49話 アイ・マイ・ユアーズ
矢澤との放課後を終えた次の日。
昨日出来なかった分の生徒会の仕事を終わらせてからアイドル研究部への部室へと顔を出すと、すでにそこには練習着に着替えた皆の姿があった。
余談だが先日の廃校延期に際して俺たちの貢献が認められ…プラス絵里と希の加入による人数の増加で、部室と隣接していた空き教室を1つ貸してもらえることになった。これで雨の日の練習場所はもちろん、更衣室として使える場所が増えたことになる。
……皆が着替えている間の気まずさからやっと俺は解放されるというわけだ。今まで皆が着替え終わるまで俺は外で待ち、それが終わると入れ違いで俺も更衣を済ませていた。……彼女たちの残り香を感じながら。俺も一応高校生男子、やはり今まで申し訳なさを感じながら着替えをしていたわけで。
───
「おーっす」
「あぁ!優兄ィ!!」
「お兄ちゃああああああん!!」
「うおっ、ど、どうしたんだ凛、花陽」
俺が挨拶するなりいきなり飛び込んできた凛と花陽。特に花陽に関しては酷く興奮しているように思える…何かあったのだろうか。
「A-RISEの綺羅ツバサに会ったって本当!?」
「えっ………あぁ、まぁな」
……言ったのかよ。
若干の不満を込めて元凶の顔を見ると手で小さく『ごめん』のポーズを取った。
まぁ自慢したくなる気持ちはわかるけどさ……
「うあああああん!!いいなあああああ!!
ずるいずるいずるいいいいいい!!!」
「ちょ、叩くな叩くな!地味に痛い!」
「しかも連絡先も交換したって……!本当っ!?」
……そこまで言ったのかよ。
もはや明らかな怒りを込めて元凶の顔を見ると両手を合わせて『マジごめん』のポーズを取った。
こればかりは庇いようもねぇ、おこだわ。
「会ったのもたまたまだし、話したのもたまたまだから。それにあれはにこが……」
『にこぉ!?』
あっ、やばっ。
昨日俺たちは、互いの呼び方を変えて名前で呼び合うこととなった。俺の方は葛藤があって色々迷った上での結果なのだが、もちろんそのことをここにいるメンバーたちは知らない。
だから今俺は────────
何人かのメンバーに完全に包囲されている。
「優兄ィどういうこと!?」
「優真くん……まさかにこちゃんと……?」
「なになに!?優真先輩なにがあったの!?」
「くっ……ま、待て、話すから!ちゃんと話すから!花陽もそれでいいよな!?」
包囲網を掻い潜り、取り敢えず皆を落ち着かせた俺は事の成り行きを皆に説明する。
「……昨日にこと放課後ぶらぶらしてたんだよ」
『にこぉ!?』
「一回一回食いつくのやめてくれないかな!?話進まないから!!……んで、にこが会いたがってた『ミナリンスキー』さんっていうメイドに会いに行っ」
──────ガタン!
大きな音を立てて椅子が倒れた。
その音の主は───────
「──────ことり、ちゃん……?」
「……えっ、あっ」
本人も反射的だったようで、皆の視線が集まっていることに気づいて顔を赤くしている。
「……どうかし」
「ナンデモナイノヨ?」
「……えっ、でも」
「ナンデモナイノヨ。ナンデモナイノヨナンデモ」
……不自然なくらい片言なんだけど。
こりゃあ聞き出そうとしても無理だな。
そう思った俺は追及を止めて話の続きをすることにした。
「……んで、その『ミナリンスキー』さんはいなかったけど、取り敢えずそこでケーキ食って帰ろうとした時……ツバサに話しかけられたんだ」
そこまで語った後、俺の代わりににこが語りだす。
「……あの綺羅ツバサが、向こうから言ってくれたわ。……私達をライバルだと」
『……!』
にこの言葉で皆に緊張が走る。
「そしてこの横のバカが…A-RISEに喧嘩売ったわ」
『えぇ!?』
───『お前達は、“通過点”だ』───
「……わりぃ」
「……でもこのバカはこうも言ったわよ?」
───『俺たちはお前達を“超えて行く”』───
「…優真くん……」
「ビビってなんていられないわよ?」
皆が優しい笑みで俺の方を見てくる。合宿の件で、俺の信頼を彼女たちが力にしてくれるのはわかった。だからそんな風に笑ってくれるのは嬉しい。
嬉しいけど……すごく恥ずかしい。
俺は少し顔を赤くしながら皆の視線から逃げるように顔を背けた。
「さぁ!こうしちゃいられないわ!打倒A-RISE目指して練習よ!」
にこが立ち上がり、皆を練習へと促す。
……なるほど。
「おーっ!頑張ろうみんな!」
『ちょっとまって』
くそっ、引っかからなかったか……
元気よく声を上げた穂乃果とは対照的に冷たく制したのは絵里、凛、ことりちゃん、希の4人。
真姫、花陽、海未は完全に傍観を決め込んでいる。
「まだ肝心なところを聞いてないにゃ」
「結局どうして」
「2人は」
「名前で呼び合っとるん?」
4人は椅子から立ち上がり、俺とにこの2人に詰め寄る。なんで特に悪いこともしてないのにこんなに尋問されてるんだよ……!
