30話 渦巻く思い
荒川翔太。俺の中学時代の友人で、学業優秀、スポーツ万能、ルックスも良しで先生からの人望も厚いと外面だけ見れば完璧だった。
──────しかしその内面はゴミクズ野郎だ。
自分より他人が目立つこと、褒められることを良しとせず、気にいらない奴はあらゆる手段で潰す。常に自分がNo. 1じゃないと気が済まない。
そんなエゴイストの塊が、荒川翔太という奴だ。
いつしか俺も、荒川の処分対象になっていた。
そしてどうなったか────思い出したくもない。
中西光梨。俺の中学時代のクラスメイトで…希の友人。…と思っていたが、今日の反応を見る限り、違っていたのかもしれない。
どちらも、希の心に癒えない傷をつけた奴ら。
でも────俺にそれを糾弾する権利は、無い。
俺は今日、心の中で希が助けを求めていたことをわかっていて、それを突き放したのだから。
俺も─────────あいつらと同罪だ。
本当に……最低だ。
▼▽▼
ことりが病室へ戻った後、私、園田海未と絵里先輩と優真先輩は一度病院内へと引き返しました。
今は病院のロビーのテーブルに、3人で向かい合って座っています。
きっと絵里先輩は、あの話をするつもりなのでしょう。
私はあの日…初めて優真先輩と作詞をしたあの日、希先輩と優真先輩の過去について少し話を聞きました。
てっきり絵里先輩は知っているものと思っていましたが……。
きっと優真先輩も、隠していたわけではないと思います。これは自分だけの問題でなく、希先輩との問題であると考えていたのでしょう。
だからきっと、私の時みたいにきちんと聞けば答えてくれるはず。
そんな考えが私の中にありました。
「───────で、話って何?」
優真先輩が絵里先輩に問いかけます。
その声は心なしか荒んでいるように聞こえました。
「─────貴方と希の関係を知りたいの」
「……どうして?」
「……今まで私は敢えて2人の関係を知ろうとしなかった。…でもやっぱり嫌なの。2人のこと、ちゃんと知りたいの。今日みたいに、友達が苦しんでる時に何もできないのは嫌だから」
優真先輩が私に視線を送ります。
『何か話したの?』という事でしょうか。
私はゆっくりと首を横に振ります。
「……突然だね」
「いい機会だと思わない?」
「……今まで聞かなかったのに?」
「聞かなかったからこそ、知りたいの」
絵里先輩の意思は、固い。
そして気になるのが優真先輩の様子。
先ほどから表情が暗い…。
物思いに耽っていて、まるで私たちの事など眼中にないかのよう。
「……そんなに知りたいの?」
「ええ」
「……聞いてて気持ちがいい話じゃないよ?」
「覚悟してるわ」
「…………」
やはりおかしい……。
先ほどから優真先輩は私達と全く目を合わせようとしません。
優真先輩が抱えている感情は…何でしょうか…?
何かに、怒っている…?
そして優真先輩が口を開く。
「──────“希”は俺の大切な人だよ」
「っ……!」
なっ……!
そんな言い方では絵里先輩に伝わるわけがないでしょう…!?
勘違いを生むだけ……いや、
“わざと”……?
やはり優真先輩の様子がおかしい。
「優真先輩、その言い方はっ…!」
「──────何かおかしい事言った?」
「っ……」
「どこか間違ってた?ねぇ、海未」
「…海未、貴方知ってたの?」
ここで嘘は…つけない。
「……はい、以前教えてもらいました」
「海未には聞かれたから話した。
何も嘘はついてないよ?…だよな、海未」
「っ……ですがっ…!」
「…………大切な、人って……?」
「───────言葉通りの意味。
────────それ以上でもそれ以下でもない」
「…………」
絵里先輩が明らかに傷ついた顔をしました。
優真先輩、いったいどんな意図があって……!?
「……そう、ありがとう。
──────帰るわ。また明日」
そう言って絵里先輩は立ち上がり、出口へと歩き出しました。
「絵里先輩!?待ってください!……優真先輩!?」
優真先輩は、どこか遠くの方を眺めたまま、動こうとしません。
あの優真先輩が……絵里先輩を追わない……?
本当にどうしてしまったのでしょうか。
普段の優真先輩なら全てを投げ出してでも追いかけるはずです。
……それが絵里先輩なら尚更。
絵里先輩を傷つけて、一番苦しいのは
──────あなた自身でしょう?
「優真先輩!?どうしてしまったのですか!?」
「───────俺何か悪いこと言った?」
その言葉に……怒りが込み上げました。
「あなたという人は───────!!」
感情のままに先輩の胸ぐらを掴みます。
そしてそのまま手をあげようとした時──────
彼は────────笑った。
「──────悪い、海未……。
俺もいろいろ………限界なんだ……」
「────────!」
そう、だ……。
私はなんて愚かだったのでしょう。
今日の事で一番傷ついたのは、優真先輩のはずなのに。
そんな事にも気づかず、私は……!
