大聖杯の存在と、それを話せなかった訳。

 二人が知れば、どうなるか。

 大聖杯はもはや、何時か起こる予定の第六次聖杯戦争が始まるまで手出しが出来ない。それでも尚、解体しようとすればアインツベルンと協会との全面戦争となる。下手をしなくとも、他の魔術結社も手を出してくる。

 彼女は、家族の安全を取った。

 士人と契約し、士郎を出来るだけ助けるように契約も結んでいた。その条件に、なるべく聖杯戦争に関わらない様に言われており、大聖杯の存在を聞かれるまで話せない状態でもあった。

 

「詳しいわね、アーチャー。でも、良いのかしら? もう、そこまで入り込めば真名を言ってるようなもの。

 サーヴァントとして……って言う契約から外れてしまうわよ」

 

 遠坂凛とアーチャーとの契約は一つだけ。マスターとサーヴァントで在れ、と言う大原則だけがある。この契約があるからこそ、凛は気が付いていながらアーチャーをサーヴァントとしてい扱い、アーチャーも凛をマスターとして見ていた。

 それを、アーチャーの方から破り掛けてきた。

 召喚した時から爆発させたかったありとあらゆる不平不満を飲み込み、凛は我慢していた。そうしなければ、アーチャーが主従契約を破棄するのは目に見えていた。

 

「アタシの正体はマスターの御察しの通りだ」

 

「そう。つまり……」

 

 此処から先は、もうマスターでなければ、サーヴァントでもなく―――

 

「―――友人としてのお願いだ、トオサカ。

 あたしはね、その為だけに聖杯戦争に参加した。それを邪魔するって言うんなら、誰だ在ろうとも全力で戦場から排除させて貰う」

 

 凛にとって、本当の正念場。選択肢を間違えれば、サーヴァントを失うだけではない。心を許し、自分と同じ魔道に生きた果ての彼女が敵になる。

 

「―――聖杯は破壊する。大聖杯も解体する。

 けれど、貴女の邪魔はしない。

 何をしようとも、遠坂凛の邪魔をしない限り―――貴女は自由に、未来を選んでいい」

 

 最大限の譲歩。凛が与えられる最上限の言葉。

 

「ありがとう、マスター」

 

 万感の思いを込めた言霊だった。英霊に相応しい、重く強い台詞。たった一言で全てを納得させる埒外の説得力を持つ。

 つまり、彼女はまだ、遠坂凛のサーヴァントを演じてくれるらしい。ならば、凛もマスターを演じなければならない。そうでなければ、二人はまともに戦争も出来ない程、本来は近しい間柄であった。

 

「けれど、大聖杯破壊は手伝ってくれるんでしょうね?」

 

「当たり前さ。世界を滅ぼす訳にはいかないし。あの“女”と同盟を結んで協力して、殺人貴を使い潰して大聖杯を消すのも別に構わない

 最初の契約通り、聖杯は要らないよ。

 けれど―――死ぬ訳にはいかない。消滅してしまえば、望みが叶えられない」

 

「……で、その望みってヤツは何時叶えるのよ。後、何を願望とするのか、そろそろ言ってみいい頃合いでしょう?」

 

「ああ。過去の改竄だよ。未来を変える為に、大元に少々手を施したくてね」

 

「なにそれ……? 聖杯を使わないってなると、自分の手で変えるの?」

 

「あのさ、マスター。あの聖杯は呪われてるんだ。それを知ってるのに、そもそも聖杯を使おうとか考え無いよ。叶えられても、自分の願望を歪曲されてしまっては無価値だしね。それに、アタシは他のサーヴァントみたいな願望はない。

 そもそも聖杯なんて、良かろうが悪かろうが無価値にしか感じられない。アタシはそう言う英霊なのさ」

 

 ライダーは聖杯を万能の殺戮兵器として利用しようと考えている。バーサーカーは身の内の憎悪と怨嗟を殺戮で撒き散らしたいだけ。セイバーは自分を召喚した恩人に報いたいだけ。ランサーは心置きなく全力の闘争を楽しみたい。キャスターは聖杯を魔術道具の一つとして手に入れて研究したい。アサシンは自分の名前が欲している。アヴェンジャーは生前の無念を清算しようとしている。

 アーチャーが知っている彼らの事情。どのサーヴァントも別々の願いを持っている様に、アーチャーもまた異なった望みを抱いている。

 

