神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 ダクソ2の大型アップデート! ストーリーが補完されるのが何より嬉しい!
 そして、Fateのアニメで遂に士郎の見せ場が来ました。日本の山育ちはやっぱり怖すぎます。


69.第三同盟

「―――レンに、それと殺し屋の使い魔か」

 

 何とか走れる程度には回復した士人は、森の中で子猫と子犬に遭遇した。神父は静かに血流で武器を整えているアサシンに指示を送りつつも、二匹の様子からどうも事態がややこしいことになっていると何となく察していた。

 

「へへへ、代行者の旦那。こっちはアンタらと戦う気はないが、少しばかり用があるんでさぁ」

 

「…………」

 

 人間形態となっているレンはフレディに会話を任せながら、この男の挙動を観察していた。

 

「ふむ。いや、此方は確かに使い魔のお前らを殺すつもりはなかったが、それでも主人を殺そうとした敵だ。その我々に用とはまた……そこまで、後先考えられない状況下に堕ちたと言うことか」

 

「……―――」

 

「何だ? お前はもう殺人貴と出会えたのだ。俺との間にある仮契約も、既に完了している筈。まぁ、だからと縁を完全に直ぐ様断つと言うのも変な話だが。それでもレン、まだお前は俺に助けて欲しいことがあるのか?」

 

 そんな突き放す言葉を言う士人を前で、ただただレンは手を差し出すだけ。彼女はこの男の性質と人格の歪さを理解しており、彼の言葉が虚構であると分かっていた。嘘ではなくも、他人の感情を揺さぶるだけの道具として、神父は便利な精神解剖用のメスにしているだけ。

 となれば、無視をするのではなく、受け入れた上で神父を肯定し、自分の要件を貫く。そうすれば、何だかんだで大体のコトを受け入れてくれる捻くれた正直者だと、彼女は長い付き合いで分かっていた。

 

「やれやれ。お前ともアレが死んでからの付き合いだ。まぁ、そう言う奴が居るのも悪くは無い」

 

 自分の性質を理解されている。それを神父は知った上で、彼女が自分との巧い付き合い方が出来ることを愉快に思う。今更レンを拒否することも不毛と考え、彼は何時も通りの意思疎通の手段を取った。

 思念による言葉を使わないイメージ情報。

 先程までレンが監視していた戦場が士人へ伝達される。ずっと見ていた戦場の流れ。間桐桜、間桐亜璃紗、セイバー、衛宮切嗣。そして、嘗て生きてた自分の養父―――言峰綺礼。

 

「…………――――――む」

 

 言峰綺礼。あの聖堂教会所属の史上最悪の聖騎士と戦う、死んだ筈の父親。聖杯の中で魂の残滓が残っているとは考えていたが―――まさか、第六次聖杯戦争のサーヴァントとして召喚された?

 死んでいる。肉体の成れの果ては墓の中。しかし、あの神父の魂は何処へ消えたのか?

 写真でしか見た事は無いが、死んだ筈の衛宮士郎の義父も戦場に存在していた。何故?

 

「―――レン。お前は、これを伝えたかったのか」

 

 こくり、と無言で頷く少女。言峰士人は深く、無防備な姿で両目を静かに瞑る。

 

「……分かった。結論は後で出そう。取り敢えず、話し合いの場を設けるのは賛成だ」

 

 となれば、半ば傍観者に居た位置から降りなければならない。アサシンは何も言わず、何の変化も無く、静かに神父と隣に佇む。そして、人間の形を成すレンの後を歩き、神父は何も言わずに付いて行く。

 森の木々が続く光景が途切れ、三人と一匹は目的地に付いた。

 その場に居るのは、予想出来た人物たちだが、居なくては可笑しい奴が足りなかった。

 

「――――――良く……来れたな、アンタ」

 

 流石のアーチャーも、先程の殺し合いの後に悠々と神父が姿を現したのには驚いた。図太い何て物ではなく、この男は空気を読んだ上で無視する。あるいは、意味もなく破壊する。弓兵とて今の状態で殺し合いなんて出来る気分ではないが、それでも殺気立つのを抑える気になれない。

 ……無言のまま、アサシンが呪詛で血を煮え滾らせる。既に相手(アーチャー)の行動原理と殺人手段は把握し、相手側もまた自分の動きを読むだろうことを予測する。その上で、如何に黙らせるか思案し……ふ、と意識を零に戻した。なにせ、守るべき相手であるマスターが、欠片も戦意を現していない。人の心臓を鷲掴みにする害意も出していない。となれば、サーヴァントたる己がすべき行動は何も無い。ゆったりとした視線で、アサシンはただただ警戒だけしている。

