私が始めて万春さんと会ったのは、万春さんがIS学園に赴任してきた時でした。
いえ、以前から万春さんは知っていましたよ。ほら、万春さんは千冬先輩と合わせなくても有名人じゃないですか。だからよくテレビにも出ていましたし、モンド・グロッソでの試合や他の公式戦でも姿を見ていましたので、どういう外見なのかは把握していました。左目の傷跡も印象的でしたし、待機状態の『灰鶴』が剣っていうのも様になってるなあってずっと思っていましたよ。
けど、あの時職員室で万春さんとお会いして、びっくりしました。
代表候補生どまりだった私からすれば、万春さんは雲の上の人だったのでどうにも実際に会うまでその人がいると思っていなかったのかもしれません。い、いえ!『世界で唯一の男性IS操縦者』だった万春さんを疑っていたわけではありませんよ!
ただ、本当に万春さんがここにいるんだっていう実感がなかったんです。それにあの『織斑兄妹』が目の前にいると思うと、その、なんというかドキドキしちゃいまして……。
……先輩はIS学園の先輩でもあったので、大丈夫だったのですけれど。そんな、ブリュンヒルデを蔑ろにしているわけではないです!
初めて会った万春さんの印象ですか? ……朗らかな人だなーと。あの、貶めてなんてません!
テレビや試合場で見る万春さんは触れれば斬れてしまいそうな、刃の切っ先みたいな人だったんです。それに第一回モンド・グロッソでの万春さんの試合を見ていると、なんだか怖そうな人だなって思いました。視線も鋭いですし、立ち振る舞いもです。だから決勝戦で先輩と万春さんが並んだとき、本当に二人とも似てるって思ったんですよ。見た目がとかじゃなくて、上手くは言えないんですけど、根本的に見えないところで繋がっていると言いますか。
だけど、職員室にいる万春さんは、その、とてものんびりと言うか、マイペースな方でした。『ま、気楽に行きましょうや』ってお仕事って雰囲気に関係なく言ってましたねえ。
正直、あの時は万春さんじゃない人が来たんじゃないかって思ったんですけど、先輩と仲良く話しているあの人を見て、やっと目の前にいる男性と織斑万春さんが繋がったんです。
それから万春さんはIS学園で勤務しました。立場としては私の同輩に当たるんでしょうか。私、あのラストサムライと同じ立場にいるって思うと、すごくがちがちになったの覚えてますよ。……もちろん、私と万春さんの意味合いはすごい差がありますが。
――――教師としての万春さん、ですか?
そうですね。……何というか、いつもフラフラとしてました。いえ、そそそそんな、悪口なんかじゃないですってば!
教師としてやってきた万春さんでしたけど、あの人が担当しているのは実践訓練のみで、ほかの授業は担当してませんでした。……というよりも、出来ませんでした。
うう、……実は万春さん高校に進学してなくて、しかも中学校も殆ど通っていなかった状態なので基礎学力の方が……。理由はそれとなく耳にしていますし、家族を養うためと言うことも聞いていましたけれど、でもやっぱり難しいんじゃないかと思いました。
いえ、だからと言って万春さんが教師として力不足だったわけではありません。寧ろ戦闘という場面に関しては、あれほど理に適った戦術理論を実践形式で見せながら教えられる方は万春さんを除いて他にいませんでした。
もともと万春さんは私なんかよりも遥かに長くISに関わった人です。それこそIS創成期からずっと活躍し続けてきた方ですから、経験という点で万春さんの話はとても貴重なものがありましたよ。……本当ですよ?
それに、万春さんは気難しい生徒と上手く付き合える方だったので、そちらのほうではよく相談に乗ってあげていたそうです。よく万春さん『俺は無頼漢みたいなもんだしの』って言ってましたが、そういう点であの人を信頼する生徒も多かったです。非公式ですが、学園内でファンクラブがあったのも事実ですし。
何故知っているかって? ――――えっと、実は私もそこに参加していて、それで……。あの、これは先輩には内緒にしてください。約束ですよ?
