神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 お久しぶりです。アルテラ、可愛い。


72.地獄の釜

 アインツベルンの陣地では既に、バーサーカーが城内へ侵入し、結界の核を砕かんと暴れに暴れ回っている。ライダーの軍勢も半分以上が突入済み。保険に幾つか予備の結界法術陣を作っておいたが、全て壊されるのも時間の問題。英霊の霊核を抑圧することで宝具を封じる効力も、間桐桜がサーヴァントに施した影膜の呪層界によって無効化されている。

 これはアンリ・マユの呪詛と虚数による魂魄防御。

 霊格を英霊ではなく死霊の残留思念程度に抑制することで宝具を封じ、ステータスを霊的に低下させる陰陽術をキャスターは展開させているのだが、それを無効化する手段がない訳ではない。事実、ランサーはルーン魔術で結界の圧力を押し除けた。間桐桜が行使する聖杯の魔術はつまるところ、英霊の宝具に匹敵する概念と高い神秘の濃度を発揮する。となれば、それ相応の準備さえ怠らなければ、例え現代の魔術師であろうと、あの日ノ本最高の陰陽師足る安倍晴明の術式にも対応は不可能ではない。とは言え、それでも完全に無効化し切れる訳でもないのだが。

 ……何よりキャスターにとって、式神を殺されるとそのまま戦力を吸収されるのが一番痛い。

 ―――心象風景「大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)

 キャスターが観測したライダーが持つ三種の宝具は固有結界の産物であり、第三宝具「蹂躙草原(カン・ウォールス)」はその固有結界が真の姿を見せた概念武装である。真名解放された固有結界と言えよう。しかし正確に言えば、その固有結界と言う神秘自体も大蒙古国の一側面に過ぎない。

 皇帝個人が身一つで生み出した大帝国。

 あれは国と言われながらも、実質チンギス・カン唯一人が保持する軍事力。

 歴史が刻まれたライダーの魂そのものが―――大蒙古国と言う名の世界を記録する。

 故に、ライダーが持つ宝具は一つだけ。自分の帝国だけが英霊としての彼の武装であった。

 結果。あの英霊は殺せば殺す程、その宝具が際限なく肥大化する。奪えば奪う程、無尽蔵に膨大していく。

 限界が存在しないチキンレースであり―――間桐桜がエネルギー源となることで、もはや本物の帝国を生み出せてしまっていた。

 キャスターでは……いや、サーヴァントと言う一個体では勝てぬ世界(ルール)

 略奪王が行うのは徹底徹尾戦争行為。軍事力による蹂躙戦圧。安倍晴明は式神によって戦力を生み出せるからこそ同じ土俵に立てるが、ライダーが宝具を完成させたとなれば勝ち目は薄くなる。式神も精鋭でなければ即座殺害され、栄養源として軍に吸収されてしまうのみ。

 ……いや、むしろ栄養源になるだけならまだマシである。あのライダーはキャスターが誇る宝具「陰陽五行星印(キキョウセイメイクジ)」の神秘を略奪し、その概念と能力を自軍に取り込んでいる。唯でさえ凶悪無比な帝国侵略軍であるのに、聖杯の加護と清明の式神により更なる深化を遂げて仕舞っているのだ。

 

大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)とはまた、この国にとっても嫌な国です。大陸の悪夢です。この日ノ本の国にも、奴らモンゴルに対する恐怖も染み込んでいますし、知名度不足によって弱体化補正もありませんしねぇ」

 

 元寇、または蒙古襲来でしたかねぇ、とキャスターは愚痴を溢す。大陸の帝国と、その属国と化した朝鮮半島の高麗王国による日本への侵略戦争。歴史として刻まれた恐怖であり、数少ない日本への侵略国。ライダーが生み出した国とその属国によって日本人は虐殺され、それが日本におけるライダーの霊格を補っている皮肉。

 何故なら、サーヴァントは知名度によって座に存在する本体の霊格に近づく。キャスターにとって日本で召喚されるとなれば、最高の知名度補正を得られることとなる。それと同じくライダーも本国に比べれば霊格の低下は抑え切れないが、日本での知名度は確実にセイバーの正体であるアーサー王を上回り、下手をすれば平均的な日本出身の英霊よりも知名度が高い場合さえある。

 つまるところ、ライダーの侵略兵団は嘗て日本を襲った軍勢の大元であり、原型。

 九州地方を暴れ回った暴虐の権化。

 平安時代に活躍したキャスターには馴染みは薄いが、知識としてならある程度は理解していた。生前の安倍晴明が良く知るあの強大な戦闘民族・源氏(みなもとうじ)の末裔が「幕府」と言う支配大系によって新時代を作り出した後、日本を襲った悲劇である。

