神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 セガのパンツァードラグーンの新作は何時発売になるのか。死ぬに死ねない。チーム・アンドロメダ、早く―――!
 後、如何でも良い感想になるんですけど、ぶっちゃけツンデレキャラの声優って個人的には坂本真綾さん何ですよね。いい年代になるんですけど、幼稚園の時からずっとパンドラに嵌まってまして、ツヴァイのラスボス以上に感動する戦いが美しいラスボス戦はないなぁと思ってました。まぁ幼稚園の時は今より遥かに感受性があったので、それも原因なんでしょうけど。それでアゼルが出て、あの大作RPGですよ。自分の中だとシューティングと言ったらパンドラで、RPGもパンドラです。そして、ヒロインが敵役のドラゴン乗りのツンデレキャラで声が坂本真綾さん。更にそして、邪ンヌもツンデレっぽくて敵役ドラゴン乗りで声が坂本真綾さん。もうあれなんですよね、第一特異点でルーラーとして出た瞬間、幼稚園の時から拗らせてる闇が深い性癖的に、手に入れるしかないと言わざる負えなかったんですよ。
 つまりぶっちゃけますと、セガのアーケードでジャンヌ・オルタ―――出ませい!



82.神と血の御加護を

 ―――大聖杯。第三魔法、天の杯(ヘヴンズフィール)

 嘗て、アインツベルンが成した奇跡の残骸。魔法使いがこの世の外側、根源の渦より持ち帰った唯一無二の魔術基盤。

 だが、今となっては過去の話。悪魔の神の赤子が眠る母胎に成り果ててしまった。

 

「……来ますかね?」

 

 仄暗い洞窟の内部。黒い魔力を脈動させる大聖杯は、巨大な空洞を垂らす歪な光源となっている。そして、その大聖杯は既に本来の姿を変貌させ、数十年前に宿してしまった悪神の赤子を孕む肉の塊と成っている。

 剥き出しの目玉が浮かぶ巨大な肉柱―――この世全ての悪(アンリ・マユ)の揺り籠。

 生まれたい、生まれたい、と原始的な衝動が放つ圧迫感は凶悪で殺人的。その場にいるだけで耐性のない人間は発狂し、人間で在ることに耐え切れずに死ぬだろう。

 ……そんな地獄で、その元凶たるアンリ・マユが垂れ流す呪詛を異能力の読心で直に聞きながら、亜璃紗は普段と何も変わらずに切嗣へ疑問を呟いていた。

 

「来るだろうね。でなければ、この世に新たな魂の法則が生じるだけだ。間桐桜が真性悪魔と化し、あの世の代わりとなる固有結界(地獄)を有するとなれば―――」

 

「―――確実に、人間は別種の霊長へ転生することだろう。

 第三魔法を無尽蔵の魔力で行使し、真エーテルを根源の渦より溢れされるとなれば、神代の法則を限定的に組み込むことも聖杯ならば可能だ」

 

 このまま時間が経てば、綺礼が言ったことがそのまま世界で起こることになる。人に神秘を秘匿させたまま、死後の世界だけが具現する。間桐桜の願望が成就した世界では、これより死する全ての人類の魂は彼女の固有結界に取り込まれ、その地獄の中で魂が具現し、地獄の渦を為す亡者と成り果てるだろう。

 永遠に存在する魂―――否、永劫に続く地獄の檻。

 あらゆる悪性を劫火で焼却する理―――この世全ての、悪の廃絶。

 この世は何一つ変わらず。だが、魂だけが真性悪魔のみが有する“(ビースト)”の内側に囚われ続ける。輪廻の環は途絶え果て、やがてこの平行世界全ての人間が真性悪魔(間桐桜)の地獄に堕ちるだろう。

 

「真性悪魔。固有結界って言う魔術は、元々はそれらの持つ異界常識だと聞きました」

 

「人間が持つ自滅因子でもある。言ってしまえば人類史における悪性の癌細胞―――そうだね、あれは紛うことなき人類悪だ」

 

「ほう、人類悪か。ただの魔術師に過ぎないおまえが、随分とこの世界に不可解なほど詳しいようだな。しかし、今のおまえがそうなった理由は分かり易い。

 衛宮切嗣よ―――契約に、何を見た?」

 

 亜璃紗の問いに答えた切嗣の不自然さ。それを見逃す綺礼ではなかった。

 