「……申し訳、ありません…」
「俺の方こそ、ごめんね……。絢瀬にも海未にも、悪い事しちゃったな……」
優真先輩が浮かべた笑みからは、もはや悲しみしか感じない。
私は……何て事を。
感情に任せて絵里先輩に発破をかけた結果が、これだ。
2人に……何て申し訳ない事を……
自己嫌悪に陥っていたその時。
先輩の手が、私の頭に優しく乗せられました。
「─────君が後悔する事はないよ。
悪いのは俺だ。でも……今日は、さすがに何もできそうにない…。
自分で自分の感情に、整理がつかないんだ……」
……優真先輩…。
私は、そんな先輩に何もしてあげられない。
その時、ことりが病室から戻ってきました。
「ごめんなさいっ!遅くなっちゃって……
…あれ⁇絵里ちゃんは⁇」
「……俺が怒らせちゃった」
「え……⁇追いかけなかったんですか⁇」
「……ごめん」
「……そう、ですか…」
やはりことりも優真先輩がそんな事をするなんて信じられない様子。
「……さて、帰ろうか。送ってくよ」
優真先輩は笑顔を浮かべましたが、やはりその笑顔からは無理が伺えます。
そして私たちは後味悪く、病院を後にしました。
▼▽▼
希……東條が入院してから一週間が経った。
次の日は一人暮らしの東條の代わりに絢瀬と2人で先生に入院の報告と医師の診断書を見せに行ったのだが、その間、会話は全くなし。俺が話しかけようとしても生返事で返される始末。
ここまで拒否されると、さすがにこたえる。
そしてもっと大変だったのが、東條が倒れたと聞いて俺たちに説明を求めてきた穂乃果達への説明。俺が部室に入ってくるなり雪崩のように5人で俺に押し掛け、説明を要求された。俺が口を開こうとしても5人は聞く耳を持たず、さすがに我慢の限界が来てガチモードで説教をして5人を2時間正座させたのはきっといつか笑い話になるだろう。
東條は2日で無事退院し、普段通りに学校生活を送れている。
俺との接し方も今までと変わらずだ。…ただ、東條は絢瀬と普通に接しているが、絢瀬の方は東條は少し避けているように感じる。
何も滞りなく日常が回っているように見える。
─────所々歯車は軋んでいるけれど。
そして一週間後の今日は……
そう、μ'sの運命を決める日だ。
「make…作る…cook…料理する…play…遊ぶ…」
「凛、俺の聞き間違えじゃなければそれは中学校一年生で習う単語なんだが……」
「だああああうるさいにゃ!頭から抜けるでしょ!?」
「逆に今この時点で頭にその単語が入ってないことが驚きだよ!」
「だ、大丈夫だよお兄ちゃん……一週間、凛ちゃんも頑張ったんだから」
テスト期間中、μ'sは朝練を中止している。
というわけで、俺と凛と花陽は久々に3人で通学している。
「demand…要求する…expect…予測する…oppose…反対する…」
「お、少しレベル上がったじゃねぇか」
「でしょ!凛だってやればできるもんねー!」
「あ、優真くん!凛ちゃん花陽ちゃん!」
その声に前方を見ると、いつもの二年生3人組がこちらへと歩いてきていた。
「おはようございます、優真先輩」
「おはよ、ことりちゃん、海未。
……穂乃果、大丈夫か…?」
「……7×3=21……7×4=28……」
「……なんで九九を唱えているんだこいつは…」
本気で頭を抱えたくなった。
「だ、大丈夫だよ優真くん……一応、公式とかは暗記させてあるし…」
「……そうか。お先真っ暗に見えるけどな……」
本当に大丈夫か…?
これで『ラブライブ!』に出れないとか恥ずかしいぞ……?
……あ、俺?
もちろん抜かりない。クラス一位狙います。
▼
そしてさらに一週間後。
テストも終わり、今日は全ての科目が返却される日。
穂乃果と凛と矢澤はもちろん、他のみんなも何かやらかしたのではないかと心配していたが、俺は正直爆弾3人組以外は大丈夫だと思っている。
問題はその3人組……テストが終わって最初の部活では穂乃果は顔面蒼白、凛は涙目で体を震わせ、矢澤は仏のような顔をして部室へと入ってきた。
……大丈夫だろうか。
そして今部室には、例の3人以外が揃っている。
テスト返しは放課後一人一人、まとめて行われる。
あとは静かに───────待つだけ。
「…………大丈夫でしょうか…」
「………………多分な」
「あぁぁぁ…凛ちゃん、どうなったのかなぁ……」
「わ、私たちがどうこう言ったってしょうがないでしょ!落ち着きなさいよ。まったく!3人とも遅いわね!」
「……真姫ちゃんがさっきから一番落ち着きがないんじゃ…」
今部室には、言いようのない緊張感が漂っている。
全員が落ち着きがない。
気持ちもわかるが……
その時
部室のドアが開く
全員が思わず息を飲む
「お邪魔するでー♪どーやった?」
だはーーっ。
全員がため息をつく。
花陽に至っては緊張しすぎてて椅子から倒れてるし。
「もう!希先輩!驚かさないでください!」
「え、真姫ちゃんなんでそんな怒っとるん!?
