記念話を書こうかと思ったけど本編を早く進めたかったので書いておりません笑
それではどうぞ!
51話 天使と違和感
『ええぇー!?』
「じゃ、じゃあ伝説のカリスマメイドって……」
「ことりちゃんだったんですかぁ!?」
「…ごめんなさい……」
あれから私達は店の奥の席へと案内され、ことりから事情の説明を受けている。
メイドの界隈には全く興味はなかったけど、さすがの私……絢瀬絵里もことりが『伝説のカリスマメイド』だと聞いたときには驚かざるをえなかった。
皆も私と同じように驚いているようで、当の本人のことりは申し訳なさそうに下を向いて俯いている。
「どうして言ってくれなかったの!?ことりちゃん!」
と、そこで穂乃果がこの場で上がって当然の質問をことりにぶつける……
「────言ってくれればお菓子とかジュースとかご馳走になったのに!」
……前言撤回、そういうことじゃない。
「そこぉ!?」
「花陽の言う通り。そこじゃないだろ穂乃果。
……どうしてここでバイトを?そしてなんで俺たちに隠してたの?」
私達全員が感じていた疑問を、優真がことりへと問うてくれた。
「……穂乃果ちゃんと海未ちゃん、優真くんと一緒にμ'sを始めた頃……ここでアルバイトやってみないか、って誘われて……。
向いてないっていうのはわかってたんだけど、衣装が可愛くて少しだけやってみようと思って、一生懸命接客していたら……」
「『伝説のカリスマメイド』って呼ばれるまでになっちゃった、と」
「向いてないどころか適正大有りにゃー」
「私、自分を変えたくて……
私には穂乃果ちゃんや海未ちゃんと違って、何もないから」
何も、ない……?
この子は自分をそんな風に考えていたの?
全くそんなことはない。
μ'sの衣装を作り、私と優真と共にダンスの振り付けを考え、いつも変なところで衝突しがちな穂乃果と海未を宥める(悪ノリすることもあるけれど)のは、ことりだ。
ことりだからできること……ことりに“しか”出来ないことが、たくさんある。
そんな彼女に何もないなんてことはありえない。
そしてこれは、μ's皆の共通認識のはず。
それを示すかのように、皆が口々に意を唱える。
「えぇー!?そんなことないよ!ことりちゃん、歌もダンスも上手だよ!」
「衣装だって、ことりが作っているではないですか」
「ううん……そういうことじゃないの……
私は穂乃果ちゃんみたいに皆を引っ張っていくこともできないし、海未ちゃんみたいに、しっかりもしてない。
……私はただ、そんな2人についていってるだけ」
ことりは頑なに自分自身を過小評価し続けている。
確かに二年生の幼馴染3人組の中で考えるならば、穂乃果にはカリスマ性とも呼べる皆を引っ張っていけるような何かがあり、海未にはそんな穂乃果を叱咤し、皆に指導を行うしっかりとした一面がある。
だからと言ってことりに何もないのかと問われると……やっぱり首を縦に振ることはできない。
ことり自身は認めていないけれど、衣装を作ることができるのは立派な才能の1つだし、μ'sはそのことりの才能が無ければ成り立たない、と言っても過言ではない。
……ただ、ことりが考えているのは、そんなことではないのかもしれない。
今私が考えたことをそのまま彼女に伝えても、きっと彼女の心には響かないだろう。
彼女の心の底を読み抜き、彼女が求めている言葉を言いかけてあげる必要がある。
─────そんなことができるのは。
彼女にとって最適な……彼女の欲しがっている言葉をかけることができるのは。
─────やっぱり“彼”しかいない。
彼は今何を考えているのだろうか。
そんな軽い気持ちで私は優真の表情を窺う……
そして
(っ─────!?)
