姉ちゃんは艦娘   作:おかぴ1129

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11.姉ちゃんが消えてから

 あの日、姉ちゃんが消えた後僕は気を失い、救急車で近所の病院に運ばれたと母さんから聞いた。命に別状はなかったもののけっこうヒドい打撲症を全身に負っていたらしく、二週間ほど入院するように……と医者から言われた。

 

「シュウ? 比叡ちゃんは?」

 

気がついてひとしきり落ち着いた後、母さんにこう聞かれた。僕は、見えない誰かに指で押し潰されているのではないかと思うほどに痛い喉から、必死に声を絞り出して答えた。この痛みは、あの日大声を出しすぎたからじゃない。

 

「姉ちゃんは……帰った」

「え?」

「うん……自分の……鎮守府に、帰った。“ありがとう”って……母さんの料理、美味しかったって……父さんの朝のニヤニヤ、もっと見たかったって……」

 

そこまで言うのが精一杯だった。これ以上は締められた喉が震えて、痛くて痛くて声にならなかった。僕の様子を察してか、母さんはそれ以上聞かず、父さんも何も言わず、ただ肩をぽんと叩くと、母さんを連れて部屋から出て行ってくれた。父さん、ありがとう。

 

 それから一週間の間、僕は日中は病院でヒマを持て余した。なんせ一日中やることがなく、自分でやることを探さなきゃいけないという状況は初めてだ。最初のうちは、まだ体中が痛くベッドの上から動くことも出来なかったので、さらにヒマが苦痛で仕方ない……。朝までひたすら眠り、朝食を食べたら昼食までひたすら眠る。昼食を食べたらまた睡眠で……という具合に寝てばかりの状況だった。まぁ体力がなくなってたし、ちょうどよかったのかも。

 

 ただ、どれだけ手持ち無沙汰でも、テレビだけは見る気になれなかった。あの日のことを思い出してしまいそうだったから。

 

「なんだ。先輩、思ったより元気そうじゃないですか」

 

体力も戻り身体の痛みが取れてきた頃、秦野がお見舞いに来てくれた。部員みんなを代表して、お見舞いに来てくれたとのことだ。

 

「ありがと。でもなんで秦野なの?」

「みんなが、お見舞いの役は私しかいないと……様子を見たかったのでちょうどいいですけど」

 

不思議と会話に詰まるけど、沈黙が気まずい関係ではなかったからよかった。

 

「そういや先輩。ちゃんと伝えられました?」

「ん?」

「ほら。この前神社で話してくれた……」

 

少しだけ、目に涙が溜まった。

 

「ぁああれか。言ったよ。ちゃんと受け止めてくれた」

「そうですか」

「ありがとう。秦野に相談に乗ってもらってよかった」

 

かなりの勢いで涙が溜まってきた。こんな姿を秦野に見せるわけにはいかなくて、僕は秦野から目をそらし、うつむいて目を拭いた。

 

 その時、懐かしい感触が僕の頭に触れた。秦野が立ち上がり、僕の頭をくしゃくしゃっと撫でてくれたのだった。この感触は、神社で、僕の部屋で、ウチの居間で、何度も味わった感触だ。

 

「仕方ないですね。代わりに私が撫でてあげます」

「……なんだそりゃ」

「私でよければ、代わりにいくらでも撫でてあげます」

「……」

「私は、先輩の元からいなくなったりしませんから」

「……そっか。ありがとう」

 

秦野は的確に僕が置かれた状況を察してくれる。正直、超能力者なんじゃないかと思うことがある。今回だって、僕は詳細を彼女に話してない。それなのにすべて察してくれた。どうして彼女は、僕が置かれた状況をこんなにも的確に察してくれるんだろう。

 

「……わかんないのは先輩だけです」

「そおなの?」

「はい。先輩、超絶鈍感クソ野郎ですから」

「ひど……やっぱお前、僕のこと先輩だと思ってないよね」

「超絶鈍感クソ野郎だと思ってます」

「ないわー……まじでないわー……しょぼーん……」

「また来ますよ。超絶鈍感クソ野郎の頭を撫でに」

 

