神父と聖杯戦争   作:サイトー

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 FGO1.5部・第三章、侍達の果し合いがそろそろ始まるみたいです。記憶喪失のおじさん出るんだろうか、むしろ出てこい。出来れば人斬りヴィラン系で。個人的には剣聖の上泉さんとか、柳生一族とか、伊藤さんとか塚原さんも気になる雰囲気です。忍者もありでしたら、邪悪なる武田信玄の企みでトイレ使用中に暗殺された人とかも大いに興味ありです。
 アポも遂にあの場面まで辿り着きましたし、主人公の物語も始まりましたね。FGOでもしアポコラボあるなら、出来れば狂とか復で猪姐さん出て欲しい。


84.狂おしいならば

 言葉にはしなかったが内心、復讐を味あわせてやると憎悪は苛烈に煮え滾っていた。それは今回の聖杯戦争で最終的には同盟を結んだ友人の遠坂凛も同じだろう。魔術協会最強の封印指定執行者―――バゼット・フラガ・マクレミッツはそう考えていた。

 ―――ランサーを殺された。

 戦士の矜持も関係無く、障害物を除く様に処理された。

 それは凛と契約を結んでいたアーチャーも同じ筈。短い間とは言え、互いに命を預けていた相棒を爆破され、呆気なく殺害された。

 許せない。否、むしろ許してはならない。

 魔術師ならば無価値な思考だ。根源到達の為ならば……いや、根源に到達出来る可能性を増やす為に、魔術師に生まれた子はその精神に倫理観を持たないよう親から育てられる。呪いのように、自殺するように、魔道を無機物に求めて死に続ける現象となる。しかし、バゼットは違った。彼女の家は神代から続く絶大な神秘を誇る古い一族だが、古過ぎる故に、そもそもフラガの家系はそこまで根源到達を求めていない。その家で育った彼女には、一般人からすれば人殺しなのだろうが、それなりの人間性があった。それに人殺しとは言え職業的な殺人行為なので、例えるなら死刑執行人や犯罪者を射殺する警察に近いもの。実践で魔術を鍛えることが第一目的なのは事実だが、大量虐殺を行う封印指定の抹殺も社会正義と言えば社会正義なのだろう。

 つまるところ―――許せない事柄は、彼女の人間性が許せない。

 仕事の相棒を、尊敬していた英雄を、交友のあった恩人を殺された。それに対して何も思わないのは、そもそも人間じゃない何かだろう。

 

「――――――」

 

 大聖杯が眠る柳洞寺に向かう集団の中、バゼットは気配を隠しながらも、殺意を念入りに研ぎ澄ませていた。魔術師として修羅場を潜って成長し、宝具(フラガラック)も覚醒し、圧倒的な白兵戦能力も加味すれば、人間の身でありながら既にサーヴァントと真正面から殺害可能な領域に彼女はいる。

 ……その彼女からして、あの山は絶対的な死地となる。

 まだ離れていると言うのに、余りにも醜悪に煮込まれた呪詛と、邪悪に轟く黒い魔力と、おぞましいまでに膨れ上がった存在感を感じ取れる。この圧迫感は数年前に参戦した死徒の儀式で出会った邪悪なる化生共に匹敵する。本来ならば頼もしい筈のフラガラックを仕舞った鞄の重みが、今はとても軽く感じてしまう。ルーンが刻まれた革手袋と防護服と皮靴の魔術礼装を装備し、高い防御力を持つ刻印魔術特製外套も羽織っているが、その決戦用の武装も何時より頼りない。

 

「……ダン。まさか封印指定になった貴方とここまでの期間、これほど共闘することになるとな思いませんでした」

 

「オレが封印指定にされ、今ではお前が執行者筆頭の冠位魔術師だからな。このような有事でもなかれば有り得ないぜ」

 

 アデルバート・ダンもバゼットと同じ様に考えていた。標的は死徒連中が可愛く見える程の、余りに強大な魔女とその仲間の化け物たちだ。揃えられるだけの銃火器と魔術礼装と概念武装を持ち込んだが、火力不足をダンは実感している。何時もなら殺し屋として外から見えないよう隠し持っている銃火器も、コートの中に隠せない分の得物は背負って運んでいた。

