神父と聖杯戦争   作:サイトー

87 / 116
 バイオ7面白い。個人的には一番好きな作風のバイオ。FPSは臨場感があるのでホラー度高いし、謎解きも自分が目の前で考えて擬似体験してるような雰囲気。


75.王の狂気

 当然と言えば当然であるが、アインツベルンはまだ森から抜け出していなかった。ここに居れば鏖殺される未来は容易く観測出来たが、逃げた所で勝ち目は薄く、ライダーによって戦力差は大きく引き離された為、式神による優位性ももはや完全に失った。

 だが奴ら―――魔法使い見習い(遠坂凛)に先導され、他のマスターとサーヴァント達が乱戦に介入してきた。

 キャスターは追い詰められたが、勝機は今しかない。この場は逃げればじり貧で、殺されるのが関の山。特にライダーを間桐桜が手に入れた事で、戦局は最悪としか言えなかった。無尽蔵の軍団を持とうとも有限の動力源がライダーの宝具を抑止していたが、無限の動力源であるマスターがライダーを欲望へ解き放ってしまった。

 つまり無尽蔵の略奪軍が無差別に、自分達の軍勢を喰い取り続ける。時間が経てば経つ程、キャスターは宝具を奪い取られ続ける事となる。

 

「―――殺すか。いや、無理なら封じるのみ」

 

 呪詛の言葉で彼は精神を塗り替えた。キャスターはあらゆる未来を予知し、敵の抹殺手段を幾重も思考し、それを更に未来予想図に組み込み―――淡々と、延々と、ただただ繰り返す。

 予知と予測を繰り返す。

 死ぬか、殺すか。

 戦争だった。鬼種、天狗、化け物、死霊。人外との殺し合い、化かし合いは飽きたが―――化け物から守るべき人間と、真っ向から殺し合うのは生前では考えられないことだった。自分と渡り合えるのは自分に匹敵する力量を持つ陰陽師、深く式神達に愛されていた元弟子しかいなかった。鬼種や天狗、あらゆる妖も人間以上に強いは強いが、勝てない敵は存在しなかった。つまるところ陰陽道の祭神が持つ権能を、安倍晴明とは違う概念(アプローチ)で手に入れた法師殿(蘆屋道満)のみが怨敵足り得た。

 超常の絶対的神秘を持つ自分にとって、陰陽道の法力はサーヴァントとして弱まったこの状態でも万能に等しい。生前の全盛期は全能に近かった。太陽神の分霊であろうとも打倒出来た。魂さえ自在であり、未来さえ見通せた。だが、それが通じない化け物がいる。それが人間であることを極めた魂の化身、人間の極限―――英霊だ。召された英雄は己が運命を武器に、彼が創り上げた道理を粉砕する。

 安倍晴明(キャスター)は死後の巷を愉快に思う。覚悟はしていたが、やはり人間が一番殺し易く、殺され易い。

 

「久しいな―――キャスター」

 

「ええ。しかし、私は会いたくありませんでしたよ―――バーサーカー」

 

 狂王は、この場で壮絶な殺気を振り撒いた後、静かに対象を一点に凝縮させた。永劫の不死を経て滅した報復王の殺意は、それだけで既に武器と化していた。精神防御がない、または耐性が弱い者であれば、そのまま心臓の鼓動を停止される程の圧迫。

 嘗て封じた鬼種よりも、より化け物と成り果てた英霊。

 不死にて不滅。だが、そう言う怪物にこそキャスターは特化した退魔師であり、嘗ては狐に化けた太陽の女神さえ“向こう側”に魂を還した魔人である。サーヴァント化により霊基自体は低下しているが、相手も所詮は自分と同じく霊基が落ちたサーヴァント。同じ領域に存在するとなれば、不死性などと言う概念がそもそもキャスターには通じない。

 

「ふーむ、さてはて?」

 

