「緋弾のアリア」と「死がふたりを分かつまで」のクロスオーバー作品となります。
昼まだき、人通りも多い新宿の繁華街にざわめきが広がっていた。
街の一角にある宝石店、何か事件があったのか入口はKEEPOUTという文字の入った黄色いビニールテープで封鎖され、店の前には数台のパトカーが止まっている上に警察官がせわしなく出入りし物々しい雰囲気を漂わせている、そこが喧騒の原因だった。
テープをくぐり店内から周辺の警官らと違い青い制服ではなく、くたびれた黒いスーツを着ている男が出てきた。
おそらく刑事なのだろう、髪を短く刈り込んだ男は周囲に集まり遠巻きに宝石店に視線を注いでいる市民達、野次馬を見回すと隠れるようにパトカーの陰へ回る。
溜息をつきながら男が懐から煙草の箱を取り出し、中から一本取り出そうとしたところで思いとどまったように動きを止め、ややしてまた大きな溜息を吐きだすと手をかけた煙草を吸わないまま箱へしまい込んだ。
「煙草はやめといた方がいいですよ
遅れて宝石店から出てきた若い青年が黒スーツの男にそんな声をかける。
青年もまた青いスーツを纏っており、男と所属を同じくしていることを窺わせた。
「分かってるよ。まったく、こんな時ばっかりは自分が公僕だってことが嫌になるな」
厳めしい顔つきを不満げに歪めて男は愚痴を漏らす。
ここは街中、市民の目も多い上に事件の取材にマスコミも来ている、そんな人前で税金で働く刑事が勤務中に煙草など吸っていれば署にお怒りの声が一つや二つ届いてもおかしくはない。
男――警視庁捜査一課に勤める
「にしても暇な人間の多いもんだな、平日だっていうのに」
「仕方ないですよ、こんな街中なんですから」
市民の平和を守るという警察官の職務に忠実ではあるが、こうした不謹慎な様をこき下ろすのに口を憚らない上司に部下である青年、升田は苦笑いしながら応じた。
升田自身、事件を他人事のように見物し、携帯片手に写真を撮影したりコミュニティサイトに書き込んだりとしている市民の姿に思うところのないわけではなかった、しかしその思いを明け透けに口に出したりはしない。
故にあっさりと人前でこうした苦言を吐く源田には肝を冷やされる思いをしている升田ではあったが、源田の実直な人柄も既知のことであり彼が市民を見下したりなどしているわけではないことも理解しているため部下と上司という立場を鑑みずとも咎めるような真似はしていなかった。
「ん……?」
唐突に源田が首をよそへ向け目を瞠る、つられて升田も同じ方へ視線を傾けた。
周囲を取り巻く人混みから制服警官と共に二人、どう見ても成人には見えない十代後半年頃の、何より誰から見ても分かる臙脂色の学生服に身を包んだ少年と少女が宝石店の方へ近づいてきていた。
ブレザーの少年、セーラー服の少女共に大きなジェラルミンケースを肩に掛けている。
入口に立っていた警官と少年らを連れてきた警官が言葉を交わし、少年が緊張しているのか強張った表情で黒い手帳を見せると、相手の警官は珍しいものでも見るように一瞬まじまじと少年らを見つめたがすぐに頷きを返すとそれが了承の合図だったのか少年らは店の中へと入っていった。
明らかに警察関係者には見えない学生風の人間が事件現場に入っていく、異様な光景ではあったが今の時代そんな事態があり得ることを知る源田は苦虫を噛み潰したような顔になりながら呟く。
「ふぅ……
「みたいですね、自分も現場で見るのは初めてです」
武偵――それが現代の日本で犯罪捜査に加わる警察以外のもう一つの職業の名だった。
増加する凶悪犯罪に対抗する、という名目で創設されたこの国際資格を持つ者たちは捜査権と逮捕権を有し警察に準じた活動ができ拳銃類による武装すら許可されている、警察と違いがあるとするなら彼らは依頼を受けて動き報酬を得る、また武偵法の許す限りどんな荒事でも引き受ける便利屋のような側面をもつことだろうか。