 

「いやはや、ある意味日本での召喚は正解みたいですね。あの聖騎士さんはそれも計算に入れていたんでしょうけど、それを間桐が運用するとなると手に負えないんですよ。

 本当―――困る」

 

 打つ手無し。

 考えて、想定して、想像して――やはりこのままでは、勝ち目無し。

 キャスターは一秒が一分にも一時間にも感じる程、深く深くこの危機的状況下で思考を掘り下げ続ける。式神と術式による防衛線を徹底しながら、自分やマスターの“生死”さえも勘定に入れて戦局を先読みする。人質兼保険として確保したイリヤスフィールとカレンと言う新たな手駒も戦略に組み込めば―――と、そこまで思考し、キャスターは納得して微笑んだ。

 かなりの外法になるが止む負えないと嘲笑う。既に布石は打ってあるが、それを利用すれば例え失敗したとしても問題ない。自分が敗北して死亡したとしても―――エルナとツェリに問題は生まれない。

 もっとも重要なのは勝つことではない。

 無論のこと敵を殺害することでもない。

 最後まで自分が生き残ることでもない。

 大切なのは―――第六次聖杯戦争を完結させること。

 

「困りますねぇ、酷く。保険の手札も切り崩していかないと、このまま詰まれてしまう」

 

 キャスターの目的は唯一つ。聖杯を手に入れ、聖杯による第三魔法の研究を楽しむことだけを目的にして戦争をしている。だが、それ以上に大切な信条が晴明にはあった。召喚された目的よりも大切なことが彼には有った。それを貫き通した末でなくては意味がない。勝ち残ったとしても、現世に留まる価値がない。

 エルナとツェリの二人を死なしてまで、聖杯が欲しいと彼は一度も思いはしなかった。

 自分の在り方のために意地を張っているだけだ、とキャスターは言うだろう。事実、彼はそう言う人間だ。それでも二人を身内にしたからには、その年下の娘さえ悪党から護れなくて何が陰陽師か。あの程度の魔物を払えず、護るべき者を守れずして退魔師などとほざけば唯の笑い者だ。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンとカレン・オルテンシア。強制的に協力して頂いて、聖杯から世界を守る防波堤になってもうしかないでしょうねぇ。

 その為にはまず、この我が身を地獄送りにしないといけないんですけど。ヤですね、死にたくないですけど、やっぱり仕方ないですか。相変わらず間の悪い人生です」

 

 それはまさしく英雄が持つ思考回路。

 理性的に悪逆を楽しむ悪党だが、彼は悪人ではなかった。

 全ての道理を理解した上で、キャスターは聖杯を手に入れて第三魔法を思う存分研究する。この死後の世界で、生前手に入れられなかった魔術理論で以って陰陽術を更に深化させるのだ。

 楽しくなければ、彼は動く気も湧かない道楽人でもある。

 そんな捻くれた世捨て人が、この第六次聖杯戦争では始まる前から本気で全力を出していた。聖杯を手に入れたいと言う意気込みは誰にも負けてはいなかった。

 

◆◆◆

 

「いやぁ、圧倒的ですね。我がサーヴァント達は」

 

 ――――――圧倒的。

 思わず桜が呟いてしまったのも無理はない。キャスター攻略の為に態々自分の命を死地に晒し、戦力全てを注いで手に入れたサーヴァントなのだ。バーサーカーの狂化による身体機能の向上は鰻登りで、本来なら通常のサーヴァント並に強い筈の鬼の式神が藁人形みたいにあっさり切り壊されている。正直な話、数居る英霊の中でも狂化と言うクラススキルと最も相性の良い英霊なのだろう。

 もはや、狂戦士と言うクラス自体がバーサーカーのサーヴァント―――ホグニの為にあるようなモノ。

 北欧神話に伝わる報復王。

 装飾品欲しさに妖精と目合った女神により、死を取り除かれた魔剣の王。

 既に狂うだけ狂い果てた故、他のサーヴァントが持つような、真っ当な狂気など消えてしまった。生前の最後は未来永劫敵を繰り返し殺し、繰り返し殺され―――世界が破滅するまで、恐らくは戦い続けた筈。生前の記憶など摩耗していて、自分が座に昇った瞬間など記憶にない。記録としてはあるが、実感など全く無い。あの“島”は世界の裏側へ捲れ、この“今”でも殺して死に続ける不死者達の楽園と化しているのだろう。だが、終わった存在として現界するサーヴァントであるなら関係はないのだろう。

