群青月歩   作:綿苗

9 / 30
死神篇
07、ヒメゴト


 

 

 ここが私の精神世界(なかみ)なのか…。杏はぼんやりと粉塵のように細かな火花が舞っている暗闇の中に立っていた。

その火花の全てが鮮やかな青い輝きをしていて、目やまつげをチリチリと焦がすようで杏は瞬きをして誤魔化した。外の世界の時間はピタリと止まってしまっている、比喩ではなく実際に外の世界とは何かで隔たれて、杏がどれだけ入り浸ったとしても大して影響のないようだった。

 

真っ暗な暗闇の世界、この景色には見覚えがある。砂利の間から伸びる西洋たんぽぽに石の積み上げられた中洲、私の身体が枝に引っかかった川辺の木、ここは私が死後に居座っていた場所だ。しかし、あの時とは違い辺りは真夜中の静けさを持っていて、でも散る火花のおかげで恐ろしいとは思わなかった。青い火花を散らす街灯がいくつも均等に並べられ、そこから火花は漏れている。

 

浅い川底の緩やかにながれる川の水や、闇の中から高い位置にある黒いガードレール達を、火花は浮かび上がらせ、唯一この中で純白を晒している鷺を亡霊のように朧気に浮かびあがらせた。私は未だ《原点》から抜け出せていないようでした。しかし、その様子を自分自身にありありと見せ付けられているというのは気分のいいものでは無い。

水の流れや冷たさを膝辺りまで感じながら、その亡霊の元に私は足を進めた。距離を詰めるほどに、その鷺の大きさが普通のものではない巨大さが顕になった。3mか5mか大きな鷺は、どこか現実味がなく視覚から受けた刺激を脳が拒絶するように麻痺しているように思考はぼんやりとしていた。岩の上に止まり首を蛇の鎌首のように竦め、鋭利な嘴を閉じた羽根に埋める鷺の下まで行くと、鷺はその長い首を伸ばして、私の瞬きの間に人の形を取っていた。

 

『やァ、ようこそ黒崎 杏。ここは内なる世界、貴方の秘めたる部分だ』

どこか聞き覚えのある声、深い男の声に高い女の声が二重に聞こえてきて酔いそうだ。

 

ソレは僧侶の形を模していた、笠で顔を半分隠し口元は緩んで少し開いて笑ってる。纏うものは、群青の法衣と金襴袈裟に編まれた紫白の修多羅が垂れて、法衣の袖から袈裟で隠れているところまで銀糸が刺繍でうっすら鷺の翼を浮かび上がらせていた。

「私の、斬魄刀」

『Exactly、俺は貴方の一部で貴方(あンた)の力...どうだ?気に入ったか』

「気味が悪い…雰囲気ぶち壊しなの分かっててやってるな絶対に...それに身の程知らず過ぎる。紫白の修多羅を選ぶなんて」

呆れたように立ったまま顔を下げて片手で覆い隠すと、鷺は笑った。

『そうやって、自分を卑下するもんじゃないよ。又、火花が激しくなっちまう。それに差し支えない、ここは内なる世界。誰も見てないし見れない誰も黒崎杏の深意を知り得ない』

 

ケラケラ笑って、あぐらをかいていた岩の上から立ち上がり私の両手を絡める取ると耳元で"名"を囁いた。

『末長くよろしく、黒崎杏』

 

瞼を閉じて"名"と"解号"を呟く。

手に沈む感覚は両手にあった、模擬の浅打から明かされたその力の形への高揚感、しかしそれよりも和紙にこぼした墨がじわじわと染めるように徐々に強く辛く複雑な感情が広がっていた。

 

バチリッ

街灯から溢れる火花の量が一段と増える。私は、怒りなのか悲しみなのか、恐れを抱き。逃げるように内なる世界から脱した。

 

 

◆◆◆◆

 

 「きみ、始解はもう既に得てるんだろう、なんで使わなかったんだい」

 

ぺきッ、軽い音を立てて杏が記念すべき10回目の任務で虚を屠った報告書に走らせていた筆は呆気なく粉砕された。血の滲む包帯の巻かれた頭を見てこの呆れ顔の上司はそう言い放った。3分の2を書き終えた報告書は垂れた墨の汚れで書き直し、無残な報告書に目線を向けたままでも分かる。同僚となった年上の女性は驚愕しつつ気まずそうに、退室。いつかの街灯が腑の中でバチバチと弾けているように錯覚する。私は静かに首を、椅子の背もたれを前にして座り頬杖をつく我が上司に向けた。

 

「一体何のことでしょうか」

 

 

