神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 エクステラ、新作が出るらしい。スウィッチでDLC入った完全版が出たので、多分次回作はスウィッチでも出るのかなぁと思ってます。
 アルテラ! おお、アルテラ!!
 またザビーズの物語が楽しめるのは嬉しい限りです。


79.壊れた杯、穢れた灰

 ―――その光景は、許せるモノでは無かった。

 ―――断じて、彼が許容出来る現実では無かった。

 許せず、憎む。世界と社会を憎んだ彼だが、目の前で起こる何もかもが許せない。断じて、許さない。それは有り得てはならないと思いながらも、世界中で行われている当たり前な凶行。だからこそ、彼は彼で在る限り許してはならなかった。

 

“―――契約せよ”

 

 声が音無き言葉で囁きかけた。死して魂を捧げたデメトリオ・メランドリへ囁いた言葉と同じ、この人類史を守るこの世ならざる“人々”の懇願であった。資格有る者にのみ囁き掛け、死後を代償に現世の者に力を授ける何か。エミヤシロウとアルトリア・ペンドラゴンが良く知る座の契約。

 人理を守る霊長の機構―――抑止。あるいは、抑止力。抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)を運営する阿頼耶識とも。

 

“―――契約せよ”

 

 それを彼は、衛宮切嗣は知っていた。

 聖杯の中で冬木を見ていた―――否、この世全ての悪(アンリ・マユ)によって“視”せられていた切嗣はその言葉を何一つ間違えることなく、全てを理解していた。

 衛宮士郎の成れの果て、英霊エミヤ。それと成り果てる原因は自分が残した呪いだが、憎悪と後悔で彼の願望を穢したのは“抑止(ソレ)”による所業。理想を反転させたのもソレが彼を生贄とした為。ソレと契約することが何を意味するのか、切嗣はどうしようもなく―――理解していたのだ。

 

「―――契約する」

 

 アラヤはこの好機を逃す訳も無く、メランドリを抑止として利用したように、切嗣をもまた抑止として運用しようと力を与えた。だが既にこの冬木には、三人もの生きた抑止の手駒(エミヤとミツヅリとコトミネ)を送り込む事に成功している。

 それでもまだ足りない。

 世界滅亡の要因を排除するには、まるで手駒が足りない。

 

“―――契約は此処に結ばれた”

 

「――――――――……」

 

 これが、英霊になると言うこと。

 守護者に相応しきアラヤの加護。

 聖杯の泥から魂を間桐桜の手で掬い上げられた衛宮切嗣は、遂に亡霊から英霊へと―――転生する。

 英霊の座に存在する守護者の、その代行者―――エミヤ。

 何処かの世界で、何時かの時空で、己が至った英霊としての概念。ならば、彼が成すべきことは唯一つ。今の自分は理想を諦め、安寧を受け入れ死に、だが今得た力は理想を叶える為、理想に溺れた果てに宿してしまった神秘。

 ―――宝具。

 今の切嗣が持つ能力は現世に生きる英雄の力では無く、死して至った英霊としての力。

 

「あー、え?」

 

 と、戦闘が始まった後、隠れて共に待機していた亜璃紗は心の底から驚愕していた。

 

「阿頼耶識の契約って、そう言うものだったのですか。それにしても、凄まじい意識の集中だ。私の超能力で観測できましたが……―――ははぁ、成る程。あれが抑止力を運営する集合無意識、第八識ですか」

 

 ニタニタと嬉しそうに彼女は嗤った。まさか抑止が生まれる瞬間に立ち会えるとは思わず、この情報があれば己が魔術式の完成へ大幅に近づける。

 この奇跡は正しく、聖女ジャンヌ・ダルクが啓示で神の声を聞いた瞬間、あるいは魔術王ソロモンが神からの宣告を夢で聞いた瞬間、もしくは守護者エミヤが死後を売り渡す瞬間に等しい時間だった。本来なばら、本人以外には理解できない筈の世界の外側からの言葉を、間桐亜璃紗は自分の魔術によって第三者として聞いてしまったのだ。

 

「胸糞悪い……」

 

 聞いたことが無い声だった。亜璃紗はここまで気色悪い心は初めてだった。感情はなく、意志もなく、機械的に生存だけを求める本能の集合体。集合無意識とは、正に言葉通りの現象。

 人類が生きること。

 それだけを目的としたシステム。

 人が人類史を存続させるために創り上げた機構だった。

 

「良いのですか? そこから先は地獄ですよ?」

 

「構わないよ。力を寄越すと言うのであれば、喜んで僕は貰おう。それにこんなモノ、店で拳銃を買うのと変わりはしない。金銭の代わりに魂を対価にしただけだよ。

 ただただ便利な道具が増えるだけだ」

 

 尤も、彼女は一欠片も切嗣のことを心配などしていなかった。この瞬間、この場所で守護者と化したと言うことは、今のこの冬木はそう言った因果律の収束点だと言うこと。あるいは、歴史の特異点とでも言うべきか。あのエミヤが人を救う為に契約を結んだように、衛宮切嗣にとって此処がそう在るべき通過地点であったと言うだけ。

 つまり、この地獄を祝福こそするが、否定など有り得ない。

 

「ええ、そですか。ははは、良い返事です。ああ、そろそろ桜お母さんからタイミングの連絡がありますよ。好きな時に飛び出て不意打ちして下さいって」

 

「了解」

 

