神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 Fate/Apocrypha最終巻発売!
 まだ買いに行っていませんので、近場の本屋で早く買って読みたいです。


70.さとり

「―――皆様、どうもお集まり頂き感謝します」

 

 冬木教会。十字架とパイプオルガンが目立つ本堂。その中に、この度の聖杯戦争に参加したほぼ全てのマスター達が集合している。

 魔術師らを集める合図を出したカレンも、まさか全員が生身でそのまま来るとは考えなかった。魔術師としてまともな思考回路を持っていれば、自分自身が訪れることは決してなく、使い魔を送る程度が精々な筈。だが、この度の第六次聖杯戦争に参加したマスターとサーヴァントは酔狂な者が多く、こうして有り得ない生身による英霊と魔術師の会合が行われた。

 

「……ほぅ。随分と変わったな、カレン」

 

「そうですか、兄さん」

 

「ああ。俺も見る目がなかったのかな……まぁ、良い。今のこの様では、確かに兄妹同士の会話にはなるまい。長くなっても構わんので、要件をじっくりと聞かせてくれ」

 

 元々は自分が住んでいた実家だ。戦闘用に改良した黒いフード付き法衣と神父服を着た士人は、この場所の主に相応しい威圧感を出しながら悠々と長椅子に腰を下していた。彼が召喚したアサシンもまた、山の翁に相応しい老獪で面妖な気配を纏いつつ、士人の隣で椅子に座って黙っている。黒衣のまま、仮面を着けたまま、じっと周囲の何かもを観察している。

 この主従は、見た目も気配も似た者同士。良く細工を施した仮面の笑顔と、顔面全部を隠す髑髏の仮面。黒い服も合わさって、この二人が並んでいるだけで暗闇にそっくりな不気味さに襲われる。

 

「そうですか。しかし、サーヴァントを失った元マスターまで来て頂けたのは、私共にしたら実に有り難いです。聖堂騎士であるデメトリオ・メランドリ殿は、是非とも此方の教会で保護したかったので。

 勿論、魔術協会から封印指定されているアデルバート・ダンも、願い出さえありましたら、公平に戦争終了まで保護する準備は整ってます」

 

「すまない。カレン司祭、まだ某は戦いたい」

 

「そこの斬殺狂いとオレも同じ意見だ。保護は要らないぜ」

 

 教会の聖堂に居ながら構わず煙草を吸う殺し屋は兎も角、聖騎士も無愛想な無表情で淡々としていた。聖堂教会所属でありカレンとも面識があるデメトリオですら、今この場所に居ることは針の筵だった。

 何故なら―――教会には、来る筈もない奴らまで来ていた。

 変貌したセイバーのサーヴァントと、その彼女と共に佇む間桐亜璃紗。黒い剣気を隠す事無く、セイバーは武装化していない。そして、マスターのエルナスフィールと共にこの教会まで来たキャスターのサーヴァント。この二人は転移魔術によって、聖堂内へ唐突に直接転移して時間みったりに表れていた。

 

「早く本題に入って欲しいな、カレンさん。前置きはどうでも良いんです」

 

「そこの蟲一族と同意見ですね。世間話は非常に好きですけど、私共アインツベルンも今は戦争が立て込んでまして。いやはや、この会合も暇潰しにはなるんでしょうけど、手間を掛ける価値があるかは甚だ疑問じゃないですか。

 せめて、それなりに有意義な時間にしたいんで、戦争に使う時間は効率的に消費したいところです」

 

 おぞましい美貌で綺麗な笑みを作り、催促する亜璃紗に可笑しなところはない。キャスターは何時も通りの胡散臭い笑みを浮かべながら、まるで人を化かす狐みたいに目を細めた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そして、バゼットとランサーは黙々と座っているのみ。寒い礼拝堂の中、私服のアロハを着込むランサーは殺気も戦意もなくだらけながらも、警戒だけは怠っていない。逆にバゼットは生真面目に話を聞く事だけに専心し、雰囲気に溶け込んでいた。

 

「…………はぁ」

 

「ふぅ…………」

 

 加え、綾子とアヴェンジャーは暇そうに、淡々と椅子に座って眼を瞑っている。時々、無意識に白い溜め息を吐き出して、茫然と話を聞いているだけ。アヴェンジャーなどふてぶてしく、深く腰を沈めて膝を伸ばしていた。綾子も綾子で両手をポケットに入れ、やる気がない姿で仕方ないから此処に居ると態度で示していた。

 

「―――早くしなさい。本題を聞かなければ、意見もなにも言えない」

 

 最初に口火を切ったのはセイバーだった。隣に座る亜璃紗はニコニコと不気味な笑みを溢しているが、セイバーは鉄面皮な顔で無理矢理に口元を曲げて笑みを作った様な表情。目が欠片も笑っていないのだ。更に言えば、着てる私服も黒いジャージに黒ジーパンに加え、目元まで深く被ったニット帽と、真っ白い綺麗なマフラー。髪を編まずにそのまま背中へ流しており、まるで深夜少しの間だけ外出する女学生と言った雰囲気か。恐らくは、亜璃紗が持っている服を適当に借りたていた。

