モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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 前回と同じくこのお話も、もしも主人公が本編とは違うヒロインと付き合ったら、というifストーリーです。
 当然ネタバレもあります。それから本編で選んだヒロインとは違うヒロインとイチャイチャしとるので、そういうの嫌だなぁという人はご注意を。


少し早い夫婦体験

 

 

 

 

 

 

 三年生に進級して数ヶ月の時が経ったある日の事。

 今日一日の疲れを体に抱え込み、帰宅路を進んで自宅前に辿り着いた俺を、一人の女性が出迎えた。

 

「お帰りなさい、友希君」

 

 全身に疲れが溜まった体を癒してくれるようなとても綺麗な声を出しながら彼女――朝倉雪美先輩は、俺に向かって美しい笑顔を見せた。

 

「朝倉先輩? どうしてここに居るんですか? 今日は別に、会う約束はしてないですよね?」

「そうね、どこから話すべきかしら……今日、友希君は家に一人なのよね?」

「え? 確かに、母さんや友香達、みんなそれぞれ用があるとかで、明日の昼頃まで帰って来ないですけど……先輩にその事話しましたっけ?」

「いいえ。実は昨日、友希君のお母様から連絡があって聞いたのよ。それでその時、友希君の事を頼まれちゃってね」

「頼まれた?」

 

 俺が聞き返すと、先輩は頷いてから続けた。

 

「今日の友希君の夕飯を作ってあげてほしいってね。だからこうして、友希君の帰りを待っていたって訳」

「そ、そんな事頼まれてたんですか? そんなわざわざ……俺、夕飯ぐらい自分でどうにか出来ますし、そんな手を煩わせるような……」

「遠慮なんてしなくて良いわ。私は友希君に会えるなら、どんな要件でも喜んで引き受けるもの。それに――」

 

 朝倉先輩は滑るように俺の真正面まで移動し、上目遣いでこちらの顔を覗き込みながら、妖艶な笑みを浮かべた。

 

「彼女として、彼氏の生活を支えるのは当然でしょ?」

 

 急な接近に緊張してしまい、羞恥心からつい目を逸らす。

 すると、その行動で俺の感情を読み取ったのだろう。朝倉先輩は悪戯な笑みを浮かべながら、さらに俺との距離を詰めた。彼女の豊満な胸部が俺の胸と重なり、澄んだ瞳が俺を吸い込むかのように迫る。

 

「ちょ、先輩近いです……!」

「あら、私と密着するのは嫌かしら?」

「そ、そんな事は、無いですけど……」

「じゃあ、良いわよね?」

 

 そっと、先輩は俺の肩に手を添える。吐息が首筋に当たり、全身にくすぐったい感覚が走る。

 

「そ、それより! さっきの事について話しましょうよ! 脱線してますよ!」

「あら、すっかり忘れていたわ。ごめんなさいね」

 

 どことなくわざとらしく言いながら、先輩は俺から距離を取る。

 あ、危なかった……本当に先輩は、からかうのが好きなんだから……こっちの身が持たないよ。

 

 俺と朝倉先輩が交際を始めても、俺達の関係性はあまり変わらなかった。朝倉先輩は相変わらず俺をからかうような行動や言動を繰り返す。対して俺もそれに対して耐性を得る事も無く、毎度毎度照れたり緊張したりで、それが先輩の悪戯心を刺激して――といった感じだ。

 別にそれが嫌な訳では無いのだが、彼女のからかいは自分には少々刺激が強い。だから毎回、理性を保つので精一杯だ。

 だが、彼女は毎回楽しそうにしている。だから、俺が彼女のからかいを完全に拒否する事は無いだろう。俺は、そんな彼女の笑顔が好きなのだから。

 

 彼女のからかいから解放された俺は、ゴホンと咳払いをして気を取り直してから、話を戻した。

 