東京湾に浮かぶ人口浮島には高等教育と併せて将来の武偵を育成する東京武偵高校が開設され、その学生らは既に武偵免許を有する身でありこの東京で活動する武偵の数は少なくない。
今では世界各地に武偵の存在が浸透し彼らが刑事事件の捜査に加わることも今の世の中では珍しくないことであった、とはいえ年端もいかない少年少女が銃で武装し犯罪捜査を行うのに懐疑的な見方をする者も消えたわけではなかったが。
「やれやれ、この日本であんな子供が武装して歩いてるなんて、世も末だな」
今店に入っていった少年少女とさして変わらない年頃の娘がいる源田としてはその現実に苦い思いを抱かずにはいられなかった。
武偵という職業について否定するつもりはないが、年若い人間が無暗に危険を冒すのにいい顔は出来ない、そんな役割は自分達のような大人が引き受けるものだと考えている源田だった。
「現場検証の実習ってところですかね、まあ今回みたいな事件はうってつけなんでしょう、なにせ――犯人はもう捕まってるわけですし」
何気なくそんなことを言った升田だったがその言葉にますます渋面を深めた源田の反応にびくりと身を竦ませた。
「升田ぁ、面目潰されておいてそんなことを気楽に言うな」
「す、すみません!」
事態をあまり重要視していないような若手部下の様子に源田は溜息を吐く。
それもまた源田を、というより警察組織を悩ませている事柄の一つだったからだ。
事件が発生し、犯行現場に警察が駆けつけたときには既に犯人が捕縛、無力化され転がっている。
そんな事例がここ最近多発しているのだ、それも日本だけではない、世界各国で同じ事例が見られるという。
活動報告を上げていない個人の武偵によるものではないかと疑われたこともあったが武偵を管理する武偵局をはじめとした各国調査機関によりその可能性は否定されている。
であるとするならば警察でも武偵でもない第三者の関与としか考えられないわけだが、その存在の情報が全く掴めないが為に源田のように一部の警察関係者は頭を悩ませているというわけだ。
「まあいい、ところでさっき中で電話受けてたろう、署からだな? 犯人どもの身元は分かったのか」
「はい、犯人は予想通り元角鳳会のヤクザくずれだったようです、組が無くなって行き詰まっての犯行って感じですかね」
「そんなところだろうな」
苛立ちを感じながら源田が頷きを返す。
愛煙家のニコチン不足によるものではない、その苛立ち紛れに源田は周囲の市民に聞こえない程度の声量で叫ぶ。
「
明らかに不機嫌な様子の上司に升田は苦笑いする。
角鳳会、東京都内では武闘派として知られた暴力団だったが実質的に組を支配していた若頭、古村の銃刀法違反を名目にした突然の出頭。
そして組長の平泉が組を畳む告知をばらまいたことで角鳳会は突如として解体されることになった。
何者かに平泉が襲撃されたのが事の原因であると噂されているが真相は明らかではない。
そして古村の指揮のもと、ヤクザとしてはいわゆる仁義にもとる行為を重ねていた構成員たちの多くが行き場を失い、今回のような犯行の増加に繋がっている。
その上に古村は重火器の密輸も積極的に行っており角鳳会を通じて闇に流れたそれらの品も少なくは無く、犯罪の凶悪化に一役買っている。
「でもどうしたっていうんでしょうね古村の奴、あんな立場の奴がいきなり出頭するなんて」
「決まってる、外より塀の中の方が安全だからだよ」
「え?」
理解が追い付いていないらしい升田から視線を外して源田は被害に遭った宝石店を見る。
古村を追い詰め、角鳳会を解散に追い込んだ存在、人物について実を言えば源田は心当たりが無いわけではなかった。
それが今世界中で発生している警察、武偵以外の事件介入者と同じ存在であることも半ば確信している。
しかしそれらに決定的な物証が全くなく、立証することができないことに忸怩たる念を抱かざるをえないのだった。
もとより警察組織の目すら欺いて活動する者達、並の発想では思いもつかないような組織であることが考えられる。