 過去、現在、未来を見通す千里眼。日本において数少ない“資格”を保持する英霊が、この安倍晴明だ。その彼からすれば戦う前に、そもそも勝敗の如何などは予知可能。

 ……あ、自分死にますね。と、そう思ったが彼は顔には全く出さなかった。

 生死の決着まで殺し合えばまず間違いなく、死ぬ。相手を殺せるが、死ぬ。どう工夫を凝らして足掻いても、死ぬ。

 あの擬似的な不死の宝具を打ち破れるが、そもそも奴には戦闘続行のスキルがある。不死を破ろうとも恐らくは気合いだけで霊体が完全崩壊するまで動き続け、下手をすれば霊核を砕いても数時間は生き延びる。ずるいですねぇ、と思いながらもキャスターは仕方がないと決心する。

 

「布石だけです、ええ。本当に」

 

「……独り言か? それともマスターとの念話か」

 

 そう言いつつも、キャスターのそれをバーサーカーは理解している。あれは無駄な事はしない。独り言を装いつつも、その言葉にはこの日本の呪術であるところの“呪”が込められている。普通の言語の聞こえるが、それにはキャスターにしか理解出来ない呪詛による独自の陰陽の()が込められている。

 話すだけで敵を呪う。それがこの男。

 最も、もはや成り果てた後に英霊化したバーサーカー(ホグニ)には、まともな呪いなど効かないのだが。

 

「独り言ですよ。まぁ、取り敢えず―――死んで下さい」

 

 刹那、キャスターの符陣が曼荼羅を描く。術符の群れは一枚一枚がAランク宝具に匹敵する概念を宿し、それが軍勢を成して蹂躙する。

 

「―――ヌゥオ!」

 

 それをバーサーカーは魔剣の呪詛で強化され、膨大な質量を持つに至った呪詛を魔力放出で全開にし、スキルによっても狂化された膂力でダインスレフを一振り。悪神の呪いでさらに呪詛が強化された報復すべき殺戮の剣(ダインスレフ)は禍々しく、剣を振うだけで対軍領域の破壊を容易に齎した。

 ……いや、もはやそれは一撃で城壁を粉砕する対城破壊。

 地面に叩き付けるだけで巨大クレーターを作り出す。剣風のみで大地を抉り斬る。聖杯戦争で呼ばれるサーヴァント(亜神)としてならば、過去最大の膂力を至った狂戦士の最骨頂。生前の大英雄ヘラクレスが持つ半神の権能としての剛力などには遥かに劣るが、現代の魔術師が呼び出せる英霊が発揮可能な概念の最上値には確実に位置していた。つまるところ、物理法則が支配するこの時代において、今のバーサーカーの狂化以上のステータスは存在しないことになる。

 

「……え? いや、ちょっ―――!?」

 

 間桐桜が持つアンリ・マユの呪詛。それとバーサーカーは相性が良いとは理解していたが、ここまで相性が良いとは思わなかった。

 ……あの狂王は、今まで全力ではなかった。

 アインツベルン領の式神と殺し合っている間、キャスターが観察しているのを理解していたバーサーカーは力を抑えていた。だが、もはや手加減無用となった今、全ての強化と狂化を全開に魔力を解放した。

 

「―――いやいやいや、死にますって! サーヴァントの規格ではないですよ!?」

 

 キャスターは爆風に吹き飛ばされ、時間差なくバーサーカーは飛んで逃げようとするキャスターを追撃。魔力放出を腕を突き出す動作で発射し、物質化した魔力の呪詛が充満する掌圧が強襲。身体機能と体術、そして魔力放出スキルだけで風を破壊鎚にするなど馬鹿げた“物理”現象だった。

 それは決して魔力を用いた魔術現象ではない。だが対魔力と障壁を打ち破る風圧を、肉体だけで生み出す暴力の権化だった。

 

「何だそれは、聖杯戦争で召喚される程度の使い魔に許されるモノではない……っ」

 

 若い頃の素の口調が思わず出る程の脅威。嘗てキャスターが過去視で見たバーサーカーのサーヴァント、あのヘラクレスが狂化した筋力さえもこの狂戦士(ホグニ)は圧倒していた。今のこの敵はサーヴァントに許された臨界を完全に超過している。凄まじいステータスはEXに達していたが、そのEXと評価される中でも更なる最上値に君臨している。

