神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 グランドオーダーの赤セイバー(DEBU)って、少佐に似てるなぁと思いました(笑) 後、一番のお気に入りは文明絶対破壊ウーマンです。


71.略奪王

「昨晩はお愉しみだったな、衛宮士郎」

 

 ―――鈍い、男の声だった。

 薄暗く、生臭い閉鎖的な空間。

 光は何処にも無く、完全な虚ろな闇に満ちた場所。床は石作りで、壁もまた同じ。精密な長さで整えられた立方体の部屋の六面には、緻密な魔法陣が刻み込まれている。衛宮士郎が今いる場所は、そんな牢獄だった。

 

「それにしても、随分とやつれている。だが、あれ程までに絞らたならば、その姿も仕方なかろう」

 

 間桐地下工房に囚われ、厳重に拘束衣で縛られている士郎を見た神父の一声だった。ただただ無音であった地下牢の一室。その保たれていた静寂が破られ、生気を失った眼で士郎は顔を見上げる。

 

「……誰だ、貴様は?」

 

「―――言峰綺礼。生前は冬木教会で司祭を営んでいた死人だ」

 

 言峰と、その一言で相手の正体を理解した。士郎は眼前の亡霊が、あの衛宮切嗣と同じ甦らされた悪鬼なのだと知り、何よりその言峰の名はあらゆる意味で鬼門であった。

 

「士人の親かね?」

 

 言峰(コトミネ)。其の名こそ、今の世では呪いに等しい仇の称号。

 自分が父から受け継いだ衛宮(エミヤ)の名を、更なる悪名高き人でなしの英雄として高めた様に―――言峰の名もまた裏側の住人にとって悪魔と同意である。

 

「そうだとも、衛宮切嗣の息子よ。この度は留守番の任を引き受けてね、暇潰しにこうして君を話をしに降りて来たのだ」

 

「……そうか。おまえは仲間外れにされた訳か」

 

「残念だったよ。アインツベルンが滅ぼされ、製造された紛い物とは言え、あの衛宮切嗣の家族がまた死ぬ姿を見れなくなってしまったからな」

 

「成る程な。あれの親なだけはある悪趣味さだ」

 

「有り難い。そう褒められれば、あれをあの様に育てた甲斐があったというもの。そう言うおまえこそ、衛宮の後継者に相応しい立派な正義の味方である様だ」

 

 綺礼にとって、士郎は息子と良く似た衛宮切嗣の写し身だ。加え、士郎は切嗣の様に自身の幸福を棄てている訳ではない。他人の幸福の為にしか生きられないから、そんな在り方を良しとして成り果てた。その在り方は自分とは逆さでありながら、生き方は全く同じ。自分もまた他者の不幸を味わう為だけに生き返った。答えを得ようが、自分が自分でなくなる事は二度とない。

 

「そうか。だが、今となっては全てが遅い。どうでもいい。貴様に聞きたいことは多いが、第一に知りたい事がある」

 

「なにかね? 死人になった身ではあるが、これでも生前と変わらず死後も聖職者だ。答えられるのであれば、全てを偽らずに答えよう」

 

 知っていると言う事は、それだけで武器になる。もし言峰綺礼が言峰士人を育てたある意味での諸悪の根源であるなら、決して他人の言葉に嘘は吐かない。相手が敵だろうが、悪人だろうが、何時も通りに笑みを浮かべて相手に応えるだろう。

 士郎にはそれが理解できた。あの神父を理解しているからこそ、綺礼の内面も透けて見えた。とは言え、それは逆に綺礼にも言えること。綺礼も綺礼で士郎が考えていることが手に取る様に分かっていた。

 

「……切嗣は、何処だ?」

 

「ク。それを聞いてどうしようと言うのだね」

 

 この男―――衛宮士郎(正義の味方)の裡に沈む葛藤(理想)は、自己を溶かす様に蝕む。その有り様は、綺礼が持つ嗜好からすれば最上級の娯楽品になる。自分を射殺すように睨み付ける青年をニタニタと笑う。彼は心の底から面白く思い、溜まりに溜まった(悦楽)に浸るだけ。

 

「……ふむ。そう睨むな、衛宮士郎。愉しくなってしまうだろう?