「だ、だから深い意味はないんだって!ただ単に呼び方変えただけ!それ以上の意味はないから!な、にこ!」
「……だからなんでそんなに断言するのよ……」
「ん?なんか言った?」
「うるさぁい!!そうよ!私は別にこのバカとは何でもないわよ!!
呼び方を“た・だ・た・ん・に”名前呼びに変えただけ!!」
「え、何でにこまで機嫌悪いの…?」
「鏡見てこいバカ優真!」
「理不尽すぎる……」
本当に理不尽だ。
でもまぁ今の俺たちのやり取りでみんなも自分たちの勘違いだとわかってくれた様子。
それどころか先ほどまでの責めるような目に変わってにこに同情するような目つきなっている。
しかし事はこれでは終わらない。
「ねぇ優真」
「ん、どうしたにこ」
「────絵里と希も名前で呼びなさいよ」
「「「!?」」」
にこの言葉に俺たち3人はビクリと肩を震わせる。
「にこのことも名前で呼ぶんだから、この2人だって呼べるでしょ?」
『おぉー』
希と絵里、そして海未以外の皆もなぜか納得したように感嘆の声を上げた。いや、『おぉー』じゃないんだけど!!
にこの言う事は一理ある…のか?
絵里の方はまだ、いい。2人の時は名前で呼ぶ約束をしているくらいだし……まぁそれにも大きな葛藤があったわけだけど。
問題は、“
今の“
現状、俺は希を意識している。それは間違えのない事実。しかし俺は、それが“どちらの希”なのかがわからない。
そんな状態で希を名前呼びに変えたらまた頭がこんがらがりそうで……
じゃあこの俺の心の葛藤を説明してこいつらに許してもらう?否、そんなことできるわけがない。
チラリと希を見る。彼女は俺と目が合うと僅かに頬を褒めて目を逸らした。
周りの空気も、『今呼べ』と促してくるように思える。俺と希の昔の話を知っている海未だけは哀れむような苦笑を俺へと向けているが……『同情はしますけど助ける気はありません』とでも言いたげだ。
絵里も自分のことで精一杯で俺たちのことを考えている暇がない様子。
マズイ、どうしたらいい…………?
覚悟を決めるしか、ないか
「──────“絵里”」
「……う、うん…………」
パチパチパチパチ。
なぜか拍手が上がったがまあ気にしない。
第一関門、突破。問題は次……
希はこの空気に耐え切れないようで下を向いて俯いている。
俺は今から、こいつを───────
「………の…」
『の?』
「……………………の……」
『の??』
「の──────うじょうさん……」
ズデーン。
皆盛大にズッコケた。……希を除いて。
「往生際が悪すぎるわよアンタ!!コントじゃないのよ!?」
「わ、わかってるって……!」
言えねえぇぇぇぇぇ!!
やっぱり無理だ!!
誰かこの僕の心の迷いをわかって!?
祈りも虚しく、皆は俺を責める。
その中で先ほどから微動だにしない1人の少女。
「…………希…?」
不審に思った絵里が声をかける。
そして少女はゆっくりと顔を上げ──────
「─────ふふふふふふ♪」
不気味な程に口角を吊り上げ、笑う。
「と……東條、さん…………?」
「バカ!優真っ!火に油よっ!?」
にこが俺に静止を入れるも遅い。
“東條”と呼んだ瞬間更にその笑顔の恐怖感が増した。
例えるなら一般の微笑みが“ニコッ♪”ならば、今の希のそれは……“ニコォ♪♪♪”って感じ。
わかりにくいかもしれないけど、とりあえずヤバイってことがわかってくれたらそれでいいから。
「んふふっ♪」
その微笑みのままゆっくりと俺の方へと歩み寄ってくる希。そして俺の眼の前で立ち止まり、右手を額の位置へと上げ、敬礼のポーズをとり……
「どうも〜!
