実は、剣技もかなりの腕前みたいですし。ゼロだと剣技発揮する場面が少なかったですし。あの彼女と最後に斬り合ってるのを見ると、白兵戦も凄まじい強さなのが分かった。と言うより、征服王と戦ってる彼女がマジ顔で斬り合ってるのが凄いインパクトで印象的でした。
「有り得ん―――」
ムカリが持つ宝具「
だからこそ、キャスター殺しとも言える凶悪な概念を宿し、対軍・対城宝具持ちを容易く仕留めるモンゴル建国の英霊の一柱。
だからこそ、チンギス・ハンはムカリにキャスター狩りを任せて自分は退避した。とは言え、それは仇になった訳であったが。
「ライダー、どうした?」
「…………バーサーカーか」
城の自爆から彼は無傷で戻って来た。正確に言えば、五体全て吹き飛び脳が砕け散ったが、その心臓部分だけは魔力で守り切った。予め桜は令呪の発動を準備しており、城の自爆が起きた瞬間、外部からの干渉を遮る結界が消えた直後に令呪によって呼び戻していた。
流石のバーサーカーとは言え、霊的に頭部と心臓である霊核を完全に虚無へ還されれば、不死の力が宿る大元の魂から能力を失ってしまうだけだ。
「我が将が討たれた。此方に損害が出ないとは言えの、身内が殺されるのは中々に堪える」
「それは当然だ。戦争で人は死ぬものであり、仲間の死は身が裂かれるように苦しいものである」
ライダーは生きた末に国を作り皇帝となった。その彼は仲間の死、部下の死、臣下の死、家族の死、全て知っている。
だが、やはり身知った者が死ぬのは慣れない。
耐えられはするし、何人死のうとも止まらぬことはないが、それでも心苦しくは感じるのだ。
「で、あの英霊との殺し合いは如何であった―――ムカリ?」
最も、それは生前の話。宝具で呼んだ八柱の臣下達の魂は本物であれど、その死は虚ろな偽物だ。サーヴァントとして存在する自分と同等の、無価値な生命に過ぎないと彼は判断していた。本人達の意志や決意は重要だが、生き死に自体に価値はない。
―――その命に価値はない。
何故なら、奴らモンゴルは
「皇帝よ、今の儂は座からまた再召喚されたばかりでありますぞ。貴方の心象風景から伝えられた記録の整理をするため、今は記憶が混乱しております。
……しかし、ふむ。今漸く整理が付きましたぞ。成る程、成る程。儂は確かにキャスタークラス相手には滅法強い天敵でありますが、そのキャスタークラスで呼び出された英霊自体が、そもそも儂の天敵だった訳ですな」
「ほうほう……となれば、あれは一撃必滅を成す対人宝具となる訳ぞ」
「泰山府君の祭でありますぞ。記録によれば、この国の術師が生み出した術理である陰陽道における最高位の神秘―――祭神の権能を模す陰陽の具現でありますな。魂そのものへ直接干渉するとなれば、即ちそれは神の権能の領域。並列する時空を直接的干渉し、次元内の世界操作する以上の難業でありましょうぞ。
あるいは、この戦争を起こした異国の魔術と言う形態の神秘で言うなれば―――魔法、とでも呼べば良いでしょうな」
「それに肯定しよう、ムカリと言う者よ。貴公らから聞いた話を考えれば、この我にとっても最大の天敵となる宝具であろうぞ」
バーサーカーは表情一つ変える事無く、その脅威を喜んでいた。
彼が持つ不死の正体は「
宝具を宿す魂そのものを乖離されられたとなれば、宝具を発動する機能自体が稼働しない。
不死の蘇生宝具とは言え、稼働の為の原動力は魔力。奴の宝具の前では電源からコンセントを切り離された電化製品と同じただの置物に成り下がる。
あらゆる蘇生宝具に対する天敵であると同時に、サーヴァントと言う霊的使い魔と言う存在の時点であのキャスターの宝具に対する手段はかなり限られる。物理的破壊能力が一切ないと言う点は救いと言えば救いだが、霊核の近くに接触されて宝具を叩き込まれ場合、肉を持つ生身の人間だろうと即死は間逃れないだろう。
つまり―――死ねる。
生前は叶わなかった本物の死が目の前にある。
バーサーカーは直死の魔眼を知った時に大きな感動を覚えたが、それと同じ巨大な歓喜に今もまた身を震わせていた。
―――やっと、やっと、死ねる。
―――殺されて、この呪われた肉体を滅ぼせる。
世界崩落の果てを越え、座など言う生前のあの“島”と変わらぬ永劫の牢獄にまで辿り着き―――望みの死がこの地に沢山実っていた。
英霊となり、サーヴァントとして召喚された身ならば無価値な感傷なのだろう。
