―――――【第42話 襲来!英国産野菜坊主】―――――
例の抗議から数日後、妖怪から教師から生徒への変更は無理であるという結論と、関係者を招集して例の話をしたと報告があった。
案の定、メガロ出身の関係者からは否定の意見が出たようだ。
…まぁ、その辺は実際の姿を見て判断されるだろうし、様子見なのは仕方ない。
しかし、生徒に変えるのが無理と言われたのにはイラっとしたので早速メガロに乗り込み、リカードと喧嘩をしてきた。
その被害は首都のとある建物を半壊させる事態となったが、理由が理由だけにあちらは何も言えなかったようだ。
少なくとも、政治利用をすればどうなるかを見せつけたので、これである程度は問題ないだろう。
……俺は甘いのだろうか?
そして、月日は流れ中間テストも終わり、今は3月の始め。
遂に今日、例の野菜が来るらしい。
面倒ではあるが、流れ通りであれば神楽坂に被害が出る。
本当であれば被害が出ぬよう俺自ら野菜をひっ捕らえて妖怪の前に突き出そうかと思ったのだが、妖怪から念に念を押されたため、嫌々ながら問題が発生するまでは陰で待機となった。
とりあえず…予想通りであればこれが最初の魔法暴発の事実なので、妖怪の見通しの甘さをじっくりと報告書に書くとしよう。
俺の準備は万端。
証拠確保のためにビデオカメラを設置し、俺の手には被害者の神楽坂の着替え用である市販のジャージ。
担任とはいえ個人の正確な体格数値は分からないため、女子中学生の平均身長よりやや大きめの物を買ってある。
後は…待つだけか。
「でもさ、学園長の孫娘のアンタが何で新任教師のお迎えまでやんなきゃなんないの?」
「スマンスマン」
む、どうやら想定通りの2人が迎えに来させられたらしい。
…担任として、教え子を犠牲にするのはかなり辛いのだが…はぁ。
何か色々と叫びながら走っているが…何を言っているのだろうか?
「あのー…。あなた、失恋の相が出てますよ」
「え”…」
…とりあえず、野菜坊主は紳士ではない、と。
例え真実が見えたとしても、そこは言わないのが本物だ。
…やはり、10歳のガキが教師は無理じゃないか?
お怒りの神楽坂が野菜坊主の頭を片手で持ち上げた。
…え、いくら野菜坊主が10歳のガキとはいえ、体重は30キロぐらいはあると思うのだが…。
……改めて姫御子の凄さを知った。
「ここは麻帆良学園都市の中でも1番奥の方の女子校エリア。初等部は前の駅やよ」
「そう!つまりガキは入ってきちゃいけないの。わかった!?」
「は、放してください~~っ」
近衛は…良い子に育った…。
あの詠春が親だから堅物にならないかとても心配していたが、担任として1年過ごしてそれが杞憂であることが分かった。
まぁ、詠春の堅物さはとある人物に受け継がれていたが…。
隣の神楽坂も当初は頭を除いて想定以上の成長ぶりだった。
…ガトウの犠牲は無駄ではなかったようだ。
――だから勝手に俺を殺すなッ!!
おや、どこからともなく空耳が。
「いやーいいんだよ、アスナ君!お久しぶりでーす!!ネギ君!」
「おはよーございまーす」
「高畑先生!おはよーございま――「久しぶり、タカミチーッ!」――え、アンタ、知り合いなの!?」
どうやらタカミチが現れたらしい。
見計らったかのようなタイミングだが、来ることが分かっていたし、かなり大声で話していたから当然か。
「麻帆良学園へようこそ。いい所でしょう?『ネギ先生』」
「え…先生?」
「あ、ハイ。そうです。…コホン、この度、この学校で英語の教師をやることになりました。ネギ・スプリングフィールドです…」
…アスナは想定通りの驚き様。
木乃香は…普通だな。
こんなガキが教師をやると言っているのだからもう少し反応があってもいいと思うんだが…?
