私にとって、京楽春水への弟子入りは願ってもない申し入れでしたので早々に、隊長に改めて私からお願いして弟子入りをしました。そしてそれに加え副隊長の伊勢七緒さんに不得意の破道を師事することを許されました。
あまりに、運のいい都合の良い方にばかり進むので少々気の弱い私には、気味悪く感じましたが、いい傾向なのだとそう思うことにした。それから稽古は毎日ある訳ではなく、都合のいい日を師匠らが決めて細く裂かれた半紙に書いて、それを蝶に巻いて週の始めに渡す。まあ、平隊員の私には特にこれといった予定も任務も無いのでこの粋なやり取りを好いていました。
書類仕事が早く終わったりすると、稽古の日でなくともどちらかの師がそれとなく私を庭へ連れ出し木刀で打ち合ったり破道の詠唱の手順の確認や暗唱、ほかの隊員には隊長格に構われてる私を嫌うのではないかと案じ居た堪れない気持ちで過ごしていましたが、小さな体の私にそんなことを抱く輩は現れず、むしろ微笑ましいとでも言いたげな雰囲気を醸し出していたので救われた。
勿論、自主的な鍛錬は欠かさない。
京都の哲学の道に似た水路沿いの紅葉や桜といった木々のトンネルを石畳に沿って単発的な瞬歩+ランニング、自宅の裏庭で素振り、ストレッチに体幹を鍛えるトレーニングだったり、自分に思い当たるだけのことをしたが自分でもそれだけで原作についていけるほどの実力がつくとは思ってはいないので心の底では焦りを持て余していた。
そんな日々を重ねていくと、季節は巡った。めまぐるしく巡った。
春夏秋冬、日に日に太陽の照る時間は長くなり、山の色が変わる。老いた緑とくすんだ茶色の水墨画のような冬山から山の輪郭がぼんやりと淡い萌葱色から、梅や桃や桜の蕾が紅や白を山の彩りに加える。流魂街からは耕された田んぼからなんとも言えない発酵したようなふかふかの土の匂いが流れてきた。
夏を迎えると、また暑さがぶり返す。
ついに13歳を迎えた。原作開始、一護が来るまであと2年。
山の色は輝くエメラルドグリーンに変わった頃、私は八番隊から十一番隊への異動が決まった。もともと平隊員は、隊色を身を以って知るために人の回転が著しい立場である。その平隊員にも斬魄刀の能力や、元々そこを志願していた者や家柄などが絡んでくると例外であるが。
それがついに、私の番に回ってきたと言うわけである。
「それにしても何で、十一番隊なんですかネッ」
カンッ、カン
「まあ、ぼくは丁度いいと思うけどね」
カンカンッ
木刀同士がぶつかり合う乾いた音、軽い身体を跳ねさせてやや上から攻める杏。
それを力を流すように木刀を沿わせ、二度受けては形勢を変えて淡々と攻める京楽。杏はそれを焦った表情で受け止めるが、裏腹に柳のように柔らかく木刀を受けて弾いた。
会話を交わしてはいるが、勿論木刀を使用した稽古は危険としか言えない。木刀を受けそびれて、身体に当たってしまえば下手をすれば命の危険もあり、よくて捻挫。実際、杏の細い身体には青あざに骨にはヒビの修復した跡がいくつも残っている。
黒崎 杏。
少し身長が伸びた。
子供特有のぽてっと張った腹は、板が入ったように平らで厚みがなくなり、頬のまろみも顎のラインが引き締まり顔立ちがはっきりとしてきた。そうすると、双子のはずの一護と男女の違いがはっきりとしてきた。
入隊直後までは鏡を見れば髪の色と長さが違う弟がこちらを覗き込むようにも見えていたが、10歳辺りからどちらかというと覇気のない志波 空鶴のような顔立ちになってきた。志波家の遺伝子の強さには、恐れ入った。
そして細く柔らかい髪から、母親の癖っ毛が顔を出し始め、父親から遺伝した太めの黒髪に変わり、杏の無精者さを象徴するかのようにふわふわと肩のラインを越すぐらいの長さに伸びていた。杏はそれを邪魔にならないよう前髪を巻き込んでまとめて結んでいた。
肋や鎖骨に角ばった骨の浮く上半身に、薄い臀部、筋肉がつき弾力のある引き締まった脚、首もすらりと長くバレリーナに適していそうな体型。黒崎 杏は一般的な小学生に比べて成長速度が速かった。夜な夜な成長痛やギシリと家の柱が軋むような骨の音に目を覚ますこともしばしば、あまりに酷いので四番隊へ行くと「死神に成長痛ですか?とても稀ですね。う〜ん17歳前後まで続くかもしれないので、薬を出しておきますね。按摩の方法も教えますので覚えてってください」と残酷な言葉を告げられた。あの花太郎くんに。
「はい一本!!!」
「だッ...!」
身長差のある人に対して、上から攻めるのは得策とは言えない。だからわざと細かく動いて、上からの攻撃に集中させた後に隊長の木刀に注意しつつ隊長の弁慶の泣き所に向かって木刀を振ったのに、死角からデシッといつのまにか懐から取り出した扇子で、顎が下から上一直線に弾かれた。
「ぐう…舌噛み切ったら責任取ってください…いたい、お金ください。いや、責任なんて取れませんよね隊長にそんな甲斐甲斐しさを求めたことはありませんが必要な時もあるんですよ」
「だいじょ〜ぶ、それくらいなら四番隊の子たちがなんとかしてくれるよ〜それに、舌もよく回っているようだから安心だね」
全然大丈夫じゃない、大丈夫じゃない。
ズキズキと痛みを主張する舌をべっと出していると、今日の昼食は肉餡かけうどんから変えたほうがよさそうだ、食堂のお品書きの書き出しを思い浮かべたがサバの味噌煮定食が妥当か、と一瞬飛んだ思考を隊長に正した。
随分と隊長たちと慣れてしまったためこの隊から出るのは、名残惜しい。
「...ところで丁度いいってなんですか」
「んーまずはあんずちゃんのいいところを活かせてないってところから話そうか?僕らは二刀流だ、しかも刃の長さが違うという共通点まで持っている、似た者同士。だから粗探しが楽だ。」
縁側に置かれた手ぬぐいを投げられたので受け取り熱を持った顎に当て、息をつく。
「と、ここでそれを教えあげたいけれども自分で気づくことも修行だからねえ。ヒントだけあげようかな、キミ理屈っぽく戦いすぎ。十一番隊に入ったら嫌ってほど扱かれてきなさいな。あんずちゃんの師匠の座は譲る気ないから安心してね」
それでも、師匠かよ。その言葉を飲み込んで私は十一番隊へ。