「___一護の仲間だろう。」
そう言い放つ女に石田 雨竜は、発現させた矢の霊圧を強める
「なぜあなたが、その名前を知っている」
雨竜は不審な女の挙動の一切を見逃さぬようによくよく観察した。女性にしては高めの背に長い首、身は薄くひょろりとした印象を受ける。姿勢が良く次の動きが読めない。高い位置で結い上げた髪が身体の線に沿って揺れて、雨竜はいつかテレビで見た真っ黒で川に身体を向けて獲物を待つ川鵜の姿にどこか風貌が似ていると思った。
そして女が口を開くと、それは自己紹介にはあまりにも情報が足りない不親切なもので、余計に雨竜を混乱させた。
「わたしは護廷十三隊七番隊第三席。朽木 ルキアさんと仲良いんだ、君達の目的は彼女でしょう?ああ大丈夫、安心して。そのことに関して二、三人ほどしか気付いてないし、私はそれに協力したいなんて思ってたんだ」
「っ!」
「石田くん!」
そして女が消えた。
確かに警戒していたはずだった…目の前の女が消え去ったと思った瞬間、雨竜の懐に女は潜り込み、前髪から覗けたきらきらと光を含む瞳が自身の目とかち合う。瞬歩を使ったのだろうか、それにしては速過ぎた。つがえた矢の鋒を指に当てたり離したりと弄んでこちらの顔を覗き込む顔はにこにことほくそ笑んでいる。くそ…っ!悪態を飲み込んですぐに飛廉脚を使いその場から距離を取る。
「ぴりぴりする。まあこんな感じで今は戦わない。君達が向かうべき場所はあそこ」
こんな感じ、というのは多分いつでも僕たちに一太刀与えられるという実演のつもりだったのか。そしてその女性から伸びる白く骨張った指が指差した先をみると、背の高い白磁の塔があった。
「それじゃあね」
「あ、ちょっと」
二人が目を塔に向けた次の瞬間にはもう、そこには誰も居なかった。
倒れていた一貫坂という男も、その三席だという謎の女性も。戦闘後の荒れた屋根に残った旅禍の二人はなんとも言えない顔を合わせた。
「一体なんだったんだ」
「ね…。と、とりあえず教えてもらったあそこ行ってみよう!多分あの人悪い人じゃないと思うんだ」
_____
杏は、四番隊総合救護詰所で一貫坂を渡すと第一治療室に足を向けた。
十一番隊の床と違い軋まない床を滑るように歩けば、目的の第一治療室に着く。入り口の壁に穴が空いているところを見ると、もう涅隊長や更木隊長が来た後のようで、もう一護の情報は更木隊長に伝わっているようだ。じゃあ、もう確認すべきことは無い。それが知りたかっただけなのでこっそり覗くと、一角三席も寝ているようだったのでお暇することにした。
さて、隊長のところに報告に行かねばと踵を返した時、鼻先に青々とした杉のような清涼なシダー系の匂いが掠めた。
「やあ、きみは黒崎三席だったかな」
「ぁ…お疲れさまです藍染隊長」
「ああ、お疲れ様。入らないのかい?斑目三席のお見舞いに来たんだろう。確か君、前は十一番隊にいたんだったね」
「はい、よくご存じで恐縮です。ですがお休みのようだったのでまた後で来ようかと。藍染隊長はどうしてここに」
声が震えそうだ。
どうか気づかれませんようにと声色も表情も霊圧も呼吸も気を配るが、全てが逆効果に思えて背中が冷たい。
すでにこの男の斬魄刀が開放状態だったら、そんな考えが杏の脳裏をよぎる。
この人の斬魄刀は刃を見たらアウトだったか、全体の欠片でも見たらアウトだったか思い出せ!…海馬を目まぐるしく働かせて記憶を必死に探るが本人を前にしてはどうにも焦り、頭が働かない。ただ、ここでこの男の刀を見てはいけないと思い顔から目線を外さないように努力した。
だが、その瞳の恐ろしいこと…澄んでいるように見えてその奥には洞穴のような暗さや冷たさがなりを潜めている。咄嗟に獣的本能で目を背けてしまったが、なんとか喉仏のあたりに焦点を合わせ上下する喉仏を見ていた。
「僕も様子を見に来たんだがね。そういえば、四席の慈楼坊もやられたそうだけど_旅禍に会わなかったのかい」
「どうも…既に逃げた後のようでして、それも含めて今から隊長のところに報告に行くところです。申し訳ありません急ぎますのでこれで」
「ああ、それじゃあまた」
五番隊隊長としてまた会うことなんてないだろうに。
