―――――【第37話 夏休み】―――――
光陰矢の如しとはこの事を言うのだろう。
俺が麻帆良学園で教師を初めて早7ヶ月…世間は夏休みへと突入した。
――そこ、早すぎるといった反論は認めん。
物語の中心人物である野菜坊主とやらがいなければ、そんな日常を脅かすほどのホイホイイベントが起きるわけじゃないんだよ。
まぁ、強いて上げるならば……――
俺が女子寮に住んでいることを知った真名が、真夜中に部屋へ侵入しては寝ている俺のベッドの中に入り込んで翌朝驚かされたり。
夏休みになったので、本格的に刹那の修行に付き合っているのだが、何か心境が変わったのか、最近はかなりの腕を上げている。
…ただ、それにプラスして何故かキラキラした目を俺に向けてくるようになったので、どう対処するか困り始めたり。
あとは…アキラが俺の部屋に質問するようになったぐらい…か?
お茶会から、かなり親しくなったと思うが…最近は何故か恥ずかしがりながらも柔らかい頬笑みでこちらを見ている姿を見かけたり。
…おや、何やら不穏な雰囲気と危ない雰囲気が漂った気がするが…。
―――いや、俺もある程度長生きしているから分かっているつもりだ。
だが…俺は本当にあいつらのそんな純粋な想いを受け取ってもいいのだろうか。
血に塗れたこの手で…あいつらの手を握っていいのだろうか。
人を殺めた罪を背負ってなお、俺は誰かと共に居ていいのか。
最近は、様々な思いが頭を悩ますようになった。
偶然とはいえ、神の力を喰らって得て、使い方の分からぬ力に振り回され、それでも使いこなそうと使い続けて。
その過程で俺は多くの生命を消した。
自分で生みだしておきながら…自分で奪った。
与えておいてそれを奪う。
俺は何をしたいのか分からなくなった。
…それでも、1つ言えることがある。
ここは漫画の世界などではない、1つの世界だ。
決して軽んじても良い命などありはしない。
改めてそう思い、これまで以上に震災孤児の救済に励んだ。
…今では子供の数が300人を超えた。
救えなかった命もある。
それでも、救えた命もある。
……俺の力は、ただ奪うためにあるんじゃない。
罪なき命を救うために、俺は力を奮い、生きる。
そう、小さく決意した。
それから、少しだけ自信が持てた気がした。
で結局、仕事に修行にと過ごすうちに夏休みに突入したというわけだ。
もちろん、他の教師同様、夏休み中にも仕事があるわけだが、俺には安定の魔法球がある。
つまり、夏休み中に終わらせなければならない仕事を全て初日に終わらせた。
そして、俺はエヴァの魔法球――別荘に来ている。
内容はもちろん……――
「『氷神の戦鎚』!」
「『千の雷』」
模擬戦という名の決闘だ。
ホントは他にも用事があったはずなんだが…ふむ。
ま、勝敗は言うまでも無く。
「くそ~ッ!何故勝てん!何故だ!?何故なんだ、リュラン!」
「いや、俺に聞くな。単純に俺の方が強いからだろう」
「がぁ~~~!!!私は真祖の吸血鬼だぞ!?いくら最初のアドバンテージがあるとはいえ、かなりの年月を研鑽に費やしたのだぞ!?その私が、何故お前に勝てん!」
「…一応、俺の方が先輩なんだがな…」
「知っておるわ!…えぇいッ!次は3対1だ!チャチャゼロ!茶々丸!いくぞ!」
「ケッケッケッ、ヤット出番カヨ」
「よろしくお願いします、リュランさん」
チャチャゼロはキリリングドール…つまり殺戮用の人形だ。
…ふむ。
「絶対わかってないだろ…。まぁいい、3人か。とりあえず、本気で来い。俺も適度に戦ってやる」
「ふん!その余裕、跡形も無く消し去ってやるわ!」
――……では、こちらこそその驕り、完全に消し飛ばしてくれる。
「…顕著せよ。『百式観音』」
「ちょ、ちょっと待て!」
「慈愛の賢者よ。我が力を喰らいて憤怒の修羅と化せ。『百式阿修羅』」
「ま、待てッ!!」
背後に紅く染まる千手阿修羅が顕著する。
激昂したその姿はこの別荘には相応しくないが、複数人の殲滅にはもってこいだ。
「待てと言われて待つ奴もいないだろう」
「リュランの鬼ー!!」
――……で。
「し、死ぬかと思ったぞ……」
「不老不死の吸血鬼のくせしてそう簡単に死なんだろう。それより茶々丸、大丈夫か?」
「な、なんとか大丈夫です……」
茶々丸の服はところどころが破れて肌が露出している。
幸い、本体内部が破損しているようには見えない。
怪我はないか、ぺたぺたと触っていると、いつの間にか茶々丸の頬が赤くなり、目が潤み始めて恥ずかしそうにしているが……え?