「で、さっきの話ですけど……つまり、今日は先輩がご飯を作ってくれるって事ですか?」

「ええ。出来るなら泊まって、今日は一日中友希君と一緒に居たいのだけれど、いいかしら?」

「まあ、先輩がそうしたいなら、俺は構いませんよ。正直、今日の夕飯どうしようか迷ってましたし」

「そう? それじゃあお邪魔しても良いって事かしら?」

 

 先輩の問いに、俺は頷きを返す。

 

「はい。是非、お願いします」

「分かったわ。友希君の為に、頑張っちゃうわね。それじゃあ悪いけど、中に荷物を置かせてもらえるかしら?」

 

 先輩は肩に掛けた鞄に目線を送る。

 

「これを置いたら食材を買いに行くから、良ければ付き合ってもらえるかしら?」

「はい。作ってもらう立場ですから、荷物持ちぐらいしますよ」

「あら、そんなつもりは無かったのだけれど……折角の好意、受け取っておこうかしらね。そうと決まれば、早速行きましょうか」

「はい。日が暮れる前に行きましょう」

 

 家の鍵を開けて、自分と先輩の荷物を置いてから、俺と先輩は近所のスーパーを目指した。

 

 

 

 適当な会話を交えながら歩く事数十分、目的地であるスーパーに到着。カゴを手に、早速店内の散策を開始した。

 

「さて……友希君、何か夕飯のリクエストでもあるかしら?」

「そうですね……俺は何でもいいですよ。先輩の料理は、どれも美味しいですし」

「あら、嬉しい事を言ってくれるわね。じゃあ、どうしようかしらね」

 

 店内を見回しながら、先輩は顎の辺りに人差し指を当てて思案する。

 

「そうね……なら、鉄板のカレーにしましょうか。いいかしら?」

「あ、いいですね。じゃあ、カレーの材料を買いに行きますか」

「ええ。フフッ……こうして二人で買い物をしていると、なんだか夫婦みたいで良いわね。それじゃあ行きましょうか、あなた」

「あ、あなたって……」

「あら、照れちゃって。相変わらず可愛いわね」

 

 と、先輩は楽し気に笑う。

 そっちも、相変わらず隙あらばって感じですね……本当に油断の出来ない人だ。

 

 不意なからかいに調子が狂い掛けたが、気を取り直して材料を買いに向かう。

 

「――そういえば、先輩大学の方はどうなんですか?」

 

 その最中、何気なくそう問い掛けてみる。

 今年の春に高校を卒業した先輩は、今はここから電車で数十分ほど先にある大学に通っている。大学生活の話は時々聞くが、最近はあまり聞いて無かった。

 

「そうね……まあ、特にこれといった事は無いわね」

 

 先輩は玉ねぎを二つ手に取り、見比べながらそう言う。

 

「授業は特に難しくも無いし、めぼしい事は何も。友人と呼べる人はいくらか出来たけど、そこまで深い付き合いでも無いし。正直、退屈かしらね。有意義な事もある事にはあるけど、やっぱり友希君が居ないと寂しいわ」

 

 見極め終えたのか、先輩は玉ねぎをいくつか買い物かごに入れる。

 

「私も友希君と同じ学年だったら、もう一年友希君と高校生活を楽しめたのにね。こればっかりは仕方が無いわね」

「まあ、そうですね。でも、俺も来年は先輩と同じ大学に行く予定ですし」

「そうね。その時まで我慢ね。でも、大丈夫かしら? あそこに入るのは結構難しいわよ?」

「そこはまあ……努力します」

「ええ、頑張ってね。もう大学の知り合いには、私の彼氏が来年ここに来るって言っているんだから」

「え!? 何ですかそれ!?」

 

 思わぬ新情報に、つい大声を上げてしまう。周囲の客の視線が集まり、慌てて声のボリュームを下げる。

 