「いや、彼は頭いいんだ。安心したまえ」
おや、タカミチが下りてきた。
最初から下で待っていればよかったのに。
…俺は朝からこうして待機しているというのに…。
「あ、それと今日から僕の代わりに君たちA組の副担任でもあるから、仲良くしてあげてね」
「え、あ、それは構いませんけど…。そ、それより私初対面なのにいきなり失礼な言葉を言われたんですよ!?酷くないですか!?」
「え、それは本当かい、ネギ君」
「え、えっと。本当だったから親切で教えたんだ」
「あー…、ネギ君。いくら親切でも教えて良い事と悪い事があるんだ。もしかしたら君は知らず知らずに悪い事を言ったのかもしれないよ」
「えー…そうなのかな?本当の事なら教えてあげた方が良くないかな?」
野菜坊主の言葉に怒り心頭、泣きながら胸倉を掴んで暴言を言い続ける神楽坂。
…言い過ぎだとは思うが、理由が理由のため俺は怒れない。
――…っと、そろそろくしゃみか。
「は、はくちんっ!」
…俺は突っ込まない。
それより、ささっと神楽坂にジャージを着させる。
…うむ、昔から孤児院の子供たちの世話をやっていた成果が生きたようだ。
…………何故、俺にばかりせがむのだろうな。
周りには俺以外の者も居た筈なのに…。
「なっ!?…って、あれ?制服着てたはずなのに、いつの間にジャージに…?」
「(…え、リュランさん?な、なんて鮮やかな装着速度…。……というか、何故ジャージを持っているんですか…?)」
「アスナー、怪我はないん?」
「あ、うん。だけど…何で制服が…?」
そろそろ頃合いか。
さっきからタカミチがこちらを見ているが、気がついたのか。
「そろそろ始業のチャイムだ。…早く教室に入り、席に着きなさい」
「あ~、リュラン先生や~。おはよーございまーす」
「あっ、お、おはようございます」
「神楽坂も近衛も早く行くといい。この坊主の案内は俺が引き継ごう」
「そうかえ~?じゃ、お願いします~。ほな、アスナ。いこ?」
「あ、うん。えっと、リュラン先生。お願いします」
走って行く2人を見送り、残された2人に視線を向ける。
野菜は突然現れた俺に困惑しているようだが、タカミチは頭を下げて先に行った。
…さて、俺もこれを連れていくとするか。
野菜坊主の首根っこを掴み、学長室へと向かう。
困惑中の野菜坊主は抵抗することなく粛々と運ばれた。
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「おい、連れて来たぞ妖怪」
「毎回毎回酷いのぅ…」
仕方がない、妖怪なのだから。
そもそも、こんな野菜坊主をこの学園に呼ばなければ俺が迎えに行く必要はなかった。
そして、2-Aの生徒は老害共の魔の手にかかることはない。
……つまり、今ここでこれを始末してしまえば……?
色々と考えるうちに、無意識の内に野菜に殺気を飛ばしていたらしい。
野菜は何も感じていないようだが、妖怪は少し青ざめ、タカミチは俺の肩に手を置いていた。
「(リュランさん!落ち着いてください!いくら少しとはいえ、ダメです!)」
「(だが、その少しの殺気に反応していないところを見ると、完全に純正ハウス栽培じゃないか。これで自衛などできるのか?…それにさっきの場面は色々と不味い。初対面の一般人に不快感を与える発言はナンセンス。その次に起きた魔力の暴発も危険だ。いくら武装解除とはいえ、女子生徒が校内で裸にされかけたのだぞ?どんな教育をしたんだ)」
「(…ごめん、ネギ君。いくら年齢と言う免罪符があるとはいえ、君も魔法学校を卒業したんだ。僕には君をフォローすることはできなさそうだ)」
そうそうにタカミチが諦めた。
…いや、お前が諦めるのは駄目だろう。
「(…はぁ。平和な世の中に英雄などという血塗られた犯罪者の力を求めるなんて…。俺は、魔法世界の適当な場所の孤児院で保護した子供を世話するだけでいいんだがな…)」
「(…前半の話はともかく、後半の話、聞いたことないんですけど)」
「(当たり前だろう。話したことないんだからな。ちなみに、紛争地域の被害者である子供を保護して世話していたらいつの間にか500人超えたんだ。食料って大切だよね)」