……ただ、万春さんは自分の役割をこなすだけで、それ以上の事はしませんでした。
えっと、その。……万春さんは教師として非常に優秀だったんですが。……ええっと、真面目に働いてくれないというか、何と言うか、教師に向いていないといいますか。
いつも自分の担当はこなしていたんですが、それもたまに忘れてしまいますし、しかも授業してても『まじいまじい』と煙草吸ってましたし。サボる事も多くて、それどころか職員室にいることも稀で……。授業を担当する先輩の変わりに、よく万春さんを探しにいきました。
だから、いつの間にか万春さんを探すのも私の仕事に入っていたんです……うう。
あ、でも、でも! 万春さんよくそれで探しにいった私に色々とごちそうしてくれました。ご飯とか、ジュースとかコーヒーとか。それで『山田は楽しい奴だねえ』と言っていましたが、私としましては可愛いとか、綺麗とか、その……。
――――だだだだ大丈夫です、なんでもありません!
……万春さんがどんな授業をしていたかですか?
そういえば、あなたは万春さんの授業を受けてないんでしたよね。
万春さんの授業は、その、なんというか、……すごかったです。
万春さんが担当する授業は希望者のみが行える実践戦闘演習だったのですが、あまりに過酷で人気そのものはありませんでした。私も一度参加させてもらったのですが、……ついていくのがやっとでした。いえ、そんな軍隊みたいな訓練をしてたわけじゃないんです。生身での戦闘をはじめ、組み手、武装戦闘、そしてISでの断続的模擬戦闘を延々と続けていくんです。……シールドバリアー機能を切断して、ですけど。
『俺にやお前らに教えるもんなんざ、なーんもねえんだ。だから勝手にわかれ』と万春さんは言っていましたけど、万春さんは生徒に身体で覚えさせようとしていました。だからシールドバリアーを切ったIS訓練を行わせたり、ひたすら戦わせたりさせていました。そうですね、あれはISのために行う訓練と言うよりも、痛みを知るための訓練と言ったほうがいいでしょう。『痛くなかったら意味がねえ』……万春さんの言葉です。あの頃は千冬先輩の指導と合わせて、鬼の織斑兄弟なんて呼ばれていましたしね。
そんな授業をしているのですから、生徒さんには傷が絶えませんでした。皆さん女の子ですから傷跡なんてあってはならない事なんですけど、生傷はまだ良い方でした。中にはIS同士の衝突で骨折をした生徒もいますし、万春さんとの組み手で泣き出す生徒さえいました。正直、怪我人の総数はひどいものでした。
――――ええ、本当にすごかったです。先ほども言いましたが、そんな事ばかりいつもするから、万春さんの授業に人気そのものはありませんでした。ですけど、万春さんの授業を選択して耐え抜いた生徒さんの殆どはクラス代表になりましたね。そして卒業後には国家代表へ選ばれた生徒もいます。
――――はい、凰さんや織斑くんがそうですね。お二人は万春さんの授業を選択して、見事に二年次ではクラス代表戦で優勝準優勝、そして卒業して遂には国家代表になったんです。凄いですよねーお二人とも。
そんな訳で危険な授業ではありましたが、成果が認められていたため万春さんの授業は行われていたのです。
……選択した生徒さんの殆どが万春さんが面倒を見た子ばかりでしたので、彼女達の熱の入りようは凄まじいものがありましたね。他の先生では難しかった生徒さんが、万春さんの授業を受けてからまるで戦闘集団のような感じになっていましたよ。
IS学園が幾ら兵器を教える学校とは言え、元々は普通の家庭で育った女の子も多かったはずなんですけれど、プロフェッショナルって言えばいいんでしょうか? 兎に角、学生という感じじゃなかったです。何人かの生徒は彼女達に怖がってさえいました。傷だらけの女の子達が集団でいるんですから。
あ、そういえば万春さん、剣術部の顧問でもありましたね。今は違う職員が担当していますけれど、発足後は部を立ち上げた万春さんが担当していました。
やっていた事は万春さんがやっていた授業の延長みたいなものだったんですけれど、その……えぐかったです。
授業のほうはまだ授業としての形式があって、しかも先輩の監視もありましたから大丈夫だったんですけど、剣術部のほうはそれもあまりなくて、万春さんが思うようにやってたんです。
気分で変える時もあったらしいんですけど、一対多での模擬戦や、無手対武装、超遠距離対近距離みたいな事を私が知る限りではやっていました。他にもどうやらとんでもない事をやっていたらしいんですけど、それを生徒さんに聞くと「地獄って普通にあるんですね」と笑いながら言っていましたね。……一体どんな事させていたんでしょうか、万春さん?
