俺と陽菜の合同誕生日パーティー当日の午前中、俺は自宅のリビングの片隅で、目の前に広がる光景を頬杖をつきながら見ていた。
「優香、そこのテープを取ってくれるか?」
「分かった。はい、どうぞ」
「見て見て友香ちゃん! 折り鶴綺麗に折れた!」
「……飾るとこありませんよ?」
「ちょっと朝倉先輩! キッチンまだ空かないんですか!」
「まだよ。いいから大人しく折り紙で輪っかでも作ってなさい」
俺の目の前に広がっている光景、それはいつもの女性陣が誕生日パーティーの準備を進める様だ。
今日はパーティー当日なんだし、準備が行われている事自体にはなんら不思議は無い。だが……今は午前中だ。時間帯で言えば朝に近い。どうしてそんな早い時間帯からパーティーの準備をしているのだろうかと、俺はその様子を見守りながら、まだ目覚めて小一時間ほどの頭を回した。
こんな早い時間に準備をしている理由は、先ほど今キッチンで朝倉先輩と共に料理を作っている母さんから聞いた。どうやら今日のパーティーは正午過ぎから始める事にしたらしい。だからこそ、こんな早くから準備を進めているのだ。
理由は納得出来た。だが、普通こういうパーティーは夜辺りから始めるもんじゃないだろうか。個人的な見解だが、休日だからといって流石に昼からは早過ぎる。普段仕事で忙しいサラリーマンならまだ寝ててもおかしくない時間帯だ。現に父さんはまだ寝てる。
母さん達に予定があるなら分かるが、そんなものも無いらしい。ならどうしてこんな早くから始めるのか、俺はそれが不思議でならなかった。母さん達に聞いても、理由を教えてくれない。だから俺はさっきからずっと頭を回している。
といっても、もう準備は進んでるし、みんなも乗り気だ。どう足掻こうと、パーティーはお昼と共に始まるのは避けられない。
まあ別にそれで何か困る事がある訳でも無いし、正直あんまり気にする事でも無い。今は迫るパーティーを楽しみにしていよう。
頭を回し続けて目もだんだんと覚めてきたので、俺は準備を手伝おうと動き出す。その時、突然ピンポーンと、インターホンの軽快な音が鳴り響く。
「ごめん友希ー! お母さん手が放せないからお願いー!」
キッチンから飛んできた声に適当に返事をしながら、準備を進めるみんなの間を抜け、玄関に向かう。
「はいはーい」
玄関にあるサンダルを雑に履き、扉を開ける。外の明かりが俺の体を包み込んだのと同時に、視界にラップが掛かった皿を持った、エプロン姿の女性の姿が映り込んだ。
「って、明美さん?」
そう、来客は天城の母親、明美さんだった。一瞬どうして彼女がと思ったが、家が近所だし不思議では無いかと自己完結する。
「あら、世名君。おはようさん。ええ朝やねー」
「そ、そうですね……何か用ですか?」
「いや、優香から聞いたんやけど、今日世名君と陽菜ちゃんの誕生日なんやろ? せやからこれ! 誕生日プレゼントって訳やないけど、これ渡しに来たんやでー」
相変わらず聞き取るのが結構難しい早口を放ちながら、手に持った皿を前に差し出す。それを受け取り、中を覗く。
「これって……肉じゃが?」
「せやせや! 今日誕生日パーティーやるんやろー? 余計なお節介かもしれへんけど、食べてくれやー」
「そんな事……わざわざありがとうございます。有り難く食べさせてもらいます」
「そう言ってもらえると作った甲斐があったわ。それじゃ、あたしはこれにて退散させてもらいます。ほな、よい誕生日をー」
「え? あ、ありがとうございました!」
さっさと立ち去る明美さんの後ろ姿に向けて、慌ててお礼の言葉を叫ぶ。それに手を振り替えしてくれる明美さんの姿が見えなくなってから、俺は家の中へ戻る。
「あ、友希。お客さん誰だった?」
「天城のお母さんだった。これ渡しに」
「なぁに? あら、美味しそうな肉じゃが! あとでお礼言わなくっちゃねぇ。あ、これテーブルの上に置いてきてくれる?」
「了解」
母さんに渡し、再び俺に戻ってきた肉じゃがを持ってキッチンからリビングに移動し、既にいくつかの料理が並ぶテーブルの上に肉じゃがを置く。