 秦野はその言葉通り、何度も足を運んでくれ、こうやって時々頭をなでてくれた。暇をもてあます身だった僕にとってはとてもうれしい話なのだが、部活の方は大丈夫なのかと余計な心配をせずにはいられなかった。まぁ秦野なら大丈夫だろうけど。

 

 そして、あと数日で退院という日のことだった。その日秦野は急用で来ることはなかったのだが、その代わりクラスメイトが来てくれた。来たのは稀代のキモヲタにして僕とは腐れ縁の男、岸田だ」

「だから声に出てんぞ。なんだそのモノローグは。つーか秦野って誰だよ」

「部活の後輩の子」

「このリア充めぇええエンッ?!!」

 

この時、岸田は僕のデリカシーのかけらもないモノローグを聞き、心に治癒しがたいダメージを負ったと後に語っていた。

 

「まぁいい。お前に見せたいものがある」

「ひょっとして、艦これの何か?」

「おう。多分お前には関係大有りだからな」

 

まだ胸がチクチクと痛む。正直なところ、今は艦これの話を聞きたい気分ではなかった。岸田は一度自分の家に戻ってからお見舞いに来てくれたのだろうか。かばんからノートパソコンとポケットwi-fiを取り出し、ノートパソコンの電源を入れてパチパチとキーボードを叩き始める。『かんこれ』といういつもよりも静かな声が聞こえ、よせばいいのに岸田はこの公衆の面前で艦これを起動させたのが分かった。

 

「岸田……他の人もいるんだから今ここで起動させちゃダメだよ……」

「いいから見てみろ」

 

岸田はノートパソコンの画面を見せてくれた。画面は艦これの母港の画面になっていて、すでにセッティングを済ませた状態で持ってきたのだろう。秘書艦が比叡になっていた。ただ、僕が知っている比叡とは、艤装がなんだか違う気がする。Xアームじゃない……。

 

「おう。お前が入院した日に比叡たんが戻ってきてたんだけどな。知らんうちにどこかでレベルアップしてきたらしく、改ニになってたんだ」

 

以前に岸田から聞いたことがある。一部の艦娘はレベルを上げることで、改造でさらに強くなることができるそうだ。そっか……たった一人でレ級と戦ったんだもんね……あんなに辛い思いをして倒したんだもんね。

 

「で、見せたいのはこれだけ?」

 

僕は喉の奥が痛くなってくるのを必死に抑え、ワザと岸田に冷たくあたった。

 

「いや違う。ちょっと待っててくれな」

 

岸田はさらにタッチパッドでパソコンを操作し、『模様替え』のメニューを開いた。そこで母港画面の家具や内装の変更が出来るらしい。その中で『家具』の項目を選択し、『大切なバット』と表記されたものを選択した。

 

「ふーん……模様替えでバットなんてあるんだね」

「いや、攻略ウィキでも確認したが、そんなものはない。ついでに言うと、秘書艦を比叡たんにしておかないと、このバットは模様替えのメニューに表示されない」

 

へ?

 

 操作を終え、岸田が画面を見せてくれた。秘書艦の比叡の死角になっていて分かりづらいが、確かにバットが壁に立てかけてある。このバットは見覚えがある。この、至る所がベコベコにへこんでいるところも、なにより『ひえい』と書かれたところも、僕は見覚えがある……

 

「これは……」

「理由はわからん。一種の怪奇現象だ。だけど、お前には見せなきゃいけない気がした」

 

岸田が大真面目な顔をしてそう答えた。タッチパッドを操作し、マウスカーソルをそのバットのところに持ってくると、カーソルの形が代わり、クリック出来るということが分かった。

 

「岸田はクリックしてみた?」

「してみた。お前は聞くべきだ」

 

そういって岸田は僕にノートパソコンを手渡す。僕はそれを受け取り、震える右手でクリックしてみた。

 

『ダメです! これは大切な人にもらったバットなんです! いくら司令でも触っちゃダメです!!』

 

あ……

 

「あと比叡たんもクリックしてみろ」

岸田にそう促され、比叡をクリックしてみた。喉の痛みが止まらない。あまりに痛くて、少しずつ涙が溜まってくる。

 

『司令! 私に弟が出来ました! 司令にも紹介したかったなぁ~……』

『金剛お姉様の紅茶も美味しいですけど、私の弟のココアも美味しいですよ!』

 