 

「俺もどうかと思ったが、レンの願いだ。そこの殺人貴の成れの果てに返せたが、それでも長い間自分の同業者だったのでな。それなりに情はある」

 

 神父が出てきた所為で皆が殺気立つも、アーチャーが守る様に一歩出ることで治まった。奇しくも、先程の死闘と同じく、士人とミツヅリの睨み合いと言う形になった。

 

「へぇ、アンタみたいな化け物にそんな人間性が残ってるの?」

 

 笑っている。聖職者として完全無欠の、欠点が一つもない無垢な笑み。神父はどうしようもない程、アーチャーと言う女を心の底から祝福していた。そんな言峰士人一人にしか分からない理屈で、彼は養父と似た表情で微笑み続けている。その事を、目の前のアーチャーに無理矢理理解させる笑みを浮かべて、神父は自分に相応しい“貌”を張り付けていた。

 ……アーチャーの胸中にあるモノは、複雑な愛憎と、粘りつく葛藤。言葉に出来ず、したくもない想い。

 

「無論だ。二人の再会を祝福するとも――――で、メランドリに……ダンもか。お前らはサーヴァントを失ったようだな」

 

 ゆらりと視線をアーチャーから逸らし、士人は後ろで佇む二名を観察した。デメトリオ・メランドリとアデルバート・ダンの二人にサーヴァントは居ない。この場にライダーとバーサーカーは存在していなかった。

 

「間桐桜だ。アレは貴様の何だ?」

 

 デメトリオが同盟相手であった神父を斬る様に睨み、その次の瞬間に剣気を消した。今はその時ではないと、彼は自分へ言い聞かせていた。逆にダンは無言を貫いており、喋ることなくただただ話を聞いているだけ。

 

「友人だよ。九年来の大事な共犯者さ。尤も、聖杯戦争の始まりで白紙に戻ったが」

 

「某を計ったか」

 

「俺もあの女に上を行かれたのさ。ライダーが聖杯に回収されたのは俺にとっても不都合だよ」

 

「成る程。まだ貴様の斬り頃では無い訳か」

 

「さぁな。誰を何時斬るかはお前が好きに決めれば良い」

 

「当然。斬る為に斬るだけだ」

 

「相変わらずの自己完結。羨ましい限りだよ。俺もお前の様に早く、この求道を完結されたいものだ」

 

 淡々と、有意義な情報と無意味な言葉を混ぜて、二人はあっさりと互いの立場を組み上げた。

 

「そうか……ふむ。では、某との同盟は如何に?」

 

「続行だ。お前はお前単体で価値ある戦力故に、な」

 

「有り難い。しかし、某は他の者共とも組まねば危険と考えている」

 

 恐らく、神父と聖騎士は視線だけで相手の思考を読み取り、答えを最初から分かっている。そんな有り得ない程の冷徹な意思疎通。言葉にする前に、何をどうしたいのか何となくだが把握し、分かり切った材料で質問と回答をしているだけ。

 

「お前が斬らないとなれば、それ位しか理由が浮かばないさ。俺としても相手側が賛成してくれるのであれば、是非も無い好条件だよ」

 

「構わん。どうせ皆殺しだ。早いか遅いかだ。殺せなば、結局戦争で死ぬ。某も死ぬだけだ」

 

「成る程。それもそうだな……とまぁ、此方はこれで話は終わりだ。其方はこれからどうしたい?」

 

 微笑みを崩さず、アサシンを従えたまま神父は一同を見渡す。

 アヴェンジャーと綾子は賛成も反対も特には無く、正直アデルバートはバーサーカーを自分から()った相手を撃つのが最優先事項。殺し屋は美綴綾子の選択に最初から任せる気であり、綾子は綾子で殆んど神父が仲間になることに乗り気だった。またアヴェンジャーは生前の事とは言えレンの事で借りがあり、神父そのものは嫌悪して信頼はないが信用は十分にしている。

 凛は凛で利用し、利用されることを良しとしており、師匠と弟子の関係を解消した気は一切ない。それは士人も同じであり、凛は士郎を取り返す事を優先しないといけない。セイバーとも決着をつけないとなると、相手にキャスターがまた存在していると考えれば、最後の最期で敵になる相手だろうと今は戦力の一つとして数えたい。