 亜璃紗も亜璃紗で普段とは全く違う戦闘用の礼装服。上に改良した魔獣の革で作った皮ジャンを羽織り、濃い灰色の革ズボンを黒いブーツを履いていた。何時もの軽装と違い、それだけ亜璃紗は本腰なのだろう。

 

「こっちもそれは同じさ。私も手っ取り早く面倒事は済ませたいな。貴女もそうだろ、オルテンシア司祭さん?」

 

 態とらしい笑みでエルナもセイバーに同調して催促する。キャスターは私服だが、エルナは礼装兼私服の概念武装を着ている。直ぐ様にでも鎧を展開し、何が起こっても魔力一つで全開の戦闘可能な状態。

 

「ええ、良いでしょう。教会としても、皆様に集まって頂けたのはとても好都合ですし、今話さなければ次の機会もありません」

 

 礼拝堂の司祭として、カレンは皆の前に立っていた。彼女が対峙している連中は、アサシンと言峰士人、アーチャーと遠坂凛、セイバーと間桐亜璃紗、キャスターとエルナスフィール・フォン・アインツベルン、ランサーとバゼット・フラガ・マクレミッツ、アヴェンジャーと美綴綾子、そしてアデルバート・ダンとデメトリオ・メランドリの六体と八人。これ程の化け物達を前にすれば、如何に聖堂教会の人修羅である代行者でも気圧されるが、カレンはそんな緊張感は皆無。

 悠々と彼女は口を開き、自分の“上司”から伝えられた言葉を宣告する。

 

「では、まずは間桐亜璃紗。貴女方、間桐家は正式に聖杯戦争へ参戦すると、教会は認識して宜しいのですね」

 

「あーまぁ……うん、そうだね。その認識で間違ってないです」

 

「間桐桜の意志も聞きたいのですが、貴女が代理と言う事で判断して良いですか?」

 

「勿論。一通りの解答は出来ますよ」

 

「有り難いです。それでは遠慮なく問わせて頂きますが―――何故、今になって参戦を?」

 

「そうだね。建前と本音、どっちが聞きたい?」

 

「ふ。面白い言い返しです。まぁ、仕事で聞いているだけですので、私としては答えくれるのであれば、どっちでも構いませんが」

 

「じゃ、まぁ本音を言わせて頂くけど……御三家が、本気で参加しないなんて考えてたの?

 有り得ないでしょ、そんなの。聖杯を完成させ、独占する為ですよ。こんなのは偶然を利用したハリボテの策に過ぎない」

 

「しかし、やり過ぎです。確認しましたけど、あの黒い化け物……人間を密かに魔物へ転生させてましたね。

 魔術協会としてなら、社会に露見しなければどうでも良い事ですけど、あれは確実に封印指定レベルの神秘。また、聖堂教会としての立場で言わせて貰いますと、死徒と同程度の危険性だと判断するのも仕方がない代物です。

 そうなりますと聖杯戦争中は兎も角、その後は色々と面倒な事態になりますよ?」

 

 カレンの瞳が怪しく光る。彼女も彼女で本気ではないが、言っている事は全て事実。ルール違反ではないが、協会と教会の両方が看過出来ぬ怪異を確認してしまった。

 

「構わないよ。戦争が終われば、魔術師としての世間体なんて些事さ」

 

「でしょうね……はい。それは私の方も同じ考えですので、問題はありますけど、戦争のルールには反していません」

 

「そう言う事です。監督役に迷惑はかけてないないって事」

 

「確かに、そこのキャスターや、この場にはいないライダーは非常に事後処理が面倒でした。その点に関して間桐に問うのであれば、ライダー陣営とキャスター陣営にはペナルティを言い渡しています。まぁ、それを素直に聞くかどうかは、各自の判断になりますけれども」

 

「となれば、そもそも今程度の戦争行為は監督役から見ても許容範囲な訳です。その辺の匙加減を間違える程、此処に居る魔術師と英霊は自重していると言うことだ」

 

「良く言います。自重しなくて良い段階に入れば、気にせず暴れる猛獣達の群れでしょう」

 

「否定しないよ。ライダーの御蔭で全員のガタが外れてくれた。次の戦場は、更に混迷極まる地獄となりますね」

 

「ええ。そして、そのライダーと、バーサーカーのサーヴァント。彼らはまだ消滅を確認する事が出来ないのですが―――間桐が、二名を吸収しましたね?」

 

「ふぅん、それが本題?」

 

「はい。サーヴァントを殺さずに奪い取るだけでしたら、此方も構わなかったのです。しかし、あの聖杯の中身と間桐が奪ったサーヴァント達を考えますと……この冬木、確実に滅んで消えます」

 

「なんだ、知ってるの。あれの正体」

 

「両キョウカイでも知っているのは、監督役である私だけです。他のスタッフには秘密にしておりますので」

 

 薄く微笑むカレン。彼女は元より人の感情を逆撫でする悪癖があるが、今の表情は既に愉悦に浸る悪人のそれだ。この場に居る言峰士人とそっくりな、自己の在り方以外を楽しめない異常者。

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)でしたね。まぁ、世界が滅びようとも聖堂教会は……兎も角、私は関与しませんし、出来ません。英霊に対抗するなんて、代行者でも不可能な難業ですので。こちらとしては現世に影響が出ない人が優勝しますよう、祈るだけ。

