姉ちゃんは艦娘   作:おかぴ1129

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2.姉ちゃんはよく食べた

『“比叡”ねぇ……そんな人の捜索願なんて出てないし、第一人の名前なの?』

「ですよねぇ……?」

『警察にイタズラ電話なんかしちゃダメだよ? まったく……』

 

比叡さんがお風呂に入って冷えた身体を温めているうちに、ぼくは警察に連絡して、“比叡”という人の捜索願が出てないかどうか確認してみたが、やはりというか何というか、イタズラと思われてしまった。まず第一に人の名前として“比叡”っておかしいもんねぇ……。

 

「どうだった?」

 

僕が警察への電話が終わったのを見計らって、夕食の準備をしている母さんが台所からそう呼びかけてきた。僕は無言で首を横に振り、否定の意を返した。

 

「まぁそうよねぇ……」

「人の名前で“比叡”だなんて聞いたことないもんね……ウソついてるのかな?」

「それはないと思うよ。あの子、ウソついてるようには見えないし。母さんには」

 

それに関しては同感だ。まだ出会って一時間ぐらいしか経ってないけど、あの人ほど考えていることが分かりやすい人は見たことない。比叡さんはきっとウソをつこうとしてもつけないタイプだろうと思う。

 

「まぁとりあえずどうするかは比叡ちゃん本人も交えて話そうか?」

 

母さんがそう言い終わるか終わらないかの時、浴室に続く洗面所のドアが開き、首にタオルをかけてホクホク顔の比叡さんが出てきた。温まったせいなのか、ほっぺたがほんのり赤くなっており、体中から湯気が漂っている。

 

「ほぁあ~気持ちよかったぁあ~……比叡、入渠完了しましたぁ~……」

 

比叡さんは今、あの傷んだ巫女服のコスプレの代わりに、僕のTシャツを着て、短パンを履いている。下着をどうしたかは僕は知らない。知らない。うん。知らない。考えてもいない。ホントに。意外と胸大きいなぁとか考えてない。うん。考えてない。

 

 夕食は母さんの得意料理のハンバーグ。お客さんに食べてもらうということで、母さんも気合いを入れたようだ。比叡さんは自身の目の前にハンバーグが並べられた途端、大好きなものを目の前に置かれた五歳児のように目を輝かせ、よだれをたらしそうな勢いで口を開いている。さっきから地響きにも似た腹の虫の音が、食堂に鳴り響いている。

 

「はぁぁあああああ……美味しそう」

「遠慮しないで食べてね?」

「はい! 気合! 入れて!! いただきます!!!」

 

比叡さんは手を勢い良くパシンと合わせてそう言い放つやいなや、左手にご飯茶碗を持ち、ものすごい勢いでハンバーグとご飯を平らげ始めた。神社で会った時にはすでに空腹だったはずだから、今は比叡さん相当お腹が空いてるんだろうなぁ。

 

「美味しいです!!  お母様、とてもとても美味しいです!! ホウショウさんと同じぐらい美味しいです!!」

 

比叡さんはそう言いながら、もっしゃもっしゃとご飯を口に運ぶ。その凄まじい勢いに押され、僕と母さんはボー然と比叡さんを見るしか出来なかった。

 

「ゴフッ!! ゲフンッ!! グフッグホッ?!」

 

あまりに勢いよく食べていたせいか、ご飯つぶが気管に入ったらしい、比叡さんは真っ赤な顔をしてむせ始めた。

 

「慌てて食べるから……おかわりいっぱいあるから大丈夫よ?」

「あ、ありがゲフンッございまゴフッゴフッ……」

「はいお茶」

「シュウくんありがゲフンッ……ごぎゅっごぎゅっごぎゅっ」

「落ち着きました?」

「うん! シュウくんありがとう!」

 

 比叡さんはそういい、満面の笑みを僕に向けた。本とかでよく見る“お日様のような笑顔”ってきっとこういう顔なんだろうなぁと、僕は冷静に思った。ホントに。

 

 タイミングよく玄関のドアが開く音が聞こえ、『ただい……うおなんだこのデカい靴?!』という声が聞こえた。父さんが帰ってきたようだ。比叡さんが履いてた大きな靴(彼女は主機と呼んでいた)を見てびっくりしたようだ。ほどなくして、背広を着た父さんが食堂にやってきた。

 

「おかえり父さん」

「おうただいま。こちらのお嬢さんが?」

「そう。さっき電話で話した……」

「お父様はじめまして! 巡洋戦艦の比叡です!!」

「あれ……気のせいか……後ろに万国旗と戦艦が……」

 