「ビーストのクラス、と言うらしい。そう言う役割を持ったアラヤの英霊の一種。

 少し余談になるけど、魔術王ソロモンが創り上げた決戦魔術を模したのがこの聖杯戦争でね。僕が知ったのは、その降霊魔術・英霊召喚は本来、座の魂をクラスと言うに匣に押し込めて、大聖杯でも召喚できるように霊格を落とすモノじゃないらしい。この聖杯戦争だと英霊の座に存在する魂の一側面を抽出しているらしいが、ソロモンの魔術では英霊の魂を“グランド”クラスと言う匣で逆に座の本体より霊格を強化し、人類を滅ぼす災厄に対するカウンターとして使役する魔術なんだとか。

 そのグランドと言うクラスで対抗する悪性の具現が、ビーストと魔術世界で呼ばれる霊格らしい。そして、そのビーストこそ、人類史を脅かす害。

 ―――故に人類悪。

 人類を滅ぼす悪ではない。人類が滅ぼす悪である」

 

「ほう。素晴しい知識だ。守護者として昇華されると、そのような座における叡智も得られるのか」

 

「いや、僕が取り込んだこの霊格―――この英霊は、他の守護者と少々役割が違ってるみたいでね。アラヤの守護者として活動しているからこそ、そのアラヤを守る為に必要な知識もまた、こうやって必然的に座へ登録されているらしい。

 本来なら、こんな知識は大聖杯にサーヴァントとして召喚された英霊にはないよ。

 けれど、僕は大聖杯に召喚された英霊じゃない。死んではいるが、まだ根源側の星幽界に還った魂でもなく、この世に存在する人間霊だ。

 言峰綺礼、貴様には理解できると思うけど?」

 

「無論だとも。地獄で拾った息子が七柱の獣の一匹を狩り殺したと、契約した間桐桜から聞いたからな。確か、二十七祖に属する奴だったか」

 

「そいつ、本当なら守護者として召喚された英霊七騎で対処する化け物の筈……なんだけどね」

 

「……あー、それなら聞いたことあります。殺人貴と組んであの神父、白翼公が主催した第六法の儀式を台無しにしたって聞いたけど。その時、死徒のお姫様と真祖のお姫様を殺し合わせる為に犬殺しに成功し、物の序でに世界を切り開いて、星の内側へ還したって本人が言ってた」

 

 神父が殺人貴と結託して行った獣の抹殺作戦。その詳細を亜璃紗は本人から聞いた過去があった。何とも荒唐無稽な、聖杯戦争以上に出鱈目な宴であったとか。

 

「ふむ。相変わらず、我が息子ながら出鱈目だ。まぁ、あのギルガメッシュから、この程度の雑用が出来なくて何が王の臣下か! ふははははははは! と、出された無茶な命令全てを淡々と消化していた。ならば、弱い訳がないと言うことは理解している。

 ……とは言え我ら代行者、それも最高部門である埋葬機関が悲願とする祖の討伐を成功されるとは」

 

 二十七祖と一括りにされる様々な吸血種共だが、その主なメンバーは死徒と呼ばれる吸血鬼。第三位・赤い月のブリュンスタッドを始まりの真祖とする化け物たち。しかし、その中に例外が複数体おり、特に一桁台の幾人は神代の権能の領域であり、それさえも超えている者もいる。しかし、そんな例外の中でも更に例外となるのが第一位・プライミッツマーダーだった。

 

「……良い御身分ですね、皆さん」

 

「あー、桜さん。アンリ・マユはどうですか?」

 

「順調ですよ、とっても。生贄も足りているみたいですし、バーサーカーを殺す必要もないですね」

 

 特に意味のない世間話をする三人衆を死んだ魚の目で桜は見た。切嗣は地面に銃火器と弾薬、その他の暗器や手榴弾を置いて確認と整備をしており、綺礼も同じく法衣に隠した黒鍵の柄を取り易い位置に調整中。亜璃紗はもうやることはないのか、大の字になって寝転んでいる始末だ。

 

「それは良い。バーサーカー、アレもう魂が限界に近いですし。魔力の限り蘇生が出来るからって、代償要らずの不死なんて魔術世界にはない」

 

「どう言うことですか、亜璃紗?」

 

「んー、長くなるけど良い?」

 

「勿論。まだ暇ですから」

 

「そう。なら暇潰しとして無駄情報も語っちゃいますか」

 

 それじゃ、と亜璃紗は呟いて、ホグニから盗み取った過去の記録を思い浮かべる。

 

