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本編は、そんな空気じゃないんですけどね
12話【Love Wing Bell】─叫哭─
「……これは」
「一体、どういうことなの……?」
にこの妹、こころちゃんに連れられ、家を訪れた俺たち。
少々お待ちを、と言われリビングに通された俺たちが見たのは──
「μ'sの、ポスター?」
「でも、センターが」
「全部にこちゃんになってるにゃ」
そう、リビングに貼ってあるμ'sのポスター……しかも、丁寧にセンターを自分へと変えた。
「にこっちはどうしてこんなことを?」
「さぁ……ただまぁ何やら深い事情があるのは間違いなさそうだ」
するとそこで、こころちゃんが再び現れた。
……新たに2人を連れて。
「ほらここあ、μ'sの皆様に挨拶をして?」
「わ!μ'sだー!」
「い、妹……!」
「2人目……」
ここあ、と呼ばれた少女は瞳を輝かせて俺たちを見ている。こころちゃんよりもまだ幼く、おそらく小学生だろうと思われる。
「ほら、虎太郎も」
「…………」
そして虎太郎と呼ばれた少年──ここあちゃんよりもさらに幼く、おそらく未就学児──は、しばらくぼーっとした様子で俺たちを見ていたが、やがて俺たちに向けて指をさし、気の抜けた声で言う。
「……バックダンサー」
「ば、バックっ」
「ダンサーぁ!?誰がよ!!」
真姫が苛立って声を荒げるも、3人は身動ぎもせず、こころちゃんが笑顔で俺たちに言う。
「──スーパーアイドル、矢澤にこのバックダンサーμ's!今お姉様から指導を受けて、アイドルを目指しているんですよね?」
「……は?」
「お姉様は普段アイドル活動が忙しい中、合間を縫って皆様の指導をしていると聞きました!頑張ってくださいね!」
「これは本当にどういうことだ……?」
事実が捻じ曲がりすぎていて、わけがわからない。彼女達の中ではにこが本当に“アイドル”で俺たちはその見習いということになっている。家の中で自分を美化している、というのはわからなくもないが、それにしてもこれは度が過ぎているだろう。
その時。
「ただいまー」
玄関から、聞き慣れた声。
「ん……こころ、誰か来てるのー?」
その声の主は、リビングのドアを開け、目の前の光景に──
「………………げ」
──戦慄する。
「おかえりなさい、お姉様!バックダンサーの皆様が、遊びに来てくださりましたよ!」
「あ、あぁそう」
動揺のあまりしどろもどろになる返答。そこに絵里と真姫が追撃をかける。
「どうも、貴女の“バックダンサー”μ'sの、絢瀬絵里です」
「少し話……聞かせてもらえるわよね、にこちゃん?」
「ひっ……!」
あまりの恐怖に踵を返して逃げ出そうとするも、そこには既に……
「ふふふ♪」
「きゃあっ!!」
希の姿があった。
「逃げるのは───無しやよ?」
「ハ、ハイ……」
うーわ、おっかな。
表情こそ笑顔だが、確実に希はキレている。
それもそうだろう。希はメンバーの中でも特にμ'sへの思いが深い。例え事情があるとはいえ、μ'sをこんな風に扱われてはたまらないだろう。
まぁ俺も気になる。にこが何を思い、こんなことをしているのか。それは他の皆も同じはず。
観念したにこは、客間へと俺たちを案内した。
▼
「大変申し訳ありませんでしたっ」
開口一番、机に額がつくほど頭を下げるにこ。
しかし俺たちの中の誰も、それに反応しない。
「……ほ、ほらみんな、笑って笑って?にっこにっk」
「にこっち」
「……はい」
「ふざけてて……ええんかな?」
「ゴメンナサイ」
希の一言で、にこは閉口した。
その様子に俺はため息を吐き、にこへと問いかける。
「……なぁ、どうしてこころちゃんたちにあんなことを?」
その問いににこはしばらく反応を見せなかったが、やがてはぁ、っと息を吐くと睨むような目つきで優真を見返して言う。
「……別に、私の家で私がどう言おうと、私の勝手でしょ?」
「な……!」
「この家では“元からそうなってた”。それだけの話。私の話は終わりよ」
「ちょっと、にこ……!?」
あまりにも身勝手な物言いに、絵里が驚きを隠せずににこの名を呼ぶも返事はない。
──元からそうなってた?
妹達に嘘で塗り固めたモノを真実にして伝えて、何も感じないのかよ。お前のμ'sへの思いは、そんなものだったのか?みんなで作り上げてきた思い出や絆よりも、その嘘の方が大事なのかよ……!