しかし、この冬木には生前あれほど渇望した死が溢れていた。
それが愉しくて、嬉しくて堪らない。既に滅した者として座に召された
「嬉しそうだな、報復王。死がそこまで貴いのか?」
「是なりぞ、略奪王。死とはやはり、ただただ世界へ映り込むだけで美しい。終わり無き世界など、滅却されてしかるべき。
やはり聖杯戦争は素晴しいモノであるのだな。
「……そうか。お主もお主で難儀な男よな」
「言うで無い。貴公に言われたとなれば、我も多少は心の傷が付く」
「ほほう、不死のお主がか?」
「当然ぞ。不死不滅であるが故、その中身は硝子細工の様に繊細なのだ。そう言う貴公もまた、敵が脅威で在れば在るほど嬉しそうに見えるがの?」
「無論ぞ。殺戮虐殺を好むが、真に楽しむべきは闘争唯一つ。その結果のおまけの娯楽として、様々な残虐行為を喜んでいるだけだからな。
復讐にだけ燃えていた
それも、英霊と成り果てた後と成れば猶の事」
ライダーにとって、聖杯戦争そのものが目的であり、喜び。殺して殺して、敵対者を殺し尽くした結果の略奪品として、彼は聖杯が欲しいのだ。
そして、その聖杯で以って世界を略奪する。
その大望がどのサーヴァントが持つどんな渇望よりも、只管に邪悪で巨大。
聖杯を奪い取る意志の強さは、あらゆる英霊にも負けない堅さをチンギス・カンは持っている。どんな苦境に陥りようとも、あらゆる苦難を前にして、この男は何があろうとも絶対に諦めない。絶望もせず、失望もせず、諦観など有り得なく、歓喜と狂気と悦楽を武器に勇猛邁進する。ただ進む。
この男は、どうしようもない程に諦めない英霊なのだ。
根が醜悪な欲望に満ち、邪悪な思考回路で戦争を愉しむ悪鬼であろうと―――世界に在るだけで強かった。
「とは言えの、今の我輩は敵に支配された哀れな敗残兵。魔術師間桐桜の先兵に過ぎん。言い成りになることに不利益はなく、この身に利益しかないとは言え、戦争の楽しみが減るのもまた事実よ」
「言うで無い。貴公も貴公で、それなりの見所をあの魔女から見出しておるのだろうて」
「まあのぅ。あれはあれで中々に可愛らしい魔女だからの。
……人為的に狂わされた精神に、人の悪神に呪われた魂。
それを―――略奪王と呼ばれる
復讐は人を生まれ変わらせる。良くも悪くも、それまでの自分と決別させる。力を得て報復し、復讐を果たした後はその得てしまった力で何を成すのか。ライダーは大陸の略奪を望み、間桐桜はマキリの成就を願った。人それぞれ欲望の形は違えど、その道程はとても似通っている。
バーサーカーはそんな皇帝を見て笑った。
復讐は素晴しいモノを作り出す。真に無価値なのは諦めること。人は尊厳の限り戦わねば、やはりその人生を人として誇ることを有りはしないのだから。
「……む。ほほぉう、キャスターめ。
「―――来たか」
ライダーの様子でバーサーカーは悟れた。遂に時が来たのだと、彼は狂気からは程遠い穏やかな笑みを浮かべた。
それを見て、黙っていたムカリは自然とライダーは見た。
「ではムカリ、また暴れたまえよ。幾度となく敗れ死のうとも、この巷では幾度となく戦争が出来るのだからの」
「それは大変喜ばしいことですな。では御意に、皇帝陛下」
そうして、この場にはバーサーカーとライダーの二人だけ。ライダーは複数犯に分けた観測兵達からの情報を受け戦場全てを俯瞰、解析し現状で最優の手を常に指示している。無論、バーサーカーも桜からのラインを通じ、ライダーが纏めた戦局情報を理解している。
固有スキル「建国の祖」をライダーは保有していた。
この技能にはランクなどない。近しいスキルを上げれば星の開拓者が変異した異端の力であり、言うなればチンギス・カンの思考回路そのものの能力と、即断即決を心掛ける精神性を示しているスキル。自身が感じ取れた第六感からの情報さえも論理的に情報処理し、確かな勝利と略奪までの道筋を作り出す蹂躙皇帝の邪悪な考察力。
「―――…‥ふむ、本番かの」
チンギス・カンの適性はライダークラス以外に存在しない。彼の武器は徹底徹尾己が大帝国のみ。無理に召喚することも出来なくはないが、彼は自身がこの地上で生み出した兵器である帝国侵略軍以外の宝具を持ち得ない。故に、必然的にライダーとなる。
確かに、彼は帝国を今も乗りこなす
だが英霊として持つ宝具として、心象風景「