 葬浄弾典(コルト・パイソン)対幻想種回転式拳銃(ジャイアント・シューター)改造自動拳銃(AMTハードボーラー)水平二連散弾銃(ソードオフ・ツインバレル)短機関銃(H&K MP7)怪物専用狩猟銃(ウェザビーMkV)片刃刀(マチェット)と言ったダンが冬木に持ち込んだ全ての武器。そして、懐に入れた沙条綾香製の魔力回復剤。今の彼ができる完全武装である。

 服装は黒スーツに茶色のトレンチコートは普段通りだが、今の彼は更に丸型の色眼鏡(サングラス)も付けていた。まだ魔術師として未熟だった時、吸血鬼が持つ魅了の魔眼や、魔術師の魔眼による精神干渉魔術と言った魔眼対策として付けていたもの。そして、魔術師として完成した今の彼にとってこのサングラスは一種の自己暗示。殺し屋としての仕事ではなく、一個人として誰かを無償で殺害すると決めた時、アデルバート・ダンは自然とこの対魔眼用に作った眼鏡を付ける習慣を持っていた。

 故に今のこの男は手段を選ばず、殺す為にただ銃を撃つガンマンである。

 ……とは言え、それはバゼットとダン以外の者全てに言えた。全員が出来るだけの準備を整え、柳洞寺へ向かい進んでいる。勿論、沙条綾香の姿はその中にはいない。彼女は契約だけを果たしてとっとと安全地帯に逃走したが、同じく逃げる筈だったイリヤとカレンはこの戦場に居る。本来この二人にサーヴァントを相手にして戦い抜く力はなかったが、その千里眼で何処まで未来を見通していたのか、あのキャスターは二人にサーヴァントを殺し合える程の力を与えていた。

 衛宮切嗣の狙撃と罠を警戒し、車に乗ることをせず、徒歩でペースを保ちながらも進み続ける。

 月の輝く夜の世界。

 足音だけが街中に響き、街灯が暗闇を照らし、山までの道を示している。罠を警戒しながらも進み続けた一向は森の中へ入った。

 

「―――此処ね」

 

 自然と魔術を合わせて隠された洞窟の入り口。凛は容易く見付け、セイバーを先頭に迷わず突き進んで行った。洞窟の中は完全な暗闇ではなく、仄かに壁が発光し、空間を薄暗く照らしている。それがより不可解で不気味な気配を生み出し、大聖杯から漏れ出す呪いの太源に満ち、この洞窟自体が一種の異界であることが肌で感じ取れてしまう。

 洞窟を進むと少しだけ開けた場所に出た。結界と呪詛により太源が制御されているのか、まるで血管のように地面、壁、天井に呪詛が奔っている。呪詛で刻まれたサーキットは擬似的な魔力回路であり、この洞窟を悪魔の胃袋と同じ性質を持つ空間へと塗り潰している。

 ―――地獄の釜の底。

 異界化された空間。現世から隔離された大聖杯の領域。

 

「こんばんは。今日は月が綺麗で良い夜ですね、皆さん」

 

 その支配者―――間桐桜。

 

「……桜」

 

「あら、姉さん。何時も怖い顔が引き攣って、もっと怖い顔になってますよ?」

 

「おふざけに付き合うつもりはもうないわ。桜、私はね―――あんたをブン殴りに来たの」

 

「良いですよ。殴れるものならね。でも、そこで殺すとは言わないんですね」

 

「私はもう開き直ったのよ。出来ない事を出来るって言わないようにしてるの。でも勢い余って殺しちゃったらごめんなさいね。

 ……本気、出すから」

 

「―――まぁ、素晴しい。でもそれだと、まるで先輩と同じ正義の味方みたいですね」

 

「―――言うわね、アンタ。その口ぶり、まるで何処かの神父にそっくりよ」

 

 口が裂けたと思える程の邪笑だった。桜は悪魔に取り憑かれた魔女のように、人を呪うように微笑んだ。今更主義主張を言い合うこともなく、桜は凛達が先手で行動するよう言葉さえ発して隙を晒していたのだが、どうも此方の策を迎え撃つ様子を確認した。

 上手くはいかないなぁ、と桜は残念に思った。しかし、相手の出方が分かったのならば、大聖杯を防衛する自分達がすべきことは限られる。アサシンやアヴェンジャーを気配遮断で聖杯まで先行させている様子もなく、太源の呪詛と繋がっている今の桜なら洞窟内全員の居場所を“魂”そのもので感知可能。変化による擬態だろうと、人形による囮だろうと、霊体を分けた分身だろうと無意味である。例えランクEXに至るアサシンの気配遮断であろうと、圏境による存在感の消失も見破るだろう。桜のそれは呪詛と魔力を虚数空間で満たすことで、言わば圏境による気配感知と似た能力を発揮していた。

