モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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スノー・ファミリー③

 

 

 

 

 

 

 

 

 雹真さん、冬花さんと別れた後、俺は朝倉先輩と合流するべく、広大な廊下を一人で移動していた。

 が、先刻冬花さんに詳しい場所を聞いていなかった為、俺は軽い迷子状態になってしまい、数分ほど辺りをさ迷っていた。

 参ったな……まさかここまで広いとは思っていなかった。黒南島の別荘の何倍あるんだこの家。というか、着いてすぐに雹真さんについて行って先輩の両親と会ったから、俺まだこの家の案内とか受けてないんだった……それなのに一人で移動とか、無謀だったな。

 あの時冬花さんを引き止めて、詳しい場所を聞いておくんだったな。……まあ、あの時の冬花さんを引き止める勇気なんて無いけど。

 

「誰か他の使用人と会えば、場所を聞けるんだけどな……」

 

 運良く誰か通らないかなと期待しながらキョロキョロと辺りを見回していると、不意に誰かに声を掛けられる。

 

「世名様でございますね?」

 

 その声に振り替えると、そこには一人の男性が立っていた。

 いつの間に居たんだこの人……さっきまで誰も居なかったのに。執事服っぽい服着てるし、やっぱりこの家の執事さんかな?

 なんの用か問い掛けようとした矢先、男性は突然歩き出し、俺の真横を通り過ぎながら再び声を掛けてくる。

 

「お嬢様はこちらでお待ちです。ついて来て下さい」

「えっ……あ、どうも……」

 

 どうやら俺を案内しに来たらしい。遅いのを心配して朝倉先輩が寄こしてくれたのか、それとも冬花さんが俺が迷っていると察して寄こしてくれたのか……ともかく助かった。これで延々と迷い続けるという事態は回避出来た。

 現れた執事(助け船)の先導に従い、俺は足を進める。数分後、正面に一際大きい扉が見える。

 

「あの扉の先にあるダイニングルームにて、お嬢様がお待ちでございます。では、私はこれで」

「あ、はい。ありがとうございました」

 

 立ち去る執事さんにお礼を言ってから、俺は扉を開いてダイニングルームに入った。

 

「あ、ようやくの到着ね。こっちよ友希君」

 

 部屋に入り、驚くほど巨大な室内と目の前に見えるこれまた巨大なテーブルに、本日何回目かも分からない驚愕を覚えていると、部屋の外――ベランダの方から朝倉先輩の声が夜風に乗って聞こえてきた。俺はその声に従い、ベランダに歩みを進める。

 

「すみません、遅くなりました――って、その恰好……!?」

 

 ベランダにある真っ白な洋風の椅子に座る朝倉先輩の姿を目にして、俺は思わずビックリして大声を上げる。

 朝倉先輩も俺と同様に、正装に着替えていた。そしてそれは俺なんかとは違い、当たり前かもしれないがとてつもなく似合っていた。

 先輩の纏う衣装は、澄んだ青一色のドレス。肩を大胆に露出していて、少しでも胸元の生地をズラせば、先輩の豊満な双球がこぼれ落ちてしまいそうだった。

 そんな年頃の男子には少々過激な恰好を直視するのを避ける為、俺は慌てて視線を下方向に逸らしたが、今度は膝丈のスカートから見える程良い肉付きの太ももが視界に映り込んだ。同時に微風が吹き、スカートがゆらりと揺れる。

 

「……!?」

「あら、見えちゃった?」

「み、見えてないです!」

「あらそう。まあ友希君なら、見ても構わないんだけどね。何なら、たくし上げて見せてあげましょうか?」

「か、からかわないで下さいよ!」

「ウフフ……やっぱり友希君の反応は面白いわ。冗談だから安心して。まあ、友希君が望むなら本当にしてもいいけどね」

 

 と、朝倉先輩はいつものようにクスクスと笑う。

 相変わらず飽きないなこの人も……まあ、楽しそうにしてるし、いいか。

 軽く咳払いをしてから先輩の正面の席に腰を下ろし、気を取り直して先輩の着る衣装について問い掛けた。

 

「で、どうしたんですかその衣装。俺はともかく、先輩は両親に会うのにそこまでオシャレしなくてもいいんじゃ……」

「確かに親に会うのにここまで着飾る必要は無いわね。でも、好きな人とのデートなら別でしょう? 私だって女子よ。愛する人に綺麗と思ってもらう為、精一杯のオシャレぐらいするわ」

「先輩……そうですよね。失礼な事聞いてすみません」

「いいのよ全然。……それで友希君。今の私、どうかしら?」

 

