群青月歩   作:綿苗

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母の横で料理を学んだ。買い与えられた子供用の包丁に、小さなわたしのための踏み台。

大事な時は、お肉よね!と笑う母が印象的でつまみ食いで怒られる父を見て笑い、空手を始めたばかりの弟のために私たちは並んで料理を作った。

小さな妹たちの愚図る声に、駆け出した母の背中をわたしは今でも覚えている。


18、姉弟の時間

一護が身なりを整え髪も乾かさずに、夜一と阿散井の待つ場所に急ぐと何故か食卓が出来上がっていた。

 

岩肌に藺草で編まれた薄い茣蓙が敷かれ、簡易な折り畳みの木目調の丸テーブルが置かれている。湯気の立つ味噌汁に海苔巻きと簡素だが豪華な組み合わせが実家を彷彿とさせた。巻き寿司は中身が二種類、かんぴょうときゅうりが巻かれたものと牛肉と青菜が巻いてあるもの。いや、だが、なぜいま?疑問も膨らむがそれを当然のように夜一と恋次は既に山になったそれに手をつけているのも不思議な光景であった。

 

「は????」

 

「もう零時を回りました、お腹空いてません?さ、こちらどうぞ」

女の死神に手を引かれるまま恋次の正面に座らされ、ずぼりと口腔内に牛肉の巻物が有無を言わさず突っ込まれる。

 

「おお、いい腕しとるのお、おぬし。味噌汁がいい塩梅じゃ」

 

我関せずの夜一は人型で油揚げと玉ねぎの甘めの味噌汁を啜っている。見ず知らずのいや、知ってはいるが詳細を知らぬ女性に食べさせられたという羞恥で、一護の顔は紅葉した山のように赤々と燃える。

 

黙々と咀嚼すれば満足そうに女が離れたのでほっとした。しかし、この味…覚えがあるような…一護は知ったような味に首を傾げた。

 

「…それで…?なんでてめえがこんな処に」

 

仕切り直しと、訝しげにいつもの倍悪くした目つきでずずーと味噌汁で米を流し込んだところの恋次に問えば、男も重々しく口を開く。

 

「ちっとばかし時間がなくなっちまってな…俺も集中して鍛錬するところが欲しかっただけだ…それで、こいつにここのこと聞いてなあ」

 

こいつと指さされた女は澄ました表情で夜一に、急須で茶を淹れているところだった。

 

「ちょ…ちょっと待てよっ時間がなくなった…?どういう意味だよ…」

時間。既に三日で卍解を取得しなければならない期限のある一護にとって、時間がなくなったとは聞き捨てならない言葉である。男を睨みつけるような顔で問い詰めれば、男もこちらを厳しい目で見つめ返し、それは告げられた。

 

「ルキアの処刑時刻が変更になるそうだ…新しい処刑の時刻は明日の正午だ」

 

驚愕で一護の箸が止まる。皆の静寂の中を味噌汁の立ち上る湯気だけがもうもうと煙のように昇りたち、空を渦巻いては消えてゆく。

 

そして、一番に口を開いたのは黒髪の女だった。それは凛と一護に向き直すと静かに手にしていた急須を机に置き、隠れて見えない目元の代わりに首をぐんと伸ばし、姿勢を正して口を開く。

 

「夜一さんにも先ほどお話しさせていただきました。それで、一護くん。きみはどうやら窮地に立たされた方が結果を出せるようだとのことなので、斬月の前にわたしと戦ってもらいます」

 

「はあ??待ってくれなんであんたと」

 

「わたしは、護廷十三隊 七番隊第三席。席は低いが卍解を既に習得している者です」

 

________

 

 

阿散井副隊長から離れた場所で、双子は対峙した。

再会という甘い雰囲気はない。片割れが気づいてもいないのに、再会とは言わないだろうが、ひっそりと双子は向き合っていた。地下ということもあって、風はない、静かすぎる清閑な空間で杏から口を開いた。

 

「今日中に片をつけましょう」

 

「おう、そのつもりだぜ。さっさと始めようぜ

 

 …さっさと始解しろよ」

 

そう意気込む一護だが言い方からみるに、どうやら私のことを結局は三席だと侮っているのか、始解を促して来る。そりゃそうだろうな…あの更木隊長をのした後だ…三席では技量足らん…しかし、今の彼にわたしは始解を晒す気はない。

 

「ああ、始解はしません。だって…潰しちゃうもの

 

酷く深く恐ろしさを秘めたその一言で周りの雰囲気がガラリと重い物に変わる。髪の奥の瞳に静かな光が差し込み、流れ出る胃の腑を叩きつけるようなその重たい霊圧。言い切るとともに解放された霊圧に怯んだ一護の懐に、杏は瞬歩で潜り込む。そして腰から抜き取った鞘付きの斬魄刀で一護の足を掬い上げて身体を回転させる。

 

ぐるりと天と地が逆転し、岩盤に叩きつけられた彼の身体が起き上がる前に、杏は頭を両手で掴み持ち上げて投げ飛ばし、岩壁に沈めた。弟の肺から空気が絞り出される音がして、眉間の皺に力が入る。あんまり聞きたくない音だ…勿論霊圧の操作でアシストしての腕力だが、一護は恐ろしく力のあるゴリラ女とでも思っているのだろう。鬼道の名手の七緒副隊長に師事していたからこそ思いついた単純明快な私による私のための高等霊圧操作である。

 

「起きろ!!」

 

「化けもんかよ!!」

 