 

「亜璃紗、彼女たちの起動を。先手は此方に譲って下さるようですので」

 

「ええ、桜さん。始めましょう」

 

 既に殺意は伝えている。聖杯戦争に参加しているのだ、当然の話だろう。亜璃紗は準備していた彼女たちに指令を刻み込み、システム化した戦闘機動をコマンドする。悪神の聖杯ならざる聖骸とも言うべき生きた屍を操作した。

 三十八柱の使い魔。桜が従がえるマキリの聖杯。

 黒化天使―――否、黒騎使徒。

 聖杯に封じられたキャスターのサーヴァント―――安倍晴明。その宝具、十二天将(じゅうにてんしょう)

 その神秘を聖杯をさながら令呪代わりに悪用し、桜は自分の虚数魔術を応用して宝具を擬似行使した。自分の使い魔として運用していた黒化天使達に式神を利用し、英霊の情報を憑依させることで模擬召喚したのだ。これ程までの魔術の腕前は確実に封印指定か、それを越えた神代の魔術師にも匹敵する程だが、もはや悪神の魔女となった彼女に聖杯関連で不可能はない。

 大聖杯を完全に支配し、小聖杯を取り込んだ間桐桜に全知全能に近い魔術師に成りつつある。いや、もはや魔術師とは呼べず、悪神や負の女神をサーヴァントに劣化させたような存在規格。

 

『AAaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaAAAaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーー!!!』

 

 鼓膜を振わせる使徒の集団絶唱。

 

「良い事を教えて上げましょう―――彼女たちは、手遅れではありませんよ。私を倒せば正気に戻ります。まぁ尤も、人間に戻れる訳ではありませんし、半ば幻想種に近い怪物ではありますが、死徒のような手遅れな怪物じゃないのは確かです。区別として考えれば人間ですし、魔術回路の持つ魔術師とそう大差はないですね。

 つまり―――その天使を殺すと言う事は、ただの人殺しです。

 彼女達は人食いの化け物には程遠い被害者です。そもそも人を喰い殺した経験も、人を殺した過去もないですしね。化け物だから殺しても仕様がないなんて言い訳は出来ません。本当に無実な、改造されただけの人間なんです」

 

 それは凶悪な楔だった。

 

「なので、対処はご自由に。彼女らは足止めにしか使いませんから、抵抗しなければ殺しに来ることはないので。

 ……ああ、勿論、彼女たちは体の自由がないだけで、意識はちゃんと自由ですよ」

 

 相手のことを良く理解した有効な手段だった。死徒のような化け物にされていれば殺さなければ害になり、意識を奪われて人を殺すだけの化け物になっていれば死が救いになる程に手遅れなのだろう。だが天使達は、桜さえ倒せば簡単に救える。

 手遅れではない―――その事実が、凄まじい枷となる。

 彼女達を殺害するのは、紛れも無い悪。それも首輪をされ、手足を拘束され、身動きが取れない女を、意識がある状態で屠殺するのに相応しい邪悪。

 呪いだった―――殺せば呪われる程の悪徳だった。

 アンリ・マユによる汚染を行うと同時に、善なる心を確実に反転させる悪性の業。無実の善人、無罪の犠牲者を殺すことで心が乱れ、精神を守る防壁が罅割れ、罪を犯す相手の魂に聖杯の呪いが罪科と共に注ぎ込まれる。

 殺人罪を自ら犯している目の前の現実。

 例えアンリ・マユの泥を耐えられようとも、自分の為に行った所業を否定できる訳もない。

 善の属性を持つ者ならば、自身が犯した罪がより強く心へ混ざり、相手を傷付ける度に自分からその魂が邪悪に堕ちていく。悪人であろうとも―――否、悪性の人格を持つが故に精神は更に汚染され、狂気に貶める程の呪詛を殺人行為によって、一種の原始呪術として成立する呪泥の反転儀式だった。

 

「殺せるなら、殺しても良いですよ―――その罪に、耐えられるならですけどね」

 

