神父と聖杯戦争   作:サイトー

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7.遭遇戦

 ――――昔話。

 それは遠坂凛と言峰士人が師弟になった頃の記憶。

 

◇◇◇

 

 言峰士人は今、魔術の師匠である遠坂凛の家で修行中であった。

 

「今までの話の確認するわよ、士人。あなたの魔術回路は肉体と融合しているわ。肉体の中で擬似的な神経になってるの」

 

 これはアンリ・マユの呪いによるモノであった。肉体が泥を喰らったのが原因である。

 呪い、要は極大の魔力が入り混んで士人のモノになったのだ。霊体にある魔術回路が肉体にも同時に発現してしまった。あの時は、肉体を侵食されて、精神を吸収され、魂が取り込まれそうになっていた。

 魂の衝動。そのように呼べるモノで言峰士人は還って来たのだ、自分を喰らおうとしていた泥を逆に喰らった様に。言峰士人は―――呪いを自分のモノにした。

 

「そして、あなたの回路は非常に頑丈よ。普通の魔術師じゃできない無茶もできる」

 

 言峰士人の魔術回路の数は33。そして一本の魔術回路の耐えられる魔力の限界がとても高いのだ。回路の質が良い。概念的に硬いとも言える。

 長い時間を掛けて魔術回路の数を増やしてきた魔術師の家に喧嘩を売っているかの如く、彼は魔術回路を持っていた。呪いの影響か、本人の素質なのか、それとも両方かは言峰士人にも不明である。

 

「魔術属性は物、魔術特性も物。

 これはとても珍しいモノよ。士人が特化型の魔術師になるのは確実ね」

 

 言峰士人の魔術回路をONにする時のイメージは、『血管に血を流し込む』である。そして、体内に流れる魔力のイメージは『灼熱と煮え滾る溶岩』だ。この感覚をもって言峰士人は神秘を成す。

 

「得意魔術は、投影、強化、変化、それと解析。それに士人の投影は異端中の異端」

 

 一度投影したモノは壊れない限り消えなかった。数年後、士人はこれらの得意な魔術が一つの大魔術が大元になっていることに辿り着く。

 

「よって実践の修行はまず得意な魔術を伸ばすわ。士人は投影魔術師としては大成すると思う。もちろん他の魔術もするけど、あまり期待はしない方がいいわ、あんまり才能ないみたいだし。

 ………それでも士人には遠坂の弟子になった以上、他の魔術も頑張ってもらうわ」

 

 言峰士人の投影魔術は空白に映る幻想を存在させるといったモノであった。

 まずは視界に入った物体を解析して、その情報を空白に取り込む。次にその物体がどのような因子によって存在しているのか把握する。そして、その具現化した存在因子を組み合わせ固定する事で、『無』から『有』へと存在させるのが言峰士人の投影魔術である。

 余談であるが遠坂凛はそれを見た時、出鱈目だわ、と言って解剖したそうな目で弟子を睨んだそうな。

 

「それと魔術師なら魔術書が読めないと話にならないわ。各種言語の習得は必須ね、勿論魔術言語も覚えるのよ。魔術の専門知識も大切だわ、知識はとことん詰め込むの」

 

 言峰士人はひたすら自分の脳を鍛えに鍛えた。

 魔術師としての魔術の修行と代行者としての秘蹟の修行。そして戦士または兵士としての戦闘鍛錬。それらの合間に学問を学んだ。

 苦痛と云うモノを実感しなかった言峰士人は特に苦に思うことなく平行して、最大限の効率で習得し学んでいった。

 

「いい、士人。修行の道はとても長いわ。今は回路をしっかり使いこなして魔力を全部目覚めさせる。

 修練を積めば魔力量はある程度増えるの。

 ―――――分かった、士人?」

 

「了解したよ、師匠」

 

 

 その後、弟子は師匠の授業を受け教会に帰った。これは師匠と弟子のある日の出来事である。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 眼帯の女、ライダーのサーヴァントは目の前の監督役らしき青年を見る。