「彼の蘇生宝具はね、淫売女神の霊薬と呪いなんだ。確か、その女が細工師のドワーフからブリーシンガメンって首飾りを貰おうとして、その対価として女神の肉体を望んだんです。それで何人ものドワーフと滅茶苦茶セックスしてその女神様……えっと、フレイヤって名前の神様は首飾りを手に入れた。

 それでまぁ、ここで話が終わればセックスしてはいちゃんちゃんってなったんだけど、ロキって言う邪霊が主神オーディンに告げ口したんです。この女、ドワーフたちと宜しくやって首飾り手に入れましたよって。それでマジギレしちゃったオーディン様が更にロキにその首飾りを盗んで来いって言って、フライヤはちゃんと対価を払って手に入れたブリーシンガメンをロキとオーディンに泥棒された訳です」

 

 女神が欲したブリーシンガメンの首飾り。実はベオウルフも手に入れた過去があり、死の定めを持つ者に渡る曰く付きの呪物でもある。

 

「まぁ、ロキとオーディンが揃うと録なことは起きませんよね。ファヴニールに生け捕りにされた神代前代未聞の神様身代金事件も有名ですし」

 

 数ある竜種の中でも有名なファヴニールだが、この竜は純粋な竜種ではない。神話で語られる主神と邪神を同時に敵へ回して勝利を得る程の、権能の持つ神々を打ち破る強力な妖精の魔術師だった。その人物が呪われ、狂い、魔物と変貌したのがファヴニールと言う元魔術師だった竜である。

 邪竜と呼ばれるが、その発生を考えれば彼本人は邪神の手で騙され邪悪なる竜へと転生した人間であった。

 

「ファヴニールもファブニールで、ホグニ王と同じくこの神様二柱の被害者なんだけど……まぁ、いいや。それでオーディンはブリーシンガメンを返して欲しければ、ヘジン王とホグニ王を永遠に殺し合わせろとフレイヤに命じましてね。

 ……その為に使われたのが、彼の宝具になっている霊薬です。永遠に殺し合うには、殺し合わせる者達全員を永遠にしなくてはいけません。不死となったのは王様二人だけではなく、その配下の兵士全てに施されたって訳です。だけど不死にしただけでは、二人の王を殺し合わせるには足りません。殺人の為の、戦争を行う為の動機が必要です。

 人間に変装したフレイヤはヘジン王に霊酒を飲ませて、ホグニの妻を殺し、娘のヒルドを略奪するように仕向けました。ヘジンは女神に操られてホグニの妻を殺し、その娘を拉致しました。彼自身にはそんな意志はなかったけど、気づいた時にはもう全てが遅かった」

 

 恐らくヘジンがサーヴァントとなれば、ホグニと同じ不死の宝具を持つことになる。それと自分を狂わせた人を操る神酒も宝具と化すことだろう。

 

「激怒したホグニは戦争を望みました。そこでまたフレイヤがホグニに魔剣を渡してまして、それがダインスレフと言うドワーフが作った神造兵器です。

 曰く―――一度鞘から抜けば、血を啜らぬ限り鞘に戻ることはない。

 勿論、ホグニはヘジンを殺す為に魔剣を抜きました。騙されたと訴えようが、ダインスレフを引き抜いたホグニにヘジンの言葉は届きませんし、元から滾っていた憎悪は引き返せない呪いとなってました。とある島で戦争を始めたホグニとヘジンの両軍ですけど、彼らは二度と勝つことも負けることも出来なくなってしまいました。

 ……フレイヤはね、ホグニの娘に先程も言った霊薬を渡していたんですよ。この薬が有れば、戦いで傷付いた父を救うことが出来ますよって」

 

 切欠事態は女神フライヤの欲望に端を発した事件。しかし、原因はそれだけではなく、主神オーディンと邪神ロキの両名の悪意によるところも非常に大きい。実行犯はフレイヤであるが、主謀犯はオーディンであり、密告をしたのはロキだった。オーディンの悪辣さを理解しながら、ロキはフレイヤの秘密を暴いたのだ。

 

「―――これにて、永遠に続く神造の地獄は完成しました。

 女神が操って行わせた殺人と誘拐。

 女神が与えた魔剣による殺戮衝動。

 女神が渡した霊薬が汚染した生命。

 全てが神のからくり。人間を玩具程度にしか考えぬ神々が、永遠の地獄を、永遠に楽しめる娯楽品にした訳です」

 