 今まで殺し啜った血の魔力を、バーサーカーを魔剣ダインスレフより解放。

 陰陽術を撃とうとも剣戟で霧散される上に、その霧散した魔力を更に魔剣で吸収し、それが呪詛に練られ身体機能が上昇する。

 理想的な無限循環。

 殺せば殺す程にバーサーカーは強くなる。敵が魔力を使えば使う程、バーサーカーは強くなる。

 バーサーカーは不死身であるのに、バーサーカーの剣で斬られると呪詛により傷は癒えず、血を啜られ魔力を奪い取られ、更に呪詛の狂化に拍車が掛かり、敵対者は嬲り殺されるしかない。もはや一方的なワンサイドゲームと化す。唯でさえ圧倒的な力を誇り、戦いが長引く程に強くなる矛盾。

 

「温いぞ、温い温い。どうした、それが限界か! なら死ね、キャスター!!

 生きる価値がない犬畜生(美の女神)が我に与えたこの怨恨、この怨讐、この怨念―――さぁ、誇り無き魔剣に喰われて死ぬが汝の定めよ!!」

 

 不死身故に許される肉体の崩壊を前提にした強化と狂化。体中全てから血を垂れ流し、血反吐を撒き散らしながらも、鼻からも昇って来る血液を流しながらも、両目から涙を血流させて彼は叫んだ。

 

「◆◆◆ーーーー!!」

 

 言葉になど意味はもうない。あれは呪われた何か。ならば、その狂戦士の絶叫も憎悪が溢れ出ただけに過ぎない。血を溜め込んだ魔剣は呪詛の奔流を帯び、放出される呪詛の魔力が小規模な地獄を生み出し続ける。

 ……単純に、バーサーカーは早過ぎたのだ。

 帯びた呪詛は残像のように揺らぎ、まるでバーサーカーが瞬間移動をしているように錯覚させる。千里眼を持つキャスターでなければ、絶対的速度と呪詛で幻影さえ操り始めたバーサーカーの速度と動作に対応は出来なかっただろう。

 それなのに、バーサーカーの剣技は理知的な殺意で振り回される。狂気に慣れ、それが当たり前になった彼にしか出来ない狂化の運用だった。一手一手確実に命にまで距離を詰め、キャスターの攻撃には第六感で以って容易く対処する。

 

「七天、混在―――!」

 

 召喚された後の現世において、キャスターは道具作成のスキルを用いて武器を二つ創作している。生前に使っていた退魔七道具を模した刀と弓。その刀に呪符を幾重にも張り、巻き、強化した。切断機能は消えるが、頑丈さだけは一級品―――!

 

「……あれ?」

 

 ぽっきりと斬り折られ、根元から刀身が消えていた。

 

「◆◆◆!!」

 

 呆れた様な目をしつつも、バーサーカーは己が狂気に従う。武器を失くした陰陽師をそのまま真っ二つに切り裂き、やはりと言うべきかキャスターの殺害には失敗した。

 式神による分身。

 自前の刀さえ犠牲にした演技。

 恐らくは呪符で強化をした際に分身を作り、そのまま自分は何処かに転移して逃げたのだろう。

 

「―――む……」

 

 加えて、既にバーサーカーは括られていた。キャスターは戦いながらも符を撒き散らし、即座に結界を構築。バーサーカーを閉じ込めつつ、自分は抜け穴から脱出していた。

 

「……となれば、時間稼ぎか」

 

 ここはまだアインツベルンの領地。キャスターの陣地内。この結界をバーサーカーは破れるだろうが、それでも基本的にはキャスターの陰陽術を回避することは不可能なのだ。この結界も畏怖すべき絶技により設置され、英霊と言う分類の中でも最高速度を持つキャスターの思考力で成された術となれば、自分ごと巻き込むその範囲隔離を回避するのはまず無理。本来なら自爆ならぬ相手を巻き込む自縛技にも等しいのに、自分は自由に抜け出せるとなれば余りにえげつない。

 空間そのものを一つの世界として縛る結界構築と、その自分が造った隔離空間から抜け出せる転移。

 どうやら陣地を完全に制圧しなければ、負けぬ様に戦うことは不可能ではないが、キャスターに勝つことは絶対に不可能だとバーサーカーは実感する。領域内だとキャスターは戦場から容易く逃げ、あっさりと結界を作り空間ごと相手を閉じ込める。

