神父と聖杯戦争   作:サイトー

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外伝1.何も無い心

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昔話。

 

 

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 言峰士人は公園で一人ベンチに座っていた。時刻は午後の八時頃。

 

「………………………………………」

 

 ボーとした容貌で夜空を眺める。星々と満月が輝く夜であった。

 地獄の焦げ跡から空を見上げても、夜空に輝く星と月は変わらないらしい。焼け跡に一人佇む生き残りも含め、星の全てを平等に照らしている。冬の寒い公園の中、神父服の少年は空を見上げていた。

 

「………………………………………」

 

 ただただ、空を見上げる。

 ……しかし、時間は過ぎていくモノ。何事も終わりがある。

 

 

―――スタ、スタ、スタ……―――

 

 

 ベンチに座る士人に近づく姿がある。金髪にライダースーツの青年、ギルガメッシュ。

 彼は第四回聖杯戦争でアーチャーのサーヴァントとして遠坂時臣に召喚された。しかし、マスターである遠坂時臣を裏切り、アサシンのマスターであった言峰綺礼を新たなマスターとした。そして、聖杯を汚染するアンリ・マユの泥により受肉し現世へと復活した英霊。今はマスターであった言峰綺礼が運営する教会に居候中だ。

 そのギルガメッシュが不機嫌そうに歩いている。日々の毎日が退屈なのだろう、この王様は新しい事を好む。ギルガメッシュは何年か過ぎ、現世も見慣れてきていた。一年も生きてみれば、現世への愛想も尽きた。

 彼の時代に比べても人間に変化は無かったが、人の世界は随分と変質していた。人間社会はとてもとても、ヒトそのものに優しくなっていた、実に生き易い世の中になっていた。…ああ、反吐が出る思いだ、これが彼の正直な感想。生きる価値の無い者が生きていける世界、視るに堪えない薄汚れた世界、王が支配する価値が無い世界。不愉快の余り、感情が窮まった。

 その英雄王ギルガメッシュは、ベンチに座る言峰士人に近づいて行った。この子供は王から見ても、実に滑稽で、実に哀れで、実に楽しい。そんな愉快な気持ちにさせる娯楽品。

 

「何をしているのだ雑種。こんな所には何もなかろう」

 

 黄金の王はベンチに座り込む士人に喋り掛けた。ギルガメッシュは薬を飲み子供になって日々を過ごしているが、今日はずっとそのままであったらしい。言峰親子と夕飯をとり、する事が何もないから冬木の街を散歩でもしていたのだろう、ここにはたまたま来ただけ。

 

「何もしていない。なんとなく、ここにいるだけだ」

 

「……ふん、まぁ良い」

 

 鼻でそう笑い、目の前の少年を哂い、彼はベンチに座った。ギルガメッシュは彼が座る隣のベンチに座っている。ちょうどベンチの端と端に士人とギルは腰を休ませており、ベンチの間を一人分だけ空けて隣同士で座る。

 

「……………………………………………………」

 

「……………………………………………………」

 

 二人は何をするのでもなく沈黙する。言峰士人は暗闇に覆われた公園を先程と変わらず見ている。ギルガメッシュも同じであった。しかし、ギルガメッシュは言峰士人の方へ顔だけを向けて言葉を話す。

 

「雑種、貴様は苦悩を抱えているな。暇潰しだ、話してみろ」

 

 ギルガメッシュは沈黙を破り言峰士人にそう話した。

 言峰士人が一人で抱えているモノが気になった、と言うより気まぐれで訊いただけだ。しかし、気まぐれでもあるが、言峰綺礼と同等の異常者でも在り、生き残りの少年が抱えているモノがそれなりに自分を愉しませてくれるのではないかと言う、彼らしい悪趣味な期待がない訳でもなかった。言峰士人が自分の事で苦悩していることに、ギルガメッシュは見て気が付いたので言峰士人に尋ねたのだ。

 

「……苦悩、か。そういえばそうだな」

 

「どうした、話すのなら早く話せ」

 

「分かった、話すことにする。つまらない話になるが構わないか?」

 

「構わん。暇潰しと我(オレ)は言った筈だ。そのような遠慮はいらん」

 

 言峰士人は彼の言葉を聞き、自分が生き残ってから抱えているモノを話すことにした。

 地獄が残留し怨嗟の声が未だに轟く始まりの場所。ここで拾われた子供がここで子供を拾った王に語りかけた。

 

 

「―――私には感情がない。

 生の実感も死の実感も存在しない、心にあるのは空白だけだ」

 

 

 言峰士人はギルガメッシュに語り始めた。身の内に抱えた、何も感じず何も無いその心を。

 

「心の内に何も無い。何も感じるモノが無い。喜怒哀楽が死んでいた。

 ヒトが当たり前に行っている喜び方も、怒り方も、悲しみ方も、楽しみ方も、何もかもが理解出来ない、実感が無い。どのような方法で人が感情を得ているのか解らない。何を見ても何をしても何をされても、心が何も解らない。

 ――――目に映る全てに、価値が失われていた」

 