 

「取り敢えず、話し合いましょう。同盟か否かはそれからよ、バカ弟子」

 

「そうか。感謝だ、師匠」

 

 凛がそうと決めれば、綾子の選択も決まっていた。

 

「こっちも情報交換次第かな。アンタはどっちにしろ、隠し事が沢山ありそうだし。それを聞かないと、それこそ話にならない」

 

「喜ばしい限り。しかし、流石のお前も、今は相当気がまいっているのだな」

 

「分かるの?」

 

「無論。姿を見れば、精神状態くらい一通り分かる。聖杯戦争はどんな気分かね?」

 

「あー、別にぃ……そこまで気負ってないさ。所詮この聖杯戦争もただの戦争。敵は殺すもの。あたしは自分に対する決まり事で、どんな奴を敵にしたいのか、どんな理由があれば戦うのか決めているだけ」

 

「ほう。お前は決定事項がはっきりしているから、こう言う場合は話し易いぞ」

 

「そうかい。でも結局、戦うなんて個人的な理由が全てさ。戦う訳ってヤツは感情任せなんだ。好きな戦場で好きな奴と戦って、好きな様に殺すのみ。戦いたいから戦う戦争屋に過ぎない。

 ―――戦場が、気に入っているだけだ。

 まぁ、青臭い正義感もそれなりにあるから、殺さなければ殺す。外道畜生の命を奪うのはそれなりに愉しいし。けれど、前は兎も角今はあんたや聖騎士はそうじゃない。命を狙われたけど、こっちも狙ってたから互いの罪悪は相殺される。個人的な感情であんたら殺したい訳でもないから、協力するのも否定的になりもしない」

 

 綾子が戦場で生きている理由がそれだ。今の彼女の在り方であり、戦争屋と例えられる生き方だった。人格や精神が変異したのは直ぐに分かったが、それが不快ではなかった。己が武と力を振い、命を奪い、如何でも良い誰かを結果として助けた。何より、身知った誰かを救うことも出来た。

 思う儘に戦い、赴くままに戦場を彷徨う。

 罪悪感が抜け落ちた実感と、心身が闘争へ特化する自覚。

 美綴綾子は既に成り果てて仕舞っていた。気が付いた時にはもう、常識から乖離した衝動のまま強くなってしまっていた。

 異能と共に目覚めた特異な意識が、元の(カタチ)へ戻る事は有り得なかった。

 

「知っている。そう在れと思い、俺はお前を育てたからな」

 

「そんなのはあたしも自覚してる。この闘争心は間違いなく―――美綴綾子が生まれながらに持つ異常なのだから」

 

 開花されなかれば、綾子の魂に眠っていた異能は種のままだっただろう。しかし、神父の手で丁寧に成長を促され、彼女は異常な何かを覚醒させた。綾子はそれを批難する気は一切ない。何せ、その異常性は元々自分が生まれ持っていたもの。それを他人の所為にするのは彼女の信条が許さない。

 

「…………――――――」

 

 冷やかに、凍える目付きで淡々とアーチャーは見ているのみ。睨みつけてすらいない。美綴綾子と言峰士人を感情がごっそり抜け落ちた屍の眼球で、何も浮かべつに二人を映すだけ。

 逆に、アヴェンジャーたる殺人貴はのほほんと気を抜いている。色濃く警戒しているが、それだけだ。今の彼からすれば、この状況は小休止に過ぎないのだろう。この神父は利用でき、殺そうとすれば手間が掛かる以上に、戦わなくて済むのに戦おうとすれば良くないことが起こる。最優先にすべき排除対象の存在があると分かった今、殺すべき相手との一時的共闘も策の内だった。

 

「―――レン」

 

 殺人貴(アヴェンジャー)の一言で、人型から黒猫に戻り、彼女は神父の傍から離れて行った。アデルバート・ダンの使い魔である子犬のフレディも、とっとと仕事は終わったと主の隣で伏せて目を瞑っている。

 

「……マスター。俺はアンタの言う通りにするさ」

 

「そりゃそうしてくれれば有り難いけど、反対意見は無いんだね、アヴェンジャー」

 

「ないさ。そこの殺し屋と同盟のまま、遠坂凛やアーチャーと組むって言うのならね。むしろ、そこの神父は近くで監視出来た方が安心感があるからね」

 