 

「――――――――――――」

 

 声一つ彼は漏らさない。表情は狂気一つない無表情でありながら、眼だけが楽しい愉しいと笑っている。そんな狂気を、桜が与えた呪詛が更に狂わせている。魔剣を王が振う度に、式神が襤褸雑巾よりも酷い肉片になっている。アデルバート・ダンから奪い取ったバーサーカーだが、今はまだ桜を主である認めているからか、彼女の命令に従い淡々と狂いに狂って殺戮を繰り返す。

 ―――死。

 もうそれしかない。

 既に鬼を引き千切る筋力を持ちながら、巧みな剣捌きで命を奪い取る。

 式神が幾ら攻撃しようとも朽ちず倒れず、淡々と相討ち覚悟で掛かって来た相手だろうと一方的に轢殺する。

 ――不死の狂気。

 命亡き屍の猛攻は止まらない。死をばら撒いて、刃を振り回す。

 

「……………―――」

 

 狂奔の嵐。バーサーカーに連れられ、後続のライダーの軍勢も熱に浮かれている。それら自軍全てを監視し、掌握する桜は、淡々とただただ死に逝く式神達を哀れに思い、侵食され逝くアインツベルンの領地を見下している。そして、亜璃紗は桜の後ろで愉しそうに、ニタニタと不気味に笑い続けている。我慢しようにも、耐えられないし、耐える必要もありはしない。愉しいから笑うだけであり、亜璃紗は哀れな生き物もどきが無様に殺される姿が嬉しくて仕方がない。

 

「や、全く以ってその通り。良い雰囲気です、お母さん」

 

「ええ……素晴しいです」

 

 強く、轟く、草原を支配せし蹂躙軍団。

 桜から感嘆の思いが出てしまう。

 もはや戦局なんて意味を成していなかった。聖杯戦争は戦争の名を持つも、結局は個人個人が殺し合う決闘が主軸。サーヴァントが亜神とは言えど、やはり一個体に過ぎない。現代兵器で言えば補給の要らぬ戦闘機並の戦力を持つが、それでも国家一つを滅ぼせる戦力ではない。とは言え、例外は勿論存在する。例えるなら、その戦闘機が保持する兵器―――つまるところサーヴァントで言う宝具の種類によっては、都市一つを容易く滅却は出来るだろう。サーヴァントはサーヴァント故の生身ではない弊害、クラスによる制限や、神代ではない神秘の薄い現世での使用と言う違いはある。宝具によってはある種の封印もあるだろうが、それでも宿す神秘と概念は宝具が宝具であるだけで強大だ。

 嘗て冬木で召喚されたギルガメッシュの乖離剣エアしかり。

 同じくアーサー・ペンドラゴンが持つ真に覚醒したエクスカリバーしかり。

 戦争を左右する戦闘能力。霊長の規格を越えた神秘。中でも英霊が持つ宝具の中には、それこそ神霊魔術に匹敵する概念武装が存在する。時と場合と条件が揃えば、並の神霊の権能をも遥かに凌駕する。

 太古の叙事詩や旧約聖書にも記される文明を破壊した大洪水。ソドムとゴモラを焼いた天の裁き。バベルの塔を砕いた雷。創造神が成す創世の力。数々の神話で頂点に位置する雷神の一撃。それら神々の権能と並ぶ超越的破壊力を誇る宝具も、英雄が昇る英霊の座に在るには有る。

 ……しかし、それでも帝国は滅ぼせない。

 街を、都を壊滅する程の火力があろうとも大蒙古国(モンゴル)は潰えない。

 何故なら、彼らモンゴルこそ大陸を蹂躙し、国々の垣根を越えて大陸の大半を一つに纏めた。アジアを掌握した略奪軍の強さとは、国一つを滅ぼせる程度の力では意味がない。

 何故なら、彼らモンゴルこそ世界最大規模の支配圏を持ち、どの国よりも肥大化した超国家。人類史上最も我ら人間達の領土を占領した“一個人”が所有する軍事能力は、この星そのものに奥深く刻まれている。

 

「あっはっははははははははは! く、フハハハハハハッハ!」

 

 その根源が笑っていた。大陸を蹂躙した皇帝が、嘗ての軍勢を率いていた。

 彼らは盛大にして、盲信的に進撃を続けている。式神に殺されながらも、実にモンゴルらしい殺戮手段でキャスターの手駒を血祭りに上げている。兵士全員が楽しそうに殺しながら、無心で延々と蹂躙し続ける。