 

「我は魔術の類は使えんからな。脱出手段も剣で斬ることしか出来ん。

 ……仕方がないの―――狂うか」

 

 キャスターの狙いは確固撃破、ないし隔離。自分が間桐桜を殺している最中、邪魔が入らない様に先兵を潰す事。

 阻止の為には、この隔離手段を破るしかない。

 ならバーサーカーが出来ることは一つしかない。召喚された時に定められた自分の“クラス(側面)”に従うのみ。

 ―――不死の狂気。

 ダインスレフが啜るは聖杯に宿るこの世全ての悪(アンリ・マユ)。間桐桜より流れ込む文字通りこの世の悪を構成する人間の罪科を、彼は魔剣に貪らせながら嗤っていた。その魔剣より生まれる報復の狂気に身を委ねていた。

 

「哀れな赤子よ、奇形の忌み児よ。黒き呪詛で以って、全て、全て、泥で塗り潰す悪魔の偽神よ。汝の憎悪で人を呪う穢れを謳うのだ。

 さぁ、生まれたいなら我を恨め―――復讐すべき殺戮の剣(ダインスレフ)

 

 

◆◆◆

 

 

 穢れ尽くされた挙げ句、壊れ果てた騎士。嘗ての騎士王であり、もはやただの亡霊と化した衛宮士郎のサーヴァント。鎧は切り刻まれて所々破壊され、防具として機能していない。血塗れになった白い肌を晒し、灰色の女性らしい服装だった布切れを身に纏っている。顔も血に染まり、髪もまた乾いた血液により赤黒く変色していた。

 ……そんな彼女は地面に座り込み、身を脱力させて心が折れていた。

 騎士王としての面影は一欠片も存在せず、膝を着いて真下の地面を見続けるのみ。動く気力がないと言う領域ではない。もはや、そう言う心の動きが出来なくなっている。

 

「あー、あー……ぅう」

 

 言語機能を損壊しているのだろう、狂化とは違うがまともに喋れる状態ではない。今のセイバーは理性も知性もあるが、デメトリオ・メランドリの斬撃を受け、魂が損壊し、精神が砕けている。鞘を持つセイバーならば十分に治癒は可能であるが、受肉した影響も大きく完治されることはないだろう。記録も斬り壊されており、魂を長時間治癒し続けた所で、受肉し、呪詛を背負い、黒化に抗い続けたのだ。復活した彼女が元の彼女である筈が無かった。

 

「えくすか、りばー……しろう。しろうシろう、しろウ、シろウシロウ、シロウ」

 

「壊れている場合ではないぞ、セイバー。鞘を使い、早々に魂を直しておけ。その為に間桐桜との契約を切ったのだ。自我程度はまともに整えておくが良い」

 

「あー。あ、あ、あー、うぅー……せいばー、わたし、セイバー」

 

「あの男は自分の魂を生贄に捧げ、その魂でお前の魂を直接斬り削った。故、英霊であろうと刃を受ければ最後、その魂が斬り壊れるのも当然だ。

 ……しかし、お前は例外だろう。鞘在る限り、魂も加護の内側だ。早目に処置せねば壊れたまま魂がその形で癒着するからな」

 

 だが、そんな言葉程度で如何にかなる病状ではない。神父も最初から分かっていた。彼はセイバーにより、座り込む彼女に対して自分も同じく膝を曲げて屈みこんだ。膝立ちになった神父は幼児をあやす父親のように、セイバーの手を取り優しく握ったのだ。それにセイバーは反応したが、ピクリと肩が動いただけ。

 

「しんぷー……? シンプ、神父。あなた……神父。ことみね、言峰。やつのこ……?」

 

 彼はそのまま、うわ言を呟き続けるセイバーと視線を合わせた。両手で顔の頬をゆっくり挟み、視線を無理矢理上げさせて、虚ろな眼を真っ直ぐに見詰めていた。セイバーもまた腰を屈めて子供に対する大人のように自分を扱う神父を見詰め返す。

 

「―――アルトリア・ペンドラゴン」

 