 あの神々に罪の意識などない。ホグニはそれを知っている。英霊となり、魔剣の支配者として完結した今のバーサーカーにとって、憎悪の根源とはそれだった。無論、一番憎いのは美の女神。だが自分達の地獄を望んだオーディンと、地獄を楽しむロキに対する憎悪もまた彼の魂を狂わせていた。感情では邪悪なる美の化身こそ憎しみ尽くしているが、理性では真に醜き邪悪はオーディンだと理解していた。そして、地獄を喜ぶロキは言うまでも無い悪の権化。

 ―――死ね。

 ―――殺す。

 ―――鏖す。

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――と、止まらず蠢き轟く狂気。それこそバーサーカーの正体そのものだった。 

 

「まぁ、彼の逸話は大体が女神によるものってこと」

 

「その逸話はそれなりに知ってますよ。酷い話ですよね。女神は女らしい女ですから、本当にもう酷いとしか言えません」

 

「うん。聖杯戦争でも女神系英霊は基本絶対暴発する地雷ですから。まー、前回のライダーは結構な当たりっぽいですけどね」

 

「―――亜璃紗」

 

 この世全ての悪が煮詰まったような、灼熱とした瞳。義理の娘に向けるべきではない桜の眼光は、魔力を込めずともそれだけで魔眼として機能している程の、煉獄みたいにおぞましい眼であった。

 

「ごめんなさい、桜さん。そこは関係ありませんでしたね。それでね、バーサーカーが宝具を運用する為に必要なのは魔力だけじゃないんです。

 重要なのは―――憎悪です。

 魂が無尽蔵に発する憎悪を魔力に混ぜて、その黒い魂の衝動で魔剣を操っている。しかも、死ねば死ぬ程、霊薬はバーサーカーを甦らせ、その度に女神に対する憎しみを再確認します。魔剣は更に憎悪を滾らせ、魔力は復讐に燃え上がります。結果、引き起こるのは無限に連鎖する報復行為。蘇生の度に魔剣に必要な憎悪は生まれ、女神の魔剣で敵を殺せば更に憎悪を発する。

 ……確かに、バーサーカーは理性的です。狂化などと言う人工的な憎悪は無価値です。何故なら、彼の魂は極大の憎悪を今も生み出し続けていますから。

 ―――けれど、それにも限度があります」

 

「あの狂気をまともな理性を残したまま運用し、憎悪を理性的に受け止めている。そんなこと、何か無理をしていないと出来ないことなのは当たり前ですね」

 

「そーいうことです。あのまま続けば、憎悪だけで機動する大量虐殺兵器に変貌します―――聖杯が用意した器が自壊するまでね。私も令呪で狂わせれば、霊薬で蘇生し、魔剣で魔力を補う無限機関になるってのは最初から理解してましたが、それもお門違いでした。

 ―――そもそも、無限になど耐えられる筈も無い。

 バーサーカーの魂が持つ憎悪は、サーヴァント程度の器に納まる呪いではありません」

 

「成る程。聖杯に呪われたバーサーカーが持つのは、憎悪の果ての自壊って訳ですね」

 

「―――是、である」

 

「バーサーカー、居たのは分かってましたが、聞いていたなら雰囲気で訴えて下さい。気配消してないで」

 

 アンリ・マユの呪詛に並ぶ程の憎悪の怨念。周囲に狂気を垂れ流しにするバーサーカーだが、今はとても静かであった。しかし、心を盗み見る亜璃紗だけは、この瞬間もバーサーカーの憎しみが内側で狂い蠢いているのを察していた。

 

「すまんな。話を遮るのも無粋と思った。しかしな―――ふむ、貴公が聖杯を叶えれば、我の願いも叶う。その願望にも関わる話をしていたとなれば、聞きたくなるのが人情だ」

 

「あー、それね。バーサーカーの新しい願いもまた、結構突拍子もなかったけど」

 

「うむ―――神々を、許されぬ永遠の地獄に落とす。

 間桐桜よ、貴公が地獄と変貌すれば、この我が抱いた叶わぬ筈の怨念も身を結ぶと言うことだ」

 

 如何に万能の力を持つ聖杯であろうとも、そもそもその聖杯以上の神代の神秘を振う神霊本体を捕えるのは不可能だった。バーサーカーもそれは理解していた。もし聖杯戦争にサーヴァントとして霊格を落として召喚された分身体の神霊ならば、バーサーカーもその神霊を嬲り殺しにし、鬱憤の一厘のそのまた一厘程度は晴らせるかもしれないが、そんな程度では殺戮を行う価値がない。