 滅びるなら滅びるで、それは神の意志なのでしょうから」

 

「へ……あ、そ。だったら、別に良いですよね。間桐は間桐として悲願成就へ邁進するだけ」

 

「ですが、それでも監督役としての役目があります。私も職務放棄をする程、不真面目でも、聖杯に無関心な訳ではないです。

 ですので、この場で是非―――貴方達の願望を言って下さい。

 いやでしたら、それはそれで構いません。これはお願いであって、監督としての要請でも、況してや命令でもありません。

 個人的な興味でありますので、答えないのでしたら……まぁ、残念ではありますけど、とっとと次の要件へ話を進めますから」

 

 カレン・オルテンシアが個人的に興味を持つ事柄。それを聞き出すことは聖杯戦争監督役として越権行為であるので、彼女の言葉は非常に遠回しだった。しかし、この場には他の陣営が多くいる。誰もが興味を示しており、彼女の願い次第では“事”に及ぶ可能性も大きいだろう。なのに、亜璃紗はあっさりと口を開いた。桜からは願いを言うなとは命じられなかった。

 故に、彼女は自分の欲求を満たす為に、ここで晒すのもまた一興。

 言うか言わないかで言えば、言った方が絶対に愉しい。

 それだけだった。確かにメリットもデメリットもない行為だと理解し、彼女は理性的に戦況は把握している。戦争と関わり合いがない余分であるのだが―――その余分こそ、彼女が壊れた自分の人間性(こころ)を保つ為の栄養素。

 

「聖杯に対する望み? ふぅむ、そうだね……私はただのお手伝いさんだけど、間桐家としては―――この世全ての悪の廃絶だよ」

 

 余りにも簡単に、どうしようもない願望を口にした。世間話として話題を提供するように、さらりと彼女は彼女達の悲願を言葉に表した。

 

「あん? そりゃ、どうやって?」

 

 途方もない願望を聞いて、ずっと黙っていたランサーが思い浮かんだのはシンプルな疑問だった。つまり、その手段だ。彼は生粋の戦士故に、何一つ先入観を持たずに彼女の不可解な点にいち早く気が付いていた。

 

「どうって、聖杯ですのでね」

 

「…………阿保か、貴様?

 何でも叶うからって、ありゃそう言う品物じゃねぇのは話を聞けば分かることだろうが。目的と手段をセットにしなきゃ、正確な結果は得られねーよ。色々と今は欠陥品だって聞いてはいるけどよ、その欠陥が有ろうが無かろうが、やんなきゃいけねぇ事はどっちも同じだ」

 

 ランサーは刹那的な生死を尊ぶ戦闘狂だが、それだけの英雄ではない。優れた知性を持った魔術師であり、師からの教えもあって豊富な知識を持つ学者としての一面を持つ。その彼からすれば、聖杯戦争と言う魔術儀式そのものの本質をある程度は最初から見抜いていた。

 

「頭が良い脳筋って始末に困る。苦手だな、はぁ」

 

「へっ。言いたくなけりゃ、オレは別に全く構わねぇけど」

 

「別に桜さんからは、特にそれを隠せとは言われてないから。私としてはどっちでも」

 

「じゃ、言えよ。気になるし」

 

 面白がっているのもあるが、どの魔女よりも精神がどんよりしている魔術師の少女は、ランサーからすれば気になると言えば気になる。何を思っているのかまるで分からない。だが、何を考えていようと、その全てが悪辣なのは明白だ。

 故に、彼は聞けることは聞こうとするも、話そうとしなければ無理に喋らせようとはしなかった。どうせ最後は死ぬか生きるか、殺すか殺されるかだ。しかし、ランサーはその信条からか、敵だからと言う面倒な前置きで対峙する男ではない。

 単純に気になるから聞いてみた。それだけなのだろう。

 

「地獄―――いや、あの世の創設だよ」

 

「はぁ? あの世もなにも、魂の逝き場に―――」

 

「―――そう。そこの管理人となり、支配者となる。言った筈、間桐はこの世全ての悪を廃絶すると。けど、そんな願いは人間を根絶やしにしなくちゃ叶えられない訳です。

 だから、聖杯を一つの世界にする。

 これからのこの世界、悪いことした人間の魂全てを―――あの地獄の釜に叩き込む」

 

「何だそりゃ……結局、殺す為に使うってことか?」

 

「まさか。何もね、聖杯を使って霊長を皆殺しにし、星を滅ぼすって訳じゃないです。私達は人間と言う生命が、肥大し過ぎた文明によって自重に耐え切れず、全滅するまで手出しはしません。むしろ、滅んだ後に何かをする気もありませんし、悪魔を使って一人だって殺す予定はないです。

 この世には何もしませんし、期待も興味もない。現世へ干渉なんてしませんし、悪影響を与える何てそれこそ以ての外。

 ただ廃絶の為に、少しだけ魂の理を改造するだけ―――第三法を応用してね」

 

「「「…………―――!」」」

 

 第三法―――魔法。現代では五つあると言われる魔術の到達点。その内の第二法を遠坂凛は手に入れており、魔法が如何に条理から乖離した法則なのか、彼女は知り尽くしていた。アデルバート・ダンも元時計塔所属として様々な神秘を知っており、魔法に関する事件にも多々関わって来た。そして、バゼット・フラガ・マクレミッツも魔法と聞かされれば無反応ではいられない。