 そう質問しながら先輩は頬杖を突き、艶笑めいた表情を作って小さく首を傾げる。

 

「え!? それは……す、凄く、綺麗です」

「……まあ、今の流れだとそう言うしかないわよね。でも、今のが本心である事は分かるわ。ありがとう友希君、とっても嬉しいわ」

 

 と、先輩は静かに笑みを浮かべる。その笑顔はどことなく、いつもより嬉しそうに見えた。

 

「さて……ところで、お父様達とはどんな話をしたのかしら?」

「えっと……それが……」

 

 先ほどあった事を先輩に説明する。それを聞くと、先輩は呆れたように溜め息を吐いた。

 

「相変わらずね……そうなると、復活は当分先ね。まあ、お父様達の話が終わるまで、二人の時間を楽しみましょうか」

 

 そう言うと、先輩はダイニングの方へ視線を送る。直後、どこからともなくやって来た新しい執事さん達が俺達の席へ、肉料理から魚料理まで、様々な料理を次々と運んでくる。

 全ての料理が運ばれると、先輩はグラスに注がれたジュースを手に取る。

 

「それじゃあいただきましょう」

「は、はい……!」 

 

 慌てて俺もグラスを取り、先輩と本日二回目の乾杯を交わした。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「お嬢様、世名様、少々よろしいでしょうか?」

 

 食事を始めてから約一時間。粗方料理を平らげ、先輩と他愛無い会話を交えていると、その一言と共に冬花さんがどこからかやって来た。

 

「あら、あなた確かお兄様の監視をしていたのでは?」

「それは一旦他の者に任せました。雹真様は現在も絶賛お仕事中でございます」

「そう。それで、わざわざ他の者に監視を押し付けてまで来たのは、一体なんの用かしら?」

 

 朝倉先輩がそう問うと、冬花さんは一拍間を空けてから返答する。

 

「はい。旦那様と奥様のお話しが先ほど終わりまして。それで旦那様と奥様が改めてお二人とお話ししたいらしく、都合が良いか確認して来てほしいと頼まれた次第です」

「なんだ、そんな事ね。食事も一段落したところだし別に構わないけれど……友希君はどう?」

「俺も構いませんよ」

「分かったわ。じゃあ、そういう事だから……」

「かしこまりました。では、旦那様と奥様をお呼びしますので、お二人は中でお待ち下さい」

 

 そう言って、冬花さんはダイニングルームから立ち去る。俺と朝倉先輩も、葉霰さん達を出迎える為に、ベランダから室内に移動し、適当な場所に座って彼らを待った。

 

「――失礼します」

 

 数分後、ノック音を鳴らした後、冬花さんが部屋に入って来る。後ろには六華さんと、少しブルーな様子で右頬を押さえる葉霰さんの姿もあった。

 冬香さんは「では、私は雹真様の監視に戻ります」と言い、部屋を出て、残る二人は横並びに座る俺達の正面の席に腰を下ろす。

 

「お待たせして悪いわね。思ったより時間が掛かってしまったわ。世名君……だったかしら? 改めて、先刻はお見苦しいところを見せてしまって、申し訳無かったわね」

「い、いえ! お気になさらず! 別に気にしてませんから!」

「そう……そう言ってもらえると助かるわ。さて……今度は真面目にお願いしますね?」

 

 と、六華さんは隣に座る葉霰さんを冷ややかな眼差しで睨む。

 

「分かっているさ。では、改めて……我が家へようこそ、世名友希君。まずは娘が色々と世話になっている事、親として礼を言わせてもらうよ」

「せ、世話だなんて……俺は別に何も……」

「ハハハッ、謙遜する事は無い。冬花や雹真から話は聞いているよ。雪美は世間知らずな奴だ、色々と苦労しているだろう?」

「い、いえ、そんな事は! とても立派で、素敵なお嬢さんだと思います! って、すみません上から目線で……」

「そう畏まらなくていい。なるほど……誠実そうな良い青年ではないか。雪美、良い相手に惚れたものだな」

「言われなくても自負しております」

 

 と、澄まし顔で放った朝倉先輩の言葉に、葉霰さんは豪快な笑い声を出す。

 

「言うじゃないか。聞いていた通りの惚れ込みっぷりのようだな」

「そうですね。……正直、驚きですね。あの雪美が……」

「……ああ、そうだな。あの雪美をここまで惚れ込ませた彼には色々と話を聞きたいところだが……今日は二人のデートだったな? なら、あまり時間を取らせる訳にはいかんな」

「ええ。誰かさんのせいで時間も大分無駄にしましたし、早く要件を済ませましょうか」

「要件……? 一体なんですか?」

「何を言う。今日はお前の誕生日だろう。なら親として、プレゼントの一つはしないとな」

 