 ライダーがマスターから命じられた指示は先程の少女を襲い魔力を得る事である。しかしその現場に予想外の来訪者が現れた。聖杯戦争の監督役と思われる人間。

 自分のマスターから下された命令に従っていたライダーは、この状況を薄い人格を持つ仮のマスターに伝えた。偽臣の書を通じてライダーはマスターからの念話で指示を貰う。

 ―――少女の方は後回しで良い。先にその男の魔力を奪ってからまた襲え、と。

 目の前には右手に細い三本の剣を指の間に挟んで握り、左手には真っ黒な刀身の剣を持つ青年。年頃は自分が今マスターとしている仮のマスターと同じくらいかと考えた。自分から逃げた少女が遠くに逃げない内に監督役の青年の血を吸う事に決める。

 

「――――――――」

 

 ライダーのサーヴァントは、目の前の監督役らしき青年に杭を投げ放った。

 ゴルゴン三姉妹の末妹、メデゥーサを正体をするライダーは英霊としての側面がある化け物だ。生前戦ってきた人間……否、人間と“戦った”事などメデゥーサにはない。それはただ島から排除するための一方的な虐殺であった。有り余る性能を頼りにした戦闘方法、それはまさしく化け物に相応しく、メデゥーサはそもそも技術など必要としなかった。殺してきた人間は全て格下、睨んだだけで石に変わり、少し腕に力を込めて殴れば肉塊に変わる。

 人間では化け物に勝てない。大した抵抗もなく殺される。

 ―――それなのに、ライダーが放った杭は空中で弾け飛んだ。

 十メートルも離れていない近距離から飛来する杭を投擲で迎撃する。それは銃弾を銃弾で撃ち落とすのと変わらない事だ。

 言峰士人は三本の黒鍵を放っており、一本の黒鍵で迫り来る杭を迎撃した。そして残りの二本の黒鍵がライダーを襲う。

 

「っ――――――――!」

 

 ライダーはそれを避ける。黒鍵は建物に突き刺さった。

 彼女は驚愕していた。ただの人間にこうもあっさり、攻撃を防がれるとは思っていなかったからだ。それもとんでもない早業だ。

 そして、黒鍵を放った士人をライダーは見る。左に剣を握っているが、投擲で体勢が崩れている。彼女は元々大して距離は離れていないのもあり、一瞬で言峰士人へと距離を詰めた。神父に杭を突き刺し動きを封じんと、彼女は一撃を下そうとする。

 

 ―――瞬間、ライダーが代行者の前に出現する。

 

 だがしかし、士人はライダーが最初に武器を投げる前の刹那に肉体の強化を終わらせていた。眼も同時に強化を施しており、その動きを完全に目視する。

 

 

――キィィイン……!――

 

 

 左手に持つ魔剣で迫る鉄杭の一撃を受け流す。それと同時に、士人はライダーへ足払いを掛けた。

 

「――――……っ!?」

 

 彼女は代行者が仕掛けたフェイクに引っ掛かったのだ。攻撃の機会(チャンス)だと思ったのは、攻撃を誘うための罠。肉体性能を魔力で底上げした士人を見誤る。

 ライダーは本気ではないとはいえ人間にたやすく流されたのに瞠目してしまい、視覚外からの足払いを受けてしまう。サーヴァントといえど体重は見た目通りなのだ。人外の力を持っていようがそこは人間と変わらない。攻撃時の体勢が不安定なところをタイミング良く狙われて、文字通り足元を掬われる状態になってしまった。

 

「―――――――――」

 

 神父は瞬時に右手に一本の黒鍵を装填する。地面に倒れかかっているライダーの心臓を串刺しにするためだ。突きのスピードを落とさないために一本だけ手に握った。

 

 ――――黒鍵がライダーを穿つため突き放たれる。

 

 しかし、ライダーもその程度でやられる英霊ではない。足に力を込め、力任せに後方へ飛ぶ。突きは外れるが、そもそも言峰士人もこんなモノが当たるとは思っていない。突くと同時に前進した時の踏み込みを利用してもう一度踏み込む。