「あるとりあ? ぺんどらごん?」

 

「そうだ。お前はアルトリア・ペンドラゴンだ。そう定義し、そう宣言しろ」

 

「……あるとりあ・ぺんどらごん」

 

「お前の名はアルトリア・ペンドラゴン。衛宮士郎に召喚されしセイバーのサーヴァント。今、そう刻み込め。声を上げて、そう誓え」

 

「アルトリア・ペンどらごン。エみヤシろうのセいばー。アルトリア、アルトリア。シロウ、セイバー、私はシロウのセイバー―――――――――」

 

 士人は更に顔を近づけ、余りにも綺麗過ぎる笑みを浮かべた。それは神聖な微笑みだった。幼子が無条件で信頼し、赤子が泣き止み笑い声を浮かべる様な、聖人君子以外に該当するものが存在しない清く正しい善人の笑みだった。

 ……その目を、魔眼の光に輝かせながら。

 黒く、暗く、ただ深く。神父はセイバーの切り刻まれた精神に入り込み、心に紡ぎ合わせる為の核を魂から掘り起こ(サルベージ)していた。

 

「―――アルトリア・ペンドラゴン。私はシロウのサーヴァント」

 

「そうだ。その通りだ。故にその名をもう一度唱えたまえ」

 

 そして、霊媒魔術により精神を揺さ振った。魔眼による精神干渉に加え、両手で挟んだ彼女の頭に対して直接介入していた。

 

「私は……―――アルトリア・ペンドラゴン!

 セイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴン!!」

 

 記憶は復元されずとも、英霊としての記録はまだ残留している。神父はそれを呼び戻し、後はセイバーの体内に在る聖剣の鞘(アヴァロン)に任せれば、サーヴァントとしては復活するだろうと予想した。

 

「その名こそ祝福だ。誰かに祝福されて名付けられた己が真名を、もう一度今この瞬間―――自分で自分に名付けると良い」

 

「アルトリア……そうでした、我が名はアルトリア。アルトリア・ペンドラゴン」

 

 言語機能と記憶野が有る程度は修復されたと見て間違いは無い。このサーヴァントの記憶障害が完治する見込みは薄いが、神父としては別にどうでもいい話だ。

 そもそも、相手はサーヴァント。本体は座に存在する分霊だ。確かに生きているとは言え、人の死とサーヴァントの死はまた別種。魂が消え果て星幽界へ、あの虚無に還る訳ではない。如何足掻こうとも最終的には本体の魂に取り込まれ融合し、全ての情報が一体化する。今夜の悲劇も経験の一つとして記録されるだけに過ぎないのだろう。

 

「ふむ。まぁ、この程度回復すれば戦力になるか。これ以上深く精神に入り込み治癒するとなれば、俺の魔術回路を移植するか、性魔術によりラインを結ぶ為に衛宮から寝取る必要があるからな。

 回路移植は戦力低下に繋がりまず論外。現実性のある性交も、あの衛宮が憬れ続ける女を犯すのは気が引ける。何より敵地の森で、更に室内ではなく外で致すとなれば神と聖霊もお怒りになるだろう。姦淫は聖職者としてしてはならんと、教えられてしまったからな」

 

「―――ふざけるな。叩き斬りますよ」

 

「おっと、会話が出来る程度には甦ったか。これは喜ばしい」

 

 ニヤニヤと、恐らくは聞かせる様に態と発言した性悪を睨んだ。もはや自分の貞操などに価値は感じないが、それでも苛立つモノは苛立つ。だがそれでもセイバーにとっては決闘の傷を癒してくれた恩人でもある。

 しかし、冷静に考えればあの言峰神父。そして、甦った“あの男”が息子として愛した人間。加えて魔術師として完成していながら、聖職者として完璧であり、代行者として完全している。これは自分が騎士王として君臨したように、非人間として無欠でなければ有り得ない在り方だ。セイバーは心を殺して人間を辞めたが、士人は心を殺されて人間を辞めさせられた。

 心に残った物は理想か、あるいは憎悪か。シロウに救われた過去を覚えている“だけ”今の自分ならば、どちらであろうとそれが悲しいことだと理解できる。神父も理解はしているのだろう。だが今となっては実感出来ないだけ。悲しいことだが、悲しいだけの遠い昔の話である。