 そして、切嗣は虚数の泥に沈んで行った。亜璃紗は独り残されたが、如何でも良い事。彼は嘗て落されていたアンリ・マユの地獄に似た暗闇の中から孔を開け、アインツベルンと間桐と、他の陣営のぶつかり合いを観察し、遂に最高のタイミングで桜が泥を広げたのを感じ取った。

 ―――唱えるべき呪文は唯一つ。

 これこそが、地獄の結晶。殺戮の果てに磨き抜かれた代行者エミヤが誇る貴き幻想。 

 

「……時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ)―――」

 

 

◇◇◇

 

 ランサーが辿り着いた時、そこは地獄そのものであった。完璧な乱戦状態。特にアインツベルン側の火力は圧倒的であり、全ての陣営を敵に回しても十分な戦力を誇っていた。死したキャスターが残した自作宝具の式神と、白き聖杯と、この森の城で死んだ英霊を憑依転生させたことで生まれた半人半霊(デミ・サーヴァント)―――イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 それもただのデミではない。

 彼女はもはや使い魔(サーヴァント)ではなく、マスターを不要とする生きた英雄のそれだった。

 

「こりゃ、ヒデェな……」

 

「―――あ。ランサー、アンタも今到着したところ?」

 

 丁度、ライダーを倒したアーチャーも同時に到着。二人は合流し、戦場を観察しながら、何処から助太刀しようか互いに思案する。

 

「おうよ、キャスターは仕留めたぜ。そっちは、アーチャー?」

 

「アタシはライダーを()った」

 

「……スゲェな。あの化け物皇帝を倒したんか?」

 

「あっちは呪いで精神がちょい劣化してたから。命賭けで隙を狙えたってだけ。アタシとしては、アンタこそ良くこの日本であの陰陽師を倒せたことが驚き何だけど?」

 

「そりゃ、まぁ、ここの結界を何処かの誰かが術式ごと破壊したからな。それが無ければ勝って生き残るのも難しいし、オレも相討ち狙いに徹してたぜ」

 

「なるほど。やっぱライダーは、キャスターの天敵だったか」

 

「―――フン。やっぱアイツが原因か」

 

「結界を粉砕したのはね。ライダーがキャスターに送ったささやかな嫌がらせだったんでしょうけど、アンタ相手にゃ致命的だったって訳ね。

 ……それでも、そこまで傷を負って、左腕は呪われてまともに使えないと」

 

「おう、見事に潰された。そっちも右腕がいかれちまったようだが?」

 

「ええ、あっさり砕かれたわ。アタシってほら、女の子って歳じゃない婆さんだけどさ、それでもアンタらマジモンの英傑に比べればとってもか弱い女性じゃん。こんな筋肉が全く付いてない細腕じゃ、あんな超級の英霊を相手にするのはやっぱ厳しいね」

 

「―――え?」

 

「―――ん?」

 

「いや、アンタの筋力はCランクだろ。つまりあれだ、そこらの成人男性の三十倍は楽に筋肉がゴリってる―――」

 

「―――ホットドック、食べたい? ゲッシュで喰わせるよ。目下の者からの食事を断らないってヤツがあったでしょ」

 

「やめてくれ。別にホットドックは犬の肉じゃねぇから大丈夫だけどよ、温か犬って名前が直球でダメなんだよなぁ……―――って、アンタ、オレの目下なの。死んだ年齢的に?」

 

「あぁ、それ考えると違うね。今の肉体年齢は兎も角、死亡年齢を考えるとおばちゃんだし。つーか英霊になった時点で、その目下ゲッシュがそもそもアタシとアンタに作用されるのか否かも分からんし。

 じゃ、あれ、アタシ実は詩人なんだよ。俳句とか好きな日本の詩人、グレートハイカーなの。なんてーの、士人と詩人って漢字にすると響きが似ててさぁ」

 

「誰だよジンドって、知らねーよ」

 

 名付け親である言峰綺礼は、士人(ジンド)の本名を知っている。この士人と言う名も、武士のことを示す士人(しじん)の読み方を変えた物だが、死人と詩人と言う意味も綺礼は名前に掛けていた。そう言った如何でも良い話をアーチャーは生前にその神父から聞いたことを思い出してしまい、ついつい浮かび上がった記憶の断片をらしくもなくランサーに喋ってしまった。

 

「言峰って言う、あの神父」

 

「ああ、あの神父……って、え、あれ、あいつ詩人なのか? あんな見るからに極悪人な聖職者がオレの天敵の属性持ってんのか?」

 

「そうさ」

 

 勿論、嘘だったが。そんな内心をアーチャーは決して表情に出さなかった。

 

「マジか」

 

 無論、信じてない。そんな感情をランサーは外に出すことなく驚いていた。

 

「―――貴方達、良いから戦いなさい!!」

 

「あ、師匠! 先程ぶりです、ちゃんと教えの通りにライダーぶっ殺してきました! ……じゃなくて、殺してきたさ」

 

「あー、バゼット。やっぱ無事だったか。まぁ、アンタがこの程度の地獄で死ぬ訳ねぇよなぁ…………ケルトの神官の末裔だものなぁ……ケルトウォリアーだものなぁ……」

 

 思わず素に戻っちまったとボソボソ呟くアーチャーと、アンタはやっぱそうじゃなきゃなぁとシミジミ呟くランサー。

 

「アーチャー……いえ、今は止めておきます。それよりもランサー、まだいけますね?」

 

