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29話 最悪の再会
久しぶりだね、2人とも」
中西光梨。
東條の過去の親友で。
──俺の因縁の女子。
「なんで……こんなところに……?」
「おい光梨。どうした?」
そして中西の横に立っていた、一人の男。
そいつの顔が目に入った瞬間
中西のとき以上の驚愕が全身を迸る
「翔太……!」
「ん?あれ、優真じゃん──お前、まだ生きてたんだ」
俺たちのただならぬ雰囲気に、後ろにいる3人もただ固唾をのんで見守っている。
「こっちのセリフだよ、荒川。テメェみたいなやつがまだこの世にいたなんて虫唾が走るぜ。同じ空気吸ってるのも耐えられそうにねぇよ」
「へぇ…言ってくれるじゃん、優真。昔みたいに翔太って呼んでくれよ、つれねぇなぁ……あー、テメェ見てたら疼いてきたぜ」
そう言って荒川が抑えたのは、右頬についた大きな傷跡。
「忘れたとは言わせねぇぜ?優真クンよぉ……」
「生憎あの日から一度も忘れたことなんてねぇよ。忘れたくても夢に出てくる始末だ」
「そうかいそうかい……ん?その子……もしかして……希ちゃん!?」
荒川の声に、ビクッと肩を揺らす東條。
「荒川……くん…………」
「やっぱり希ちゃんだろ!?帰ってきてたのか!?」
「……はぁ…っ、はぁ……」
東條の呼吸が荒い。
先ほどから目の焦点が合っていない。
体全体を震わせ、立つことすらままならない様子。
「おい、東條!?」
誰だ、だれだ。
ダレが東條にこんな真似を。
「希ちゃん……俺!」
───オマエの、せいか
「──おい」
「っ!?」
先ほどまでとは明らかに雰囲気が違う、俺から発せられる言葉に、中西と荒川の2人はおろか、後ろにいた3人も思わず体を硬直させた。
「──オメェあと一歩でも“希”に近づいてみろ
───殺すぞ」
俺のあまりの言葉の重みに、体を後ずさりさせる中西と荒川。
「──俺の気が変わんないうちに失せろ」
「くっ……」
2人は忌々しげに俺を見ると、その場から去っていった。
「おい希!しっかりしろ!希!!」
希の震えは2人が去ったあとも止まらない。意識があるかどうかも怪しい。顔色は真っ青で、瞳も虚ろだ。
「絢瀬!救急車呼んでくれ!!早く!!」
「っ!わかったわ!」
「希!おい、希!希!!」
虚ろな瞳を揺らがせたままの彼女の名を、俺はひたすら呼び続けた。
▼
「精神性の急性発作ですね。命に別状はありません」
「そう、ですか……」
あれから救急車で運ばれた希は、今はベットの上で意識を失っている。医師からの言葉に、俺たち4人も安堵を浮かべた。
「しかし、急性のものなので、いつ再発するかわかりません。2、3日は検査のために入院してもらいます」
「わかりました」
医師は俺たちに礼をして、病室をあとにした。
「……よかった……希ちゃん……」
ことりちゃんが泣き出してしまう。さぞ心配だっただろう。いきなりあんなことになってしまったのだから。海未も泣き出してはいないが、その表情は悲しみと安堵が入り混じった複雑な感情に包まれ、唇は固く結ばれている。意外だったのは絢瀬で、今なにを考えているのかがわからない。
「……絢瀬、頼みがある」
「……なにかしら」
「“アレ”まだ持ってるよな?アレ使って、の…東條の家から着替えとか取って来てやってくれないかな?」
「……貴方も持ってるでしょう?」
「俺が行くわけにはいかないよ。一応男なんだし。……ことりちゃんと海未も絢瀬について行ってあげて」
「え、でも……」
「俺がここにいるから大丈夫。だから、いい?」
「……わかったわ。行きましょう、2人とも」
絢瀬が病室から出て行くと、2人もこちらを気にしながらあとに続いて行った。
「──希」
▼▽▼
外も暗くなり、電灯で明るいけど静寂がつつむ病院の廊下を、私、南ことりは絵里ちゃんと海未ちゃんと一緒に会話もなしに歩いています。希ちゃんがああなっちゃったときは、頭が真っ白になってどうすればいいかわからなかったけど、無事で本当によかった。