 しかし―――間桐桜はホグニに夢を見せた。

 聖杯戦争では、殺し合いを楽しむ為に参加した。人を殺したり、戦いの果てに殺されることが望みだった―――だが、それは彼の狂気の本質であり、ホグニと言う人物が抱く願望ではなかった。たかが聖杯程度の礼装で叶えられる願望ではなかった。

 ……間桐桜がいなければ、だ。

 報復王ホグニは確信している。例え自分が死のうとも、この魔女が願いを叶えれば、生前のあの地獄、あの不死の島で願った本当の報復―――神々を苦しみ悶えさせ、自分と同じ地獄に叩き落としてやりたいと言う悪夢の実現を。

 大聖杯で以って真性悪魔の固有結界(永遠の地獄)になった後、この平行世界の人間が滅び去るまで、彼女は淡々とこの世全ての人間の魂を収集し、地獄の中でこの世全ての悪の焼却を完了させるだろう。そして、やがて違う平行世界の宇宙に渡るか、あるいはこの宇宙の何処かにいる知的生命体も餌食にするのか分からぬが、文字通り彼女が知覚し得る全ての世界の悪を滅却することだろう。その果てに大聖杯以上の神秘(地獄)に成長し、根源の渦さえ通り抜けることが出来れば、あるいは―――現世から逃げた屑共を一人残さず間桐桜は地獄に落とし込む。あらゆる罪を、悪を為す悪を、真性悪魔(ビースト)と成り果てた魔女は逃しはしない。

 最高だった―――正にホグニが望む悪夢だった。

 この世全ての悪を滅する。それは邪悪を成した神々さえ例外になし。

 今の間桐桜はソレだった。実に荒唐無稽な、魔術師が夢見た世界を実現させる魔女だった。

 言峰士人が彼女の内側に見た狂気―――悪魔の魂、つまりはアンリ・マユを喰らう魔女なのだ。

 

「奴らはな、我を不死に変え、地獄に落としただけではないのだ。

 ―――唯一愛した女を、あの屑共は無慚に殺めた。我が娘ヒルドもまた我と同じ不死に変えた。分かるか、ヒルドは我を助ける為に霊薬を使い、それが不死の引き金となるよう騙され、更には地獄を生み出した罪をあの屑女に擦り付けられた。

 ……ヘジンは友だった男だ。奴ら塵共は、我の友人に我の妻を無理矢理殺させた。娘を誘拐させ、戦争が起こした罪を擦り付けた。

 未来永劫、この世が滅び消えようとも―――我が憎悪は決して絶えぬ」

 

 罪は清算しなければならぬ。救いなど罪人に与えてはならぬ。償いなどと言う善行を、奴ら邪悪なる人外の獣に許してはならぬ。

 ただ―――殺す。

 殺して、殺し続け―――ただ、苦しめる。

 悪は悪として、獣は獣として、罪人は罪人として―――死しても変わらず、永遠の中で死ねばいい。

 

「人間にはな、その魂に尊厳がある。魂から、己が心から、尊厳を失くしてはならぬ。獣に堕落しようとも、亡者となって生者の命を喰らおうとも、失くしてはならぬ物がある。

 故に―――許してはならぬ罪がある。

 それが君臨者の法で定められているからと、家族を殺された者ならば、罪人はその者の手で殺さねばならぬ。それが神の言葉で決められたからと、子を地獄に落とされた者ならば、罪人はその者の手で地獄に落とさねばならぬ。それが倫理や道徳に反しているからと、誰かを憎悪の塊に変えた罪人がいるならば、罪人はその者の憎悪の炎で焼き殺されねばならない。

 人として間違っているからと復讐を諦めるのはな―――それこそ、尊厳を有する人間ではない。

 言葉や記号で自分の憎悪に歯止めを掛けるのは、ただの虫だ。この霊長と言うアラヤに従うだけの英霊ならば、それは群れの意志を絶対とする昆虫と同じである。

 ……虫から尊厳は生まれない。

 心の底から虫となれば人間には二度と戻れない。

 己の憎悪を全て受け止め、己の復讐を義務としてこそ―――ヒトの魂である」

 

 バーサーカーは憎悪に狂った不死の化け物だが、尊厳のない虫ではなかった。彼は生粋の復讐者。本来ならば、殺人貴以上にアヴェンジャーのクラスに相応しい。

 