「当たり前だ。つーか、オレは駄目でもやるぜ」

 

「でしょうね。では、詳しい話は戦いながら念話でしますので、今は直ぐにでも参戦を」

 

「おう!」

 

「分かったよ。アタシの方は、アタシのマスターからちゃんと念話して貰うさ」

 

 そして、三人は目前の地獄へ身を投じた―――そう、正しく其処は地獄である。

 何しろイリヤスフィールは投影した魔杖全てを虚空に浮かばせ、自分の“魔術”で操作していた。聖杯を応用することで魔力は実質的に無尽蔵であり、杖からは英雄王ギルガメッシュが生きていた神代の、魔術王ソロモンが魔術を確立させる以前の神秘を解き放っているのだ。もはや魔術の領域ではなく、放たれる神秘は全て宝具と化す。対魔力など無用のスキル。

 加えて、脅威はそれだけではない。

 コトミネが愛用するアンリ・マユの呪刀・悪罪(ツイン)を改造した杖。

 このイリヤスフィールだけが使える罪宿しの魔杖―――悪罪の唄(ローレライ)

 あれは、聖杯の杖だった。士人が創り上げた悪罪もまた聖杯の剣であるが、ローレライは聖杯に使われる為の聖杯だ。つまるところ己が固有結界に記録されたあらゆる宝具、概念武装、魔術礼装に宿る神秘を術式に変換し、魔術として行使する悪魔の偽神の力。己の魂が運営する心象風景を魔術基盤とし、固有結界に宿る概念そのものが魔術理論となる。

 神造兵器ならざる―――人造神器。

 魔術師としての才能が乏しいコトミネでは使えなかったが、憑依されたイリヤスフィールならば十分に行使可能。更に彼女はキャスターの手でその霊体を式神で強化され、人外の血液に汚染された魔でもある。生身の肉体は鬼や天狗と同格の躯体と化し、呼吸するだけで魔力を膨張させ、数段階上の超越者へ転生させられた。彼女自体が宝具や魔法に並ぶ神秘である。

 死徒化など可愛らしい。故にもはや彼女は人造人間(ホムンクルス)を遥かに超えた反転せし杯―――堕天の杯(デモンズフィール)。魔法を過ぎ去り、魂の触覚でさえない、聖杯の固有結界を支配する新たなる死灰の魔術師と化したのだ。

 

「――――――。――――――。

 ―――Heilige Klinge(聖剣よ)Cursed Klinge(魔剣よ)Projektion(集い給え)

 ――――――……――――――」

 

 ぶつぶつと呪詛を吐き出し、それでも彼女は呪文の詠唱を止められない。そして、魔杖によって制御された聖剣魔剣の軍勢。イリヤスフィールは人間の魔術師を遥か超越した魔術回路を音が発すまで高速回転させ、自分の全身に回路が浮かぶほど魔力を滾らせる。

 ―――彼女は宝具を容易く投影し尽くした。

 投影し易く因子を少なくさせて存在させているとは言え、既に魔術師でも―――英霊(サーヴァント)の魔術師でも可能な所業ではなかった。投影するだけならば、錬鉄の英霊でも可能だろう。だが投影した宝具一本一本に強化が施され、射出を速める加速術式で撃ち放っていた。

 

「せんぱーい! これは少し―――いえ、思いっ切りヤバい雰囲気ですよ!!」

 

「――――――」

 

「あ、すみません。呪文詠唱以外は喋れないようにしてるのでした」

 

「――――――」

 

 それらイリヤスフィールが成す弾幕の嵐を、桜は士郎を“魔術礼装”として運用することで全て弾き飛ばした。宝具には宝具を、概念武装には概念武装を―――投影には、投影を。桜から過剰供給される魔力は士郎の魔術回路を熱し、霊体を焼き、肉体が削られた。だが生まれた傷を桜は士郎の中に仕込まれた聖剣の鞘へ、更に魔力を流し込むことで修復する。

 マキリの地下室に監禁していたが、桜は魔術で以って結界が壊れた転移が可能になったアインツベルンの森に士郎を召喚したのだ。キャスターの陰陽術を恐れ、士郎に対する支配権を奪われないように最初は連れていなかったが、そのキャスターの脅威ももはや薄い。言峰綺礼も自由に使えるとなれば、それだけで桜が選べる戦術は幅は広くなる。

 

「―――Leuchtender Stern(聖剣砲)

 

 収束、圧縮、凝固。回転する光の渦は一点に凝縮され―――解放。

 固有結界内に存在する神造兵器(エクスカリバー)の情報を読み込み、魔杖が持つ能力に因って魔術式として編み上げた。イリヤスフィールは宝具化した超常の神霊魔術として、光の奔流を魔杖から解き放ったのだ。

 その名の通り―――砲門魔術・聖剣砲(エクスカリバー)

 聖剣を投影し真名解放するよりも遥かに燃費が良く、魔術回路に対する負担も少ない。そしてイリヤは光の渦を辺り一帯全て焼き尽くすように、斬撃奔流で以って薙ぎ払った。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 

 尤も士郎の盾は自分と桜を完全に守った。桜が従がえる黒化聖女達は炭化したが、朽ちず、砕けず、呪詛によって泥が肉代わりの人造霊体となって自己治癒を開始。大元の桜が死ななければ天使の不死性が消える事は無く、不死殺し系統の概念武装でなくては効果はない。

 

「凄い凄い、ホントに凄ぇ! やっぱりイリヤスフィール(お母様)は最高です! この衛宮士郎もまた―――いや、ここは敢えて叔父様とでも呼ぶか! そうだな、そうですね、そうしましょう!!

