IS 切捨て御免!   作:六六

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IS学園一学年担当学年主任 織斑千冬

 ――――兄さんのことか。ああ、よく覚えてる。

 

 

 目蓋を閉じなくてもはっきりと、刀を揮うあの姿が目に焼きついているさ。

 

 

 それで、お前は兄さんの何を聞きたいんだ?

 

 

 ふむ、思い出、か。

 

 

 

 しかし、あまりお前が期待できるものなんてないだろう。いや、決して兄さんと私の仲が良くなかった、というわけではない。寧ろ私たちは昔からずっと仲がよかったな。ただお前が望むような珍しい過去なんて私たちにはなかった。それだけさ。それでも聞きたいか?

 

 

 ……よし、ならば少しだけ教えてやろう。織斑万春(おりむらばんしゅん)という男の過去を。

 

 

 ふん、身構えなくてもいい。それほど面白くもない話しだしな。

 

 

 取り合えず、お前も知っているだろうが私たち兄妹が両親に捨てられてからのことでも話すか。一夏は覚えていないだろうが、両親は私たちを大事にしていた。それこそ普通の家族だった。少なくとも仲は良かったと言えるだろう。特筆する事もない、ただの家族だ。

 

 

 ――――しかし、ある日忽然とあの人たちが私たちの前から消えてからそれも変わった。

 

 

 中でも兄さんはすぐさま仕事を始めたな。あの人たちがいなくなった次の日から、兄さんは篠ノ之柳韻さんの紹介で仕事をしていた。だからこそあの頃私たち兄妹は食い扶持を繋げる事ができたが、その時は兄さんはどのような仕事をしていたのか、あまり話してくれなかったな……。

 

 

 ただ、私たちに知ってほしくなかったのだろう。あの人は自分が苦しい時や辛い時、それに悲しい時ほど気丈に振る舞い自分の事を隠すのが上手かったからな。……兄さんがそういう人間だと気づいたのは、それこそずっと後の話しになるが。

 

 

 話を戻すぞ。働き出した兄さんだったが、あのひとはそれでも剣をやめなかった。いや、やめられなかったと言う方が正しいか。

 

 

 兄さんはいつだって『俺にゃ剣しか取り得がねえんだ』と笑いながら言っていたが、あれは正鵠を得ていた。それほどまでに兄さんは剣にのめり込んでいた。だからこそ篠ノ之流剣術を習った果てに、兄さんは独自の研鑽を積んで自分の剣を手に入れようとしていた。

 

 

 ああ、その通りだ。普通は自分の剣など持つべくもない。新たな流派を生み出すようなものだからな。

 

 

 ……ただ、兄さんには才能があった。剣士としての才能が。刀に愛される才能がありすぎた。

 

 

 私は兄さんの後で道場に通い始めたからわからなかったが、道場には篠ノ之柳韻さんとまともに打ち合える人は兄さんしかいなかった。――――いや、打ち合うと言うのは違うな。篠ノ之柳韻さんだけがまともに兄さんと『斬り合える』人だった。

 

 

 兄さんはおかしな人でな。竹刀だろうか、木刀だろうが一度斬られてしまえば負けという考えを持っていた。それこそ半端な形で入ったものでも負けたと勝負を降りていた。ふふ……潔いなんて立派なもんじゃない。あの人は頑固で勝ちたがりなんだ。だからこそ信念を決して曲げず、最後まで己の矜持を貫き通していた。剣であろうが、ISであろうが、だ。

 

 

 そんなあの人だったからだろうが、剣の腕は天井知らずだった。すぐさま柳韻さんを越えていったよ。もう道場では誰も兄さんの相手が出来なくなった。私も含めてな。免許皆伝の称号を僅か十代の子供が与えられたのだ、それほどの腕だった。だからこそ、今度は自分で腕を磨き模索するしか道は残されていなかった。

 

 

