――――決して。決して油断してたわけではありませんのよ。あの時私は万全の準備をして、自らの全てをぶつける覚悟を携えて万春先生の姿を捉えていましたわ。
万春先生のIS『灰鶴』は第二世代である『打鉄』をあの天災篠ノ之束が手を加え、そして独自に進化したものであり、全身装甲型の稀有なISでした。私も代表候補生として祖国で幾度も彼の姿を拝見していましたわ。
特にモンド・グロッソでのブリュンヒルデとラストサムライの試合は何度となく繰り返して見ていました。剣のみでもって斬り合う織斑兄妹、そして片方は碌にISの機能を使用しない男性操縦者。だから灰鶴の姿は知っていましたけれど、目の前で見たのはあれが初めてです。
ええ、そうですわね。実際に見て最初は驚きましたわ。
全身装甲でありながら現ISで最小、そして最軽量であるあのISに。
訂正しておきますが、そのようなISが開発されようとした傾向は過去にもありましたわ。ですが、あまりに脆く全力稼動を行えば忽ち自壊してしまうISなど使用できるはずもなく、その計画すら凍結されてしまいました。しかし、ただ唯一『灰鶴』だけは別ですわ。
肩部バインダーを失い、ISの特徴である腕部脚部の装甲は既存ISと比べあまりに小さく、万春さんの身体にフィットした装甲が特徴のIS。それでいてISがISとして機能できる最低限のシールドバリアーで起動し、生体機能補助も停止させて、あまつさえ地上に降り立っているのですから。
だからこそ、欧州で『灰鶴』は『フラジール』の名で知られていました。一回でも被弾してしまえば全てのエネルギーが失われてしまうのです。……正気の沙汰ではありませんわ。
しかし、あの時私は舐められている、と思いましたわ。『真剣で挑んでこい』と万春先生は仰っていましたが、幾らモンド・グロッソで優勝したとは言え、こんな男にイギリス代表は負けたのかと、憤りさえ感じてしまいました。
……後で思えば、なんて軽薄な事だと後悔しました。ですが、その時はそうやってラストサムライを侮っていたのです。
うふふ、おかしいでしょう。あの織斑万春を目の前にして私は未だあの時ラストサムライを見くびっていたのです。織斑万春もまた私が知る下賎な男の一人でしかないのだと、思い込んでいたのです。
――――チェルシー、お茶のおかわりを。
……美味しいですか。そう、よかった。それは先日、日本から取り寄せた煎茶ですの。紅茶は無論素晴らしいのですが、たまにはこういうのも悪くないかと思いまして。それにあなたが来ると知れば、あの頃のことを思い懐かしむのも良いものです。
……ええ、本当に懐かしい。
もうずっと昔の事のように思えますが、実のところそんなに時間は経ってないんですもの。なんだかおばあちゃんになったような気分ですわ。ふふ……。
それほど、日本にいた頃が濃いものだったのでしょうね。
初めて日本に降り立った頃などなんて低劣な国なのかと思っておりましたけれど。……ええ、その時は本当にそう思っておりましたわ。根拠なんてないというのに。ですけど代表候補生であるエリートとしての誇りと、オルコット家への矜持があの時の全てでしたので、自然とそう考えていたのです。
――――今思えば、そうして誇る事でしか、自分を保てなかったのかもしれません。
母や父を失って、我がオルコット家を狙う輩から我が家を守るために頑張って、努力して、それでどうにか二人が残していったオルコット家を死守することは出来ました。けれど、余裕なんてものはありませんでしたわ。
……だって、そのような事をしても、もう誰も私を褒めてはくれないのですから。
私の周りにいたのは下賤な男共や、資産簒奪を目論む野蛮な者ばかりで、誰も私が頑張った事を誇りに思うような方は残っておりませんでした。本当にいてほしかった人はいなくなってしまいましたし。
――――だから、あなたがいてくれて本当によかった。ありがとう、チェルシー。
……ふふ、そう言ってくれると嬉しいですわ。
そうですわね、話を戻します。
例え余裕がなくても、せめて優雅にあろうとして私は胸を張り続けていましたけれど、それが劇的に変わったのは私のIS適正がAだと判明した後です。
そうですね、純粋に嬉しかったですわ。これでオルコットを狙う者の鼻をあかせると。実力でオルコットを守れると、本気で信じておりました。だからこそ私は死に物狂いで訓練し、代表候補生の座を手に入れました。
そのような状態だったからこそ、私は自然と女尊男卑の潮流を受けれいれていたのかもしれません。
……いえ、これは言い訳ですね。
私が男性に抱いていた想いなど、ただの私怨でしかありませんでしたのに。まあ、それも一夏さんと戦った後になんだか莫迦らしくなってしまいましたけれど。
――――ああ、そういえば万春先生と戦うに至った経緯を未だ話していませんでしたわ。私とした事が、自分の話ばかりしてしまいましたわ。いけませんわね。
そもそも、あの時は授業の一環で万春先生のデモンストレーションを兼ねていましたの。
やはり万春先生ほどの有名人はブリュンヒルデを除いていませんでしたから。それに、お二方がモンド・グロッソで見せた決勝戦での立ち振る舞いを忘れられない方々も生徒の中にはいましたので、IS学園に入学できた一つの恩恵として万春先生の戦いを見ることが恒例になっていたそうですわ。その時も万春先生の相手は通例どおり織斑先生か、もしくは山田先生を予定していたのです。
ですが、万春先生と戦うのは私になりました。……ええそうですわ、立候補したのです。
お二方には随分と渋い顔をされましたが、それでも譲るつもりはありませんでしたわ。
だって折角ラストサムライと戦える機会があるというのに、それを手に入れないなどあってはなりません。そうでしょう?
