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32話 Venus of AquaBlue 〜ユキドケ
穂乃果たちにダンスの指導を頼まれた夜。
私、絢瀬絵里は1人で考えに耽っていた。
考えているのはもちろん、放課後に真姫から言われたあの言葉のこと。
───本当にやりたいことはなんですか?───
私の本当にやりたいこと。
あれからずっと考えているが、答えは出ない。
もちろん、廃校を阻止したい。学校を救いたい。
この気持ちに嘘はない。
ただ……今の自分では、それが自分の“意思”なのか、それとも生徒会長としての“義務”なのか…判別ができない。
だからきっと……これは違う。
こんな風に悩んでる時点で、きっとこれは“本当にやりたいこと”じゃない。
だったら─────────
もう、一つしかないじゃない。
初めて穂乃果たちのライブを見たとき、不思議な感情が心の中に渦巻いた。
バレエを本格的にやっていた私からしたら、3人は動きがぎこちなく、ダンスはところどころずれていた。歌声も…それに関しては素人の私でもわかるくらい、疲労をにじませていた。
これが発表会でのステージなら評価にも値しない。
そんな出来だったのにも関わらず……
彼女たちからは、目が離せなかった。
お世辞にも上手とは言えない彼女達のステージの中に、確かに感じたのだ。
言葉にはできない…不思議な魅力を。
彼女達は輝いていた。
限られた時間の中を輝く、“アイドル”だった。
──────あぁ、なんで眩しいんだろう。
そんな彼女達を見て、何も感じなかったといえば嘘になる。
私はあのとき確かに感じた。
憧れ───────“光”を。
私も─────あんな風になれたら。
そう思って一瞬緩んだ口元を、あの2人に見られていたのは恥ずかしい思い出だ。
───────あぁ、私はやっぱりアイドルを
────それでいいの?
まただ。
私が踏み出そうとする一歩を妨げる、声。
───────私は生徒会長。
個人の感情で動いていい立場じゃないでしょう?
私には、その“義務”がある。
私の前に進もうとする足は、いつも“義務”のイバラに足を絡め取られる。
そしていつもの私なら考えることをやめ、生徒会の仕事へと逃避する。
───────でも今日はそれじゃダメ。
そんな甘ったれた自分の心を切ってくれた、1人の後輩の気持ちに応えるため。
自分の心と───────向き合う。
もう中途半端は嫌だから。
目の前に広がるのは2つの扉。
1つは“意思”。その先に広がる景色も、扉の開け方も、今の私にはわからない。
もう1つは“義務”。生徒会長としての責任を果たすべく、1人で廃校阻止に向けて戦い続ける。
───────“1人で”。
その言葉が、私の胸に刺さる。
───────また私は、“独り”になるの?
嫌だ──────独りは、嫌だ
そんなとき思い出したのは、“彼”の言葉。
『俺はお前の味方だ』
その言葉は、私の冷たい気持ちを優しく包む。
『もっと俺たちを頼れよ』
その言葉が…暗い孤独の闇の中の私に手を差し伸べる。
その手を掴もうとしたとき───────
私は思い出す
『─────“希”は俺の大切な人だよ』
─────────!
その言葉で、私の心を包んでいた温もりは一瞬で遠ざかっていく。
彼はあのとき確かに、“希”と言った。
希を……大切と言った。
あぁ、やっぱり……。
2人の間に何かがあるのは知っていた。
やっぱり、そういうことなんだ…。
2人は、恋人同士なんだ。
それでも私を仲間外れにしないように今まで気を遣ってくれてたんだ。
私は2人にとって……邪魔者だ。
優真くんの方は何も思ってなくても、希の方はきっと思っているに違いない。
だって、彼氏と仲良くしてる女子なんて見たくないはずだから。
だから私は今、2人と距離を取っている。
私に気を遣って欲しくはなかったから。
それが……2人のためだと思うから。
でも、それを認めようとすると──────
なぜかとても悲しくなる。
どうしてだろう。
私の大切な2人が両思いなことは、喜ばしいことなのに。
───────どうしてこんなにモヤモヤするの?