 言峰士人は一切の表情がない何もかもが死に果てた無表情であった。本当に空白であった。

 ギルガメッシュは少年の話を黙ったまま聞いている。

 

「……それなのに―――――」

 

 そして、少年は王へ話を続ける。

 

「――――衝動が、心の外側だが身の内に在った」

 

 言峰士人は一旦言葉を切り、公園を見た後、夜空を見上げた。

 

「私は、人間(ヒト)が愉しい。彼らの業を愉悦に感じた。私のモノとなり、私になったあの黒い太陽が笑うのだ。自分は何ともないのに魂が震える。何も解らないのに業をただ愉しめる」

 

 顔を空白としたまま、淡々と語り続ける。

 

「私は愉悦に震える太陽を感じても、心だけは空白のままだった。人の業が愉しいモノだと実感する事は出来た。業を愉しむのは、自分自身の衝動だ。

 ……しかし、呪いは呪いだ。自分ではあるが結局は後付けの衝動だった」

 

 奈落の眼が何かを映し出す。

 

「だが、後付けではあるが、自分の衝動は偽物ではなく確かに本物だった。それでも、それは違った。自分の呪いではあるが、自分に変化した自分以外の呪いに過ぎない。

 実感はあれど、如何して自分の衝動が人の業を愉悦とするか、私には理解できない」

 

 言峰士人の黒い目は、まるで何もかもを焼き殺す灼熱とした黒い太陽の様でだった。

 

「自分には何もなかった。希望も絶望もない。

 世界は変わらない、世界は私にとってずっと同じ世界でしかない。希望も絶望も関係が無い、私にとってあらゆる未来が等価だった。

 それにどれだけ自分を追い詰めて修練しても、欠片も苦しいと思えない、何も感じられない。毎日毎日、限界を超えて動けなくなるまで鍛錬をしても苦しむコトが出来ない。何を極めようとも、自分が鍛えられただけだった。何かを鍛えて極めた分、強くなっていくだけだ。

 私にとって、感謝の言葉も憎悪の怨嗟も変わらない。自分に向けられてもそれをどうしたらいいのか、何を感じて何を思えばいいのか、そんな事さえ解らなかった」

 

 言峰士人は話を終える。そうして、少し間を空けて自分の結論をギルガメッシュに伝えた。

 

「結局の所、自分という存在(モノ)に何の意味が在り、一体これには何の価値が在るのかと、そんな事を悩んでいただけだ」

 

 士人が語り終える。その話を聞いていた黄金の王は黙って聞いていたが、突然顔を上げる。彼の顔は、愉しそうに歪んでいる。

 ―――そうして、唇を震わせながらギルガメッシュは口を開いた。

 

「ククク、はは。フハハ…、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!」

 

 口を開いたギルガメッシュは大声で笑い声を上げる。公園の中で笑い続けた。一分は笑い続けていただろう。

 相当毎日が退屈だったのだろうか、と士人はその姿を見て何となく思った。

 

「クックッ……久々に声を上げて笑ったぞ、雑種。

 中々に面白い話だった。良いだろう、褒美だ。その苦悩は我が解決してやろう」

 

「―――――――――――――本当、か?」

 

「ああ、本当だ。何、簡単な事よ」

 

 そうしてギルガメッシュは言峰士人に答えた。

 

「いいか、雑種。否、士人(ジンド)よ。

 ――――今日から貴様はこのギルガメッシュの臣下となれ。そして自身を究極へと鍛え上げろ」

 

 言峰士人はギルガメッシュをただただ見る。王は臣下に言葉を告げる。

 

「貴様の魂は何にも属さない。貴様は人間ではなく、怪物でもなく、無論のこと英雄でもなく、そして神には程遠い存在だ。

 貴様は言峰士人でしかなく、だからこそ我の臣下となるに相応しい。故に貴様は、いずれ己の究極へと至れるだろう。

 ……そして、貴様は強い。貴様のその強さの前では、この世の有象無象など取るに足りん。好きなように弄ぶが良い。弱者を殺すのも助けるのも貴様の自由だ。だが決して、貴様が搾取した弱者どもの弱さに同情するな。それは強者の役目ではない、弱者の役目だ。強者なら何があろうとも己を恥じぬ事だ、強者で在るなら己が己で在る事に負い目など存在せん。

 故に、士人よ。答えを求めるなら己に誇りを抱け。

 ――――我の臣下になった貴様が歩む道、それそのものを言峰士人の誇りとするが良い」

 

 

「―――――――――――………」

 

 

 言峰士人は頷き、王の言葉を了承する。彼は誇らしく笑顔を浮かべた。

 その時士人は、己が己である事に誇りを抱いた。そして両目から流れる涙が魂に誇りが刻まれた証であり、神父はこれ以降永久に涙を流す事はなかった。




 原作で例えますと、士郎が切嗣の理想を受け継ぐ所と相対しています。彼にとってギルガメッシュの臣下であると言う事は、ただそれだけでこの世界で自分が生きていくのに十分な価値となります。

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