『ラストサムライ』とはよく言ったものだ。あの人の駆る『灰鶴』は『銀の福音』の猛攻を切り裂き容易く避けていった。まるで『灰鶴』そのものが一振りの刀剣のようだった。
しかし、本来であるならば万春さんが『銀の福音』を相手にしなくても良かったのだ。……全ては私の責任だった。
私は、浮かれていた。あの時はそうとしか言いようがない。私の未熟さが浮き彫りになり、そして自分本位な行動を行っていたのだから作戦が成功するはずもないんだ。
……何故かって? っふ、それはな、私はあの時自分の力を見せ付けるために動いていたからだよ。
確かに『銀の福音』は危険な相手であり、それが暴走状態に陥っているのだから並大抵の相手ではない事は百も承知。……だが、このように並大抵な相手と自然に考えていただけで、私は倒せると思っていたんだ。情けない話だが、本当だ。姉さんから『紅椿』を貰った直後だったから、と言う事だけが理由ではない。一夏と私なら上手くやれると根拠のない自信に満ちていたのがそうだ。
私はな、昔からそういう奴なんだ。単純で、頭が回らない。……恥ずかしい限りだ。よくそのことで万春さんには面倒をかけていた。
あの人は私の父が教えていた篠ノ之道場の門下生であり、私からすれば兄弟子にあたる人だ。万春さんは父の愛弟子みたいな方でな、よく可愛がられていたよ。一夏の両親が失踪した後、万春さんに仕事を回したのは私の父だ。それほど父は万春さんを気に入っていた。だから娘である私とも面識があり、道場ではよく打ち合いをしていたが。……いや、あれは打ち合いなんてもんじゃなかったな。
万春さんの剣の腕は知っているだろう? あのお方の剣は天衣無縫の剣だ。何者にも縛られず、目の前にある敵がなんであろうが斬り裂いてしまう。あの頃から他の門下生とは一線を画した強さを持っていて、自分より年上の相手であろうとも容易く勝利を収めていた。
幼かった私はそれに憧れて、よく試合を挑んでいたが遊ばれてお終いだったな。あの人からしてみればただのじゃれ合いにしかならず、『おっと今のはよかったぞ』と私の打ち込みは雲を切るように見切られ流されていた。まあ、たまに竹刀で受け止めてくれる事もあったが、そこまでだ。ことごとく相手にならなかったよ。
大人と子供という差もあるだろう。何せ万春さんは私より十歳も上で、その時には体つきも出来ていた。対して私はまだまだ子供で、女だったから同い年の男どもと比べれば発育も良いほうだったが、それでも雲泥の差だ。いいようにあしらわれていたよ。
しかも私はそれを気にして相手にぶつけにいくようなざまだ。よくそれをくすぐられてあっけなく負けていた。『お前はもっと相手を見なけりゃ駄目だなあ』と教えられていたが、それを私は結局理解できていなかったんだ。そしてずっと理解せぬままにしていた。
だからな、万春さんでは相手にさえしてくれなかったから、一夏とよく打ち合っていた。一夏もなかなかその頃は強くてな、私と噛み合うようだったよ。
――――だが、そんな日々が急に変わっていった。
姉さんがISを作り上げてから、私たちの周りは大きく動いていった。
姉さんは、……なんだろうな、よくわからない人だった。頭が滅法良くて私には理解できないものを理解して、私には見えないものを見ていた。所謂天才と呼ばれる人間だった。
だがな、あの人は何か人として致命的なものがごっそりと欠けていた。世に生まれた天才とは大抵異常者とされていたが、姉さんはそういう意味では正に真性の異常者だった。私は子供ながらに不気味でしょうがなかったよ。
今では、……どうなんだろうな。はは、今でも私は姉さんを理解出来てないんだ。
ただ姉さんは万春さんや千冬さんには仲が良かったな。私や一夏もまあ気に入っていたらしいが、二人の場合はそれ以上だった気がするよ。
そんな姉さんが作り上げたISによって世界は変わり、そして私たちもそれに飲み込まれそうになった。姉さんが行方不明になった後、ある時政府の人間が来て、私たちを守るためと言いながらバラバラに暮らす事を強いてきた。……あれはそう言っていたが、その実私たちを人質に取り姉さんの居所を掴もうとしていたんだろう。その時にはわからなかったが、ただ怖かった。
だけどな、そんな私たちを助けてくれたのが万春さんだ。『俺は恩は返す人間だしな』と言いながら政府の人間を返り討ちにした。
すごかったぞ、私は人が空を飛ぶ瞬間を始めてみたな。
そして政府が力ずくに出ると、万春さんは容赦をやめた。拳銃の弾丸を切り裂き、滅多打ちにした。たぶんあの時が初めてかもしれないな、人の暴力がどのようなものか理解したのは。権力と暴力によって私たちへと襲い掛かる政府の人間と、それを純粋な暴力によって斬り捨てる万春さん。それらがぶつかり合って、片方が倒れていく。