 まだ空中にいるライダーめがけ一本の黒鍵を放った。ライダーは迫り来る剣を自身の剣で迎撃せんと空中で黒鍵を剣で受ける。

 

 その瞬間ガキンと、そんな轟音が手元からライダーは聞こえた。

 

 この黒鍵は先程投擲された時の威力の比ではない。これほどの威力があるならば、最初に放たれた剣は建物に突き刺さるのではなく粉砕しているだろう。剣の威力を見誤ったライダーはそれを受け止めてしまった。本来なら杭で受け流すか、ライダーが得意とするようなトリッキーな動きで体を捻って避けるべきであった。この言峰士人による黒鍵の投擲には特殊な技術が使われていた。聖堂教会の代行者の先輩から後輩である神父に伝授されたモノ。

 ―――名前は鉄甲作用。

 魔術作用ではなく埋葬機関に伝わる投擲技法。当たった瞬間に剣同士が砕かれる。黒鍵は刀身が折れて消えてしまい、杭は柄の部分が残った状態になった。

 

「――――――――――ッッ!!」

 

 杭で黒鍵を受けたライダーはトラックに轢かれた様に吹き飛んでいった。地面をバウンドしてコンクリートを粉砕した後、壁へと衝突する。

 

「―――グッ…………………なっ!?」

 

 倒れ込むライダーは呻くが、すぐさま剣が迫りそれどころではない。その隙に速攻とばかりに近づきながら、神父は三本の黒鍵を放っていた。

 狙うはライダーの眉間、首、心臓。

 速攻性を重視していたので鉄甲作用は付けず最速で投げる。

 それと同時に言峰士人が左手に持った魔剣から禍々しい魔力が解放された。そして神父は呪文を唱え魔剣の能力(チカラ)を解き放つ。

 

「――――狂え、黒泥怨讐(ダインスレフ)

 

 彼がもつ黒い魔剣の名は、黒泥怨讐(ダインスレフ)

 元々は言峰士人が教会に居候をする王様の宝物庫のお宝であるダインスレフの原典たる魔剣で、ギルガメッシュ王の持つ『王の財宝』の中にある概念武装であり、宝具としての一面を持っていたモノを言峰士人が投影した改造魔剣。

 言峰士人が報復の魔剣を愛剣の一つとする理由は簡単で、ただ単に相性が凄まじく良かったためである。

 持ち主に狂気と呪いを与え破滅へと導く報復の魔剣・ダインスレフだが、アンリ・マユの呪いを受けた過去を持つ言峰士人は呪いが効かない体質、というよりも特性を持っていた。簡単に言えば、言峰士人はダインスレフの能力をノーリスクで使う事ができたのだ。

 そしてダインスレフ自体も言峰士人が持つ『呪い』と相性が非常に良かった。波長が合ったともいえるであろう。また言峰士人が使うダインスレフは言峰士人の魂の内にある元々はアンリ・マユの呪いだった物によって改造された魔剣である。そして言峰士人がまだまだ研究中の投影宝具の一つであり、誕生したオリジナルの存在。

 黒泥怨讐のは能力は主に三つ。

 一つ目は魔剣には有りがちであるが強力な能力で斬られた傷が治り難いと言うモノ。

 二つ目は対象の生き物を斬ったと同時に生命力を吸収すると言うモノ。

 宝具としての能力である最後の三つ目は敵対する者が強力である程強くなると言うモノ。それを正確に言えば、魔剣の対象である敵を殺し尽すまで際限無く自分が狂化され続ける――――悪意の刃である。

 ……黒鍵により吹き飛ばされたライダーは、黒鍵を避けるため素早く回避運動を取る。

 

「―――ハッ!」

 