 パチンと、葉霰さんが指を鳴らすと、大きな袋を持ったメイドが部屋に入って来て、葉霰さん達にそれを渡す。

 

「プレゼントって……私はもう親からプレゼントを貰うような年では……」

「まあそう言うな。大人しく受け取るのが、親孝行というものだ」

「……分かりました。有難く頂戴致します」

「それでいい」

 

 と、葉霰さんは満足そうに頷く。

 わざわざプレゼントを用意するなんて……いいご両親なんだな。朝倉先輩もなんだかんだ言って嬉しそうだし、家族仲は本当に良いんだな。

 

「じゃあまずは私から。おめでとう雪美」

「ありがとうございます、お母様。これは……?」

「私が昔着ていた晴れ着よ。もうすぐお正月だし、成人式なんかもその内あるわ。だから今の内に渡しておこうと思ってね。もし良ければ、使って」

「お母様の……大事に使わせて頂きます」

 

 六華さんから受け取った袋をギュッと抱え、朝倉先輩は頭を下げる。

 

「喜んでくれたのなら何より。さて……アナタ、真面目に選びましたよね?」

「もちろん。これから雪美に必要で、僕達の思い出も詰まった物を選んださ。さあ雪美、受け取ってくれ」

「ありがとうございます、お父様。……それで、これは?」

「中を見てみるといい」

 

 朝倉先輩は言われた通り、袋の中身を取り出す。

 袋から出てきたのは、一つの枕。ただ、普通の枕では無い。その枕には表に赤地にYESと書かれ、裏には青地にNOと書かれている。

 朝倉先輩はそれがどういう意味か理解出来ないのか不思議そうな顔をしているが、意味が分かる俺と六華さんは、ただただ絶句した。

 

「……これはなんでしょうか?」

「そうだな……己の心を映す夜の枕かな。もしも世名君とお付き合いする事になれば必要になるだろうしね。なんなら、今夜辺りにYESを表にしとけば世名君と――イッタイ!」

 

 スパンッ! と、聞き覚えのある音と共に葉霰さんの話が途絶える。音の正体は、やはり六華さんの扇子による一撃によるものだ。

 

「……真面目にとは?」

「いや、これは実用的で良い物だろう? 私は覚えているぞ。結婚してすぐの頃は、毎日のように君がYESの面を表にして私を待っていた事――イッタイ! 耳を引っ張らないで!」

「悪いけど、また席を外します。二人は気にせずデートを続けていて。アナタ……今度は一時間程度では済みませんよ……?」

「ハハハ……お手柔らかに」

 

 弱々しい笑い声を出す葉霰さんの耳を引っ張りながら、六華さんは部屋から立ち去った。

 まあ、あれは葉霰さんが悪いな。冗談だとは思うけど……冗談だよな?

 

「……ねえ、友希君」

「はい?」

「YESを表にしていれば、友希君は嬉しいのかしら?」

「……困るんで止めといて下さい」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 葉霰さんが六華さんに連れて行かれた後、俺は先輩の要望で、この家にある彼女の部屋に向かう事になった。

 ダイニングルームを出て、長い長い廊下を進む事、約五分。目的地である先輩の部屋の前に到着。朝倉先輩は扉を開いて中に入りながら、彼女の暮らしていた部屋に足を踏み入れる事に緊張して萎縮する俺を招き入れた。

 

「さあ友希君、入って頂戴」

「し、失礼します……」

 

 細々とした声を発しながら、俺は先輩に続いて部屋の中に入る。

 彼女の部屋は俺の想像通り、とてつもない広さを有していた。軽い球技なら余裕で遊べそうだし、リビングだと言われても一切疑わないだろう。

 だが、室内には少し大きいが勉強机にタンス、そして天幕付きのダブルサイズのベッドなどがある。ここは間違い無く個人の部屋。かつて朝倉先輩が使用していた部屋だ。

 今回は想像を絶する程では無かったが、それでも驚きは大きい。こんな広い部屋を一個人が使うなんて、正直考えられない。二人……いや、三人部屋でも広いぐらいだ。

 

「無駄に広いでしょう?」

 

 入口付近で室内を見回していると、先輩が不意にそんな事を口にする。

 

「あ、いや……」

「気を使う必要は無いわ。私だってそう思うもの。昔は落ち着かなくて仕方なかったわ」

「へぇ……先輩もそう思う事あるんですね」

「まあね。子供には大き過ぎるし……この広さに一人は流石に寂しいもの」

「あ……ご、ごめんなさい……」

「もう、気を使わなくていいって言ってるのに。昔の事よ。それに、今は友希君が居るから、寂しさなんて微塵も感じないもの」

 