「そうだの、折角の大一番。帝国建国の祖として崇められ、座に召された英霊の一柱として得たこの宝具―――略奪に使わずに、腐らせたままなのはちと勿体無いか」
略奪蹂躙の皇帝が持つ許されざる
才能が無かろうと死ぬまで鍛え上げた戦術的直感と、天性の素質を持ち極限まで使い鍛えた戦略的思考。
その二つが、あの宝具を使う時が来ると彼に訴えていた。
その事実が、略奪王を歓喜と悦楽の渦へと落としていた。
呪いでもある殺戮者としての、モンゴルの神に連なる帝国の大権能。草原の蒼い狼と大陸で謳われた殺戮者が、その真価を発露する時が来た。
「報復王、お主はこれからどうする? 城が爆発した時点で役目は消えただろう?」
「死ぬまで斬り殺すのみ。この魔剣が血を望むとあれば、我も衝動のまま血を求めるだけぞ」
「ほう。ならば今のまま情報を共有しつつも、互いに好き勝手戦場を荒らすとするかの」
「同意ぞ。あの魔女からの頼みも、暴れろと、それだけぞ」
「ふむ、そうか。ならば我輩はもう行く。運が良ければまた会うとしよう」
背を向けたライダーに、バーサーカーはその後に意外な言葉を掛けた。
「うむ、貴公の戦いに幸あらんことを祈ろう」
「祈る? お主がか?」
祈りとは、人が神に行うこと。略奪王である自分と、女神に呪われた魔剣の王が行うこと自体が何かの間違い。ライダーはそんな想定外の言葉を聞き、時間はないが聞き返して答えを聞こうと思える位には意外であった。
「無論だとも。我が闘争への渇望は、人としてでも王としてでもなく―――神の化け物として発露する衝動。言わば、神からの呪いよ。
なればこそ、祈らずにはいられんさ。
神々が愛するこの星を、神の力で以って黒く穢すが愉悦の本懐よ」
「カカ、クハハハハ!
良いぞ良いぞ、良い皮肉に満ちた復讐の憎悪ぞ!
お主が祈り、このモンゴル帝国始まりの大カーンが―――存分に地上へ撒き散らそうぞ、呪われた報復王と共にの!!」
ライダーは愉しそうに、狂おしそうに笑いながら森の中へ消えて行った。バーサーカーもまた神への祈りを笑いながら捧げ、本当に楽しそうに発狂しながら自らの戦場へ赴いた。
生前
彼はもう英霊としてそう完成してしまった。
発狂した魔剣の王として完結してしまった。
彼にとってもはや祈りと発狂は同じなのだ。
―――発狂。
祈るとは正しくそれに過ぎないのだ。
狂化による狂気など生温い。その程度で狂える魂ならば、まだ英霊として救われる余地が存在する。故にホグニは徹底徹尾救われない。救われる余分が魂に存在しない。
それが狂うと言うこと。
全てが狂っているからこそ、魔剣の王。
不死の果ての、そのまた果てで終焉を迎え、未来永劫狂う死骸と化した。狂うとは、理性を失くした獣になることでも、理性的に殺戮を愉しむ化け物になることでもない。
狂気とは―――救われない事。
それがホグニが得た狂気の答え。
救われない精神、救われない魂、救われない肉体。
救われない人生、救われない世界、救われない社会。
……ならば、ならばこそ―――――――――
「―――この世全ては狂気に満ちている。我らが魂、精神、肉体、全てに救いなど有りはしない。
故に祈りたまえよ、
君の祈りはきっと、この世全ての人が望む
◇◇◇
冬木教会に残った連中は全員が協定を結んだ。間桐桜が危険であるのは当然だが、聖杯戦争を管理する冬木の組織を完全に乗っ取ったキャスターたちアインツベルンもまた脅威。この二陣営へ対抗するためには、残りの者も組まねば勝機は生まれず、バトルロワイヤルの殺し合いと言うよりも三つ巴も戦争と化していた。
教会に残った者らは一斉にアインツベルンの森へ向かった。間桐桜がキャスターに勝てばアインツベルンの戦力全てを吸収され、アインツベルンが間桐桜達を撃破すれば聖杯戦争そのものがキャスターの独壇場と化す。他の者達はこの二陣営を如何に潰すかが大前提となり、聖杯戦争での勝機を作り出す為にはこの闘争に介入せざる負えない。
よって、この大乱闘に遅れながらも全員が参戦するのは当然のこと。
アインツベルン城が大爆破する直前に領地へ侵入し、城の自爆と共に全員が一気に討ち取りへ迫った。そして士人にとっても、今この瞬間は正に正念場。彼のサーヴァントであるアサシンにとっても同じこと。
「ふん、殺したい放題とはいかんな。これが我らが教団を滅ぼしたモンゴルの正体か」