 ―――叔父様も実に最高です!!

 シロウ叔父様もお母様と一緒に欲しいですわ!!」

 

 自分の家族同士を殺し合わせ、命を奪い合う惨状をエルナは楽しそうに見ていた。

 

「ああ、そうだ! 私の私だけのキャスターを殺した糞野郎共だ! アインツベルンの千年を盗み壊そうとする鬼畜外道共だ! 私達だけの聖杯戦争を終わらせようとする人でなし共だ! 所詮は人殺しを愉しみ喜ぶ殺人鬼共だ! 私達も含めた全員が生きる価値のない魔術師だ!!

 だから全て全て、ああ! 我らアイツベルンの敵全て焼き払って下さい―――イリヤお母様ぁ………ッ!!!」

 

 笑いながら、狂う。笑いながら、哭く。涙は流していないが、悲しくて、面白くて、エルナスフィールは笑わずにはいられなかった。後ろで佇むツェリは何も言わずに彼女を見守るのみ。

 

「アーハッハハハハハハハハハハハハハハハハ―――!!」」

 

 魔術による蹂躙攻撃を続けるアヴェンジャーを憑依されたサーヴァントもどき―――いや、今こそアヴェンジャーは己が本来のクラスで以って現界することも可能。アヴァンジャーのエクストラクラスの適性を強く持つが、それは生前に宿した憎悪そのものと言える呪いを死後も宿していたからこそ。本当ならば、キャスターか、アサシンか。適性は薄いがアーチャーとセイバーのクラスでも召喚可能だった。

 ―――それでも尚、今の彼女は復讐者(アヴェンジャー)が相応しい。

 憎悪。憎悪、憎悪、憎悪、ただただ憎悪。憎しみ、恨み、悔み、妬み、怨み、呪う―――ただ、呪う。

 

「―――殺す。殺す、殺す。死ね死ね、貴方たちは死ね。私が殺す。だから死ね。死ね、死ね、死ね、死ね。

 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。

 だから、貴方たちを殺しますわ―――Leuchtender Stern(聖剣砲)

 ああ、死ね、殺す。殺すから死ね、死ぬために殺す。殺したいから死ねせたい。だから、死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね―――」

 

 ぶつぶつと呪詛を垂れ流し、イリヤはそれでも呪文だけははっきりと呪詛塗れのまま詠唱する。キャスターの式神による補正を受け、冬木の聖杯による召喚術式では不完全な筈のクラススキルさえも完備。だが、その影響で彼女は憎悪を自動的に集積し、聖杯の呪詛を増幅させた状態で精神を汚染させていた。それもただ汚染されるだけでなく、キャスターの術で洗脳を受けた状態で、それを上書きする呪詛によってだ。

 その斬撃奔流を撃ち放ちながらも、投影による一斉掃射を止めず、更に投影物を炸裂させることで爆撃まだ敢行。加えて、投影物を魔術で操作することで遠隔操作し、自分を守る簡易的な盾にも、敵を狙って追尾して切り掛る武器にもしている。魔術に長けるイリヤスフィール故にただの投影魔術師では不可能な、投影物体そのものを魔術で操ると言う高位の魔術師にしかできない技術を運用する。

 

「……これは、また。何と言えば良いか」

 

「うわぁ、マジでザマァないね、言峰。アンタよりも巧くイリヤさんの方がアンタの固有結界使ってんじゃん。だからもう一回言ってやるよ、マジザマァ」

 

「……美綴。そのあれだ、何故そこまでお前は口が悪いのだ?」

 

「へ? 何故ってそりゃ、こんなにあんたを罵倒できる機会なんてそんなないからさ?」

 

「ほう、これは酷い。他人の不幸を愉悦に感じるとは、お前は歪んでいる」

 

「―――アンタが言うな!?」

 

 目の前がイリヤによって焼かれている、その死の具現。まるで空爆を受けたような地獄だが、そもそもそんな地獄はが二人にとって当たり前な日常だった。美綴も言峰も、国連に属する他国の軍隊が、独裁政権を支援する大国が、紛争地区へ空爆を行い、街を砕き、人を焼き殺している光景など見飽きている。救いも無く、人は救われずに殺され、ただただ死ぬ。

 人が、利益を得る為に殺すのだ。

 人が、幸福を得る為に殺すのだ。

 だから―――人は人を殺すのだ。

 物が焼かれる臭いも、死体が転がる光景も、何も感じず普通のこと。もはやその日に悪夢を見る事もなく、熟睡さえしてしまえる程に何も思わなかった。

 

「しかし、あの間桐の天使ら、あの砲撃を受けても死なんの?」

 

「あれは擬似サーヴァントでもある聖杯兵器だ。纏っている呪界層の表面は焼けているが、霊体を砕くには至っていない。まぁ、それでも肉体は炭化しているが」

 

「ふーん、なるほど。けれどイリヤは聖杯化してる所為で魔力無限っぽ……い、し? え、あれ、マジ―――!?」

 

「―――ほぉ。考えても普通はせんぞ、あれ」

 

