群青月歩   作:綿苗

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22、わたし達は互いを求めていた

護廷十三隊 死神たちの総本部である一番隊隊舎。

 

 

そこに繋がる長い廊下とを、隔てる観音開きの戸が重い音を立てて開くと畏まった女が一人出てきた。

 

馬の尾のように揺れる縛った黒髪、分厚い前髪。

 

黒崎杏は緊張で詰まった息を吐き出して、閉じた戸の年輪模様を眺めると今度は安堵を含めた息を一つ吐き出した。

 

全ての騒動が終わった後、怪我のために四番隊に収容されていた黒崎杏は一番隊隊舎に呼ばれた。

 

一、旅禍と共謀したこと

一、隠密機動への危害

一、一件に関して黒崎杏の行動を秘匿とする

 

それらを不問とすること云々、詰まるところ黒崎杏の一件の行動は許された。勿論釘を刺される様な物言いも含まれ、杏の小心者の心には酷く打ち据えられた。

 

まあ、その釘が抜けるのも早いのが黒崎杏なのだが。

 

それに加えて隠密機動の男性から掻っ払った一式に関しても、一番隊の方で返却してもらえるとのことで総隊長殿からの情状酌量のお達しがあった。

 

随分と自分に都合の良い待遇に杏は仏前のするように、手を合わせて軽く頭を下げると直ぐに身を返して一番隊隊舎の長い廊下を、静かに歩きはじめた。

 

山本総隊長殿のいらっしゃる隊舎なので、当たり前のように静かで窓からは光が差し込んでいる。騒動の後、慌ただしい他の隊に比べると異質な程の相対的な様子は居心地が悪く、早く隊に戻ろうと杏は足を動かした。

 

いつも伸ばしていた頸を少しもたげて、目線を下げると白が目に入る。

 

杏の両の手は一寸の隙もないように腕の関節まで包帯がぐるぐると巻かれて、薬草の苦い匂いが鼻先まで漂っていた。丁寧に巻かれた包帯を巻いたのは、山田花太郎七席だというのでなにかと縁があるものだと感慨に浸る。

 

ついでに、藍染惣右介の斬魄刀が刺さった肩は大きなガーゼが貼られていて、何針か縫った…落ち込む。

 

ぽつぽつと道標の様な光の柱を、遮りながら歩みを進めるとその都度に、段々と自身の不甲斐なさに床に沈み込むような感覚に襲われた。

 

半日を無駄にした。

またも、わたしは無様に眠りこけてしまい目が覚めればすでに収斂した尸魂界には、平穏が訪れており、一護ら旅禍も回復に向かっているという。

 

自身の無能っぷりに、何度落ち込めば良いのだろうか。

胸に針が刺さったみたいにチクチクと、痛む。

 

板張りの廊下を不躾にならないように気をつけて歩いていたが、それをかき消すドタドタと荒げた音がした。一番隊隊舎で走る者とぶつかりでもしたら面倒になるに決まっている。杏は、廊下の隅に身を寄せて止まり過ぎ去るのを待つ。が、そのまま通り過ぎるかと思われた人物は足を止める。

 

眼下には、まるで私に用事があると言いたげに足袋の先がこちらを向いている。

 

一護だ。

 

見なくても、分かる。

 

まるで今まで活動を忘れていたかの様な汗腺が、急に仕事を始める。ぶわりと足先に広がる汗。緊張で包帯に巻かれた指が、強ばる。

 

霊圧で気づく前に、身体は目の前の人物が一護だと気づいた。

わたしは、ゆっくりと顔を上げた。

 

わたしの緊張が彼にも伝染したようで、強張った顔をよく見る。オレンジ色の髪は風を受けてか少しボサボサで、顔色は少し悪いが体は、よかった織姫ちゃんの治療を受けたようで痛いところはなさそうだ。

 

「…なあ、あんたあの時七番隊の三席って言ったよな。

名前…名前は、」

 

「…」

 

口を開いた一護に、唖然としてしまう。ああ、この子。誰かに"黒崎 杏について"問うたのか。形容し難い感情の波に呑まれる。一護が"わたし"を心に留めていてくれた。それだけで、なにかが救われた様な気持ちになる。

 

黙っていると手が差し伸べられ、わたしは甘んじてそれを受け入れた。

前髪が左右に分けられて一護の顔がくしゃりと歪む。あ、泣く。お母さん似の濃い色の鼈甲飴みたいな瞳が、蕩けそうに水の膜を張っている。

 

「黒崎杏」

 

一護の手で払われた前髪、久しぶりにクリアになった視界にまだ慣れない。一度、瞬きをして真っ直ぐ顔を見て答えるとぎゅっと、強く抱きしめられた。

背中に手を添えると、あったかい。

 

一護の匂い。熱が、じんわり溶けて感情を掻き立てて、一護が肩に顔を埋めているようにわたしも一護の肩に顔を埋めた。

 

滲んだ涙が肩を湿らす。

 

「がんばったね、一護」

 

一等、優しい声が自然と出た。

 

ああ、またわたしはこの子を泣かせてしまった。同じ身長で、でも明確な男女の差を感じる背中。思えば意識のある一護を抱きしめるのは、死んでからは初めてかもしれない。

 