 と、どことなく嬉し気な声で言いながら、先輩は部屋の奥にあるベッドに腰掛けた。

 

「さあ、そんなところに立ってないで、こっちにいらっしゃい」

「は、はい」

 

 入口付近から移動し、先輩の隣に座る。緊張するので少し距離を空けていたのだが、先輩は一瞬でその隙間を埋め、一ミリも離れずに体を密着させてくる。

 

「ちょ、先輩! 近いですって……!」

「今更照れなくてもいいじゃない。いつもの事でしょう?」

「そ、そうですけど……!」

「今日は私の為のデートなんでしょう? なら、これぐらいは許してもらうわよ?」

 

 悪戯な笑みを口元に浮かべながら、先輩はさらに俺に身を寄せる。二の腕がどんどん彼女の谷間に吸い込まれ、いつもの事ながら強烈な胸の柔らかな感触がみるみると強くなる。

 別に嫌では無いのだが、部屋で二人きりという状況でこれは色々とマズイ。どうにかして状況を変えようと、必死に思考を回しながら、とりあえず何か話題を生もうと口を開いた。

 

「そ、それよりこれからどうします!?」

「そうね……私はこうしたまま、お話をするだけでもいいわ」

「えっ……折角のデートなのに、何かしたりしなくていいんですか?」

「ええ。私にとっては、こうして友希君の側に居るだけで、今が幸福の時間になるの。この時間を、少しでも長く感じていたいの。……駄目かしら?」

 

 先輩は少しだけ身を沈め、上目遣いで俺の目を見つめる。その澄み切った美しい瞳に、思わず言葉が詰まる。

 

「ま、まあ、先輩がそれが良いって言うなら、俺は全然構いませんけど……」

「本当? ありがとうね」

 

 ニッコリと笑いながら、先輩はギュッと、俺の腕を抱き締める力を強める。

 

「で、でも、あんまりくっ付かないでくれると……」

「あら、私に抱き締められるのは嫌?」

「い、嫌って訳じゃ……ていうか、分かってて聞いてますよね絶対!」

「さあ、どうかしら? ともかく、いっぱいお話しましょ?」

 

 全く……やっぱりこの人が相手だと調子が狂う……俺もどうして全然慣れないかね。まあ、不快感は全くもって無いからいいんだけど。

 とりあえず、今日は彼女の為のデートだ。彼女が満足するまで、目一杯付き合ってやらないとな。

 

「とは言ったものの、何を話せばいいか、考えてみると案外思い浮かばないものね。友希君とお話ししたい事なんて、いっぱいあるはずなのにね」

「そうですね……何か話題になりそうな物があるといいんですけど……」

 

 キョロキョロと、辺りを見回す。するとベッド近くの床に何か落ちているのを発見する。

 

「これは……本?」

「あら、それはアルバムね」

「アルバム? 先輩のですか?」

「ええ……でもおかしいわね。アルバムはいつもしっかり本棚にしまっているはずなのに……片付け忘れ? いや、冬花に限ってそれは有り得ないわね……」

 

 ブツブツとアルバムが落ちていた訳を推理する朝倉先輩を横に、俺は一足先に答えに辿り着いた。

 恐らく、これは冬花さんがわざと落としていったんだ。きっとこれを話題にして、会話を楽しんでくれ――という事だろう。なら、その気遣いを有難く受け取ろう。アルバムはいい話題になるし、何より先輩の子供時代とかは素直に気になる。

 

「先輩、このアルバム見てもいいですか?」

「え? 別に構わないけど……面白いものは無いわよ?」

「こういうのは面白い面白く無いじゃ無いですよ。知り合いの小さな頃って、気になるじゃないですか」

「そういうもの? でも……そうね、確かに友希君の幼少期は興味があるわ。きっととても可愛いんでしょうね。今度見せてもらえる?」

「機会があれば」

 

 そう返しながら、アルバムを開く。一番最初に目に入ったのは、校門らしき場所の前で並ぶ三人の写真。

 写っているのは若かりし頃の葉霰さんと六華さん。そして――

 

「これが……先輩ですか?」

「ええ。懐かしいわね……入学式に撮った写真だったかしら?」

 

 やっぱり、先輩だったか。なんというか……全然変わらないな。

 小学校入学したての先輩の見た目は、当たり前だろうが、まんま今の先輩を小さくしたものだ。若干の幼さはあるが、顔立ちはほぼ完成している。今と同じくとても美しく、綺麗な女の子だ。

 