母さんに加え、女性陣が個々に作った料理を、なんとなく眺めてみる。友香達のパーティーと同じように、今回も色とりどりの料理が並んでいる。全て食べ終える頃には体重がいくつ増える事やら。
「随分と豪勢だな」
その料理の大群を眺めていると、不意に廊下の方から男の声が聞こえてくる。視線を向けると、そこには先ほどまで家に居なかった裕吾、翼、孝司の三人が立っていた。
「お前ら……いつの間に来たんだよ」
「さっき。鍵掛かってなかったし、いいかなって」
「いや普通駄目だろそれ……まあ、別にいいけど」
今日はこいつらも来るって知ってた訳だし。翼以外は祝いに来たとかじゃなく、タダ飯食いに来たって感じだろうけど。
裕吾達はリビングのあちこちで飾り付けを進めるみんなの事を見回しながらこちらへ近付き、テーブルの料理を見下ろす。
「はえー……スッゴイ料理だなオイ。どこのお坊ちゃんのパーティーだよ」
「本当、凄いね。これ天城さん達が?」
「一部な。大半は母さんが作った」
「世名一家はお祝い事が好きだからな。昔から変わらんな」
と、裕吾が若干呆れ気味に口にする。
確かにそうだな……ウチは祝い事になるとアホみたいに豪勢に祝うからな。最近は抑え目だったけど。過去にも何回か経験してる裕吾はもう凄いとかいう感想を通り越して、呆れてもおかしくない。俺も若干呆れてる。
「ま、来た以上やる事はやるか。適当に手伝うぞ」
「そうだね。タダでご馳走になる訳にはいかないもんね」
「えー、いいんじゃね? タダ飯でも怒られねぇだろ」
正直に口にし過ぎだろ、孝司に突っ込みを 入れようとしたが、面倒なのでスルーして俺も準備を手伝おうとする。しかし――
「お前は今回の主役なんだから大人しく待ってろ」
「裕吾……でも、陽菜も手伝ってるしさ……」
「あいつはやりたくてやってるだけだろ。お前はこの後のパーティーに備えてゆっくり休んどけ、天城達の相手する為にな。多分その方が身の為だぞ」
「怖い事言うなよ……じゃ、お言葉に甘えて休ませてもらうよ」
確かに誕生日パーティーはそれなりにハードなものになりそうだし、今の内に心身共に休ませておこう。
裕吾の気遣いに感謝しながら、とりあえず邪魔にならない場所に移動し、そこに腰を下ろしてみんなの作業を見守る事にした。
「センパーイ! ちょっといいですかー?」
見守り始めてしばらく経った頃、朝倉先輩と交代してキッチンで調理をしていた出雲ちゃんが、突然リビングへやって来る。その手には箸とお皿を携えていて、出雲ちゃんは俺の目の前にしゃがみ込む。
「どうしたの?」
「えっと、私の料理の味見してほしいんですけど、いいですか?」
若干上目遣いでこちらを見つめながら、手に持ったお皿を前に出す。そこには、カラッと揚がり、とても美味しそうな匂いを漂わせる唐揚げが数個乗っていた。彼女の手作り料理だろう。
「これを出雲ちゃんが?」
「はい! 私の自信作です! でも、先輩の好みに合ってるか分からないから、味見してほしいんです!」
「そういう事なら、全然構わないよ」
丁度小腹が空いてきた頃だし、むしろ有り難い。
俺は右手を差し出し、彼女から箸を受け取ろうとする。しかし、出雲ちゃんはそのまま自分で唐揚げを箸で掴み取り、それを俺の口元に運ぶ。
「はい、先輩。あーん……」
「えっ、いや、自分で食べるよ……」
「もお、照れなくていいですよ! はい、あーん……」
「いや、照れてるとかじゃなく……」
いや実際照れてはいるが、今はそこが問題じゃ無い。
今この場には彼女達が全員勢揃いしている状況だ。そんな場所でこんな事をやれば遅かれ早かれ、誰かが気が付いて――
「――ねぇ大宮さん」
と嫌な想像をした途端、誰かが出雲ちゃんの背後から声を掛ける。その人物が誰か顔を上げて確認する。そして最悪な事に、その人物の正体は出雲ちゃんと最も仲が悪い朝倉先輩だった。