 聖杯と、第三魔法の関わり合いを凛は理解している。

 だが、その魔術基盤によって、何故その願望を果たせるのか。

 間桐桜が何を思って第六次聖杯戦争に参加したのか、遠坂凛は知らなくてはならない。

 この場にいる魔術師と英霊、全てが沈黙を選ぶ。間桐亜璃紗が次に発する声の意味を聞き逃さないよう、思考を集中させる。

 

「悪魔の神が生み出す固有結界を利用するのですよ。あれは正真正銘、この世全ての悪(アンリ・マユ)と言うなの悪神です。それこそ神話時代にしか出て来れない悪魔。物理法則が支配する今の星に居場所はないけど、その不可能を可能にするのが聖杯。

 故に―――この星(ガイア)の、霊長(アラヤ)の機構へ介入します。

 聖杯によって善悪を選定し、相応しき者を聖杯へ捧げ続ける。今の現代社会へ影響を与える事無く、人の死後を全て掌握する。

 悪意の坩堝の使用方法に適した、いや……あの悪性の渦にのみ可能な願望と言うことです」

 

 壊れた願望器。アンリ・マユとして受肉する悪神の胎児。その悪魔を誕生して至るだろう姿を、一つの世界に固定する。

 

「人間は救えない、魔術師では世界を救うことは不可能です。しかし、システムの程度は聖杯を使えば改変できる。

 悪性全てを、人類が滅びるまで収集し続けるんですよ。現世にあの世を作り、見えない異界に隔離し、これから世界で死んで逝く人間の魂を全部生贄にする。可能なら過去に死んだ人間の魂を星幽界からサルベージし、地獄の釜送りにする。今は無理でも、管理技術が発達すれば、過去の収集もきっと出来る様になる筈。

 人類が発生して、滅亡するまでの悪性全てを―――この間桐が未来永劫、廃絶させ続けて頂きます」

 

 現世を変える訳ではない。間桐が優勝した所で、この世界に悪影響は一切ないだろう。今の社会を変革するような事もなく、生きている人間には誰にも迷惑を掛けることは有り得ない。

 それを聞き、正直に言えば―――悪くないと、キャスターは思ってしまった。エルナスフィールも、自分達アインツベルンの聖杯が使われる理由として、個人的には面白そうな願望だと興味を持った。

 バゼットは彼女らが狂っているとは思いつつも、それなら確かに聖杯で世界を破滅させる事はないと考え……結局、所詮はまともな人で在れなかった自分と同じ異常者なのだと納得した。ランサーは逆に、自分の信条に反することでもないので少々興味はあるが、反感は其処まで抱かない。むしろ、敵が如何に強く狂っているのか正確に理解し、そんな化け物と戦えるのが嬉しくもある。

 そして、アデルバートからすれば、一欠片も関心を抱けない願望だ。人は死んで、無へ還る。それで良く、善悪など何処まで行っても言葉に過ぎず、人間が生み出した思想止まり。故に、その願いを撃ち潰す決意だけを滾らせる。

 

「良い願望だ。ライダーは、其方側に付いたのだろう?」

 

 ニィ、とデメトリオは浅く笑った。

 彼一人が優しく微笑んでいた。なのに、その笑みは奈落みたいに深く暗い。

 彼はあの騎乗兵が理を打破する人間を好む事を知っていた。聖騎士を同盟相手と認めた様に、チンギス・カンは間桐桜を利害関係も考慮した上で、戦場で同盟を結ぶ相手足り得ると判断するだろう。それを理解した故の笑みだ。

 だが、あのサーヴァントは身内に極めて甘い英霊だ。デメトリオを殺そうとする気は何を命令されようと一切湧かないだろう。無理強いすれば、どうなるかは目に見えている。だからこそ、思わずこれからの事を考えると笑ってしまったのだ。

 

「―――……ああ、そうだね」

 

 笑うデメトリオを見た亜璃紗は、この男の本質を本能で悟れた。この男はこの場の誰よりも強い。精神が完結している。いや、強い弱いの天秤で語れる程度を越えていて、強いと言うよりも―――デメトリオ・メランドリは、終わっていた。

 自己完結しているのだ。

 狂気さえ、この剣士は斬り捨てている。

 斬殺と言う結果に興味は欠片も無く、斬る行為も所詮は過程で、ただ―――斬撃を生み出す。男の本質は刃であること。だから、笑み一つで斬撃が物質化したかのような圧迫感を、同じ空間に居るだけで与える。動作全てに刃の業が染み付いてしまう。

 人間に対して高過ぎる理解力を有する間桐亜璃紗だから、聖騎士がどんな存在なのか感じ取れた。今までの行動も観察し、人物分析も行い、得られた結果がソレだった。

 

「貴方の言う通り、ライダーは協力的です。デメトリオ・メランドリを陣営に加える様にと、提案もされています」

 

「……本気か」

 

「本気ですよ。ま、ライダーの真剣を貴方がどう返答するかも、ライダー自身は分かっているみたいだったですけど」

 

 敵をどうするのか。聖騎士がどうしたいのか、答えはもう最初から決まっている。

 