「フフッ……なんだか恥ずかしいわね、自分の幼い頃を見られるのは。変じゃないかしら?」

「そんな事無いですよ。凄く可愛いですよ」

 

 そう言うと、先輩は少し驚いたように表情を固める。遅れる事数秒、また軽口を叩いてしまった事に気が付く。

 

「す、すみません! 変な事言っちゃって……」

「いえ、少しビックリしただけよ。ありがとうね、とても嬉しいわ。友希君に可愛いなんて言ってもらえて」

 

 ほくそ笑みながら、先輩は俺の肩に寄り掛かるように頬を当てる。

 

「あ、と……ほ、他はどんな写真があるんですか?」

「他は……あんまり覚えてないわ。……この時期は、お気楽に写真を撮っていられる状況では無かったし」

「それって……」

 

 問う寸前。俺はある事を思い出し、小さく声を漏らした。

 そういえば、この頃の先輩は、自分の才能に気が付いて、それで……

 

「期待していた物が手に入らなくて、とても落ち込んでいたから……写真があったとしても、楽しげにしてるものは一つも無いでしょうね」

「あっ……ごめんなさい、嫌な事を思い出させて……」

「友希君のせいじゃないわ。私が勝手に思い出しただけ。こっちこそ、空気を悪くしてごめんなさい」

「でも、キッカケを作ったのは俺ですし……」

「もう……友希君は責任を感じ過ぎ。そういうところも大好きだけど、それで気に病むのは良くないわ」

 

 先輩はズイッと顔を近付け、真っ直ぐ目を見つめながら話を続ける。

 

「友希君の元気が無いと、私まで落ち込んでしまうわ。本当に私を思うなら、それ以上は考え込まない事。いいかしら?」

「先輩……はい、すみません……じゃない。分かりました」

「それでいいわ」

 

 満足したのか、先輩は微笑んでゆっくりと顔を離す。

 

「そうだ、友希君、よかったら二人で写真でも撮らない?」

「ど、どうしたんですか急に……?」

「アルバムを見ていたら、そういえば友希君とのツーショット写真が無いと思ってね。どう? 思い出に一枚」

「そういう事なら……構いませんよ」

「ありがとう。なら早速……」

 

 朝倉先輩は俺の隣を離れ、タンスの方へ向かい、何やら中を探り始める。

 

「えっと……ああ、あったわ。まだ……使えそうね」

 

 先輩がタンスの中から取り出したのは、一台の一眼レフカメラだった。

 

「先輩、そんな高そうなカメラ持っていたんですね」

「昔、お父様に貰ったの。でもあまり使わなかったから、ずっとタンスにしまっていたけど。これで撮りましょう、二人のラブラブな写真を」

「ら、ラブラブって……」

「ウフフ……三脚を用意するから、そこに座って待っていて」

 

 そう言い、先輩は再びタンスの中を探る。

 数分後、三脚を見つけた先輩は早速準備を開始。カメラをベッドの前にセットして、俺の隣に素早く戻る。

 

「三十秒後にセットしたから」

「はい」

 

 その報告を受け、俺は髪を軽く整え、真っ直ぐカメラを見る。

 それとほぼ同時に、朝倉先輩は太ももが触れ合う距離まで近付いてくる。ビックリして思わず横を向いてしまいそうになったが、間も無くシャッターが下りるのでグッと堪える。

 緊張に耐える事数秒――シャッター音と共に、眩いフラッシュが俺達を包んだ。

 

「んっ……ちょっとフラッシュを強くし過ぎたかしら……」

 

 心配そうな声を出しながら、先輩はカメラの下へ向かう。

 

「……よかった、ちゃんと撮れてるわ。……やっぱり、昔の写真よりずっと良いわ」

 

 と、先輩はうっすら笑みを浮かべた。

 そんなに良い写真だったのだろうかと、俺も写真を確認しに向かう。が、先輩は俺からカメラを隠すように背を向けた。

 

「へ? せ、先輩……?」

「……これは、友希君には見せられないわ」

「ええ!? どうしてですか!?」

「……ちょっと、恥ずかしいもの」

 

 そう、先輩は口元をカメラで隠しながら、微かに頬を朱色に染めた。

 先輩が恥ずかしいって……一体どんな写真が撮れたんだ……?

 気になって仕方無かったが、恥ずかしがる先輩から無理矢理カメラを奪い取る訳にもいかず、結局俺は先輩とのツーショット写真を見る事無く、先輩との会話は次の話題へ移ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 二人のツーショット写真がどんなものになったのか、それは皆さんの想像にお任せします。
 次回、雪美の誕生日回も終盤です。

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