悲鳴を上げそうになったのを、寸前で堪える。
彼が浮かべていた表情は……“あの時”と同じ。
私はその表情を2度見たことがある。
1度目はμ'sのファーストライブの時に、何も説明せずにライブを中止させようとした私を止めようとした時。
2度目は発作を起こした希を、かつての友人から守るため。
つまり……大切なものを傷つける何かから、大切なものを守るために彼が見せる、普段の優真からは全く考えられないあの表情だった。
あの黒い黒い目に見つめられたら最後、刺すような感覚が肌を襲う。一度見たら二度と忘れることはない、その表情で彼は今ことりを見ている。
ただ今回は……いつもと違う。
いつも彼がこの姿を晒すのは、あくまで大切な何かを守るため。しかし今回は誰かがことりを貶めたわけでもない。いつもならば存在するはずの、“明確な敵”となるものが存在しないのだ。
彼は今何を思い、その目を彼女に向けるのか。
「──────優、真…………?」
恐る恐る、様子を窺うように彼へ問いかけた言葉。
その言葉で、皆の視線が私へと一気に集中した。
それはそうだ。よくよく考えれば、今はことりの話を聞いている途中。そんな中彼の名前を呼ぶのはどう考えても不自然。それでも呼ばずにはいられなかった。
「──────大丈、夫……?」
しかし当の本人は。
先程までの恐ろしい表情が嘘のようにケロッとした表情を浮かべ……
「……え、何が?」
心の底から不思議なように、私に問い返す。
全く自覚がないのか、とぼけているようには見えない。他の皆も私の質問の意味がわからないかのように、怪訝な表情で私を見ている。
皆は気づいていな………いや、そうだ。
もう1つ、今までと違う点がある。
それは……“殺気”。
あの相手が誰であろうと黙らせてしまうような殺気が、先ほどの彼からは全く感じられなかった。
それ故に、直接表情を窺った私にしか気付けなかったのだ。
「……何でもないわ、気にしないで」
「何だよいきなり、怖いんだけど」
不自然さが拭いきれない、今回の一幕。
彼に起こった変化のワケを私が知るのは、もう少し先のことになる。
▼▽▼
「……何でもないわ、気にしないで」
「何だよいきなり、怖いんだけど」
絵里から不意に声をかけられた俺は今、怪訝な顔で彼女を見ている。
何故かいきなり絵里に大丈夫かと聞かれてしまった……何か心配をかけただろうか。
確かにことりちゃんの話を聞いた後、少しだけぼーっとしてたような感覚があったけど……あそこまで深刻そうな顔をして心配されるようなことではないはずだ。
それよりも今は。
「……ことりちゃん」
「……ん……?」
「─────注文お願いしたいんだけど、いい?」
「え……?」
「みんなもなんか食べるだろ?ここのケーキすごい美味しいんだ。な?にこ」
「え、えぇ。でも優真……」
「いいからいいから。俺たちは今日ミナリンスキーさんに会いに来て、ここのデザートを食べに来た。そうだろ?」
「優真先輩……」
「ここでずっと注文もせずに居座ったら店に迷惑だろ?ほら、早くメニュー開きなよ、みんな」
今の彼女に何か言ってもきっと自分の意見を変えることはない。だったらここは店の迷惑にならないように客は客らしく、店のサービスを享受するのが最適だ。
……もちろん、彼女をこのままにしておくつもりもないけど。
すると希と絵里が俺の意向を汲んでくれたらしく、フォローを入れてくれた。
「じゃあゆーまっち!ウチはこのフォンダンショコラとロイヤルミルクティーで!もちろんゆーまっちの奢りね♪」
「はぁ!?勝負は引き分けだったろ!?」
「ウチを誘う時奢ってくれるって言ったやーん♪」
「うっ……い、言った、けど……」
「じゃあ私はこのチーズケーキね♪頼んだわよ、優真」
「何で絵里の分も奢んなきゃいけねぇんだよ!自分で払えや!」
「おいユーマ!俺はこの特盛パンケーキ3つ!」
「うん、お前には奢るって言ったね。でもさ、特盛3つって馬鹿じゃねぇの!?特盛パンケーキは一皿に5枚盛られてるんだぞ!?」
「何よ優真、悟志くんは良くて私はダメなわけ?」
「うるせぇ!俺が奢るのは希とサトシだけだ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ俺たちを見て、不満を感じていた残りの皆も笑顔に変わり、俺を弄りに入る。
「ねぇねぇ聞いた?凛ちゃん!優真先輩、“のぞみ”だって〜!」
「聞いたよ穂乃果ちゃん!さっきまであんなに恥ずかしかってたくせに〜」
「……喧嘩売ってんのか馬鹿2人」
「「“のうじょうさぁ〜ん”」」
「売ってんだな。よし買ってやるから表出ろ」
「何騒いでんのよ、迷惑でしょ?……あ、優真、私は昨日のショートケーキ」
「では、私はこの宇治金時を」
「わ、私はチェリータルトを……」
「私は生トマトで」
「お前ら調子に乗りすぎだあぁあああ!!!」
俺たちのその光景を見て、先ほどまで暗い表情だったことりちゃんは笑顔へと変わった。
あぁ、本当に本当に……こいつらはいいやつだ。
仲間思いで、空気が読めて、とても優しい。
……だからって奢ったりしないけどな!!