 苦しそうだったぞ、あれは。普段明るい兄さんがそれを隠しもせずに汗水流して顔を歪ませながら、延々と剣を振っているんだ。……正直、見てられないと思ったさ。だけどな『くはは、恥ずかしいところ見せちまったな』と兄さんは私に気づいて言ったが、あれほど美しい時を、私は知らん。無骨で泥臭くて、惨めにも程があったが、懸命に己へと問いかけて一心に剣と向き合う兄さんは、……そうだな、かっこよかった。

 

 

 だからこそ、私は兄さんの助けになりたいと思った。兄さんがいなければ私はもっと余裕のない人間になっていただろう。だが、兄さんがいたからこそ私は中学高校に通えていけたし、一夏だってそうだ。私たちは兄さんがいなければまともな生活さえ送れなかった可能性がある。もしかしたら離れ離れになるかもしれなかった。だから私は兄さんに感謝して、人としても家族としても、そして剣士としても女としても憧れていた。

 

 

 ――――うん? 好きだったのかだって?

 

 

 はは、……そうだ、な。私は兄さんが好きだ。……うん? おかしな事ではないだろう。何て言ったって家族だしな。

 

 

 ――――だけどな、お前にもわかるかもしれないが、あれほど優良物件な男なかなかいないぞ。

 

 

 顔も整っているし、腕っ節も凄まじい。私と違って気さくで、更に経済力もあった。

 

 

 ……それに、あの人は『世界で始めてISを動かした男』だ。兄さんのネームバリューはそん所そこらの男では太刀打ち出来ぬものだったし、一夏がISを動かせると発覚するまで『世界で唯一ISを動かせる男』として業界の最前線を無敗で駆け抜けた人だぞ。あの頃、兄さん目当ての追っ掛けは男女問わず凄絶だった。そう言えば公式戦には必ず駆けつけ、移動のルートさえも押さえるような莫迦もいたな。つまりはだ、あの人以上の男なんているはずないさ。

 

 

 ……ブラコンではない。事実を述べただけだ。

 

 

 どこまで話したかな。……ああ、兄さんの腕だったか。お前も知っている通り、あの人は剣士としての信念に基づき、清々しいまでに己の剣を手に入れた。どうやってか、と聞くな。あまりに無粋だ。……それに、言葉にしたって理解は出来ないだろう。ならばこそ、実際に兄さんの剣を見たほうが早い。お前も見てきたはずだ。兄さんの太刀筋を。……だからこそ、言葉は不要だ。

 

 

 事実、私は兄さんの剣術をまともに理解する事が出来なかった。ああいうのは見ただけではわかるはずもないんだ。だから少なくとも、第一回IS世界大会(モンド・グロッソ)格闘部門決勝戦で兄さんと戦うまで、私は兄さんが高め続けた剣の極致を把握する事ができなかった。

 

 

 ああ、そうだ。お前の知っている通り、兄さんはあのモンド・グロッソで一度も被弾せずに戦い、しかもISの特性を殆ど使用せずに勝利を収め続けた。ハイパーセンサーやスラスターぐらいか? あの時使っていたのは。

 

 

 更に兄さんは決勝戦で私と戦うまで、一度も地上から足を離さずに勝利してきた。……ああ、まともではない。

 

 

 結果は知ってのとおり、私の負けだった。

 

 

 けれどな、気持ちよく私は負けたのさ。

 

 

 ……負けたのに気持ちが良いなんておかしいって? 確かに、お前にはわからんだろうな。いや、馬鹿にしたのではない。兄さんは剣士として私と戦い、私は剣士として兄さんに挑んだ。ただそれだけさ。それだけの事さ。……ただ、それが私には嬉しくてな。

 

 

 研ぎ澄まされたものというのは実用性と共に芸術性さえ兼ね添えるが、兄さんのあれは違った。兄さんはあくまで剣士で、それ以外を認めはしなかったのさ。だから兄さんは自身のIS『灰鶴』を纏いながら剣士としての自らでもって在り続けた。

 

 

 ――――あの時受けた太刀筋は、今も覚えてる。あまりに鋭く、あまりに疾い一撃が空を切り裂きながら私の首を狙い、それを受け止めようとすれば、いつの間にか私は斬られようとしている。

 

 