また悩みの種が一つ増えた。
それどころじゃないのに…。
結局その日は2つの悩みに押し潰され、襲ってきた睡魔に身をまかせることにした。
▼
2日後の放課後。早速μ'sのダンスを見ることになった。あらかじめにこにダンスの振り付けをある程度教えてもらっている。
希とは彼女が退院してから、気まずい状態が続いている。…最もこちらが一方的に避けているだけなんだけど。
そんな希と一緒に私が屋上に上がると、そこには既に皆の姿があった。
「あ!絵里先輩!希先輩!こんにちは!」
「こんにちは、穂乃果ちゃん♪」
「……来てくれてありがとな、絢瀬」
「……いえ、頼まれたことだから」
優真くんが声をかけてくれたけど、その返答は自然とぎこちないものになってしまった。
この対応は、きっと優真くんを傷つけているはず。
そう思うと、ますます自分が嫌になる。
「……さ、絵里も来てくれたし、ダンスを見てもらいましょ」
にこの声に全員が動き出した。
──────切り換えなくっちゃ。
請け負った仕事、やるからには……全力で。
そして曲が始まった。
一番までの通しが終わり、みんなが一息つく。
希はいつものように笑顔を浮かべていたけど、私と優真くんの表情は暗い。
……確かによく出来ている。
このまま練習を重ねれば、人前に出せるものにはなるだろう。
───────でも、“それだけ”だ。
昨日にこが私に言ったことと同じ。
この完成度なら……“大成功”にはならない。
“可愛いスクールアイドルがいたな”くらいの印象にしかならないだろう。
一通り踊りを見て気づいた改善点、それをとりあえず伝えなきゃ。
「「海未」」
隣にいた優真くんと声がハモった。
お互い顔を見合わせる。
そして、優真くんが笑顔で顎を前に軽く突き出した。
『頼んだ』ということだろうか。
私はそれに頷き、言葉をつなげる。
「……海未、貴女の踊りはとても綺麗よ。
ただ……“綺麗すぎる”の」
「綺麗……すぎる……?」
「一つ一つの動作が丁寧なところは貴女の長所。ただ、丁寧になりすぎて、動作と動作の間に若干の“タメ”が入ってる。そのタメが重なって、全体でみると少しズレて見えるのよ」
「……考えたことがありませんでした…」
「貴女は武道もやっているから。きっとその癖が自然とダンスにも出てしまってるのよ。だから、次からは“繋ぎ”を意識してみたらどうかしら」
「……はい、ありがとうございます!」
「そして穂乃果。貴女は逆よ」
「うえぇっ!?」
「踊りを流れに任せすぎ。もっと一つ一つの動きにメリハリをつけないと。貴女はセンターなんでしょう?1番目に入るポジションなんだから、細かいところを意識しないとダメよ?」
「……はい!頑張ります!」
「そして凛」
「え、凛?」
凛もまさか自分が言われるとは思ってなかったのか、意外な表情を浮かべている。
「貴女のダンスは確かにキレがあるけど、それは下半身だけ。ステップや足の動きの完成度はみんなの中ではトップレベルよ。
ただ、上半身が疎かになってはダメよ。
しっかりと手の動きも意識しなきゃ」
「手の……動き……」
「ダンスで“魅せたい”なら、体全体で表現しなきゃいけない。今の凛の状態だと、足だけが際立って、全体的に見ると少し崩れて見えてしまうの」
「全然思いつかなかった…ありがとうございますにゃ!」
「真姫と花陽は、笑顔ね」
「笑顔、ですか……」
真姫が真剣な表情で私の言葉を反復した。
「笑顔だって重要な表現よ。どれだけダンスが上手でも、笑顔がなかったらそれだけで評価が下がってしまうもの。
私がしてたバレエは笑顔を作らなきゃいけなかったけど、貴女たちならそんなことしないでも笑顔はできるはずよ。
今まで通り思い切り楽しんで──────」
───────思い切り、楽しむ。
その言葉が、私の心のどこかに引っかかる。
楽しむ……?
廃校がかかったこの現状を?
……いや、その現状を打破するために、楽しむ?
