42話【Days.2-1】開講!園田式鍛錬塾!
「これが今日の練習メニューです!」
時刻は午前9時、合宿は無事に2日目を迎えた。
朝は希といろいろあったが、あれから何事もなく別荘へと戻ったので特に誰かに問いただされることもなかった。
そして俺たちの目の前では海未が嬉しそうに練習メニューが書かれた紙を張り出していた。
「遠泳……10キロ…?」
「せっかくの海です、これで全身持久力を鍛えましょう!」
「ランニング……10キロ……」
「砂浜は足を取られやすいので下半身強化につながります!これを活かさない手はありません!」
「腕立て腹筋背筋……20回×20セット…」
「最近はダンスの練習に時間を割くことが多くて基礎筋力をつける時間が取れていませんでした。ここらでしっかりとやっておこうかと!」
練習メニューを語る海未の瞳はキラキラと輝いている。本当に練習したかったんだな……でも。
「厳し過ぎだよ!海未ちゃんっ!」
「そうだにゃ!凛達アスリートを目指してるわけじゃないにゃ!」
声を荒げて意を唱えたのは穂乃果と凛。
他のメンバーも不満は上げないが、その表情は苦笑いだ。
「何故です!練習が嫌だというのですか!?」
「量だよ、量!どう考えても無理でしょ!」
「これでも減らした方なのですが……」
「これで減らしてたノォ!?」
「ははは、これでバイクがあったらトライアスロンだな」
「……優真…貴方自分がやらないからってそんな軽口を……」
「まぁそう文句言うなよ、穂乃果、凛。
俺はその練習メニュー賛成だけどな」
別に海未に助け舟を出したわけじゃない。
俺は俺なりの考えを持って海未の意見に太鼓判を押した。
「えぇ優真先輩!?なんで!?」
「こんなの出来ないよ優兄ィ!」
「出来る出来ないかなんて聞いてない。
──────やるしかないんじゃないのか?」
雰囲気を変えた俺を見て、周りの空気が少し張り詰める。
「優真くん……」
「今までだってそうだ。出来ないことを俺たちは全力でやり遂げてきた。その結果が『ラブライブ!』出場圏内まで進めて、この間廃校延期を勝ち取った俺たちだ。
たとえ一見不可能に思えることでも、一生懸命我武者羅にやることで俺たちはここまで来たんだ。
俺はこのメニュー、『ラブライブ!』はもちろんナツライブで戦うために合理的だと思ったんだけど。
それがまさか……穂乃果の口から“無理”なんて言葉が出るとはなぁ?」
「っ……」
名指しされた穂乃果の表情が少し歪んだ。
「いつから俺たちは妥協していいような身分になった。
廃校延期が俺たちの目標か?違うだろ。
──────気が緩んでるんじゃねぇのか?
目標を見失って現状に満足してどうする。
俺たちの最初の目標は、今よりもっと遥かに高いんだ。この中にもいるだろ、練習を妥協しようと思ってた奴が。
たかがきつい練習ごときこなせないで何が廃校阻止だ、何が『ラブライブ!』だ。
そんなこと考えてるやつは練習なんてするな
目標を見失って現状に甘んじるお前達に────
ステージに立つ資格なんてない」
『……』
俺の言葉に言い返すことなく、全員が俯いた。
何か思うところがあったのだろう、その表情は暗い。
……きつく言い過ぎたか。
……いや、でも信じてる。
こいつらは─────こんなところで…俺の言葉程度で止まらない。
そんな奴らだからこそ、俺は今までついてきたんだから。
そして────────
─────────パチン!
突如鳴り響いた乾いた音に全員が音源の方を向く。
その音の正体は、己の両手の平で自分の頬を叩いた穂乃果だった。
「穂乃果……」
「……ダメだなぁ、私…大切なもの忘れかけてた…
そうだよね、まだまだだよね!」
「……昨日遊んだせいで、気が緩み過ぎてたかもね……そう、私たちの目指す場所はもっと遠くにある。……もう少しで完全に見失うところだったわ」
「そうだよね、絵里ちゃん!
……みんなやろう!練習!もっと上を目指して!」
皆が穂乃果の呼びかけに、強く頷く。
さすがは穂乃果だな。
「優真先輩、ありがとうございました!」
「気にするな。……酷いこと言って悪かった」
「ううん、優真先輩のおかげで大切なこと思い出せました。本当に感謝してます!」
穂乃果は先輩禁止になってから普段は俺に敬語を使わなくなったが、練習中は特別だと言って敬語を使う。本当に礼儀正しくていい子だ。
「そう言ってくれると助かる。
……さて、海未。練習メニューのことだけど、量制限じゃなくて時間制限に変えた方がいい。
時間を決めて、その限られて時間の中で各々の出来る精一杯をこなすことにしたらどうだ?