「(…え?1人で飛びまわってると思ったらそんなことしてたんですか?そうならそうと僕たちを呼んでくれれば手伝いましたのに…。それと、食料が大切なのは今さらです。だからといって名前がネギである彼を食べないで下さいよ?)」
「(いや、人肉とか趣味悪いだろ。俺はちゃんとドラゴン肉とかタイガー肉とかしか狩らないから)」
「(…もう、突っ込みません。魔法生物でも上位の存在ですが、あなたに掛かればお茶の子さいさいですね)」
とかなんとか話しているうちに、妖怪と野菜の会談は終盤の方までいっていた。
まぁ、俺が話すことはないし、基本は非干渉。
こいつが何か面倒事を起こせば、その度に自称正義の魔法使い達がフォローしてくれるだろうよ。
…無論、生徒に手を出せばただじゃ済まさんが。
「ダメだったら故郷に帰らねばならん。2度とチャンスはないが、その覚悟はあるのじゃな?」
「は、はいっ!やります。やらせてくださいっ!」
…メガロでリカードに聞いたぞ?
お前が野菜坊主をここに引っ張った理由を。
よくもまぁ、帰す気もないくせに…何をぬけぬけしゃあしゃあと…。
「では、今日から君を指導してくれる先生を紹介しよう。入ってきてくれ」
妖怪の言葉と共に後ろの扉が開かれる。
現れたのはお馴染み指導教員であるしずなさん。
…そういや、俺っていつの間にしずな先生の指導から外れたのだろう…?
「わからないことがあったら彼女に聞くといい」
「よろしくね、ネギ先生?」
「は、はい」
「そして、君が受け持つ2-Aの担任であるリュラン先生と君がなる副担任であった高畑先生じゃ」
「……」
「よろしく、ネギ君」
「うん。よろしくね、タカミチ!」
俺の無言には反応なしか。
まぁ、担任副担任とはいえ、親しくするつもりはない。
…そもそも、いくら知人であるとはいえ、職場の上司であるタカミチを入った初日から呼び捨てなのもいただけない。
10歳とはいえ、教師として働く以上社会人に分類されるのだから、公私の区別ぐらいははっきりさせるべきだろう。
「(と、いうことだ。ちゃんとお前から教えてやれ。お前がやらないなら俺が事細かにお話してやる)」
「(ぼ、僕がやるので大丈夫です)」
念話で話す俺たちは、傍から見ればただ立っているだけなのだが、タカミチはさきほどから冷や汗を流し続けているので不自然すぎる。
その様子から何か気がついたのか、徐々に妖怪も顔が青ざめ始めている。
こちらを見ているにも関わらず、頸を傾げて頭にクエスチョンマークを付けている野菜も野菜だが。
「それからもう1つ。ネギ君には多くのの教職員が利用している職員寮に住んでもらう。隣の部屋にはしずな先生と高畑先生がおるから困った時は訪ねなさい」
「わかりました。しずな先生、タカミチ、リュラン先生。これからよろしくお願いします」
…まぁ、挨拶は及第点だ。
よろしくするつもりはないから安心しろ。
「では、先にしずな先生とネギ君は教室の方へ行っておいてくれ。わしはリュラン先生と高畑先生に話があるのでのぅ」
フォフォフォ、と高笑いする妖怪。
その姿に了承の意を伝える野菜。
…さっきから思うのだが、文面は真面目なんだが、笑い話にしか見えないのは不思議だな。
2人が学園長室から退出したあと、妖怪は急に大量の汗を額に浮かばせ――
「リュラン殿や…あの殺気には冷や冷やしたぞい」
「いやはや、無意識の内にな。あの野菜坊主が今朝の事を毎度毎度起こすであろうと想像すると…殺気も出したくなる」
「け、今朝の事が何なのか分からぬが、そこは報告書で頼むとして…。と、とりあえず、様子見で頼みますぞ?」
「見る価値があるかも怪しいけどな」
「タ、タカミチ君…」
「残念ですが、今のところ、僕はリュランさんに殺気を除いてほぼ賛成ですね。今朝、再開の挨拶がてら、顔を出しましたけど、くしゃみ1つで簡単に魔力を暴発させています。あれでは彼ら以前に並みの魔法使いにも劣りますよ。あの程度の魔力制御が出来ずによく魔法学校を卒業できたものだと驚いています。…まぁ、昔見た時と変わらずな性格のようですし、これからきちんと教えていけば大丈夫だとは思いますけどね」