「斬る―――……と、そうあいつには伝えとけ」

 

「凄いですね。ライダーが言っていた通りの答えでした。でも―――」

 

「―――もう、ほざくな。あの男がそれでも某を殺そうとはせん事は分かっている」

 

「うん、分かった。じゃ、話はそう言うことで」

 

 ニタニタと気色悪い笑みを浮かべて、亜璃紗は勧誘を断られた事を喜んだ。この聖騎士は多分、味方にすれば非常に心強いが、敵の方が戦争が絶対楽しくなる。

 

「―――貴女、桜は正気なんでしょうね」

 

 疑問と言えば、凛の考えは至極真っ当な疑問だった。間桐桜に協力する間桐亜璃紗も同類だが、その間桐亜璃紗と言う狂人を御し得ている時点で、桜がどれ程終わっているのかは凛にも分かる。分かりたくなかったが、亜璃紗と大差ない猟奇的な思想で動いているのだと悟れる。

 だが、それは果たして本当に間桐桜なのか?

 理由もなく、意味もなく、あの娘は其処まで終われる人間ではなかった筈。

 

「ヤだな、凛さん。私のお母さんは私を養子にした時から、本当に何も変わってない」

 

「……ふぅん。桜が養子にしたって言うから、どんな奴かと思えばとんだ下手物(ゲテモノ)ね」

 

「その通り。ゲテモノが子供を育てれば、改心する訳も無く同じゲテモノになる。それだけです。桜さんはね、私と初めて会った時から―――狂気に囚われていた。

 昔の桜さんがどんな人だったのか知ってますけど、私にとっては今の桜さんが私のお母さん。貴女の妹で在る前に、もはや私のお母さんで私の家族。

 遠坂凛の妹である遠坂桜には、もう永遠に戻ることはないんです」

 

 だけど、その狂気も飼い慣らしているんですけどね―――とは、亜璃紗は喋る事はしなかった。心の底から尊敬している桜の内面を細部の隅まで理解し尽くしている亜璃紗は、今の桜の状態を完全に把握している。

 お母さん(あのお方)の内側には、彼女の魔術の要になる因子が二つ渦巻いている。

 一つは間桐臓硯(マキリ・ゾォルゲン)が抱いた理想。全ての、この世に存在するあらゆる悪の廃絶。つまりは人間が生み出し、持ち続ける“業”を滅却すること。

 もう一つは言峰士人(コトミネジンド)の心が練り上げた泥の結晶。この世全てに向けられるべき呪詛を、個人へ執着させた悪意。即ち、己を焼く“業”を完結させること。

 それを亜璃紗は知っていた。

 相反する業を混ぜ合わせ、人格を泥に塗れさせる。言峰士人が行った“実験”とは、間桐桜がどれ程まで業を深められるかと言う、とても長期的な観察だった。その全てを飲み干してしまった桜は、元の人格のまま彼ら二人の“業”に適応してしまった。

 

「アンタ……―――」

 

「怒らないで下さい、凛さん。自分が気付けず救えなかったからと、私へ殺意を向けても無意味です。無関係とは死んでも口にしないし、したくもないですけど……私と出会った時には、桜さんはもう完成してましたので。

 ほら。其処ら辺の理由は、そこの神父さんが詳しく知っているよ」

 

「……どういうことよ、士人」

 

 凛の視線が士人の方へ向けられた。

 

「如何もこうもない。間桐桜は間桐臓硯の実験動物にさせられ、あの魔術師は影で冬木の住民を蟲の餌にして殺していた。その告発が間桐桜からされてな。地元魔術師の依頼を受けたとなれば、聖堂教会の一員として臓硯を抹殺しなければなるまい。

 つまり、俺はただあの女を蟲蔵から出る手助けを行い、次期当主の魔術師になるのを認めただけのこと。これは、それだけの話である」

 

「あ、え‥…ぁえ――――?」

 

 喉から声が出ない。凛は言葉を咄嗟に作れない。無意味な音が漏れるのみ。

 

「蟲、餌……実験動ぶ―――……何よ、それ……! それって、そんな―――」

 

「すまないな。師匠にはこの戦争が始まるまでは絶対に話すなと、間桐から口止めされていた」

 

 間桐の魔術は蟲毒。その家に養子に出され、尚且つ実験動物にされていたとなれば、どんな境遇で生活していのか凛は直ぐに理解した。聡明にも程がある優秀な頭脳で、桜が生きている世界を数秒で正確に予測してしまった。

 妹は、自分と同じく倫敦の時計塔へ留学出来る程の魔術師。その筈だ。

 遠坂凛は間桐桜を知っていなかった。自分の妹が養子に出された後、間桐家で何をさせられていたのか知らなかった。何より、彼女は衛宮君と藤村先生と一緒に笑っていた。助けて欲しいなんて言われなかったから、けれどそんな事も出来ない程に追い詰められていのだとしたら、それはどんな地獄なのか。

 何故、それ程まで魔術を身に修められたのか?

 時計塔に来るまで魔術を教えたのは誰なのか?

