13話【Love Wing Bell】─親友─
優真がにこの家を走り去ってからしばらくして。
私……絢瀬絵里含むμ'sの面々は彼と同じように家を出て帰路を歩いていた。話し声はなく、誰も口を開こうとしない。
それもそのはず──あんなことが起きてしまっては。
──『そんな優真さんのことが、大好きだって!』──
あの瞬間のことは、悔やんでも悔やみきれない。
私が何も反応しなければ冗談で済んでいたその言葉に、動揺を見せてしまったからあんなことが起きてしまったのだから。
私と希は知っている──にこが優真に抱いている秘められた想いを。温泉旅行の時に教えてもらった、にこの中にある大切な、胸の内に留めて一生伝えられるはずのなかったその想いを。
彼女がどんな風に彼を信頼し、愛しているか。それを彼女がどんな思いでそれを告げなかったのか。
全部全部知ってたのに───!!
虚を突かれた、なんて言葉は言い訳にならない。確かに想像のつかないようなタイミングの言葉だったとしても、絶対に反応しちゃいけなかった。
そんなことをすれば、心の機微に敏い優真が、気づかないはずがないのに。
……にこに合わせる顔がない。一体なんて謝ればいいのかしら。
「……じゃあウチは帰るね」
「私も」
重苦しい空気の中、ふと立ち止まった希が困ったような笑顔で口を開いた。それに追随して真姫もどこか虚ろな表情で言う。
にこの家からだと、帰る方向は希・真姫、私・凛・花陽で別れるみたい。
「えぇ。それじゃあまた明日」
「ほなね。いこ、真姫ちゃん」
「……」
希の促しに無言で従った真姫。彼女の沈黙の意味はわからないけど、希なら下手はしないはず。2人並んで歩く後ろ姿を見送って、残された私たち3人も帰路を歩き始めた。
3人になってからも会話はない。どこか沈黙を強要されるような空気の中、最初に口を開いたのは──
「……ねぇ、凛ちゃん」
「ん……?」
花陽だった。彼女もまた真姫と同じように暗い面持ちで凛を見つめていた……しかし。
「──凛ちゃんは、どう思った?」
「え?」
「にこちゃんの話。凛ちゃんはそれを聞いてどう思ったの?」
「花陽……?」
どこか突飛な花陽の問い。それに疑問を感じて改めて花陽の表情を窺うと、悲しそうな表情の反面、その目はどこか凛を疑うような色をしていた。
「……何となく、わかってたよ?夏合宿の時からそんな気はしてたにゃ。かよちんもそうじゃないの?」
「うん……そうだね。にこちゃんと優真くんの関係は、どこか触れちゃいけないような感じがあったよね。じゃあ……
こっちが──本題。
何となくだけど、私はそう感じた。
花陽の語調が強まっただけではなく、凛が一瞬驚いたような表情を見せたから。
「……変わんないな、って」
「どうして?」
「優兄ィはもう、前とは違うのに。優兄ィは希ちゃんの彼氏なんだから、あんなことしたら希ちゃん傷ついちゃうよ。でも……それが優兄ィなんだよね。誰かが傷ついたら、誰かを傷つけたら周りが見えなくなるくらいその人を助けることに夢中になっちゃう。そういう所はホントに昔から、何も変わってない……」
そう言って凛は微かな笑みを浮かべて、遠い何かに思いを馳せる様に目を細めた。
その表情を見た途端──私は花陽の問いかけの真意を察した。察してしまった。
花陽のやろうとしていることは、とても驚くべきことで、普段の花陽を見ていれば信じられない様なことだった。
「……そっか、でも凛ちゃん」
花陽の呼びかけに、追想から戻った凛が首を傾げる。
「──それは自分に、言い聞かせてるんじゃないの?」
「……何が、言いたいの?」
「優真くんは、そんな人だから仕方ないって、凛ちゃん自身が思っちゃってるってことだよ」
「……ハッキリ言ってよ、わかんないよかよちん」
乾いた笑みで問いかける凛。しかしその笑みはどう見ても引き攣っている。凛自身、きっとわかっているはず。花陽が、一体何を問おうとしているのか。
「……凛ちゃんは」
そして花陽は、その決定的な一言を口にした。
「
途端に訪れる沈黙。しかしその沈黙は、先程のそれよりも更に重く、冷たい。凛はしばらく無表情で花陽を見つめたのちに、意外にも笑顔を見せた。
「……で?」
笑顔とともに放たれた言葉は、何の感情も感じられなかった。さもどうでもいいことを聞かれたかのように、無関心を孕んだ問いを花陽に向ける凛。
「好きだったら、かよちんはどうするの?」
その問いかけに、花陽は唇を噛み締め俯く。普段いつも笑いあっている2人からは、想像つかない程重苦しい空気。ややあって花陽は、覚悟を決めたような目で、凛を見据えた。
「──止めたい」
震えながら、それでも確かな意志を感じさせる声で、花陽は答える。それを聞いた凛の乾いた笑みが、どこか悲しそうなものへと変化を遂げた。
「……かよちんは、凛のことわかってくれないんだね」
「違う……!私は嫌なの。凛ちゃんに、μ’sのみんなに幸せになってもらいたいの!」
「へぇ……」
「……あの事件があって、μ’sの関係は変わった。私達、優真くんの幼馴染も。もう今までのままじゃいられない。みんな前を向いてる……凛ちゃんだけだよ?まだ縛られているのは、まだ後ろを向いているのは」
「後ろを向いてる?凛が?」
凛の声色に、嘲笑が含まれた。花陽の言葉に怒りを感じているのが、第三者の私にもわかる。
「凄いねかよちん、まるで凛のことなんでもわかってるみたい」
「わかるよ……
そんな凛とは対照的に、声に困惑を滲ませる花陽。私はそんな花陽の様子をどこか不可解に思いながらも、2人の言い合いは続く。
「だったらかよちんにはわかるんでしょ?