──────────すなわち
──────大切なのは、“楽しむこと”
「……絵里先輩?」
花陽に声をかけられて、私の意識は現実へと戻る。
「……あぁごめんなさい。だから、笑顔を忘れないでね」
「「はい!」」
真姫と花陽が元気よく返事をした。
「……ことりとにこは特に目立って気になったところはなかったけど…ことり、貴女は全体的に完成度を高めていかないと、周りのみんなから少し浮いて見えてしまうわ」
「はいっ!わかりました!」
「にこも強いて言うなら…そうね、手の動きの時に、指先まで意識するようにすればもっと完成度が上がるかもしれないわね」
「指先まで……わかった、やってみるわ」
「そして全体的な評価だけど………」
そこで敢えて言葉を切った。
メンバーの視線が私に集まっているのがわかる。
ここでお世辞を言ってもみんなのためにならない。
だから──────────
「───────正直、想定以下だわ」
「……!」
私の言葉に、一斉に険しい顔になるμ'sメンバー。
私はそれに怯むことなく言葉を続ける。
「理事長室に飛び込んで、あれだけの啖呵を切ったんだから、もう少し勝算があるのかと思ってたけど……違ったみたいね。
今のままじゃ、ライブは成功しない。
───────奇跡なんか、起こせない」
最後の語尾だけ、強い気持ちを込めて告げた。
私の言葉を聞いたみんなの表情が暗くなる。
……覚悟はしてた。みんなを傷つけるつもりで言ったから。
嫌われても構わない。
ただ、それでも私は貴女達に─────
───────期待してるから。
「……絵里先輩」
穂乃果が私に声をかけた。
どんな批判も、受け止めるつもり。
しかし穂乃果の口から放たれたのは、私にとって予想外のものだった。
「──────ありがとうございました!」
『ありがとうございました!』
周りのみんなも、穂乃果に合わせて私に礼をする。
……どうして?
「……辛く、ないの?」
「えっ?」
「…………あれだけ私に酷いこと言われて、どうしてまだ前に進もうとすることが出来るの?」
「……へへっ。
──────やりたいからですよ!
確かに絵里先輩の言葉はきつかったですけど、それを聞いて今私、もっと練習したい!って思うんです!
もっと練習して、もっと上手になって……
絶対オープンキャンパスを成功させたいんです!
方法は違うけど……
廃校を阻止したい気持ちは、絵里先輩にも負けません!」
「……!」
わかっていた。聞くまでもなかった。
今更彼女達を動かす原動力なんて、分かりきっている。
やりたいことを、やること。
大切なのは───────楽しむこと。
その2つが私の頭の中でグルグルと回る。
そして不意に、穂乃果から手が差し出された。
「絵里先輩、μ'sに参加してくれませんか?」
「……私が…?」
「はい!先輩の指導は的確で…いや、そんなことよりも!
私は先輩と、アイドルがやりたいんです!」
満面の笑みで、穂乃果は私にそう言った。
その誘いに……思わず飛びつきたくなる。
でも此の期に及んで、まだ迷っている。
私を縛り付ける“義務”は、まだ私に答えを出すことを許さない。
「─────ごめんなさい。
私には、そんな時間はないから」
それだけ言い残して、私は屋上から飛び出した。
▼
あぁ、またやってしまった……
もう自分自身が嫌で仕方なかった。
そして階段を降りて、生徒会室へ戻ろうとした時。
「いつまでそうしてるつもり?」
「希……」
階段の上から、希に問いかけられた。
「……いっつも思ってた。えりちは“本当は何がしたいんだろう”って。
──────えりちが必死になるのは、いっつも誰かのためで、自分のことは全部後回しにして……」
階段を下りながら、ゆっくりと希は言葉を紡ぐ。
そして2人が───────向かい合う。
「……もうわかっとるんやろ?
理事長がえりちを認めなかった理由。
“義務”じゃなにも変えられんことは……!
だったらどうして1人でいようとするん!?
どうすればいいかなんて、えりちなら最初からわかってたんと違う!?」
希がここまで感情を露わにしたのは、初めて見た。
私はそれを見て途轍もなく罪悪感に苛まれた。
そして希は───────こう言葉を閉じる
「────えりちの“本当にやりたいこと”は?」
私の“本当にやりたいこと”。
ここ数日間で、何度も問われた言葉。
ある時は他人から、またある時は自分自身から。
そして今、希からトドメのようにその言葉は放たれた。
そろそろ決断をしなければならない。
─────否、最初から決まっていた。
自分の義務感がそれを認めようとしなかっただけ。
私の“本当にやりたいこと”
そんなものは──────最初から
あの子達の初めてのライブを見たあの日からずっと
……でも
「───────なによ」
それでも
「──────何とかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!!」
溜め込んでいた感情が一気に溢れ出す。
「私だって、やりたいことだけやってなんとかなるならそうしたいわよ!!