 イリヤスフィールは投影した聖剣を並列させ、上空に浮かべた。その刃全てに魔力が充填され、光へ変換し、投影が破裂する寸前まで集束・加速する。魔杖によって制御され、まるで万華鏡にように聖剣同士が刃と刃で干渉し合い、輝きを更に増幅させていた。

 

「―――Leuchtender Stern(星の光、罪の涙)多装聖剣砲(カレイドスコープ・コールブランド)

 

 その極光こそ投影魔術の極限。神造兵器の複数投影と、その同時真名解放。尤も真名を単純に解放した訳ではなく、彼女はそれを一纏めした術式を生み出し、宝具を放つ一つの魔術として行使している訳だが。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)ァアアアアーーー―――ッ!!」

 

 それと相対するは、オリジナル。セイバーが誇る原典となる宝具。魔術化した宝具の砲撃をセイバーは己が聖剣で相殺し、恐ろしいことにイリヤスフィールの“魔術”はアルトリアの“宝具”と対消滅した。簡単な話、今のイリヤはエクスカリバー級の一撃を呼吸をするように放てると言う事実。

 

「セイバーさん。いやはや、私達を裏切ったのに無償で助けて貰ってすいみませんね」

 

「今だけです、桜。貴女は止めなければならない」

 

「そこで殺すと言わない辺り、随分と先輩に毒されましたね」

 

「もう私は王ではありません。殺したくないのなら、殺さないだけです」

 

 そしてイリヤの正面に立ち、セイバー……いや、もはやサーヴァントでも何でもないただのアルトリアとでも言うべき剣士は、そのまま剣軍の弾幕と、大魔術の嵐へと立ち向かった。

 

「全く……セイバーさんはセイバーさんですね。実験動物としてマキリに売り飛ばされて、この平和な日本じゃ良い境遇とは言えない人生ですが、巡り合った人間は良い人達ばかりです。

 そこまで私の生は悪くはないのかもしれません。私以上に不幸な人間なんて珍しくないこの腐った醜い世界で、自分は不幸だ、自分が可哀想だ、なんて悲劇のヒロインぶってもつまらないですし。生きていても面白くもないですし。それならいっそ思う儘に生きた方が健全です。

 ……やっぱり何だかんだで、吊り合いが取れてる我が人生ですよ」

 

 蟲に陵辱された末の、この悪逆を選ばざる負えなかった間桐桜。だが、それでも彼女は神父の助けを自分自身の意志で乞い、自分自身の実力と幸運で自由を手に入れた。そして、自分の意志で時計塔に入学し、卒業後は冬木を拠点にして旅をした。自分のこの腐った心で人間を学ぼうと、自分の恩人であるあの神父がそうであったように、自分の憬れであるあの先輩がそうであったように、自分の姉弟子であるあの魔女がそうであったように、自分の為に、自分の願望の為に、彼女は気侭に世界を巡り廻った。

 旅は楽しいぞ、と神父は笑って彼女に語った。

 人は愉しいぞ、と神父は嗤って彼女に話した。

 神父に説教された様に、世界は残酷だった。世界とは、人間とは、おぞましかった。人間なんてそんなもの、と虚無感に似た悟りとでも呼べる実感を得られたが―――この感情は間桐桜にとって悪くはない。むしろ、良かった感情なのだろう。

 虫けらのように、死ぬ。

 ゴミ屑みたいに、死ぬ。

 例え死んだとしても、誰からも見向きもされない屍達。悲しまれず、同情もされず、この世に生まれたことさえ忘れ去られた人間だった物体の成れの果て。尊厳など何処にも残されず命を失った人型の肉塊、あるいは人型さえ保てなかった肉片の群れ。珍しくもない人々の死に様だった。

 ―――彼女はマキリの聖杯として、アンリ・マユの巫女として、人間共の憎悪を蒐集した。

 レイプされながら拷問を受け、生きながらバラバラに解体された女の憎悪を知っている。

 片目を抉られ、肉を削がれ、骨を折られ、妻と娘を目の前で犯された末に殺された男の憎悪を知っている。

 友達を殺さないと殺すと脅されて友達を殺し、その死肉を無理矢理喰わされて殺された少年の憎悪を知っている。

 生みの親に売り飛ばされ、孤児院で性的虐待を受け続け、娼館で大人達の玩具にされた末に病気を患い、誰からも助けて貰えず生きたままドロドロに腐って死んだ少女の憎悪を知っている。

 トオサカ・サクラは―――この世全ての憎悪を知っている。

 なのに、それなのに、アンリ・マユの呪詛で人間全ての悪性を理解しているのに―――実際に、世界を旅して見れば、聖杯の呪詛さえ超えるおぞましい人間共の営みを理解してしまった。死徒や魔術師なんて人間社会が生み出す憎悪の一部分に過ぎず、悪意の歴史そのものが今も紡がれ、人々の屍を量産しているに過ぎなかった。醜く、穢く、下衆で、蒙昧で、気持ち悪く、気色悪く、悍ましい。自分が味わった悲劇など、ただのそこらの悲劇。世界とは悲劇であり、救えない喜劇。

 故に、間桐桜は人間を理解した。

 マキリ・ゾォルゲンがこんな世界を何故救いたいと思ってしまったのか、理解出来てしまった。これを知り、こんなモノを理解してしまえば、例えどうしようもなく無力で、力が足りないちっぽけな唯の人間だとしても、確かに自分だけでも戦い続けなければと強迫観念に囚われる。