何を言っているのか分からないといった笑みを返す。

更木隊長や朽木白哉を相手取ろうとする奴がわたし位を化け物などと…全く何を言っているのやら…

 

そして口腔内の血を唾液と共に吐き出す一護が、今度はわたしの懐に瞬歩で入ろうとしたのでそれを回転でいなし、その反動を使ってくるりと一回転して胴に一発入れる。京楽隊長に倣った動きだが一護が知ることはない、反射かすぐに一歩下がったことで吐くまでには至らなかった一護ににこりと笑みを向けると彼の眉間の皺が増えていて、悲しい気持ちになる。だってしょうがないんだ…こうやって一護を限界まで追い詰めるのが今わたしに出来る最大の技量。一護は空手の技を使おうとしているようだったが、懐に入れなければこっちのものだった。

 

「ばけものかもね」

 

軽口を瞬歩を使い背後に回って小さく耳元で囁く、そして振り返り様に向けられた刃に手をついてそこを支点にして顎に膝を入れた。

 

鼻血を出した一護の斬月を握っていない方の手が伸びてきて、捕らえられそうになったが跳躍し肩を蹴って一護の体勢を崩す。

 

「今のはちょっと惜しかった」

 

「っっ…あんたなんあんだ一体!」

 

鼻血で舌足らずな一護の前で、すらりと鞘から斬魄刀を抜刀する。

 

「七番隊の第三席。一角さんと同じ三席、ほら次はちゃんと斬月を構えてね。一角さんの突き、覚えてる?あれを再現するから避けるんだよ」

 

「はああ⁉︎」

 

杏の斬魄刀の二本のうち一本は、突きを得意とする両刃の打刀。そして、元十一番隊の隊士。何度も繰り返し見て覚えて、一角さんの気まぐれの打ち稽古で受けた容赦のない突き。杏は霊圧も重心や構えも真似をする。一護には、あの時の一角が重なって見えた。

 

何度も何度も、

打ちつけて、

刀の刀身の鋼を鍛えるように「本能」を呼び起こす

 

何度も何度も、

叩いて、打って、起こして、飛ばして

 

 

一護の呻き声が辺りに響き渡る。

丘を切り崩し、巣穴のようなここではそれが良く反響し共鳴する。

 

少し離れた小高い場所で、仁王立ちでそれを見守る者がいた。

巻き上がった霊圧で髪を揺らす夜一は厳しい目で、杏と一護を見下ろしている。自身の判断は誤りではなかったかと思案するが、もはや全てが遅い。あの一護の姉だと言いそれを今は隠したいという、志波空鶴にも一護にも似た容姿の女に今は託すしかなかった。

 

 

 

 

 

________

 

 

__ずっ__ず__ず

 

 

 

 

 

大きなものを引きずる音がして恋次はちらりとその音源に目を向けた。

 

「…あ??おい嘘だろ」

 

そこには、”始解ができない三席”と揶揄されていた元・後輩で”卍解を習得しており実はこの旅禍の少年一護の姉”なのだと暴露した黒崎 杏がボロ雑巾のような自身の弟をおぶって此方を横切ろうとしていた。音の出所は、どうやら一護の片足のようだった。うまくおぶれなかったのだろうか道筋のように線が残っている。

 

「あ、お疲れ様です。阿散井副隊長。進展ありました?」

 

此方に向けた杏の顔には刀で付けられた傷であろう線が何本か目立ち、よく見れば死覇装の脇腹が裂けて血が滲んでいる。それでも背負われた一護に比べれば軽症としか言い表せない程度だったが、

 

「あぁあ…もう少しってところだな。」

 

「これから一護を温泉に入れて回復させるところなんです…思ったより時間かかっちゃいました」

 

時間がかかったと言うのはその男を気絶させるのをか、それとも窮地に追い込むのがか、全く分かりたくも無いが恋次は少し考える頭を止めて女の様子を窺った。

 

相変わらず顔は半分隠されてはいるが、明らかにその表情は柔らかで恋次は目を見張る。十一番隊にいた頃のこいつは、仏頂面で体の倍の書類を抱えて齷齪仕事をしていた。それがどうだ、抱えているものが弟に変わった途端に笑みが綻んでいる。一護に会った瞬間だってそうだ。にこにこと嬉しいと身体から感情が漏れ出すようでなんとも言えない気持ちが湧き上がる。

 

「そいつ、やれんのか」

 

「当たり前です。私の弟ですよ。…じゃあ、夜一さんに預けてこなきゃいけないので」

 

思わず口をついた言葉に、反発するように即座に入る肯定に辟易とした。

 

ざかざか

早足で薬湯の場所まで急ぐ後ろ姿に、こいつは根っから姉なのだなと恋次はさらに呆れの色を滲ませた。確かに姉だと言った。一護の姉だと…しかしそれを今は知られたく無いのだと自身と夜一に言う杏に、恋次はその気持ちも分からなくはなかった。が、杏や一護のやろーに気を取られんのも終わりだ。気持ちを即座に切り替えたこの男は、やはり副隊長の座に至るだけの男である。…俺は、俺のしなきゃなんねえことに集中しなきゃなんねえ。

 

振り向けば眼前には、蛇尾丸がいた。

 

猿の体に蛇の尾

 

所謂鵺と呼ばれるようなその風体の双頭の瞳が此方を推し量るように見据える。

 

「さあ、やるぜ蛇尾丸…」

 

構え直したその刀の刃には沸るような霊圧が絡んでいた。




がんばれ!弟!がんばれ!おねいちゃん!

次回もお楽しみに!









___________

おそらく次回の投稿は遅くなると思われます。
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