 だが、まぁ良い。これを伝えた所で、この“私”に不都合など一つもないからな。そうであれば、私が持つこの情報に価値を見出せるのもお前だけだ」

 

「ならば、言え。そうやって他人を弄ぶのが愉しいのだろう? あいつと同じで娯楽を愛しているのなら、私に真実をとっとと伝えたまえ」

 

 理解し合ってしまう。士郎と綺礼は合わせ鏡の同類。人の幸福が嬉しい士郎と、人の不幸が嬉しい綺礼は、常識に溶け込めない異常者として相手の身の裡が手に取る様に分かるのだ。後天的、先天的と違いはあれど、互いに否定し合う運命にあるからこそ、何か惹かれ合う要素があるのかもしれなかった。

 言峰士人とはまた別の、例えられない同族意識が士郎には綺礼に対して有った。無論のこと、綺礼もその点は同じ。違いが有るとすれば、その事実を愉しめるか否か程度であろう。

 

「キャスターの居城だよ。何せあの男、ありとあらゆる魔術師の天敵だからな。悪魔に呪われ、半ばサーヴァントもどきに近づいたとなれば猶の事。死徒に近い霊体深化により、あの起源に基づく魔弾も宝具へ干渉する程の概念武装に成り果てた。肉体的にも下級サーヴァント程度には強まった。

 ……それは私にも言えることだがな。感覚的に言えば受肉した魔とでも言えば正しいだろう」

 

 衛宮切嗣の魔術師殺しの魔弾。あれは“切って、嗣ぐ”と言う起源を込めた起源弾だ。魔力を込めて撃つことで、当たればその魔術に作用し、起源が対象術者に発現する。しかし、そんな程度で英霊の宝具へ完全に干渉出来る訳ではない。概念の前では更なる概念の前に敗北するのが道理。それもエクスカリバー程の宝具や、衛宮士郎が投影したアイアスの盾の前では、魔力を込めて発動している最中、あるいは発動寸前の臨界まで魔力を溜めこんでいようが、魔術礼装の効果を圧殺する膨大な概念を持つ。それが神秘としての道理。

 つまり―――宝具に並ぶ完全な概念武装化してしまえば良い。

 元々は魔術礼装とは言え、あの魔弾と銃器は半ば概念武装に近かった。

 原因はこの世全ての悪(アンリ・マユ)の呪詛。あの呪いの魔力は宝具に並ぶ概念を持つ。泥の塊となった銃火器。それに強化汚染された魔弾を装填し、汚染された魔力を叩き込んで発動させる。そうすれば神秘として同格の概念を保持し、相手が宝具であろうと魔術を発現させられた。

 

「故に、あのキャスターに対してもあれは鬼札となろう」

 

 衛宮士郎の投影魔術と同じだった。今や宝具に匹敵する魔術となっていたのだ。今となっては魔術殺しの亡霊と言う、例えるなら英霊もどきが持つ擬似宝具。

 だからこそ、衛宮切嗣は遂に“魔術師殺し(メイガスマーダー)”のままで在りながら、あらゆる宝具持ちの天敵である“英霊殺し(サーヴァントマーダー)”と成り果てた。いとも容易くサーヴァントを殺し、特にキャスターが行使する術理全てを封殺し尽くしてしまうのだ。

 

「そうかね。しかし、あの陰陽師は桁が違うぞ。サーヴァントと言う括りの中でも、大いに逸脱した化け物だ。もし伝承そのものであれば、九尾の狐でさえその魂を浄化し尽くす本物だった。実際あの男に会えば、太古の日本で暴れていた神格級の怪異、荒神を調伏していたのも納得出来た程にな。大昔に生きていたと言う鬼種であろうと、容易く魂魄を砕いて無へ還す。

 ……分かるかね?