北海道十勝産アイドル、“農場”希で〜す!♪
……って誰が牛やねーんっ☆」
彼女は謎の口上を発しながら敬礼の位置に持って行った右手を力一杯握りしめ……
思い切り振り抜いた。
「うがぁっ!!」
希渾身の右フックが俺の頬を捉え、不意打ちということもあって全く反応できなかった俺を殴り飛ばした。こいつどっからこんな力がっ……!?
しかも俺は驚きと動揺で再び火に油を注いでしまう。
「と、東條……さん……?」
その言葉を聞いた希はテーブルの上にあった自分のタオルを掴み取ると、そのまま部室を出ようとドアまで歩き出した。
「お、おい!」
俺の呼びかけに彼女は振り返ると─────
「────ゆーまっちの……ばーーかっ!!」
普段の彼女からは全く想像のつかないような冷静さを欠いた子供っぽい行動をとった。……それでも俺を“ゆーまっち”と呼ぶことは忘れずに。
俺を含め他の皆も面食らったような表情で希が部室から出て行くのを眺めていた。
「まぁでもいまのは……」
「どー考えても優兄ィが悪いにゃ」
「希ちゃん………可愛そう……」
「え、なにこの俺が悪いみたいな雰囲気」
「アンタのそういうところよ、全く……」
「希は私がなんとかするから、優真はここで反省してて」
「えっ……ちょ」
みんなは本当に俺を置いてそそくさと部室を出て行ってしまった。
残された俺は1人殴られた頬に触れる。
痺れるような痛みが走った。
「…………ってェ…」
この痛みが俺が希の心に与えた痛みならば
俺はやっぱり最低なのかもしれない
希は、いいのだろうか
俺が名前で呼ぶことを、望むのだろうか
俺は一体──────何がしたいんだろう
答えは出ない
出るはずのない答えを探しながら、俺はしばらくその場に座り込んでいた。
▼
そして時間は過ぎ、練習が終わった。
あれから希とは気まずい状態が続いている。
休憩の時に飲み物を渡そうとしても無言で掻っ攫って行く始末。なんとかしなければならないのはわかっているのだが、さすがに練習中は希もそのことを引っ張らずにいてくれているので、現状に甘えてしまっている状態だ。
他には特に問題は起きず──ことりちゃんが練習の途中で用事があると帰ってしまったが──いたって普段通りに進んだ。
文化祭に向けて皆のボルテージも上々、いい感じに歯車は回っている。
そんなこんなで迎えた下校寸前。
そこでにこがある提案を俺に持ちかける。
「優真!行くわよ!」
「え、どこに?」
「決まってるでしょ?メイド喫茶よ!」
「はぁ!?また行くのかよ!昨日行ったばっかだぞ!?」
「覚えてないの?昨日のメイドさんが言った言葉……」
─────『明日だったら居るんでぇ、明日も来てくれたら嬉しいな、なんてね♪』─────
「つまり今日行けばミナリンスキーさんに会えるってわけよ!」
「えええええええ!?それ本当!?」
にこの宣言に花陽が瞳を輝かせて食いついた。
「……まぁそうだな。じゃあ花陽と行ってこいよ。俺は帰る」
「何言ってんの?μ'sみんなで行くんだからアンタも来なさいよ」
「えぇ〜!?凛達も行くのぉーー!?」
「別に興味ないんだけど」
「何言ってるの!?凛ちゃん真姫ちゃん!メイド喫茶だよ!?美味しいもの沢山あるんだよ!?行くしかないよ!!」
「穂乃果の言ってることはさておき……ミナリンスキーさんは伝説のカリスマメイドでもあり、アイドルでもあるの!是非1度目に焼き付けておくべきよ!」
「にこちゃんの言う通りっ!!さぁ皆さんいざメイド喫茶へ!!」
や、やばいな……何やらカオスな状態になってきてる……。俺は助けを求めるようにストッパーである絵里と海未を見た。すると2人は何やら話し合っていて……しばらくすると絵里が俺の視線に気づき、笑みを浮かべた後皆に向けて言葉を放った。
「いいんじゃないかしら。
皆で行きましょう、メイド喫茶」
「私も賛成です」
な……!?
百歩譲って絵里はまぁわかる。
しかし海未もだと……!?どういう風の吹き回しだこりゃ……
「え、絵里、海未…本気か?」
「本気よ?私だってメイド喫茶がどういうところなのか興味あるし」
「私もです。優真先輩も行きますよね?」
「えっ、だから俺は」
その瞬間。
絵里と海未に睨まれた。えっ、何で?
