群青月歩   作:綿苗

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ウィリアム・シェイクスピア曰く、

_今晩一晩は我慢しなさい。
  
そうすれば、この次はこらえるのが楽になる。

そして、その次はもっと楽になる。_


17、疑惑

.

朽木ルキアが収監される白磁の塔、懺罪宮(せんざいきゅう)。そのすぐ側の丘に立つ、処刑のため二つの道具『双極』。それを迎える磔架だけが坐す、俗に双極の丘と呼ばれる清閑な丘―――その丘の中を巣のように切り崩した空洞の中で、黒崎 一護は目覚めた。

 

古い匂いがした。

 

土の匂いに、饐えたようなどこか酸っぱい古い木の匂い。

 

どこだ、ここ…

―――俺は、死んでねえのか…?

 

二度と目を覚ますことはないと思っていた。戦っていた場所は、既に死者が訪れる場所だったから、もう、二度と目を覚ますことはないんだろうと思ってあの時目を閉じたのに…実感が薄く何度も目を閉じたり開いたりして、霞む目の焦点を合わせる。ああ、呼吸も上手くできない…浅く荒いものを犬のように繰り返す。それもそのはずで、内臓は大半が潰れて身体の皮膚の殆どには刀傷がついていた。

 

…寒い、いやあつい

不思議な感覚だった身体の奥は酷く重たく冷たいのに、表面はドクドクと脈打ち焼けるような熱を放って耳の奥で耳鳴りが微かにしていた。自分の置かれた状況を理解しようと、乾いた目だけを動かすと、知らない女と、その膝に座る小さな黒猫と目があった。

 

「…夜一さん!無事だったのか…よかった…」

 

「ああ、おぬしよりはずっとな」

その毛皮に一寸の傷もない黒猫は瀕死の一護を一瞥すると、呆れたように呟き枕元で胡座をかいていた女の膝から降りた。夜一を乗せていた女は、夜一が下りるとすくりと音もなく立ち上がると奥の暗闇の方へと歩いて行き一護はそれを”誰だ”と訝しみながらも見送ると黒猫へと目線を戻した。

 

「(誰だあれ…)…そうか、夜一さんが助けてくれたのか…ありがとう」

 

「なに、あやつもおったし、あれだけの傷で即死しなかった自分の生命力にでも感謝するんじゃな」

 

「…傷…そうか随分切られたからな…俺…、

 そうだ…‼︎チャドが危ねーんだ…助けに行かねえと…ッヅ!」

 

勢いよく起き上がった反動で、バツリと傷が開いて包帯が血に染まる。

 

一護が思い出したのは、剣八との戦闘中に感じた蝋燭の炎のように小さくなった茶渡の霊圧。今にでも駆け出そうとするその顔面に夜一の全体重が乗った肉球が炸裂し、再び一護の体を布団に沈めた。一護の額には可愛らしい肉球の跡が二つ残されていた。

 

「落ち着け、茶渡なら無事じゃ。井上も石田もなあ」

 

「え…?」

 

低い声は、荒ぶった一護を宥めようと綽々と言葉を紡ぐ。

 

「戦った相手が良かった。傷は負ったが生きておる。井上と石田なぞ上手く敵をかわしてまだ殆ど無傷じゃ。とにかく、おぬし暫くは結界の中で大人しくしておれ。半死人が助けに行ったところで役に立たんじゃろうて」

 

「失礼」

 

女性にしては少し低い、凛とした声が場を裂いて一護の耳元で聞こえた。

いつの間にかそばに戻ってきた女に、起き上がるよう支えられた手で促されると何故か無意識に身体が従う。そんな女を一護は指差して、黒猫に顔を向けて問うた。

 

「なあ夜一さんさっきから気になってたけど、この人は誰なんだよ」

「ああ、私のことはお気になさらず」

「あ、いやでm」

「_お気になさらずに」

「はい」

 