個人で追うことなど雲をつかむような話かもしれないが、その組織に所属すると思われる一人の男の存在が源田の執着を強めていた。
「
剣の道に傾倒するあまり、道を踏み外してしまった、かつての同門である男の名を我知らず源田は呟いていた。
アスファルトに囲まれたビル街の路地裏を一人の男が着崩した派手柄のシャツを振り乱しながら走っていた。
息は乱れ、焦燥も露わに時折チラチラと背後に首を振り返らせて覗き見ている。
やがて光の差す通りに男が飛び出したところで――
「っ!?」
「きゃっ!?」
通りを歩いていた小柄な少女と衝突し男はたたらを踏んで足を止めた。
横からぶつかられた少女が歩道に倒れ込んだことで周囲の歩行者達の注目がにわかに集まりだす。
「痛ったーい……ちょっと何、よ……」
少女のぶつかってきた男に対する苦言が半ばで途切れる。
息を乱し疲労に肩を揺らしている男の右手に黒光りする凶器、拳銃が握られているのを目にして。
同じくそれを目にした歩行者の女性が絹を裂くような悲鳴を上げ、それを呼び水とするように喧騒が広がっていった。
居合わせた通行人達が我先にその場から逃げ出す一方で何事かと悲鳴だけを聞きつけた事態を理解していない野次馬が集まりだし、瞬く間に人だかりが形成されていく。
逃げ場を求めるように拳銃を握る男は首を巡らせ人の切れ目を探していたが背後、今しがた抜けてきた路地裏から駆ける足音が近づいてくるのを聞き取り狼狽を深める。
「くそっ!」
恐怖か混乱か、未だうずくまり怯えるような目をしていた少女に手を伸ばし立たせ引き寄せると男は銃口を少女のこめかみに突き付けた。
ひっ、と外国人旅行者か、はたまた流暢な日本語からして日系のハーフなのか、染色にしては鮮やかで自然な金の色をした髪の少女が息を呑む。
突如起こった白昼の凶行に集まった群衆からまた悲鳴が上がり、男は苛立ちを露わに荒げた声を飛ばす。
「うるせぇ! 騒ぐんじゃねえ!」
手に握る拳銃の銃口を辺りへ向けながらわめき散らす男は興奮しきっており下手に注意を引けば撃たれてもおかしくは無い、そんな危惧を抱かせるには十分で、周囲の人々をたちまち萎縮させてしまった。
そうして訪れた空気が張りつめたような静けさの中に、独特な高さの声が響く。
「まったく、往生際が悪いったらないわね、みっともない」
周囲を威嚇していた男が顔を強張らせ銃口を腕元の少女のこめかみに戻し声のした路地裏を睨むように見据える。
やがて泰然とした足取りで現れた人物の姿に、緊張していたその場の空気が奇妙に弛緩する。
二本に結われたピンクブロンドを揺らし路地裏から踏み出してきたのは臙脂色の襟と同色のスカートというセーラー服姿の少女、それも見た目中学生――いや下手をすれば小学生でも通用しそうな小柄で、人形のように整ってはいるが幼い顔立ちをした追い詰められたような男の様子からはまるで場違いにしか感じられないような少女だったからだ。
群衆のどよめきの色合いが変化を見せ始める中、現れた少女は人質を取った男を見るとこれ見よがしなため息を吐いてみせる。
そんな中、ピンクブロンドの少女の後に続いて路地裏から一人の少年が踏み出してきた。
「アリア、あいつ、は――」
「見ての通り、よ。キンジ」
アリアと呼ばれた少女と同じく、臙脂の色を基調としたブレザータイプの制服を着込んだ少年は男の姿を視界に収めると苦い表情になる。
だがどういうわけかその表情は人質を取られたことに焦るというよりも呆れているような真剣味に欠けるものだった。
「動くな武偵! 銃を持ってるだろう、そいつを全部置いてこっちに飛ばせ、さもないと……」
男はそう言うと捕えた少女に突き付けた銃口をねじり強調してみせる。
従わなければ命が無いと言わんとする脅し文句に人質に取られた当の少女は恐怖のあまりにか、瞳に涙を浮かべて嗚咽を漏らし始める。
だが男曰く、武偵である少女アリアはそんな様に憐れむわけでも焦るわけでもなく、嘆くような面持ちで男の要求を無視したまま淡々と告げた。