「同感ですね。人は虫ではありません。私もまた、虫で在ることに耐え切れなかったから、この第六次聖杯戦争を起こした。

 大聖杯の覚醒もそろそろです。ふふ、でもその前に―――」

 

 使い魔の虫で監視している衛宮の邸宅で動きがあったのを確認した。ここからは真正面からの総力戦だ。勝っても負けても、これでこの戦争が完結する。

 

「―――聖杯戦争を終わらせましょう」

 

 

◇◇◇

 

 

「―――はい、これ」

 

「……え。なにこれ?」

 

 凛から唐突に湧かされた品物を見て、綾子が困惑するのも無理はなかった。透明な試験管に入った赤い液体―――人間の血液だろう、それ。

 

「アーチャーがね、何かあればそれを貴女に渡せって。まぁ、使い方は見れば分かるでしょ? アーチャーの正体も一目すれば、貴女なら見抜けるでしょうし」

 

「へぇ―――あのあたし、そこまでど外道なんだ。過去の自分に、人間を辞めろと?」

 

「でしょうね。力が欲しいなら、選べってこと。私は正直渡したくはなかったけど、遺言は守らないと。それに私達の年齢も良い大人。周りの環境の程度の差はどうあれ、長い時間を掛けて自分自身を育て上げた自己があり、その在り方を良しとする自分がいる。

 ……だったら、自分の生き方くらい責任を負わなきゃね。そうじゃないと生きてたって楽しくないじゃない」

 

 ―――と、言われて渡された“モノ(劇薬)”を見た。主な媒体はアーチャーの血液なのだろうが、他にも魔術薬品を溶かしているのも解析して分かっていた。

 飲めば肉体が強くなる、と言う次元の霊薬ではない。

 自分以外の何かに生まれ変わる程の、劇物となる魔薬だった。

 憑依魔術の応用で、血液に内包された過去の記録が自分を上書きする。戦闘経験、殺人技術、魔術技能などの情報の坩堝。それだけではなく、これから自分が歩む未来と、その果てに辿り着く境地。込められているのは、自分自分の何もかもであり、あらゆる答えでもあった。

 

「…………」

 

 躊躇う必要もないな、と言葉にせず心の中で綾子は呟いた。試験管の中に入っている激毒を一口で呑み干し――――――地獄を、見た。

 彼の英霊の遥か過去の、そしてこの世界における遥か未来の真実。

 ―――契約と、代償。

 阿頼耶識の正体と、人類史の本質。

 超能力を得る為の資格と、人間を運営する人でない霊長の意志。

 言峰士人(コトミネ)―――死灰と呼ばれる者。

 美綴綾子(ミツヅリ)―――英霊狩りの隷属者。

 全てに意味があり、価値があり、何もかもが仕組まれた流れ。世界を運営する為の犠牲であると言うことは、人理を運営する為の動力源であると言うこと。

 ―――地獄。

 人が人を殺していた。人の為に、人に人が殺されていた。

 自分に超能力が発現したのも同じだった。ヒトの為に、人殺しを為し得る力を阿頼耶識から与えられた。

 全ては英雄達を狩り殺す為の能力だった。社会の為に、邪魔になった功労者を排除するシステムだった。

 結界殺しの魔術。

 弓兵殺しの異能。

 英霊狩りの戦術。

 完成した英霊(自分)の力は、コトミネを殺すことに長けていた。エミヤを殺すことに長けていた。トーサカを殺すことに長けていた。マトーを殺すことに長けていた。メランドリも、ダンも、フラガも、シエルも、デスも、殺せない者がいなかった。

 ―――自分と関わり合いのある全員を、殺すことに長けていた。

 遥か未来の自分は、コトミネを殺していた。あの神父との間に出来た娘もいたが、父を殺した女に育てる権利はないとオルテンシアに預けた。

 あの邪悪な女に呪われ狂わされたエミヤを、殺していた。黒く染まり、獣の数字を背負ったアイツに理想はなく、正義など無い行いしか出来なくなり、あれには正義しか残されていなかった。

 魔法の魔術基盤の強奪を成したトーサカを、殺していた。妹の死に様に耐え切れず、世界と世界の間の鏡面境界に生まれた特異点は、やがてこの惑星を遊星に変化させる程の悪夢であった。

 大聖杯の覚醒に成功してしまったマトーを、殺していた。真性悪魔の固有結界となった彼女は地獄となり、その地獄を斬り開ける者はバビロンの鍵を有する自分だけであり、地獄と共に自分は成り果てるしかなかった。

 血の祝福―――それは地獄の結末だった。

 座に登録されたミツヅリは、アラヤと契約を結んだあらゆる平行世界におけるミツヅリの集合体。つまるところ、自分が経験するだろう全ての可能性に満ちた地獄の記憶を持っていた。他にも様々な、誰かを殺す光景と、違う結末に至ったあらゆる誰かの地獄が映っていた。

 師匠を殺した。

 友人を殺した。

 仲間を殺した。

 恋人を殺した。

 家族を殺した。

 殺した殺した殺した殺した殺した――――! なんのために?