 体を強打し、しっかりと肉体に活を入れるため肺から空気を吐き出す。「人間」と、神父を舐めていたのが仇として自分に返って来た。

 そして間髪入れず三本の剣がライダーを襲撃する。

 ライダーは黒鍵を身を振り返して急いでそれを避ける。黒鍵は壁に突き刺さるだけで威力は最初の時と同じ位であり、先程の様な破壊力は持っていなかった。―――その瞬間、強烈な悪寒がライダーの全身を襲う。

 ライダーが避けた先に神父は剣を構えて待っていた。魔力を放つ左手に持っていた魔剣を両手で握っている。ライダーは魔剣が嫌な気配を最初から纏っていたのを感じていたが、今は遥かにその気配の濃度が上がっている。その魔剣は桁外れの呪詛を纏っていた。人間とか、英霊とか、怪物とか、そんな事はもう関係ない。それは際限のない恐怖と狂気を宿していた。

 ―――そして彼は、ライダーを魔剣の間合いに入れる。地面を縫う様に高速で接近していた。

 

「―――シィィイッッッ!!」

 

 言峰士人の烈火の如き声。そして彼は、ライダーを狙い魔剣を下から上へとフルスイングで振り上げた。

 ―――裏路地に響く金属音。

 言峰士人の動きの速さは先程より明らかに上昇している。避け切れないと感じたライダーは咄嗟に二本の杭でそれを受け止める。不安定な体勢のところを狙われ足の踏ん張りがまるで効かない。

 ―――フルスイングを受けたライダーは空中へと打ち上げられた。

 何メートルも上空に高く打ち上げられたライダーは監督役と言った男を脅威に感じた。戦いの運び方がうまくペースを握られてしまっている。人外のパワーとスピードに慣れた様に対応してくる。武器を扱う技術の巧みさは此方を上回っている。こいつはただの魔術師ではないと、彼女は思考する。

 それもそのはず、言峰士人は代行者として幼い頃から鍛錬を日々重ね続け、死徒や魔獣などの化け物を狩り、堕ちた数多の魔術師たちを滅ぼしてきた。……言ってしまえば、ライダーと同じ戦闘方法の相手に慣れていた。基本性能が自分より高いのが当り前の連中と殺し合い倒してきたのだ。

 神父はライダーを見た時に武芸者の気配を一切感じなかった。感じた気配は怪物のモノ。これが正面から堂々と姿を見せた理由の一つ。言峰士人は倒せなくても死なない自信はあった。そして、敵が装備している武装は全て解析済み。使用法や効果も認識する。

 実際にライダーは言峰士人にとっては、どんなに力が有り動きが速かろうとも、今まで殺してきた化け物の延長上でしかなかった。彼女が現在身に付けている武装は、宝具クラスには達していない鎖杭と非常に強力な魔眼殺し。

 彼は油断など一切できないし、する事もない。しかしライダーが相手の場合なら、宝具や英霊特有の能力以外は未知のモノと言う訳ではない。結果論では有ったが、それを見抜いた神父こそ、若いながらも経験豊富な生粋の代行者であった。

 

「――――シッ!」

 

 ライダーが空中で杭を投げる。ライダーが杭を投げたとほぼ同時に、身動きできない彼女に対して三本の黒鍵が襲来する。ライダーがその時感じた壮絶な威圧感は、吹き飛ばされた鉄甲作用で投げられた黒鍵と同じであったからか。しかし、前とは違い黒鍵は同時に三本を投擲される。そして黒鍵のスピードは明らかに速かった。これは魔剣による肉体強化の影響であろう。

 

―――カキィン!――

 

 今の言峰士人の黒鍵を身に受けるのは、戦車砲が同時に三発当たるのと同じ意味だ。だが、ライダーは黒鍵が投擲される前に投げていた杭をビルの壁へと当てていた。壁に杭が当たり突き刺さったその瞬間に杭に繋がった鎖を思いっきり引き、迫る黒鍵を身を反して回避。黒鍵が明後日の方向に飛んで行く。