 英霊は人殺しだ。英雄は虐殺者だ。この場に居る者は、戦場で殺人を営んで来た者だった。だからこそ、その罪を直視させる。

 ―――命を価値を思い知れ。

 呪いとは、全て魂の底から臓腑より吐き出される悲鳴である。人類悪を、必要悪を、殺人罪を理解させる呪いだった。

 

「……なるほど。良い罠だ」

 

 これに耐えられる異常者は、言峰士人くらいだけだ。他の者が黒騎使徒を殺せば術者が仕込む反転衝動から逃れることは不可能であり、アンリ・マユの眷属となり、間桐桜の下僕となる。

 

「彼女ら一人一人が復讐者の生霊、アンリ・マユの分霊(アルター・エゴ)な訳だ。

 殺人は間違いなく悪であり、呪いの基点にするにこれ以上の罪科はない。となれば、アンリ・マユの命を奪った者に呪詛を与え、同じアンリ・マユの眷属とするのも容易いか」

 

 遥か昔、名前を奪われて悪に祭り上がられた誰かが居た。その誰かには名前があったが、呪術で名を奪い取られ、拝火教(ゾロアスター)の悪神と同じアンリ・マユの名を強引に刻まれた。あらゆる罵倒と共に様々な拷問を受け、体は腐り、命は消え、魂は枯れ―――その牢獄で、復讐者の英霊は完成した。

 ならばこそ、可能な呪いがある。聖杯を害する殺人者を嘗て無名の誰かを悪神に祭り上げ、自分達が善なる存在になるよう罪を積み重ねた村人(悪人)達の同類と定め―――許されざる人殺しは、アンリ・マユと生み出した元凶たる原始の悪に変貌する。殺人の罪を償わせる為に、大罪人を分霊の魂と共鳴させる悪性呪術。殺せば最期、逃れることは出来ずに汚染は確定だろう。

 命の対価はその身で払う。

 殺人の罪科は殺した相手に呪われることで償える。

 古い原始の呪術の再現だった。大聖杯に宿る第三魔法に手を掛け、キャスターの宝具を聖杯から盗み取った桜だからこそ可能な呪いの利用方法。

 

「では、皆さん。死に物狂いで頑張って下さいね」

 

 全員通すな、と桜は亜璃紗を通して指令を出している。だが、その中にも優先順位を作り、もし危険度の高い人物を通してしまう緊急事態になるならば、対象人物以外を大聖杯の道へ通すのも例外的に許している。大聖杯へと続く洞窟の道を崩さないで桜が引き籠っていないのも、直接手を下して確実に大聖杯を壊せると機会があると敵に思わせる為。大聖杯への通り道は一方方向にしか進めない誘蛾灯なのだ。聖杯そのものを囮にして敵を自陣へ誘い込み、全てを鏖殺するための魔術師殺しが仕上げた罠。

 エクスカリバー、投影魔術、宝石剣、直死の魔眼―――これらが、真の意味での大聖杯の敵。

 破壊可能な手段として有効な数少ない切り札。桜は戦略を練り込んだ。自分は自分の役目を果たす為、黒騎使徒たちの背後へ進み、そしてそのまま洞窟の暗闇の中へと消え去った。

 

「さぁ―――殺し合いますか。ま、こっちの可愛い天使ちゃんを殺したら、そいつも私の可愛い天使ちゃんになるけどね」

 

 司令等として残った亜璃紗は、自作の使徒らと敵陣の豪華な顔ぶれが並ぶ壮観に感動していた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 殺人貴が感じた悪寒は、生前に死徒と対峙した時を遥かに超えるモノだった。真性悪魔を従がえる祖を殺した経験を持つ彼をして、あの狂戦士はもう駄目なのだと理解出来てしまった。

 

「おまえが俺の敵か」

 

「無論。貴公ならば、あの使徒を呪いごと殺し、呪詛による眷属化を逃れられるのでな」

 

 だからか、殺人貴に襲い掛かってくる聖杯の使徒は一人も居なかった。しかも、殺せば呪いで反転するだけでなく、命を奪わなくとも使徒に傷を付けただけで呪術は自動発動する。加害者は問答無用でアンリ・マユの呪詛に取り憑かれ、段々と反転して同じ使徒になるのも時間の問題であり―――その眷属化の呪詛でさえ、殺人貴ならば殺すことが可能だった。この男ならば、使徒になった聖杯を人間に戻すことも出来る上に、呪詛で使徒化した味方も正常な人格に戻すことが出来た。