そんな彼女に俺との時間を邪魔された出雲ちゃんは当然、幸福一色だった表情から一変、不機嫌一色の険しい顔付きに変わる。その彼女に朝倉先輩は変わらない冷静な表情の中に、嫉妬の炎を微かに燃やしながら口を開く。
「私が味見してあげましょうか? 味覚はいい方だから」
「結構です。お嬢様のお上品な味覚は当てにしてません。それに私がほしいのは先輩の感想ですから」
「そう。なら私が友希君からその感想とやらを聞いておいてあげるから、あなたはキッチンに戻ってなさい」
そう言うと朝倉先輩は素早い動きで唐揚げを掴んだ箸を奪い取り、先の出雲ちゃんと同じように俺の口元へそれを運ぶ。
「はい友希君、あーん……」
「ちょっと! 何勝手にやってるんですか!」
「揺らさないで、唐揚げが落ちちゃうわよ。自信作なんでしょう?」
「あなたから先輩の口に運ばれるなら地面にくれてやる方がマシです! いいから邪魔しないで下さいよ!」
朝倉先輩に掴み掛かり、出雲ちゃんが箸を奪い返そうとする。が、朝倉先輩はそれを許さない。
二人の取っ組み合いをどう止めればいいか分からず、黙ってそれを眺めていると、不意に二人の背後から手が伸び、箸をひょいっと奪い取る。
予想外の乱入に二人はその手を目で追い掛ける。俺も慌てて顔を上げる。次の瞬間――とてつもなく恐ろしいオーラを醸し出し、こちらを笑顔で見下ろす母さんの姿が目に入った。
「……食べ物で遊んじゃ駄目よ?」
「ご、ごめんなさい……」
「……少々、お遊びが過ぎました」
出雲ちゃんだけならず、朝倉先輩までもが素直に謝る。それに満足したのか、母さんは「分かればよろしい」と口にして、手にした唐揚げを俺の口に突っ込んだ。
「むぐっ……!?」
突然放り込まれた唐揚げに驚きながら、ゆっくりと噛む。サクサクとした衣が破れ、肉汁が口の中に溢れ出す。……美味い。だが、母さんの恐ろしさで印象が薄まる。
「……あ、あんまり気にしない方がいいよ……母さんも本気で怒っては無いから」
「分かってるわ……ただ、私達も悪いから」
「それはそうですけど……元々あなたが余計な事しなきゃ……」
「そっくりその言葉を返すわ。抜け駆けして友希君との時間を満喫しない事ね」
「んなっ……! それこそ、そっくりお返し……」
「二人とも落ち着いて! また怒られるぞ!」
ピタリと、二人が口を噤む。どうやらそれほどに母さんに怒られるのは嫌なようだ。
「唐揚げ、美味しかったよ。この味付けでオーケーかな」
「わ、分かりました……じゃあ、調理に戻ります」
「私も、自分の作業に戻るわ」
二人はそのまま自分の仕事に戻り、俺は一人になってからホッと息を吐く。
「相変わらず香織オバサン、怒ると怖いねぇ……」
すると、そんな事を口にしながらどこからか陽菜がやって来て、俺の隣に座る。
「私も昔色々やんちゃしちゃって怒られたな……正直私のお母さんより、オバサンに怒られたぐらいだよ」
「それはお前が悪いからだろ……」
「ま、今となってはいい思い出だよ! 友くんもよく怒られてたよね。それで友くん泣いちゃったりしてたのよく覚えてるよ、私」
「そ、それは幼稚園の時とかだろ……今は流石に泣かねぇよ」
スッゴイ怖くはあるけど……母さん、本気で怒ると鬼みたいだし。
「大体、今はもう怒られるような事はしねぇよ」
「アハハ、それもそうだね。じゃ、私は手伝いに戻るねから、友くんはゆっくり休んでてね!」
そう言って、陽菜はソファーのところまで歩き、友香と一緒に折り紙で飾りを作り出す。
ゆっくり休んでてねって……お前も休んどけよ。ま、あいつはこの準備すら楽しんでるだろうな。俺はこれからが本番だし、悪いが休ませてもらうよ。
それからもワイワイと楽しそうに騒ぎ、時にはいがみ合う声が響いたりするのを見守り続け、数時間が経過。午前から午後に変わり、そろそろ腹の虫が鳴り始めそうな頃、今まで寝ていた父さんがあくびをしながらリビングにやって来る。
「ふわぁ……おお、随分いっぱい人が居んな……飾り付けも豪華じゃないか。よかったなー、友希。こんなに盛大に祝ってもらえて」
「……とりあえず着替えてきたらどうだ?」