じわじわと胸の中で込み上がる怒り。それとは裏腹に俺はにこにもう1つの思いを抱いていた。
──そんなはずはない。
そう、そんなはずがないのだ。
俺は知っている。彼女のアイドルへの思いと、μ'sへの思いを。μ'sは彼女のかけがえのない居場所であり、その仲間も大切でないわけがない。
何か──裏がある。
そこまで考えた時。
「……今日はもう、帰ってよ。私忙しいから」
どこか切実さを感じさせる物言いで、にこは呟く。その言葉に俺たちは何も言い返せなくなってしまう。微妙な空気が流れつつあったその時、客間の戸が開いた。
「お姉様、バックダンサーの皆様にお茶をお持ちしました!」
「……こころ」
穢れのない純粋な瞳でこころちゃんは笑う。
こんな子を騙していることに、にこは何も感じないのか…?
「ありがとう、こころ。私買い忘れたものがあるからまた出て行くわ。お留守番、しっかりよろしくね?」
「あら……?μ'sの方々とのお話は、もう良いのですか?」
「ええ。この人たちももうすぐ帰るはずだから」
そう言い俺たちをスッと一瞥すると、「じゃあね」と一言言い残し、彼女は外へと出て行った。
「……優真、この子達に本当のことを伝えるべきだと思う?」
絵里が俺に耳元で囁く。
「……嘘を信じたままなのは良くない。けど、真実を伝えるのは多分今じゃない」
「えっ…?」
「こころちゃん」
絵里との話を途中で遮り、俺はこころちゃんに声をかけた。
「はい、何でしょう?」
「君は、お姉ちゃんのことが好き?」
「もちろん!スーパーアイドル矢澤にこの妹であることを、誇りにおもってますわ!」
満面の笑みでこころちゃんはそう答えた。
そんな彼女の表情を見て、俺も思わず笑顔になる。
真実を伝えるのは簡単だ。
でも簡単に済ませて仕舞えば、きっとこの笑顔は失われてしまう。
あるはずだ。何かもっと、別の方法が。
だから、今は──
「だったらこころちゃん、君はずっと、にこのファンで居てあげてくれ。何があっても、お姉ちゃんを応援し続けて欲しい」
「当たり前です!私の、自慢の姉ですから!」
「ありがとう。君は本当にいい子だね」
俺は優しく、こころちゃんの頭を撫でた。
すると彼女は一瞬疑問符を浮かべたような表情に変わったものの、ややあって初めて俺たちを見つけた時のように、表情を輝かせた。
「もしかして、あなたが朝日優真さんですか?」
「えっ…?ああ、そうだけど」
「やっぱり!話に聞いた通りの優しい手をしてます!」
「聞いた…通り?」
呆気にとられた俺と対象的に、こころちゃんは笑う。
「はい!お姉様は、いつもμ'sの事を話してくれますけど、その中に優真さんのお話が良く出てくるんです!」
「へぇ……意外だな」
「優真さんはいつも優しくて、お姉様とμ'sの皆さんを助けてくれると言っていました!優真さんの手に、何度も救われたと!」
「大げさだよ。俺はそんな大層な事はしてないさ」
「優真さんの話をするときのお姉様の顔は優しくて、聞いている私も嬉しい気持ちになるんです!」
「ははは…あいつ家ではそんな感じなのか」
──何故だろう。
暗い話をしているわけではないのに、嫌な予感がする。
これ以上踏み込んではいけないような、地雷源に足を踏み入れたような。
根拠はない。しかし本能が警鐘を鳴らす。
だが、楽しそうに話をするこころちゃんを止める術を、俺は持たない。
「お姉様、いつも仰ってました!『いまの私があるのは、優真のおかげ』だって!
──そんな優真さんのことが、大好きだって!」
普通なら、笑い飛ばせた。
その『好き』は、『トモダチとして』の好きだと。
それが出来なかったのは。
──場の空気が、一気に凍りついたから。
原因は、ある2人が、過剰な反応を見せたこと。
絵里と希。この2人の表情が、あからさまに引きつった。
すぐに平静を装おうとしたものの、俺が気づいてしまった以上その行為は意味をなさない。
つまり
この子が言ったことは
「───っ!!」
「ゆ、優真さんっ!?」
「優兄ィ、どこ行くの!!」
全てを理解した瞬間、俺の体は弾かれたように玄関へと駆け出していた。
▼
闇雲に走ること10分弱。
俺は漸く彼女の姿を見つけた。
「──にこっ!!」
俺の呼びかけに、彼女は足を止めて振り返った。
「……何、どしたの」
あっさりとした口調で、にこは俺に問いかける。
「いや……その」
「何よ、私忙しいんだけど」
……口に出すのを、言い淀んでしまう。それでも、問わないことには始まらない。
意を決して、俺は口を開いた。
「……聞いたんだ。こころちゃんから」
「何を?」
「──お前が俺を、どう思っているか」
肝心なところはぼかして、俺は言う。
「……ふーん」
この言葉にも、にこは興味なさげな表情のままだ。暫く虚空を見上げて考え込む様子を見せたものの、やがてその口から出た言葉は、全くもって想像のつかないものだった。
「……で?だから何」
「え……っ」
予想外の反応に、俺は思わずたじろぐ。
「それを知って、アンタは今私のところに、何をしにきたの?」
「そ、それは」
俺は、何をしにきたのだろう。
にこの秘められた思いを知って、弾かれるように俺はにこの元へと飛び出した。
どうしてだろう。
──にこの俺への気持ちを確かめるため?