▼
全くもって意味がわからないのだが、結局全員に奢ることになってしまった。俺の財布は貧乏ではないが豊かでもない。明日からは節約生活を余儀なくされそうだ……。
そして俺たちは帰ることになり、店の外にことりちゃんが見送りに来てくれた。
「それじゃあお仕事頑張って、ことりちゃん」
「あ、はいっ!……あの、優真くん。今日のこと……」
「ん?」
「……ちゃんと話すから…。だから……」
申し訳なさそうに俯きながら俺へ告げることりちゃん。
「わかってるよ。俺たちは待ってるから。ゆっくりでいいんだよ?」
「……ありがとう、優真くんっ」
「それじゃあね。……後でケータイ見といて」
「えっ……?う、うん」
少し驚いたような表情を浮かべたことりちゃんを残して、俺は皆のところへと合流する。
「ことりちゃん!じゃーねー!」
穂乃果が大きくことりちゃんへと手を振った。
彼女が手を小さく振ったのを見届けて、俺たちは店の前を後にした。
「ことりちゃんがあんな悩み抱えてたなんて、知らなかったなー」
皆で歩く帰り道、穂乃果が独り言のように呟く。
「私より海未ちゃんやことりちゃんの方ができること多いのに、どうしてだろっ」
「……きっとみんなそうなんじゃないか?」
「え?」
「ことりちゃんだけじゃないはずだ。
みんな自分が1番だなんて普通は思わないし、自分のこんなところを“変えたい”って考えたことあると思うんだ。
自分が持ってなくて、誰かが持っているものは一層光って見える。その1番身近な存在が……“友達”なんじゃないか?」
『んんー?』
難しかったかな……?
メンバーの何人かは俺の言葉に首を傾げている。
「……そうね、その通りかもしれないわね」
「絵里ちゃん?」
「自分よりも、他の人の方が優れて見えて、羨ましく感じて……だから“変わりたい”って思うんだと思う。その変わりたいっていう気持ちを力に変えて、みんな努力するのよ。
そうやって少しずつ成長していく相手を見て、自分も頑張らなきゃって努力して……ライバルみたいなものなのかもしれないわね、友達って」
「なるほど……ねぇ!海未ちゃんは私を見て『頑張らなきゃ!』って思ったことある?」
「……数え切れないほどありますよ」
「えぇー!?何で!?海未ちゃん私より何でもできるのに!」
微笑みを浮かべて答えた海未に飛びついた穂乃果を見て、俺たちは苦笑を浮かべた。
────数え切れないほどあるに決まってんだろ。
ここにいるみんなが、同じ気持ちだよ。
話は弾み、あっという間に皆の帰る方向が別れる交差点へと着いた。
「……優真さん、悟志。行きましょ」
「ん、そうだな」
「あれ?優兄ィ今日はこっちじゃないの?」
「俺とサトシは真姫の家で文化祭で歌う曲の最終調整してくる。凛と花陽は先に帰っててくれ」
「ん、りょーかいにゃ!頑張ってね!」
「おう、ありがとな。…んじゃみんな、また明日」
「さよならー!」
残ったみんなに手を振り、俺たち3人は真姫の家へと歩き出す。家の方向から考えて凛と花陽、穂乃果と海未、絵里と希がそれぞれ一緒に帰ることになるだろう。
しかし。
俺はこの時ほど、皆で帰ればよかったと後悔したことはない。
▼▽▼
「希」
「ん、どうしたん?」
穂乃果ちゃん達と別れた後、えりちと2人で帰り道を歩いていたら、私…東條希は急に声をかけられた。
「ちょっと新しいノートを買って帰りたいんだけど……ついて来てもらってもいい?」
「ん、ええよ。それぐらいならいくらでもっ」
私がそう言って微笑むと、えりちも安心したように笑った。
すると次の瞬間、えりちはその表情を少しだけ険しいものへと変えて────
「ありがとう。…そして少し、話があるんだけど」
──────なんだ。そっちが本題なんだね。
「……うん、わかった。ほな行こか。歩きながらでもええやろ?」