 サーヴァントと言う霊的存在である時点で、あの陰陽師に勝ち目はない。奴の術理に対抗できる宝具を持つか、あるいはランサーの様にキャスターと渡り合える程の魔術の腕前が必要だ。サーヴァントや死徒に近しい化け物になった貴様や切嗣では、陰陽術に抵抗するのは不可能だよ」

 

 つまり、キャスターの天敵である衛宮切嗣にとっても、キャスターは彼にとって天敵だった。何より互いに手の内を知っているため、もし殺し合うなら如何に相手の思考の裏を取るか、相手の想像を越えて殺し手を打てるかと言う二点。

 しかし、それが理解出来ない切嗣ではない。何かしらの解決策を練っている筈だ。それでもまだ、あのキャスターには届かない。正確に言えば、衛宮切嗣に並ぶ程の悪辣な思考する指揮官が相手にはいる。エルナとツェリに魔術師としての隙はなく、戦争屋として全く以って油断も慢心もない。キャスターだけなら今の深化した切嗣ならば裏を掛けるかもしれない。

 だがマスター達と組んだあの陰陽師にはそう言う戦術的、ないし戦略的欠点が何処にも存在しない。戦いが強い上に、戦運びが巧いとなれば手の内用がない。だが―――

 

「安心して欲しい。あの城を砕く為に、我々はライダーとバーサーカーを手中にしたのだからな」

 

 ―――今の間桐には、あの騎乗兵(チンギス・カン)狂戦士(ホグニ)がいるのだから。

 

◆◆◆

 

 イリヤスフィールにとって、第六次聖杯戦争が引き起こされるのは予想出来た未来だった。しかし、自分は第五次聖杯戦争で生き残ったところで数年で死ぬ。考えても意味がなく、士郎達に時が来れば大聖杯の正体を伝えようと考えた。だが、そもそも何処かの“誰か”が、時間が経てば大聖杯が壊れる様に細工をしていた。第六次が起きるか如何かは時の運だった……だが、起きた。結果、アインツベルンは更に魔術師らしく、手段を選ばず利己的な化け物と成り果てていた。

 思えば、こと聖杯戦争と言う観点からすれば、アインツベルンは学者馬鹿に過ぎない。戦闘に向かず、戦術が拙く、戦略を構築できない。魔術師は軍師ではなく、戦略家でもないのだから当然。優れた技術者が如何に良質な兵器を作ろうとも、鍛えられた兵士の如く兵器を運用出来る訳ではない。

 だからこその、暗殺と戦争に秀でた魔術師殺し衛宮切嗣だった。だが、その男が何を思って戦い続けているのか理解しようともしないから、あっさりと裏切られて失敗した。第五次でも、折角召喚成功したヘラクレスを狂化した所為で総合的に弱体化し、こちらもあっさりと英雄王に屠殺されて失敗した。

 何故なのか?

 理由は分かるが、どうして結果がそうなってしまうのか。その原因を取り除けなかった。

 その為に、アインツベルンはあらゆる意味での最高傑作を創り上げた。サーヴァントが強いだけでは勝ち残れない。マスターも強いだけでは意味がない。衛宮切嗣の様な合理的殺人を成功させる思考回路を持ちながらも、サーヴァントの如き戦闘能力を持たせなければならない。

 そんな、聖杯戦争にとって理想的な人造人間ホムンクルスを生み出す。

 しかし、そもそもアインツベルンは大元になる必要な因子が遺伝子を生み出す過程に存在しない。

 アインツベルンにはないのなら、アインツベルン以外の生物の情報を使えば良い。自分達が聖杯を得るのは失敗したが幸運にも―――聖杯にまで迫った魔術師殺しの遺伝子と、過去に類を見ない最高傑作であるイリヤスフィールの遺伝子があった。