「…タカミチも真面目だな…。では、とりあえず俺は教室に向かうぞ。担任がいつまでも来ないのはさすがにダメだからな」
妖怪が頷くのを見て俺も学園長室を出る。
さっさと行って、出席と朝の報告をしなければ。
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で、教室に着いてみれば、未だ外から教室を眺める野菜とそれを優しく見つめるしずなさん。
まだ教室に入っていなかったのかとため息1つついてしずなさんの横に付く。
今日1日はこれの行動を観察するように言われているためだ。
「そうだ、クラス名簿!」
まだ見ていなかったのか…。
渡されたらまず、名前ぐらい確認するべきだろう…。
1教師として副担任とはいえクラスを受け持つのだから、名前を覚えるのは急務だ。
…教師としては最初からマイナスだな。
教える人間も居ないと思うが。
ともかく、俺の評価ランクは、既に極寒の氷河ぐらいだろう。
その野菜を横目に、密かに教室内…特に天井を見る。
扉には黒板消し、次に足のロープと連動して玩具の矢にバケツ、床には何かが書かれた紙、さらに再び玩具の矢で最後に…これは誰が仕掛けた?
…真名か?
いや、刹那なのか?
もしくは最近、(漫才の相方として)相手をしてやれてない朝倉か?
待て待て、逆転の発想で宮崎か?
…どれも決め手に欠けるが、最後の天井にはカラクリの落下式、凶器(という名の尖ったブツ)の雨が待っている。
その時点で後半2人は候補から外れるのだが…想像するのが面白いのだと偉人は言った。
それはともかく、これらの罠は無論、俺には効かないが、野菜はどうなるかな…。
……失禁とかしないだろうな?
後片付けが面倒なので止めて欲しい。
…そこでふと、野菜坊主の周りを纏う魔力の痕跡を見つけた。
…つまり、ここが普通の学校であるにも関わらず、未だに障壁を張ってんのか。
所詮、あの莫迦の息子か、気が付いていないのだろう。
「ほら、さっさと入れ。まさかこのまま教室の外で1時間待つつもりか?」
「い、いえ、そんなことは。…うぅ、キンチョーするなぁ…」
手と足が同時に出る、いわば有名な緊張歩きをしながら扉に手を掛け、ゆっくりと開ける。
「失礼しま…ん?」
「――!?」
「(あ…やば…。これは有名な黒板消しトラップ!日本にもあるんだ!)」
「(――とか思ってんだろうな。障壁を消すのも忘れて。…しかし、神楽坂は相変わらず鋭いな)」
「ゲホゲホ。いやー、あはは。なるほど、ゲホ。ひっかかっちゃったなあ、ゲホ。…へぶっ!?あぼ、ああぁああぁあ、ぎゃふんっ!!ふぐっ…ぎゃあああぁあぁぁぁぁ!!!!」
…予想通り、ロープに躓いて矢に当たり、続けてバケツの水を被り、そのまま顔面に紙を張られ、その紙目がけて矢が当たり、最後は天井からの降り注ぐ凶器の数々でノックアウト。
最後の凶器の中に見た目即アウトな物ばかりあるのだが…教室に仕掛けていい限度を超えているだろう。
野菜は失禁してそうだが…生きているようなのでこれ以上の心配はいらないな。
『あははははは…って、あれぇ!?こ、子供ぉ!?』
入ってきた人物が俺ではなく子供だった事に驚いているようだ。
まぁ、普通に考えればこんな時間で無くとも子供が入ってくるとは思わないだろうな。
しかし、罠として凶器が落下してきたのに、そこには無反応なんだな諸君…。
さすがに子供が入ってきたから焦ったのか、かなりのやつらが前へと詰め寄ったが、触れる1歩手前で全員が立ち止まる。
そりゃそうだ、誰が好き好んで血塗れスプラッタのガキに触れたいのだろうか。
――って、あ。
保健委員である和泉が血を見て倒れた。
それはマズイ、早めに目隠しして血を見ないようにしなければ。
「はいはい、静かに。早速、新任の先生が我々には真似できないイギリス式のジョークをやってくれた。全員で拍手を送ろうじゃないか。…ちなみにこれを仕掛けてのは誰だ?黙っていては手が滑って全員の宿題が3倍になるかもしれんぞ」
朝に相応しいよう、爽やか笑顔で教卓に立ち、挨拶をする。
おや、皆の顔が青ざめているが…気のせいかな?