「一人一人が精鋭並の技量を持っている。纏めて巧く殺すことは不可能だな」
モンゴル兵に溢れた森は所々でキャスターの式神と殺し合っている。本当に戦争そのものと成り果て、もはや英霊同士に一騎打ちからは程遠い大戦である。
加え、式神もそうだがモンゴル兵の強さは異常だった。
奴らの身体能力は三騎士並ではなくとも、その技量は人間として最高峰。
一帝国の中でも精鋭と呼ばれる能力を全員が持ち、一人一人特化した戦闘能力は持つが技量自体にムラがない。言うなれば、兵士レベルに能力を落とした劣化版ライダーとでも言った戦力か。現代で言えば並の戦闘能力を持った執行者や代行者よりも力が上で、それが平均的な兵士の能力として発揮されている。魔力を込めて念入りに作られた兵士は更に高い身体能力と殺人技術を誇り、敵を殺す技量が帝国略奪兵として余りに優れている。
となれば、例えサーヴァントであろうとも瞬時に兵士を殺すに至らず。
むしろサーヴァントからの攻撃を耐え、受け流し、反撃する技を持つ兵士も珍しくもない。
「あたしのアヴェンジャーの……この殺人貴をぶつければ、取り敢えずは勝機が生まれるよ。バーサーカーの不死も意味ないし、ライダーにも接近戦を挑めば高確率で死を穿てる。
けれども、そんなのは向こうも理解してる。
あたしらが来たのも即効でバレちゃってたから、何が何でも殺人貴からは逃げるだろうね。ランサーも天敵だろうから変な奴らに集中砲火喰らってたし、挑まれたら逃げらんねぇと嬉々として戦ってたし」
綾子は淡々と現状を語る。ランサーは明らかにただのモンゴル兵ではなく、サーヴァントと同等の存在感を放つライダーの手駒を相手に奮戦し足止めしている。それも同時に三体でだ。
「あれは恐らく帝国建国に活躍した四駿四狗でしょう。ライダーが呼んだと見て間違いないかと」
そして、バゼットはランサーと別行動をすることに決めた。マスターたちはマスターたちで固まっているが、サーヴァント達は各々の役目を自分で課し、それに従って行動している。アヴェンジャーは既に気配を限界まで殺し、音も姿も暗まして獲物を探しに森を蜘蛛の如き動きで蠢いている。
「マスター、私もそろそろ別行動に移る。ここらで姿を森に紛らせる。護衛役はアーチャー一人に任せるが、構わんな?」
「良いぞ。吉報を望んでいる」
「了解した。囮役を頼む。ではな」
そうして、アサシンも森の闇へと姿を消した。よって集団に残ったのはサーヴァントのアーチャーを除けば、言峰士人、遠坂凛、美綴綾子、バゼット・フラガ・マクレミッツ、アデルバート・ダン、デメトリオ・メランドリの六人。
隠れもせず気配を発し、サーヴァントでない人間だからこそ、存分に囮役として機能する集団であった。
その六人と一体はモンゴル兵と式神を殺しながら、遠坂凛の指示通りに進軍する。
キャスターと間桐桜は空間転移を容易く行使する怪物的魔術師だ。無論のこと、魔法の基盤に至り、理論を手に入れた遠坂凛もまた空間転移を簡単に使う真性の魔術師に他ならない。だからこそ、遠坂凛がこの戦場において誰よりも有能。
例え気配を感知して敵に出会っても、空間転移に逃げられたら流石にランサーでも追い切れず、アーチャーの視界からも逃走可能。転移されない様に戦おうとも、全く逃げる隙を作らないと言うのもこの乱戦状態では難しい。
―――ならば、空間転移を追える者がいればその前提は覆る。
凛だけが、あのキャスターと桜に対抗出来る魔術師なのだ。それも空間転移を使えば世界に異常な歪みが発生し、魔法を知った凛の魔術回路と第六感であればその転移地点も感知できる。専用の探知魔術を使えば猶の事で、ライダーが暴れ回った所為か、キャスターが張り巡らせた転移妨害の結界も既に機能していなかった。でなければ間桐桜も転移を使うことは出来ず、安全策もないままキャスターの陣営へ桜自身が直接乗り込むことも有り得なかった。
「―――そこまでです」
……そう、彼らは囮役。
だからこそ、このサーヴァントが迎撃に来るのもまた必然。
「―――……セイバー」
「ええ、凛。直ぐにまた会えました」
武装化もしないまま、善性にも悪性にも成り切れず、呪われ灰色に澱んだ騎士王が夜の森に君臨していた。
「この場には亜璃紗もいませんので、私も自由に会話ができます。そばにいれば常に心を読まれ、良からぬ考えも、悪しき感情も全て筒抜けでしたから」