あっさりと逃げ出せた隊長の横を通り抜け、詰所を出ると溜めていた分大きなため息が吹き出た。それまで止めていた鳥肌がぞわぞわと湧き出し、心臓がとくとくとくと早鐘を打って体が破裂してしまいそうだった。というか、なんであんな目をしていてどうしてあの人を信頼しようと思うのか…最早それすらも催眠で隠しているのだろうか…
流石に急な藍染とのエンカウントに杏の心は追いつかず、この物語に参戦する自信が急降下した。
_____次の日の早朝、護廷十三隊 五番隊隊長 藍染 惣右介の死体が副隊長らに発見された。城壁に自身の斬魄刀で縫い付けられたその姿は、異国の神の子キリストのようにも見えたと誰かが言った。
________
「あー、嘘もう始まっちゃったかあ」
殲罪宮の近くまでやって来ると、二人分の霊圧の猛りにぞわりと顔の産毛が毛羽立った。
一護vs更木剣八
茶度 泰虎が八番隊隊長京楽 春水によって確保されたことの報告を受け、先程から大きく揺れぶつかり合う霊圧を目指して来てみれば、その闘いはすでに佳境を迎えている。
あちこち見渡すと少し離れたところの見渡しのいいところに、十一番隊副隊長 草鹿 やちるが見物していたのでその側まで移動した。
「あーアズアズ!見て見て剣ちゃん楽しそうでしょお」
「お久しぶりです、副隊長。本当に楽しそうで」
彼女のにこにこと高揚して色づく頬に、返すように微笑んで屋上から二人の闘いを見学するため体育座りの姿勢をとる。既に一護は覚醒した後のようで、随分離れたところにいるというのに、びりびりとした霊圧で巻き上げられた微温い風が髪を揺らす。
ドクドクと噴き出す血で塗られた戦場、血の匂いが微かに嗅ぎ取れる。二人とも痛そうだ。けど、そんな事感じないほどに楽しいのだろう。実際に更木隊長は「楽しい」と公言しさっさとカタをつけたいという一護を嘲笑う。
「最高だ…!
対等の戦い
いやわずかに、だが確実にお前の方が上だ!!
いつ以来だ…こんな高揚は…
お前になら_________全力で戦っても良さそうだ‼︎」
死神が笑っていた。
ぼろぼろと刃毀れの酷い刀は命を刈り取る意味をなさず、ただ闘いを永遠に続けようという意思だけがその刃に過ぎたほどの力を宿し獣の牙と化す。
死神は獣へと変貌する
いや最初っからあの人は獣なのかもしれなかったと、杏には馴染みのあるその眼帯に手にかける更木隊長の笑みに不気味さを覚えた。霊力を食い続けるその眼帯には数個の口がついており、外された瞬間笑っているようにも見えた。爆発的に流れ出る霊圧に辺り一面は支配され、一護の目の前で獣が笑っていた。
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殲罪宮下には、コンクリート打放しの、似たような背の高い建物が並ぶ。それはすぐそばに保管される《双極》の影響を受けにくい建物として作られたもの達が力と力のぶつかり合いでドミノのように、クッキー生地のように、脆く崩れる。産み出された塵が舞い上がり視界は塞がれた。霊圧を解放した剣八に対して、斬魄刀と二人でそれに向き合った一護。
晴れたら土埃の先に立ち上がるものはいなかった。
「いかなきゃ」
横にあったはずの小さな身体はすでに地に伏せる剣八の元に飛び立ち姿を消していた。それじゃあと杏はするりと一度、一本に纏めた髪を撫でると、やちるの後に続くように建物から落ちた。
落ちる落ちる落ちる、風やまだ舞ったままの塵が頬に当たり小さな痛みを杏に与える。途中で剣八を抱えたやちるとすれ違うが目線を向けただけで、構わず落ちて落ちて落ちて重力で広がる死覇装の袂はまるで鳥のようで、そして軽やかに一護の元に降り立った。
「いちご」
気を失った一護に跪いた。その失神した顔は確かに杏と似ており、しかし覇気のない顔を冷たい指で撫で、抱えようと腕を回した瞬間向けられた殺気に、顔を上げた。
「おぬし、何者じゃ。其奴をどうするつもりか」
黒猫が人の言葉を喋っていた。
真っ黒な子猫の小さな身体から放たれているとは信じられない、隊長格並みの殺気に少し圧倒されながらも彼女に向き合う。
「はじめましてわたし、一護のお姉ちゃんです。助けにきました」
前髪をずらして笑えば毛羽立った猫に、少し愉快な気持ちが沸き起こった。
鳥と猫の遭遇…争いが始まらないわけがなく…