『春日と鳴滝姉妹と楓と桜咲さんと龍宮さんです!』
「「ちょっ、すぐ売るな!!」」
「さ、3倍は…。あぶぶぶぶ~…」
「ニ、ニンニン…」
「あわわわわ…」
「こ、これはヤバいね…」
やはり、宿題効果は素晴らしい。
手間がかからない上に非常に楽だ。
さて…まずはやるべきことを説明するか。
「とりあえず、ここの片づけをしろ。…そして、鳴滝ズは新田先生に、春日はシャークティー先生にそれぞれ放課後にでもお説教をお願いするとしよう。残りの3人は…ふふふ」
『リュ、リュラン先生が真っ黒な笑顔を!!』
「「「ぴぎゃー!!」」」
「「ははは…」」
「ニ、ニンニン…」
「はぅ…リュラン先生…」
春日、鳴滝達は悲鳴を、刹那と真名は諦めて乾いた笑いを発している。
まぁ、訓練とはいえ、結構地獄を見せたからな…。
そして、俺の怖さを補修で知っている長瀬も無表情に見えて汗をだらだら流していた。
…ところで最後の声は誰だ?
「あ、あのー…リュラン先生?」
「ん?どうかしたか、雪広」
「そこにお倒れになっている…その、新任の先生?は大丈夫なんでしょうか?」
「…あぁ、大丈夫だ。多分、三途の川を渡っているだけだ」
親指を立てて笑顔で答えてみる。
あまりキャラに合ってない気もしたが、この際無視だ。
『全然大丈夫じゃない!!』
「ふふ、簡単なジョークのようなもんだ、心配するな。…まぁ、皆に迷惑を掛けるのも忍びない。そろそろ起きてもらわないと面倒だな。…チッ」
『(し、舌打ち!?)』
「起きろ~、この野菜坊主~」
パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンッ
英雄と詠われた力を無駄なく発揮して、超高速のおうふくビンタを披露する。
この技の素晴らしいところは、一般人が見ればゆっくりと優しく頬を叩いている様にしか見えないという不思議錯覚技だからだ。
しかし、ある程度の実力者か、かなりの動体視力の持ち主であれば、俺が動かす腕の速さに驚くことだろう。
――そこ、英雄の力の無駄使いとか言うな。
どうでもいいスゴ技の結果、傍から見ればゆっくり優しく叩かれている筈の野菜の頬は不思議な速度で腫れ上がり、今となっては見れば恐怖間違いなしの顔となった。
普通の生徒はあの優しいビンタで何故ここまで腫れあがったのか分からず、先程の罠の影響なのかと不安そうに野菜を見つめ、この腕の動きが見えた生徒はぶるぶると恐怖に怯えていた。
そのうえ、野菜本人は気づいていないが、服はところどころ破れ、血が付いている。
断言しても良い。
日本の中学校では絶対にあり得ない光景だ。
…原因の1割程度は俺だけど。
「というわけで、自己紹介しろ」
「ふぁ、ふぁい。ひょうはらえひごをおひえまふ。ネヒ・スプリンフフィールフォといいまふ。しゃんがっひのあひだだへですへど、よろひくおねがひしまふ」
『……』
誰も声を出さない。
まぁ、俺も話を知らなければ全く分からない。
とにかく、俺から説明するか。
「あ~…。…このガキの名前は野菜坊主。担当は英語。まだ教育実習生…にしてはあり得ないほど若いが、あの妖怪のせいだ。そう、割り切って接するように。何か質問は?」
「…わ、私がしても大丈夫…なのか…な?」
「…大体のことであれば俺が話そう。無理だったら本人の上手くない日本語を聞きとれ」
「じゃあ――」
しかし、誰もこれの名前が野菜坊主だということに突っ込んでくれなかった。
1人ぐらいは突っ込んでくれると思っていたのだが…。
何故だろうか……?