 

「―――ぁ…………!」

 

 社会の為に、人類史を維持する為に、人間が人間を運営し続ける為に―――守護者とは、守護者に成る生前から、ただの奴隷に過ぎなかった。あらゆる英霊の運命が、遥か未来に訪れる結末によって決定されていた。

 ―――コトミネ。

 奴こそ、自分が超能力を得る資格を持つ元凶。

 誰かが欠けている生前の記憶があり、何かが足りない死ぬ前の記録がある。しかし、あの男が登場しない平行世界の自分は、守護者として契約など結んでいなかった。

 結界殺しの力とは、コトミネから与えられた黄金の鍵による魔術。

 弓兵殺しの力とは、人理の脅威となる者への対抗策として与えられた超能力。

 英霊狩りの力とは、人理に反旗した英霊を守護者として殺し続けて得た戦術眼。

 あの未来の自分が持つ能力全てが、それらを得る原因となった者は一人だけだった。奴が、奴だけが、何であんな男だけが、ミツヅリにとってあの英霊だけが――――――

 

「ぅ、ぅ………ぁ、あ、あああ――――」

 

「どうした、美綴?」

 

 

 

 ―――後ろから、コトミネの声がした。

 

 

 

「……ただ事ではないらしいな。まるで、あのアーチャーみたいだ」

 

 彼は綾子に義手の左手で首を絞められ、右手に持った拳銃の銃口を心臓の上から押し付けられている。

 

「言峰―――アンタ、アーチャーのアタシの殺し合ったんだよね、アサシンと一緒に?」

 

 血に残る記録には、あの場面の光景が存在していた。自分のことを最高傑作と笑い、喜び、愉しむ言峰の姿があった。

 

「肯定しよう。俺はお前に敗北した」

 

 士人は床に落ちた試験官を視た。自動的に解析魔術を行い、それに付着していた血液から綾子に起きていることを理解した。

 ―――素晴らしい。自分の様な泥人形(人でなし)の弟子にしては上出来過ぎる。予期することが不可能な出来事こそ、士人にとって何よりもの娯楽だった。

 

「ああ、そっか。んじゃ、アタシのこの憎しみを理解してるってことだよね?」

 

「無論だとも―――お前こそ、私の最高傑作だ」

 

「………ッ――――――!!!」

 

 この外道を強引に彼女は床へ叩き付けた。その後、仰向けに倒れる士人の上に跨り、両手で呼吸が止まる寸前まで首を絞めた。

 ……互いの呼気が分かる程、綾子は士人へ顔を寄せた。

 そして、士人は抵抗する気が全く無いのか、両腕を床に置いて絞殺される前だと言うのに無反応だ。

 

「へぇ、良い挑発するじゃない。アンタの人格知ってる筈のアタシでも、頭に血が昇って視界が赤くなったよ」

 

 彼女は男の煮え滾った黒い太陽みたいな眼を覗き込んだ―――だが、何の感情も映っていなかった。自分の命に執着がなく、自分の状況に興味がなく、ただただ美綴綾子と言う娯楽品を衝動的に愉しんでいるだけだった。

 

「成る程、憎いか?」

 

「憎いけど、同じくらい哀れさ。言峰士人、アンタには何も無い。人の心が理解出来ず、自分の心も空っぽな人真似事にしか機能のない泥人形だ。

 有るのは唯一つ、人間と言う娯楽品を愉しむ衝動だけ。

 アンタは人間の何もかもが楽しくて、こんな人殺しばかりの腐った世界が更に腐って滅びに向かうのが楽しくて―――人間個人個人の、足掻き悶える姿が大好きだから楽しんだ。

 だから、アンタは強い在り方の人を尊ぶ。その人が行う所業が楽しいからな。

 理想に苦しむ衛宮なんて、ただアイツが生きているだけでアンタに利益を生んでいる。遠坂だって諦めないで苦しみ続けるから、アンタは何時も無償で助けてあげようとする。間桐もそうなんだろうな、救われないで生き苦しむ姿が美しいから何時もアイツの望みを無視しなかった。

