―――――【第14話 急変】―――――
その日は空がどんよりと曇っていた。
「た、大変だ!!」
ここは騎士団詰所。
いつもと変わらぬ日常を暮らしていた彼らの下に訃報が訪れる。
「魔獣の討伐に行っていたゴリン達が見たことのない魔獣に壊滅した!」
これは、王国を揺るがす前代未聞の事件であった。
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「……」
「……」
誰もしゃべらない。
いや、しゃべれない。
無理もない。
つい先日まで元気に酒を酌み交わし、互いに武を競い、理想を語りあった仲間が死んだのだから。
それも、見るも無残な姿となって。
「ウェスペルタティア騎士団所属、ゴリン・ドト。同じく所属、コーライル・ペイ。同じく所属、マイル・ジダン。同じく所属、タカベ・ナイハマ。以上4人を誇り高き死に敬意を表し、騎士団隊長へと任命する。…戦友に敬礼!」
クリフの声に合わせて敬礼をする。
謎の魔獣に襲われ、逃げることも考えられたにもかかわらず、彼らは勇ましく戦ったのだろう。
「ノーランド」
「…はいっ」
「悔しかっただろう。戦友たちが戦場で死に行く中、情報を届けるためにその場に残り戦えぬことを。だが、我々はそのおかげでこの危機に対して全力を持って挑むことが出来る。心より、礼を言おう」
「あ、ありがだぎおごどば!」
ノーランドは泣き続けていた。
彼はこのグループの中で一番弱かった。
それは彼も自覚していたし、他の皆もわかっていた。
だからこそ、彼を逃がしたのだろう。
自分が死ぬかもしれぬ状況で、自分を犠牲にして。
誇り高き選択に、俺は必然と祈りを込めた。
――彼らの魂に安らぎよ、あれ。
「我らはこの死を無駄にしてはならぬ。件の魔獣が街に攻めて来ぬとも限らん。急ぎ、支度を整え、全軍を持って討伐に当たる!」
『はっ!』
騎士団の心が1つとなった瞬間だった。
「…そうか、騎士団総力を挙げて行くか」
「はっ。この件、一刻の猶予もございませぬ。我ら騎士団は最低限の戦力を残し、他全軍で件の魔獣を仕留めて参ります」
「…エリス」
「はっ!」
「魔法師団からも援軍を出すのじゃ。出し惜しみは出来ぬ」
「御意!」
1人のローブ姿の女性が謁見の間を去って行った。
彼女の名はエリス。
王宮魔法使い集団、通称魔法師団を纏める長だ。
ウェスペルタティア騎士団が王国の治安維持ならば、魔法師団は魔法研究や対外制圧を目的とする集団である。
普段は始まりの魔法使いの教えの下、既存の魔法の効率化や新しき魔法の開発などを手掛けている。
また、過去数度記録される大型魔獣や小型魔獣の大量発生による討伐など、騎士団では対処しきれない規模の戦闘に対し動員されることが多い。
それらを全て指揮するのがエリスである。
「クリフよ。今回は何やら胸騒ぎがする。油断はなかろう。故に、危険を感じた場合、命を粗末にしてはならぬぞ」
「はっ!心に命じます」
声高く返事をしてクリフも立ち去る。
クリフの後ろ姿を見送った後、右で控えるヴェレスに声をかけた。
「今回の状況…そなたはどう思う」
「見た事の無き魔獣というのが引っ掛かりますな。近年、大型種や小型種による大小様々な魔獣の報告はありましたが、それでも一度は見たことのあるものばかりでした。それが今となって不明とは……何やら嫌な予感がします」
「そなたもそう思うか。……我の思い過ごしであればよいのじゃがな…」
しかし、この数日後に2人の嫌な予感は的中する。
騎士団壊滅、援軍の魔法師団も半壊という形で……。
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「なぁ、リュラン」
「なんだ」
「……これから、ここはどうなっちまうんだろうな…」
「……」
ここは静かな騎士団詰所。
俺とシューゼ、他数名以外は誰もいない。
…いや、もはや誰も来ることはない。
「俺やお前を除く最低戦力を残して騎士団はほとんど動けねぇ。クリフ様やガイアス様は辛うじて生きてるけどよ、他の奴らはほとんど死んじまった。生きてても怪我人ばっかだ。援軍に行ったっていう魔法師団も半分死んだって言うしよ」
「……」
「なぁ…この先どうなるんだろう…」
らしくなく暗い。
お前の取りえは明るさだろうに。
「……お前は馬鹿か?」
「……な、何をッ!?」
「お前がいくらあれこれ考えたところで事態が変化するわけではあるまい。今はこの先の戦闘に備えて訓練でもしておけ」
「…リュランは見えてるのか?」
「フン。外での戦闘に破れたんだぞ。これ以上外に出せる戦力は存在しない。ならば残すは1つ…」
「……それは…?」