 既に宝具(直死の魔眼)を眼帯で封印し、魔力消費を抑えている状態。アヴェンジャーはポーズで交戦の意はないと言峰士人とアサシンのペアに示している。

 となれば、今この場所で死の気配を放っているのは唯一人―――弓兵(アーチャー)英霊(サーヴァント)

 サーヴァントを失っていない凛と綾子とて、本当はアデルバートとデメトリオの参加資格を失った元マスターは排除した方が良いと考えている。しかし、殺意を向ければ不利な者同士、この殺し屋と聖騎士は同盟を組む可能性がある。その場面で出てきた神父を考えると、はっきり言って後の展開を予測する方が難しい。そうなれば、事はシンプルに纏めなければ先の出来事で気が付けば、死ぬ間際まで追い詰められているかもしれない。そんな厭な予感が脳裏から離れない。

 故に、ここは探りを入れる。

 騙し合いとなる前に、殴り合いの前段階まで最初から持ち込んでおく。

 アーチャーとて、そんなことは理解している。ライダーとバーサーカーがキャスター以外の第三勢力に取り込まれたとなれば、残った者達で一段落するまで結託するのが一番。

 

「なぁ、神父。悪さをするのは構わないけど、殺しても良い隙を見せれば―――躊躇わず殺す。

 アタシから言えるのはそれだけさ。今回みたいな機が来れば、もう一度切り裂いてやる。アタシのマスターに……いや、アンタの師である遠坂凛に今は従がっていなよ」

 

「当然だとも、アーチャーのサーヴァント。纏め役は自分以外の誰かに勿論譲る。その役目が遠坂凛となれば、お前のマスターに従うのは当たり前の結論だろうて」

 

 憎悪を越えた熱気と冷気。灼熱の戦意が冷徹な殺意が合わさったアーチャーの眼光。弓兵の名に相応しい鋭い目付きは、英霊であることを辞めた悪霊の邪眼だ。

 

「……じゃあ、ここの全員、あの異変が解決するまで同盟ってことで構わないわね?」

 

 凛の一番の気がかりはアーチャーだった。しかし、そのアーチャーも異常事態の為に私情を内側へ抑え込んでくれた。あの怪異は、サーヴァント云々と言うよりかは、既にもう守護者として作用する程の世界の脅威だ。その事をアーチャーは悟っており、その危機感は凛にも伝わっていた。

 よって、全員の利害が一致する。

 これより第三勢力と、キャスター陣営に対する同盟の一歩目が踏み出された。

 

 

◇◇◇

 

 

 間桐邸リビング。森での戦闘が行われた翌日のお昼前。聖杯戦争前は桜と亜璃紗しかいなかった家も、今ではかなり手狭になっていた。この部屋には二人しかおらず、他の人間はバラバラに思いのままこの自由な一時を過ごしている模様。

 神経質なまで念には念にと、衛宮切嗣は外で監視と罠の配置をし、一仕事終えた言峰綺礼は、生前顔見知りだった店主にバレないよう変装して泰山へ麻婆豆腐を食べに行っている。セイバーは捕縛した士郎と共に地下の一室に引き籠り、ライダーとバーサーカーは何故か意気投合し、やることもないので空き部屋で暇潰しのゲームをしていた。リビングにも上の階で電源がついているテレビの雑音が聞こえ、微かにだがライダーとバーサーカーの会話の音も下まで響いている。

 実はこの空き部屋、世間では行方不明として処理された既に亡き、間桐家長男が暮らしていた一室だ。使用しているテレビも慎二が使っていた品物。しかし、ライダーとバーサーカーがしているゲーム……と言うよりも、ライダーがプレイしてバーサーカーが鑑賞しているテレビゲームは、亜璃紗が間桐家に来てから桜が買い与えた娯楽品。ゲーム機も種類が何気に充実しており、ソフトの類も多く、実質元慎二の部屋は亜璃紗の娯楽部屋と化していた。色々な各種図鑑や魔術と関係ない普通の書物、漫画やライトノベル、流行り物の小説もずらりと並べられていた。一日中ずっと暇を潰せる為、ライダーとバーサーカーも退屈を潰せられる。

 如何でも良いが、ライダーがしているゲームは戦略シュミレーション。意味もなく現代兵器の浪漫を語り合いながら、鬼神染みた先読みで敵陣地を占領する本気の騎乗兵と、そのゲームプレイを見て楽しむ狂戦士。政治や君主論、あるいは現代社会の形容について会話を重ねつつ、酒を飲みながらあーでもないこーでもないと不毛な論争に熱中。王が他国を支配する王とプライベートで娯楽を共有するなんて生前は有り得ないので、死後のこの不可思議を何だかんだで二人は楽しんでた。