 兄さんの対戦者だった相手の殆ど〝気づけば斬られ、いつの間にか負けていた〟と口を揃えて言っていたが、あれはそういう次元だった。

 

 

 剣は自身の担い手である剣士を語るのさ。濃密な時間をかけられて練り上げた挙動、理合。ただ無作為に揮われた一筋の太刀が人生を物語る。だからこそ、私は兄さんのそれを受けられる事と、兄さんに全てを曝け出せたあの瞬間が忘れられない。無論、忘れたくもない。

 

 

 少なくとも、モンド・グロッソで兄さんに負けた相手には悪いが、私は兄さんの太刀筋を理解できたし、更に一度だけだが兄さんを空へと飛ばした。あれだけでも私には誇りさ。

 

 

 だから、私はブラコンではない。……次はないぞ、わかったな?

 

 

 ……結局、剣士としての兄さんに敵う者もなく、兄さんは格闘部門優勝者となり、私は総合優勝を果たしブリュンヒルデなぞと呼ばれるようになった。

 

 

 ああ、あの試合だけだな、私が敗北したのは。兄さんが他の競技にも興味を持てば、どうなっていたかわからないが、兄さんは格闘部門しか出ていなかったしな。

 

 

 ――――当然だ、私が兄さん以外に負けるはずがないだろう?

 

 

 ふっ、そういえばお前は知っているか? 兄さんが格闘部門で優勝した後、兄さんにどのような称号が与えられるか、少しもめてな。

 

 

 結局、兄さんの試合を見た一般市民が兄さんを最後の侍(ラストサムライ)と呼び始めてから、兄さんの称号はラストサムライとなったんだ。

 

 

 ……似合わないと思うか。確かに、似合わないし、私も似合わないと思った。だけど、兄さんはあれを思いのほか気に入っていてな。あの人は時代劇とか大河ドラマが好きだったからな。なんだか可愛らしかったよ。

 

 

 ……ほう、何か言いたいような顔をしているな。

 

 

 ……そうだ、世界は女尊男卑だ。兄さんの活躍はなかなか物議を醸していた。特に時の風潮に便乗した莫迦どもがな、いらぬ疑いをかけて兄さんを邪険にした時など、思い出すのも腹立たしい。今でも腸が煮えくり返る。……まあ、そいつらも時機に黙らざるを得なくなったがな。

 

 

 しかし、予想外な事に兄さんは世の男たちに受け入れられた。

 

 

 恐らくだが、彼らは兄さんを世界で唯一の男性IS操縦者としてではなく、ただのもののふとして受け入れたのだろう。事実、調査によれば、兄さんが優勝した後子供の剣道部志願者が増加したという報告もある。一夏も剣道をやる奴が増えたと嬉しそうに言ってたな。

 

 

 理由、はある。兄さんがISの特性を殆ど使用せず、ただ剣士としての力量のみで戦っていたからだ。

 

 

 ……納得のいかない顔をしているな。

 

 

 確かにそれだけが理由というのは、おかしい話だがな。

 

 

 だが、男性唯一のIS操縦者という立場上、兄さんは男に恨まれるはずだった。お前にはわからないだろうが、女尊男卑の煽りを受けた世の男性はISに良い感情を持っていない。

 

 

 ISが配備されて職を失ったもの、女の理不尽な物言いに嵌められたもの、そしてそれを許す社会。男よりも女が優秀である、と根拠のない持論を展開して悦に浸る阿呆もいる。男が今の世を恨み、憎むのは当然だった。そこに現われたのが兄さんだ。

 

 

 ……兄さんは剣士だった。あの人は剣士としてあり続け、剣士として障害を切り裂き続けた。

 

 

 ISを纏いながら、己の剣士としての技量のみを駆使し、そして優勝した。

 

 

 だからこそ、世の男性は兄さんを受け入れたのだと思う。これがISという兵器を使用する男だったら、女からも男からも排斥されるのがおちだ。

 

 

 そんな兄さんだから、第二回モンド・グロッソには特別招待者として呼ばれた。

 

 

 ああ、お前も知ってるのか。あるいは当然か……まあ、いい。

 

 

 そこで昨年総合優勝し今回も日本代表として参加していた私と、昨年格闘部門優勝者で他の国家代表選抜との特別マッチを組まれていた兄さんだが、二人して棄権した。

 

 

 ん? なぜ兄さんが特別マッチに参加したのか?