 

「その手の猥褻な発言は、マーリンを思い出す。花の魔術師め。こちらは人として感謝をちゃんと伝えたいのに、そうやってはぐらかせて、困らせて、愉しむから忌々しい。

 ……尤も、今の様に墜ちたとなれば実感は全くありませんが。記録としてなら生前の認識は可能ですが、記憶としては理解できない訳ですか。なるほど、これが人として心が壊れると言う実感なのですね」

 

 そう思えば、円卓は自分の同族が大勢居た。あの結末を王として与えてしまった騎士たち。あの宮廷魔術師も面白可笑しく生きていた様に見えたが、今となっては心から彼が喜んでいたのか如何か、セイバーには分かりはしない。

 

「ほう。ならば、伝承に在りし魔術師マーリンとは実に気が合いそうだ。俺と同じ様に、人間が生み出すこの世界が好きなんだろう」

 

「ええ、同じ非人間同士ですので意気投合すると思います。まぁでも、同じ対象物を娯楽として愉しむのだとしても、趣味趣向は全く正反対だと思うので、最終的には殺し合うとは思いますけどね」

 

 そう言って、セイバーはしかりと立ち上がった。

 

「神父、貴方はシロウと同じ投影魔術師でしたね?」

 

「そうだが。双子故、魂が酷似していてな。似たような心象風景の固有結界に覚醒しているぞ」

 

「それは有り難い。迷惑ついでに私用の服を投影して欲しい」

 

「……まさか、そこまでなのか。宝具の方は無事か?」

 

「宝具は英霊としての本能。魂の機能です。何かしらの宝具で奪われない限り、使えない何てことにはなりません。しかし、サーヴァントとして故障してしまいまして、鎧の再武装が不可能でしてね。

 私を蝕んでいた呪いごと、見事に斬り殺されました。

 私の命ではなく、この心を無残に斬り殺されました。

 …‥その時にサーヴァントとして備わっている機能を幾つか壊されました」

 

 維持は出来ても、もう鎧と服の修復は出来ない。魂が根源接続者(「 」)として目覚め死んだ騎士デメトリオ・メランドリに斬られたのだ、当たり前の話だ。聖剣の鞘(アヴァロン)により蘇生できる自分自身は兎も角、それ以外の装備品は流石に対象外。聖剣も鞘と対となる宝具故に修理は可能だが、万全に使うことはまだ出来ないだろう。

 

「なるほど。まるで直死の死神だな。現世から去った後に死から甦ったとなれば、恐らく何かしらの自己に基づく概念を得られたのだろう。まぁ、能力的にはあの魔眼のように死を与えるのではなく、何もかもを“斬る”と言った異能か」

 

「……でしょうね。能力を発動していない鞘を全力で斬られてしまえば、そのまま蘇生能力も斬られていたでしょう」

 

「ほう。ならば概念を斬る訳か。殺すのではなく―――斬る。

 自分自身の肉体に蘇生能力が備わっていた場合、その能力を切り裂かれ、肉体も同時に斬られて再生は不可能となる。そして肉体が自然治癒か、外部から治療行為で治らない限り、肉体の再生能力も斬られたまま。

 ……だが、お前の蘇生は宝具によるもの。肉体を斬られたとしても、外部装置による魔術治療であれば傷は治せる。鞘が斬られた訳ではない故に、能力の大元となる鞘を切られなければ、奴の斬撃もただの斬撃となる。そして、傷が治れば自前の治癒能力も復活すると」

 

「その通りです。治癒阻害ではなく、治癒の能力を傷が癒えるまで切り裂く。あの騎士が得られた能力を理性的に使っていれば、私の体内に隠している鞘の自己再生の概念も一度の斬撃では壊れませんが、幾重も受ければ斬られていた。

 なので肉体は鞘で無事です。しかし、斬り壊された鎧は魔力による復元能力を斬られてしまいましたので」

 