 聖杯を使えば、確かに人類が生きるこの世の、全ての悪を滅却出来るだろう。だが、無価値。人間を零にせねば、人類史に刻まれた悪性は決して消えず、それこそこの惑星を一からやり直さなければ―――我らの憎悪は未来永劫消えはしない。

 だからこそ、間桐桜は魔術師としての人生を決定した。

 神父の弟子である魔女が黄金鍵を右腕に埋め込んだように、彼女もまた自分の意志で言峰士人の投影作品を身の内に取り込んでいた。マキリ・ゾォルケン抹殺と間桐家乗っ取り計画の成功後、魔道の師として教えを乞うたのは言峰神父であり、神父から神秘を学んだ時期があることは姉にも先輩にも教えている。その時期に、彼女は神父から“偽聖杯”を授かった。間桐桜もまた神父が創り上げた魔術作品の結晶だった。

 

「私が世界を旅して集めた憎悪の星、大淫婦が背徳―――黄金の杯(アウレア・ボークラ)よ」

 

 子宮と同化させた負の聖杯。持ち主の身勝手な願望を叶える偽物。本来ならば、背徳の都の守護神が持つ権能である故に現代の魔術師に扱える宝具ではなく、士人が投影した聖杯も本物と比較すればガラクタ同然の宝具だった。それでも固有結界の限界が許す限り、彼は聖杯を権能に届かぬ宝具レベルでの創造に成功。それを自分の子宮に埋め込み、霊体と融合させた結果、桜は冬木の聖杯を利用して擬似聖杯として再現した。

 言わば、今の彼女は聖杯で聖杯を稼動させている。マキリとしての聖杯として覚醒した今、黄金の杯も完全に起動開始。聖杯戦争が始まる前であっても黄金の杯によって宝具に匹敵する神秘を獲得していた桜だが、冬木の大聖杯に黄金の杯も本格的に同調した。

 

「私の澱みは緑を犯し、命を残さず覆い喰らう―――」

 

 ―――呪層界(アウレア)黄金偽杯(ボークラ)

 その聖杯こそ、魔術師間桐桜が信頼する魔術礼装。もはや言峰士人の固有結界から完全に独立し、聖杯の泥によって生きた“肉”を持つ生きた概念武装。彼女は自分のスペアをその聖杯を寄代にし、分身した別個体として運用している。故に、肉体が死のうとも聖杯によって彼女は自動的に蘇生する。だがそれだけの神秘では、偽物とは言え聖杯と呼べる神もどきではない。

 虚数空間の侵食領域、世界の汚染。

 彼女を中心に、黒い泥は周囲の森全てを呑み込んだ。木々の一本一本を侵食し、それを擬似的な使い魔にさえし、マキリの聖杯達は泥の侵食を広げる生きた触媒と化した。

 

Meine Hände sind weiß Reinigung(清め給え、聖なる手よ)

 

 その虚数元素と聖杯の呪詛を、イリヤは容易く浄化した。杖を地面に突刺し、自分の周囲の泥を詠唱通りに清めたのだ。他の陣営全てを狙った全体攻撃であったが、元々呪いが効かない者や浮遊能力を持つ者、あるいは範囲外に退去するなど対策を行い彼女の侵食から逃れていた。無論のこと、アインツベルンも無事であり、キャスターが予めエルナとツェリには対呪詛用の術符を聖杯の黒泥対策に渡していた。

 そして―――泥沼より人影が一つ。

 魔術師殺し、衛宮切嗣。あるいは契約により再誕せし―――抑止力。狙いは一人、エルナスフィール・ファン・アインツベルン。彼女をさえ殺してしまえば、イリヤは解放され、この戦局は一瞬で間桐桜が掌握する。

 

「……時のある間に薔薇を摘め(クロノス・ローズ)―――」

 

 その奇襲は完璧で、余りにも迅速で、誰もが“目視”することさえ不可能な絶対的加速領域。例え一撃目の不意打ちを感じ取って対処したところで、もう二撃目を防ぐことは難しく、三撃目さえほぼ同時に襲い掛かって来る。

 

「―――――……」

 

 その全てをエルナは“視認”し、且つ防ぐ。全身を覆う髑髏鎧は単純に固く、例え切嗣の起源が込められた宝具のサバイバル・ナイフだろうと切り裂けず、魔術回路とも今の鎧は繋がっていないので効果も発揮しない。そして、そもそもエルナは衛宮切嗣の起源も、その武器の特徴も既に知っている。ならばこそ、魔術回路を使用した防御などする筈もなく、起源弾のカウンターも警戒して攻撃手段も物理的なものに限定すれば良いだけだ。

 何よりエルナの見切りは人間の神経伝達速度を遥かに超えていた。音速で迫る弾丸を指先で掴むことも、米神に銃口を接触された状態で発砲されても、弾丸が頭蓋を砕く前に避けることも出来る。

 故に、兜の中で彼女は嗤う。

 やっと会えた切嗣お爺様の悪辣な殺人手腕は素晴しく、孫であり、娘でもある自分にさえ容赦がない。

 

「……あ――――――」

 

「――――――」

 

 そう嗤うエルナの背後から、神父が一人。心臓を鷲掴みにし、そのまま綺礼は抉り取った。完全に気配がなく、殺意もなかった。雑草を引く抜く農家のように、言峰綺礼は“不可視”のままエルナスフィールの殺害に成功した。してしまった。アンリ・マユの呪詛で強化した手は簡単にエルナスフィールの鎧を貫き、殺せてしまったのだ。