父さんのそのセリフを聞いて、親子の血の繋がりの強さに感心しつつ、僕は父さんに事の次第を説明した。父さんはひと通り僕の説明を聞いた後、一度自分の部屋で室内着に着替えてから僕達と共に夕食のハンバーグに舌鼓を打ち始めた。

 

「ふーん……ここがどこだか分からないし、気がついたら神社にいたのか……」

「そうなんです……」

 

父さんの質問……というか現状の確認に、比叡さんは心なしか少し元気なくそう答えた。ただし、口の中一杯にハンバーグをほおばり、『もっきゅもっきゅ』という擬音が聞こえてきそうな咀嚼をしながらだ。あと理由はわからないが、パンパンに膨れた比叡さんのほっぺたは、なぜか突っつきたくなる。抑えろ。人差し指でぷにぷにしたくなるこの衝動を抑えるのだ……。

 

「神社にいる前のことは覚えてる?」

「確かレ級と戦ってて、もみくちゃになって海の中に沈んだとこまでは……もっきゅもっきゅ」

「比叡ちゃん? ハンバーグおかわりあるわよ?」

「あ、お願いします」

 

誰も突っ込まないから一応言っとくけど、比叡さんはこれでハンバーグ5つめだ。

 

「レキュウって何だ? 聞いたことないな……つーか戦ってたって……」

「一般の人は知らないのかなぁ……シンカイセイカンなんですけど……」

「シンカイ……?」

「父さん、その辺は僕らも何回も聞いた」

「あーそっか。何度も聞いてすまん比叡ちゃん」

「いえ! こちらこそ助けて頂いてますから!!」

「比叡ちゃん? ご飯のおかわりは?」

「あ、大盛りでおねがいします!」

「なんならお茶碗、どんぶりにする?」

「よろしいんですか?!!」

 

特に大柄というわけじゃないのに、この身体の一体どこにこの大量のご飯が消えているんだろう……割りと細っこい身体してるし比叡さん……

 

「えーと……んじゃ、比叡ちゃんはどこに住んでるのかな?」

「鎮守府に住んでます。私達の住居兼前線基地ってとこですね」

「チンジュフ……?」

「これもご存じないですか? やっぱり近くじゃないのかな……“叢雲たんチュッチュ鎮守府”ってところなんですけど……」

 

“鎮守府”とやらが一体どんな施設なのか僕は知らないが、そんな名前の施設の所属になんてなったら、僕なら自殺してしまう自信がある。なんだそのヒドい名前の施設は……いやそれ以前にそんな名前の施設に所属することに対する抵抗はないんですか比叡さん。

 

「えーどうして? みんな優しいし、いいところだよ?」

「いや、そういう問題じゃないです……」

「比叡ちゃん、サラダはどうする?」

「おかわりください!」

「だけどホントによく食べるわね?」

「はい! お母様のお料理、とても美味しいですから!!」

「そう言ってくれると作った甲斐があるわぁ?」

 

なんだか母さんは顔をツヤツヤさせていた。確かに比叡さんの食べっぷり、キモチイイもんな……

 

 その後も比叡さんは何杯もご飯をおかわりし、ハンバーグを8つぐらい食べ、さらにサラダも3回ほどおかわりしていた。僕はその光景を見ながら、今日社会の授業で習った『エンゲル係数』という言葉を思い出さずにはいられなかった。つーかよくそんだけ準備してたな母さん……。

 

 食事が終わった後も話し合いの続きだ。僕達はそのまま食卓でお茶を飲みながら、今後のことを話し合うことに。比叡さんはデザートなのか、母さんからダメ押しの羊羹をもらい、それをニマニマしながら頬張っている。まだ食べられるんですか比叡さん……

 

「それにしてもあれだな……話は要領を得ないし、比叡さんの家の……なんだっけ」

「“叢雲たんチュッチュ鎮守府”です」

「そうそう。そこの住所も連絡先も分からん。どうしたもんか……」

 

僕が間違ってるのか?! なぜ誰もそのけったいな名前に突っ込まないんだッ?!

 

「すみません……ご迷惑をおかけして……」

「いやそれはいいんだけど、比叡ちゃんも不安だろう帰る場所が分からないと」

「はい……司令やお姉様も心配してるだろうし……」

 

さっきまで羊羹を頬張りながらニヨニヨしてるかと思えば今度は酷く落ち込んでいる。本当にこの人は表情豊かな人なんだなぁと感心する。

 

「本来なら警察に引き取ってもらうのが一番いいんだが……」

「警察なら一回電話で相談したけど、信じてくれなかったよ」

「だよなぁ……俺だって“名前は?”って聞いて“比叡です”って答えられたら、嘘つくなゴルァって思うしなぁ……」

「ひええ……そんなに信用ないですかこの比叡は……しょぼーん」

「そ、そういう問題ではないんだよ比叡さん……」

 

