姉ちゃんは艦娘   作:おかぴ1129

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1.姉ちゃんは神社にいた

 季節は梅雨時。今日もしとしとと降る雨が朝の登校時からうっとおしかった。一日の授業が終わり、僕はその日所属している吹奏楽部で合奏練習があることを思い出し、足早に荷物をまとめて部室へと急ぐことにした。

 

 それにしても雨がうっとおしい日だった。天気だけでもうっとおしいのに、クラスメイトの岸田が、これまた梅雨の天気に輪をかけたような、どんよりとした顔を一日中していた。一応仲のいい友人だから、心配している風にそれとなく声をかけてみた。

 

「岸田、今日一日元気なかったけど、なんかあった?」

「ああ……世界が崩壊しかねないほどの大事件がな……」

 

 岸田は、自他ともに認めるオタクと呼ばれている人種だ。こいつの話を聞いていると、僕が聞いたことがないアニメやゲームの話がひっきりなしに出てくる。確か小学生の頃は『おれはフェイトそんに一生を捧げる』と息巻いていたのを、僕はよく覚えている。今はそのフェイトそんとやらの名前をおくびにも出さない辺り、心変わりしたようだった。

 

「聞いてくれよシュウよぉ〜……」

「泣くなようっとおしい……」

「おれ最近、ネット上でゲームやってるんだけどさぁ〜……」

「またあれ? 女の子が一杯出てくるゲーム?」

「うん。まぁそうなんだけど」

「もう今年で中3だよ? そろそろ卒業しようよそういうのは……」

「黙れリア充!! 吹奏楽なんぞにうつつを抜かし青春を謳歌しやがって!!」

 

岸田はそう言って、大声で僕を罵倒しながら口の中にたまったつばを飛ばしながら僕を指さした。いや確かに吹奏楽頑張ってるけど、それは部活やってたら誰でも頑張るものじゃん……

 

「まぁいい。最近“艦これ”ってゲームやってるんだよ……そのゲームでさ……」

 

正直なところ岸田の話にまったく興味が沸かなかったので気持ち半分で聞いていたのだが、どうも女の子のキャラと化け物が海の上で戦うゲームをやっていて、岸田のキャラの一つが死んだらしい。

 

「死んでない!! おれは轟沈なんかさせてないんだ!!」

「うーん……まぁよくわかんないけど、元気出せよ……」

「元気なんか出るかよ! 今まで育てた、おれの……おれのッ!!」

 

ここまで言うと、岸田は再び目に涙をいっぱいに浮かべてまた泣きだした。うっとおしい……ムサい男の涙ほどうっとおしい……

 

 どうもそのゲームは、一度死んでしまったキャラは二度と取り戻せないらしい。キャラが死ぬには条件がいくつかあるらしく、岸田の言葉を信用すれば、岸田は細心の注意を払ってゲームをやっていたにも関わらず、気がついたらそのキャラがいなくなっていたとのことだった。名前は聞いたが、正直印象に残ってない。昔の漫画で同じ名前のキャラがいたような……?

 

「だったらさ。そのゲーム作ってるとこに連絡でもすりゃいいんじゃないの?」

「やったよ……でも運営は”ログを解析しましたがそんな事実はありません”の一点張りでさ……」

「んじゃお前がなんか操作へまったとかじゃないの?」

「そんなわけはないッ! おれが海域をクリアしたときは確かにいたんだ中破してたけど!! だけど鎮守府に戻ってきたら……なぜか空欄になってて……びぇええええええええ!!!!」

 

想像してみて欲しい。梅雨時で脂テッカテカの顔をしたニキビ面の思春期の男が、目を真っ赤に晴らすほど涙を流して五歳児のごとき声を上げて泣きわめく姿を。あまりのキモさに女子たちもこっち見てなんかヒソヒソ言ってるし……

 

「シュウ〜……お前ならわかってくれるよな? このおれの悲しみがぁあああああん」

「わかんないよ……つーか部活あるからそろそろ行く」

「この裏切り者ッ!! リア充!! 呪い殺してやるッ!! お前なんか吹奏楽部の女の子と仲良くやってりゃいいんだッ!!!」

 

罵倒とも羨望とも負け惜しみとも受け取れる岸田からの怒号を背後に感じながら、僕は逃げるように教室から出た。そんな風に言うなら、岸田も何か部活をやればよかったのに……『フェイトそんを愛でるのに忙しいおれに、部活などをやってる時間などないッ。キリッ』とか言ってたのは岸田自身じゃないか……

 

