――――どうした、こんな所で。明日は早いぞ、さっさと寝ろ。しかもそんな泣きそうな顔をして、一体何があった。
ああ、なるほど。……あいつか。っち、忌々しいやつめ。
あいつの言う事なぞ気にするな。覚えておけ、あれの言葉は理解できるものではないし、理解するものではない。そもそもあいつは理解させようとさえしないからな。あいつはそういう奴なんだ。
それであいつに泣かされたのか。ふむ、……泣いてない、か。そう強がるな。
あいつには今度私から話しておく。だから忘れておけ、あれと関わるとその分だけこちらが損をするからな。記憶ですらも例外じゃない。私も何度あいつに巻き込まれる破目になった事か……。
しかし、そうだな。――――おい、こっちにこい。
……そうだここに座れ。脚の上だ。
何、遠慮などするな。たまにはこういうのもありだろ。
ふふ、昔はこうしてよく兄さんの脚に乗って後ろから抱き締めてもらっていたんだ。気持ちがいいだろ? 私もよくそれを真似て一夏にもやっていたが、懐かしいな。
……似合わないか。確かに、そうかもな。
まあ、両親がいなくなってからというもの、……私も少し淋しくてな。状況は理解してたし、兄さんがいたから大丈夫だったんだが、それでも納得はいかなくてな。何故自分たちがこんな目に合わなければならないのだ、と泣いた事もある。そういう時、兄さんは私をよく慰めてくれた、こういう風にな。『大丈夫、大丈夫さね』と私が落ち着くまで、ずっとな。
まあ最近はやっていなかったが、特別だぞ?
――――それで、あいつに何を言われたんだ。
――――。――――。
……そう、か。そんな事を。
あいつめ、今度会った時にきっちり問い詰めてやろう。何、知らないのか? 私からは逃れられん。
いいか、私の話をよく聞け。
おい耳を塞ぐな、喚かず私が今から話す事から目をそらすなよ。
――――覚悟は出来ている、だと?
……はあ。なるほど、お前も一夏と同じような間抜けだという事か。
間抜けで莫迦で考えなしのどうしようもない阿呆だ。いや、あいつよりも質が悪い。勝手に決め付けて勝手に行動する。周りの事なぞ考えもせずにな。違うとすれば、あいつがどうしようもない楽天家で、お前がどうしようもない堅物だという所か。
何を呆けている。これでも言い足りないくらいだ。それほどまでにお前は愚かだよ。
そもそも一体いつ私たちがお前を無用だと言った。言ってみろ。
……実際そうだ、か。
――――ふん、莫迦め。お前は兄さんの気持ちを全く汲んでいない。寧ろお前のそれが兄さんの意志を台無しにしている。
あいつは兄さんのすべてを理解できる、と確かにそう言ってお前はそれを信じたんだな。
だが、人は人の気持ちなど誰もわかるはずがない。いや、わかってはいけない、と言うべきか。幾ら頭が良かろうとも、それはありえない。
あいつがやっているのは兄さんを自分の理解出来る範疇に無理矢理押し込めただけだ。兄さんが欲しいから自分自身の中に偶像を創り上げたに過ぎん。あいつは未知を好むが、あいつほど無知に対し恐れを抱くものはいないからな。だから自分が関心をもった範囲内の事しかあいつには理解できず、それ以外のものには無干渉を貫いている。……ほんとうに、莫迦なやつだ。
だが、確かにあいつにも一理ある。兄さんとあいつは仲が良かったからな。私が道場に通う以前からあの二人は知り合いだったようでな、天才同士というのも、あながち間違ってはいない。私もいたがあの二人ほどまではいかなかった。互いによき理解者という雰囲気を持っていたよ。よくあの二人は一緒に食事や昼寝をいていたから、私としてはヤキモキして仕方がなかったな。
――――ただな、あの二人にはあきらかな違いがある。
兄さんは孤独を知り、あいつは孤独を知らなかった。この違いだ。
――――この相違はでかいぞ。お前が思っている以上にだ。