 

「あれ、桜さん。それってイメチェンですか」

 

「そのつもりはありませんでしたけど、これを機に少しだけ凝ってみました」

 

 地下室から二階に出て、一回に戻って来た桜を見た亜璃紗の感想。イメチェン、と言ったのは今の桜を見れば誰もがそう思うだろう。

 桜の髪は長く、女性として理想的な麗しさを体現していた。

 しかし、今の桜の髪の毛は短く切られている。肩の高さ位で長さが揃えられており、前髪もそれに合わせて少しだけ短め。高校時代の美綴綾子の髪型に似ており、鏡を見た桜自身も彼女の雰囲気に近いと思った。

 

「ライダーは凶悪な自我を保有しておりまして、アンリ・マユと令呪だけでは抑え込められなかったんですよ。そこで女の魔術師にとって財宝とも言える髪を触媒にし、束縛の補助に使いました。一本一本に眼界まで聖杯の呪詛を込めた特別製をね。後は間桐式肉体言語で説得を。

 本当、あそこまで出鱈目な抵抗……神性スキルを持たないで、精神力のみで可能とするとは驚きです。人間からなった英霊だと言うのに、神の混血や魔物からなった英霊よりも遥かに化け物。

 いやはや、何だかんだで一番怖い生き物は人間なのかもしれません。

 そんな生命体を生身の徒手空拳から支配し尽くしたライダーこそ、そこらの英霊も置き去りにする強靭な魂を持てるのでしょう」

 

「そうですか。じゃ、バーサーカーはどうでしたか?」

 

「ええ、彼は物分かりが良かったです。彼も髪の毛で縛りつけましたけど、呪詛と令呪で更に狂化させました。加えて、宝具の魔剣に崩壊寸前まで呪いをブチ込みました。

 相性が悪い意味で聖杯と良かったみたいです。理性は失っていないみたいですけど、肉体の制御権は此方側へ奪取できましたので……と言いますか、なんであそこまで追い詰めて、彼の自我が崩壊しないかが不思議でしたけど。受けている呪いの総量は魔剣とクラススキルの影響もあって、セイバーやライダー以上の筈なのに」

 

「慣れだよ、慣れ。普通なんでしょ、バーサーカーからすれば。何時もよりちょっとばかり重いだけで」

 

 バーサーカーが背負う呪詛の濃さは、もはや英霊の魂が耐えられる許容範囲を大きく逸脱している。バーサーカーのクラススキルによる狂化と、魔剣ダインスレフによる狂気の侵食に、桜が加えた聖杯の汚染。この三重苦をものともしない精神と魂魄は、永遠を踏破した伝承を持つ英霊と言えよう。流石であると桜も深く感心していた。

 

「そんなものですか?」

 

「そうそう、そんなもん。内側を見た限り、こっちの方針そのものは嫌悪せず、逆に関心を示してましたし。ま、あの殺し屋を殺せと命令を下せば、敵味方関係ない本物の狂気へとトリガーを引くみたいですが」

 

「はぁ、それは怖いです。でも、なんで今それをしないんですか?」

 

「受肉した今の状態でそれをすれば、あのバーサーカーは冬木の人間を全て殺し尽くしますから。しかも、人間を斬り殺すほど魔剣は呪いを生み出し、狂化が加速し、虐殺を淡々と繰り返すだけの殺戮兵器になる。下手をしなくとも、自分が殺されるまで人を殺し続けるだけの現象と化す。加えて、死徒が羨むマジな不死で殺すに殺せない。

 つまり、聖杯の呪詛あってこその最終手段。通常なら、そもそもどんなに気合い入れても、狂いたくとも狂えない王様。今なら真に狂えるかもしれないと、実は結構それなりに準備中っぽいから。

 だけどそんな結末、あれは根がまともですから避けたい未来な訳だ。根本が善性の王様って訳なんですよ。性根が腐った女神の所為で狂ってますけど」

 

「……え。そんなにヤバ気なサーヴァントなんですか、バーサーカーって」

 

「うん、激しくヤバい。ある意味、聖杯以上の悪魔です」

 