「―――アタシの願望は、自分自身の手で叶える

 そうでなければ、価値が生まれない。折角の機会を無意味にしたくない」

 

「そう。だったら、取り敢えず同盟に反対はしないのね?」

 

「取り敢えずは、ね。ランサーとバゼットならば別に文句は最初から無いけど、アヴェンジャーとあの女との同盟は結構地味に厭なのさ」

 

「同族嫌悪って奴かしら?」

 

「むしろ、同一拒絶と言えるまでの嫌悪感と憎悪心だね。殺人貴は割り切れても、アレに対してにゃー、ちょいと無理がある。

 ……んでさ、大聖杯破壊が最優先目的って事で良いのね。

 セイバーの仇やら、キャスターに対する報復とか、色々と一人間としてすべき尊厳の奪還とかは後回しな訳」

 

「身内を殺された魔術師としてなら、敵は絶対―――殺すわ。

 はっきりと、わたしの今の感情を語れば大聖杯解体は報復のついでだわ。けれど、やっぱり怒り狂えないのよね。半端者として完成してしまった人格じゃ、結局は理性が優先されてしまう」

 

 確かに、遠坂凛は中途半端だ。魔術師として考えれば、根源を目指す上で一番大切な才能―――倫理を放棄する事が出来ない。

 自分に対してなら死に物狂いになれるのに、他人が其処に加わると倫理観と道徳観念に阻まれる。元より、唯我独尊の完璧主義な上に、現実を理性的に観測する快楽主義者。自分が決めてしまった在り方を曲げられず、そう言う生き方を良しとする。何より、自分で自分を裏切ってしまえば、魔術師で在る事も出来ない程。遠坂凛は魔術師だが、遠坂凛は魔術師で在る為に“遠坂凛”を棄てられない。

 

「自分に対して理解が深いのは、契約者としてなら嬉しい事さ。その甘さを捨てろとは言わないけど、ある程度の悲劇に心構えだけは作っておいた方が良い。

 聖杯を壊そうとするんだったら、何だかんだで敵は多いよ。壊したいんだったら覚悟以前に、自分の最初の気持ちってヤツを再確認しておきな」

 

 アーチャーなりの助言だ。そう在らんと決めた相手に何を言っても仕方が無いが、予想外の悲劇で人格が歪むのは多々ある悲劇。どんな結末だろうとアーチャーは、遠坂凛が遠坂凛で在る限り味方でいると決めていた。そんな思いを込めた言葉で、凛にも彼女の決意が伝わって来た。

 

「聖杯は……いえ、大聖杯は何が何でも破壊する。その為には、まず孔を完成させないといけない。何処かの誰かがした細工の所為で、一定規模の解放が条件だったの。だから、サーヴァントを殺す必要があった。

 けれど、あの死神がいれば話は違う。でも、わたし達がしようとしている事くらい、キャスターは把握してるでしょうから……―――あ」

 

「……どうした?」

 

 凛が直後、死人が自分が死んだ事に気が付いた様な、まるで生気を失ったゾンビみたいな表情を浮かべた。明らかに三十路近い女性がして良い顔ではないので、アーチャーは地味にビビりながらも彼女を気遣った。

 

「―――もし。ねぇ、もし貴女がキャスターだったら、何処を優先して殺しに掛る?」

 

「いや、普通にアヴェンジャーが一番の障害だよ。あの男だけが、聖杯を完璧に捌けるサーヴァントだぞ」

 

「そうよね、そうに決まってるわよね……!」

 

 

◆◆◆

 

 

 騎乗兵(チンギス・カン)暗殺者(ハサン・サッバーハ)が並んでいる光景は、怖気を誘う気味の悪さに満ちていた。

 だが、それよりも尚、聖騎士(デメトリオ・メランドリ)代行者(言峰士人)が足を揃えて歩いている方が吐き気がする。

 本来ならば、まず有り得ない同盟な筈。デメトリオは教会でも有名な異端を斬り殺し回る聖堂騎士だが、その悪名は協会にも広く伝わる程の剣の獣。対し言峰士人は人類には不可能な筈の犬殺しを行ったばかりか、多くの組織に入り込む異端の蝙蝠屋だと知れ渡っていた。純粋な信仰者である筈のメランドリと、異端を良しとする言峰は相性がとことん悪い。