 大切なのは、合理的な思考回路と臨界以上の戦闘能力。

 ……一体だけならば既に、当時のアインツベルンは理想的なホムンクルスを生み出せていた。今はメイドになっているツェツェーリエだ。彼女はイリヤスフィールの複製体だが、生命力と寿命は人間を遥かに超えている。既存の戦闘能力も今までの戦闘用ホムンクルスの比ではない。それもその筈、彼女には魔獣の遺伝子が組み込まれていた。だが、生まれながらに完成した故に、人造人間として成功したからこその失敗。これでは聖杯戦争用に後天的な技術が成長できない。生まれながらに許された範囲でのみ心身を特化させられない。アインツベルンにおいて戦闘面は勿論、魔術面・精神面・技術面においても現当主を遥かに上回りながら、失敗作品だった。

 そのイリヤスフィールの複製体を元に、幾百も試行錯誤して生み出てしまったのが―――エルナスフィール。

 元より成功する確率は天文学的な数値よりも低かった。しかし、奇跡的偶然で誕生したと言う事は、彼女の誕生はアインツベルンからすれば当然の結果。

 彼女は人造人間ではなく、人工的に製作された人間だった。

 ある意味ではツェリの娘であったが、生まれた場所は大きな試験管の中。

 衛宮切嗣の遺伝子を主軸にし、イリヤスフィールの遺伝子を主にし、ツェツェーリエの設計図で生み出た生命体。

 余りに罪深い誕生方法。果たして何十人の同胞の屍の上に成り立っている命なのか。数多のホムンクルスが生み殺された。

 そうやって成長する人造人間と言う、アインツベルンの最高傑作が完成した。エルナスフィールは元々脳に焼き付いている魔術以外にも、多種多様な魔術を学んでいる。ホムンクルスとして基になった衛宮切嗣の経験も幾つかは受け継いでいる。復元した衛宮家魔術刻印も身に刻んでいる。

 ある程度実家で彼女は修練を積んだ後、彼女は自分の従者をツェリにして、世界へ旅に出た。

 目的は無論、戦争に向けて経験を積む為だけ。強くなるだけでは、殺し合いに勝てない。聖杯戦争の予行練習に丁度良いと、戦地を渡り歩き、殺しても構わない死徒や魔術師を破壊していった。場合によっては代行者や聖堂騎士も轢殺した。ツェリと愛剣と共に殺して殺して、殺し回った。世界中を見て回り、色々な人間と出会い、学んで知っていった。

 第六次聖杯戦争に参加する為のその過程……彼女はある日気が付いた。

 ―――自分は、喜んでいる。楽しんでいる。

 どうでも良い誰かを殺した事で、どうでも良い誰かの命が助かった光景が―――嬉しかった。

 エルナにとっての正義とは、ソレなのだ。強くなり、戦争に勝つ。その為だけの力であったが、自分以外の誰かにも意味があった。

 彼女に殺された人間にとって、エルナは人生を終わらせた悪人。

 彼女に救われた人間にとって、エルナは無視出来ない命の恩人。

 価値とは自分自身へ向けて響く己が成した行為だと、その時エルナは理解した。意味が有るだけでは無価値なままなのだ。

 エルナにとって正義は、闘争の中で見付ける密かな愉しみになった。

 何処まで行っても自己満足に過ぎないのなら、そのまま自己完結してしまえば良い。

 生まれながらの義務である第六次聖杯戦争であろうとも、湧き出た感情を楽しむのは生物の権利。

 殺せば殺す程、エルナスフィールは人の命を助け、様々な人生に救いを与えられた。旅して回った世界は余りにも面白可笑しく、人間はありとあらゆる最高の愉悦を自分に教えてくれた。有りの儘に生きるだけで、他にエルナは必要だと思うモノは無かった。しかし、果たさねばならない事を見付けてしまう。

 衛宮士郎と、イリヤスフィールの存在だ。

 父親である衛宮切嗣も、死霊とは言え会えるとなれば話は別。

 果たして歪な自分は、そしてツェリは家族を得る事は出来るのか。人間らしい中身は得られるのか……と。そう、疑問を思い浮かべてしまった。

 