「わぁ。ライダーも解き放てば日本滅ぼしそうですけど、バーサーカーもバーサーカーで大概ですね。不死身で尚且つ、殺せば殺す程強くなり、殺した相手の命で動力を得る永久殺戮装置―――楽しそう。

 いざとなったら、一気に狂化させてしまいましょう。残してある令呪も使って、聖杯から掬って私の呪層で煮込んだ特別製の呪詛も使ってでも。

 ライダーもバーサーカーも良い手駒です。これからの惨劇が楽しみで堪らないですから」

 

「どっちもどっちだよ。んで桜さん、セイバーさんはまだ地下から出て来ないんですか?」

 

「先輩の傷付いた回路の蘇生で時間が掛かってるみたいですね。肉体の治癒は兎も角、霊体や魂に付いた傷となれば、アヴァロンもパパっと済まないらしいです。

 ……かれこれ数時間、ずっと籠もりっ放し。

 私も二人の間に入って楽しみましたけど、まだまだセイバーは持つみたい」

 

「げ、桜さん以上ですか。ま、セイバーさんはあれでもブリテンの王様ですし、夜の方も王者なんだろうね。朝を過ぎて昼前になってるのに、深夜のテンション維持出来る何て憧れちゃうな」

 

「……亜璃紗、覗きましたね?」

 

(モチ)(ロン)です。でも、ぶっちゃけ、今のセイバーさんって肌の色が蒼白いくて屍……いや、やっぱ言うの止めよ」

 

「屍姦ですか?」

 

「え、桜さん言っちゃうんですか! まぁ、良いですけどね」

 

「ネクロフィリアは興味ないです。人間の死体なんて蟲の餌にしか使えませんからね。でも、あのセイバーが乱れるのは中々に……うん、やっぱり昼過ぎになったらもう一回私も行きましょうか。あの二人にも栄養補給させないといけませんし。

 ……と言うよりも、盛ってないでご飯の時間には上がって来て欲しいんですけどね。折角私が準備したのに」

 

「セイバーさんには負けますか、桜さん? 後、エロも程々にしないと健康に良くない」

 

「ヤですね。私はライダー用に温存しておいただけです。バーサーカーには拒否されましたけど。狂戦士なのに、あの人って凄まじく紳士で吃驚しました」

 

「あー、確かに。あのバーサーカーは良い人間ですよ。何よりも、この家に居る誰よりも貴重な常識人だし。あ、そうだ。後でライダー貸して」

 

「何故です? 体で一晩かけてやっと説得したんですから、貴女には余計なことをして欲しくないんですけど。折角、束縛呪詛を魂に埋め込めたのに、取れてしまったらどうするんですか」

 

 桜とて、小細工なしでライダーを縛りつけられた訳ではない。何年も掛けて呪詛と魔力を込めた髪の毛を使用し、令呪による聖杯戦争の契約とはまた別種の、使い魔と主としての契約魔術を性魔術を使ってライダーを支配した。セイバーも同様に、その魔術で支配した。特にライダーへ使用した髪の量は多く、中途半端な長さになるならと、ここまでバッサリと切った訳だった。令呪を開発した間桐臓現の知識を得た桜からすれば、自分の肉体を触媒にさえすれば容易い技術。

 しかし、バーサーカーは桜が戦う理由を聞いて、大人しく従がうことを選んだ。あの狂戦士は義理高く元マスターの殺し屋と戦う事だけは拒否するだろうが、殺さない程度に足止め位はすると思われる。無論、他のサーヴァントやマスター達が相手なら容赦など有り得ない。

 

「そう疑わないでって。話があるだけ」

 

「そうですか……」

 

「そうそう。それに戦力自体はセイバーさん一人だけで十分だし。鞘があれば、まず敗北は絶対に有り得ない。前回や前々回で召喚された大英雄ヘラクレスだろうが、あの英雄王ギルガメッシュだろうが問題ない。

 聖剣の攻撃力と、鞘による絶対防壁。加え、瞬間的な蘇生能力。彼女は普通に強いですので、搦め手にも対応出来ますし、誰にでも勝てる性能があるのです。本当の意味で最優なのさ、騎士王さんは」

 

「否定はしませんけど。けれど、有り得ないことがあるから聖杯戦争なんですよ」

 

 艶やかな瞳で亜璃紗を見つめる桜は何処か、人間以外の別の生き物に見える。

 