 だが逆に、ライダーとアサシンも相性最悪だ。ハサンを首領とする暗殺教団のニザール派を、チンギス・カンの時代ではないがモンゴル帝国は制圧した過去がある。逆に、暗殺教団の仕業と思われる数々の帝国の将に対する暗殺が行われていた事実もある。故に、モンゴル帝国に滅ぼされた過去を持つ暗殺教団は、殺し殺され、滅ぼし滅ぼされる関係にある。

 ―――そんな二体のサーヴァントが、互いの生前から憎しみ合うのは通り。

 チンギス・カンは帝国創始者であり、ハサン・サッバーハは暗殺教団の暗殺者の指導者であった者。

 しかし、その二名は現世に甦った死者として、拘りを一旦端に置く。アサシンは自分達暗殺教団が滅んだ元凶の一つであるライダーを殺したくて堪らない。ライダーの国が略奪し、殺し切れなかったアサシンを殺したい。そのように反目する二人は、今抱いている悪意と殺意を隠す事もしない。

 そんな脅威を隠さない四人を前にすれば、まるで脳髄に冷たい氷柱を刺し込まれたと錯覚する悪寒を感じる事だろう。それほどまで猟奇的な気配を偽らず、言葉にしなくとも命を奪うと訴えている。

 

「…………ないない。これは無い」

 

 溜め息しか出ないのも無理は無い。綾子は心底疲れた笑みを浮かべながら、敵らしき英霊と魔術師に敵意を向けた。

 今いるこの場所は、市街地から少し離れた森林地域。

 月光が森を照らし、夜の不気味さを演出している。

 隠れ家は緑化地帯に潜ませており、周囲にはトラップを仕掛けてあった。しかし、そのトラップ地帯を悠々と撃滅しながら、ライダーを先頭にしながら、敵の四人が暗闇から現れた。綾子は住処予定の民家を背後にし、雑草が生い茂る庭で敵陣を迎え討つ準備を整えていた。

 

「―――あの神父か。最悪な展開だ」

 

 アヴェンジャーが両目に巻いた包帯を取り、宝具の魔眼を開帳する。彼は敵となる神父を知って居る故に、油断も無ければ慢心も有り得無く、むしろ決死の殺意を滾らせていた。

 

「…………」

 

 そんなアヴァンジャー……つまり、殺人貴の後ろには黒猫が一匹。やっと邂逅を果たし、彼と綾子の拠点が殺し屋と同盟を結ぶ為の新たな拠点に来たと言うのに、あの神父はライダーと共に来た。

 

「レン。契約はもう終わりで良いのだな?」

 

 神父の最初の一言が―――不吉な全てを含んでいた。殺意も無く、害意も無く、悪意も無く、単純な確認の為の質問。まるでそれが、核弾頭の発射ボタンの様な、処刑台が動くスイッチの様な、目前で狂気を放つ「死」そのものに聞こえた。

 

「……そう言う事さ、神父。まぁ、アンタがレンの面倒を此処まで見てくれるとは、思わなかったけどね」

 

 レンを守る為に、アヴェンジャーが前に出る。背後に居るのは自分のマスターと、自分の使い魔だった黒猫の少女。

 

「殺人貴―――……いや、敢えて死神と呼ばせて貰うか。お前をアヴェンジャーと呼ぶのも、アイツを思い出してしっくりこないしな」

 

「知るか。好きに呼べばいいさ」

 

「では、死神と」

 

 ふむふむ、と士人は噛み締める様に頷いた。久方ぶりの再会だが、相手の死神はそうではないだろう。悠久の時間を経て、この世では無い場所から再び自分の前に現れたのだから。

 

「俺は、そこの夢魔と契約を結んでいた。もうお前も知っているかもしれんが、使い魔契約も兼ねた擬似的な主従関係だ。

 でだ、死神よ。何故、わざわざ俺のような者と契約を結んだと思う?」

 

「それ、は……」

 

 誰も口を挟めない問答。死神と神父は、ただその場にいるだけで人を黙らせる圧力があった。

 

「言葉に出来んか。無理も無いだろうな。ならば、言ってやろう―――」

 

 思い浮かべるのは、黒い荒野となった城の跡地。死神を影から支援して両キョウカイ陣営を撃退したが、それで終わらなかった。限界を越えた真祖の姫君は、代行者と魔術師の血液を吸っていた。魔王の成り損ない溶かし、限定的に蘇生した死徒第三位との殺し合いが始まった。