「何遊んでるのよ理子、さっさとやりなさい」
「……は?」
明らかに隣に居る仲間と思しき少年ではない者への呼び掛けに男は制服姿の二人に注意を払いながらも目と首をギョロギョロと忙しなく動かし周囲を警戒する、しかし――
「もー、アリアったらノリ悪いんだから」
その呼び掛けに応じたのは周囲に潜んだ仲間などではなく、男の腕の中に居る少女だった。
先程までの泣き顔はどこへやら、銃を突き付けられているのにけろりとした笑みを呼び掛けてきた少女へと返している。
「なっ……テメェ……ぐぁっ!?」
人質に取られた、いやあえて取られていたのだろう少女は思わぬ事態に目を剥いた男の小指を掴み捻り上げる。
その痛みに男は呻きながら反射的に身をよじり拘束を解いてしまう。
「はい、ドーン」
そのまま背後に回り込んだ少女に両手で追ってきた二人の方へと突き飛ばされた男は泡を食いながら手に持つ銃を目の前の少女へ向け引き金に指をかける。
群衆たちが息を呑む中、男の手の拳銃が銃声を響かせる、事は無かった。
ビクともしない引き金の感触に信じられないものを見るような目で男が手の内の銃を見ると、その自動式拳銃はいつの間にか安全装置がかけられ射撃できない状態にされていた。
「手癖の悪い子捕まえちゃったものね」
哀れむような声に男が視線を戻した時には既に遅く、懐まで一息に飛び込んだ少女の拳が男の顎先を打ち飛ばし、その意識を刈り取っていた。
「ご協力、感謝します」
一礼すると制服警官が後部座席に引き渡された男を乗せたパトカーの運転席に乗り込む。
両脇を警官に固められ手錠を嵌められた男は流石に抵抗する気力を失くしているようで、何もかも諦めたようにうなだれていた。
発進したパトカーをその捕り物に関わった三人の少年少女が見送り、その内の一人、ピンクのツインテールが特徴的な少女、アリアがもう一人の女子をジロりと睨みながら口を開く。
「まったく、なに小芝居やってるのよ、あんたならあんな奴一人でも捕まえられるでしょ、変に目立っちゃったじゃない」
先程よりも幾分人並みは減ったが、未だ物珍しそうに自分たちを遠巻きに眺めている通行人が少なからず残っていることに呆れているようだった。
捕らわれていた、と見せかけていた金髪の、今はその一部を両脇で結うツーサイドアップの形にした少女、理子が頬をぷくりと膨らませて抗議する。
「ぶー、折角アリア達が一人逃がしちゃったのフォローしてあげたのにそういうこと言うかなー?」
「そういう役割振ってたんだから当然でしょうが……キンジも油断し過ぎよ、作戦通りにやればあの場で全員捕縛出来てたんだからね」
「悪かったよ、ていうかお前も少しは俺の普段の実力を考えて作戦立ててくれ、正直綱渡り過ぎるぞ」
捕り物の最中男が口にした、いわゆる武偵である彼女達はこの日、不法滞在外国人への銃器の密売現場に踏み込みその逮捕にあたっていた。
取引現場には売り手、買い手を含め十人もの対象が確認されていたが指揮を執ったアリアは苦言を呈した少年、キンジと二人だけで現場に踏み込んだ。
アリアの予定からするならば十人全員その場で拘束出来ていたのだがその場では一人、先程パトカーに乗せられていた男を逃してしまっている。
一般人の常識からしてみればそれだけの人数を実質二人で捕縛できるというということすら驚きだがアリアからすれば不満の残る結果であったらしい。
実際彼女はこれまで単独でも数多くの窃盗団や密輸組織を確保してきた実績を抱えSランクという業界トップクラスの等級を持つ非凡な武偵でありそれは止むを得ないことでもあった。
「あんたがいつでも本調子を出せればあんな連中余裕なのに……まあいいわ、とりあえず武偵校まで報告に戻るわよ」
「へいへい……?」
歩き出したアリアに続きながらキンジはふとその先からの視線に気になるものを感じて歩きながら目を向ける。