「嫌だな。分かってますから。ともあれ、黒化の擬似天使らの調整は済ませましたし、準備はもう大丈夫です。

 あの手駒は私が考えたとはいえ、サーヴァントの相手に使えば中々にエゲツないからね。人間が相手も無双できる良物品。あれらの思考回路には私が作った戦闘理論と殺人技術も焼き付けてありますし、戦争行為で応用がとても効いて使い易い。今回の作動で戦闘経験も積ませましたし、もっと良い道具に進化し続けます」

 

「相変わらず良い仕事ですね」

 

「元々私が学んでいたのは、人の心から人造の悪魔を生み出す魔術研究でしたし。まぁ、この家に拾われるまでの経験を生かせたと思えば、あの時間も無駄にならず個人的に嬉しいですし?」

 

 人間の精神を亜璃紗は専門としていた。正確に言えば、親に捨てられた亜璃紗を拾った男が、精神干渉を専門とする封印指定の魔術師だった為、亜璃紗も同様の魔術を習得していた。実験の失敗によって日本の地方都市が滅びる寸前、神父が亜璃紗の養父を殺して事態を収束させた過去があり、亜璃紗が間桐にいるのは神父が彼女を殺さなかったから。その後教会に預けられ、桜に引き取られてアリサは間桐亜璃紗になった。

 

「丁度良かったですよ。あの男は人に物を教えたり、作業をフォローしたり、お悩み相談や人助けをするが非常識なまで巧いですから。大聖杯の悪魔の制御で四苦八苦していた所で、神父が貴方を拾って来たのは正に天啓。神からの思し召し。

 まぁ……本当は、邪悪な悪魔からの誘惑の類なんでしょうけど」

 

「言えてます。あの男は強いとか弱いとか、そう言う天秤じゃ計れない魔物です。忘れられないな」

 

「私も誑かされた人間ですので、アレの怖さは分かってます。昔の私なら、ここまで突き進めるほど自我が育つなんて思うことも有り得なかったですから。

 やだやだ。関わると自分の都合が良い感じで事態が進みますけど、最後の最後であのゲテモノ神父が何を仕掛けてるのか考えるだけで……はぁ、この戦争もどうなることやらと不安で一杯ですよ」

 

「ん~、なるほど。桜さんも色々と溜まってるみたいだね。あのド腐れ神父に良い様に踊らされた?」

 

「むしろ、今も踊らされてるんじゃないでしょうかね。第六次聖杯戦争は、あの男と私で引き起こしましたし。何だかんだで時計塔のお偉いさんや、神父を使って教会やアインツベルンを騙すのは楽しかったです。でもま、アインツベルン自体は兎も角、そのマスターとサーヴァントはこっちの策を見破っていて、また新しいので騙し直さないといけません。

 あの神父とは、まぁ……言ってしまえば共犯者ですよ、九年前からの。腐れ縁を通り過ぎて、干乾びてもうどうにもならない因縁です」

 

「長いね。私も何だかんだであの神父は恩人だ。隠し事はしますけど、嘘は絶対につかない捻くれた正直者ってところも、ある意味信用できる奴です。ま、私に対して隠し事なんて無意味だけど」

 

「それは感謝しています。あの神父の計画を上回れたのは亜璃紗、貴女の御蔭ですので」

 

「いーえ、拾われた身としては当然の恩返し。やるべきことをやるだけです。だけど、桜さんの願望―――あの程度の聖杯で叶えられる代物なんですか?

 素直に根源への片道切符か、第三法の基盤習得で我慢すれば良いと思うけど。破壊作用云々の面倒事はあるけど、願い方と虚数の礼装で特に問題は出て来ないから」

 

 聖杯本来の機能は根源への孔を開くこと。サーヴァント七騎の魂を燃料にし、世界の外側へ還ろうとする英霊達を利用する。

 桜は事細かに調査している。大聖杯を成す魔術回路も、一年掛けて仕組みを理解した。第三法の基盤や理論は手に入れてなくとも、知識としては使える。故に、大聖杯にもそれなりの細工を施せる。

 しかし、大聖杯は呪詛に汚染されてしまい―――この世全ての悪(アンリ・マユ)と化しているからこそ、桜にとって使い道がある兵器。

 

「―――この世全ての悪の廃絶。

 我が魔術師としての悲願、この間桐桜が叶えてみせますよ。それ以外、もうすべきことも有りませんし……それ以外、もはや私に価値は無いですから」

 