希ちゃんの事に安心すると、思い浮かぶのは優真くんのあの姿。
『───殺すぞ』
本当に危害を加えかねないほどの重みを持った、その言葉。
私はそんな優真くんを以前見た事があります。
──『失せろゴミ』──
忘れもしない、あの事件。
私がそんな優真くんを見たのは、私を襲った痴漢から私を守ってくれるためでした。
いつもそう。優真くんがあの姿を晒すのは、いつも誰かを守るためで。
でも、私は気づいてしまいました。
私は、優真くんの事をなにも知らないと。
──『希!』──
優真くんは何度も希ちゃんの事を、“希”と呼びました。普段とは違う、まるで普段から呼び慣れているように。これが意味する事……すなわち、2人は付き合っているのでしょうか?でも、普段の2人を見ていると…恋愛感情は抱いてないんじゃないかと思うんです。どちらかというと……強い絆のような。
気になる、とても。
でも、今はそんな事を聞ける場合じゃない。
「……少し気まずくしちゃったわね、ごめんね」
重苦しい沈黙を破り、絵里ちゃんが私たち2人に笑いかけます。
「いえ、そんな……」
「希はきっと大丈夫よ。優真くんがついてるんだから」
「……優真先輩のあんな姿、初めて見ました…」
海未ちゃんが俯く。
打ち明けるなら、ここしかありません。
「……私は見た事、あるよ」
「! 本当ですか!?ことり!」
「うん……優真くんと出会ったときの話、したよね?」
「……あの事件、ですか…」
「あのときに優真くん、あんな風に私を守ってくれたの」
そこまで話したところで、私たちは病院の外へ着きました。道を知っている絵里ちゃんについていく形で、私たちは希ちゃんの家へ向かいます。
「……優真くんがあの姿になるのは、いつも誰かを守るためなのね」
「絵里ちゃんも、見たことあるんですか……⁇」
「……私ね、貴女達のファーストライブ、中止させようとしてたの」
「えっ……⁇」
「誰一人いない講堂を見て、このまま始めても貴女達が傷つくだけだと思って止めようとしたの。でも優真くんは、何も説明しないで一方的にライブを中止させようとした私を、さっき見たいな姿で止めてくれたわ」
「そんなことが……」
「……優真くんと希は、どういう関係なのかしら」
ふと、絵里ちゃんが独り言のように呟く。
「……絵里先輩も聞いていないのですか……?」
「その返事を聞く限り、海未も気になってたみたいね?」
「………………はい。あそこまで必死になった優真先輩は初めて見ましたから」
……?今の一瞬の“タメ”は何だったのだろう…?
もしかして海未ちゃん、何か知ってるのかな…?いや、友達を疑うのはやめよう。
海未ちゃんも絵里ちゃんも、私と同じで気になってたんだ……でも、少し意外だったな。絵里ちゃんに聞いてみようと思ってたんだけど、まさか絵里ちゃんも知らないなんて。
「……あの2人の間に、特別な何かがあるのはわかってた。でも、それを聞こうとは思わなかったの。何も知らなくても、2人と過ごすのはとても楽しかったし、何より……私にとって初めての親友の2人を、疑いたくなかったから」
「絵里ちゃん…」
「……でも、今日は、辛かったな…」
自嘲的な笑みを浮かべて、絵里ちゃんは言葉を続けます。
「だって、当たり前で自業自得なんだけど、私2人のこと何も知らないって、わかっちゃったから。希の名前を叫ぶ優真くんを見て、私気が動転しちゃって……何も、できなかった」
絵里ちゃんが浮かべた表情には、悲しみ、悔しさ……自分自身への怒り。様々な感情が入り混じっていました。
そんな絵里ちゃんに声をかけたのは。
「……ぶつかり合えばいいではないですか……」
「……海未ちゃん…?」
「──絵里先輩も優真先輩も!どうしてそんなに遠慮し合うのですか!互いに向き合うことなく、
「っ…!」
「……絵里先輩。私たちから見れば、あなたは希先輩と同じくらい、優真先輩と強い絆で結ばれているように見えますよ?