内側から震え上がる喜びは、何にも変え難く。突然の過剰投与に、酩酊感に身体が掬われる。

 

「なんでずっと黙ってたんだっ…俺は、ルキアにあんたが十一番隊にいるって聞いてたから十一番隊に聞き回って…」

 

そうか、現世でルキアちゃんに聞いたのか。

 

感情を少しでも抑えようとして、少しぎこちない喋りの一護に預けていた体重を増やして、落ち着かせようとする。

 

ああ、そうか。ルキアちゃんの現世任務とは入れ違いの形で隊が変わったからなあ…ルキアちゃんの中ではわたしは、まだ頭をヘッドロックに近い形でわたしの頭を抱きこむ一護に頬を寄せるようにくっつく。

 

「ルキアちゃんが現世に行った後に、七番隊に異動になったからねえ」

 

ぐぐっと力が加わり、少しずつ苦しくなる。

 

「ずっと謝りたかった…っ!俺の!俺のせいで」

「一護のせいじゃないよ」

 

ずっと言いたかったことを言えて、わたしはすっきりしたけど一護はその言葉を受け入れられないみたいだ。全部抱え込まなくても良いのに…本当に、優しい子だ。

 

オレンジ色の髪に、指を入れて梳かすように撫でて落ち着くまで待つ。

 

いつまでも、待てるさ。

 

◆◆◆

 

旅禍として尸魂界に訪れた井上織姫・茶度泰虎・石田雨竜は、藍染惣右介の事件もあり現在護廷十三隊の客人として待遇を受けていた。

 

各部屋の日の光をよく取り込む部屋は、十三番隊の所有する部屋でこの度の朽木ルキアの件で礼ばかりにと隊長自らが用意させた部屋である。

 

窓際の卓に並ぶ三人は一人一人、大小の差はあるが皆一様に怪我をしており、白い包帯やガーゼが目立ち消毒液の香りを纏って、一同が突如消えた黒崎一護の戻りを待っていた。

 

「黒崎くんどうしたんだろうね」

「さあね、どうせ十一番隊辺りに絡まれてるんじゃないかな」

「…」

 

ずずーっ

三人の茶を啜る音が、鳴る。

 

三人が囲う卓には、十三番隊によって揃えられた茶器に菓子が並ぶ。

 

その中でも黄金色の長方形に整えられた物体は、十番隊の副隊長松本乱菊からの差し入れであり。織姫の独特な世界観の味覚により、マシュマロと辛子明太がトッピングされ白赤黄色と異様な存在感をはなっていた。

 

その芋羊羹を井上が頬張ると開け放っていた窓の向こうから、見慣れたオレンジ色が目に入った。

 

「あ!…うん?」

 

オレンジ色の青年の横に、もう一つ黒い人影が見えた。

織姫は、誰だろう?死神の人かな?と目を凝らすとその光景に口の中に大きく残る芋羊羹を、咀嚼もそこそこに飲み混んでしまった。

 

青褪めた様子を見かねて雨竜も同じ方向をみれば、何だ黒崎か。と確認した後に驚愕で口に含んでいた茶が気管支に入り込む。

 

盛大にむせ返る雨竜の背を撫でる茶度は、同じ方向を見て雨竜に添えた手の力加減を間違えて、雨竜の肋骨に致命的な一打を与えた。

 

徐々に近づいてくる黒崎一護の隣を歩く死神は、見覚えのない女性であり。我々の目の錯覚でなければ、手と手を繋いで歩いてきている。

 

手を繋いでいる!

 

一体何者なんだと、身構えればまたもその女性の顔立ちに我々の心は乱されることとなる。

 

窓際に立ちはだかる二人は、まるで二本の柱のようにも思える。

 

その一人の方は黒髪でセットされた前髪が影を落とす顔は、黒崎一護によく似た顔立ち。しかし、晴れやかな笑顔にはどこか性質が違うと示している。

 

 

「はじめまして!わたし、黒崎一護のお姉ちゃんです!」

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

黒崎杏の胸は少しばかり曇っている。

 

ああ…今、これ以上ない嬉しさで一杯の筈なのに、何故か胸は風通しがいい。この埋まらない穴は、一体何なのだろう。

 

心の隅で疼く不安を嗅ぎつけてか、耳元であいつの笑い声が聞こえた。

 

男性と女性の声が二重に重なって聞こえる不気味な声は、自身の主人の心が乱れる事のが嬉しいようで仕切りに笑い声をあげていた。

 

 

 

 




おつけれ様でした!!!

次回から!
破面!!!!!編!!!!!!


お姉ちゃん宣言大好きなので…使いまくります…どこのお兄ちゃんに影響されたなんて言わせないでください照れます。

山田花太郎氏…三席と間違えて記入しておるのを指摘いただき、訂正しました…大変すいません
誤字脱字ありましたら!申し訳ございません!

前回の、評価・感想・誤字脱字報告ありがとうございました!

杏ちゃんの容姿について

  • 詳しく書き込んでもらってOK
  • 一部分だけ、ちょい出しなら
  • これ以上の情報はいらない!
  • 絵も公開しても大丈夫よ

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