20話 いつか空に────
目の前に広がる景色を、ステージに立つ彼女達は、どう捉えただろう。
1人は、唖然。
1人は、呆然。
そしてもう1人は愕然。
3人は目の前に広がっている景色を見て、動くことができなかった。
そしてセンターの少女が、ゆっくりと俺達の方を向く。
「優真……先輩………」
その声に、いつもの元気は欠片もない。
今にも消え入りそうなその声を聞いて、
俺たちは胸を締め付けられる。
こんなことが、あっていいのか。
始まりの一歩を踏み出そうとした俺たちは
そのスタートラインに立つことすら許されない。
絢瀬はあまりの苦しさに思わず目をそらし、
東條は目をそらしはしなかったがその表情は苦痛に歪んでいる。
そして俺は─────意図せず涙がこぼれた。
無力でごめん
俺以上に苦しいはずの君たちに
何もしてあげられなくてごめん
悔しい
俺は無力だ、どこまでも
強く握りしめられた俺の右手は、血で赤黒く変色していた。
「そりゃ…そうだ!人生そんなに甘くないっ…!」
懸命に明るくしようと振る舞って穂乃果から発せられた言葉は、より一層悲しみを深くしただけだった。
「穂乃果ちゃん……」
「穂乃果……」
2人も、今にも泣き出してしまいそうな穂乃果を悲しげに見つめている。
「……歌え────────」
「優真、先輩……?」
「歌ってくれ、3人とも。お前たちの努力は、無駄なんかじゃない。観客ならここにいる!お前たちの全力を!俺たちにぶつけてくれ!だから─────そんな泣きそうな顔するな!!」
「優真、くん……」
「優真先輩……」
自分自身は半分泣きながら、俺は必死で彼女たちに呼びかける。
こんなところで、終わらせない。
認めてなるものか。
今までの全てが無駄だったなんて。
「お前たちなら、絶対できる!
そのための今までだろ!?
自分たちの手で終わらせるなんて、そんなこと絶対にしちゃダメだ!!
だから──────だから!」
その時
運命を変える扉が開かれた────────
▼▽▼
私、矢澤にこは誰よりも早く講堂にいた。
しかし、開演残り僅かとなっても一向に現れない観客。それを見た時、私は身を隠すことにした。
─────これは、チャンスかもしれない。
恐らく目の前に広がる光景に彼女たちは絶望するだろう。
そこからどう立ち上がるのか、それとも折れるか。
─────見せてもらうわよ、アンタ達のアイドルとしての覚悟。
幕が上がっても、彼女たちは動けずにいた。
当たり前だ、私でもそうなるだろう。
大事なのはここからだ。
────こんなところじゃ終わらないでしょう?
だってアンタ達には、あの朝日が付いているんだから。
「お前たちなら、絶対できる!
そのための今までだろ!?
自分たちの手で終わらせるなんて、そんなこと絶対にしちゃダメだ!!
だから──────だから!」
朝日も彼女達に叫ぶ。彼の瞳は、何もできない自分に対しての憤りの涙で濡れていた。
それほど信頼されているのだろう、あの子達は。
それが少しだけ、羨ましく感じた。
───────立ち上がりなさい。
立ち上がって、“ファン”の気持ちに応えなさいよ。
そこに1人でも自分達を望んでくれる人がいる限り
アイドルが歌うことをやめるなんてことは許されないの。
私自身も、祈っていた。
このままではダメだと、私自身も立ち上がって口を開こうとしたその時。
彼女達の運命を変える、希望の光が差し込む扉が開かれた──────
▼▽▼
「あ、あれぇ……間に、あっ、た……?」
「花、陽……」
講堂の入り口のドアが開かれ、姿を現したのは花陽だった。
そしてその後ろには。
「ふーっ!ギリギリセーフ!」
「……?まだ始まってないの…?」
「凛…西木野さん…」
凛と西木野さんがいた。
走って来てくれたようで、凛以外の2人の息は乱れている。
そしてその後ろに広がる光景を見た時、俺は鳥肌がたった。
「これは……!」
3人の後ろには、10名程度の1年生がいた。
今年の1年生は1クラス。その中で10人も来てくれた。
「一体、どうして……?」
「かよちんが、みんなに声を掛けてくれたんだにゃ!」
!? 花陽が……?
あの人見知りで、自分の意見を述べることが苦手な花陽が、みんなに声をかけてくれたのか……?
どれだけ大変なことだったのだろう。
他の部活に行きたがる人を呼び止め、ライブに来ないかと声をかける。
花陽にとって、それだけの勇気を振り絞るのは決して簡単なことではなかったはずだ。
花陽の頑張りを考えるだけで、再び涙がこぼれそうになる。
「人がたくさん来た方が、先輩達も喜ぶと思ったから……。───────頑張ってくださいっ!」
「凛たちも、今日のライブずーっと楽しみにしてたにゃ!」
「私が作った曲で、失敗なんてしたら承知しないわよ!」
3人が笑顔で激励する。
「────早く始めなさいよ」
観客席から声が聞こえた。
「矢澤!?いつからそこに…?」
「いいから。早く始めなさい。
─────今更迷うことなんてないでしょ?」
口調は厳しいが、矢澤の顔は笑っていた。
「─────やろう、2人とも!」
「穂乃果ちゃん…!」
「穂乃果…!」
「もう躊躇わない!だって私たち、そのためにここまでやってきたんだから!」
3人の目に、“覚悟”が宿る。
そして改めて、俺たち観客へと向き合う。
「────皆さんこんにちは、音ノ木坂学院スクールアイドルのμ'sです!