あんな騒動を起こした後となっては当事者である自分達に一般人からの視線が集まるのも当然と考えていた彼だが、野次馬的なものとは違った気配の目線を感じたのだった。
視線の先に居たのは中学生ぐらいの年頃と見られる少女、目が合うと少女はビクりと驚いたような反応を見せ、注視していたことを謝るように小さく頭を下げた。
よく見れば少女は一人ではないらしく、隣に立つ男性のジャケットの裾を握っており、気づいてみればその男の方がよっぽど目を引く出で立ちをしていた。
日本人にしては高めの身長に整えているわけでもない本当に無造作な短髪の下には濃い黒のサングラスをかけている。
服の上からでも男が随分と鍛え込んだ体格をしていることがキンジには見て取れた、年端もいかない少女の連れにしては物々しくすら感じられる雰囲気、その二人の奇妙な組み合わせに違和感を覚えるのだったが男が手に持っていた物に気づきハッとさせられる。
地面を突いている白い杖、加えてすれ違いざまつい覗き見てしまった男のサングラスの下、目元の有り様にキンジは迂闊にも不躾なことをしてしまったことを恥じて目を逸らす。
男の目元はいかなる出来事によるものか、一目で分かる裂傷と火傷の痕に覆われており視覚機能が完全に損なわれてしまっていることは明らかだった。
誘導されているのかその男性は介護者であるらしい少女の肩に手を乗せてもいた。
そんな彼女たちにとってみれば捕り物騒ぎで人通りの乱れた街中は歩きづらいものだっただろう、その中心である自分たちへ必要以上の注意を引かれてもおかしくはないと思い直したキンジは視線を先を行く小さなパートナーである少女の背に戻して追いかけるのだった。
騒動の中心が失せたことでようやく喧騒がおさまっていく中、去り際キンジが気にかけた二人組の内の少女は首だけ振り返らせ、キンジが去った方へ目を向けていた。
「気は済んだか?」
「……はい、もう大丈夫です」
肩に手を置く男から声をかけられ、少女は視線を戻し人の混み具合が解消されてきた歩道をゆっくりと歩き始め、それに誘導される形で男も後につき歩く。
ビル街を数ブロックも歩いたところですぐ脇の道路に一台のライトバンが停まったかと思うと、二人は打ち合わせていたかのように車のドアを開き中へと身を滑り込ませた。
「ありがとうございます、
「なーに気にしなさんな、このぐらいお安い御用さ」
少女が声を掛けた運転席からドレッドをひっつめにした奇抜な髪型の男が返事を返す。
軽薄そうな見た目の印象とは裏腹に迎えた少女へ向けられた眼鏡の奥の瞳は柔和に緩められている。
少女が気の良さそうな男に笑みを返す一方、サングラスの男性は無言でシートへ腰掛け背を預けていた。
ドアをくぐり手探りもせず腰掛けるまでの動きはそれまでとうってかわって盲目とは思えないほど淀みない。
ドレッドの男と少女にとってふてぶてしさすら感じられる男性の性格は知られたところであるらしく、何事も言及することなく少女がシートに掛けベルトを締めるとバンが発進する。
「で、どうだったんだお二人さん、今回のデートの収穫は?」
運転席から茶化すような声音で後部座席の二人へ向けた男――井川の問い掛けに少女の方はビクりと恥じらうように顔を赤くしていたが、男性の方は眉すら微動だにさせず聞き流していた。
慌てたように口ごもりながらチラチラと男性を覗き見る少女とその男性がなんら反応を示さないことに失言を悟ったのか井川は気まずそうな顔で言い繕う。
「――悪い悪い、冗談で言うようなことじゃなかったな。けど
「いえ、そういう可能性は低かったです、犯人を捕まえた人達がすごくて……学生さんみたいな恰好してたから驚いちゃったんですけど」
「学生? 捕まえたのが?」
「はい、赤茶色い――
遥という名らしい少女の説明に暫し考え込むような間を挟み、井川がああと声を上げながら心当たりを告げる。
「そりゃあれだな、武偵ってやつだ」
「武偵……って、あの?」
小首を傾げる少女へミラー越しに笑いかけながら井川はその存在、武偵について語って聞かせ始める。