 

「―――……あんたが、あの子を助けたって事?」

 

 当たり前のように士人が桜を助けたのだ。生を助け、技を教え、業を授けた。

 

「ああ、そうだぞ。しかし、彼女の精神を救うことはしなかった。俺がしたのは心身の安全と、身に植え付けられていた蟲の摘出だ。

 なにせほら、間桐桜を救えたのは衛宮士郎だけだったからな。俺では言葉を掛けた所で、現実を教えてやれるだけだ。意志を固める手伝いは出来たとしても、慰め癒すことは不可能。人間としての幸福を与えられるのは、あの正義の味方が、間桐桜の味方になることだけだった

 故に、衛宮が遠坂凛を選んだとなれば、彼女に残されるのは魔道の業ただ一つ。それのみが身の裡に残るとなれば、後はもう完結するだけ」

 

 心臓を鷲掴みにする笑み。狂った悦を楽しんでいる。

 

「哀れな女だ。実の姉に衛宮士郎を奪われた事で、憎悪していた筈の魔道にしか―――価値がないと、そう実感してしまった。

 ―――救われないのさ。

 もはや、間桐桜は魔術師としての在り方を貫かなければ、それこそ死だけが残される」

 

 変えようもない真実は、何時でも人の精神を解剖する便利なメスになる。士人からすれば、神父としての最大の武器はやはり言葉なのだろう。目を背けること許さない現実を無理矢理直視させ、苦しむ様を娯楽にして、悶える罪悪が遊興する。

 

「分かるか。間桐桜が堕ちる最期の一押しをしたのは、師匠―――お前なのだよ、遠坂凛」

 

「……ッ―――!」

 

 言掛りと切り捨てても良かった。遠坂凛に責任など一つもない。だが、言峰神父の言葉は正論であり、事実でしかない。彼が見てきた真実をただそのまま言葉にしているだけなのだ。

 無視すれば―――遠坂凛は、遠坂凛を許容できない。

 士人は彼女がそう実感してしまう事実を言い、現実を正しく理解させた。

 

「そこまでです。師弟の軋轢を見るのは良い娯楽ですが、そろそろ本題に入りたいです。聞きたい事も聞けましたしね」

 

 今この場で一番殺気立っているのは遠坂凛ではない。彼女のサーヴァントであるアーチャーだ。凛は冷徹な理性をそのままにしながらも、感情の許容範囲は一気に振り切って直ぐ様殺し合いを演じそうなまでに憤怒している。だが、隣に座るサーヴァントが放つ害意と殺意は常に、礼拝堂全ての空間を塗り潰していた。それが凛を理性的にさせている。

 アーチャーによって、神父が話し始めてから戦場と同じ圧迫感が支配しているが、更に気が狂いそうな地獄の底の淵に変貌させ続けている。それに共鳴し、ランサーとアヴェンジャーが戦意と殺意を錬り上げている。

 

「……本題?」

 

 凛がぼそりと呟く。情報を感情を挟まず整理し、今はシステムに徹しろと心身に命じている。その成果もあり、彼女は感情をごっそり抜け落とした声でカレンに聞き返せた。

 

「はい。聖堂教会としても、聖杯戦争ごときで世界が滅ぼさせる訳にはいきません。色々と願い事を正確に叶えされる対策もあるでしょうが、人類が破滅する可能性を見逃せません。ですが、魔力が溜まった聖杯を破壊するのも危険。何より、監督役が聖杯を解体して戦争を終わらせても、皆様は誰一人納得しません。

 そこで―――聖杯の浄化を決行します。

 我々にはアンリ・マユを廃滅させ、魔力を無色へ還元させる計画があります」

 

 時間が停止したと錯覚する不気味な静寂。

 

「―――断る。無意味だよ、それ」

 

「何が、無意味なのですか間桐?」

 

 それを一瞬で亜璃紗を壊した。静寂なんてつまらない。今この場で主導権は誰が握っても如何でも良いが、この“監督役もどき”とキャスター陣営にだけは握らせない。そうしなければ、桜から伝えられた条件を達成できない。

 

「浄化かがです。悪性の魔力を操作するくらいなら、確かにそこの似非陰陽師で可能だ。けれど、悪神の排除となれば、例えキャスターでも無理ね」

 

「それはそうでしょうね。けれど、そのキャスターに加えて、間桐と遠坂の協力がありましたら、汚染源を消去するのも不可能ではない筈です。

 ―――否定は、出来ないでしょう?

 第二法と聖杯の多重制御がありましたら、不足はないと思いますけど」

 

 それは出来るか出来ないで言えば、可能な手段だった。この場に居る者が異を唱えず協力さえすれば、聖杯戦争を正常な無色の聖杯で運営させられる。

 

「まぁ……そんな程度なら、そこまでお膳立てして頂けたら出来ますよ、監督役殿。確かに、私の手でまず魔力を制御してしまった後でしたら、第二法の世界運営と、アインツベルンと間桐で聖杯の指向性を弄くれば可能。

 私の泰山府君(秘術)で以って、悪神を軽く消してみせます。

 ですけどね、それこそ無意味。そもそも私は悪神を消さずとも、聖杯を使えますので」

 

 キャスター一人でこの世全ての悪は抹消出来ない。聖杯内部で、成体になる前の胎児であろうとも、アレは一つの地獄。しかし、魔法使い手前の遠坂凛と、制御基盤を操れる間桐桜がいれば、キャスターを使って悪神の赤子もどきを殺せると考えていた。