 ライダーの軍勢は止まらなかった。

 勝てる時、容赦なく皆殺しにしてこそのモンゴル帝国。

 不必要な殺戮は好きではないが、ライダーとて戦争に見せられた闘争の輩。

 自分にとってしなくてはならぬ殺戮虐殺を愉悦するのは―――死んだ後でも止められない。

 

「疲れますねぇ、こう言うのは。本気で嫌になりますよ」

 

 ―――しかし、ライダーが相手にしている男は、そんな所業を態々見逃す英霊ではない。

 突如として、キャスターは軍中心部へ出現する。まだまだ此処はキャスターの領地。言わば、(はらわた)の中と同じ。放置していればライダーの宝具によって陣地内の支配権を奪取されるとは言え、その宝具に対抗できる術理を保持してこそのキャスターなのだ。自分が殺されでもしない限り、アインツベルン領が完全に乗っ取られる事はない。

 だからこそ、キャスターは一気に空間転移によって来た。

 このまま総力戦をしたところで、敵の戦力は無尽蔵。自分が溜めこんだ式神を優に超える戦力差。

 

「ほぉ、良いのか? バーサーカーは既に城へ侵入しておるぞ」

 

 この展開を待っていた。ライダーがキャスターに一番して欲しくない戦略手段であったから、逆にこうなるだろうと予想していた。たとえ幾千幾万の兵士を従がえようとも、ライダー無しでは存在出来ない不確かな亡霊共は、主が死ねば消えてなくなる。

 如何に強大な宝具であろうと、本質的にはやはり霊長(アラヤ)による機構(システム)に過ぎない。

 宝具とは人理と英霊の座がそうであるように、霊長を運営する仕組みの一部分。

 ランクEだろうが、EXだろうがそれが大原則。

 生前ならば兎も角、サーヴァントは死者と言う人型の現象。ライダーは生きた英雄ではなく、死した英霊であり―――その強大な軍勢もまた死人の群れなのだ。

 

「ああ、アレですか。別に構いませんよ。城一つでサーヴァント一騎調伏できれば安い安い」

 

 そう呟いた直後―――世界が砕かれた。

 

「―――……おぉ、良い花火だ。美しいのぅ」

 

 天壌を焼き滅ぼす巨大な大火。ライダーは茫然としながら、自分が進軍していた目的地が爆散するのを蕩けた目で見ていた。

 ……破壊だった。

 生前では思い付かない程の、大破壊だった。

 現世の軍事を学ぶために参考資料として見た核実験が如き光景だった。

 立ち上がるキノコ雲はこの世のモノとは思えず、余りに壮大で、絶大的な惑星を震わせる圧倒的火力だった。

 聖杯戦争は世間から隠すものだが、そんなことは無意味だと言わんばかりの炸裂。しかし、一定空間をキャスターが結界で括っており、爆風は内側だけで荒れ狂い、閃光は森外部に漏れる事も無かった。

 

「全く、罠の一つが無駄になりました。いくら誘っても、大元の貴方は我が城に攻め入らない」

 

 キャスターはずっと本当は待っていた。ライダーと間桐桜達が城に入って来るのは虎視眈々と狙っていた。一度侵入された城であると言う事実と、内部に仕掛けられたトラップ類も露見していると言う事実があれば、ライダーが攻め入って来るとキャスターは考えていたのだ。しかし、幾ら時間を待とうとも気配さえない。外側から延々と指示を出すのみ。

 罠を悟られたと気が付くのは直ぐだった。

 恐らくは前回の合戦で見抜かれていたのだろう。侵入された時、式神を吸収されたのが原因だとキャスターはこの段階になってその事実をきちんと認めた。自分の計画を有る程度は殺した式神から情報が抜き取られていたのだと、分かった時には遅かった。式を核とする記憶と記録の詳細情報まで奪い取るとは、とキャスターはそう予測はしていたが、本当にそうであったのだと自分の想像が当たったことを恨めしく思った。

 ライダーもライダーで、故にアインツベルンの攻城戦は残りの敵を討つまで遠慮して置きたかった。城を自爆させると言う最後の手段も、あの時に魔法の使い手である遠坂凛がキャスターを上回れなければ使われていた。幾重にも死を張り巡らせる陰陽師は戦略は選べど手段を選ばず、ただただ合理を重んじる。キャスターの城はそれ自体が必殺の策であり―――もはや、策足り得ぬただの藁の家に墜落した。

 

「だが無駄ぞ、無駄。バーサーカーは女神に呪われし真の不死(アンデット)よ。とは言えの、それでもサーヴァントの身故に制限がある。宝具による蘇生は膨大な魔力を消費し、その魔力残量があやつの命の総量となる訳だが……のぅ、お主、もう理解はしておろう?