いやいや……茶々丸に恥ずかしいとかの感情が芽生えるのはもっと先の話じゃ…。
「私の従者に何をしている!!」
エヴァンジェリンの跳び膝蹴り。
しかし、リュランに掴まれてしまった。
リュランのジャイアントスイング。
エヴァンジェリンは星になった。
「あっと…頬が赤いが、機関炉の暴走とかは大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。……おそらく、少し経てば収まるかと思います」
「そ、そうか。あまり無理はするなよ」
「は、はい」
茶々丸の天使の微笑み。
リュランは吐血した。
「はわわ!?リュランさん、しっかりしてください!」
「ぐふっ…茶々丸。よもやお前が伏兵だったとは…」
「え?え?ええ!?」
茶々丸に介護され、のんびりしていると、ようやくエヴァンジェリンが帰ってきた。
「ゴォラ、茶々丸!!何故私を探さずにこいつの介護をしている!!」
「そ、それはもちろんどこに行ったのか分からないマスターより、目の前にいるお客様を優先するのは当然のことです。…ちなみに、私のAIの優先順位はリュランさん>マスターとなっています」
「このボケロボットがぁぁぁぁ!!そんなお前は巻いてやる!巻いてやるぅぅぅッ!!!」
「あぁぁぁダメです!そんなに巻いてはあぁあぁぁ!!!」
突然の喜劇に、俺はどうしたものかと悩みつつ近くに居たチャチャゼロへと尋ねてみた。
「…なぁ、チャチャゼロ…」
「…ドウシタ?」
「…魔力の充填って…毎回あんな状況なのか?」
「イヤ。マ、俺ニハ関係ノナイ世界ダカラナ」
少しすると、ようやく憤りが収まったのか、エヴァンジェリンが疲れた様子でこちらに来た。
その後ろの方ではビクビクと痙攣した様子の茶々丸の姿が見える。
「はぁ、はぁ、はぁ…。んんっ。さて、話を聞こうか。私の呪いは解けるのか解けないのかについて」
「ああ。そういえばそんな話もしたな…。4月の頭に見るとか約束してもう8月になるのか…」
そう。
約束から4か月も経過したわけだが、夏休みに入ってようやく思い出したわけだ。
仕事に忙殺されていたわけでもないが、そこまで急ぐ必要もないかと考えて後回しにしていたら…案の定というやつだ。
「…殺意が湧いたぞ」
「お前に俺が殺せるのか?…まぁいい、解析しよう。そこに座れ」
「…仕方ない。さっさとやれ」
憮然とした様子でエヴァンジェリンが近くに用意された椅子に座る。
その前から、エヴァンジェリンの頭に手を当てて解析に入る。
「……」
「……」
「…………」
「…マダカ?」
「――……ふむ。大体理解した」
「そうか。…で、どうなんだ?」
心配そうな顔でこちらを見つめるエヴァンジェリン。
まぁ、あまり引っ張る必要もないため、さっさと結論を言おうか。
「結論を言えば、『解除可能』だ。だが、力づくで掛けたせいか、いたるところでエラーが発生している。まずはこのエラーを消すことが先決だな」
「そうか。いつから始められる?」
「夏が終わるまでには完了できると思うが…学園側の目もある。偽装の呪文も施すから…そうだな、今年中には終わるだろう」
実際、俺が真剣にやれば5分もかからんだろうが。
だが、それでは俺がつまらんし、速度重視で物事を終えては必ずトラブルが起きる事を知っているので絶対にやらない。
「わかった。まだ外れんのは気に食わんが、今年中には解けるのだ。大目に見るとしよう」
「…で?このあとの予定はどうするつもりだ」
「決めていない。好きにしてくれ」
「そうか、ならば書物室を借りるぞ。色々調べたい」
「好きにしろ。私は自室に居る。用があれば茶々丸か侍女に言え」
「了解。ではな」
エヴァから了承の言葉をもらうと早速書物室へと籠もる。
理由は簡単。
俺の知識を増やすためだ。
本来、俺の『創造』は俺自身の知識がなければ使えない代物だ。
今まではこの世界に堕ちる前に知った知識や、こちらに来てから知った知識で補えていたが、今後はどうなるか分からない。
少なくとも、ある程度の強者と戦うことは決定済みだからな。
俺の持ち札を増やす意味で、調べて損はない。
今回は…そうだな、魔法世界の遺跡に奉られているとされる人の手に余る神造武具――所謂宝具ともいえる品物を調べたいと思う。