量制限だとやっぱり運動が苦手な人は無理しすぎて倒れたりしてしまうかもしれないからな。
そして練習と練習の合間に必ず30分以上の休憩を入れろ。
練習全体の指揮は絢瀬と海未がとってくれ。
あと、体調が悪かったりしたら絶対に誰かに報告すること。
……さっき言ったことと矛盾するけど、一番大切なのは君たちの体調だ。無理はするな」
『はいっ!』
元気な声が返ってきた。
その返事に俺は笑顔で応えた。
「よし、みんな、いこう!」
走り出した穂乃果に皆がついていく。
その姿を俺はただ見送っていた。
「……ふぅ」
「……真姫から聞いてたけど、お前のあそこまで真剣な雰囲気初めて見たぜ」
「……あぁ、サトシは見るの初めてだっけか。
俺練習中っていうか真面目な話の時は大体こんな感じだよ。俺自身が意識をしっかりと持てば周りにも伝わるって思ってるから」
「なるほどな。……大変だなお前も。辛いだろ?
みんなに厳しいこと言うのは。本当はそんなこと言いたくないはずなのにな」
……サトシは一見バカに見えるけど、物事の本質を見抜く目は確かだ。そういうのを嗅ぎ分けるのが異常にうまい。
「……これが俺の仕事だから。
練習で得られるものって、体力とかだけじゃないと思うんだ。メンタル……精神を強くするって側面もある。辛い時、緊張した時に“あの時こんなに頑張ったんだから”っていう心の支えになるのは、やっぱり練習量なんだよ。
俺はステージには立てない。
結局俺は一番近いところまではいけるけど、最後はやっぱりみんなに託すことになっちゃうからな。
だから俺にできるのは夢に進むあいつらを正しい方向へ導くことだけ。
そのためなら俺はどんな泥だって被る。
あいつらを……俺を仲間だって言ってくれたあいつらを信じてるから」
「ユーマらしいな。それもお前なりの“優しさ”か?」
「……かもな。さ、俺たちも戻ろうぜ」
「おう!さっさと片付けちまおうぜ!」
俺たちは俺たちの仕事をこなすため、別荘へと戻った。
▼
俺たちの仕事、それはもちろん作詞と作曲……
詳しく言えば編曲のことだ。
今回はいつもとは逆で、真姫が作った曲を俺たちが聞いて俺は詞を、サトシが編曲をすることになっている。
別荘にはなぜか地下にスタジオまで備え付けられていて、俺たちはそこに篭ってそれぞれの作業に没頭していた。
サトシはヘッドフォンをつけて楽器をいじりながらパソコンに向かい合っている。作曲を軽くかじっただけの俺には未知の世界だ。
一方の俺は海未の書き溜めたフレーズノートを見ながら曲に詞をつけていた。
3時間ほど経過しただろうか、俺は大きく伸びをして一息ついた。
「ふぅー……」
「……………………」
サトシは未だに凄い形相で画面と睨めっこしている。普段のボケたところからは考えられない真面目な姿に、俺の気も引き締まる。この姿をμ'sメンバーが見たらきっとサトシに関する印象は変わるだろうな……
「………………ふぅ」
「お疲れ、サトシ」
「ん、ユーマ。もう終わったのか?」
「んや、あと少し。ちょっと休憩」
「そうか。……相変わらず真姫はすごい素材を持ってくるよな。編曲する甲斐があるぜ」
「全くだ。おかげで半端な歌詞は付けられねぇよ」
「そーだな。……ところでアレは決めたのか?」
「……アレは俺だけで決めていいことじゃないからな。みんなに話してから改めて決めようと思って」
“アレ”とはナツライブで歌う楽曲のことだ。
もちろん今俺たちはそのための楽曲を作っているわけだが……
ナツライブで1グループに与えられる時間は、“12分”。つまりMCや繋ぎを加味して約2曲分の時間が与えられるのだ。
その中で一曲しかやらない、と言うのはやはりインパクトに欠ける。だからと言って今から二曲完成させるというのも、至難の技。そして仮に完成したとしてもそれを発表できるレベルまで持っていけるかどうか。
それより心配なのは……
「みんななら大丈夫だと思うぜ?」
「……へ?」
「みんなの体力のこと心配してるんだろ?」
「……」
そう、メンバーの体力、精神……体調だ。
全てにおいて、やはり一番大切なのは体調。
それを崩してしまったら元も子もない。
そんな風に体を酷使させる選択を取ることは……果たして正しいのだろうか?