だから──もう泣かないでください」
「え……?」
海未ちゃんの言葉に、私は思わず絵里ちゃんを見やります。
自分でも自覚はなかったのでしょう、絵里ちゃんは驚いたように右頬を拭いました。
「……海未、ありがとう。少し勇気が出たわ」
「いえ、私もつい感情的になってしまって……」
「……私、怖かったの。2人の関係を知ったら、今までのままじゃいられなくなるんじゃないかって……そして、何も知らないからこそ、2人に勝手に引け目を感じてた。ほんと、自分勝手よね……でも、それが間違いだった。そう思うこと自体が、2人を信じてないってことだったんだわ。私、聞いてみる。怖いけど、2人を信じてるから」
「絵里先輩……」
なんとか、解決したみたいです。でも私は、さっきの海未ちゃんの言葉に引っかかる部分がありました。
『絵里先輩も優真先輩も……!』
さっき確かに海未ちゃんは、“優真先輩”と言いました。そしてそのあとの言葉、あれはこの場にいない優真くんにも向けられていたんだと思います。
やっぱり海未ちゃんは、何か知ってるんだ……。
私だけが、何も知らない
そして──知る資格もない
「ことり……?どうかしたの?」
「あっ、いや…何でもないよ、絵里ちゃん」
「そう……着いたわ、ここよ」
話しながら歩いて着いたのは、一軒の小さなマンション。
「……そういえば、鍵はどうするのですか?」
「私と優真くんは、希の家の合鍵を持ってるの」
「え、そうなんですか⁇」
「希って一人暮らしなの。だからいつでも遊びに来ていいよって、私たちにくれたの」
「……信頼されているのですね」
「ふふっ、そうかしらね……さぁ、行きましょう」
自動ドアを合鍵で開錠し、2人はマンションの中へと入る。
──私だって、優真くんの力になりたい
心の中で強く願う。
私は、私にできることを。
そう誓いを立てて、私も2人の後に続いた。
▼▽▼
「ん……」
ここ、は……?
私は、眠っていたの……?
意識が少しずつ現実に帰ってきた。そして次に感じたのは、右手に重ねられた、優しい温もり。
「……! 希!気がついたか!?」
「ゆ……ぅま……く、ん……」
まだうまく呂律が回らない。
そしてその後すぐに、自分の失態に気づいた。
「……ゆーまっち…」
「よかった……もう大丈夫なのか?どこかおかしいとこないか?」
「うん……多分……」
正直まだ頭が少しフラフラするけど、これは寝起きだからのはず。きっとしばらくすれば大丈夫。
「そっか…ここに来るまでのこと、覚えてるか?」
ここに来るまでのこと────?
─────────!!
『あはっ♪久しぶりだね、2人とも』
『もしかして、希ちゃん!?』
ひかりちゃんと、荒川くん──!
「はぁ……はぁっ……」
「希!?大丈夫か!?」
いつか会ってしまうかもって事はわかってたはず
それでもやっぱり会うと……思い出してしまう
嫌な、記憶を───
「希!!」
「──────────ぁ…」
優真くんに肩を揺らされて、私は平静を取り戻す。
「……落ち着いた…か?」
「……うん、ありがと、ゆーまっち」
「よかった……一体何があったんだよ…?会っただけで発作起こすほどの何かが、お前の身にあったのか…?」
……言いたく、ない。
きっと彼は怒る。私のために。
きっと彼は自分を責める。
だから、言いたくない。
「──大丈夫や、ゆーまっち」
「………………」
「ちょっとびっくりしただけや。何もないよ。ウチのこと、そんなに心配してくれたん?」
「………………」
「……ウチは大丈夫や。だから」
「──お前じゃない」
「……え?」
「──俺は“希”と話してるんだ。お前じゃねぇよ」
……もう。
「──敵わないなぁ、優真くんには」
「往生際が悪いんだよ。俺が意地でも聞こうとすること、お前ならわかってただろ?」
……知ってたよ。キミはそういう人だから。
「……で、だ。何があったんだ?」
──ごめんね
本当のことを知れば
キミは絶対自分を責めるから
私は今からまたキミに
──“嘘”をつくね
あの時と…2年前、キミにまた会えたあの時と同じ。これから話すことは、“事実”。でも、それは“真実”じゃない。
でも優真くんが“真実”を知りたがるなら
それでもいいかなって思ってる
──キミに全部任せるよ、優真くん
「……実はね…」
そこで一度言葉を切る。
私が今からやることは、最低なこと。
──覚悟を、決める。
優真くんお願い
この“事実”から
目を、背けないで
「──私、荒川くんに……
──────襲われ、かけちゃって」
▼▽▼
「襲われ、かけちゃって」
その言葉の意味がわからないほど、俺はガキじゃない。
希は、汚されかけたのだ。中学1年生という幼さにして。
それは一体どれほどの恐怖を希に刻んだのだろう。
──心の中に、ドス黒い感情が込み上げる
先程荒川達に向けた、黒い黒い──殺意が。
やり場のない憤怒を、俺は握りこぶしに変えて、強く握りしめる。指の爪が食い込んだ肌から、血が流れる。
「優真くん落ち着いて。結局何もされなかったし、私は大丈夫だから」
「──大丈夫とか、言うなよ」
「っ……」
「希が全然大丈夫じゃないことなんて、俺にもわかる。なんで……なんでその時俺に言ってくれなかった」
「…………」
希は、答えない。
「希」
「……キミに迷惑、掛けたくなかったから」
「え……?」
「私が我慢すれば、済む話だったから。優真くん、この事知ったら怒ってたでしょ?」
希が笑う──その笑顔は俺が惚れたあの笑顔とは程遠い。
希はまた、“本当の事を言っていない”。
あの時と──2年前再会した時と同じ。
希はまた俺に、何かを隠している。
──追求すべきなのか…?