 そこからは、特に思い浮かべる程の事はない。

 結末は、つまるところ今のこの現状。

 生き残ったシエルと結託し、借りを作ったものの魔術協会と聖堂教会の両組織に士人は貸しを作れた。裏切り者だと露見もしていない。第六次が始まる数か月前までは隠れ潜んでいて、捜索されてはいたが、もうそれも無い。

 

「―――お前に会う為だ、遠野志貴。それだけの為だ。ただ会いたいと、それだけを言峰士人に願っていた」

 

 レンと契約を結んだのは、鋼の大地となって死んだ星の墓所。元々はブリュンスタッド城があった場所で、神父は黒猫を拾ったのだ。

 

「おまえは一体、何が目的だったんだ?」

 

 今の殺人貴は生前の志貴とは違う。七夜志貴でも遠野志貴でもない殺人貴と言う守護者。それでも生前の記録の中に、言峰士人と言う神父の情報がある。だから分かる。確かに、レンが助けを乞えば神父は助けるだろう。その方法も教えるだろう。実際こうして、レンは再度殺人貴と出会えた。

 しかし、理解出来ないのはあの神父の思考回路。いや、あれが外道を楽しむ極悪人なのは知っているが、こいつは人助けもまた同様に愉しんでいる。悪行と善行が等価に無価値なのだと何処となく分かってはいたが、程度の幅が狂っていた。なにせ、世界を滅びる一歩手前まで地獄を楽しんだかと思えば、世界を破滅からあっさりと救ったりもする。その時に見せる表情が常に同じ笑顔で、あの時の戦場でも、誰かを殺す時と救う時の笑みが同質だった。犬殺しを成した時も、白騎士を罠に嵌めた時も、恋人の姉を撃滅する時も、エンハウンスを騙した時も、六王権の儀式を誰も望まぬ形で破滅させた時も、常にずっと笑顔。

 同じ笑みで、人を殺して助け、世界を滅ぼし救う。

 死灰の神父―――言峰士人。彼を理解出来ない事を、殺人貴は理解していた。

 

「ただの遊興さ。アレも一興、コレも一興、ソレもまた愉しめる俺だけの娯楽」

 

「……娯楽、だと?」

 

「人間らしいだろう? これだけが、死に損なった俺に残された営みだからな。その為だけに命を賭けて無茶も無理も通してきた。

 お前は……まぁ、多分だが、英霊化していても、俺が知っている殺人貴でも在るのだろう。ならば、分かっている筈だ」

 

 語り合った事も、記録の内にあるにはある。何処かの世界の情報には、この神父が結婚式の司祭役まで演じた事もあった。

 そこまで深い関わり合いが、この神父には自分とアルクにあった。

 だから、深く掘り起こせば、神父が喋っていた内容も思い出せた。共感とは間違っても言えないが、奴の異常性と自分の異常性は近い性質を持った破綻者同士。

 

「―――衝動。俺にとっての退魔衝動みたいなものか。確かに、それだったら、分からないこともないけど」

 

「そう言う事だ。お前が魔を殺す事を快楽とする善良な殺人鬼であるように、俺は人の業を快楽とする悪魔もどきの泥人形。

 となれば、隠し事をする方が面白くない。この感覚は直ぐに取り去るに限る。お前が死んだ後となれば、話は別になる。あの時に何を考えていたか程度は、教えておいてやろう」

 

 この神父には生前、良く助けられた。アルクェイドと遠野志貴の味方をしてくれた奇人など、この神父ただ一人しかいなかった。復讐騎も仲間と言えなくも無かったが、期間限定の同盟相手に過ぎず、シエル先輩も立場や倫理を優先する常識的な善人だった。加え、特にエミヤシロウと言う化け物は、自分にとって相容れぬ不倶戴天の怨敵で、能力的にも互いが互いの天敵だった。

 しかし、そう言ったあらゆる(しがらみ)の中で、神父程の業を愉しむ獣は存在しない。

 出会って来た全ての敵対者達の中で、言峰士人だけが世界をそのまま楽しんで、この世の闘争を玩具にしていた。厄介さで言えば文句無しで一等賞。

 

「本来なら、お前は生きたまま聖杯戦争に参戦させる為の生贄だった。聖杯ならば、真祖の吸血衝動も抑えられるからな。マスターの一人にする理由としては、それで十分だった筈。そして、呪われた聖杯を前にして愛する女か、この世界か―――選択させるのも悪くなかった。あるいは、自分が死ぬのを前提に、魔眼で悪神を殺してから女を救うと言う展開も、俺はとても楽しみしていた。