その時、入り口のドアが開いた。
「あ、いたいた。2人ともお疲れ」
「ん、矢澤。練習は?」
「休憩中。休憩がてらアンタたちの様子を見に来たの。調子はどう?」
「俺はいい感じ。あと少しで一通り終わってサトシが完成させた曲に合わせて調整を入れるだけだよ」
「悟志は?」
「俺はあと3割くらいかな。真姫の元の出来がいいから弄り甲斐が無くて面白くないぜ。
……誰かさんが作った曲とは違ってなぁ?」
「……ケンカ売ってんのかサトシ。買わねぇぞ」
どう考えても勝てねぇし。
矢澤とサトシが笑う。
サトシが話題に出してるのはもちろん、俺が血反吐吐きながら死に物狂いで作曲した楽曲、“まほうつかいはじめました!”の事だ。
聞くに耐えないレベルだったあの曲を何とか完成させてくれたのが1年の頃のサトシで、それがきっかけで俺たちは仲良くなった。
「懐かしいわね、その話も」
「もう1年経つんだな、あれから」
「そうね……またこうやってアイドルやれるなんて、思ってもみなかった…」
矢澤はそう言って昔を思い出したのか寂しいような、嬉しいような感情が入り混じった小さな微笑みを浮かべた。
「……あぁそうだ矢澤。一個相談があるんだけど」
「? 何?」
「みんなに話したいからみんなのとこ連れてってくれる?」
「ん、わかったわ」
「ありがとう」
「俺も行くぜ!」
矢澤に連れられ、俺とサトシの2人は残りのメンバーの元へと向かった。
▼
「話って何ですか?」
メンバーは別荘の日陰で休憩を取っていた。
俺に問いかけてきた穂乃果の顔色には、若干の疲労が見えた。きっと本気で練習に取り組んでいたのだろう。他の皆にも疲れが見える。皆の意識が変わったことを嬉しく思いつつ、俺は穂乃果の問いに答えた。
「ナツライブの曲の事なんだけど」
「……今作ってるこの曲の事?」
「……それともう一曲別に作って、ステージに立てるか?」
「……どういうこと?」
「1つのグループに与えられた時間は12分。一曲だけだと……」
「……時間が大きく余る。そしてインパクトにもかける、ってことね」
矢澤の問いに俺は頷いた。
話が早くて助かる。俺のその話を聞いて矢澤は顔をしかめた。
「……普通に考えても、現実的な話ではないわね」
「だろ?……どうしたらいいか…」
「────────で?」
「え?」
「─────アンタはどう思うの?」
……俺?
矢澤の問いは俺の表情を怪訝なものにさせた。
「……何で俺?」
「アンタは私たちがやれると思ってるの?
アンタが私達を信じてくれるなら、
私達は絶対にその信頼に応えてみせる。
アンタが信じた私達は無敵よ。
どんな無茶無謀でも、絶対に叶えてみせるわ」
矢澤が俺の目を見て語りかける。
その真紅の瞳には強い“意志”が感じられた。
残りの皆もやる気に満ちた笑顔を俺に見せている。
俺の“信頼”を、君達が信じてくれるなら───
「……わかった、やろう、2曲…!」
さらに強い“信頼”を以って応えてみせる────!
矢澤、そして皆は満足そうに笑った。
「今から新しく詞を作るなんて、間に合うの?」
「心配するな真姫。俺を信じてくれ。絶対に合宿終わりまでにもう1つ書き上げてみせる。
矢澤の言葉を借りるなら
──────君達が信じる俺は無敵だ」
ニタリとした笑みを真姫に返す。
それを見た真姫は苦笑を浮かべた。
「……だからサトシ、真姫。2人は大変になるかもしれないけど…」
「任せとけよ。俺はそのためにいるんだからよ!」
「変な詞を持ってきたら承知しないわよ?」
2人は力強く答えてくれた。
──────決まった。
「ナツライブ、俺たちμ'sは2曲で演る!
全員死ぬ気で頑張るぞ!」
『おぉー!』
やることは大きく増えた。
でも絶対やり遂げてみせる。
俺を信じてくれた皆の期待に応えるため。
作り上げてみせる。新たな曲を。
それぞれの決意を胸に俺たちはやるべきことへと戻っていった。
タイトル詐欺?はて何のことやら……
今回書いていて少し短いかな?と思っていたのですがそんなこともなかったですね笑
最近が長めだっただけで……笑
次回はコメディ回になる予定です!
それと少々宣伝を。
この度新作を投稿させていただきました。
「μ'sic story:From,Love Live!」
短編集で不定期更新になりますが、こちらの方もよろしければ覗いていってください!
今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!