……本当に厳しかったですよ。私も今までのままじゃダメだと思って、一度やらせてもらったんですけど、……うう、今でもトラウマですよ。『はは、山田一回死んだの』って顔に当たる寸前で振りぬかれた剣は。
ただ、殆ど辞める生徒はいなかったと聞きます。辞めるにしても已む無い事情によるもので、皆必死になって訓練していましたよ。
――――ふふ、不思議そうな顔をしてますね。
私も最初は不思議だったんですよ。どうしてこんなに辛いのに万春さんについていくのかって。
でも、彼女達を見てたらなんとなくわかった事があります。
万春さんはそんな気もなかったんでしょうけど、彼女達にとって万春さんの傍はひとつの居場所だったのです。訓練とかは確かに辛くて厳しいものだったんでしょうけど、皆表情が輝いてました。
彼女達の大半はIS学園で成績も悪く、それに素行も良くない子達ばかりでした。悪い子じゃなかったんですけれど、なんというか、個性が強い子ばかりで。それでクラスでも孤立してたり、やる気をなくして授業にさえ出る事を止めた生徒さえいたんです。IS学園は厳しい学校ですから成績次第では退学ということさえありますから、残念ながら彼女達の退学は時間の問題とさえ思われていました。
だけど、彼女達は万春さんと出会ってから大きく変わっていきましたね。
何せラストサムライが教えるのです。世界中でもこんな事滅多にありませんよ? 万春さんの手解きを受けられて、辛い分だけ腕を上げる事が出来るのですから、強くなっていく実感が持てたのでしょう。
それに万春さんの人柄もあったんでしょうね。あの人は厳しいのに、本当に辛くてどうしようもない人がいると放って置けない人ですから。あは、『そんな柄じゃねえさね』ってもしかしたら言うかもしれませんね、万春さんなら……。
え? 良い表情をしてた?
――――えーっと、ありがとうございます?
まあ、そんな訳で万春さんと波長の合った一部の生徒さんには極端に好かれていましたね。
その中には織斑くんや凰さんもいましたよ。
今では万春さん、千冬先輩、そして織斑くんを合わせて〝織斑三兄妹〟とIS業界では呼ばれるようになりましたけど、万春さんからはかなり厳しくされてましたね。授業や部活以外ではそうでもなかったんですけれど、こと戦闘においては他の生徒と同じように扱われてました。……皆それが嬉しかったようです。万春さんは贔屓をしないんだって。
まあ、織斑くんが第二の男性適合者であるとわかってから『さすが俺の弟だわの』って言ってましたから、弟さんが可愛くてしかたなかったんでしょう。
……だから万春さんの弟子を名乗っていたラウラさんが転入した時は万春さんの教え子さんたち、荒れに荒れてましたねえ。
あは、はは……あまり思い出したくはないんですけど、聞きたいですか?
……生徒さんからの要望ですから、仕方ありませんね。――――はあ。
詳しくはその場に居合わせたわけではないので私もしらないんですけど、その時使用していた剣道場がめちゃくちゃになって、怪我人まで出たらしいですよ。それでもラウラさんに食って掛かるんですからね、すごいですね。
なんか生徒さん皆怒っていたようで、しかも万春さんも『やるならとことんやっちまいな』とか言って止めようともしなかったので、余計に収拾がつかなくなったそうです。結局先輩が止めきて事なきを得たそうなんですけれど、……ラウラさん、先輩にも斬りかかったそうですよ。『師匠の栄光を汚した』と言ってたと報告もありますが。
……もしこの話を詳しく聞きたければ、ラウラさんに聞いたほうがいいですよ。やっぱり、私の口から言ってもどこかおかしくなっちゃいますからね。
――――あ、そろそろの授業の準備をしなくちゃいけませんね。
ふふ、次に万春さんが帰ってきたとき、私がしっかりしている姿を見せてびっくりさせようと思ってるんです!
それじゃ、行きますね?
……最後に、私が万春さんを好きだったかですか?
そうですね――――。
――――それは、秘密です。
大人の女性は簡単に秘密を話さないものだって万春さんが言ってましたしね!
感想おくれやす