でも!そうはできないから!!
誰かがやらなくちゃいけないからっ!!」
昂った感情が、涙になって瞳から溢れる。
抑え、られない。
「自分がやりたいことなんて最初からわかってた……!
でも私は不器用だから……!
散々あの子達に酷いことをして、あの子達を傷つけた私が!!
─────今更アイドルを始めたい
なんて、言えると思う……?」
“アイドル”をやりたい。
今初めて口にした、私の夢。
希は私のそんな叫びを、悲しげな瞳に涙を浮かべて聞いていた。
そして今、希は目を唇を固く引き結び、何かを堪えるようにしている。
そして希は目を見開き、口を開いた────
「──────だったら思ったようにやればいいじゃない!!」
「……え…?」
「えりちはいっつもそう!辛いことは全部自分の心の中に溜め込んで、自分を傷つけながら誰かのために頑張って……!どうして全部1人で何とかしようとするの!!」
「……希…?」
何かが…違う。これは本当に希……?
いや、これが本当の……?
「そんなえりちを見て、私達がどれだけ心配してると思ってるの!?いっつも私が辛い時に手を差し伸べてくれるえりちは…私の手を取ろうとはしてくれない……
もっとワガママになってよ…!
私達に迷惑かけてよ!
何でもかんでも1人でやろうとしないでよ!!
……私達を……頼ってよ……」
そこまで言い切ると、希の瞳からも涙が溢れた。
“私達”。
その言葉にはきっと、彼のことも含まれている。
でも、2人は……
「違うよ、えりち」
「え……?」
「えりちは私にとって大切な友達…。ずっと一緒にいたいって思える、大事な親友。
えりちが邪魔だなんてコト、絶対にありえないよ?」
希は笑う。そしてこう続けた。
「────だから、もう一人でいようとしないで。
ずっと一緒にいよ?
そして……一緒にえりちの夢、叶えよ?」
希はそう言って私に手を差し伸べる。
─────全て私の勘違いだった。
私は今まで……2人になんてことを…!
そんな私にでさえ、手を差し伸べてくれる希。
なんて優しいんだろう。
でも私に……その手を受け入れる資格は、ない。
私は希に背を向けて走り出した。
「えりち!」
希が私を呼ぶ声が聞こえたが、それでも私は足を止めない。私はこの場から…希から逃げ出した。
「失敗しちゃったなぁ……」
希が1人呟く。
そして振り返りそこにいるはずの人に声をかける。
「──────ごめんね、優真くん」
その呼びかけに応じて、柱の影から優真が現れた。
「……いつから気づいてた?」
「最初からずっと。君は必ず来てくれると思ってたから」
「……そっか」
「……馬鹿だよね。感情的になって、自分の考えを相手に押し付けて……。えりちが自分の思いを口にした時…そこでやめるべきだった。
でも……どうしても我慢できなくなっちゃって……えりちを、傷つけた」
こぼれそうになる涙を必死にこらえて、希は言葉を続ける。
「……一番笑っていて欲しかったのに………本当に大切な友達なのに……うぅっ……私は…えりちに…ひどいことを……」
そこまで聞いた優真は、ほとんど反射のように体を動かした。
優真は希に歩み寄り、希の頭に手を乗せ、そのまま希の首を曲げて自分の胸に希の額をトンっと当てた。
「……思い切り泣けばいい。お前の涙も思いも、俺があいつにぶつけてやる」
優真は思う。
これは罰だ、と。
2年間、絢瀬と本当に向き合うことを恐れ、逃げ続けた俺たちへの罰だと。
希はそれと向き合った。今度は────俺の番だ。
「うぅぅ……わぁぁん……」
小さな嗚咽を漏らしながら希は涙を流した。
優真はその涙と、希の小さな体に抱えた大きな思いを一緒に背負うように、ただ希の嗚咽を聞いていた。
次回で絵里加入編、完全決着です!
三章もあとわずかになりました。
最後までお付き合いよろしくお願いします!