 今の奴はもどきとは言え、もはや悪神の領域に入り込んでおる。

 そして―――それは我が帝国、甦りし大蒙古国(モンゴル)も同じことよ」

 

「聖杯―――魔術師、間桐桜ですか……」

 

 だがそれだけではないことをキャスターは知っている。聖杯の魔力は膨大であり、バーサーカーを真性の不死とすることに変わりなかった。だが、それは謂わば無尽蔵に貯め込まれた巨大なダムと同じ。サーヴァントを運営するには水の代わりになる魔力を出す蛇口が必要であり、その蛇口にも一度に出せる水量に限度がある。間桐桜は外法の魔女であるが、それでも不死を維持しながら、帝国を支え切ることなど有り得ない。

 であれば―――予備のタンクと蛇口を用意しておけば良い。

 その為の聖杯を埋め込んだ黒化した擬似聖杯。間桐桜を模した天使もどきの量産品たち。彼女たちは対英霊における兵器であると同時に、その英霊を黒化したサーヴァントとして万全に運用するための維持装置に他ならない。

 

「それに胆も座っていらっしゃる。この状況で逃げ出さないのですね、間桐桜」

 

「当然でしょう? 転移を自在とするキャスターを相手にするのですから、一番安全なのはサーヴァントの近くに決まってます。

 聖杯を手中に収めた今の私にとってサーヴァントなど取るに足りないですけど、ほら……何ごとにも例外はありますし、今回の聖杯戦争は例外に溢れてますから」

 

 ライダーの後ろで桜はニタニタとあの神父と良く似た透明で、綺麗で、神聖さに満ちた聖者の笑みを浮かべている。

 加え、その身に宿す呪いは世界にとって異物そのもの。抑止力からの圧迫は異物感と嫌悪感だけで並の人間の精神なら絶叫さえ出すこと無くショック死する筈のソレ。なのに桜を抑止からの干渉を受けながら、普段と変わらずに微笑んでいる。

 その事実を共に居る娘の亜璃紗は喜んでいた。

 魔術師としての育ての母の苦しみを狂った様に愉しんでいた。

 そして、その光景の意味をキャスター―――安倍晴明は、何一つ読み間違えることなく理解してしまった。

 

「本当―――狂っていますねぇ……吐き気がする」

 

 ここまでの透き通った邪悪、平安の世には無かった。間桐桜の内にあるのは情熱でも妄執でもない、ただの人としての義務感だけ。そう在れと自分に願い、今こうして自身が在るだけの存在。

 鬼も、天狗でも、妖孤でさえ、こんな(ザマ)は有り得なかった。

 人が魔に裏返ったのではない。

 間桐桜は人間でも、魔物でもない。人の理である天秤から外れ落ち、あの神父と同じ人の形をしているだけの存在(モノ)へ変わりつつあった。

 中身を使い果たした精神は空っぽで、固定され変化をしなくなった魂は虚ろなだけ。

 聖杯の中身の呪いによってあの神父と同類の、言葉に出来ぬ何か。怪物でも英雄でも人間でもない、言ってしまえば人型の存在に転生する前段階だった。純粋に呪いを受ければ、ただの有り触れたそこらの人食いの化け物になるだけ。理性的に殺戮を愉しむ単純な魔物へ堕ちるだけ。それでは神父にとって娯楽にはならず、一欠片も我慢出来ずにいた。

 自分によって数少ない友人であるならば、在らん限りの祝福を。

 そんな―――どうしようもなく終わっている男の呪いに満ちた悦楽を、キャスターは間桐桜から優れた感性で理解してしまっていた。

 

「本当に、吐き気がする……――――――!」

 

 放つは陰陽術、それも霊体浄化に特化した魂魄破壊。泰山府君の権能から学び、更に符術へ特化させた陰陽師・安倍晴明の妖殺し。だが、そもそもこの場には亜璃紗がいる。人の心を透かし読む化け物であり、キャスターをして眼前に現れてはならぬ異能の魔術師なのだ。

 よって、次の展開は当たり前なこと。この場にいる桜とライダーは、ラインで亜璃紗と繋がっている。故に、亜璃紗がキャスターから読み取った情報もまた共有しているのが自然。

 

「皇帝陛下、御無事で」

 