「ええ」
彼女は何を問おうとしているのか。
少しだけ覚悟を決めて、私は歩き出した。
▼▽▼
「ったく……ケータイなんて普通忘れないだろ」
「はっはっは!悪りぃ悪りぃ」
皆と別れた後、俺と真姫とサトシは真姫の家へと向かっていたのだが、サトシがあの店にケータイを忘れたということで取りに戻ることになった。
結構なタイムロスになってしまった。
俺たちは今2度目となる帰り道を歩いている。
「うっ……なんか腹痛いぜ……」
「パンケーキの食い過ぎだバカ」
「何言ってんだ!いつもなら後あの倍は食えたぜ」
「……うぇっ」
「悟志はキモチワルイくらい甘党だものね」
思わず苦言を零した俺に、真姫が苦笑いを向ける。
サトシが頼んだ特盛パンケーキ……
フライパン大のパンケーキを5枚に重ね、頂上にこれでもかというほどマーガリンを塗りたくり、滝のようにメープルシロップとチョコソースをかけた後、トドメとばかりにバニラアイスクリームをトッピング。最後に周囲に生クリームを盛って完成。しかもパンケーキ一枚一枚の間にも生クリームが敷き詰めてあるという極甘仕様。
思い出すだけで胃もたれを催しそうなそれを、サトシは1人で3皿も食べやがった(1皿1200円)。無論、3皿とも俺の奢りである。
こいつの甘いものへの執着は凄まじい。
「……なぁ真姫、サトシは昔からあんなんだったのか?」
「少しも変わらないわよ。小さい頃私の家に来た時、悟志はいつもおやつにパンケーキばっか食べてたし。パンケーキ中毒者と言っても過言ではないわね」
「なるほどな……その点真姫は優しいよな」
「えっ!?な、何よ急に!!」
「だって真姫、みんながケーキとか高いの頼むから自分は生トマトにしてくれたんだろ?」
みんな500円超えとか普通だったからな。
真姫だけ生トマトという300円の格安(他のものに比べて)の物を選んでくれたのは本当にありがたい。真姫の優しさが伝わってくるぜ。
……しかしあの生トマト、あのメニューの中で1つだけ異質だったんだが……女性が頼んだりするのかな?
「え、あっ……そ、そうよ!」
「だろ?ありがとな、真姫」
「う、うん……」
「ふっふっふ…そいつは違うぜ、ユーマ」
少々挙動不審な真姫にニヤニヤと笑みを浮かべてサトシが俺へと異議を唱えた。
「ん?違う?」
「こいつはただ単にトマトが大好きなだけだぜ。ユーマの財布のことなんざちっとも考えちゃいねーよ」
「え、そーなの?」
「なっ……!ち、違うわよ!私はただ優真さんのことを心配して……」
「なーに隠してんだ。真姫だって小さい頃おやつにトマト食ってたじゃねぇか。しかも最後の一個床に落として泣いたりしてたの俺は覚えてるぜ?」
「さ、悟志っ!!」
「……はーん?」
なるほどねぇ。単にトマトが食べたかっただけ、と……
「まぁ別にいいじゃん。美味しいよな、トマト」
「優真さんは黙ってて!!」
「あれぇー、俺フォロー入れたんだけどなぁ……」
そしてふと何気なく視線を横に逸らしたとき
目に入ってきた光景を見て
一気に心拍数が跳ね上がる
「っ!?」
俺の目に映ったのは
2つほど先の交差点で
見知らぬ男達に腕を掴まれ、路地裏へと連れ込まれようとしている女子2人組
髪の色は──────金色と紫
「────サトシ、これ持っててくれ!!」
肩にかけていた鞄を、サトシへと放り投げる。
「えっ、うぉっ!危ないぜ…っておい!ユーマ!」
「優真さん!?」
2人の声を無視して俺は駆け出した。
頼む……間に合ってくれっ……!!
物語はだんだん不穏な方向へ……
そして次回完全オリジナルの話です。
今回もありがとうございました!
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