 とは言え、困難だが魔力で宝具は修理可能。例え斬られたとしても、時間を掛ければ宝具も復活する。斬られた物の自己再生や自己復元の概念は斬れるが、外部からの修復ならば一切の阻害なく直せるのだ。治癒不可能の傷を与える能力ではなく、ゲイ・ボルグのような呪いの効果も宿していない。しかし、戦闘中に宝具を修復し、蘇生能力を使うことは出来なかっただろう。そう言う意味では、セイバーは幸運だった。デメトリオが死骸でなければ、その治癒能力に気が付き、鞘自体は斬れずとも鞘に備わる治癒の概念は切り裂いていたかもしれなかった。

 最も、それでも尚、完治は出来なかった。人間の肉体としての治癒は完全であったが、サーヴァントと言う魔術生命体(使い魔)としては機能を全て修理出来なかった。流石の鞘であろうとも、肉体と霊体の完全蘇生は兎も角、聖杯が刻んだ魔術の術式(システム)の復元は概念の管轄外。これを修理するには鞘による治癒ではなく、魔術による復元作業が必要となる。

 

「……それで、お前はこれから如何する?

 まだ間桐桜のサーヴァントを続けるのかね?」

 

 セイバーの肉体を解析し、サイズを調整した服を投影する。とは言え、この投影服は爆弾にもなる魔術品だと言うことはセイバーも理解しているのは士人も分かっているので、ある意味では保険であった。

 ある種の首輪なのだろう。しかし、セイバーは防具を疎かにする気はなく、そもそももう死んでも別に良い。なので士人から身を覆う外套を投影して貰い、壊れた鎧を消してドレスの上から羽織っていた。

 

「……どうなんでしょうね。怨みも憎しみも全部、何もかも、呪いごと斬られてしまいましたから。契約もありませんし、受肉もした所為で死を待つことも出来ないですので。

 取り敢えず、凛とシロウには謝罪と別れの挨拶をしなくては。正直、もう未練はそれだけです」

 

「空虚に堕ちたな。願いも理想も斬り壊れたか。だが、今生を諦めるのはまだ早い。殺されるまで、取り敢えずでも良い―――生きてみよ。

 その為の命、その為の体だろう。例え複製された偽物だろうと関係ない。尊厳を棄てるのは英霊以前の問題だ。人間として、神父として、罪を犯す者は見過ごせない。

 それに何も無いと言うのもな、そこまで悪い気分ではないぞ。無論、良い気分でもないが」

 

「―――…………いや。まさか、貴方に説得されるとは」

 

「なんだ、不快か?」

 

「いえ。今は何一つ実感が有りませんので。けれど、そう願ってくれる者が一人でもいるのでしたら、気力だけでも出さないといけませんね」

 

 彼女はもうアルトリア・ペンドラゴン足り得ない。聖騎士デメトリオ・メランドリによって、騎士王として持つべき精神を失っている。硝子(ガラス)のように心を砕かれた彼女は、もはや唯のアルトリアだった。聖杯に召喚された使い魔が持つ機能を斬り壊され、受肉させられ、既にサーヴァントですらなくなっている。

 神父はそれを良しとする。

 壊れた女を神に仕える聖職者として祝福する。

 それこそ聖杯に呪われた果てに、心を壊された理想に命を燃やして死んだ王となれば、言峰士人は祝福以外にすべき選択など有りはしない。こんなにも心を満たしてくれる娯楽品なれば、どんな面倒事であろうと全て最上の悦楽と変わるだけだ。

 

「俺は行かなければならん。このような神父と契約を結んだアサシンの為にもな。

 しかし、此処から先、どう生き足掻くのか。その選択はお前の自由だ。英霊として掴んだ死後の余生だ、誰にもお前の行動を縛る権利はない。

 故に、考えて決めることだ。

 考えて、それでもまだ闘うと言うのであれば、お前が殺したデメトリオ・メランドリの代わりとして―――」

 

「―――駄目だ。その騎士王の全ては我輩(ワシ)が略奪する」



















 謎のヒロインXオルタ、まさか自分が二次創作でやりたかった事が公式キャラになってしまうとは‥…!
 やるかもしれないと思いつつ、着々とアルトリアが全クラスで召喚可能に。ちょっとだけですけど、セイバーの路線変更します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。