父さんの今の格好は上下真っ黒なスウェット。正直人前に出る姿では無い。天城達は気にしては無いが、息子としては少し気になる。
流石の父さんも大勢の女子高生の前でこれはイカンと思ったのか、大人しく部屋に戻る。キッチンから「お父さんはどんな格好でも素敵よ!」という声が聞こえた気がしたが、気にしない。
父さんに着替えに向かってからすぐ、今まで飾り付け作業を続けていた海子と天城が腰をさすったり、腕をグルグルと回しながら作業を止める。
「終わったのか?」
「ん? ああ、これぐらいで終わらないとキリが無さそうだからな」
「どうかな? 結構頑張ったつもりだけど……」
と、俺からの評価を期待するような目で天城がこちらを見つめる。
飾り付けとか、そういったセンスは俺には全然無いし、よく分からない。けど、折り紙や装飾パネルにモール、俺と陽菜が買ってきた物をふんだんに使った飾り付けは凄く綺麗で、見ているだけで心地良い気分になる。きっといい出来と言えるだろう。
「ああ、いいんじゃないかな。凄く綺麗だよ」
「本当? よかった……頑張った甲斐があったよ」
「そうだな。お前に喜んでもらってこその誕生日パーティーだ。料理もしっかり作ったつもりだから、堪能してくれ」
「もちろん。ところで……そろそろ料理の方も出来たかな?」
飾り付けが終わったのだから、あとは料理が全て出来れば終わりだ。
前日から作り置きした物に、今さっき完成したものまで大量の料理がテーブルを埋め尽くすほど並んでいる。今さらだが、母さんは短時間でよくこれだけの料理を作れるものだ。ウチのキッチンは言うほど広くないし。
そんな事を考えていると、再び母さんが新たな料理を片手にリビングへやって来る。後ろには同じように料理を運ぶのを手伝う出雲ちゃんと朝倉先輩。
三人は料理をテーブルに置く。すると母さんがふぅ、と息を吐き、手をパンと叩く。
「おまたせー! 料理が全部出来ましたー!」
「おー、待ってました! お腹空いたよぉ……」
ソファーに座り余った折り紙で鶴を折っていた陽菜が、お腹を押さえながら声を出す。
「ちょっと遅くなってごめんねー。さて、それじゃあみんな手を洗うなりしてから、友希と陽菜ちゃんの誕生日パーティーを始めましょうか!」
母さんの言葉に全員一斉に返事をして、飾り付けに汚れた手を洗う為に動き出す。俺はとりあえずみんなが終わってからしようと、そのまま動かずに待つ。
「いよいよ始まるね、誕生日パーティー!」
と、陽菜がワクワクした笑顔を作りながら近寄り、俺の顔を覗き込む。
「そうだな……久方ぶりだな、俺達の誕生日パーティー」
「うん! 私今日が楽しみで、しばらく眠れなかったもん!」
「嘘付け。一昨日グッスリ爆睡してたぞ」
「あ、あれ? そうだっけ? と、とにかく! スッゴく楽しみにしてたのは間違え無いから!」
「はいはい」
ズイッと顔を近付けてくる陽菜との間に、右手で壁を作りながら適当に対応する。
「ねぇ友くん」
「ん?」
「今日の誕生日パーティー、絶対忘れない、最高に楽しいパーティーにしようね!」
「……なんか、そのセリフ最近よく聞くな」
「えぇ、そう? まあいいじゃん! とにかく思いっきり楽しもうね、友くん!」
陽菜は無邪気に笑う。何回も見た彼女の笑顔だが、その笑顔は何故かいつもと違うように見えた。何が違うのか、それを確かめる為にしばらく彼女の顔を見つめていると――
「――世名君」
ゾワッと背筋が震える声が耳を通り抜け、俺はロボットのように首を動かす。
「誕生日パーティー……始めよ?」
「あ、はい……」
何回も見た、天城の恐ろしい笑顔と、その背後から溢れ出る三つの黒いオーラに、俺は速攻で目を背けて手を洗いに向かった。
誕生日パーティー……楽しいだけで済むといいな、本当。
そんな期待、楽しみ、不安、恐れ、様々な感情を抱きながら、俺と陽菜の誕生日パーティーが幕を開けた。
いよいよ始まった合同誕生日パーティー。一体どんなパーティーになるのか、次回へ続く。