「武装探偵の略、東京湾の浮島に養成校があるから学生っていうなら多分そこの生徒なんだろうな」
「銃なんかを持つのも許されてる人達なんですよね?」
「まあそうだな、逮捕権まで持ってるっていうんだから、俺らからしたら羨ましい話だよな」
たいして感情をこもっていなさそうな言葉を吐きながら井川は緩くハンドルをきる。
曲がった車の慣性に体を揺られながら、考え込むようにしていた少女遥がぽつりと呟く。
「
その発言に車内が一瞬シンと静まり返り、次いで運転席の井川が盛大に吹き出し笑い声を響かせた。
「ぶ――っははは! 護が? 武偵? いやー遥ちゃん、そいつは無理があるだろ。警察とは違うって言ったって法律はあるんだからな、護がお行儀良くルールに従ってるとこが想像できるよ?」
その姿を思い浮かべようと再び考え込んだ遥だったが、笑い飛ばした井川同様に無理だったらしく何とも言えないような苦い顔になってしまっていた。
「――お前の方はどうなんだ井川、そっちの方がお前の性格には合ってるんじゃないのか」
それまで眠っているように沈黙を保っていたサングラスの男性が唐突に口を挟んだ。
「よせやい、俺みたいなやつには武偵なんかより
「目の前で笑い話の種にされれば起きもするさ」
話題に反応したわりに本当にそれまで眠っていたかのようなことを言う護という男性だったがそれを聞く二人に冗談とみなしているような様子はない。
傷ついたサングラス越しの瞳は真っ直ぐに会話している井川へ向けられ、その泰然とした様は盲人の気配を微塵も感じさせないものだった。
一見してどのような間柄なのか想像もつかない異色の組み合わせの三人が談笑を交わす中、不意に社内のスピーカーから電子音が響く。
「ん――」
弛んでいた表情を固くしながら井川がコンソールの見る者が見れば気づくだろう民生車輌のものとしては多すぎるスイッチの内の一つを切り替えると若い男性の声がスピーカーから発された。
『昨夜の仕事明けのところ申し訳ありません、本日二十二時からチーム《ブレード》に出動できるよう待機を要請します』
「マジか、ここんところ多すぎじゃないか?」
『角鳳会の件もあり都内の状況が安定するにはまだ時間を要しますので、場合によっては《ブケファロス》にも応援を要請しますが今回予想されるグループには貴方方のチームが最適かと思われますので』
通信しているらしい相手は井川の苦言にも全く感情の揺らぎを見せず淡々と指令を告げていた。
頭をかきながら井川はチラリとミラーで後ろの護へ目をやり、身動ぎ一つしないその姿を異論なしと理解してため息を一つ吐きながら応答する。
「りょーかい、井川、土方両名待機に入ります」
『詳細なデータはアジトへ転送させて頂きますので確認の上準備をお願いします――では』
ブツりと通信が切れると応対した井川は疲れたような顔になりながら車のナビの行き先を変更し、モニターに表示されていた渋滞情報が切り替わる。
「今から帰って準備にかからねえと間に合わねえよな、買い出しは
「――あの」
ぼやきを漏らす井川の後ろでじっと一人息を詰めていた遥が何事か口にしようとする、が。
「お前はアジトで大人しくしていろ」
「護さん……でも」
制止をかけたのは盲目の男、護だった。
言いすがろうとする少女の言葉も聞く耳持たないという態度で斬り捨ててしまう。
「昨日はついてきただろう、お前自身を鍛える為には良い機会かもしれんが子供が夜中にそうそう出歩くもんじゃない。今日の所は大人しく寝ていろ」
言葉自体は良識的ともとれる内容だが、それを受けた遥の方はそんな扱いを受けることを悲しく感じているように目を伏せてしまう。
少女がどんな思いを胸の内に抱え込んでしまっているのか幾らか推察できてしまう運転席の井川はそんな二人の様子を複雑そうな顔つきで見守っていた。
――社会の表と裏で、犯罪者を狩る者達が交錯する一瞬の物語。
2015.9/18 誤字を修正。