 

「そうですか。しかし―――」

 

「―――無意味と言いました。黙りなよ。本当、茶番はうんざりです」

 

 やれやれ、と亜璃紗は首を振ってカレンの話を止めた。彼女がする話は全ての参加者にとって有意義で、価値がある意見だった。実りのある会合だと言えよう。殺し合いの賞品が欠陥品ではない破壊兵器ではなく、本当に人の想いを叶える願望器になる。

 そうなれば、間桐家も願望を聖杯を手に入れた後で叶え易くなる。

 遠坂家も先祖の願望を達成させ、アインツベルンも千年前に目指した悲願に届くだろう。

 だが、亜璃紗はそれら全てを茶番と切り捨てた。監督役が、戦争を完結させる為に出した条件を下らないと見下した。

 

「無意味と言いましたね、間桐亜璃紗。でしたら、これ以上の案が貴女に出せるとでも?」

 

「当たり前だ。貴女―――キャスターの式神ですよね。

 中立の真似してキャスターと口論をしつつ、貴女の主であるキャスターが場を支配できるよう采配する。巧いと思いましたけど、私相手には無駄な行いです」

 

 何でも無いかのように、亜璃紗はキャスターとアインツベルンの企みを見破っていた。

 

「……――――――」

 

「―――ああ、言い訳は要らないです」

 

 カレンが喋ろうと口を開いた直後、亜璃紗はタイミングを計ったように言葉を遮った。

 

「私が持つ異能は生まれ付きでしてね。そこの極悪神父はもう知っていると思いますけど、私はね―――他者の精神状態と思考回路を読み取れます。

 もっと分かり易く言えば、心が読めるんです。

 ……ああ、無駄無駄。キャスターさん、たかだか宝具化した符で精神防壁を強化した程度で、私の読心を防ぐなんて出来はしません。明鏡止水に至ろうと、全く以って意味がないです」

 

 それが間桐亜璃紗が最も得意とする魔術であり、覚醒した超能力。彼女の読心が持つ強制力は非常識な強さを持ち、もはや脳内や全身の神経を直接覗き込んでいる。

 何故、この場面で自分の神秘を態々暴いたのか?

 周りの者が疑問に思うも、その疑念もまた亜璃紗は容易く読み取ってしまう。しかし、既に最初から敵に自分の能力を知っている者がいたとすれば関係ない。更にその人物が他の者と大同盟を組んでいるとなれば、バレテいると考えて行動した方が致命的な間違いを犯さないで済む。何より、その男が間桐亜璃紗の能力を知っているが故にまだ他の者に教えていない事も、亜璃紗はもう読み取れているのだから。

 

「…………」

 

「嫌ですね、凛さん。疑わないで下さい。嘘だと思うなら、その貴女の愛弟子にでも聞いて下さい」

 

 言葉を発する前に、発現に対する答えが返される。魔術師として、自分の思考が透けられるなど屈辱の極み。そもそも精神干渉など同格の相手にも通じる魔術ではなく、格下が相手でも機能しないことが多い。なのに、魔術師として最上級のキャスターに通じたとなれば、遠坂凛にも適応されるのは必然。

 

「士人、言いなさい」

 

「その通りだよ、師匠。そこの亜璃紗と言う女はな、心を観察する超能力によって幼い時から大人以上に知能が発達し、人間と言う知的生命体を理解し尽くしていた。

 その所為で生みの親に捨てられた。その結果、育ての親を俺が殺した後に間桐の養子にした。間桐が嬉しそうに引き取ったのがその為だ」

 

「……だったら、確かに茶番ね。カレンが偽物だったのも、アンタは最初から分かってたの?」

 

「無論。カレンには異能からの保護対策に、創造した宝具を埋め込んでいる。自分が作った投影物が有るか否かは、直接見れば分かってしまうからな」

 

「ふーん。なるほどね」

 

 凛は直感的に亜璃紗の言葉を信じていたが、この神父が肯定したからにはカレンが本物ではないと判断した。この弟子は隠し事を好むが、嘘は絶対に吐かない。凛は歪な形ではなるが、そう言う意味では絶対の信用を士人へ寄せている。

 故に、凛がカレンに向ける視線は完全に敵のソレだ。

 

「――――――」

 

 だが、その視線が既に何の効果もなかった。士人の隣にいるアサシンが右手の人差指を向けた直後、爪の間から飛び出る血液が毒針となり、カレンを模した式神の眉間を貫いていた。目視も注意もさせない不意打ちであり、アサシンが暗殺者のサーヴァントと呼ばれるに相応しい魔技。

 ぱらり、と監督役が一枚の紙に戻る。その紙も次の瞬間には燃え尽きた。

 

「むぅ、手厳しい。平和に戦争を終わらせたいのですけど、中々巧くいきませんねぇ。いやはや……」

 

 ……困った困った、と胡散臭い笑みでキャスターはぼやいている。

 戦わずに戦争を勝つ。その為に策の一つとして誘拐したカレンの代わりを監督役にしたが、どうやらジョーカーが敵陣営にいた様だ。

 

「―――で、何がしたい? この状況だと、監督役を誘拐したのは貴方だと皆から思われるよ、キャスター」

 

「別に構いませんから。貴女の母である間桐桜殿はもう察してそうですが、既に聖堂教会と魔術協会の聖杯戦争運営スタッフは全て掌握しましたし。私の傀儡ですし、全員が式になってます。神秘の隠匿も完璧です。

 まぁ、目的は先程私の式が言った通り、戦争の平和的終結ですよ。本当は話し合いなんて無駄そうだったから最初は皆殺しにしようとしましたけど、皆殺しにするのも面倒になって来たので騙そうとしましてね。

 ……んで、どうします?