「先輩、俺の事大学で言ってるんですか?」

「あら、愛しい彼氏の自慢話をしたくなるのが、彼女の心情というものじゃない?」

「……なんか、大学生活のハードルが一気に上がった気がします」

 

 こんな美人な先輩の彼氏なんだ。話を聞いた人達の中では、俺はきっと絶世のイケメンという想像が出来上がっている事だろう。……気が重いなぁ。

 

 

 そんな会話を交えつつ、必要な材料を求めてスーパーを回る事数十分。必要な材料を粗方集め終えた俺と先輩はレジへ。会計を済ませ、袋に買った物を全て詰め込んで外に出る。

 

「本当に荷物、任せて良いのかしら?」

 

 外に出てすぐ、先輩は俺の右手にぶら下がる袋を見ながら言う。

 

「それ、結構重いでしょう? 飲み物とかも買っちゃったし」

「これぐらい平気ですよ。その、俺だって男子ですから。彼女に重い物を持たせる訳にはいきませんよ」

「あら、カッコイイ。惚れ直しちゃう。でも、彼女としての意見を言わせてもらうと……」

 

 先輩はスッと手を伸ばし、俺の右手に重ねながら袋の持ち手を掴む。

 

「こうした方が、私としては嬉しいわ。この方が楽だし、共同作業って感じで良いでしょう?」

「……せ、先輩がそうしたいなら」

「じゃあ、こうしましょうか」

 

 俺との距離を詰め、指を絡めるように手を動かす。その柔らかい感覚につい力が抜けそうになりながら、俺は先輩と並んで自宅を目指した。

 

 

 

 行きと大体同じ時間を掛けて、自宅へ帰還。中に入って、荷物をリビングに運ぶ。

 

「ふう……さて、早速作り始めてもいいかしら?」

「あ、はい。じゃあ、俺も手伝い……」

「ああ、それは結構よ。料理は私一人で作るわ。友希君は完成するまで、ゆっくりしてて」

 

 そう言いながら先輩は自分で持って来た荷物の中からエプロンを取り出し、それを身に付ける。

 

「え、でも……」

「良いのよ。旦那様は妻が作る料理を、大人しく待っているものよ?」

「だ、旦那様って……」

「近い将来、私は毎日友希君の為にご飯を作ってあげるんだから。だから少し早い夫婦体験をさせてほしいわ」

 

 両手で髪を束ね、髪留めで結びながら先輩はそう言う。綺麗な微笑みと、髪を束ねる仕草にドキっとしながら、俺は頷く。

 

「わ、分かりました……そういう事なら、任せます」

「ええ。楽しみに待っててね、ダーリン」

「……呼び方統一して下さいよ」

「フフッ、ごめんなさいね」

 

 先輩は満足そうに笑って、キッチンの方へ姿を消した。

 俺はひとまず、着替える為に自室に移動。その後はリビングでテレビを見ながら、先輩手作りの夕飯の完成を待った。

 

 

 それから数時間ほど経った頃、キッチンから食欲を刺激する香ばしい匂いが漂って来た。どうやら、完成が近いようだ。

 

「――お待たせ、友希君」

 

 そして腹の虫を響かせながらまだかまだかと待つ事数分、先輩が出来立てのカレーを手にリビングにやって来た。

 

「おお、美味しそうですね」

 

 テーブルの上に置かれた先輩手作りのカレーを目にして、俺の口から自然とそんな言葉がこぼれ落ちた。

 見た目はザ・カレーといった実に美味そうなもので、匂いを嗅いだだけで涎が溢れ出そうになる。こんなの絶対に美味しいに決まっていると、既に俺の中では星三つの評価が上がっている。

 

「フフッ、おかわりはいっぱいあるから、遠慮せずに食べてね?」

「はい。三杯は行けそうです」

「あら、嬉しい。じゃあ、冷めない内に食べましょうか」

 

 席に座る先輩。俺も彼女の正面に座り、カレーと向き合う。

 

「では、いただきます」

「はい、いただきます」

 