 殺しても呪いを許容する士人は確かに天敵だが、殺人貴はそれを越える正真正銘の死神である。

 となれば必然、このアヴェンジャーだけは誰かが抑え込まないといけない。そして、そのアヴェンジャーと誰かの殺し合いを妨害してくるだろう敵を、使徒も同じく妨害ししなくてはならない。つまりは乱戦であった。

 

「故に、死ぬが良い。そして最期、そのバロールの眼で以って―――我を殺して頂こう」

 

「ならばバーサーカー―――おまえを、直死で以って斬刑に処す」

 

 あらゆる不死の宝具を破り、敵の命を奪う殺人貴(アヴェンジャー)の宝具―――直死の魔眼。それはバーサーカーが持つ宝具「永劫なる死骸(ゴッデス・カラミティ)」の天敵であり、そもそも殺人貴はあらゆるサーヴァントの天敵になりえるジョーカーだ。誰が相手をしようが、殺される危険は皆同じ。ならばバーサーカーの決心に曇りはない。

 ―――死、在るのみ。

 殺し、死なす。殺戮技巧が命を嘲笑う。黒衣をはためかせ、死神は蒼い眼に魔力を廻す。仕掛けを発動させて筒から刃が飛び出し、数多の怪物の命を啜った死が具現した。その黒い短刀(七つ夜)を構え―――殺人貴は臨死の悦楽に笑みを溢す。不死身の化け物を相手に、七夜一族が持つ退魔衝動が心臓を破裂させる程に喜んでいる。

 

「極死―――」

 

 もう死神に躊躇など欠片も無い。言葉にはせず、嘗て見て会得した技の名を心の中で呟く。短刀を上に掲げ、彼は獣のように飢えた退魔の本性を顔に浮かべた。あれは化け物を喰い殺す怪物で、あらゆる神秘に対する死神だ。バーサーカーは美の女神よりも神々しく美しいその青色の瞳に惹かれ、あの眼こそ死ねないと嘆き苦しむ嘗ての自分が望んだ願いそのものなのだと理解した。

 ……死が凝縮し過ぎて、まるで渦のように黒く深い点を魔眼で見定める。

 バーサーカー、ホグニ王の人生が集約したかのような“死”に視えた。殺人貴が殺して来たどんな化け物よりも惨たらしく、悲しく―――綺麗な、黒い死であった。

 

「―――七夜」

 

 そんな死に向けて、彼は短刀を投げ放った。その業こそ、退魔一族が編み出した至高の殺人技巧。バーサーカーはおぞましい程の死の悪寒を刃から感じ取った。到底この投擲に不死の狂戦士を殺せる概念も威力も宿ってはいないが、あれの刃はバーサーカー自身の死に向かっている。その恐怖、その畏怖、心眼を持つこの男が感じ取れぬ訳がない。何時ものように受け止めるのでなく、回避か防御に移ろうとした刹那―――アヴェンジャーが視界から消失していた。

 ああ、とホグニは感嘆する。これは技の極限だ。人を殺す為だけに、考え尽くし、煮詰め、磨き抜かれた死を齎す技だった。

 死に穢れた刃が迫り―――青い眼の死神が宙から現れた。

 同時に行われる二点攻撃。刃に対処すれば死神に殺され、死神に対処すれば刃に殺される。

 

「――――――!」

 

 だが、この程度の死に怯む狂王にあらず。警告する自分の第六感を強引に抑え込み、肉体を死に飛び込むよう発破を掛けた。

 何より、死ねるならば喜んで殺されよう……!

 歓喜であり、祝福であり。正しくそれは神の力であり、死神こそバーサーカーが望み続けた答えなのだ。

 

「◆◆■◆……ッ――――!」

 

 左腕を盾にし、短刀が肉体に抉り込まれる。サーヴァントの筋力から放たれる投擲は対物徹甲弾にも等しいが、バーサーカーの頑強な肉体ならば皮膚は裂かれど筋肉で受け止められる。彼が持つ心眼に従い、危機感を感じられぬ箇所で受け止めた為か、アヴェンジャーが視覚している死の点にも死の線にも当たらなかった。

 そして、同時に右手の魔剣を死神に向けて振った。足場の無い空中のアヴェンジャーでは咄嗟に避けられないとバーサーカーは考えたが、そもそもその程度の物理法則に囚われる殺人貴ではない。脚の動きと体の捻りにより、まるで糸を伝う蜘蛛のように魔剣をするりと回避。