「…………」

 

 ―――と、イリヤはメイドであるツェリから、色々な話を聞いていた。ツェリから話したのではなく、イリヤが質問して相手に喋らせた。本当に、色々なことを聞いたのだ。今のアインツベルンの状況は自分が居た時以上の魔窟と化し、エルナとツェリは自分よりも尚、魔術師らしい異常な境遇で、魔術師らしい狂気を持っている。

 しかし、その代償としてイリヤも自分のことを話した。等価交換と言うよりも、会話のネタを交互にした程度のものだが。そしてカレンもそれは同じ。敵側の思惑は分からないが、どうも直接話をすることも目的であった様だ。

 

「愉快ですね。この聖杯戦争と言う儀式、兄さんの言う通り業が深いです。ますます衛宮家には興味が湧きました」

 

 ここは和室。江戸時代や戦国時代などよりも昔の、平安時代の雰囲気に近い和風の一室。畳が敷き詰められ、座布団と机が中心に置いてあり、清掃が行届いた綺麗な空間。

 そっして、イリヤと机の対面に座っているカレンは、口元を浅く歪めて笑みを作っていた。話を聞いていたのはカレンも同じだ。イリヤと軟禁されている場所が一緒なので、彼女もアインツベルンのマスターがしていた話を暇潰しとして聞いていた。

 

「相変わらずね。その兄さんと良く似て、人をイラつかせる天賦の才を持っているわ」

 

「まぁ、嬉しい」

 

「うん。本当にイラつかせる、貴女」

 

 うがぁー、とストレスを発散される為に呻き声を無意識で上げてしまう。イリヤにとって、言峰の人間は鬼門。

 

「相変わらず貴女は相手にして愉しい女性です。兄さんが助けた訳も理解できます。ですが、お遊戯の時間もそろそろ終わりです。

 助けが来ても来なくても、時が来れば聖杯は降ります」

 

「でしょうね。貴女も何かしらの術を仕込まれたみたいだけど……それ、もしかして人間爆弾にでもされた?」

 

 イリヤがキャスターの術符と錬成された陰陽の聖杯と同化し、神秘を何段階か飛ばして本物の聖杯として完成した様に、カレンもまたキャスターの手によって術式を施されていた。

 

「保険ですって。詳しくは、時が来れば分かるとだけ言っていました。碌なものじゃないのだけは確かですけど」

 

 忌々しいと言いたげな表情で、カレンは自分の心臓がある箇所を上から抑えた。脳と同じく心臓は人間にとって、霊核となる重要な概念を持つ臓器。恐らくは、その部分に何かしらの細工を施されたのだろう。

 

「何を考えてるんでしょうね、アレは。私を大聖杯制御の為の基盤にするのは分かるけど。でもカレン、貴女は一体なにを目的に誘拐されたのかしらね」

 

「人質……もあるのでしょうけど、恐らくそれはおまけですね」

 

 と、暇な時間を無意味な会話で潰すしか、この二人にはすることがなかった。何せ、あのキャスターが組み立てた術的牢獄の中に居る。無理矢理部屋の外に出れば、どんな異次元に堕ちるか分からず、そもそも宝具クラスの干渉力でやっと罅を入れられる程度。鬼を閉じ込める為の術式を応用しているので、当然と言えば当然だ。そんなアインツベルン城内部。式神が跋扈する魑魅魍魎の真っ只中に監禁されるイリヤとカレンの二人。

 ……しかし、変化と言うものは前触れもなく訪れる事が多い。

 

「で、どうしたいのですか?」

 