 だが、まさか真祖の限界が聖杯戦争よりも早いとは、流石に読めなかった。

 加えて、お前が真祖に死を与える最後は、本当に見ていてつまらない結末だった。アルクェイド・ブリュンスタッドが自分の殺害をお前に託すなど、考えてはいたが、その中でも最も下らん終わり方だった」

 

 言峰が欲するのは、人間の極まった業。しかし、あの真祖が選んだ答えは彼にとって、面倒事にもならないただの安楽死。

 犬を殺したのも、月蝕姫を貶めたのも、白騎士を叩き潰したのも、アルズベリの災厄を更に混沌にしたのも、復讐騎の手助けをしたのも、こんな如何でも良い末路が知りたいからじゃなかった。

 

「―――諦めは、心の死だ。

 お前らの終わりはそれなりの娯楽で楽しめたが、一番では無かった。望んでいたのは、あんな死に様ではない。

 お前ならば、死神で在る筈の殺人貴ならば―――全部、全て、その眼で殺せた。

 死に成り果て、死そのものに至れた。

 それを真祖は台無しにした……してしまった。

 ああ―――本当、お前が真祖の牙で死徒に生まれ変われば、すべて思い通りの結末だったのだがな」

 

 愛に生きるのであれば、そう在るだろうと士人は考えていた。神父は殺人貴と知り合い、真祖と出会い、二人の協力者となった。自分の求道の為に、二人の末路を知りたかった。

 その為に、殺人貴を真祖の手で死徒に変えようと士人は計画していた。

 男が女を救うには力が必要で、死徒になるのが一番。何より、短い寿命から解放され、魔眼による圧迫に耐えられる肉体を得られる。代償として、人間の生き血を吸う事を快楽とする獣となるだろう。しかし、男は真祖さえ殺し尽くす本物の化け物となり、真祖の中の吸血衝動の元となる現象も何十何百年度には殺せたかもしれない。

 

「―――おまえ」

 

「……ク。懐かしい殺意だ」

 

 蒼い目が神父の死を覗き込んでいた。サーヴァントでも怖気しかない眼光を向けられながらも、その恐怖さえ楽しいのか、士人は笑みを変化させないまま絶やさない。

 

「どうせ、お前のことだ。聖杯に叶えたい願いも予測が付いている。お前があの時に殺したとは言え、あれ程の真祖であれば、いつかまたこの星に再生する。

 受肉―――したいのだろう?

 さすれば、永遠の寿命で以って、真祖の姫が蘇生するまで生き残れる。死徒などと言う半端な不老不死ではなく、肉を持つ守護者としてならば、あるいはまた出会えるかもしれない」

 

 殺人貴に元々神父が諭していた事実の一つ。星の触覚として甦ったアルクェイドは、嘗てのアルクェイドではないだろう。しかし、その魂とでも言うべき中身は自分が愛した女と同じ。聖杯でアルクェイドの蘇生を願望にしないのは、そもそもそれでは自分を死徒に変えなかった彼女の意志を踏み躙るから。好きだから、アルクェイドは死んで、自分も死んだ。

 故に―――また、会いたい。

 殺人貴はそれだけが願いだった。

 

「否定は、しない」

 

「律儀な事だ。聖杯を使えば、歪であれ、あの真祖の蘇生も可能だろう」

 

「望まないよ、あいつは。そんな奇跡必要ない」

 

「―――ふ、クク。

 敢えて、自分が苦痛を背負う役を担う。死んでも変わらないな。守護者と化したのであれば、世界そのものにまず絶望する。人間を虐殺する事などただの作業となり、誰かの想いを踏み潰す事に躊躇いなど消えるだろうに。

 そんな地獄を潜り抜け、この未来にまで戻って来た。

 お前は本当に素晴らしい。だからこそ、生きてこの聖杯戦争に参加して貰いたかった」

 

 非道以上に外道の輩。悪党を越えた極悪人。言峰士人と言う人間を言い表せば、そうとしか例えようが無い。

 

「だが、それもまた今となっては僥倖。美綴綾子のイレギュラー的な参戦と、アヴェンジャーとしての死神の参加。

 全く以って最高だ!

 こんな楽しくなるとは考えもしなかった!

 見て感じろ、この今の混沌を!