 着地したのはバーサーカーの背後―――否、その後ろ首の上。片手で頸を握り締め、逆立ちしたまま、敵の命を掌握した。その勢いのまま更に身を捩り、腕を体ごと回転させた。殺人貴は一切迷うことなく、バーサーカーの首を引き千切った―――直後、心臓に近い箇所に浮かんでいる死の点目掛け、殺人貴は抜き手を突き出す。

 だが、男は笑っていた。首元を捩り切られ、肉の筋だけで胴体と繋がっている狂戦士は、壮絶なまで笑っていた。彼は相手が狙う自分の首に悪寒を感じなかった第六感を信じ、その攻撃を受け止められると身構えていた。

 

「……!」

 

 バーサーカーの左手が、アヴァンジャーの手を掴んだ。そのまま握り潰さんと圧力を加えたが、骨を砕かれる前に殺人貴はバーサーカーの左腕に刺さったままの七つ夜を掴み、そのまま敵の腕を斬り落とした。咄嗟であったので直死の黒線に沿って切れず、腕は殺せなかったが問題はない。

 問題なのは逃さぬとばかりに、限界まで魔力と殺意が充満した魔剣。その真名解放―――狂気の顕れ。

 此処で殺す。殺意が肉体を加速させる。振り抜かれた魔剣は殺人貴の体を皮膚一枚掠り、だが剣圧で肉が斬り飛ばされる。サーヴァントではない生身の人間ならば、両断されるか、肉体を斬り抉られていただろう。耐久が低いアヴェンジャーには痛い傷だが、問題はそんな小さい事ではなかった。

 呪詛が―――ダインスレフの魔力が、アヴェンジャーの霊体を侵食する。治癒阻害の呪いも凶悪だが、狂うような痛みを断続的に発し、アンリ・マユの呪詛も相乗されている所為か、傷が段々と広がりつつあった。しかし、淨眼を直死の魔眼へと進化させた殺人貴の視界は、その呪詛の魔力さえ容易く見切り、肉体を傷付ける汚染物を視覚に入れる。彼は迷わずに短刀の刃を自分の肉体に突刺し、具現していた死の点を穿った。瞬間、呪いに狂う間際だった体の調子が元に戻る。直死の魔眼で以って行われた呪詛の除去は、ダインスレフの魔力を完全に殺し切っていた。

 素晴しいとバーサーカーは笑みを浮かべた。あの愚かなる神の呪いが、まるで塵のように殺される風景。人を殺す呪いを逆に突き殺すと言う矛盾。ホグニ王は真に、あの眼が死神なのだと実感した。

 

「◆◆■、◆■■■◆――――」

 

 即座、報復王は首と腕を再生。殺人貴は逆に呪詛は除けど、傷の治癒はまだ不可能。だが肉を抉れた程度の痛み、気にする負傷ではない。

 そして、生前数多の不死を狩り殺した殺人貴をして、バーサーカーの不死は特別だ。彼からすれば、無限の魂も、鋼鉄の肉体も、時の呪詛も、実体無き現象も、混沌の世界だろうと―――ただの、一個の生命に過ぎない。バーサーカーの不死も奥底まで見切り、この呪いを与えた神の邪悪な意志さえも死を通じで理解している。

 ……殺してやるのが救いとなることもある。

 バーサーカーなど、死だけが救いの呪われ人だ。しかし、サーヴァントとして召喚された英霊ならば、そもそも死など救いには程遠い。アレに在るのは―――死を尊び、殺しを喜ぶ狂人の衝動のみ。

 

「あはははは! あぁ、これもまた不死の一つか。

 ……良いね。実に楽しい死の宴だ。さぁ、もっと殺し合おう―――バーサーカー」

 

「―――◆◆■、◆■■■◆……ッッ!!!」

 

 直死の魔眼、完全解放。更に死の線と死の点が色濃く視界に浮かび上がり、脳が臨界状態になるまで魔力を回し、稼動させ続ける。死の対象となるのはバーサーカーと地面と天井だけではない。暗い洞窟内のあらゆる箇所に黒死は具現し、空中にさえその紋様が浮かび上がっていた。死の獲物になっているのは、大気なのか、太源なのか、空間なのか、もしくか世界そのものなのか。だが、亀裂が入った世界であることに間違いはなく―――死神に、殺せない訳がない。