 吹奏楽部では、僕はトロンボーンを担当している。本当はトランペットをやってみたかったのだが、あの小さいマウスピースで音を出すことがどうしても出来ず、失意のどん底にいた時に顧問から『ちょっと違うけど、トロンボーンでもやってみるか?』と言われ、僕の担当パートはトロンボーンになった。やってみたら意外と自分に合っていたようで、今ではパートリーダーを任されている。

 

 今日もいつものように個人練習とパート練習をこなした後、全員で合奏練習をした。そして合奏練習のある程度の手応えを感じた後、部活が終了して、僕は家路についた。

 

 そう。ここまではいつもどおりだった。昨日までと同じく、うっとおしい岸田の話を聞き、いつものように部活をこなし、前日のようにしとしと降る雨の中家路につく……本当に、いつもと同じ。

 

 ただ、その後の今日は、いつもとちょっと違っていた。

 

 僕の通学路には、途中に小さな神社がある。一軒家ほどの広さの土地の真ん中には、これまた小さな社。あとは人の背丈程度の大きさの鳥居と、子供が遊ぶためのブランコが一つだけ設置されてある、本当に小さな神社だ。社が少し古いため、周囲が暗がりだと少々不気味に見える以外は、極めて普通の小さな神社だ。

 

 今日はその神社に、空を見上げながら立ち尽くしている一人の女性がいた。

 

 その女性は、身体に何か大きな機械のようなものをつけていた。背中から斜め十字型にアームのようなものが伸びていて、その先端には細長い筒のようなものがついた機械が取り付けられていた。それらの機械は少し壊れており、ところどころひび割れ、突き出た筒のような部分が折れ曲がっていた。

 

 その様相が異様なら、着ている服もコスプレのような感じで異彩を放っていた。その服はところどころが少し破けてはいるが、神社という場所のせいもあって、巫女さんを彷彿とさせる作りをしていた。

 

 身体に機械を取り付けた巫女さんのコスプレをしたその女性は、傘も差さず、ただぼんやりと空を見上げていた。

 

「あ、あの〜……」

 

 その現実離れした光景に、僕の心は呑まれたんだと思う。気がついたら、ぼくは彼女に話しかけていた。彼女は僕に気がついて振り返り、目に見えて狼狽し始めた。よく見たら、ショートカットで金色のカチューシャをしていた。

 

「へ? わ、私ですか?」

「はい。何やってるんですか?」

「え……あ、はい……なんか私自身もよくわかんなくて……」

「? どういうこと?」

「えーと……確かレキュウともみくちゃになって海に沈んだとこまでは覚えてるんですけど……」

「ん? レキュウ?」

「そのあと、気がついたらここに立ってたんですよね」

 

今一彼女の返答が要領を得ない。レキュウって何だ? 海? 沈む? 確かにこの街は海沿いで港があるけど、どういうこと?

 

「えーと……なんかよく意味がわからないんですけど……」

「レキュウ、ご存じないですか? シンカイセイカンなんですけど……」

 

ダメだ。なんだかますます意味不明さに拍車がかかってきた。

 

「んーと……」

「えーと……ごめんなさい……私もなんだかよく状況が飲み込めなくて……」

 

彼女はそう言うと、目に見えてがっくりと肩を落とした。ここまで見事にわかりやすく意気消沈した人間の姿を、僕は今まで見たことがない。それほどまでに、彼女は見事にがっくりと落ち込んでいる。

 

「つ、つかぬことをお伺いしますけど、迷子なんですか?」

 

僕が彼女にそう質問した直後、ぐぅう〜という腹の音が鳴り響いた。これは僕ではない。確かにぼくも腹が減って入るが、鳴るほど空腹というわけではない。ということは……

 

「い、いやあのッ!! だってチンジュフで朝ごはん食べて出撃したあと何も食べてなくて!!」

 

やはり犯人は彼女のようだ。恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせて両手をぶんぶんさせながら、おたおたわちゃわちゃとしている。

 

 彼女のそのわちゃわちゃしたリアクションがおかしくて、僕はついプッと吹いてしまった。と同時に、全身から緊張が抜けていくのがわかった。何のことはない。僕はこの日常からかけ離れたシチュエーションに、緊張して身体がこわばっていたのだ。今更ながらそれに気付いた。

 

「ぇえ〜ちょっとぉ! 笑わないで下さいよ〜!」

「ごめんなさい……つい……ブフッ」

 

 不意に僕のスマホが鳴った。僕は彼女にちょっと待つように伝え、胸ポケットからスマホを出して画面を見た。どうやら母さんからの着信のようだ。

 