 ……綺礼とて完全に存在感を失くしていた訳ではない。

 ただの不意打ちならば、綺礼の凶手にエルナは容易く対応していただろう。切嗣の加速に対応した彼女ならば当然のこと。第六感を高ランクで保有するサーヴァントだろうと切嗣の奇襲を防ぐのは難しく、しかしエルナはそれらサーヴァント以上に鋭い第六感と動体視力を持っていた。

 しかし、あの衛宮切嗣が全力の固有時制御の加速攻撃を行った上で、あの切嗣が確実に殺せるようにと命を賭して隙を作り出し、綺礼は不可視の奇襲を敢行した。例えサーヴァントだろうが、それこそAランク以上の直感や心眼(偽)の持ち主だろうと隙の生まれた精神では絶対に対応出来ず、桜の泥沼によって気配察知スキルや魔力探知の類も完全無効化し、切嗣が確実に仕留め殺せるようにと編んだ策。

 狙われた時点でもう遅い―――死ぬしかない。

 エルナスフィールが言った通り、魔術師殺しとはそう言う鏖殺の化身であった。妻を殺した嘗ての怨敵である綺礼さえ殺人道具にし、契約によって得た宝具さえ便利な凶器に過ぎなかった。

 

「―――切嗣、お……じぃ、様‥…ッ」

 

「―――」

 

 兜の中で血反吐を垂らし、心臓を背後から引き抜かれたエルナ。その彼女の眼前には、昔見た写真とかけ離れた姿になった遺伝子上の自分の父親が居た。兜と鎧の隙間、つまり守りが薄い首の部分にコンデンターの銃口を突き立て、感情が一切宿らぬ殺人機械の目で自分を見る実の父親(メイガスマーダー)だけが視界に映った。

 ―――発砲。

 迷う素振りなど一欠片もない。引き金はあっさり引かれた。家族を殺すことなど既に経験済み。悪名高き魔術師殺しの魔弾は、躊躇うことなくエルナの首を引き千切った。

 

「エルナ様ぁ……―――あ、ああ!」

 

 胸に穴が空いて崩れる体、地面へ落ちる白い兜。そして、転がり落ちた兜から、彼女の生首が現われた。泣きそうな表情を浮かべ、血を口から吐き出し―――両目から血の涙を流しているエルナスフィールの首を、ツェツェーリエは見てしまった。

 彼女は走った。死んだ主を見て、主が死んだ現実を認められずに声を洩らしながら、主の屍を目指した。

 

「はい、遅いです。これで終わりっと」

 

 そんな駆け寄ったツェリを背後から斧が襲う。主を目の前で討たれたのだ、動揺を抑えるのは不可能。その隙を穿ち、亜璃紗はツェリの背骨に刃を叩き入れた。泥からの転移によりあっさりと暗殺に成功する。だが相手は戦闘に特化した人造人間、この程度で止まるとは考えず、桜特性の致死性の猛毒と、神経を汚染する麻痺性の猛毒をブレンドした呪毒を刃に塗ってある。そこまでしても死なないと分かっているが、身動きは取れないだろうと理解していた。

 

「ああ―――一歩遅かったですね…………残念です」

 

 刹那、屍になった二人を守るように周囲全てを浄化の蒼炎が薙ぎ払った。陰陽術の攻撃を行った者―――キャスター、安倍晴明。だが、それは絶対に有り得ない。その筈。

 監視用の羽虫で戦局を理解している桜は驚愕し、桜と情報を共有する間桐陣営もまた驚きは同じだった。ランサーからの報告を知っていた者も同様だった。

 

「―――カレンさん……!」

 

 有り得ない異常な神秘、式神による霊基憑依。桜は一目でその仕組みに気が付いた。あのキャスターが其処まで仕込んでいることに寒気がし、だが自分の策がキャスターの策が動き出す前に先手を打てた事を理解した。変わり果てたカレン・オルテンシアの姿を見て、エルナスフィールとツェツェーリエの殺害に成功したことに安堵した。キャスターの死が無くば二人の殺害は難しく、ランサーが作ったこの好機をモノにする為、手駒全てを使った暗殺を咄嗟に行ったが―――時間が間桐桜の味方をした。

 もし、もう少しでも殺害に手間取れば、キャスターが保険としたカレンが二人を確実に助けただろう。

 もし、計画外だからと衛宮切嗣と言峰綺礼の使用を躊躇えば、カレンに自分達は殺されていたかもしれない。

 もし、切嗣がエルナスフィールを殺す為―――抑止力と契約していなければ、これ程素早い暗殺は為し得なかったに違いない。

 本来ならば暗殺に時間が掛かるが、もう少し殺人手段を凝り、自分の手札を切る必要があった。しかし、突如として契約した切嗣によってエルナ殺害が容易く行われ、式神化したカレンは二人の救出に間に合わなかった。現実はそれが全てであり、桜はまるで伝承や神話の様な、気色の悪い奴ら霊長が演出した“ご都合主義(抑止力)”に吐き気がした。

 

「抑止力が、なんで私を―――……いえ、それよりもまずは!」

 