 言峰士人は黒鍵がライダーから外れてしまったので、街中に黒鍵がブチ込まれない様に黒鍵を解除しておく。人がまだ歩いている街中に黒鍵が飛んで行くなど監督役として不始末にも程がある。あらかじめ準備しておいたので刹那の間で黒鍵は消えた。

 そして、ライダーは一瞬で地面へと降り立った。僅かな間、二人の時間が止まる。互いの存在を見る。

 

「……………強いですね、貴方」

 

 言峰士人はライダーの言葉に、クックック、と笑いながら返答する。

 

「ふむ、サーヴァントに褒められるとは思っていなかったぞ。鍛えた甲斐があったというものだ」

 

 笑いながら返答した言峰士人にライダーは冷笑を浮かべながら喋る。

 

「ですが私には勝てません。その程度なら逃げる事さえできません」

 

「そうか。だが、そのような御託などどうでもいい。

 お前がそう言ったからには、しっかりとその言葉を証明してみせろ」

 

 その人を挑発させる言葉にライダーの殺気が高まる。一般人ならそれだけで吐き気のあまり気を失う程の殺気であった。

 

「……言いましたね、魔術師風情が」

 

「言ってやったぞ、化け物風情が」

 

 ライダーの怒気が込められた言葉。その言葉を言峰士人は、はっ、と笑う様に言葉を返した。

 

――ダン……っ!――

 

 ―――ライダーが杭を神父に向けて投げ放った。

 神父はライダーから放たれた杭を魔剣で受け流す。そして、杭に繋がる鎖で攻撃されて体を絡まれないよう、狭い路地裏の辺り一帯を注意する。言峰士人はあの鎖が厄介だと感じていた。

 

「…………―――――」

 

 戦いが長引き、ライダーは少女から血を吸い取るのを諦めていた。ライダーは杭を迎撃し、鎖の罠にも注意を向けるこの男にイラつきを覚え始める。彼女は言峰士人から血を奪う為、地面を蛇の様に疾走し接近戦に持ち込もうとする。

 

 ………しかし、その瞬間。

 ライダーは別方向から鋭い殺気の籠る視線を感じた。

 

「――――――――っ!?」

 

 ここにいるのは危ない、と感じたライダー。彼女は誰にも予想が出来ないトリッキーな動きにより、垂直の壁を走り上る。そして、上空から降り奔る鈍い色の飛来物。

 閃光が煌めいた直後、走り上がるライダーが居たところには矢が次々と突き刺さっていく。ビルの屋上へと僅かな時間で上ったライダーは矢が放たれた場所を見る。

 

「………………………………っ」

 

 ―――そこには、赤い外套に身を包んだ弓兵が独り佇んでいた。

 ビルの屋上で弓を構え此方を狙っているサーヴァント。ライダーはこの予想外の事態が続く中、撤退することを心に決めた。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 神父は建物の上に佇む赤い弓兵を見る。

 弓兵は神父が戦っていたサーヴァントを追い払っていた。眼帯の女に向けて弓兵の視線が“貴様を射る”と告げている。言峰士人は弓を構えるその姿に何故か既視感を覚えた。気配というか存在感が誰かに似ているように思う。

 その後、彼は慣れた気配を近くに感じ取る。気配の持ち主は神父に話し掛けてくる。

 

「―――何やってんのよ、バカ弟子」

 

「……ふむ。取り敢えずは人助けと言ったところだ。ともかく助かったぞ、師匠。それで美綴はどうした?」

 

 赤い弓兵がマスターの後ろへと降り立った。敵対サーヴァントの脅威は去ったのだろう。

 

「保護したわよ。……ったく、こんな目立つ結界張っちゃって。それも士人の魔力だったから様子を見に来れば綾子がいて、言峰が大変だ、って言ってくるわ。

 ……アンタ、弟子の分際で師匠を利用したわね?」

 

 つまり言峰士人は、近場に師である遠坂凛の魔力を感じ取っており、態(わざ)と魔術師から見ると目立つ結界を張ったのだった。そして美綴綾子には遠坂凛が此方に向かって来るであろう方向に逃がしたのであった。