あいつは誰もついていく事ができない頭脳を持ち、そしてそれは天才と呼ばれるには充分だった。充分過ぎた。何せ幼稚園の頃からあいつは他の子供とは明らかに違い、自分が何者であるかわかっていたのだ。……そうだな、異常と言ってもいい。いや、あるいは異端と言うべきか。
だから周りには誰も居らず、あいつ自身周囲を廃除し続けていった。だが、我慢ならなかった。だからこそあいつは世界を自分に合わせるため、ISを産み出した。その結果が今の世界だ。ある意味、今の世界はあいつによって成立しているといってもいいだろう。
孤独とは集団に属していた者がはぐれてしまい、それに慄く感情だ。あいつはそれを知らん。知らずに生き、そして生きる事が出来た。世界を変えてな。
兄さんは違う。兄さんは確かに異端であったが、それを理解していた。刃に斬られる痛みに喜びすら感じながらひたすらに剣を揮い続ける精神力。鍛錬は苦痛と向き合わなければならないはずが、それを苦ともしない肉体と意志。そして強くなりすぎた孤独。尋常ではない、あるいは狂っていると言えるだろう。
だが、兄さんはそれを知っていた。知ってその道を突き進んでいった。納得してその異常と向き合っていた。例え己がどうしようもなく間違っていようともだ。
それがあいつと兄さんの違いだ。
……だからこそ、あいつの言葉は信じても意味がない。あいつが言う兄さんはあいつの中にいる兄さんだ。兄さん本来の姿ではない。最も、それをあいつは認めることが出来ないだろうがな。
――――ふん、まだ信じられないか。
……お前は兄さんのことを殆ど知らず、だからこそ旅に出たのだったな。兄さんに勝手に救われたお前だ。疑うのも無理はない、か。
ではお前が今まで集めた兄さんの姿、それをお前はどう思う。
勝手、そうだな。
マイペース、確かにそうだ。
いつもお腹を空かせていた、……そうかもな。
どれだけ強くなろうとも、強さを求め続けていた。否定できんな。
煙草が苦手。……まあ、そういう一面もある。
なんだかんだで面倒見がいい。全くその通りだ。
人好きされやすい。ああ、そうさ。
そうだ、あれだけ自由気侭に振舞っても、兄さんの周りには大勢の人がいた。目の前の障害を切り裂くあの姿、誰もがあの背中を見続けていた。それだけ兄さんには魅力があった。強く、……輝いていた。兄さんは否定するだろうが、な。
あれだけ兄さんとお前達は戦ったのだ。お前も見た事はあるはずだ。圧倒的強さを誇り、全てを斬り捨てた兄さんの姿を。それを見てお前はどう思った。
……そうか、怖かったか。
兄さんと関わった者は必ずあの強さに惹かれていく。それがどのような形であれだ。確かあの女もそうだった。
オータム、だったか。あの女は真底兄さんに魅了され、もう離れられなくなっていた。兄さんを殺そうと動き、兄さんを求め続けた。
――――そうか、あいつにも会っていたか。まあ、よく無事だったと言っておこう。片腕を斬られてよく生き延びたものだ。あいつの執念深さには参る。
そんな奴を間近で見ていたからか、お前も兄さんを見ざるをえなかったのだろう。強い感情ほど人を惹きつけるものはないからな。
……ふむ、しかしお前よく恐怖の対象だった兄さんに言われて大人しく我が家にやってきたな。あの時は流石の私も驚いた。何せその時には敵対していた相手だったからな。
なに、無理矢理だった? まあ、ISを取り上げられてボロボロの状態でやってきたんだ、予想はつく。大よそ兄さんと戦い完敗したのだろう。いや、卑下することはない。むしろ兄さん相手に戦えたことを誇るがいい。まともに相手されることなんて滅多にありえないのだからな。いつだって一方的にやられるのが常だ。
ふふ、そういえばお前がやってきて直ぐに一夏と喧嘩したのは笑ったな。