ジャージとジーパンに、野球帽。戦場の戦衣装ではないにも関わらず、セイバーの威圧感は既に並の竜種を遥かに越えている。
あれはもはや、灰色の邪竜。
放たれ続ける魔力の波動も重く澱み、その殺気も泥のようにおぞましい穢れになっていた。
「セイバー、貴女…………―――――――」
そのセイバーが、その騎士王の表情が、自分と良く似ていた。
「――――まさかアンタ……!」
「ああぁ……本当にありがとうございました、凛。そして、ごちそうさまでした」
蕩ける様に、微笑んでいる。あの顔は、愉しんだ後に士郎へ向けて喜び浮かべる自分と瓜二つ。あのセイバーは恐らくそう、冬木教会で亜璃紗といる間はずっとああやって微笑むの我慢していたのだろう。
「士郎を―――セイバー、貴女がそんな……」
「無理矢理ですよ。私が彼に乱暴したのです。欲望を抑え切れ無くて、犯せ、奪え、と呪いのまま彼を穢しました」
喜んでいるのに、なのに彼女は悲しんでいた。愉しんでいるのに、セイバーは悲痛な顔で苦しんでいた。
凛は直ぐに分かった。あのセイバーであれば、自分の意思とは言え、そんな欲望に突き動かされて士郎を犯したとなれば―――精神が、歪む。
耐え切れないのではない。
彼女の精神は規格外の強さを持つが故に、自分自身の所業に何処までも絶望する。事実は彼女は士郎を犯している間、嬉しくて、苦しくて、歓喜と絶望で涙を流した。心が壊れて、意志が折れても、自分自身を止められないのだ。
「桜が、貴女をそこまで
「いえ、それは違います。彼女はただの切欠に過ぎません。そもそもの原因はあの聖杯の泥であり、私自身が持つどうしようもない欲望です。
理性で己に蓋をしていても、騎士王で在ろうとしても……私は所詮、人間の女に過ぎない。
結局のところ、英霊故に誰よりも強く在ろうとしても、この魂の作りは
人間性を克服する事は人間故に不可能。
そんな人間の
凛は知らないが、今のセイバーのマスターである亜璃紗だけがセイバー以外で知っている。このセイバーが英霊の座へ至ってしまった原因を知っている。本来ならば、騎士王アーサー・ペンドラゴンは妖精郷で伝承通り眠っていなければならない。
つまるところ、このセイバーは阿頼耶識に魂を守護者として売り払った。
彼女は王としてではなく、人として自分を愛して救ってくれた“エミヤシロウ”の為に英霊と成り果てていた。この次元において、違う時空の遠い平行世界で行われた第六次聖杯戦争で、士郎と、凛と、桜と、そして世界全てを救うために自分の魂を霊長へ捧げたのだ。
その英霊に至るまでの経験が、本来のアルトリアとの最大の違い。
彷徨い続けたこの魂に救いがあったからこそ、彼女は全てを救い返した。
呪いに屈せず抵抗する意志を宿す魂の強さ―――それはつまり、それだけ自我が強大になったということ。人として士郎に救われて、癒されて、だからこそ聖杯の泥はアルトリアの“救い”を強く強く呪い穢したのだ。
呪われた救い、穢れた愛。
それなのに、今のセイバーはおぞましい程―――美しい。
存在するだけで圧倒する竜の威圧と同じ力で、彼女は人間の女として煮詰められている。士人や今の桜とそっくりな、爛々とした黒く澱む陽の輝きを目に宿していた。
「…………―――」
神父はただただ息を呑む。こんなにも綺麗で、美しいと実感出来てしまう人間に士人は会ったことが無かった。同時に彼は理性的に、心象風景に潜む泥の衝動がおぞましく喜んでいるのだと理解した。彼が実感出来るモノなど呪いから生まれる衝動だけであり、だからこそ灰色に穢れたセイバーを衝動のまま美しいと感動しているのだろう。
そう―――感動だ。
自分の
愉悦として悪性を愉しんでいるのではなく、セイバーと言う存在自体を理解出来たことが嬉しかったのだ。
「今の私は生前よりも、なまじ魂が強くなった所為で呪いの汚染に抵抗出来てしまいました。黒く染まり切れませんでした。
……苦しいのです。辛くて痛くて、胸を抉って
完全に黒く属性を反転させていれば、もう一人の自分として自己を確立できた。そう出来た筈なのにぃ……とっさに抵抗してしまった私は、中途半端に呪われてしまった。犯されて、汚されて、だったら黒く在れば良かったのでしょぉうぅ……それだったら、もっともっともっと強き魂で在れば、あの黄金の王と同じくそのままの自分だった!