 間桐家の意味。つまり、間桐臓現(マキリ・ゾォルゲン)の理想。間桐桜が間桐桜で在るのに必要な、行動原理。価値を欲するのなら、彼女は成さなくてはならない。魔術師であるのなら、目的を定めなければならない。

 廃絶するのだ―――この世界から全て、人間の悪性を徹底的に。

 でなければ、間桐桜は世界を許せない。否、自分の人生に意義を見出せない。世界を救わなければ、開き直ってまで此処まで来た価値が生まれない。

 

「難儀だね。けれど、私は私の方で色々と手に入れさせて貰いますよ。自分の研究を完成させたいので」

 

 亜璃紗は桜が汚染されていることに気が付いていた。そして、桜自身が汚染される事を望んでいる事も、亜璃紗は既に分かっていた。理性的に狂気を飲み干し、神父が与えた呪詛が間桐桜の動力源となっていた。

 ……聖杯がそも、この冬木で生み出された理由。何の為に魔法が必要だったのか。

 アインツベルンも忘れてしまっている。彼らはもはや、聖杯の為に聖杯戦争を続ける装置。遠坂家も似たようなものだ。だが既に今の当主遠坂凛は、限定的に第二法まで辿り着いており、そもそも家系として聖杯は不必要なまで高みを得ている。聖杯を必要としているのは、今となってはこの間桐だけ。決して“あの”マキリではなく、桜と亜璃紗が魔術を研究をし続ける間桐家だ。

 マキリの執念―――桜がまだ、生き続ける為に必要な存在理由。

 ―――廃絶を。悪の消滅を。世界に祝福を、人間に未来を。

 強迫観念に似た衝動に突き動かされる。間桐桜が聖杯戦争を諦めないのは、言峰士人が自分と同じ“衝動”を与えたからだ。自分を縛りつけるマキリの蟲を排除する代わりに、桜は聖杯よりも尚悪辣な力を得たのだ。それは悪魔との契約に近い行いで、分かっていながら彼女は魂を生贄へと捧げた。

 

「構いません。でも、私が事を成した後での世界でそんな事に……いや、亜璃紗は失敗ならそれはそれ良い事でしたね」

 

 桜は全て理解していた。神父からも教えられた。ならば、この在り方だけが自分の価値。理由など最早不要。今の彼女は自分自身の業に囚われ、神父とよく似た聖杯の泥人形と成り果てていた。救われないのは、それを良しと出来てしまう完成してしまった桜の精神。

 ……友人と、あの神父が間桐桜を呼んだ理由がそれだった。

 間桐桜は聖杯となり、悪神(第三法)は完成するだろう。言峰士人がこの世の誰よりも、間桐桜()を祝福するだろう。二人とも九年前のあの時から、この第六次聖杯戦争を愉しみにして生きていたのだから。

 

「肯定しますよ。駄目なら駄目で、それもまた私の人生」

 

「貴女からしますと余り興味が湧きませんか、やはり」

 

「ま、ね。衛宮さんや言峰さんは興味津津だったけど。あのライダーも大爆笑してたし、バーサーカーなんて可哀想な奴を哀れむ目でしたね」

 

「逆にセイバーさんは御満悦でした。何に事が触れたのか知りませんが、契約以外の効果でやる気が出てくれるんでしたら、何でも構わないのですけどね……あら?」

 

 窓の外。桜が視線を逸らした先。魔術回路が覚醒させた魔術師だけが聞こえる高音と、鈍い色合いの魔力光。鳴り響く光源が空へ放たれた場所は、方角と距離からして恐らくは冬木教会。

 

「一難去ってまた一難。またお仕事の時間です」

 

「じゃ、今度は私が頑張るかな。桜さんは休んでいて下さいね」

 

 亜璃紗はその美貌に相応しい微笑みを浮かべた。これから先に起こるであろう展開を考え、その全てを切り捨てる。

 無意味なのだ、もはや。

 予測なんてするのも馬鹿らしい。

 亜璃紗はシナリオも、エンディングも書き上げている。筋書きを淡々となぞるだけで良い。

 さてはて、と誰にも聞こえない彼女の独り言。亜璃紗は淡々とした雰囲気のまま、念話で切嗣と綺礼へ連絡を行い、桜を一人部屋に残して外を目指して歩きだした。




 読んで頂き、ありがとうございます。今回はいつもより少し短めの内容でした。次回から一気に中盤戦を越える雰囲気になるかと思いますので、この段階まで第二部・第六次聖杯戦争編を愉しんでくれた読者の方々にはまことに感謝します。

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