――――なに、そう怒るな。二人とも必死になって殴り合っていたからな。互いに手加減せず、ISをすでに取り上げられ怪我をしていたお前相手に一夏も手を抜かないんだ。それほどまでに一夏もお前を意識していたのだろう。
あの時は余計な口を挟むつもりもなかったが、ついな。まるで猫のじゃれ合いだったぞ。
『お前さえいなければよかったんだ織斑一夏!』『訳わかんねえよ!この馬鹿!』『何が馬鹿だ、お前だって何もわかっていない馬鹿じゃないか!』『うるせえ、馬鹿!!』『なんだとこの馬鹿!』『ばーか、ばーか!』『ばーか、ばーか!』と子供じゃ在るまいに、あんな下らぬ言い争いをしながら殴り合っているのだ。今だから言うが笑いを堪えるのに必死だったぞ。
……はっ、そう恥ずかしがるな。お前は餓鬼の癖に大人ぶろうとする。少しぐらい肩の力を抜け。肩肘ばかり張る人生ほど詰まらんものはない。まあ、それが出来ぬからお前は堅物なんだろうがな。
お前が来てからの生活は楽しかったな。兄さんはいなかったが、家族がひとり増えただけで家は賑やかになるものだ。特にお前と一夏の喧嘩はいつも面白かったぞ。
――――つまりは、だ。まどろっこしいから率直に言うが、お前がいまさら何を思うが、何も変わらん。お前がどうしようもなく餓鬼で、私と兄さんの家族で、一夏の兄妹ということはな。
不服か? ……一夏の妹は嫌か。はは、そうか。
……まあ、無理にわからせようとは思わん。私もあまり話すのが得意と言う訳でもない。
だから、こうする事しか私にはわからん。昔兄さんに抱き締められたのと同じように、お前を抱くぐらいしか私には出来ない。何分、私たち家族はどこかおかしいからな。ああ、わかっているんだ。全員がISに関わり、両親はいつのまにかどこかに消え、残っているのは私たち子供ばかりだ。こんなの普通じゃない。今でも私自身、どこかで疑問は残っている。
――――なんだ、私が子供という事がおかしいか? ふん、私なぞ兄さんに比べればまだまだ餓鬼さ。
だが、いいじゃないか。例え私たちがおかしな家族であろうとも、私たちは家族である事に変わりない。それだけは絶対だ。誰かが否定しても、おまえ自身が納得せずともな。
だからお前も私たちの家族だ。そう、家族でしかない。何があろうとも、お前を受け入れてやるさ。
……そもそもお前、私たちを舐めてないか? お前のような餓鬼ぐらい軽く受け入れるくらいわけない。それぐらいの度量は全員持ち合わせている。何せ兄さんはラストサムライで、私は世界最強、そして一夏も今度はそれに肩を並べようとしているんだぞ。くく、今では織斑三兄妹と呼ばれているらしいしな私たちは。何があろうともお前を守ってやる。餓鬼は餓鬼らしく私たちに守られていろ。
――――どうした?
私は温かい、か。
……まあ、なんだ。器用に生きろとは思わん。だがせめて、お前には自分自身で考え、そして自分で決めてほしい。何かに流された果てに得たものなど一銭の価値もない。意志なき道に一体何が残るという。
すべて勝ち取らなければ意味がないんだ。……少なくとも、私は兄さんにそう教わった。
……明日は早い。お前はもう寝ろ。明日になれば、私が言っていた事の正しさを理解できるだろう。
なに、あれで一夏はやると言ったらやる男だ。兄さんと私の弟で、お前の兄だぞ。
減らず口にも家族を守ると以前口にしているのだからな。それを明日の決勝で照明してもらうとしよう。あいつの強さがどれほどのものか、見物だな。
それに、明日はなんだかいい予感がする。ああ、こういう予感は私は外した事がない。なにかきっと起こるはずだ。年甲斐もなく、少し胸が高鳴っている。感じるだろう、お前も?
――――では、そろそろ寝るとしよう。それともこのまま私の腕の中で寝るか?
ふむ、珍しく素直だな。まあいい、姉と寝るのも妹の特権だ。
たまには姉妹らしい事もしてみるか。
次回最終回