 

 

 ……そもそも兄さんはな、日本代表の座に興味を持っていなかったんだ。競技として戦い優劣を競う事ではなく、ひたすら真剣勝負での勝ち負けに拘り続けた兄さんは、モンド・グロッソや代表と言うものにさえ見向きしなかった。

 

 

 では、何故第一回モンド・グロッソに参加したのか? 

 

 

 ――――金だ。

 

 

 兄さんはな、金が欲しいがためにモンド・グロッソに参加し、優勝したんだ。

 

 

 軽蔑するか? 兄さんを。

 

 

 ……そうか。お前も変わった奴だな。

 

 

 ――――実はな、兄さんは私たちの生活費を稼ぐためにモンド・グロッソへと向かったのだ。

 

 

 その時兄さんは学校にも行かず、自らが唯一の男性操縦者であるというメリットを活かし、その情報や実験への参加で金を稼いでいた。あの莫迦に聞く限りだと、随分とあくどい稼ぎ方をしていたらしいがな。その金で私たちの生活費をまかない、学費や必要費を払っていたのさ。

 

 

 ほら、かっこいいだろ兄さんは?

 

 

 ……こほん、話を戻すぞ。 

 

 

 第二回モンド・グロッソでの棄権だったか。あれはな、お前も知っている通り、モンド・グロッソを観戦するためドイツに来ていた一夏が誘拐されたのさ、忌々しいことに、な。だから私たちは一夏を助けるためにモンド・グロッソを棄権した。

 

 

 しかし、な。……兄さんは私よりも早く感づいたらしく、早々に一夏を救いに向かった。そこで兄さんは誘拐犯と戦い、左顔面を斬られ、左目を失った。

 

 

 ――――私はショックだったよ。

 

 

 兄さんは『柳生十兵衛みたいでかっこいいじゃないかい』となんでもない風に笑いながら言ってたが、兄さんに頼られていないと言う事も悲しかったし、それ以上に兄さんを助ける事が出来なかった自分が惨めで、悔しかった。

 

 

 しかも、兄さんはこの怪我を理由に現役を引退し、その後ドイツへの借りを返すため私の分まで伴ってドイツ軍の教導に向かい、少しも遭う事が出来なくなった。

 

 

 あれほど自ら無力さに絶望した事はなかった。正直、兄さんがいない間、一夏がいなければ心が潰えてしまいそうだった。……それからだ、本気で強くなろうと思ったのは。兄さんと並んで胸を張れる様に強くなろうとしたのは、家族を守れるぐらいに強くなろうとしたのはな。……だがな、私の分までドイツへと向かった兄さんに申し訳がなくてな、だからこそ私は兄さんのぶんまで一夏と共にいようとして、代表を引退したんだ。

 

 

 ……おかしいか? 家族のために今まで積み上げてきたものを台無しにするのは。

 

 

 ――――ふふ、言うじゃないか餓鬼。

 

 

 私自身、後悔はしていないし、未練もなかった。今でもあれでよかったと思っている。あの時の選択は間違っていなかったとな。それに、一線を退いて見えるものもあった。

 

 

 だからIS学園で教師と成り、家に帰れば一夏と過ごす、そんな生活に満足していた。ただな、兄さんがいないのが淋しかったよ。

 

 

 ……まあ、それも兄さんがドイツでの教導が終えて、IS学園で働く事になるまでだがな。あの人が教師になるなんて、想像もしていなかったよ。

 

 

 ――――あとはお前の知る通りさ。兄さんはIS学園で私と働き、そして……。

 

 

 ……まあ、いいだろ。この話はここで終わるとしよう。

 

 

 また機会があれば、何か話してやるさ。

 




始めましてのかたは始めまして。あちらでは六、こちらでは六六を名乗っているものでございます。
私事でございますが月姫SSも執筆しておりますので、よろしければそちらも御覧になって下さい。
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