 ―――アンタにはそれだけしかない。呪いで、その狂った衝動を愉しむだけで、心の中には何も無い」

 

「良いな、お前は良き理解者となった。無論、お前もまた私にとってそれらの同類だ。お前達のような者と居るとな、まるで失った筈の感情が甦った気分になるほど楽しくて、心の中身を失おうとも自分が其処らに居るだたの人間なんだと実感できる」

 

「―――それだけか!」

 

「それだけだ。それだけしか実感できない。まだ足りないのか、あるいは―――もう、私の感情は死んで甦らないのか。

 分からない。何が分からないのかが、何が足りないのかが、私には分からない。

 しかし、それでも実感出来る衝動がある―――お前たちだ。

 全力で生き足掻き、何かを求道する人間こそ、私にとって最高の娯楽となる。中でも、衛宮のような、美綴綾子(お前)のような、特異な魂が強く光り輝く地獄にこそ、私が求める得も言われぬ感動が存在する」

 

「この、この……っ―――アンタは!」

 

 何も変わっていなかった。血の記憶のアイツと、目の前のコイツは何一つとして違いがなかった。

 

「―――……どうして、アンタはずっと空っぽなんだ。

 この世界を旅して、死ぬしか無かった人々を助けて、色んな人と関わりあったんだろう。多くの人を助けて、殺して、それでもアンタはあの地獄では間違いなく英雄だった」

 

「私も無念だよ――――自分が世界を救っても、何一つ感動はなかった」

 

 文字通りの無念なんだろう。その己が所業に、一欠片の念も見出していない。それが残念だと、何も思わずに笑うのだ。

 

「だが、そんな結果は苦悩にも葛藤にもならなかった。私は、私が何をしても価値がない。この求道に終わりはなく、答えはないのだと実感出来つつある。

 私は―――生きていない。

 人の形をして、呼吸しているだけの“物”だ。

 けれどな、そんな求道にも見出せた娯楽があった。自分では駄目だっただけなんだ。他の誰かが苦しみながら、こんな世界を救う姿は非常に感動した。人間の魂が地獄で炸裂し、走馬燈となって輝く姿を見た瞬間―――この身が、この呪いから祝福されていた」

 

「アンタからすれば、アタシも所詮はそれかよ……っ―――」

 

 殺人貴に殺された綾子の左目は偽物で、ただの生きていない無機物だった。しかし、彼女の右目は生きていて―――まだ、涙を流すことが出来ていた。

 ……神父の顔に、左目からだけ流れる涙が落ちた。

 そして士人は心底から自分が人でなしだと自覚していた。こんな自分の所為で涙を流す女が近くにいて、それを眼前で見ているのに、何も思う事が出来なかった。実感出来るのはやはり、呪いによる悦楽の祝福だけだった。彼の心の内側に溢れ出るのは、涙を流す愛弟子が美しい―――と、そんな下劣な感動だけなのだ。

 

「―――まさか。お前は私にとって一番の特別だ」

 

 彼は両手で彼女の両頬を包み、あの英霊にした告白を綾子にしようと決めた。

 

「私は―――お前を愛そうと足掻いていた」

 

「…………………」

 

 けれども、愛の告白なんて綺麗な言葉には程遠く、それは諦観に満ちた―――懺悔の言葉であった。






















 前書きで本音を書いてしまいました。後書きで謝ります。
 バーサーカーは大体あんな雰囲気です。アヴェンジャーで召喚されますと本気でヤバい奴になります。ギリシャ神話と似て北欧神話も大概ですよね。オーディンが悪いよぉ、オーディンが。そして、戦犯&愉快犯のロキも居る上に、フレイヤなんて厄ダネも。
 美綴さんはミツヅリさんに成りつつあり、ちょいアカン未来を知ってしまいました。とある平行世界ですとキアラさんが真性悪魔としてフィーバーして、それを綾子や言峰と協力して殺し、彼女を倒す代わりに獣っぽいクラスに呪われたエミヤさんとかも地味に綾子は狩り殺しています。


 え、され竜アニメ化、マジで。まともなのは僕だけか! でも実に“愉”しみだ……ってことは、薔薇マリのアニメ化も期待し続けても良いのかな。

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