希のトラウマを、傷をこれ以上抉るのが正しいのか……?
けど。
希は、聞いて欲しいんじゃないのか…?
希の傷を、一緒に受け止めてあげる事の方が大切なんじゃないのか……?
俺が取るべき行動は。
──聞こう。希もきっと、それを望んでる。
でも。
「──そっか。変な事聞いてごめんな」
聞けなかった
希の傷を抉るのが、怖い
希の過去を知るのが、怖い
最低だ、俺は
何も“変わって”なんかない
あの日から一歩も進めてない
「──うん」
希はやはり、悲しそうに笑った。
そこまで話した時、病室のドアが開いた。
「…!希!大丈夫なの!?」
絢瀬が希に駆け寄る。
「えりち……心配かけてごめんな。もう大丈夫や」
「うぅっ……よかった……」
希が目を覚ましたことで、緊張の糸が切れたのだろう。絢瀬は希に抱きついて泣いている。
「もう…心配性やなぁ、えりちは」
「バカっ!本気で心配したんだから!だって目の前で……あんなっ……」
「──そうだぞ、“東條”。心配させやがって」
「……ふふっ、ごめんな、えりち……“ゆーまっち”。ことりちゃんと海未ちゃんもありがとね」
「いえ!希ちゃんが無事でよかったです!」
「はい。安心しました」
2人も笑みを浮かべた。
「そうだ、希。貴女の家に行って着替えとか取ってきたから。勝手に家に上がっちゃってごめんなさい」
「……え?着替え…?」
「優真先輩、伝えていないのですか?」
「……あ。忘れてた。お前、様子見のために2、3日入院だから」
「えぇ!?なんで先に言わんやったん!?」
「ごめん、完全に忘れてた」
「……ゆーうーまーくーん…?」
「ご、ごめんって絢瀬……」
俺たちのやりとりに、場の空気が少し明るくなった。
それからしばらく談笑した後、俺たちは帰ることになった。
「…じゃあ、明日もまた来るから」
「うん。みんな、今日は本当にありがとな」
そして俺たちは、病室を後にした。
▼
それからしばらく経って、いざ病院を出ようとした時のこと。
「あ!ごめんなさい!私、病室に忘れ物しちゃった!」
「ことりちゃん?」
「先に行っててください!すぐ戻ってきますから!」
ことりちゃんはすぐに走って戻って行ってしまった。
「……どうしたんだ?ことりちゃん」
「──優真くん」
「ん…?絢瀬?」
「──少し、話があるの」
▼▽▼
みんなが帰った後、私は今日のことを思い出していた。
私はまた、彼に嘘をついた。
それが、苦しかった。
でも。やっぱり彼には伝えられない。
──“誰かにチクれば優真を嵌める”。
そう言われていたなんて。
私を襲おうとしたのは、荒川くん。
でもその裏では、光梨ちゃんが糸を引いていた。
理由はわからないけど、きっと2人は協力しあえる理由があったんだと思う。
私にとって、一番大切な時間。
それは、優真くんと過ごす何気ない日々。
私のせいで大切な彼が傷つくことの方がよっぽど嫌だった。
──私が我慢すれば、済むことだから
あの日のことを思い出すと、今でも体が震える。
でも、今は不思議と大丈夫だった。
理由は、多分わかってる。
右手に残る、わずかな温もり。
──ずっと、握っててくれたんだ……。
そう考えるだけで、不思議と暖かい気持ちになる。
……ダメやなぁ、“東條”がこんな気持ちになっちゃ。
彼への思いを捨てて、彼を支え続ける。
“希”ではなく、“東條”として。
それがあの日立てた私の誓い。
だから、ダメなんだよ
──────
彼を傷つけた私に
そんな資格はないから
─────コンコンッ
その時、控えめなノックと共に扉が開く。
「……ことりちゃん?どうしたん?」
「……ちょっと希ちゃんと話したいことがあって」
そしてことりちゃんは気まずそうに──それでも確固たる意志を持って、私に問いかける。
奇しくもそれは私が自分に問いかけていたものと
全く同じで
「──希ちゃんにとって
──
あと少し、この話が続きます。
重い話が続いて申し訳ございません汗
今回もありがとうございました!
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