織斑先生には『代表候補生程度が何を抜かす』と脅されましたけれど、結局『たまにはそういうのも良か良か』と万春先生が仰って下さったので、あの一時が許されたのです。一夏さんも戦いたかったらしいですけれど、『練習相手じゃ意味ねえんだ』とお止めになったらしいですわ。
――――だと言うのに、私は万春先生を見くびっていたのですから、お話にもなりませんわ。所詮は過ぎた伝説だと、心のどこかで思い込んでいたのかもしれません。
万春先生、普段は『腹が減った腹が減った』といつもお腹を空かせて、織斑先生のお弁当を楽しそうに『んまい、んまい』と言ってたり、やる気のない姿ばかり見せていましたし、スーツもだらしなく着て、それで煙草をいつも咥えていたのですから。そんな姿を見ていたら、その人が強いだなんて思うこともありませんわ。
……まあ、それも私が未熟だった。それだけの事だったのです。
試合が始まった直後私は『ブルー・ティアーズ』を飛ばし、包囲網を作り上げました。その時地上で佇んでいる万春先生は結局包囲網が展開し終えるまで動きさえいたしませんでしたわ。
そう、あれは私に主導権を握らせるのではなく、あくまで万春先生がやらせてあげた形に見えましたけれど、実のところあのお方はあれがひとつのスタイルでしたの。何故なら万春先生に射撃はあまり関係なかったのですから。もしかしたら、障害にさえなっていなかったのかもしれません。
……私は自分の力に自信を持っていました。未だブルー・ティアーズの運用に不安はありましたがそれでも遠距離からの銃撃を行えば問題はないだろうと。先日一夏さんの決闘を経た私にはどうやってこの距離を保ち、一方的に勝利を収めるかばかり考えておりました。
私はハイパーセンサーを使用して状況を確かめました。気候、機体状況、相手の武装、佇まい、こちらの武装数。
……いけると、思いました。
でも予想を超えていましたわ。
――――最初は何が起こったかわかりませんでしたの。死角をつく形で強襲したブルー・ティアーズ二機のレーザーが切り裂かれたのです。
レーザー兵器は実弾よりも早い銃撃を可能としております。収束した光速の弾丸と言えばわかりますわよね? その威力、その熱量、その速度は段違いですわ。それが撃たれた瞬間に散ってしまったのです。
そして再びそのような事が起こり、私はようやく理解したのですわ。
事はシンプルでしたわ。万春先生は自らに向かって撃たれたレーザーの狙撃を近接ブレード『絶景』で切り裂いただけですの。
――――ただその速度があまりに速過ぎて、私には万春先生が切り終えた後の姿しか見えなかったのです。ただ、ハイパーセンサーを用いてどうにか確認することができましたの。
……ふふ、そうですわね。とても理不尽ですわね。
しかも『絶景』は一夏さんが持つ白式の『零落白夜』のような能力の産物ではありませんわ。『灰鶴』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)には純粋な攻撃力さえもっておりません。
万春さんはただ圧倒的速度で『絶景』を振り抜き、ブルー・ティアーズのレーザーを切り伏せてみせたのです。
ありえませんでしょう? けれど、そんな理不尽が私の目の前に事実として現れたのです。
確かに万春先生が優勝したモンド・グロッソでは銃器の使用はありませんでしたわ。でも、それは万春先生が格闘部門に参加したからです。近接戦闘という限定されたルールでの戦いだからこそ、万春先生は勝つ事が出来たのだと、私は思い違いをしておりました。
――――だって、私は見落としていたんですもの。
万春さんが公式戦で見せた戦いというものを。あのお方は相手がどれだけ距離を取り、一方的な弾雨を浴びせても、ただ己の剣で全てを切り開いたのです。