 ライダーの前には八体の魔人。黒化しておきながら、ライダー本人と変わらず理性を失わず帝国の兵として君臨していた。

 恐らくはこの八人の内の一人が、そこらの兵士を盾に使って犠牲にしたのだろう。キャスターの攻撃は投げ込まれた人型に当たり、その者を霊体から木端にしたが、結果はそれだけ。モンゴル兵が一人殺されただけだった。

 

「無論ぞ。傷はあらんよ」

 

 召喚されし英霊―――四駿四狗。大蒙古国建築時、初代皇帝が従がえた兵士であり、帝国の国喰い獣。

 宝具を運営するチンギス・カンの心象風景「大蒙古国(イェケ・モンゴル・ウルス)」が座から呼び出せる最終兵器の八柱が彼らであり、彼らの為の宝具「蹂躙草原(カン・ウォールス)」に他ならない。

 あらゆるモンゴル兵を使うライダーだが、彼らは想念と良く似た概念的死霊。英霊ならざる死霊らの本来の魂は、そもそも死したのなら根源へ、魂が生まれ還る幽星界に送られる。故に言ってしまえば、宝具によって形を模し擬似召喚された初代帝国モンゴル兵に過ぎない。様々なスキルや武装を持とうとも本質的には魔力と霊子による兵士の形をした戦争人形。人形共の中身に召喚された後で喰い殺した魂を使っていようとも、それは精神なきただの道具でしかなかった。

 しかし、四駿四狗は違う。

 この八人は人類史に名を刻んだ英雄である。

 皇帝チンギス・カンに忠誠を誓い、その魂を座に置く英霊だ。

 座が永遠であると言うのであれば―――彼らが皇帝に捧げた誓いもまた永遠。

 彼らには皇帝チンギス・カンが宝具により蘇生させた肉体に―――真なる英霊の魂と精神が宿っていた。

 

「国王ムカリ、皇帝足る我輩(ワシ)が許そう。

 ―――殺せ。

 その妖術師はお主のための大敵ぞ」

 

「―――御意」

 

「ジェベとクビライとボロクルは兵士を従い、そこな女二人を守れ」

 

「は!」

 

「ま、了解」

 

「承知!」

 

「ボオルチュ、チラウン、ボロクル、ジェルメは好きに暴れろ。鬼神共を玩具にして殺し尽くし、この領域の一切合財を略奪せよ」

 

「分かったぜ、テムジン。全く、また戦争が出来るなんて最高だ」

 

「承った」

 

「おう、好きに殺させて戴く」

 

「ああ、殺し尽くそうぞ」

 

 これが、この光景が―――ライダーが持つ宝具の真の姿。あの大陸で、当たり前の日常のように、彼らは皇帝一人を信じ、協力し、地獄を生み出した。

 直後、全員が離散。

 そしてライダーはニラリと怖気しかしない笑みを浮かべ、キャスターに背を向ける。

 

「おやおや、逃げるのですか。意気地がない皇帝ですね?」

 

 挑発の一声。

 

「当然。死ぬのは怖いしの。だが、貴様がこの場に居ると言う事は、アインツベルンのマスター共はもうこの森にはおらんと見える。

 ……あるいは、そう我輩(ワシ)に勘違いさえ、森の何処かに隠しておるのか。

 だた言える事は一つだけ。貴様のマスターを直ぐに見付けるのは不可能であり、今貴様がこの場所で我輩と対峙しているのは時間稼ぎだと言うことぞ。

 拠点を爆破した時点で、この不利な状況下で戦うのは利益がなく、それでも貴様が戦うと言うことはそう言うことだしの。

 では、マスター―――転移を頼む」

 

「ええ、計画通りにですね―――私だけの略奪王様」

 

 そう言って、ライダーは戦場から姿を消した。無論のこと、桜と亜璃紗も護衛の四駿四狗を伴い、直ぐ様この戦場から離脱した。

 

「―――っち、鬼よりも性質が悪いです」

 

 キャスターの眼前には騎馬に乗った一人の兵士、ムカリだけ。

 

「ふむ。お前を相手にせよとの皇帝からの御命令。無駄な殺戮は好まぬが、有益な殺人であれば喜んで死なせよう」

 

「―――…………オヌシ」

 

「分かった様だな、妖術師。儂が選ばれたのは、それ相応の理由がある。

 ―――此処は既に括ってあるのだ、この儂の領地にの」

 

 陰陽術により仙術を模した空間転移―――陰陽により時空を連結させる縮地の術式が使えない。空間を脱する術が機能せず、宝具化した筈の符を封じ込める力。

 即ち―――

 