 すかさずスプーンを手にして、ルーの掛かったライスを口に頬張る。

 瞬間、程よい辛さとほんのりとした甘さが絶妙なバランスで混ざり合った完璧な味が、口の中に広がった。あまりの美味さにコメントを口に出す事すら忘れて、俺は続けて二口、三口とカレーを運んで行った。

 

「あら、良い食べっぷりね。美味しいかしら?」

「めちゃくちゃ美味しいです。今まで食べてきたカレーで、一番かも」

「光栄な言葉ね。隠し味が上手く効いたのかしら?」

「隠し味? 何を入れたんですか?」

「そんなの、決まってるわ」

 

 そう言うと先輩は急に身を乗り出し、俺の耳元に顔を近付けて――

 

「友希君への、あ・い・じょ・う」

 

 まるで息を吹き掛けるように、少し色っぽく囁いた。

 

「ちょっ……!? いきなりなんですか!? それに愛情って……!」

「愛情は一番のスパイスって言うでしょう? 私の友希君への愛情は底知らずだから、効果は絶大だったようね」

「し、しれっとそういう事言わないで下さいよ……反応に困ります」

「あら、私の愛情たっぷりの手料理、嬉しくない?」

「……嬉しいです」

「素直で結構。じゃあさらに愛情を込めて、私が食べさせてあげましょうか? 愛情二倍増しよ?」

「え、遠慮しときます!」

 

 これ以上の展開を避けるように、俺は再びカレーを一心不乱に食べ続けた。そんな俺を楽し気な目で見つめ、先輩もカレーを口に運んだ。

 

 

 何回か先輩のからかいを受けながらの夕飯をどうにか終えた俺は、満杯になったお腹を擦りながら、ソファーに身を投げた。

 

「ふぅー……ごちそうさまでした、先輩。とっても美味しかったです」

 

 テーブルの上を片付ける先輩に視線を送りながら、お礼の言葉を投げる。

 

「満足してくれたようで何よりだわ。まだ残ってるから、明日友香ちゃん達と一緒に食べてね」

「はい。そうさせてもらいます。でも明日には終わっちゃいそうで、ちょっと残念です」

「頼んでもらえたら、いつでも作ってあげるわよ。さて、と」

 

 テーブルを拭いていた布巾を畳みながら、先輩はこちらに目をやる。

 

「私はこれから食器とか片付けるから、友希君は先にお風呂入ってて良いわよ。さっき、カレーを作る合間に沸かしといたから」

「え、いつの間に……ありがとうございます」

「友希君の妻になる者として、これぐらいは当然よ」

「流石ですね……えっと、先輩は今日泊まる訳だし、お風呂入りますよね? じゃあ、そのままにしときますね」

「ええ。ゆっくりで良いからね」

 

 キッチンに向かう朝倉先輩を見送ってから、俺はリビングを出て風呂場に向かった。

 

 

 

「はぁ……良い湯加減だ……」

 

 適温に温まった湯船に浸かり、俺は縁に背中を預けてだらけた。

 

 今日は一人で過ごす予定だったのに、先輩が来てくれたお陰で楽出来たなぁ……しかし、ご飯を作ってもらって、お風呂も沸かしてもらって……本当に夫婦みたいだな。将来結婚したら、こんなのが当たり前になるのかな?

 結婚か……今は想像出来ないけど、きっと幸せな日々になるだろうな。俺は、先輩にからかわれる毎日が続くんだろうけど。

 

「ハハッ、ちょっとは耐性付けないとなぁ……難しいだろうけど」

 

 そんな呟きが浴室にこだました直後、外から先輩の声が聞こえて来た。

 

「友希君、お邪魔してもいいかしら?」

「あ、はい…………はい!?」

 

 つい自然に返事してしまったが、なんて言ったあの人!?