 彼は躊躇わず、浮かんでいる死の点を穿った―――直後、何かがパリンと音を立てて割れたのを幻聴した。それは擬似的な空間断層などでは断じてなかった。正真正銘、この世界に罅が入り、何もかもが断裂した異音だったのだ。

 そして、殺人貴が目論んだ通り、死の点と繋がっていた死の線に沿い、空間に断層が乱れ入った。まるでバーサーカーに襲い掛かるかのように、世界の切れ目が彼の周囲に展開。たまたまその断層は当たっていたバーサーカーの腹部を貫通し、更に死の線は伸びて行く。そしてバーサーカーが断層から避けようと動くと、そのまま切腹した武士のように腹の半分が無色透明な“線”に切られ、地面に腸が飛び散った。

 

「そうか。それが―――死」

 

 死。

 

「……死ぬのか。世界も魂も―――永劫も、死ねるのか」

 

 死ぬ。

 

「ハ、ハハ。グゥハッハッハ■ハハ◆■ハハハ■ハ■■◆■◆■■■■――――――」

 

 死んで、殺される―――

 

「―――■■◆■◆■■■■!!」

 

 ―――貴公が我の死か。

 そしてバーサーカーは余りにもおぞましい死を見た。あろうことか、あの死神は空間を殺した後、更に地面の死も穿ち殺し、死の線に沿って同じ様に断層を作り出していた。既にまともな地面として機能しておらず、もはや戦闘を行う為の足場としては使えない……だけなら、バーサーカーとて驚かない。

 ……アレは、地面の代わりの足場を得ていた。

 まるで蜘蛛の糸ようだった。空間に奔った亀裂は狩人の巣と成り果て、バーサーカーを抹殺する為の惨殺空間と化していた。本来なら到底足場になど使えない空の罅だが、七夜の退魔体術と、恐らくは魔術礼装である特殊な靴により、その疾走を可能としていた。

 既に近場に忍び寄っていた殺人貴へ、彼は魔剣を振うも、奴は糸から糸へと飛び撥ねる。加速し続ける立体駆動は蜘蛛のように相手を絡め殺す殺人技で、当てようにも当てられない。魔力放出を強引に撃つも、その波動は短刀さえ使わずあっさりと素手で払い殺される。

 ―――何よりも、バーサーカーは逃げられない。

 蜘蛛の糸が全てを切り裂く檻となり、彼は足場を殺し崩された不利な場所から移動出来なかった。その気になれば体をバラバラにしながら移動することも可能だが、そこまで壊れれば再生に時間が掛かる。その隙に、バーサーカーは幾度も抹殺されてしまうだろう。加え、亀裂が世界からの修正によって元に戻されそうとなれば、殺人貴は新たに死の点を穿ち、線を切り裂き、糸を再び展開する。

 

「……◆■―――!」

 

 そして遂に、バーサーカーは罠に嵌まった。振った魔剣が亀裂に当たり、その場で動きが停止してしまった。足場が不安定な場所でそのような不意により剣へ衝撃が走れば、体勢が僅かだろうと崩れてしまう。心眼によって第六感は察知はしていたものの、無色透明で気配もない空間の罅が相手となれば、何度もそんな奇跡は起きはしない。

 殺人貴はこの時、死を待つ蜘蛛だった。不意を突き殺せる好機を待って待って待ち続け、バーサーカーはやっと彼が待ち侘びた隙を晒したのだ―――正に、死の瞬間だ。

 

「―――……!」

 

 脚を奪う。死の点の在る場所を第六感で守っていたバーサーカーだが、裏を掛かれ足を切られた。蘇生は不可能。無論、彼は不死殺しの為に線に沿って切り抉っていた。狂戦士は倒れ込み、運が悪いことに偶然にも近場にあった糸に触れ、流れるように左肩から切断されてしまった。

 惨死の屍が生み出される。このまま死んでなるものかと、バーサーカーは足が切られようとも、斬られたその断面を足の裏の代わりに使って飛び跳ね、更に魔力放出も補助に使って脱出する。しかし、無駄だ。既に殺人貴はバーサーカーが移動する場所に糸を這って回り込み、短刀を構え、敵の死を静かに見定めていた。