姉ちゃんだ……やっぱりこれは、比叡姉ちゃんだ。気がついた時、僕は画面に映る比叡姉ちゃんのグラフィックに触れていた。

 

「姉ちゃん……姉ちゃん……」

 

この入院中、なんとか押さえつけていた感情が、この瞬間、胸に溢れた。あの日、泣きながら消えていった姉ちゃんは、やはり岸田の鎮守府の艦娘だったんだ。そして、ちゃんと無事帰れたんだ……

 

 比叡姉ちゃんのほっぺたに触れたかった。でも触れることが出来ない。もう一度頭をクシャッと撫でて欲しかった。でも撫でてもらうことはもう叶わない。姉ちゃんの声が聞きたくて、姉ちゃんを何度もクリックする。でも、返ってくる返事は定型文の使い回しで、もっといろんな言葉を聞きたいのに、それももう聞けない。

 

 涙が止まらない。喉が痛い。心臓を誰かに掴まれているかのような痛みが襲い、何度も何度もシャクリ上げた。鼻水が垂れ、呼吸することも難しいほどに涙が止まらなかった。

 

「お、おいシュウ……」

 

 あまりの僕の変わりように心配になったのか、岸田が声をかけてきた。

 

「ご……ごめん……」

「い、いや……別にいいけど……」

「と、とりあえずこれは返す……ごめん岸田……見せてくれてありがとう」

「…ぉお、そ、そうか」

 

涙でぐしゃぐしゃになった両手でノートパソコンを岸田に返した後、僕はティッシュを何枚か取って鼻をかみ、もう一度ティッシュを数枚取って手を拭いた。僕からパソコンを受け取った岸田は、『せっかく繋いだし、とりあえず1回出撃させるか……』と言いながら艦隊を編成し直しているらしく、以前に岸田の家で聞いた艦隊を編成する艦娘を選択したときの『ダン!』という音が聞こえてきた。

 

『気合! 入れて!! 行きます!!!』

 

ティッシュを数枚取り、岸田のノートパソコンに改めて目をやった。

 

「岸田、パソコン汚れてない?」

「ああ問題ない。大丈夫だ」

「そっか。……なぁ岸田?」

「ん?」

 

ノートパソコンの画面から目を離さない岸田の顔を両手で挟み、強引に僕の方に向けた。岸田は相当びっくりしているようで、なにやらハニービーンズの店長に壁ドンされているかのような顔をして取り乱している。

 

「なッ……?! シュウちょっと待てッ!! 一体なんだよッ?!!」

「岸田……艦娘たちは、命がけの戦いをしてる。体中がズタボロになりながら、それでもお前のために戦ってるんだ」

「お、おう……」

「姉ちゃ……比叡を頼む。絶対に轟沈させないでくれ」

「お……ぉお?」

「頼むぞ岸田……!!」

「…お、ぉおおおぉ??」

 

 傍から見れば、きっと僕は頭がイカれたキモヲタに見えるだろう。岸田ですら、今の僕の言葉にはドン引きしたかもしれない。

 

 それでも構わなかった。僕は、この戦闘アニメーションの裏で、どれだけ凄惨な戦いが繰り広げられているのか知っている。姉ちゃんたちがどれだけ大変な思いをして戦っているか、身を持って体験している。だから言わずにはいられなかった。僕の大切な人が、この画面の向こうで命がけの激しい戦いをしている。それを指揮している岸田に、僕は姉ちゃんの無事を託すしか出来ない。でも岸田なら信用出来る。だから僕は、岸田に大切な姉の無事を託した。岸田に、姉ちゃんを任せた。

 

「わ、わかった……とりあえず任せろ。轟沈は出さん」

「ありがとう岸田」

 

戸惑いながらも、岸田は僕にそう答えてくれた。岸田。姉ちゃんは任せた。姉ちゃん。岸田なら大丈夫。たとえどんなに大変な戦いでも、姉ちゃんたちが死ぬことは絶対にないから……。

 

 退院してからのことを少しだけ話そうと思う。秦野はアンサンブルコンテストで金賞を受賞した。なんでも、僕が吹奏楽部を離れた後、毎日猛練習をしていたそうだ。放課後に神社で会う約束をした時、誇らしげに賞状を見せてくれた。