 計画は成した。ならば、桜がすべき事は限られている。奪い取ったバーサーカーを使い、あの狂った死神―――アヴェンジャーは喰い止めている。殺人貴はあらゆる神秘に対する鬼札であり、何が何でも計画の核となる自分へ近づける訳にはいかない。不死のバーサーカーに対する天敵であるが、ライダーの軍勢を失った今、自分の手駒ではバーサーカー以外にアヴェンジャーを長時間喰い止められる怪物はいない。しかし、それも時間が経てば不死の狂戦士が死ぬ確率が高くなる。あれを殺すには、専用の“場”を準備しなければならない。

 

「サクラ……!! この馬鹿キリツグ!!!」

 

 エルナの支配から脱し、正気を取り戻したイリヤによる全力投影。桜たちと、他の陣営にも向けられていたイリヤスフィールの絶対火力の全てが、桜本人のみを狙う。投影された一本一本の宝具が虚数元素を引き裂き、泥の呪詛を容易く払う聖剣と霊刀の軍勢だった。

 士郎も迎撃するも、イリヤの投影する数は倍以上。回路の損傷を気にしない限界ギリギリの綱渡りであり、投影可能な数は士郎の魔術回路を遥かに凌駕する。加えて、イリヤは士郎を一切狙わず、敵首領たる桜唯一人だけの狙った。

 ―――それら全てを、彼は避けた。

 その彼、切嗣は咄嗟に主である桜を腕の中で抱き持った。加速した世界の中、イリヤの剣に掠ることさえなく回避し切った―――が、彼の背後に影が一つ。

 

「―――……」

 

 その加速した時間の中、抱えられた桜の視界は切嗣の背後であり、その死をはっきりと目視した。白い髑髏仮面と黒いローブを身に纏い、アンリ・マユにも負けぬ濃厚な呪詛を発する暗殺者。気が付こうとも声を発する間もなく、対峙するアサシンも真名解放する時間さえ惜しいと即座に凶器を展開する。

 剣の雨に晒される敵を討つ為、自分もまた剣に貫かれる危険を犯す。だが、殺人を為す為の献身などもう慣れた。

 右手からの血毒刀による一閃と同時に、左掌からの血漿散弾。受ければ最後、肉体を溶かし、内部から小源(マナ)を吸収して炸裂する呪毒の火薬。切嗣は桜を抱えたまま刃を避け、血の弾幕を避けながら、降り続けるイリヤからの攻撃さえ回避する。しかし、アサシンの血刀は形状を一瞬で変化し、高速移動する切嗣を追尾する。だが彼は自動拳銃を取り出して鞭を撃ち、迎撃に成功。鞭は液状の血液になって飛び散り、その一滴一滴が針に作り変えられ、更に襲撃を再開する。

 桜は呪層界による援護を考えるも、投影により降って来た剣により地面の泥は浄化され、呪泥による虚数元素の空間転移を封じられたことを悟る。否、イリヤスフィールの狙いがそれなのだと理解した。逃走手段を妨害され、切嗣が幾ら全力で戦線離脱をしていようが、イリヤは彼ら周囲を狙って剣軍を止めずに降り注ぎ続けた。

 そして、周囲全てを敵兵が囲んでいる。

 三つ巴の状態が崩れ、他の陣営全員が間桐桜を狙う状況。このままでは切嗣の固有時制御だろうと捕えられ、詰み将棋のように甚振り殺されるのは目に見えていた。となれると必然、隠しておきたかったが、自分の手札を切る必要が出る。使いたくはないが、しかし、使わずに死ぬ方が間抜けだろう。慎重過ぎて失敗するなど、間桐家当主として恥である。

 

呪層界・黄金偽杯(アウレア・ボークラ)―――」

 

 浄化されようが、より強力な概念を持つ神秘によって強引に具現させる。桜を中心に光を宿さぬ暗闇が広がり、回収しておいた霊基を再度召喚させる。折角捕えた英霊だ、一度死んだ程度で聖杯になどむざむざ焼べるものか。

 

「―――杯の炉より蘇生せよ。我が下僕、ライダーよ!」

























 とのことで、暗黒桜無双編。
 この作品の桜さんは実は旅をしてまして、結構な悪性情報を自分の目で確認しながら収集していました。エミヤやコトミネみたいに人殺しも結構殺害してますが、彼女の場合はエミヤみたいに人が人を殺す前に人を殺すことで事前に大量殺戮や大災害を止めるのではなく、罪を犯した人間を殺す為に殺し、悪性に傾いた魂を自分の子宮に融合させた偽聖杯・黄金の杯に焚べてました。言ってしまえば、自分の足で世界中の地獄を見れるだけ見て、死の苦痛に満ちた残留思念と魂を、冬木の大聖杯でも小聖杯でもなく、自分自身の偽聖杯に礼装を完成させる為に集めていた訳です。士人と言う悪徳神父ソンのお勧めで。
 その過程で、アンリ・マユの泥で人間の邪悪さ、醜悪さを呪詛で知っていながらも、実際に世界を見てみると更におぞましく蒙昧な人間社会を味わい、失望すると同時に歓喜し、人々の苦痛と嘆きを取り込んだ呪詛を通して生身で実感し、らっきょボスキャラである荒耶並に人間の死を体感し、段々と自分の不運が取るに足りない普通の悲劇にしか感じなくなりました。なので、言峰士人が考えた以上に、その神父に匹敵する程の邪悪なる聖杯、そう言う生きた現象みたいな鋼の精神性を至ってます。

 それでは、この長い後書きを読んで頂き、ありがとうございます!

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