違う。
──どうしてにこをセンターにした写真を飾っていたのか知りたかったから?
違う。
違う、違う違う違う違う……!
俺は一体──何をしにきたんだ?
「……はぁ、本っ当にアンタって奴は…」
にこは深くため息を吐き、苛立ったように吐き捨てた。
「……わかんないなら私が教えてあげるわ。
───アンタ今、
「っ……!」
「私はアンタの事が好きだったのに、アンタは希と結ばれて、傷ついちゃいないかって。他の皆には優しい拒絶と謝罪をしたのに、私だけにはしてないから」
今。
彼女は認めた──俺への恋愛感情を。
その事実に、俺の心は何かに刺されたように痛み始める。
「馬鹿もここまで来ると笑えないわ。私の中でのアンタへの想いはもう終わってんのよ。それを今更蒸し返して一体何のつもり?『気づかなくてごめん』とでも言いたかった?それで何が変わる?誰が救われるの?
──私をあんまり舐めないで。
余計なお世話よ!アンタの自己満足に付き合ってやれるほど私は暇じゃない!!」
返す、言葉が──見つからない。
彼女に指摘された言葉の1つ1つが、不思議と心の中でしっくりきた。
俺はにこを……心配、してたのか……?
「……忘れなさい。こころから聞いたことは。誰もいい思いしないわよ、“そんな話”。私も、アンタも……希も。そして私の家の事情にも、これ以上踏み込まないで」
先程までの怒りが嘘のように、波1つ立たないような穏やかな表情でそう告げたにこ。
「……いいのかよ、それで」
「私がいいって言ってんの。この話はこれで終わり」
じゃーね、と言い残し、彼女はその場を去ろうとする。
「にこ!」
「……何、まだなんかあるの?」
「……お前今、
「…………何が」
「本当に忘れていいなら──そんな顔しないだろ」
彼女は言った。“忘れろ”、と。
命令のような口調とは裏腹に、俺への労りを感じさせる穏やかな笑顔で。
つまりそれはあくまで──俺の為なのだ。
彼女自身が、忘れて欲しいと願っているわけじゃない。
家の事も、俺には“助けてくれ”と手を伸ばしているように聞こえた。
だったら、俺にも出来ることはある──!
過去をしっかりと清算し、にこが差し出した手を掴み、“助ける”。
それが俺の、やるべき事だ。
「お前がそんな顔で俺にお願いしても、忘れることなんてできるわけないだろ。俺はしっかりお前と向き合って、その上で……お前の力になりたい。にこの事が、心配だから。大切な仲間だから」
伝えた。俺の思いの丈を。
嘘偽りない、俺の本心を。
それを聞いた彼女は───
未だかつてない程激昂した表情で、俺を睨む
「───いい加減にしろ」
あまりの怒気に、声を失う。
それほどににこは──俺にキレている。
「余計なお世話だって言ってんのがどうしてわかんないの?私はアンタの自己満足に付き合ってる暇ないって言ってんのよ!!」
「自己満足なんて、違……」
「───違わないッ!!!」
「うっ…」
にこの叫びに当てられ、体が硬直する。
反論を許さない彼女の怒声に、俺は閉口を選ぶしかなかった。
「私にアンタの心配はもう必要ない!!アンタが一番心配しなくちゃいけないのは私じゃない!希でしょ!?」
「っ!」
「私のところに急いで向かっていくアンタの姿を見た希の気持ちを、今ここに至るまでにアンタは考えたの!?『誰にでも優しくする』。アンタのいいところよ、でも!!」
俺を振り返った彼女の真紅の瞳は──涙で揺れていた。
「アンタのその優しさで!!傷つく人もいるッ!!なんで今なの!!なんで今更そんなこと言うの!!!
今アンタがそんなこと言うから……苦しくてたまらないのよ……私だけじゃない、アンタは今、希も傷つけてる!!私より優先しなきゃいけない人を、今っ!この時間にッ!!
────出てってよ
出てってよ!!早くここから……私の心から、早く出て行って……」
最後震える声でそう言うと、にこは駆け出してその場を後にした。
追いかけようと手を伸ばすも、そこから先の言葉が繋がらない。
ただ1つわかったのは。
俺の優しさが───にこを傷つけた。
それだけでもう、俺が彼女を追いかける理由を失ってしまった。
その裏で、もう1つの事件が起きていたことに、俺はまだ気づかない。
二期編の中でも、特に書きたかったエピソードです。
今回もありがとうございました!
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