 ああ、取り敢えず言っておきますけど―――逆らえば、カレン・オルテンシアとイリヤスフィール・フォン・アインツベルンがどうなるかは保障しませんから。なので、関係者である言峰士人と遠坂凛は良く考えて下さいね。勿論、二人の命が欲しければ間桐桜にも同じ様に、貴女から伝えておいて欲しいです」

 

「悪辣だなぁ、キャスター。貴方、本当は間桐を殺す為だけに此処までしたんでしょう?」

 

「お見通しですと……ふむ。こうなると、此方も手札を切らないといけないんでしょうけど―――その手札を見る為に、態々貴女がこの場まで来たと言う訳ですか?」

 

「勿論です。危険を犯さないと無価値な力だから、これ」

 

「ほぉ……ならば、この場で殺しておきますか?」

 

「構いません。その為のセイバーですので」

 

 亜璃紗の目的は単純。キャスターが申した通り、参加者全ての思考を読み取ること。更にこう言った会談形式となれば、対象者が考える内容も濃くなり、どの様な事をする気で可能なのか事細やかに知り得られる。此処まで来れば、もう間桐がすべき策略も大方決定した。敵陣営に自分の能力を隠し通り、不透明なままにしてきた理由がこの時の為。

 間桐桜へは、もう念話で結果を伝えた。

 

「しかし、この場では無粋だ。不確定要素が多い。分かりますか、キャスター。邪魔者は不要です―――殺し合いましょう」

 

 総力戦。それも情け容赦のない殲滅戦。亜璃紗を教会へ見送った桜は計画通り―――既に、アインツベルンの森へ真正面から侵入していた。今この瞬間、間桐はアインツベルンへ宣戦布告を行ったのだ。

 ―――……どろり、と床が黒く解けた。

 亜璃紗とセイバーの足元に暗い闇黒の泥が無音で広がる。二人は一瞬で桜の元へ空間転移をし、アインツベルン領へ這い込んだ。

 

「どうする、キャスター。私としては、間桐はぶっ殺したいけど」

 

 エルナは淡々としていた。逃げるも戦うも、キャスターの裁量次第。他に陣地が作れるなら兎も角、今の状態で戦力低下は敗北を濃くする。式神が活動する為の結界と、更にもう一度隔離結界を作るとなれば魔力を消費し、陣地の精度も低下する。その状況で他の陣営と殺し合わないとなると、単純に勝率が下がる。

 

「勿論―――殺します。

 ……ああ。こちらはそう言うことですので、皆様お騒がせしてすみませんね」

 

 キャスター陣営は逆に前置きもなく、突如として消え去った。元々準備しておいた術符により、自陣へ一瞬で転移したのだろう。

 ……聖堂内が静寂で支配された。

 

「おい、聖騎士。斬らなくて良かったのかよ?」

 

 アデルバートは思った事をそのまま声にする。彼の第一声で静寂が消え、同盟を組んだ第三勢力として、他の陣営を撃滅すべくこれからを思案しなくてはならない。何より、アインツベルンにカレンとイリヤは人質にされ、間桐には士郎が人質として囚われている。

 

「無駄だ。隙がない。魔力と体力の浪費に過ぎない」

 

 それにこの場で殺し合う気にはなれない。聖堂騎士団の一員が教会を戦場にするなど、乗り気になれなかった。

 勿論斬れるなら殺すが、それは話を聞いてから帰る時に背後からやれば良いだけのこと。とはいえ、第一目標の間桐は全員の精神的な隙間を突いて転移で逃げ、アインツベルンも同じく対処が難しい一瞬での転移で逃げてしまった。

 

「俺は行く。お前らはどうしたい?」

 

 神父の問いが、同盟の方針に決定打を与える。間桐とアインツベルンの殺し合い―――横槍を入れるか、傍観に徹するか。

 答えなど、最初から決まっている。

 やるべきことを間違えはしない。戦争を諦めずに同盟を組んだとなれば、倒すべき相手を逃す道理は無かった。




 やっと間桐亜璃紗の魔術を紹介できました。人の心を読む化け物が正体です。
 後間桐の願望であり地獄は、言ってしまえば人造の地獄です。例えますと、ベルセルクの渦に近い地獄になりそうです。人の世が滅び去るまで魂を取り込み続け、人類が滅びますとまた現世に人型の間桐桜として出現します。人間の形をした地獄になり、また何処かの平行世界に渡って、其の世界が滅ぶまで同じ事を延々と繰り返し続けまして、人が救える程に成長しますと何処ぞの世界で救済に乗り出すかなぁ……と。全人類、全世界、全時空において全ての悪を廃絶し続けます。

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