そして視線をある人の元へと移す。その視線の先には……
会話の流れに入れずあたふたしている希がいた。
そして2人の意図を悟る。
──────誘え、と。
まさかにこの奴も俺が希と仲直りするキッカケのために……?
俺は穂乃果達の相手をしていたにこの方へと視線を移す。すると俺と目があったにこは顎をクイっと希の方へと突き出した。『早く行きなさいよ』と聞こえた気がした。
確かに話す機会をくれたのはありがたい。
でも……
ハードル高すぎだろぉぉぉぉ!?
俺は心の中で叫ぶ。
どう呼べばいいかもわからないこいつを俺に誘えるのか!?……いや、やるしかない。
元はと言えば全て俺のせい……ここまでお膳立てしてくれて成功させなきゃ、男じゃない。
意を決した俺は希に向けて歩き出した。
そして希の前に立ち、ゆっくりと口を開く。
「お、お前はどうする?……
「声ちっちゃ」
外野から何か聞こえた気がするが気にしない。
くそっ、名前呼ぶだけなのに何だってこんなに緊張してるんだよ俺はっ……!
希は俺の言葉を聞くと、明らかに不機嫌な顔をして顔を背けた。
「……行かへん」
「み、みんな来るぞ?」
「行かへんっ」
「……ケーキ奢る」
「行かないっ」
「標準語出てるぞ」
「うるさいっ」
「本当は行きたいんじゃないのか?」
「うーるーさーいーー!!」
きょ、強敵だ……しかし諦めるわけにはいかない。
「本当に行かないのか?」
「行かへんって」
「あそこのケーキは美味しいぞ?」
「行かへんっ」
「……お前が最近ハマってるロイヤルミルクティーも付ける」
「……………行かないっ」
「今ちょっと迷っただろ」
「うるさいっ!」
だぁああ焦れったい!!
「っ!!」
「───────!!」
希の頬に触れ、無理やり俺と目を合わせさせる。
手のひらに触れる感触は柔らかくて……って何の実況をしているんだ俺は!
そして俺は希の目を見て、告げる
「──────俺はお前に来て欲しい」
何の捻りもない、ただ単に自分の思いだけを込めたその言葉は、どうやら希へと届いたらしい。
「………………行くっ…」
顔を真っ赤にして、少しだけ頬を膨らませて不機嫌そうに放たれたその言葉は、正直可愛かった。
何とかうまくいった。俺はホッと息を吐き、皆が待っているであろう後ろを振り向いた。
するとそこには────────
誰1人いなかった。
「嘘だろぉぉぉ!?」
あれだけ頑張ったのに誰も見てなかったのかよ!何のためにやらせたんだよ今の茶番は!!
するとその時、メールが届いた。
差出人は、にこから。
にこ《アンタたちの夫婦漫才が見てて甘々過ぎて不快だったから先に行くわ。責任持って希を連れて来なさい》
はあぁああああああ!?
放置された挙句二人きり強要だと!?
冗談も大概にしてくれよ!!
すると続きが届いた。
にこ《しっかりやりなさいよ》
相変わらず無駄な言葉のない、シンプルな一言。
にこらしくて、何故か見ていると勇気をもらえた。
そして次々に届く応援のメール。
絵里《呼びづらいのはわかるけど、とりあえずしっかり希に謝るのよ?》
真姫《まぁ謝れば許してもらえるんじゃない?》
花陽《ミナリンスキーさんが待ってますよ!》
海未《過去の事で悩むのはわかりますが、ここらでしっかりとけじめをつけるべきです。優真先輩ならできると信じています》
凛《どー考えても優兄ィが悪い!だからちゃんと謝るにゃ!いいね!?しっかりやってくるにゃバカ兄貴! >ω</ 》
穂乃果《ファイもだよっ!優真先輩! (و'ω')و》
それぞれから送られたそれを見て、勇気を得た。
突っ込みたいところが何箇所かあるけど、とりあえず1つだけ。穂乃果、決めゼリフ誤字ってるぞ。
さぁ、これだけ応援されて、やらないわけにはいかないな。
「……行こっか」
「……うん」
“背中合わせの2人”は、仲間の元へと歩き出した。
男見せたれ優真!
新たに評価していただいた、
AQUA BLUEさん、サークルプリントさん、せいいずさん、スーいさん、K.U@LL!さんありがとうございました!
これからもこの作品をよろしくお願いします!
そして今回の評価を受けて、今までの空白を開けすぎていた部分を修正して行間を詰めました。個人的に必要だな、と感じる程度まで削りました。これで今までよりは読みやすくなったのではないかと思います。その他ご意見等ありましたら感想やメッセージでご指摘お願いします!
今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!