……今の私の人格は、狂い混ぜって穢れてしまった。
価値観も感情も、逆の筈のモノがグチャグチャに合わさりました。嬉しいのに苦しくて、苦しいのに楽しくて、楽しいのに辛くて、辛いのに嬉しくて――――――……それで、それで、私は、私は、なんて様……っ!」
既に彼女は壊れ掛けだ。早口で、思ったまま感情を吐き出しているのに過ぎない。
「士郎を犯して、汚したくて、でもそれでも、あの士郎を失いたくなくて。それでも、それでも私は、呪われてなくても、やっぱり士郎が好きで―――愛していて……本当に、愛しているから!」
そして、目を離せないのは凛と士人だけではない。この世の何よりも清く貴いと思えたセイバーが、こんなにも壊れそうな姿を見て、アーチャーは暗い喜びを覚えたのは事実だった。凛のように悲しめず、ただ普通に、普通の人間と同じ様に、普通の人間なら目を逸らさずにはいられない騎士王を愛おしんだ。
普通ならば、誰だって直視出来ない呪いに満ちたセイバー。
その圧迫感と威圧感は、並の人間ならば纏めて発狂させるか、運が良くて意識を何十日も昏睡状態にするほどの脅威なのに、アーチャーはそれを平常な普通の精神で受け入れて―――歪み切った自分の嗜好に絶望した。あんなにも遠くで清らかだった彼女だったのに、自分と同じ
「このままだと私は私ではなくなってしまうから……!
そして―――一人の男が決意した。選択を決めたのだ。
「だから、凛―――どうか、私の心を壊して下さい……っ」
読んで頂きありがとうございました。
実はセイバーさん、ああ見えて臨界状態でした。このままだと呪いに勝って元に戻る事も出来ず、オルタ化して反転する事も出来ず、別の何かのアルトリアに変貌してしまいます。と言うよりも、実はもう変貌していますが、完全に違う何かとして完結する寸前です。騎士王アーサー・ペンドラゴンとしてなら迷いはなく終わっており、ブリテンの王としてなら開き直って自分の人生に悟りつつ、実はアルトリアとしてはヤバい状態でグツグツと煮え滾ってます。
後、裏設定ですけど、実はライダーの元ネタはザビ男です。他のオリキャラも原作キャラを元ネタに似せてますけど、チンギス・カンはザビ男です。簡単に言えば、赤セイバーと相思相愛で生活していたのに、不意打ちで襲われて赤セイバーを拉致・監禁され、赤セイバーが敵軍の男に何日間も暴行されて怒り狂ったザビ男をイメージしてくれれば、チンギス・カンの若い頃に感情移入し易いと思います。その後、セイバーを取り戻すも、復讐を誓うザビ男をイメージして頂けると、それがチンギス・カンのモンゴルの始まりとなります。そして元々は善良なイケ魂持ちの質素倹約を好むテムジン青年が、段々と草原の獣に堕ち初めて、復讐が目的だったのに復讐のための略奪と殺戮を愉しむようになってしまい、テムジンから皇帝チンギス・カンと成り果ててしまった。言ってしまえば、暗黒面に堕ちた絶対に諦めないマンです。それなので、実は身内に優しい愛の男であるのです。
そんな雰囲気を裏設定にしています。