 

「先輩先輩、ほめてくださいよ」

「わーすごいねーおめでとう秦野ー」

「棒読みの罰としてお祝いはキャラメル30個でいいですよ超絶鈍感クソ野郎」

「……お前、ほんっと僕のこと先輩だと思ってないよね」

「なんせ超絶鈍感クソ野郎ですからね」

 

一体なぜそこまで罵倒されなきゃいけないのだろう……

 

「私ももう言いたくないんですよ。いい加減気付いてください」

 

岸田は先日、比叡姉ちゃんに“ケッコンカッコカリ”の指輪を渡そうとしたら拒否されたと言っていた。通常、比叡は『私の心はお姉さまに……』と言いながらも、システム上はケッコンカッコカリが成立するらしいのだが……

 

―すみません司令。弟が幸せになるまでは、とてもそんな気持ちには……

 

「とか言いながら断りやがるんだよチクショォオオ!! NTRかッ?!! これはある意味NTRなのかッ?!!」

 

と血の涙を流しながら話していた。なんでもケッコンカッコカリが成立せず、姉ちゃんに指輪のアイテムを装備させることも出来ず、その指輪も消費すらされないらしい。ざまーみろ。姉ちゃんとケッコンするなどおこがましい。お前にはフェイトそんがいるだろう。

 

「……まぁいい。それが比叡たんの決断というのなら、提督としては応援するしかないだろう」

 

こいつは突然こういうイケメンなことを口走りやがるから困る……カッコイイなぁちくしょう……。

 

「それにおれには叢雲たんや金剛ちゃん、暁やビス子もいるからな。他にも……」

 

前言は撤回する。サイテーだ。こいつはサイテーだ。いやゲームだから別にいいんだけど。

 

 父さんと母さんは、姉ちゃんが来る前と変わらない毎日を過ごしている。ただ、やっぱり時々二人とも姉ちゃんのことを懐かしがることがあるようで……

 

「比叡ちゃんだったら、ご飯も大盛りで食べるのよねぇ~…懐かしいわ~…」

「たまには目玉焼き食いたいな~。あのメタリックブルーなやつ……あー緑色の味噌汁飲みてぇ~……」

 

と言っている。母さんの郷愁はなんとなく分かるけど、父さん……それは本気で言っているのか……?

 

「比叡ちゃん、ちゃんとご飯食べてるかしら……」

 

大丈夫だよ母さん。姉ちゃんは、岸田の鎮守府で元気にやってます。

 

 僕はというと、退院して自分の部屋に戻った時、コンクールの時に姉ちゃんからもらった手紙を見つけ、それを肌身離さずお守りにして持ち歩くようになった。特に今日のように模擬試験の時に持ち歩いていると、見守られている気がして心強い。

 

 解答用紙と問題用紙が配られ、試験官が腕時計を見る。試験開始まで残り一分。僕は目を閉じ、小さく空手の『押忍』のポーズを取って、自分の背後に万国旗と砲撃する戦艦のイメージを思い浮かべた。

 

「もうすぐ始まりますよ」

「気合……入れて……行きます!」

「そこ、静かにしなさい」

「はい……すみません……しょぼーん……」

「それでは始めなさい」

 

僕を含む全員が問題用紙をめくり上げる。今日の模試は歴史だ。僕は第一問の内容を確認し、シャーペンを素早くカツカツと鳴らして、即座に回答した。よし。出足は好調だ。

 

 

 

問1.以下の文章の空欄を埋めなさい。

 

太平洋戦争は(①)年、日本がハワイの真珠湾を奇襲したことによって始まった。破竹の快進撃を続けた日本だったが、(②)を境に次第に戦況は悪化し、(③)年、二発の原爆が投下され、日本は(④)を受け入れ降伏した。なお(②)の後、第三次ソロモン海戦において、(⑤サービス問題・分かったらスゴい!!)が太平洋戦争中の日本の戦艦としては初めて沈没している。

 

①昭和16年(1941年)

②ミッドウェー海戦

③昭和20年(1945年)

④ポツダム宣言

⑤金剛型戦艦二番艦にして大滝川テレタビーズ永遠のヒーロー・比叡

 

終わり。

 

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