 誰も彼もが自分で業を積み重ね、深めながら終わって逝く。儘ならない失敗も、結局はこの様な最高の形で自分の報酬に変わっていた。正義の味方を助けるのは中々に楽しく、死神が踊る姿を鑑賞するのは面白く、弟子を育てたのも最高だったが、まさかその結果がこれとは言う事も無し。

 ―――世界はこんなにも、面白くて、楽しくて、仕方が無い」

 

 今この瞬間、士人は自分が持つ呪いをそのまま発露していた。楽しくて堪らないと笑っていた。自分と関わって来た皆を助けて来たのも、全てが台無しになって絶望が結末になる戦争が最後に待っていたからだ。

 結末とはつまり、この第六次聖杯戦争。

 だからこそ、死なせなかった。

 遠坂凛も、衛宮士郎も、美綴綾子も、間桐桜も、バゼット・フラガ・マクレミッツも、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンも、カレン・オルテンシアも、遠野志貴も、全部がこの聖杯戦争の為に必要な、大切な、言峰士人の娯楽品。大事に大事に育てて、教えて、強く在れと熟成させた化け物達。そんな大事な人達を殺し合わせながら、自分が世界で見付けてきた玩具を地獄の釜に放り込んだ。つまり、エルナスフィール・フォン・アインツベルンと、デメトリオ・メランドリと、アデルバート・ダンであった。そんな獄卒を逆に食い物にする様な異端者達が英霊などと言う怪物を召喚するとなれば、言峰士人でさえ制御出来ず、結末が予測不可能な面白い舞台となるだろう。

 

「神父、もう良かろうて。貴様の余興に付き合うのも、そろそろ飽きを感じるぞ」

 

「……ふむ? そうか。すまないな。少し殺し合う前に、あの死神の感傷を愉しみたくてな」

 

 黙って聞いていたライダーが、ついに会話を打ち破った。彼は合理主義者だが、戦士の心得が無い訳ではない。不要で無駄な行いであろうとも、自分に不利益でなければ、この程度の戯れを許容出来ない者では無かった。

 ……それに、時間稼ぎはもう十分だ。

 

「おい、言峰。あたしは別に、自分を殺そうとする敵を殺すだけだから構わない。だから、アンタを―――」

 

「―――好きにしろ。相手が誰だろうと、戦争で何かを患う事もない。自分で始めた戦場ならば、決着もまた自身の手で降ろさせるべきだろう」

 

「そう。分かった。だったら、あたしはあたしの敵を殺すだけだ」

 

「宜しい。我が弟子ながら、とても素晴らしい切り捨てだ。俺はお前に技術は教えたが、心構えは教えなかった故、な」

 

「……―――」

 

 まぁ、構わないか。と、綾子はあっさりと思考を速やかに透明にした。明鏡止水に至った精神性から来る思考は、敵の神父を殺害する為の手段と方法を幾通りも浮かばせる。

 戦場は、生きるか、死ぬか。

 もはや生き果てた美綴綾子にとって敵が知人か否かなど、如何でも良い判断材料。だけど、それでも、もし出来るのなら――――――……

 

「……口上は其処までだ。お前らには死んで貰うぜ。殺し屋の家を襲撃したんだ、派手に殺させて頂くさ」

 

「…………」

 

 カチャリカチャリ、とアデルバート・ダンが愛銃を弄っていた。逆にバーサーカーは無言のまま、静かに狂気を延々と滾らせ続けているだけ。

 

「―――…………斬るか」

 

 そして、デメトリオが静かに呟いた言葉で、戦場の空気が完全に熱し切ってしまった。

 開戦の合図はそれだったのだろう。

 ライダーが二刀を抜刀し、デメトリオが聖剣を構えた。綾子が薙刀を上段に振り上げ、アヴェンジャーがまるで蜘蛛の如き体勢になった。アデルバートが銃口を向け、バーサーカーが凶笑する。士人が呪われた邪悪な一対の双剣をぶらりと持ち、アサシンが両手の指に赤い投げナイフを挟んでいた。

 

「―――では、殺すがよい」

 

 瞬間、ライダーの軍勢が姿を現した。同時に、最も綾子とダンが見逃してはならないアサシンが、ライダーの軍勢の中に紛れこんでしまった。士人が契約している暗殺者が姿を現していた事に対し、違和感からか、そのサーヴァントが視えないよりも逆に警戒していた事が仇になった。何かあると思っていたが、速攻で姿を見失ってしまい、幾分か思考に隙間が出来てしまう。その余りに危険な状況に戦慄しつつ、二人はサーヴァントに命令を下そうと口を開いた直後―――