夜一に問うたもの全てを女が遮る。

上擦った声の返事が出て戸惑いを表すが、どうもこの手の女性には弱い。

長い黒髪で顔はよくわからないが、ふわふわとうねる髪に細い首はその女をか弱く見せて、纏った甘い木の匂いがどこか母を思い起こさせる。それらがどうにも強く出るのを憚らせる。

 

大人しく促されるように動くと、女は楽しげに口元だけにこにこと笑みを含ませて包帯を換え、湿らせた手拭いで体を拭く。死覇装を着ているということは死神だろうに、夜一さんが警戒する気配がなく口出しもしないので大丈夫なのだろうと一人で理解はしたが、一護は多感な年頃に女性に身体を清められるという行為に悶々と羞恥で顔を赤らめた。

 

 

「おぬしあまりはしゃぐな、臓物が半分も潰れておるのじゃぞ。これが懐に入っていなければ今頃、胴は真っ二つになっておったところじゃ。しかし、驚いた。まだこれを持ち歩いておったとはな…」

 

「それが、入っていた…⁉︎俺の懐に…⁉︎」

夜一が取り出したそれは、確かに花太郎に促され地下水道に捨ててきたはずの三本の爪痕のような模様の入った仮面だった。一護が経緯を話し、戻ってきた仮面に手を伸ばすとそれを夜一が叱咤し、仮面は夜一が預かることとなった。お守りにしたかったのにと呟く一護に、夜一の厳しい眼差しが突き刺さる。

 

「…し、しかしよーやっぱすげーな夜一さんは…あんだけ隊長格がうろうろしてる中で傷一つ負ってねーし、この人の手を借りたかも知んねーけど俺のこともあっさりこんなところまで運んじまうし」

 

「なに、そのぐらい元の姿に戻れば造作もないことじゃ」

 

元の…姿?

 

驚愕に身体を固める弟の姿に杏は、相変わらずにこにこと楽しそうにその様子を見ていたがこの後の展開を察知すると、いそいそと奥に置いてある箱から洋服を用意すべく立ち上がる。黒猫はその艶やかな毛皮の姿からついに真の姿を披露する時が来たようだった。

 

「お主らにはまだ一度も見せたことがなかったな…いいじゃろう見せてやろう儂の真の姿を

 

な!ン!服を着ろー!!!!!!

 

真の姿と言われて混乱のなか巻き上がった煙の中に見えたシルエットは、突き出た胸に引き締まったくびれから小ぶりな臀部、すらりと流れるような脚は猫の頃の名残のようにしなやかだ。…煙の晴れた先には、褐色の美人が意気揚々とその裸体を晒し、一護はその反射神経を生かして即目元を手で覆い隠し叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________

 

 

俺が行かねえで 誰が助けるんだよ!!

 

 

目と鼻の先に鎮座する殲罪宮から発せられた身体の芯を揺らすような重たい霊圧…朽木白哉の霊圧の高まりに殲罪宮に向かった花太郎と岩鷲の安否が危惧された。一護は吠え、四楓院家の宝具を使い飛び出した。杏はただそれを静かに見送り、ぴりぴりと毛先で燻る霊圧に、成長を感じ感心までしてる始末だった。

 

豆粒のように小さくなった弟の姿を目にして彼女は思う。…彼は、わたしの弟で主人公で、朽木ルキアを、仲間を助けるために来ているのだから…わたしが邪魔をしてはいけない。今わたしの正体を知らせても邪魔になるだけだ。今はただ口を噤み、彼のために動くのがきっといいのだろう。杏は一人納得して、思考を飛ばす。

 

守るために助けるために尸魂界に来た一護。なら一護を守るのは?助けるのは?織姫ちゃん?石田くん?茶渡くん?できることなら、許されるならばそこに私も居たい。その席に座したい。杏は静かに祈るように指を絡めた。祈る神などいないのに。

 

「あの、馬鹿者め…それで、おぬしはどうするつもりじゃ杏」

苦虫を噛み締めたような顔の夜一が杏の方に目をやると、既に斬魄刀を腰に携え準備万端といった出で立ちでこちらを微笑んでいる杏がおり、呆れたような声が夜一から唸り出た。

 