本日はお集まりいただき本当にありがとうございます!
────今、たった今私たちは、スタートラインへと立ちました。
今日この瞬間から、“夢”を目指して、全力で駆け抜けます!!」
最初の一歩を今──────踏み出せ
「それではいきます!聞いてください─────
─────“START:DASH!!”!!」
始まった。俺たちの第一歩が。
俺たちの思いが、彼女たちの歌声で、踊りで、表情で観客達へと飛んでいく。
そしてその思いは人々を────笑顔に変える。
客観的に見て、彼女たちは決して天才ではない。
踊りも所々ズレているし、動きも少しぎこちない。
それでも彼女たちは、魅力的だった。
不思議と目が離せなかった。
必死に輝こうとする意思が、絶対に諦めないという覚悟がひしひしと伝わってくる。
ふと俺は、矢澤の言葉を思い出す。
───私はあの時間を、同じ理想を持った仲間と共有したい───
かつてそう言った彼女は、今何を思うのか。
矢澤の様子を窺うと、彼女は両手を組んで、優しい笑みを浮かべていた。
“女神”達は、“魔法使い”のお気に召したのだろうか。
西木野さんも、笑顔でステージに見惚れていた。
自らが作った曲が彼女達の輝きを引き立てている。
その現場を見て、彼女は何を考えているのだろう。
凛と花陽は、目を輝かせて目の前のステージに夢中になっている。
願わくば、その憧れが『自分たちも──』という思いに繋がってくれれば。
東條もまた、彼女達に微笑みを向けていた。
そして俺の視線に気づくと、彼女は改めて笑った。
─────その笑顔はかつて俺が魅了された、“彼女”の物だった。
“ありがとう”と聞こえた気がした。
俺は照れを隠すように、東條から目を逸らす。
絢瀬は…絢瀬だけは無表情でステージを見ていた。
でも俺は、一瞬だけ彼女が優しげな笑みを浮かべたのを見逃さなかった。
俺に見られているのに気づいた絢瀬は、顔を赤くしてぷいっとそっぽを向いた。
それを見てさらににやける俺と東條に絢瀬はさらに機嫌を悪くした。
───あぁ、凄いよ君たちは
やっぱり間違ってなんかいなかった
これからもずっと、君たちと──────。
曲が終わり、講堂は暖かな拍手に包まれる。
ステージに立つ3人には極度の緊張からくる疲労が見られたが、それ以上の達成感と満足感で笑顔を浮かべていた。
そしてゆっくりと3人に歩み寄る影が一つ。
「絵里先輩……」
「……どうするつもりなの…?」
何が、なんてことは聞かない。
穂乃果は自信を持ってこう答えた。
「続けます」
「どうして…?これ以上やって意味があるとは思えない…!もうこれ以上貴女達が傷つく必要なんてないのよ!?私達に任せて、貴女達が無理する必要なんてないの!」
絢瀬、お前は優しい。
俺たちの活動を認めたくないのも、納得がいかない以前に、俺たちを守りたいっていう思いがあるのはわかってる。
─────でも俺たちは。
そんな言葉じゃ止まらない。
「無理なんかしてませんよ、絵里先輩。
私たち、やりたいんです!
今私、もっとやりたいって思ってるんです!
きっとことりちゃんと海未ちゃんも同じ気持ちです!
こんな気持ち、初めてなんです!やってよかったって、本気で思えたんです!
今はこの気持ちを信じたい。
……このまま誰も見向きもしてないかもしれない。
……応援なんてしてもらえないかもしれない。
でも!一生懸命頑張って、届けたい!私達の、この思いを!
いつか私達……
────ここを満員にしてみせます!!」
高らかに響く、穂乃果の宣言。
どう考えてもそんなことは無茶だ。
しかし、この状況で、穂乃果を笑うものはいなかった。
それどころか俺は、確信を持っていた。
こいつらならやれる、と。
「「“完敗からのスタート”」か」
隣にいた東條とハモった。
二人とも間抜けな顔をして互いの顔を覗く。
それがおかしくて、2人で笑った。
そして穂乃果達に歩み寄るもう一つの影。
「にこ先輩…」
「……見せてもらったわよ、アンタ達の覚悟」
1度目を閉じて、もう一度口を開く。
「……正直私から言わせればアンタ達はまだまだだわ。動きも堅いし、発声だって素人のまま。
──────でも、あなた達は、魅力的だった。
とっても輝いてた…!