 此処で、狂戦士は討たねばならない。

 世界を殺す程の眼力である。彼が直死の魔眼に充填している魔力は余りにも膨大で、対軍宝具に匹敵する消費量だ。奥の手の、更なる奥の手であり、この魔力を再び込めるとなればマスターに負担を掛け過ぎてしまう。そして、バーサーカーも同じく正念場。ここを脱する事が出来れば、体勢を元に戻せる。死の線で切られた脚も断面を魔剣で更に切り裂いて、呪詛と魔力で再生可能な傷跡に塗り潰してしまえば良い。

 

「■■◆―――!」

 

 魔剣ダインスレフを突き出す。狙いは心臓―、穿つは死神の命。ホグニは時間が停止する程の臨死の中、走馬燈を脳裏に霞み見ながらも―――あの死を、迎え入れる歓喜を肯定した。

 サクリ、と静かに魔剣が突き刺さった。

 トスン、と確かに短刀が刺さり穿った。

 殺人貴の腹の中に消え、背中から飛び出ているダインスレフの刃と―――血を流さずホグニに刺さったままの、何の変哲もない死神の刃。

 

「おぉ、おおお……オォオオオオオオオオオ―――」

 

 死ぬ。死ぬ。死ぬ死ぬ、死ぬ。霊核が崩れ去り、霊体が崩壊するのを実感する。何もかもが、報復王のあらゆる部分が殺されている。だからか、彼は雄叫びを上げ、心の中で絶叫する。まだだ、まだ死なん……と溢れん呪いを爆散させる。

 

「―――復讐すべき殺戮の剣(ダインスレフ)……っ」

 

「……ガァ―――!」

 

 刀身から溢れ出た呪いは殺人貴の血液に溶け、全身汲まなく巡り回った。このままでは確実に死ぬと悟った殺人貴は、素手で更にホグニに浮かんでいた死の点を強引に穿ち抜き、勢いそのまま蹴り上げて吹き飛ばす。

 

「……魂が、消えるのか。

 おぉ、なんと冷たく心地の良い―――」

 

 バーサーカーはあっさりと消え去った。死の点を突かれた不死の怪物は、死神の例外となることなく無に還った。

 

「……クソ。吸血鬼よりもしぶとい」

 

 後数秒で魔剣の力で呪い死ぬ所だったが、直死によって何とか除去に成功した。しかし、真名解放による呪詛の解放は通常以上に濃い呪いであり、呪いは消えど傷付いた肉体は癒えず、綻んだ霊体は治らない。

 ……最後の相討ちは、殺人貴の想定通りだった。

 呪詛を殺せると分かれば、後で治癒が可能な範囲であり、戦闘可能な負傷であれば問題はない。そう策を思い付き、確実にバーサーカーを抹殺する為に、剣を受けながらも死の点を突いた。本当ならば、それで死ぬ。点を穿たれたと言うことは生命活動をする為の命が消え、世界で生きる為の寿命が尽き、存在が抹消されると言う現象が引き起こる。

 ―――点を穿たれた後に動くのは有り得ない。

 なのに、ホグニは動いた。死んだ筈の霊体を更に酷使して、宝具さえ再起動させた。死の点を二カ所突かれ、そうして狂戦士はやっと眠りに付くことが出来たのだ。

 

「―――この世全ての悪(アンリ・マユ)―――」

 

 故に、仕方がない事。殺人貴は終ぞ、察知することは出来なかった。バーサーカーは自分の命を賭け、殺人貴に隙が出来るよう命を捨てていた。

 背後に立つは―――言峰綺礼。

 洞窟の中に最初から、地面に擬態させて隠しておいた虚数の泥沼に潜り、機会を常に窺っていた神父の悪意に気が付けなかった。殺気と悪意に満ちたこの洞窟の中、死神を殺すべく狩人に徹していた綺礼は遂に己が愉悦をその手で味わった。






















 綺礼さん、バックスタブばかり巧くなってしまって……仮面巨人先輩!
 との事で殺人貴vsホグニの回でした。ドラゴンボールや遊戯王のアニメみたいなタイトルでバーサーカー死す、とかしてみたい衝動に駆られましたが自重しました。
 月姫沼2で出てくる殺人貴の強さはこんなものではないと思うのですが、バーサーカーもかなり手強い相手でしたので拮抗した殺し合いに。今の志貴さんなら電撃や魔力放出もあっさり殺し、ビーム砲もちょんと霧散させます。アヴァロン出されて死が視えなくとも、地面を殺し、ちゃぶ台返しみたいに相手を引っくり返してくるマジモンの死神です。怖い。

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