 

「あ、あのちょっと待って――」

 

 慌てて訂正しようとしたが、時すでに遅し。浴室の扉が開かれ、奥から先輩が顔を覗かせた。今は首下までしか見えていないが、見た感じ服を着ていない。

 

「湯加減はどうかしら?」

「あ、良好です……じゃなくて! 何入って来てるんですか! しかも裸で!」

「ああ、安心して良いわよ。バスタオルは巻いてるから。友希君の分もあるわよ」

「そういう問題じゃ無いです!」

「あら、いらないかしら?」

「それは貰っときます!」

 

 先輩から受け取ったバスタオルを湯船の中で巻く。その間に先輩は浴室の中に入り込み、扉を閉めて俺に向き合う。彼女の言った通り、バスタオルだけを巻いた状態で。

 

「……で、何をしに?」

 

 顔を上げて、先輩を見上げる。が、バスタオルの隙間に出来た谷間が目に映り、即座に目線を逸らす。

 

「片付けも終わったから、背中でも流してあげようと思ってね。それも夫婦生活の醍醐味でしょ?」

「だ、だからっていきなり……こっちにも、心の準備っていうのが……」

「あら、事前に伝えたら快く受け入れてくれたの? なら、言っておけば良かったわね」

「そういう意味じゃ無いです!」

「冗談よ。安心して、別に変な事はしないし、ただ背中を流してあげるだけだから。駄目かしら?」

 

 湯船に浸かる俺に目線を合わせるようにしゃがみ、可愛らしく首を傾げる。バスタオルからこぼれ落ちそうな胸が近付き、慌てて顔を逸らす。

 

「……ここまで来て、駄目ですとは言えないでしょう」

「ウフフ……流石友希君。そう言ってくれると思ってたわ」

 

 にっこりと微笑んで、先輩は椅子を用意してその後ろで膝を突く。いつでもどうぞ、という事だろう。

 仕方が無いので、俺も腹をくくって湯船から出て椅子に座り、先輩に背中を向けた。

 

「フフッ、大きな背中。見てて安心しちゃうわ」

 

 そう言いながら、先輩はそっと撫でるような手付きで俺の背中に触れる。

 

「そ、そういう触り方は止めて下さい! なんというか……くすぐったいです」

「あら、ごめんなさい。じゃあ、あまり刺激しないように、丁寧に洗ってあげるわね」

 

 先輩はスポンジにボディーソープを垂らして、泡立ててから背中を洗い始める。

 

「大丈夫? 痛くないかしら?」

「は、はい……全然、平気です」

「そう。何か要望があったら言ってね? 何でも受け入れるわよ?」

「……先輩、狙って言ってますよね」

「さあ、どうかしら?」

 

 楽しそうに答えながら、先輩は丁寧に俺の背中をゴシゴシと洗い続ける。

 

「フフッ……何だか幸せだわ」

「先輩……?」

「私、お風呂の時間が好きなの。今は背中を流してあげてるだけだけど、そんな時間を友希君と共有しているのがとっても嬉しいの。ねえ、結婚したら毎日一緒に入りましょう? もちろん、バスタオルは無しで」

「……善処します」

 

 まあ、結婚して夫婦になったら、そういうのも当たり前になるのか。だったら、少しは慣れておかないとな。

 

「よいしょっと……」

 

 すると不意に、先輩が大きく身を乗り出して腕を前に出す。彼女の胸が思いっきり背中に押し当てられ、強力な弾力が襲い掛かる。

 

「ちょっ……!? いきなりなんですか!?」

「前の方も洗ってあげようかと思ってね」

「い、いいですよ自分で洗いますから! ていうか、それなら前に回ればいいでしょう!」

「ああ、それもそうね。じゃあ……」

「いいですいいです! 自分で洗いますから! 先輩はそこでジッと待ってて下さい!」

「そう? じゃあ、そうしとくわね」

 