創るかどうかは別として、知って損じゃない。
――……何時間経ったのだろうか。
気が付けば、部屋の窓から差し込む光は赤みが消え、黒へと近づいていた。
読み始めた時はまだ昼前だった筈なので、既に8時間近く読んでいたのだと思われる。
しかも、積み上げてあった本の山が残り数冊しかない。
かなりのハイペースで読んだらしい。
だが、その時間を費やしただけの収穫はあった。
ただ…まさかこの世界にFateやBLEACHの武具があるとは思ってもみなかった。
魔法と比べて効率や使い勝手がどうか分からんが……少なくとも手に入れば個人で軍レベルの働きが出来る可能性がある。
ただ、基本的に名前だけだったり、形が書かれているだけだったりするので、『名前・形・能力』の3つが揃っている物は全体の1割にも満たない。
使うための条件がほとんど揃わなそうなため、もし手に入れても宝の持ち腐れになる可能性の方が高そうだ。
ま。この辺はおいおい現地に出向いて探すとしよう。
そして、さすが茶々丸。
お客に対する接待が分かっている。
傍にはいつの間にか紅茶を置いておいてあった。
しかも、まだ温かい。
淹れてあった紅茶を口に含み、一息入れるため、外へと出る。
今回知り得た内容をまとめているうちに、辺りは夜の帳が下りていた。
「お疲れ様です。調べ事の方は順調ですか?」
「あぁ、さすがエヴァの私物だ。中々興味深いものが多い」
「そうですか、それは何よりです。…あぁ、そういえば夕食の御用意ができております。行きませんか?」
「…そうだな、頂くとしよう。……うちにも茶々丸のような存在が欲しい」
いるのはおっちょこちょいなレイナとドジっ子なシエラ、自分の影魔法の精錬に余念がないデュナミス。
さらに、家事力0なアートゥル、イーシェル、ウリキス、エルドゥの系譜。
唯一万能なのはフェイトだけだ。
そのフェイトも忙しすぎて家政婦のような仕事など与えたくない。
結局、誰も居ないわけだ。
「私でよければ、リュラン先生の炊事洗濯その他諸々一手に引き受けますが」
「いや、そこまでしてもらうわけにもいかん。気持ちだけいただくよ」
さて、夕食としますか。
茶々丸の料理と聞いて楽しみな俺である。
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「リュラン様。報告がまとまりましたので、こちらに置いておきます」
「相変わらず正確だな。お疲れ様、フェイト。何か欲しいものでもあれば買おうか?」
「そのお言葉を頂けただけで、私は十分です」
時間も場所も変わって、ここは魔法世界のとある都市の孤児院に設置した魔法球の中だ。
夏休みにやるべき作業もひと段落し、時間を見つけてこちらへと帰ってきた。
こちらへ帰って来た理由は色々とあるが、とりあえず寂しがっていたレイナを慰め、最近、妙に落ち着いてきたシエラの鍛錬に付き合い、身体の性能が低下してきたため、魂と記憶の引き継ぎを行うエルドゥのトロワを看取り、未だに起こる紛争地域の救済活動をしてきた。
魔法世界に戻ってきて早1週間が過ぎようとしていた。
ようやく落ち着いたので魔法球内で情報の整理をしていたところに、フェイトが報告書を持ってきたわけだ。
「……子供の数が500人?急に増えすぎじゃないか?」
パラパラと眺めていると、目を引く数値が現れた。
どうやら先月から今月にかけて救済した子供の数が200人以上増えたらしい。
今までのペースを恐ろしいまでに凌駕した数値であるが、何があったのか疑問に思った。
「つい最近勃発したセリトルキューラ地域を救済のために巡回をしていたニィとクアトロが見つけまして。どうやら忌み子と蔑まれる力を持った者達が集まって暮らしていた集落が攻められた様子です」
「…首謀者と実行者は」
「既に地下牢へ。情報の抜き出しも完了しているので、如何様にも」
「流石だな。…子供たちのケアは順調か?」
そいつらは後で嬲るとしよう。
未来ある子供達を殺さんとした報いは自分の身体で味わってもらわねば。
それはともかく、1番気がかりなのは被災した子供たちだ。
ただでさえ、忌み子として敬遠されていたところに紛争が重なれば、心を閉じてしまうかもしれない。