……そうしている内に万春さんがISを纏った。政府の人間は唖然としていたな。何せ、ISは女性しか使用する事ができないと正式な発表が行われた後だからな。たぶん万春さんはそれを知っててわざと見せ付けるようにISを使用したのだ。……私たちを守るために。
普通抵抗を行えばただではすまない。国家とは、世界とはそういうものだ。
だが、万春さんはそれと真っ向から戦い、斬り捨て出し抜いていった。男でISを操縦できるという価値を利用して条件を飲ませ、私たちは一家離散の危機を脱した。しかし、そのせいで万春さんは更なる戦いの中に入り込まなければならなかった。
――――ああ、そんな心配必要ないんだ。万春さんは戦いを求めていたのだからな。
ただ己の剣のみでどこまでいけるかを求め、そしてそれはISを相手であろうとも関係なかった。ひたすらに真剣勝負を望み、そこでの勝ち負けに拘り続けていたのだから。
だけどな、そんな事当時の私は知らなかった。親しい人がよくわからない流れに巻き込まれていったと、なんとなくそれだけは理解していた。
だからこそ、私は姉さんを恨んだ。
まるで他人など興味もなく振舞い続け、その結果家族がどうなるかも気にせず、万春さんがとんでもない事になっても知らぬ顔だ。……正直、なんであんな人が自分の家族なんだと、その時は本気で思いもした。
――――兎も角、そんな訳で私たち家族は万春さんには感謝しても仕切れぬ恩を与えられてしまった。『元から俺が貰ってたもんを返しただけさね』と万春さんは笑いながら言っていたが、決してそれは釣り合ってないだろう。だから、私はあの人に受けた恩を返したかった。
だが、それから万春さんは忙しくなって全然会う事が出来なくなってしまった。『世界唯一の男性IS操縦者』だからな。ほとんど家に帰ることも出来ず、テレビの向こう側の住人となっていった。
残された一夏や千冬さんは寂しそうだったよ。特にモンド・グロッソの時にはお二人とも出場するため海外へと向かわなければならなかったのだから、一夏だけが残される事になり私の家に預けられる事になったが、……普通じゃないだろう。未だ幼い子供が一人残されるなど。
私は何故だろうと必死に考えたさ。変わらない日々か来ると当たり前のように信じていたのに、何もかもが目まぐるしく変動していったのは一体どうしてなんだと。そして全ての現況は一体なんだと考えた時、それは一目瞭然だった。
――――どれもこれも全て姉さんが原因だ。
そう考えるようになってからはもう止まれなかった。
私はIS学園に入らなければならず、一夏がISを動かせるとわかり強制入学を受けなければならなかったのも、全部姉さんのせいなんだ。恨みは怒りに変わり、そして遂には憎しみにさえ成り果てようとしていた。……そんな自分は嫌だったよ。あまりに醜く、なんて汚い存在なんだとな。
だから必死に剣道へと打ち込んでいた。剣を奮っている時だけは余計な事は考えずにすむと思いながら。
――――しかし、私の剣はいつのまにか濁っていたんだ。
あれはいつだったかな。……そうだ、確か一夏がセシリアとの決闘を行うための実力を測るため、剣道場で打ち合っていた時の事だ。
そこに万春さんが現われて『久々に見てみるかね』と私に稽古をつけてくれたんだ。……そういえばそこで初めて私はIS学園に万春さんが勤めているのを知ったな。いや、偶に帰ってきている事は知っていたが、千冬さんと異なり殆ど会う事も出来なかったからな。
私は万春さんに己の剣を見せるために全力で挑んだ。
勝負に余力を残す事は重要だが、あの時は正真正銘の全力だった。
しかし万春さんはあっけなく私を打ち倒し、つまらなそうな顔で『迷いを斬るならまだしも迷いで斬ろうとしてんだから、そりゃ鈍らになるな』と言われた。
――――愕然としたよ。万春さんは剣士だ、だからこそ私の剣なんてお見通しだったんだ。私が自分の鬱憤を晴らすために剣を握っているとな。
そして私は万春さんに失望されたと思った。当然だろう、昔から面倒を見ていた奴が邪念でもって剣を奮っていると気づいたのだから。
でもな『よかったな。取り返しのつかない事にならなくてさ』と万春さんは私を許し、『これから治していこうか』と稽古をしてくれるようになったよ。あの人は私の剣を見捨てるなどせず、真摯に私を導いてくれたんだ
――――だから私は万春さんの期待に応えたかった。師匠とも呼べるあの人の期待に。
だが、結局私は変わらないままだったんだ。
……臨海学校で『銀の福音』を迎え撃たなければならなくなったとき、私は有頂天になっていた。姉さんが作った『紅椿』は第四世代のIS。まず負けるはずはなく、私と一夏ならば打破できると浮かれてしまい、結果敗北した。作戦領域内にいた密漁船を見捨てようとして……私が至らないばかりに一夏が撃墜するという結末を迎えてしまったのだ。
酷い話だろう。己の未熟さが一夏を危険にさらしたんだ。
……ああ、本当にそう思うよ。あまりに私は愚かだった。