 会話を続けていた二人の前に現れたのはツェリだった。メイドを見るカレンの目は冷たい。相手は誘拐犯なのだから違和感はない。だが、人質として以外の更なる保険にと、キャスターに特殊な“式神”を魂魄へカレンは打ち込まれている。流石の彼女でも、聖堂教会の暗部以上に効率的な外法は感心を越えて、苛立ちを覚えてしまう。異物感は数時間である程度は慣れたが、不愉快のものは不愉快。心象奥深くに植え付いた神秘は、霊媒医術で取り除く事はもう不可能だろう。肉体にも寄生しているが、体を抉った所で精神面にも癒着しているとなれば、それこそ専用の宝具や概念武装、あるいは聖杯を使わねば取れない。

 

「間桐桜が来ました。危険です。避難させます」

 

 メイドであるツェツェーリエはこの城が置かれている状況を、精密機械染みた演算力で把握していた。そして計算した結果、キャスターが建設した要塞であろうとも安全な場所はない。人質とは言え、二人に危害を加える気はツェリには一切なかった。

 

「……どういうことよ」

 

 イリヤの疑問にツェリは答えずに、直ぐに行動に移った。闘争はもう始まっていた。もう既にアインツベルンの城は、地獄の真っ只中に放り込まれた魔女の釜の内部。死者と生者が入り乱れる悪夢と化しているのだから。

 

◆◆◆

 

 ―――……そうして、アインツベルンの森は既に壊滅した。

 語るまでも無い話だ。間桐桜にとって、例え日本最強のキャスターと言える安倍晴明が召喚した式神であろうとも……否。サーヴァントと比べても遜色がない程の神秘であるからこそ、桜にとって侵し、喰らい甲斐のある標的であった。

 平安の世で活躍したキャスターであったとしても、桜の魔はそれ程の領域に達していた。神霊の霊格をも強引に封じ込めるキャスターだが、彼そのものは英霊である亜神止まり。式神を丸ごと喰われてしまえば、どうしようもない。とは言え、そんな程度の理屈をはキャスターも最初から理解している。その為の対策など幾重も取ってある。むしろ、内部から浄化さえしてしまえる術符の爆薬でもあり、その気になれば桜を介して聖杯の呪詛を滅せられる。

 

「いやはや、その筈だったんですけれどもねぇ……」

 

 珍しく、彼は本気で表情を歪めていた。嘗ての日ノ本において、本性を現した妖孤を一撃で浄化する程の法力を込めた矢。それを道具作成と陰陽術のスキルで生み出し、同じく現世で作った和弓で構え、何度も射っている。これでもう狙撃を繰り返すこと十度目。

 ……バーサーカーにとって、魂魄の浄化など取るに足りないらしい。

 肉体が宝具化していると言うのは分かる。しかし、キャスターの眼力は敵宝具の神秘をあっさりと見通してしまう。しかしどうやらバーサーカーは、その魂まで宝具に呪われている。

 

「残念です。私程度の法力では、直死の眼程の絶対性はありませんし」

 

 呪われた不死の王。それがバーサーカーであり、更なる呪いが彼の魂魄を汚している。単純に、もはや清められる穢れではないのだ。それこそ、アヴェンジャーの魔眼でなければ消せない程。

 

「しかし、相性がこうも悪いですと。はぁ」

 

 そのバーサーカーを破壊鎚として使用し、キャスター陣営の戦線に大穴を空ける。その隙間から一気にライダーの軍勢が侵入する。故、ライダーの軍勢によりアインツベルンの森は嘗ての姿を消失していた。緑が生い茂る広域な森林地帯は、銃火器と兵士達によって踏み荒らされている。

 ―――蹂躙。

 踏み潰し、砕き荒らす。

 ライダーの軍勢が通った場所こそ、王が過ぎ通る道を成す。アインツベルンの広大な森が、さながらモーゼが海を一直線に割り切った逸話を再現したような姿になっていた。

 

「懐かしいの。いやはや、これは良い戦争ぞ」

 