「―――宝具ですか……!」

 

「その通りだ。ではこの一瞬―――派手に殺し合おうぞ、妖術師!」

 

 本命に逃げられた今、キャスターは即座に勝負を決めなければならなかった。時間稼ぎの為に打って出たが、それを逆手に取られ、敵の時間稼ぎの罠に嵌め込まれた。

 覚悟を決めなければならなかった。

 命を含めた自分の全てを賭けに出し、一か八かの、一世一代の勝負をする覚悟を。

 だからこそ、そこに躊躇いなど有ってはいけなかった。故にそれは、陰陽道における祭神が持つ力である魔術基盤そのもの―――否、安倍晴明が独自に作り出し、彼のみが使える泰山府君の権能理論……!

 

大悲胎蔵(たいひたいぞう)―――」

 

 その決意、敬意を表する。ムカリはそう笑った。敵が宝具を出したことに、彼はとても喜んだ。これに対抗するためには此方も宝具を使わなければならず、即ちそれは時間稼ぎには程遠い全力の殺し合いをしなければならないと言うこと。それならば皇帝からの御命令を破る事無く、全身全霊で殺し合いを行える。

 そしてあれは主である皇帝から聞いたどの攻撃方法でもない陰陽術の行使、あれこそがキャスターなる妖術師が持つ決戦兵器に他ならない。

 ならば、それに対する為に――――

 

「―――駆け砕く(クルウド)……」

 

 自分が持つ第二宝具をムカリは解放を決意。

 まだカムリは宝具を持つもチンギス・カンの臣下として召喚された今、第三の宝具に価値はない。

 要となるは第一宝具「故国願う我が死地の哭(ウルス・ウォルス・クリルタイ)」。この宝具による領域支配、帝国における国王としての絶対権利―――つまりはチンギス・カンが持つ宝具「反逆封印・暴虐戦場(デバステイター・クリルタイ)」をより特化させた宝具により、ムカリはキャスターの縮地もどきを完全に封印した上であった。

 これがムカリをキャスターの相手にとライダーが選んだ理由。

 その上で、必滅の宝具を持つが故の選択肢。

 ―――死ぬのだ。

 ―――逃げ場などない。

 第一宝具は空間ごと支配する効果もあるが、それだけではない。ライダーのように魔力を略奪はしないが、彼が支配した土地では制限が課せられる。つまり魔力を消費しようとすればする程、対象の魔術回路に膨大な圧迫を与える。回路そのものを傷付ける能力はないが、魔力使用時に異物感に襲われ、物理的に霊体と肉体を圧迫する。この土地の魔力は既にムカリの所有物であり、ムカリの思念に汚染された太源は彼の意思に応じて回路に制限を掛ける。少しでもその魔力を大気と共に吸い込めば、小源もその太源に染まり、領域を出なければ汚染は抜け切らず―――大量の魔力消費を許さない。

 つまり―――対軍宝具の使用を禁止する。

 使えない訳でも無く、無理をすれば行使は出来るが、それでも真名解放に時間を使う。通常の数倍の隙が生まれてしまう。加えて、魔力を使った攻撃を主体するキャスターなどは魔術行使にタイムラグができ、この場に入り込んでしまった時点で敗北は決まっている。

 

「……国王一駿(ジャライル)―――!」

 

 そして、一撃でムカリは勝負に出た。相手の戦闘情報は既にチンギス・カンから伝えられている。これが最善であり、膨大な魔力消費が伴う陰陽術は使えない。ならばこそ、この対軍宝具に対抗する術はキャスターに存在しない―――!

 ―――しかし、それを凌駕してこその安倍晴明。

 宝具「駆け砕く国王一駿(ジャライル・クルウド)」により迫る敵をキャスターは千里眼で見切っていた。

 確かに並の英霊なら即時圧死する絶殺の瞬間突撃は、強大な破壊力を持つ。この対軍宝具に対抗手段を持つ英霊であろうとも、高い攻撃性能を持つ宝具か、あるいは対軍宝具を防げる程の防御型宝具が使えなければ死ぬだけで、その宝具を封じる宝具が厄介。避けようともしても、それに合わせてカムリが軌道を変えれば避け切れずに殺されるだけ。そもそも魔術師の英霊であるキャスターには、対軍宝具に対するだけの体術関連のスキルはなく、“故国願う我が死地の哭(ウルス・ウォルス・クリルタイ)”に縛れぬ肉体に由来する宝具もない。