「目の前で人の死を見てしまった子供に関しては難航しております。昼間は何とか落ちつけるようにはなったのですが、夜になって寝ようとすると悪夢として甦ると聞いています」
「…こればかりは本人がやらねば、な。出来る限り協力を惜しむな。だが、トラウマの克服の最後の一歩に関しては本人が何と言っても手助けするなよ」
「もちろんです。熟慮しております」
こちらが手伝えば簡単に克服できるかもしれない。
しかし、それは本当の意味での克服ではない。
心の底からトラウマと向き合い、感情のコントロールが出来なければ意味がない。
…ま、フェイトには言うまでもないか。
「で、急ぐべきは安定した食料の確保か。畑はどれくらい作った?」
「全体でおよそ200ヘクタールありますが、気候に適した野菜や果物が優先されているので、安定した確保が難しいです。昔おっしゃられたハウス栽培なるものもやっておりますが、常時適温を確保するために大規模な術式を必要とし、それに見合った魔力消費もありますので、誰でも扱えるものではないのが課題です」
「……術式は俺が見よう。魔力効率を上げ、術式の規模縮小と効果拡大が両立できればいけるが…頑張るか。報告は以上だな?」
「…1つ、気がかりなことがございます。報告するか迷ったのですが、よろしいですか?」
「ああ。何かあったのか」
「…リュラン様も見たと思いますが、大戦時に見かけた偽の造物主についてです」
「……続けろ」
「あの者はどのようにあれほどの力を手にしたのでしょうか?たしかにあの時はレアな能力だとは思いましたが、あの程度であれほどの力を得るのは不可能です。そこで、あの者が残した魔力残骸を元にいくつかの研究をいたしました」
フェイトの目が少しだけ細まる。
この目はよく知っている。
目の前の事柄に強い疑問を感じているときの目だ。
「結果、あの者は魔法を使う際、自身の魔力を使っていませんでした。では、どこから捻出したのか。その答えが……星の核です」
「…そこまで気が付くのはお前ぐらいだな。素晴らしいよ」
「…あの者の能力では星の核から魔力を引き出すなど出来ません。…リュラン様、何をしたのですか?」
なるほど、俺を疑うか。
…たしかに、俺以外に考えられる人物も居ないか。
「…俺は何もしてない。ただ、1つだけ心当たりはある」
「……それは?」
「…『造物主の掟』。星の魔力を対価にとある人物に酷似した力を扱えるアイテムだ。たしかに俺はこのアイテムを8つ作った。奴はその1つを手に入れたのだろう。ま、使い方は分からなかったようだがな」
もし知ってたのなら、アレ以上の被害が出ていた筈だ。
おそらく魔力供給だけしか探せなかったか、それだけのアイテムだと思ったのだろう。
「そのようなアイテムを…まさか、上部に球体がついた杖ですか?」
「見たか。まさにそれだ」
「なるほど…。いつも肌身離さず持ち歩いていましたがそのようなアイテムだったとは…。残りの7つはどこへ?」
「8つの内、最も重要な物はレイナに渡した。残りは宮殿内に保管しておいたから分からん。もちろん、同じ場所には置いてないし、そもそもその保管場所も簡単には開かない仕組みにしたはずなんだがな…」
そう思うと不思議だ。
奴はどこでアレを見つけたんだ?
…一度、崩落現場に行くべきだな。
「レイナ様に確認します。その後、崩落現場でよろしいですか?」
「ああ。もうそろそろ魔力消失現象も消えた筈だ。問題なく調査できる」
「分かりました。急ぎ、探索隊を立ちあげます。それでは」
フェイトが足早に部屋を出ていく。
その後ろ姿を見送り、これからについては考える。
もし、保管庫から奪われたのであれば、何とかなる。
7つには最悪の能力をつけてないからな。
だが、もしもレイナの物であったなら……。
――急がなければ。
作った当時の事を思い返し、頭を振って立ちあがる。
とりあえず、魔力消失現象が残っていた場合に備えて対抗呪文付きの装飾品を作るか。
その後、崩落現場の地図を作成して、残ったアイテムのダウジングを手助けする物も……。
俺は動きだす。
最悪の展開を描きながら、それが起きないことを願って。
∽to be continue∽