 軍勢を率いる男がニタリと微笑んでいる。加虐を楽しむ喜悦の表情だ。周囲に放った観測兵からは戦場の状況が随時直接自分の脳内へ情報が届き、隅から隅まで戦局を把握していた。既に敵本拠地を目視し、爆撃圏内。キャスターの姿も捕捉済み。バーサーカーを一騎当千の切り込み隊長にすることで、ライダーの軍勢の勢いは全く衰えない。

 だからこそ騎兵(ライダー)英霊(サーヴァント)―――チンギス・カンは静かに笑っているのだ。生前に味わっていた当たり前な日常を、受肉したことで完全に取り戻していた。宝具とは英霊が持つ伝承の具現である故に、ライダーにとって数多の宝具が生前の日常を再現した幻想に過ぎない。

 ……しかし、彼が持つ宝具は厳密には一つしかない。

 ライダーとして多彩な宝具を持ち運用するが、亜神として崇められる彼が持つ武器は一つだけなのだ。宝具『王の侵攻』と『反逆封印・暴虐戦場』も、その真なる宝具を使い分けているだけに過ぎない。

 ならば今のこの惨状こそ、チンギス・カンが持つ宝具の真髄―――

 

「兵士諸君、今こそ戦争の時間。故、我輩(ワシ)が許そう―――好きなだけ殺し、奪い取れ!

 敵の命を蹂躙せよ、目に映る何もかもを蹂躙せよ!

 この暴虐の焼け跡こそ、我らがモンゴル―――蹂躙草原(カン・ウォールス)に他ならん!」

 

 ―――蹂躙草原(カン・ウォールス)

 その正体こそ、チンギス・カンが持つ第三宝具。

 この状況において、もはや加減など有り得なかった。ライダーは初手から温存など考えずに、キャスターの居城へ一気に蹂躙していた。

 王の侵攻(メドウ・コープス)反逆封印・暴虐戦争(デバステイター・クリルタイ)は、この宝具を運営する為の仮初の姿。ただの道具に過ぎない。余りに膨大な消費魔力は、それこそ本当に国家を運営する程の消費量を持つ。例え歴代最強のマスターであろうとも、聖杯のバックアップを持とうが所詮はヒトの魔術師。そもそも個人で支えられるエネルギー消費では無い。使うとなれば、周囲から奪い取った魔力を宝具に何日も継ぎ足し続け、それでも数分も保てない程なのだ。

 その宝具を個人で運用可能な領域にしたのが、王の侵攻(メドウ・コープス)反逆封印・暴虐戦争(デバステイター・クリルタイ)の二つ。

 しかし、その枷は完全に解き放たれてしまった。聖杯を影で掌握する間桐桜であれば、サーヴァントへ無尽蔵の魔力供給が行えるのだ。

 その為の契約。

 だからこその協定。

 聖杯の泥で受肉した体は物理法則に囚われ、通常兵器でも致命傷を受ければ死に至る。だが逆に、この世の生物として生命活動を可能とする。

 その結果―――チンギス・カンは嘗て創り上げた帝国を、遂に現世へ具現させたのだ。

 

「くははははは、アーハハハハッハッハッハッハッハ!」

 

 王の笑いは国の凶笑。殺戮を国家事業とする帝国侵略軍の本性とは、つまるところたった一人の男の憎悪と欲望に集約される。

 彼が生まれた国は、彼が創り上げた国によって塗り潰され、彼の為に存在していた。

 何百年も彼の帝国は、彼の理想によって運営され続け、延々と戦争に明け暮れた。

 

「戦争だ、戦争だ、大戦争だ。殺し殺され、死なせ死に果てる。奪い取り奪い取られ、荒らし荒らされる。これこそ大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)の君臨であるぞ、此処はあの草原の続きであるぞ!

 また、あの地獄を生み出せる。

 また、敵の全てを奪い取れる。

 素晴しい―――!

 ならば我らが帝国兵士、草原の支配者へ再び戻るとしよう。再び大陸の君臨者へ返り咲くとしよう。再びあらゆる都を踏み砕き財宝を奪い尽くそう。

 ―――皆殺しだ!

 ―――徹底徹尾殺戮ぞ!