いつになくニッコリと笑ってどうにか誤魔化して、「お茶でも汲んできますよ」と言って逃げたはずだった...はずだったんだそれなのに、私はなぜか人払いがされた道場に呼び出されていた。ズッと足先を木目に沿ってなぞる、一護の通っていた様な道場とは違い年季が入っていた。京楽隊長が個人的に所有しているという道場の床はすり足で削られていたがメンテナンスを怠っていないようで、決して足が滑ることはなく歩法の練習にも適しているだろう。

 

「やあ、あんずちゃん待たせて悪いね〜ななおちゃんにもお願いして、徹底してきみの霊圧が感知されない様に鬼道で結界を張ってくれる様にお願いしといた。_________さあ、きみは何を隠そうとしてるのかな」

 

今の私を表現するならば、蛙。

 

蛇に睨まれて汗をかくことも許されない蛇に睨まれる蛙。床を見つめた顔はきっと隊長から見れば普段通りの表情をして、動揺を煽れなかったことに外したかな?といった表情を浮かべているが正直脳内は"正鵠を射る"の文字が駆け回っていて、内面の私は息を殺しながら嗚咽してこの場にいることにも、あの時動揺してしまった自分を殺してやりたいという後悔。隊長から香ってくる吟醸香へも苛立つし、何故一番隠しておきたいと脅迫的にも思った双頭の片割れに進んで見せねばならぬのかといった。思い付いたことのもろもろ全てがぐるぐると腹の奥で重く疼いている。

 

ついに、ぐっと眉間に勢いよく皺を作れば隊長は今の私には嫌味にしか見えない綺麗な笑みを作り、いつからか彼の中で浅打から黒崎 杏の斬魄刀へ認識を変えた私が肩にかけていた刀へ目線が移った。もう分かっているのだ、その目が言いたいことは、眉間に皺を寄せたことで隊長は大いに手応えがあったように感じたのだろう。癪だ、癪だが。彼の目は、私が秘密を顕にすることを望んでいる。

 

 

◆◆◆◆

 

京楽春水という男は、本来は人のプライベートに固執したり顛末の全てを得たいという無粋な男ではなかった。

しかし、今回ばかりは例外と言える。"黒崎 杏"、かわいらしい名前に容姿をしている子供。十番隊隊長"日番谷 冬獅郎"の身長より一寸(3cm)ほど小さい彼女は一体何をそんなに隠したいのだろうか京楽春水は純粋に興味本心でそれを見たかった。彼女が明け透けにその始解を見せてくれたら隊長らしくその成長を祝ってやりたかったし、理由がわからないもどかしいことが珍しく心に靄のように疑問が京楽春水としては珍しく残りそれを取り払ってしまいたかった。なにより長年の勘が囁くのだ、晒させろと囁くのだ。

 

杏にとっては迷惑極まりない行為であるが京楽春水はこの時ばかりは、自身の勘に傾いた。

 

斬魄刀の能力が隊の方針と合わぬのを恥じる者。能力が特異すぎて隠さざるをえない者。いろいろな事情を抱えて隠す者がいるのも事実しかし、これらが彼女には当てはまらない。前者は元々多彩な能力が多い我が隊では当てはまらず、後者は始解を習得した際に目立ってしまい多少耳に入ることがない現在ではおかしい。それなのに彼女は何で、頭に怪我を負っていることになっても始解をしなかったのか僕はどうしても気になってしまっている。

 

彼女の伏せられた顔があまりにも変化がなかったので始解の問題は霊圧だという考えが否定されたので、次点に考えていた可能性の低かった能力の規模だったかなと、首を傾げた。

 

「...瞋恚(しんい)高鳴れ 群青飛鷺(ぐんじょうとびさぎ)

 

彼女が目に涙を溜めたことに動揺したらぶわりっ、と熱気と高まった霊圧で笠が飛んだ。

 

「こりゃ、驚いたなあ。僕と同じ二刀一対かい」

高揚が声に表れたと思う。彼女が解号らしきモノを唱えると、斬魄刀は二振り彼女の両手に収まっていた。右手にスタンダードなタイプの太刀、左手に両刃造りの打刀という奇妙な組み合わせ。太刀の切っ先が向いた道場の床はじりじりと焦げ跡が付いていて現在進行形で焦がされている。

 

「これが、私の秘め事です」

 

「ずいぶん綺麗なもんだ」




用語の説明(素人知恵)
修多羅(しゅたら)...袈裟をとめ結ぶ紐が装飾化したもの。天台宗では色の規定があり、僧正級が「緋色」「紫白色」は大僧都及び権大都←大学院卒業程度

瞋恚(しんい)...怒り憎むこと。いきどおること。仏語、三毒・十悪の一、自分の心に逆らうものを怒り憎むこと。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告