「おぬし、わかっておったな。一護が飛び出すこと」

 

「はい勿論…!わたしの弟ですから!では…またあとで」

 

苦い顔で飛び去った夜一を見送り、杏は六番隊の隊舎に向かった。

__________

 

旅禍の三名が隊長格により、捕縛。四番隊の地下救護牢に収容されたと連絡と同時にもたらされた報せに、七番隊隊首室にて報告を受けた隊長の狛村と副隊長の射場が揃って顔を顰めた。

 

「_____なんじゃとおッ」

 

三席の黒崎の姿が見えないというので調べてみれば、昨日の六番隊の隊牢に収容された阿散井に面会に行った後の足取りが掴めず消息が絶たれたというのだ。報告によればその面会中に阿散井、雛森、吉良の収容されていた三名の副隊長が牢を脱走。

 

その中でも阿散井の牢は、雛森の牢と同じく、相手の意識を混濁させる鬼道の”白伏”が使われた痕跡があり、鬼道を不得意とする阿散井がまず使わないであろうそれに加え、牢に壊された形跡がないところをみると黒崎三席が手引きしたのは明らかだった。

 

 

「黒崎…なぜ…」

異動で七番隊に入ってきたばかりの若い三席。今まで何も目立ったような、特異的なこともなかったために行動が読めない。

狛村は、その正体を隠す虚無僧の物によく似た鉄笠の下でその獣の顔を歪め、射場の元に指示を仰ぐ黒崎杏の姿を思い起こしていた。

 

 

__________

 

隠密機動の最重要特殊霊具の一つ”転神体”

 

 

それを使用し斬魄刀の本体を強制的に転写し斬魄刀の具象化、斬魄刀の卍解を会得するのに必要な”屈服”に至るための黒崎一護の三日間は既に一日目を終了し、

 

「まさかこんな隅の方に温泉が湧いてるとは思わなかった…考えてみりゃ俺、温泉入んの初めてだ…」

 

黒崎一護は温泉に浸っていた。

 

乳白色の濁り湯は治癒効果があり身体を癒す。十一番隊隊長の更木 剣八に負わされた傷は少し線が目立つくらいに治りかけ、具象化した斬月と剣を交えた際の細かい傷はもう消えている。あまりの効能に感嘆する一護を尻目に、夜一も一日の疲れを癒すため猫の姿で入湯した。

 

早くも一日目は終了した、終わってしまった。一護は淡々と今日の出来事を思い出し、修行で成し得たことを考えると眉間に刻まれた皺が刻々と一段と深くなる。五分だけ…刀一本持たせるのに五分持つように成っただけ…初めの接触で折れてた頃に比べれば持つようになった。だが、それだけだ。自分は今どの段階にいるのか不安に駆られ、手に溜めた湯を顔にばしゃりとかけ不安を打ち消した。

 

「ああ、ほらね、ここに居たでしょう阿散井副隊長」

「おーまさかこんなとこに潜ってやがったとはなあ…隠れてコソコソ卍解の修行か…俺も交ぜろよ」

 

「…恋次!とこの前の‼︎」

 

そこに現れたのは、六番隊副隊長 阿散井 恋次に更木 剣八に負わされた傷を手当てしてくれた名乗らない不審な女死神。

相変わらずにこにことして恋次の後ろからひらひらと手を振る姿に、裸なのがやばい気がして首まで湯に沈めた。湯に乳白色がついていてよかったと心底思った。

 

「取り敢えず上がってから話しません?」

 

一護は、女の提案にそうしてくれと叫びそうになるのを抑え込んで、対応を夜一に任せた。




ちょっと長めで失礼します。

誤字脱字の報告していただいてありがたいです…本当にありがとうございます!
感想ありがとうございます!毎度の更新後の楽しみでたまりません…感想どしどしお待ちしております

今回盛り盛りの内容で読みづらかったかもしれません

_______
杏は、一護に朽木ルキア奪還に集中してもらうために正体を隠します!
恋次のお早い登場in入浴中の一護

はた迷惑すぎる…
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