 ―――命も尊厳も何もかも虐殺ぞ!

 懐かしき生前に、あの弱肉強食が支配する我らの故郷を作り出すのだ!」

 

 亡霊ではなかった。既に全ての大蒙古国兵士が生前の真の姿を取り戻していた。赤黒い亡霊としての姿を捨て去り、仮初の宝具であることを辞めたのだ。今のこの形が本当の姿。

 王の侵攻(メドウ・コープス)反逆封印・暴虐戦争(デバステイター・クリルタイ)も、所詮はただの出来そこない。

 大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)に成り損なった宝具。

 国家を運営する程の膨大なエネルギー源があってこそ、ライダーの宝具はモンゴル足り得た。あの建国の祖であるチンギス・カンが身一つで創り上げた大帝国が、今此処に甦ったのだ!

 

「四駿四狗、我輩(ワシ)が許す―――敵を殲滅せよ」

 

 兵士を引き連れる八体の帝国将兵達。共にチンギス・カンと共に国創りを行った建国の徒。膨大な魔力を利用し、宝具『蹂躙草原(カン・ウオールス)』の概念によって座から魂を複製され、もどきのサーヴァントとして召喚されている。まるで建国時のモンゴル帝国に限定された大聖杯の如く、ライダーと共に戦った兵士諸君が再び現世に還って来た。

 中でも四駿四狗と呼ばれる八人はランクが低下しているとは言え、宝具も備えた完全なる帝国軍略奪兵として召喚されている。クラス無き英霊として、チンギス・カンをマスターとするサーヴァントして召喚されている。

 ムカリ、ボオルチュ、チラウン、ボロクルの四駿。

 ジェベ、ジェルメ、スブタイ、クビライの四狗。

 赤黒い亡霊ではない。血肉を持ったチンギス・カンの最側近として、死後もモンゴル皇帝に仕えていた。全員が英霊としての霊格を持ちながら、死後も皇帝の従者として存在していた。

 

「よぉ、良いんかよテムジン? 本当に殺し尽くしてもよ?」

 

「構わんぞ。我ら全員がこうして霊格を真に取り戻し、また戦争が出来る機会など当分あるまい。楽しめ、存分に戦争を愉しみたまえ。

 座へ還る時の良い土産話にの―――派手に、暴れよ」

 

 皆、笑っていた。

 愉しそうに笑っていた。

 四駿四狗が、帝国兵達全員が、楽しそうに声を上げて笑っていた。

 

「さぁ―――戦争の時間ぞ」




 皆様、お久しぶりです。サイトーです。待っていてくれた読者の人には、また読んで頂き恐悦至極! 初めての人は読んでくれて有り難いです。ぶっちゃけ、グランドオーダーに出て来る新鯖と被んないかと怖かったです。
 と言う訳で、桜の手に堕ちたライダーの再登場回。
 彼は聖杯と言うバックアップと受肉効果のある呪詛&魔力により、真の宝具をやっと解放出来ました。彼が桜側に付いた理由の一つが一切の制限なく本気で宝具解放出来る点にあります。ライダーは尋常じゃないほど燃費が悪く、本気を出すイリヤであっても一分持たずに魔力切れします。サーヴァントが八体分のサーヴァントをマスター代わりに限界様に魔力供給し、さらに帝国軍全てを運営しているので桁違いになってます。なので、今まではこの宝具を分割させた上で超劣化した状態で使っていのが、今までの宝具になってました。しかし、そんな制限も無くなってしまいましたので、全員が亡霊状態から抜け出して、更に呪詛の所為で半受肉とも言える宝具サーヴァントになったので燃費が良くなった上で、全力が出せると言う鬼に金棒状態。キャスターの式神軍団に対抗可能な軍隊となり、遂にバーサーカーを切り込み隊長にした状態で突撃しました。
 長い間更新していなかったので、長く書いてしまいましたが、今はこんな状態です。
 読んで頂きありがとうございました!

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