 だがこのキャスターは千里眼により、宝具の攻撃であろうと自身に衝突するその様の一瞬の直前まで―――未来を読み、見切るのだ。ランサーの神域の槍捌きと、そのマスターであるバゼットの芸術的格闘技を同時に見切ったこの男にとって、対軍規模であろうと突撃による一閃など取るに足らず。

 キャスターは顔を浅く刃で切り裂かれながらも―――ムカリの攻撃を避け切った。

 しかし、それだけでは無意味。

 例え紙一重で避けられようとも、このムカリはライダーの宝具を利用して防御性能を高めている。加え、元より高い生命力を持つ。回避され隙を晒し、擦れ違い様に一撃を与えられようが、陰陽術の威力を封じているならカムリに致命傷は与えられない。

 この刹那に一撃を貰おうが、その攻撃を受けながらも突撃軌道を修正し―――

 

「―――泰山府君祭(たいざんふくんさい)……………っ」

 

 ―――キャスターはとても静かに宝具を宿した左手で、カムリの胴体に陰陽術を直撃させた。

 

「……御見事(おんみごと)

 

 膨大な魔力など最初から不要であった。黄泉の祭神への呪文、その宝具の解放はただただ唱えるだけ。霊核へ直接触り、人一人の魂を肉体から乖離させるだけで良い。

 ―――反魂の術理。

 魔術基盤・陰陽道における安倍晴明が生み出した彼だけの魔術理論。

 限定的な死者蘇生をも可能とするキャスターは、そもそもが魂の専門家。式神の運用とは魂の運用に他ならない。

 

「……いえ、どうもです。あの皇帝の命だからと、もうこんな巷に迷い出るんじゃないですよ」

 

「それは約束できぬな。だが、おまえとはまた戦い、この借りを返したいぞ。負けるのはやはり、死ぬほど悔やむのでの」

 

 そう呟き、ムカリは消えた。この消滅はライダーにも伝わり、この宝具も敵側に露見してしまった。亜璃紗の読心である程度は暴かれていただろうが、実際に見られて解析されるのとは訳が違う。もしかしたらこの宝具を使わせる為だけに、あのムカリと言う強大な英霊を選んだのかもしれない。恐らくは直ぐにでも対策が練られ、次の策が行使されることだろう。

 

「こんなのが後七体もいる訳ですか。ああ、とてもとても嫌ですねぇ……」

 

 キャスターは自由になった瞬間、一瞬で空間を転移を実行した。この光景はモンゴルの観測兵に見られており、空間を渡ろうとも有る程度は魔力でどの方向へ時空を渡ったかがバレてしまうだろう。

 しかし、今だけが勝機。

 迷えば戦略的に詰まれて死ぬのみ。

 敵のライダーがムカリだけを自分に向けたと言うことは、恐らくこのアインツベルンの森はまた死地となる。この度は自分達が画策した決戦ではなく、正真正銘の先が見えぬ血戦へと成り果てるのだ。




 読んで頂きありがとうございました。
 そしてムカリさん一瞬で退場です。いやはや、建国に大いに貢献した大英雄なのですよ。主に中国侵略担当で、高麗王国とかも攻めまくりです。元寇で日本に侵略者が来たのとか、大元正せばこの人が頑張ったから。
 だけど、これも相性ゲー。このムカリさんはその宝具によって、あらゆるキャスターを嬲り殺しにするキャスターマーダーで、極まった武人タイプではない宝具頼りのサーヴァントの殺害を得意とする指揮官型英霊ハンターです。なのでライダーのチンギス・カンもムカリさえいればぶっちゃけ大丈夫じゃと高笑いし、キャスターの絶望する瞬間を観測兵を使ってニタニタ笑っていたのに、実はキャスターである安倍晴明が正真正銘の天敵だった言うオチです。言うなれば、生身で一瞬でも対軍宝具の突撃を凌ぎ、次の攻撃が来る前に一撃で殺せるならムカリさんを倒せます。なのでランサー・クーフーリンも天敵ですね。ギルガメッシュみたいに宝具そのものを如何にかしない限り、大前提としては対人宝具の一撃必殺持ちじゃないと勝機なし。それに黒化の影響で干渉する力が増幅されてますので、ランサーやキャスターでも抵抗する術式を作り出すのに十秒以上は掛かりまし、それでも万全には無理と言う雰囲気です。


 そして、エクステラ!
 面白い、楽しい、フンヌ万歳!
 FGO出た時からアルテラが妙に気に入っていた身としては、まさか最初から既にヒロインであったとか、正に俺得Fateでした。
 新設定も面白愉快ですし、自分の中だとネロ株クライマックス!

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