──凛がソレを、譲れないっていうことも……!」
先程までとは違い、凛の言葉に明確な怒気が籠る。
「わかるんでしょ!?凛がどんな思いで優兄ィが好きで、どうしてそれを捨てきれないのかも!だったらなんでそんな言い方するの!凛の気持ちを、かよちんに決めつけられたくなんかない!」
凛は今認めた。拒絶されてもなお残る、優真への思いを。
「私は決めつけてなんかない……!だって、優真くんは」
「その呼び方、やめてよッ!!」
「え……」
普段からは考えられない程の怒声が、花陽を貫く。予想しない箇所で言葉を遮られた花陽が固まってしまったのに乗じ、凛はさらに声を荒げた。
「なんで!?なんでっ……なんでかよちんも“その呼び方”するの!?優兄ィは、優兄ィでしょ!?どれだけ変わっても、そこだけは変わらないはずにゃ!!」
「……変わっていかなきゃいけないよ、私たちも……!今までのままじゃいられない、いちゃいけない、凛ちゃんだって本当はわかってるんでしょ!?」
「嫌だよ!優兄ィはずっと優兄ィのままっ!!いつまでも、凛の中でそれは変わらない!!あの頃から、
「……違うよ、だって」
そこで花陽は言葉を切ると、凛を諭すように、言い聞かせるようにその続きを紡いだ。
「──優真くんは、希ちゃんの彼氏なんだから」
「っ……!!」
「応援、してあげようよ。優真くんの幸せを、願ってあげようよ」
返事は、ない。唇をきつく噛み締め、両拳を握り凛は俯く。しばしの沈黙が流れたのち、凛は震える声で呟いた。
「……わかってる」
それをキッカケにして、凛の言葉は濁流の様に口から溢れ出す。
「わかってる、わかってるわかってる、わかってる!!優兄ィはもう、今まで通りに凛たちに接してちゃいけないって!優兄ィが、もう凛に振り向いてくれることはないって!!そんな優兄ィを応援していかなきゃいけないって!!!でもっ……!」
気づけば凛の双眸は、言葉と共に溢れた雫で濡れていた。
「……あんなに大好きだったのに、そんなにすぐに割り切れないよ……!なんで!?なんでにこちゃんも絵里ちゃんも、そんなにすぐに応援できるの!?自分の気持ちに蓋をして、2人の幸せを願えるの!?凛には理解できないよ……!!」
唐突に自分へと矛先が向き、私は動揺した。
「何回も思ったにゃ……この想いが消えて仕舞えばいいって、優兄ィとの思い出が無くなって仕舞えばいいって!そうしたら、優兄ィの幸せを心から応援できるのにッ!!でも、そんなことはできなくて、頭の中ぐちゃぐちゃで、もうどうしたらいいかわからなくて……っ!教えてよ、かよちん……!」
「優兄ィを好きなこの気持ちと!優兄ィを応援したいこの気持ちは!!
……一緒に居ちゃ……ダメなの……?」
「っ!凛!」
最後、か細い声で、縋るように凛は私達に問いかけて駆け出してしまった。私の呼びかけにも全く反応しない。
私達を再び繋いでくれた、優真という存在。
この日、奇しくも彼によって、再び私達の絆に亀裂が入ってしまった。
一期最終話での2人の意味深なやり取りは、ここの伏線となっておりました。スローペースの投稿にはなりますが、どうかお付き合いよろしくお願いします。
今回もありがとうございました!
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