一つわかった。比叡さんは事ある毎に『ひええ』と言う。これは意図的ではなく、無意識の産物だと思いたい。でないと寒すぎる。……でもよく考えたら無意識だとしても、それはそれで不憫で仕方がない。

 

「比叡ちゃん、どうする?」

「分かりません……でも、とりあえず交番に行ってみようかなと……」

「そっかー……まぁそれが一番自然だよなぁ……」

 

そこまで言うと、比叡さんは羊羹を食べ終わり、がっくりと肩を落とした。

 

 確かに現状、それが一番確実だ。今だって、本当ならここでのんきに羊羹を食べてる場合ではなく、一刻も早く警察に保護されるべき人なのだし、家に戻るにはそれが一番手っ取り早いはずなんだ。

 

 ……あれ? なんで僕はちょっと寂しいなぁなんて思ったんだ? 気のせいだ気のせい。

 

「比叡ちゃん、羊羹まだあるわよ?」

「パァアアアアアア……ホントですか?! 」

 

母さんは、比叡さんの気持ちが沈むとタイミング良くおかわりに誘導して、比叡さんの気持ちを上向きに修正する。ここに来て、母さんは比叡さんのコントロール方法を習得しつつあるようだ。

 

「ねえ父さん?」

「ん?」

 

母さんは台所で羊羹の準備をしつつ、父さんに話しかけた。白状すると、僕はこの段階で母さんが父さんに何を言うかが読めた。こういう時、母さんは大体突拍子もないことを言い出すことが多い。今回もきっとそうだ。

 

「ものは相談なんだけど」

「うん」

「落ち着くまで家にいてもらわない?」

「ファッ?!!」

「ひぇええ?」

「いやだって、あなたもここで比叡ちゃん追い返すの気持ち悪いでしょ?」

「ま、まぁ確かに、警察に任せてハイ終わりってのは……なぁ……」

「お父様……じーん……」

「私だって、こんなに気持よくご飯を食べてくれる比叡ちゃんを追い出したくないし」

「お母様……ぐすっ」

「いやでもな? シュウいるんだぞ?」

「へ? シュウは反対?」

 

こんな時に『嫌だ』なんて言えるわけがないだろうと思いつつ比叡さんに目をやると、比叡さんはすがるような目でこっちを見ている。

 

「嫌ではないよ?」

「シュウくん……ぶわっ」

 

いや泣かなくていい。うれしいのは分かったけど、泣かなくていいから……

 

「いやいやそういう問題じゃなくてな? シュウだって健康な男子だし……比叡ちゃん女の子だぞ?」

 

そう。比叡さんは女性で僕は男子。もし比叡さんがうちに居候するなら、いつ家探しされてもいいように部屋の片付けをしないと、見つかってはいけないものが見つかってしまう……

 

「いつシュウのタガが外れてあんなことやこんなことを……思春期の男子ってのは……」

 

そういうことを本人の前で言うのはやめてくれ父さん……というか自分の息子が信用出来ないのか。

 

「あら大丈夫よ。だってあなたの息子だし」

「バッ……シュウの前でその話はやめるンだッ!!」

 

父さんには秘密だが、僕は知っている。父さんがはじめて母さんと手を繋いだのは、実に36回目のデートの時だったということを。

 

「しかもシュウがおれそっくりだとしたらますますダメじゃないかッ!!」

 

父さんと母さんは高校の先輩後輩の間柄で、母さんの方が年上だ。告白は父さんからだと聞いた。でも父さん、残念ながら僕の好みは年下だ。

 

「そんなわけで比叡ちゃん」

「はいッ!」

「比叡ちゃんの家がどこにあるか分かるまで、うちにいてもいいわよ」

「ホントに……よろしいんですか?」

「もちろん、比叡ちゃんがそれでよければだけど」

 

 母さんにそう言われ、比叡さんは二つ返事でその提案に従った。こうして僕達家族と、ちょっと変な女の人、比叡さんの共同生活は始まった。

 

「あ、でもそんな度胸はないだろうけど、シュウもこう見えて男だからね。気をつけるのよ」

 

どうして僕の両親は、息子のことが信用できないのだろうか……つーかそういう話題を本人の前で話すのはやめてくれ夫婦揃って……

 

「大丈夫です! 私はカンムスですから、戦い方も知ってます!! 負けません! 気合! 入れて!! お相手します!!!」

 

比叡さんはシャドーボクシングをしながらそう答えていた。うん。まぁ間違いではないんだけどね……でも比叡さん、勘違いしてるよね確実に……“相手”ってのは、バトルのことじゃないんだよ……。

 

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