「…王都付近での防衛戦だ。今度こそ、王国の存続を賭けた、な」
「ッ!!!」
シューゼの驚いた顔がこちらを向いた。
ちらりと見た後、目を閉じて戦況を予測する。
「力はあるが新人のために外された俺。街に詳しい古参のガイさん。初戦で敗れ、精神的に参ってるであろうノーランド。戦力的に乏しいお前。誇りだの外見だのしか言わないバカ。お前の同期のカラト。…この街に残った騎士団の最大戦力だ」
「…ああ」
「6人中、本格的な戦闘経験があるのは俺とガイさん、そしてバカの3人だ。いくらお前やカラトが討伐経験があるとはいえ、経験が浅いのは事実。ノーランドは問題外。怪我人が無理をして動いたとしても先の人数の半数以下だ。これでは王都外で迎え撃つのが不可能なのは分かるな?」
「……」
「俺は魔法師団の方を知らんが、それでも今回の戦闘で戦力ダウンは避けられん。元々魔法使いは前衛がいなければ1度しか戦闘に参加できん。その後は言わずもながらだ。と、あればこちらも王都外で迎え撃つのは不可能だ」
「……そうだな」
「どこまで巨大な魔獣なのか誰も話さん。だが、それでも頼らなければならんのは街を囲む城壁だ。今、魔法師団が全力で補強魔法を掛け続けている。ま、多少は持つかも知れんが持って数時間だろう」
「……もう、いい。結果だけ言ってくれ」
目が死んでいた。
哀れに思うが、それでも現実だ。
俺は既に死に絶えた街を見てきたから何とも思わんが、こいつには初めての出来事なのだろう。
……まだ子供だしな、仕方あるまい。
「十中八九、王都は壊滅して滅ぶ」
「……ッ」
「例え運が良くとも……国として生き残ることは不可能だろう」
「…ほ、本当に、手は、ないの…か?」
綴るような眼。
死に直面した者たちが運命を受け入れきれずに起こる恐怖の目。
……ま、やることはやるさ。
「…1つだけ、ある」
「ッ!ホントか!!」
「ああ」
「ど、どうするんだ?」
「……始祖の魔法使い。他数名の王都最大戦力による少数精鋭による背水の陣だ」
「……そんなの…勝ち目ねえよ…」
うなだれるように座り込むシューゼ。
とりあえずほっとく。
今の俺に、これ以上の時間は無駄だ。
「お前は城壁にでも登って見ていろ。見て、心に刻め」
向かうは王宮。
レイナにフェイト、シエルは保険。
対峙するのは俺だけでいい。
この事件はこの世界を造った…俺の責任だ。
1人よがりかもしれん。
だが、それでもやる。
力ある者の…定めだ。
この手は既に…血に塗れているしな。
「――と、いうわけで行ってくるぞ」
「何がというわけだ!許可できるわけなかろう!!」
例によって謁見の間。
緊急会議をしていたところに乱入して先ほどの少数精鋭による討伐を話したところ、ものの見事に拒否された。
「そもそも!始祖の魔法使いとその補佐2人は認めたとしても、そなたまでは認められん!犬死するだけじゃ!!」
「おいおい、俺の触れ込みを忘れたか?俺は始祖の魔法使いの師匠だぜ?そう簡単にくたばるかよ」
「それでもじゃ!…あり得ぬが、もしこの件を許可したとしよう。それでも敗北したのであればどうとする」
「王都に残る最大戦力で敗北したら城壁なんてあってないものだろう。いくら魔法補強したところで高が知れている」
「…ッ、それでも!」
「黙れ、アマテル」
「ッ!!!」
空気が凍った。
キレたのはこの世界に来て初めてだが、それでもキレずにはいられなかった。
ついでに何か漏れ出している気がするが、気にしない。
こいつは…俺達を信用してない。
信じられないから…動かしたくない。
国を持つ者として、守りを固めたい気持ちは分かるがそれでは弱い。
守りだけでは…国は護れん。
「賭けろ。王であるお前の言葉が全ての明日を決める。…待つか、攻めるか」
「……」
誰にも話させない。
これは王と神を喰らった人間の対話。
間には、割り込ませない。
「答えろ、アマテル」
「……頼む」
「はっきりと言え」
「お願い!私達を……この国に生きる者達を、皆を救ってください!!」
なんだ、言えるじゃないか。
願いは聞き入れた、あとは叶えるのみ。
「ふっ…了承した、我が娘よ」
「…えっ?」
「レイナ、フェイト、シエル。準備は出来ているな?」
「ええ」
「はい」
「もちろんです!」
後ろの扉から現れた3人に振り向きもせずに問う。
答えは是。
ならばこのまま行くとするか。
「待っていろ。お前は勝利だけを願っていればいい」
――転移魔法発動。
景色は変わり、城壁の上。
敵である未知の魔獣を探すために遠くを見つめる――までもなかった。
「……デカイ」
側にある森が小さく感じられる。
まるで山のような巨体が…ゆっくりとこちらに向かって前進していた。
∽to be continue∽