『ぁあシュウ? 今どのへんにいるの?』

「神社だよ」

『じゃあ、帰りにコンビニで牛乳買ってきて欲しいんだけど、お願いできる?』

「んん〜……ちょっと難しいかもしれない」

『なんで? お金ないの?』

 

ここで僕は、今不思議な格好をした、ちょっとおかしな女性と一緒にいることを説明した。話をするやいなや、母さんは『その人にちょっと代わって』と言い、僕はそれに従って、彼女にスマホを手渡した。

 

「あ、はい! はじめまして!」

 

しかし、声の大きい人だな。

 

「ええ。はい。そうなんです。私も状況がよく分からなくて……ここがどこかも分からないですし……」

 

彼女本人がわからないんだから、僕や母さんが分かるわけがないよね……。

 

「ぇえ?! そんなッ! 悪いですよッ!!」

 

ぁあ、母さんが何を言っているかなんとなく分かった。

 

「ひぇえ〜?!! それじゃ強制じゃないですかぁ〜!!」

 

前言撤回。何を話してるんだ母さん……

 

「はい……はい……分かりました」

 

そこまで話したあと、彼女はぼくに申し訳無さそうな顔をしながらスマホを返してきた。母さんのことだから、彼女に何を言ったのかは大体想像がつく。それにしても彼女は何を考えてるか分かりやすい。

 

「えーと、お母様です。電話を代わるように、と」

「はいありがとうございます。もしもし?」

『ぁあシュウ? 話は聞いたわよ。女の子を雨の中ほっとくのも悪いし』

「うん」

『関わった手前、警察に丸投げってのは母さんも気持ち悪いから』

「うん」

『うちに連れてきてくれる?』

 

あぁ、やっぱり。母さんは困ってる人を放っておけない性格だもんね……

 

『とりあえず牛乳はもういいからまっすぐ帰ってきてね。あと、その人におなかすいてるかどうか聞いてみて』

「すいてると思うよ。さっきお腹鳴ってたから」

 

彼女は僕のその言葉を聞いて再び顔を真っ赤にして両手をわちゃわちゃ降っていた。

 

『ひぇえ〜?!!』と悲鳴を上げていたけれど、とりあえず気にしないことにした。だってウソはついてない。現に彼女の腹の虫は今もリアルタイムで音が盛大になりつつある。

『分かった。じゃあ晩御飯いっぱい作って待ってるから。とりあえず連れて来てね』

「うん。分かった。あと10分ぐらいでうちに着くから」

『りょーかい。じゃあ母さんはお風呂の準備しとくわ』

 

僕は電話を切り、スマホを胸ポケットに入れて彼女に目をやった。彼女は相変わらず恥ずかしそうに両手をパタパタ振っていた。

 

「あのー……」

「は、はいッ!」

「とりあえず母さんに言われたんで、うちに来て下さい。ご飯食べましょう」

「そ、それはありがたいんですけど……ご迷惑では……?」

「母さん、もうその気になってますし。それに、このままじゃ風邪ひきますよ。警察に行くにしても、ご飯食べてお風呂入ってからでも遅くはないです」

 

タイミングよく、彼女の腹の虫が再び鳴いた。なぜ彼女の一挙手一投足はこうも面白いのか。神がかり的なタイミングってきっとこういうことを言うんだろうなと、僕は心の中でこっそりと感心した。

 

「あう……」

「ブフッ……ほら、とりあえずうちに来て下さい」

「じ、じゃあ、ご馳走になります! ありがとうございます!!」

 

 その後、僕は彼女と相合傘で家に向かった。これは完全に余談だが、ぼくはこれが生まれて初めての異性との相合傘で少し緊張していた。幸か不幸か、僕と彼女は身長差があまりなく、おかげで相合傘はしやすかったけど。ただ、彼女の背中の機械が肩にコツコツ当たるのがちょっと痛かった。

 

「そういえば、キミの名前は何ていうの?」

彼女の緊張もほぐれてきたようだ。さっきまで敬語だったのに、僕に対してタメ口で話すようになってきた。

 

「僕ですか? 橋立(ハシダテ)です。橋立シュウです」

「シュウくんかー。変わった名前だね」

「あなたは?」

「私はコンゴウお姉様の妹分! 巡洋戦艦、ヒエイです!!」

 

彼女は空手の『押忍!!』のようなポージングをしながらそう答えた。ポージングは置いておいて、『あなたの名前の方が変わってますよ』という言葉が喉まで出かかったのを、僕は必死にこらえた。

 

 あと気のせいだと思うけど、彼女が名乗った時、なぜか彼女の背後に万国旗と砲撃する戦艦の姿が見えた。

 

 ……そういや、なんか聞いたことある名前なような?

 

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