 一応、遠坂凛以外の魔術師が近くにはいない事は確認していた。言峰士人の魔力察知は異常なまでに鋭く、そこらへんの配慮はしている。違うマスターが近場にいたら乱戦になるためだ。

 

「まさか、弟子が師匠を利用するなど恐れ多い。

 俺はただ知人を助けたまでだ。そもそも助けられる人を見殺しにするのは神父として失格だからな。それに美綴綾子は師匠の友人ではなかったか?」

 

 遠坂凛は少しの間沈黙する。その後、自分の弟子に口を開いた。

 

「―――そうね、わたしの友人を守ってくれて助かったわ。………ありがと、士人」

 

「それはどういたしまして」

 

 恥ずかしそうにお礼を言う師匠をニヤニヤしながら弟子は返事を返した。ムスッとした凛が士人を睨む。

 

「まぁ、いいわ。それで一つ訊きたいんだけど……その剣は何?」

 

「これか? これは魔剣だ」

 

「……そうじゃなくて。そんな禍々しいのどうしたって聞いてんの?」

 

「元のヤツを自分用に改造したのを投影した」

 

 魔剣の能力は既に切れている。しかしこの魔剣の禍々しい魔力は離れていた遠坂凛にも伝わってきていたし、魔力の残滓がまだこの場に漂っている。

 

「聖堂教会には多くの概念武装が保管されている。いつかは魔術協会の概念武装も見学したいものだ」

 

 簡単に言えば言峰士人は誤魔化した。この魔剣の大元は『王の財宝』の中の原典だ。誤魔化した理由は特に無いが、幼少頃にギルガメッシュの事は遠坂凛には黙っておくよう、言峰綺礼(オヤジ)から言峰士人は言われていた。ぶっちゃけ、今も誤魔化しているのはただ単に惰性だった。

 それにこう言っておけば、「師匠は勝手に勘違いをするだろう、それに自分は嘘を言ってないしな」とだいたいそのようなコトを言峰士人は思っている事だろう。

 

「………そう。

 でも今まで見た事ないヤツ。それにしても禍々しい」

 

「あぁ。そうなるように改造したからな」

 

 そう言って士人は魔剣を消す。

 

「それで師匠、美綴は結局どうしたんだ?」

 

「今は人通りがある所にいるわ。後で記憶を消して家に帰すことにするわ」

 

「なるほど、ご苦労だな。この後はキャスターの痕跡でも探すのか?」

 

「……なんだ、知ってるの?」

 

「監督役だからな。キャスターの魂喰いの偽装は俺がやっているのだぞ」

 

「ふ~ん、そう。わたしはこれから被害にあったビルを探すわ」

 

「そうか」

 

 弟子の気の抜けた返事に師匠は溜め息を洩らす。

 

「……はぁ。

 ま、いいわ。わたしはこれから、キャスターの居場所を見つける証拠を探し出すって訳」

 

「なるほど。キャスターが死ぬのは仕事が減って有り難いからな。キャスターの討伐を頑張ってくれ、師匠」

 

「別に士人のために戦う訳じゃないけど、キャスターのした事は許せない。

 ―――――冬木のセカンドオーナーとして、キャスターは必ずわたしが倒す」

 

 そう言って、遠坂凛は右手で拳を作り、パンッ、と左手の手の平に当てて音を鳴らした。彼女は今後の予定を思い浮かべながら弟子に別れの挨拶を伝える。

 

「綾子もいるし、わたしは急ぐわ。じゃあね」

 

「あぁ、分かった」

 

 別れの言葉を言って遠坂凛は振り返って来た道を戻って行った。ずっと神父を警戒していたアーチャーも霊体化をして自分のマスターに付いて行く。

 神父も遠回りし、長くなってしまった帰りの道に付き、家の教会へと歩いて行く。教会に帰る頃には新しい偽装工作の連絡があるのだろうな、と気の重くなる溜め息と共に思った。


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