今更だけど、あの日あんなこと言って本当にごめんなさい。
恥を承知で言うわ。
───私を、μ'sのメンバーにしてくれないかしら
私も、あなた達と同じステージに立ちたい……!」
矢澤が穂乃果に頭を下げる。
「そんな、先輩!顔あげてください!」
慌てふためく穂乃果。
そして顔を上げた矢澤の前には───一つの手のひら。
「こちらこそよろしくお願いします、にこ先輩」
笑顔で差し出された穂乃果の手。そしてそれを矢澤が────取った。
こうしてμ'sは、4人となった。
それを見つめる、残りの女神候補たち。
凛も花陽も西木野さんも、嬉しそうな顔をしながらも、どこかには羨ましさがうかがえる。
─────安心しろよ、お前たちをこのままになんてしないから。
絶対お前たちの心の“鍵”をこじ開けて、μ'sに加入させてみせる。
こうしてμ'sのライブは成功し、活動続行となった。
▼
ライブの後、俺と東條と絢瀬の3人は生徒会室に戻った。
今日の新入生歓迎会の反省会だ。
反省会も何も、俺はほとんど運営を2人に任せっきりだったので、2人の話を無言で聞いているに等しかった。
「─────それじゃ、反省会はこれで終わるわ。お疲れ様」
書類を先生に提出してくる、と職員室へ向かった東條。
俺と絢瀬の2人きりになった。
「……どうだったよ、今日のライブ」
「……まだまだ上手じゃなかったわね」
「そりゃそうだ、練習時間だって十分に確保できたわけじゃないし、何から何まで手探り状態だったんだから。
…俺が聞いてるのは、“あれを見て何も感じなかったのか”ってことだ」
「……」
絢瀬は答えない。
「……お前、控え室前の廊下で会った時、俺に言ったよな?『軽い思い付きで行動したって、何も変わりなんてしない』って。
──────ブーメランなのわかってるか?」
「っ……!」
現状生徒会は活動を認められていない。
認められてない中でも手当たり次第に案を上げて活動を地道に続けようというのが生徒会の方針だ。
その長が、『思いつき』を否定した。
それは今の生徒会の方針自体を否定することを意味する。
それほど余裕がないのだ、絢瀬には。
「穂乃果たちの言ってたこと、覚えてるか?」
「“やりたいからやっている”。そう言ってたわね」
「……今のお前に、その気持ちはあるのか?」
俺が絢瀬に与えられる、最大限のヒント。
気づくかどうかは絢瀬次第。
「……私はそんな気持ちで動ける立場じゃないわ」
まだ早いか……これは相当にこじらせてるな…。
なかなかの長期戦になりそうだ。
「…絢瀬、勘違いされてたら困るから言っとくけど、俺は生徒会を捨てたわけじゃないからな。
俺はお前の味方だぞ。
味方だからこそ、お前が間違っていると思ったら、止める」
俺のこの言葉にも、返事はなかった。
「……じゃあ俺、みんなのとこ行くから」
「……今日はお疲れ様」
…素っ気ないな。
そう思いながら俺は後味悪く生徒会室を後にした。
「……私にどうしろっていうのよ…!」
誰もいない生徒会室に、彼女の悲痛な叫びが響く。
▼
生徒会室を出て、俺は矢澤を含めた新生μ'sと神田明神で合流した。
「優真くん!お疲れ様ですっ」
「ありがとなことりちゃん。
こっちこそ、3人とも、お疲れ様。
今日のライブ、今までで最高に良い出来だった。
最初はどうなるかと思ったけど、結果的にあのライブは成功だ。
─────こうしてコイツが入ったわけだし」
俺はニヤニヤしながら黙って腕を組んでいた矢澤を見る。
「なっ……!ち、違うわよ!にこがアンタたちを入れてあげたのよ!感謝しなさいよね!」
「ステージで思いっきり参加させてくれって言ってたじゃねぇか」
「う、うるさい!言葉の綾よ!!」
「─────矢澤」
「……何よ急に静かになって」
「μ'sに入ってくれてありがとう。
お前のおかげで、絶対にμ'sはもう一段階上へと行ける。
──────そして、またお前のあの笑顔が観れると思うと、本当に嬉しい。
ずっと待ってた。
君がもう一度ステージに上がるのを。
また、あの笑顔で、俺たちに元気を分けてくれ」
「───何素面で恥ずかしいこと言ってんのよバカ。
──────あったりまえでしょ!
もう一度、最高の仲間とステージに立てる。
私が2年間、ずっと待ち続けてたこと!
やっと叶ったこの願い、絶対に無駄にはしないわ。
今までよりもずっとずーっと笑顔にさせてみせるから!
覚悟しなさい!」
俺と初めて会った時と同じ笑顔で、そう宣言する矢澤。
矢澤があの笑顔を取り戻してくれたこと。
そして矢澤の笑顔を取り戻してくれた“女神”たち。
それが本当に嬉しくて、俺も久しぶりに心から笑った。
これにて、第1章完結でございます!
にこの加入タイミングは原作と大幅に違いますが、早く加入した彼女がまきりんぱなにどのような影響を与えるか楽しみにしていてください!
次回から第2章にはいります!
今回もありがとうございました!