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結局、俺が答えられる範囲で質問を打ち切り、授業へと入った。
質問に答えている間は見てなかったのだが、何時の間に腫れが引いたらしく、今では元の大きさに戻っていた。
…これがギャグ補正と呼ばれる現象なのか?
ちなみに、血塗れの服はどうしようもなかったが、雪広がどこからか取り寄せていた。
で、教卓を野菜坊主に譲り、俺自身はしずなさんと共に教室の隅へと移動し、早速授業に入ってのだが……――
「ジェイソンが…花の上に…落ち、春が来た?ジェイソンとその花は…えと…高い木で食べたブランチで…骨が…百本?えーと…骨が…木の………」
――あぁ、昔はあれほど頭の良かった子だったのに…。
俺の記憶していた流れとは異なり、初授業としてはかなり好調な滑り出しを見せる野菜だったが、初授業にして当ててはいけない面子の1人を当ててしまった。
その人物とは神楽坂の事だが…記憶を封印された影響か…再び見たときには…その、とんでもない馬鹿になってしまっていた。
昔の無表情で凛々しく何でも理解する姿は今ではどこにもない。
素質はあるのだからと、何とか補習に補修を重ね、今では有る程度出来る子になったのだが、相変わらず英語だけは苦手らしい。
あまりの珍回答にため息。
だが、ふと聞こえたその言葉に意識が切り替わった。
「――アスナさん、英語、ダメなんですねぇ」
「なっ…!?」
その言葉に周囲の者が笑い声を上げた。
だが、俺の耳には届かない。
俺の頭には野菜の言葉が反響していた。
野菜が英語の翻訳を出来ない神楽坂に対し、教師として有るまじき発言をした。
これは、生徒に勉学を教える者として、見過ごすわけにはいかない。
例え、それが事実であったとしても、言葉で言うのではなく、それを理解できるように根気よく教え、腐らないよう導くのが教師であると、俺は常々新田先生から教わった。
即座にチョークを創造する。
その数3本。
それを一息に、野菜の額目がけて放つ。
チョークとは思えぬ音が響いたが…気にするな。
「――!?リュ、リュラン先生!急に一体何ですか!?」
いきなりのチョーク投げで吹き飛んだ野菜が一瞬気絶しかけて…何とか意識を取り戻した。
そのまま理由を尋ねてこちらへと詰め寄る。
いきなり始まった修羅場に、半分ほどはオロオロ、もう半分ほどはワクワクしている。
被害者である神楽坂はどうすればいいのか分からずオロオロしている側だ。
…その光景を横目に、俺は野菜に問いかける。
「何ですか…だと?まさか、本当に分からんのか?」
俺の問いかける言葉の意味を理解できた良識人はすぐさま身体をビクッとさせ、残りの者は意味が分からず頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「…わからんのか。…そうだな、他の者の中にもわかっていない者がいるようだから説明しよう。…野菜坊主。お前は今、教育者として最低の言葉を発したんだ。生徒の立場である神楽坂を、教師の立場であるお前がクラスメイト全員の前で貶したんだ。本来ならば、少々英語が不得意な神楽坂に分かりやすく解説するべきだろう。それが、教師という立場だ。にも関わらず、お前は何を考えその言葉を選んだ。答えて見せろ」
今の俺の姿が周りにどう映っているのか、俺には分からない。
細かい事を、と思う生徒もいるかもしれない。
だが、俺には許せない。
教育者として、生徒を導く者として…この発言は、我慢ならん。