私は剣士であろうとも、戦士ではなかった。剣を揮う事は出来ても、戦いのなんたるかを理解せずあの様だ。一方的な勝利などありはせず、いつだって命の両天秤は均一だ。どちらかが傾き、片方が浮き上がる。
だから私はもう一夏にも、万春さんにもあわせる顔なんてなかった。あの人の教えを結局理解できず、結果一夏を命の危機にさらしたのだから。
でもな、鈴に怒られたよ。子供のようにぐずぐず泣いていた私に向かって『泣いてるなら誰でもできる。だけど泣いてる暇があったら戦いなさい。前を向かない奴に勝利なんてないんだからね』と。
鈴は私とは大違いだ。万春さんを真っ直ぐに追いかけて戦いの中へと飛び込んだあいつは強くて、……羨ましかった。そうだ、私は鈴が羨ましかったんだ。誰よりも強い万春さんの傍にいくため、好きな人の助けになりたいためになりふり構わず向かっていく。あんなに鈴は気高く強い。――――私と違ってな。
けれど状況は待ってくれない。私がまごついている合間に万春さんが出撃してしまったんだ。皆の制止を気にも留めずに行ってしまったらしい。
私たちが『銀の福音』へと向かうとすでに戦いは始まっていた。……嵐が訪れたかと思ったよ。『銀の福音』が繰り出す攻撃に空の色さえ変わろうとしていたんだ。それほどまでに激しい銃撃が行われていた。
その中に万春さんはいた。『灰鶴』は浮遊しないままにな。弾雨の嵐の中、『灰鶴』は空を飛翔し、着地をして蹴り上げていたんだ。
――――あれは『灰鶴』の単一仕様能力『朧』によるものだ。
『朧』は『灰鶴』にのみ触れる事が許された壁を任意に展開する能力であり、その壁を接着面として使用することによって『灰鶴』はどのような場所であろうとも三次元機動を可能としている。
無論、例え空の上であろうとも足場を作り上げるのだ。
それによって万春さんの剣は地上にいる時と同じような冴えを見せられる。
そもそもIS装着時と生身で剣を振る場合、ある点に変化がある。剣を揮う際に用いられる要素は肉体と重力、そして地面だ。
それらが複合されることにより剣は剣としての切れ味と重みを持つことができる。
ISにはそれがない。PICによって重力から離れ更に足場さえない空中上で剣を振るのは、生身との圧倒的な差が生じるという事だ。
しかし万春さんが駆る『灰鶴』はそれがない。あの人にとっては地上であろうが空中であろうが関係なく、『絶景』を揮うことができるのだ。
……正直、圧倒的過ぎて言葉にできない。あの時あの場所にいた私たちは呆然とその戦いを見ていた。……見とれていた。
まるで万春さんのために用意されたような独壇場が私たちの目の前にあったんだ。『灰鶴』は一発でも当たれば機能停止に追いやられる際物だ。そのような状態で『銀の福音』が撃ちだす弾雨の中で万春さんは縦横無尽に立ち回っていた。しかも絶対防御すら機能させていないのだぞ。まともな神経をしていたら、そのような戦闘に精神が耐えられるはずがない。
だが、そんな中にいるというのに、万春さんは笑っていたんだ。
それは私たちが攻撃に加わり『銀の福音』が第二形態となってもそれは変わらなかった。むしろ更に笑っていた。『これは楽しいじゃないかい。そうじゃなきゃ斬りがいない』と嬉しそうにな。
――――あの時、私は怖気を感じた。結局その後なぜか回復しきった一夏が駆けつけ万春さんと共に『銀の福音』を撃破したが、それでもあの感じは私の中から消えなかった。だが、『体は十全かい。もうちょっと寝とけりゃ良かったのにの』と一夏を心配する万春さんを見てそれも気のせいだろうと私は無視した。
……今でもたまに思うんだ。
もしあの時はっきりとあの笑みの意味を万春さんに聞いていれば、あの人が私たちの前からいなくなる事もなかったんじゃないのか、とな。
――――すでに過ぎた事だ。過去は幾ら鑑みても変わる事はない。しかし、それでも私は思わずにはいられないんだ。皆で過ごしたあの日々が楽しかっただけに、余計にな。
そして私が何故あの人の笑みに恐れを抱いたか、あの人が突然いなくなってからようやく気づいたんだ。
万春さんの笑顔は、どこか姉さんに似ていたんだよ。
……これで私が話せることは全部だ。あとは一夏にでも聞くがいい。
たぶん今頃は剣道場にいるんじゃないか。今度のモンド・グロッソには気合が入っているからな、あいつ。
――――ああ、そういえばどうして日本代表補佐になったか話してなかったな、そう言えば。
い、いや。忘れてたわけじゃないぞ? そもそもお前が日本にいないのが悪いんだ。うん、そうだ、そうに違いない。
……話さなくてもいい? な、なんだその目は。私はただ一夏が国の代表として慎み深く恥じない行動をするか見張るだけで、決してあいつの傍にいたかっただけだなんて事じゃないんだからな。本当だからな!!
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