 

「見よ、新生された我が帝国軍の新兵器!」

 

 ―――ライダーが、自分の宝具が生み出した侵略兵器を開帳する。

 現代の戦場のおいて、砲撃とは支配。確かに、弾道ミサイル、航空支援の空爆、電子情報戦、戦闘機による空中戦、海洋制圧戦など様々だが、実際の主な殺し合いの舞台は地上の歩兵部隊。

 そんな兵士を圧倒的に殺すのは、砲撃である。

 今では動く機動性を持つ大砲―――戦車が、兵士と並ぶ制圧の要。

 対空、対地上、対戦車等々と用途の万能性もさることながら、迫撃砲などの使い方もある。とは言え、現代の軍では、対戦車砲・対空砲の類はミサイルに代用されてしまったが。そして、大砲が進化した今では、戦車は小型の移動要塞みたいなもの。

 

「戦場において、機動力が神! 電撃戦こそ我が真髄!

 しかし、砲撃の悪魔的火力もまた戦場の神!

 そこで我輩は考えたのだ。ゴーレムを大砲の移動台代わりにすれば、良い兵器になりそうだとな。やはり、機動力と突破力と制圧力を併せ持たせれば、有能な兵器となろうて。

 誰も見たことがない真新しい虐殺手段こそ、戦場で華々しい殺戮を繰り広げる秘策故な!」

 

 サーヴァントの宝具は種別は様々だが、ライダーの宝具はかなり特殊だ。本来の大元は一つだけだが、其処から二つの宝具「王の侵攻」と「反逆封印・暴虐戦場」が派生している。そして、例外の中の例外だが『単体の英霊が所有するには、余りに巨大な物』であり、『未完成であるが故に、伝説に刻まれた代物』と言う宝具が存在する。これに分類される宝具は自分の手で作らねばならず、ライダーの宝具は両方に該当し、彼は自分自身の帝国侵略軍が宝具で、モンゴル帝国と言う国家そのもの。尚且つ彼は帝国を創設したが、彼の時代では隣国を滅ぼし尽くしおらず、本人からすればまだまだ未完成の軍隊。

 その特異性をライダーは逆手に取った。

 いや、その特異性こそライダーの宝具の真価であった。

 つまり彼の宝具は召喚された時代に適応し―――武器と兵士を収集して進化する。延々と、略奪の手法が深化する。限界など無く、未完故の完成無き万能。

 

「おぉ、(オトコ)浪漫(ロマン)かよ……―――!」

 

 アヴェンジャー、ついつい興奮を抑え切れなかった。対照的に、バーサーカーの方は表情一つ変えず、静かに狂気を昇らせながら佇んでいる。

 

「―――ほう……」

 

 バーサーカーは静かに、そして頭の中では素早く考察していた。

 身長は大体成人男性五人分。人間と同じ形をしており、両手両足と頭部と胴体があり、感覚的な霊的知覚ではあるがゴーレムからライダーの略奪兵の気配を感じる。どうやら、自分の兵士を兵器に憑依させているみたいだ。

 両腕に機関砲(マシンカノン)を取り付け、両肩には汎用対物砲(アンチ-マテリアル・カノン)を搭載。更に腰と脚に機関銃を付け加えている。他の機体では、榴弾砲(グレネードランシャー)やら、小型ミサイル発射装置が付いている物もある。

 その大砲搭載型機械巨人魔像(ジャイアント・メカニックゴーレム)。別名、旧蒙古帝国製人型高速移動式戦闘戦車(タンクゴーレム)が―――見えるだけで十機以上。

 そんな巨大兵器達が、見るからに宝具と判断出来る武器を装備していた。

 

「……巨人の魔剣だのう、あれは」

 

 タンクゴーレム達は人が持つには大き過ぎる刀剣や巨鎚を握っていた。神代の北欧出身のバーサーカーだから分かるが、彼が王国を治めていた時代にはまだ巨人の幻想種が世界に生息していた。巨人の戦士が持っていた妖精の鍛冶師が作った武器も知識にある。

 そして、綾子は一目でその武器が士人の投影武装だと悟れた。それと同時に、裏切り対策の爆弾役でもある投影だと何となく想像出来た。同盟と言いながら自分の能力を教えつつも、それを保険にもしている当たりが“言峰”としか言い様が無い。

 

「―――木端に散らせぃ、派手に滅ぼせぃ」

 