 クスクスと、先輩の笑い声が聞こえた。

 絶対わざとやってるだろう! 全くこの人は……やっぱり当分、先輩のからかいには慣れそうにないな。

 

 

 それから速攻で体を洗い流した俺は、浴室から脱出するようにその場を後にして、代わりに今度は先輩が風呂に入った。

 俺は一足先に自室に戻り、就寝の準備を進めていた。きっと彼女は一緒に寝ると言い出すはずだ。なら、片付けぐらいはしといた方がいい。

 

 それからしばらくすると、薄手の水色のワンピースに着替えた先輩が部屋にやって来る。

 

「ああ、ここに居たのね。私を待っててくれたの?」

「まあ……先輩、絶対ここで寝るって言うだろうし」

「流石、私の愛しい友希君。私の考えはお見通しって訳ね」

 

 嬉しそうに声を弾ませながら、先輩はベッドの下まで移動してストンと腰を下ろす。そのまま滑るように奥まで移動して、横になる。

 

「ねえ、横になって話しましょう。そうすれば自然と眠くなるだろうし」

「そ、そうですね……」

 

 そろりと、俺も先輩の横に寝っ転がる。

 すると案の定、先輩は俺に密着する。首周りに腕を回し、鼻先が触れ合いそうなほど顔を近付ける。

 

「ち、近いですよ……!」

「あらそう? 私はまだ行けるわよ?」

 

 言いながら、先輩はさらに身を寄せる。色んな部分が密着し、柔らかな感触が全身に走る。

 

「さ、流石にこれは……!」

「……確かに、少し近過ぎるかもね。これじゃあ、まともに会話出来ないわね」

 

 少しだけ身を離す先輩。彼女の顔は、いつもより赤くなっているように見えた。

 

 

 それから暫しの間、俺と先輩は横になって他愛のない会話を繰り返していたが、不意に先輩があくびをこぼした。

 

「ああ、ごめんなさい……はしたないわね。いつの間にか、夜も更けてきたわね」

「そうですね……今日は寝ましょうか」

「名残惜しいけど、そうしましょうか」

 

 俺は一旦起き上がって電気を消してから、再びベッドに寝っ転がる。

 

「先輩、改めて今日はありがとうございました。カレー、美味しかったです」

「どういたしまして。私も、今日は楽しかったわ。まるで夫婦のような体験が出来て、嬉しかったわ」

「夫婦、ですか……まあ、実際そうなるのは、まだ先の話でしょうけどね」

「そうね。でも、その未来は確実に先にある。そうでしょう?」

「はい……そうですね」

 

 いつになるか分からないけど、俺は必ず先輩を幸せにしてみせる。彼女の望むような、幸せな家庭を築いてみせる。その為に、色々と頑張らないとな。

 

「それじゃあ、もう寝ましょうか」

 

 そう言って先輩は目を閉じる――が、不意に瞼を上げて、俺に顔を近付ける。

 

「先輩?」

「忘れるところだったわ。――おやすみなさい、未来の旦那様」

 

 優しい囁きと共に――先輩は俺の唇にそっと口付けを送った。

 

「んなっ……!?」

「フフッ……おはようは、友希君からお願いね?」

 

 艶やかな笑みを浮かべながら、先輩は俺に抱き付いて眠りに付いた。

 

 とりあえず……夫婦になっても、俺は先輩にからかわれ続けるんだろうなぁ――そんな未来予想を浮かべて、俺も先輩を抱き締めながら眠りに付いた。

 

 

 

 

 




 ラストは朝倉先輩と恋人になった場合のifストーリー。
 前回とは全然違い、友希は振り回されっぱなし。きっと彼はずっと彼女にからかわれ続けるでしょう。からかい上手の朝倉さんのからかいはまだまだ続く。

 番外編は、一応今回で終わりです。
 ただ何かアイデアが浮かんだり、リクエストがあれば、やる気次第でまた違った話を書くかもしれません。
 その時は、是非よろしくです。


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