っていうかみんな反応ひどくない!?」
「希ちゃぁん……うぅ…びっくりしたよぉ〜」
「花陽ちゃん、泣かないで……(チラッ」
「いや、ことりちゃんなんでそんな目でウチをチラ見するん!?悪くないやん!」
「…まだ誰も来てないよ。みんな緊張してたんだ」
「あっ……それは、悪いことしてもうたね…」
俺からの指摘に、東條は気まずそうに笑った。
「あれ?希ちゃん来てたのかにゃ?」
東條の後ろから、凛が入ってきた。
「!! 凛ちゃぁん!!どうだった!?」
「ちょ、かよちん当たり強いにゃあ……
えへへー!見てみて!この点数を!」
じゃーん、と凛が俺たちにテストをかざす。
音ノ木坂の赤点は、40点以下だ。
凛のその点数は……
「38……?」
「嘘……凛ちゃん……」
「ダメだったのぉ!?」
「違う違う!よく見てよ!横棒が引いてあるでしょ!?」
「ん……あ、本当だわ。
……41点?」
「ということは…!」
「ギリギリセーーーフ!」
わぁ、っと部室で歓声が上がる。
「お前……ギリギリじゃねぇか」
「や、本当ビックリしたよ!最初もらったら38って書いてあってヤバイーー!って思って!
で、頑張って頑張って採点ミス探したの!
そしたら……」
「……あったの?」
「うん!3点問題のところ!」
「ほわぁ〜……」
「きわどすぎるわよ……」
「まぁ赤点回避は赤点回避!頑張ってよかったにゃー!」
「本当、奇跡やなぁ」
「盛り上がってるわね」
次に部室に入ってきたのは、矢澤だった。
「にこ先輩!どうでしたか⁇」
「ふふん、この天才アイドルにこにーが、期末テスト如きでコケるはずが無いでしょ!」
そう言って矢澤はテストをテーブルに叩きつけた。
「…!すごい!赤点回避どころか……」
「82点!普通に高得点だにゃ!」
「にこっちすごいやんっ!」
「当然でしょ!私に不可能はないわ!」
「……矢澤」
「……何よ朝日」
「───────誰のをカンニングしたんだ?」
「してないわよ!!失礼にもほどがあるわ!」
「今ならまだ間に合う。一緒に職員室へ行こう」
「してないって言ってんでしょうが!!」
「うぅ……にこっち……ウチはそんな子に育てた覚えは無いで……?」
「アンタに育てられた覚えもないわよ!!
……ったく。
にこには最高の先生が“3人”も付いてたのよ?
逆にこのくらい取れない方が申し訳ないわ」
「……ん?3人?」
「……絵里よ」
「えりちが……?」
「放課後、μ'sで勉強した後、家では絵里に質問してたのよ。
──────私たちのこと応援してたわ」
「……絢瀬…」
俺とあんなことになってからも、μ'sを応援してくれてたのか。
その優しさを考えると、やはり胸が苦しくなる。
「はぁ…はぁ……遅くなってごめんね!」
最後に入ってきたのは穂乃果だった。
「穂乃果!どうでしたか?」
「凛は大丈夫だったよ!」
「アンタ私たちの努力を無駄にするんじゃないでしょうね!?」
『どうなの!?』
「うぅ……もう少しいい点だとよかったんだけど…
──────────じゃーん!」
穂乃果が見せた点数は……53点。
そしてみんなに笑顔でピースする穂乃果。
「やったぁぁ!これで全員赤点回避ですっ!」
「おめでとう、穂乃果ちゃんっ!」
「えへへー、みんなのおかげだよーっ」
「……“ゴミ”みたいな点数だな」
「あ!優真先輩ひどい!頑張ったのにー!」
「いや、“5、3”みたいな点数って」
「おぉー!優真先輩、褒め上手ですね!」
「どう考えても褒められてないわよ、穂乃果先輩」
「さぁ!これで『ラブライブ!』に出場だよ!
これからもーっと練習、頑張ろうね!」
穂乃果の満面の笑みに、みんなもつられて笑顔になる。
色々あったけど、こうして課題は突破した。
あとは『ラブライブ!』に向けて全力で努力するだけだ…!
「よし、理事長に報告に行こう!」
▼
そして俺たちは理事長室へと向かった。
穂乃果がノックをする。
「……あれ?」
返事がない。
そしてドアを少し開くと中の会話が聞こえてきた。
「そんな……!説明してください!!」
中から聞こえたのは絢瀬の叫び声。
「絵里先輩…?」
「ごめんなさい…。でもこれは決定事項よ」
続いて聞こえたのは、理事長の諭すような声。
そしてその口から───────
衝撃的な言葉が紡がれる
「音ノ木坂学院は──────────
来年度より生徒募集を取りやめ
──────────廃校とします」
早く絵里を助けてあげたくて駆け足で投稿しております笑
今回もありがとうございました!
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