 砲火を撃ち、略奪兵が地を疾走。同時に戦闘戦車が稼働。ライダーが近距離殲滅用に開発した口径80~90mm程度の改造カノン砲が敵を強襲。加えて、搭載された様々な機関砲が連続砲撃し、地面を大型ドリルで掘り返した様な惨状を一瞬で作り出した。中には火炎放射や、グレネード弾も混ざっている。

 機関砲も大砲も、種類は不揃い。そもそもライダーが手当たり次第に略奪した物や、デメトリオが教会の経費を利用して短期間で集めた軍事兵器である為、品種の統一などと言う贅沢は出来なかった。とは言え、この兵器を運用するのはライダーの略奪兵達なので、現世の理屈を在る程度は無視出来る。規格を揃えずとも、兵士たちはそれそれの武装を完璧に扱い、使いこなす事が可能であった。

 むしろ、逆にその使い方が嫌らしい。

 敵側に武器の特性を把握さえ難く、弾丸の速度と大きさが一つ一つの兵器で異なっていた。こうなると、白兵戦の技量で銃弾に対処出来たとしても―――弾丸一発一発を、違う兵器として個別に対処する必要がある。撃ち放されていから、此方までに到達する時間も大きく違いが出ており、もはや近づくことさえ不可能だろう。

 

「げぇはっはっはっはっは! 本来ならば核砲弾なる戦術核兵器を略奪し、我が帝国軍の大砲で遠距離砲撃をしたかったのだがのぉ……―――!!」

 

 近代の軍事情報を網羅しているライダーにとって、日常である戦争を知るのは道理。戦略核兵器や戦術核兵器を是非とも手に入れたかったが、聖杯略奪後の楽しみにしておいた。

 しかし、ライダーが実際に冬木の聖杯戦争で必要になるだろうと考え、運用法を熟練させておきたかった軍事兵器の類は大量に掻き集めた。

 

「だが、だがしかし! キャスターの式神を喰らったのと、同盟相手のおかげで、実に良い手駒が手に入ったぞ。聖杯戦争用に理想的な軍事再編が出来たわ!」

 

 ライダーのテンションが急上昇するのも無理は無い。自軍の圧倒的な火力を実際に目の当たりにし、高揚感を抑える事をしたくなかった。いつも通り脳味噌内は理性的に活動しているが―――折角の戦争を、愉しめる時に楽しまなくては命を賭ける価値がない!

 

「……やはり、逃げたか。だが無駄ぞ。おい、神父―――奴らにアサシンをつけて置いたか」

 

「ああ、計画通りだ。ふ、俺を裏切り殺すなら、サーヴァントが居ない今が好機だぞ」

 

「戯け、阿保か貴様。令呪を使われ、貴様を殺す隙を突かれ、無様に暗殺されるのがオチではないか。そのような下らん薄味な死に方を自ら選ぶ気にはならんなぁ」

 

「成る程。厭な王様だな、お前」

 

「―――で、奴らは何処ぞ?」

 

「どうやら、庭に隠し通路用の穴を掘っていた様だな。アサシンが追っているが、お前の砲火の所為で入口が潰れてしまっている」

 

「ふむ、行き先は?」

 

「無論、目の前の敵陣拠点だ。早くしないと、この地域一帯から離脱されるぞ」

 

「―――はっはぁ……っ! ならば追撃戦ぞ!!」

 

 ライダーは笑う。戦争はこれからだ。夜空に輝く月明かりが、皆殺しを謳う略奪兵を照らしていた。




 読んで頂き、ありがとうございました。
 実はライダーはキャス子もどきの式神をさくっと吸収しておりまして、ライダー自身は何か凄い魔術師の魂魄情報が手に入ったと喜んでいました。ライダーはキャス子の正体は知りませんし、知ろうともしないで兵器として有効に使っているだけでしたので、彼はそんな雰囲気の腹黒イケモンキャスターの使い魔の一匹だと思ってます。そのキャス子の魔術師知識を宝具の兵器開発班に付け加えまして、後はゴーレム開発で封印指定食らっていた魔術師の情報やら、何処ぞの戦場や教会で買った兵器を試しに付けた感じであんな化け物が爆誕しました。
 後、士人は自重を辞めましたww
 一応、外伝でセイバーがアヴァロン行きではなく、英霊化する原因になった平行世界の第六次聖杯戦争とかも考えてますけど、需要が有るのかどうか。

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