「あの妖怪からはある程度は許容してくれと頼まれたが…。その言葉は教育者として…許すわけにはいかん。反省しろ」
言いたい言葉を言い終えた俺は、再び窓際へと戻り、空気にもたれる。
しずなさんは少し困ったような顔をしていたが…間違った事をしっかりと怒らなければ、子供は何度でも間違える。
もし、ここで怒らない、もしくは優しく注意するだけでは理解したとて同じ過ちを繰り返す可能性が高い。
特に、頭が良いのであれば、自分が言った言葉が引き起こす影響と言うものを1番理解してほしい。
社会的立場がある者の発言はそれだけ重い物になる。
――突然、教室から小さいながらも拍手が鳴る。
ちらりと見れば、拍手しているのは雪広であった。
意外と言えば意外だが、妥当と言えば妥当と考える。
何時だって彼女は、クラスメイト全員の事を心配しているから。
それにつられて、教室の生徒が神妙な顔をしながら拍手をし始めた。
……あまり、良い気はしない。
勢いに任せて言ってしまったが、これでは正義の押し売りと同じだ。
…反省せねば。
「…す、すみません…」
俺の言葉を理解したのか、半泣きで崩れかかっている野菜がこちらに向かって謝罪してきた。
…過ちを認め、謝ることができるのは良い事だが、最初に謝る人物が違う。
「…はぁ、謝る相手が違うだろう。まずは俺ではなく神楽坂に、だ。…ところで、先程神楽坂を笑っていた諸君。彼にだけで謝らせるのは少々酷な話だ。ここは1つ、年上としてお手本として見せてはくれないか?」
あまり自分自身も褒められはしないので、少々困りながら生徒に尋ねた。
俺の口調が急に気まずいものに変化した事に気がついたのか、特に聡い生徒は苦笑い。
俺の意図に気がついたか、やはり、良い子ばかりだな。
「ごめんね、アスナ」
「ちょっと悪ノリしちゃった」
神楽坂のすぐ後ろにいた明石を始め、次々と皆が謝罪する。
その言葉に、先程まで呆気に取られていた神楽坂は、周りの謝罪に慌てながらも返事を返してゆく。
そして――
「アスナさん、ごめんなさい。僕は教師として、アスナさんの心を考えていませんでした。本当にごめんなさい」
神楽坂に対し、頭を下げる野菜。
…とりあえず、及第点か。
謝る野菜にしょうがないとばかりにため息をついた神楽坂。
「わ、わかったわよ。でも、次は許さないからね」
そっぽを向いて返答をする。
その姿に少々嬉しくなってしまい、近づいて頭を撫でる。
「わ、ちょ、どうしたのリュラン先生!?」
「んー?いや、神楽坂も良い成長したなと嬉しくなってな」
「あ、う、うん…そりゃね。私だってこれくらい出来るわよ…」
赤くなりながらも話し続ける神楽坂。
俺の目には10年前の姿が映りつつあったが、時間も時間だと思い、撫でるのを止める。
…なぜだろう、目の前の神楽坂が不満げな表情だ。
「さて、野菜坊主。本来ならこの後に厳重注意と反省文の予定だったが…今日、初めて授業を行ったこと、すぐに謝罪できたことを踏まえて、普通の注意だけとする。…教育者なら、生徒を傷つけるのではなく、こういった悪意から皆を守ってやらないといけない。わかったか?」
「は、はい!」
「さて、余計な時間を使ってしまって悪かったな。…っと、今日はこれまでだな。一応、宿題だ。さっきの翻訳を次に誰が当てられても答えられるようにしてくること。以上だ」
授業(?)の緊張感から解放された皆が椅子から立ち上がり、仲の良い者たちと談話を始める。
俺は野菜を引きずって次の教室へと向かった。
後ろではしずなさんがあらあらと口に手を当てて微笑んでいた。
…何ですか、照れ隠しではありませんよ。
∽to be continue∽