しかも、私は未だブルー・ティアーズの単体操作しか行えない未熟者。歯が立たないのは当然の事。
……あの絶望感は途方もないものでしたわ。私が今まで培ったものが何一つとして通用しない、何をしても無駄と言うあの無力感を。
それでも私は諦めきれずに銃撃を放ち続けました。ブルー・ティアーズの包囲網と共に、完璧に近いタイミングでミサイルを放ちもしました。それを万春先生は切り裂き、見切り、僅かな身動ぎで避けていくのです。一度も空を飛ばず、地面に足をつけたまま。
だからでしょうね。もう何も出来なくなった私は、狙撃者としての冥利をボロボロにされて焦り、状況打破のためにインターセプトを握り締めて万春先生へと向かっていったのです。狙撃者が自ら近距離戦を挑んだのですよ? 結果は見え見えでした。
――――気づけば、私は負けていましたわ。
ええ、近づいた瞬間に私は『絶景』で切り捨てられ、絶対防御を発動させていましたの。
斬られた瞬間の事はよく覚えていません。それを認識する間すら与えられず、私のブルー・ティアーズは敗れたのです。
……あの戦闘は未だ忘れられません。あれから私は何度となく戦い、あるいは死闘へと巻き込まれましたが、あそこまで手筈も封じられ、一矢報いる事無く敗北したあの時を。まるで、魔法にかけられたようでしたわ。
実は二ヶ月前、私は第一回モンド・グロッソで万春先生に敗れた当時のイギリス代表と話す機会がありました。
彼女は万春先生との戦いを『蟻地獄か、攻城戦のようだった』と仰っていましたわ。後で確認してみると、確かにその通りでした。彼女もまた万春先生に一撃も与えられず、またその『灰鶴』に触れる事すら許されず撃墜されたのです。
だからこそ第二回モンド・グロッソで国家代表選抜との特別試合を万春先生が棄権したと知り、涙を流すほど怒り狂ったと聞いています。彼女は万春先生と戦うため、国家代表の座であり続けたというのに、その相手が自ら棄権し、どこかに消え去ってしまっていたのですから。
彼女がどのような気持ちを抱いたかまでは察する事ができませんわ。屈辱、怒り、諦観。そして安堵。様々なものが溢れて止まらなかったと言っていますが、……事はそんなに単純なものではなかったのかもしれません。
当時、世界唯一の男性IS操縦者であったあのお方は人々の瞳に己の勇ましき姿を焼き付けていきました。ただ強い。己の剣士としての技量と、その矜持のみで戦い続け、優勝を果たしたあのお方を忘れる事など出来ませんわ。『俺にや剣しか取り得がねえしの』と言っていましたが説明など不要なぐらいに強くあり続け、そしてそんな万春先生に人々は引き込まれていったのです。彼女もまた、あの人に心奪われた一人です。
――――あの、亡国機業(ファントム・タスク)のエージェントと、同じように。
私、ですか?
……うふふ、私はそうではありませんわ。
確かに万春先生を教師として仰ぎ、慕ってはおりましたけれどこの心までは奪われませんでしたの。
だって、その時はすでに私の心は一夏さんに奪われていたのですから。
……でも、もしかしたら順番が逆で、私が一夏さんよりも先に万春先生と戦っていればわからなったかもしれませんわ。それほどまでに万春先生は魅力的な男性でしたから。
――――大丈夫です。あなたが心配するようなことはありませんわ。
はあ。全く一夏さんや織斑先生といい、皆さんブラコンなんですから。
……もうあれから四年以上経ちますのね。
私はあの敗北が忘れられないからこそ今も代表候補生の座に甘んじております。
すでに一夏さんや鈴さんには先んじられましたが、国家代表の座を諦めたわけではありませんのよ。
私もすぐにあの場所に追いついて見せましょう。織斑先生や、万春先生の薫陶を受けた身として恥じないように。
――――オルコットの名と、そして私自身の誇りにかけて。