ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね

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今回、長いです。
しかし後半の展開のターニングポイントになります。
どうか最後までお付き合いお願いします!


既視感と不信感

 

52話 既視感と不信感

 

 

 

穂乃果達と別れた後、私……絢瀬絵里は今、希と2人で文房具店への道のりを歩いている。

ノートが欲しかったのは嘘じゃない。でもこれはあくまでも口実。私は彼女に聞きたいことが幾つかある。

今までの……μ'sに入る前の私だったら遠慮していたかもしれない。ただ私はあのとき、希と“本当の友達”になった。

だから逃げるんじゃなくて、向き合いたい。

今の私達ならできるはず。

 

────それがどんな答えだったとしても。

 

 

「……で、話ってなん?」

 

しばらく沈黙を保っていた私を催促するように、口を開いた希。……いや、この後に及んで少し言い淀んでいた私が話しやすいようにしてくれたのだろう。希はそういう人だから。

 

「……聞きたいことが、あって」

 

「うん、何?」

 

「…………………………」

 

「もーうなんよ、気になるやんっ」

 

 

 

……いつまでもこのままじゃダメ

 

 

“信じる”

 

 

自分を、希を

 

 

()()()

 

 

 

「希は」

 

 

一度そこで言葉を止めて、瞳を閉じる

 

そして少しだけ息を吸って────後は一気に

 

 

 

 

「────優真のことが……好き?」

 

 

 

 

希の中の、核心へと触れたつもり。

しかし彼女は私のその言葉にも表情を崩さず、笑顔のまま。……想定通りだった、ということかしら。

 

「……ウチは」

 

しばらくの間黙っていた希がゆっくりと口を開く。

 

「えりちに嘘は、吐きたくない」

 

初めて希が笑顔を崩した。

声色も少しだけ暗いものへと変わる。

 

「だから──────言うね

 

 

 

 

─────ウチはゆーまっちが好き」

 

 

 

 

「…………いつから?」

 

「ずっと昔。ゆーまっちと少しだけ一緒にいた、中学校の頃から、かな。

 

……もしかして、ゆーまっちから聞いてる?」

 

「……えぇ。黙っててごめんなさい」

 

「……そっ、か。ふふっ、ええんよええんよ。

ゆーまっちが話してなかったら、ウチも今から話そうかと思ってたところやし。

 

……なら曖昧にする必要ないね。

中学校1年生の頃、ウチはゆーまっちが好きで、それを言えないまま引っ越した。

そんな彼に会いたい、謝りたい一心で彼の家が近い音ノ木坂を受けたんよ。

そしたらまさかそこにゆーまっちがいるなんて。

そこからは……知っとるよね?」

 

希の問いかけに、ゆっくりと頷く。

その後彼──もしかすると彼女も──は自分の思いを捨て、新たに友人となる道を選んだ。

 

「その時に、自分の思いは捨てたはずやった。

新しい友人としてゆーまっちを支えていくはずやった。……そう決めてたのに、ね」

 

やや自嘲気味に希は笑う。

希の言いたいことはわかる。

──だって“彼”も同じことで悩んでいたのだから。

あの時…優真からこの話から聞いた時の私の予想は、間違っていなかった。

 

希もまた彼と同じように、昔の気持ちが蘇り始めていたのだ。

 

「……自分の中でどんどん意識するようになって、それを認めることはやっぱり無理やった。

でもある時ふと思ったん。

 

やっぱりウチは、ゆーまっちが好きなんや、って。

 

でもね、それを自覚した途端、胸が苦しくなった。

……なんでかわかる?」

 

「……どうして、かしら」

 

 

 

「───ゆーまっちにとっての“希”は、“ウチ”じゃないんよ」

 

 

 

「……!」

 

「たとえ彼がウチと同じ気持ちやったとしてもも、ゆーまっちが想いを寄せる希は……“ウチ”じゃない。

ウチはあくまでも“東條”。ゆーまっちを支える友達の1人でしかない」

 

「そんなこと……」

 

「あるよ。やからゆーまっちは、ウチを希と呼べなかった」

 

「っ……」

 

今日の部活前の出来事。

あの時は自分のことで精一杯で優真と希のことまで手が回らなかったけど、今ならわかる。

優真の葛藤も、希の苦しみも。

 

「だからと言って────」

 

そう前置いた希の雰囲気が、変わる

 

「────“私”が“優真くん”を好きだと言う資格もないの」

 

「……希…」

 

2度目になる、彼女の本当の姿。

自らの本心を覆う殻──希の言葉を借りるなら“東條”の《仮面》──を捨て去り、その本心が姿を現した。

それが彼女の私への信頼の表れならば……私はそれに応えなければならない。

……否、そんな“義務感”じゃない。

 

───応えたい。

 

そして希は、ゆっくりと自分の気持ちを語りだす。

 

「……私のせい、なんだ。出会った頃の優真くんがあんなに暗かったのは。……私が優真くんを傷つけた」

 

「希が悪いって決まったわけじゃないわ。優真の口から直接聞いたわけじゃないんでしょう?」

 

「ううん。……上手くは言えないけど、きっとそうなんだ。私が優真くんのあの笑顔を奪った。

 

そんな私が、言えないよ

 

───キミが好きです、なんて」

 

 

「っ…………」

 

あぁ、やっぱりそうか。

どちらの“希”も、優真が好きなんだ。

 

「例えそれがなかったとしても。

やっぱり優真くんには言えない。

 

 

────()()()()()()()()()()()()()もん」

 

 

「っ!希……!」

 

驚いた私に向かって、希は優しい笑みを見せる。

それは今までに見たことのない笑み……皆を暖かさで包んでくれる普段の希のそれとは違う、希の心からの優しさの権化のような笑みは、かえって私の心へと刺さる。

 

希、貴女は……優しすぎる。

どこまでも自分の思いを犠牲にして、私たちの想いを優先させて……挙句優真の幸せを願って、自らはその隣に立とうとしない。

そんな自己犠牲の精神の塊のような“希”に……怒りが込み上げる。

 

“思いを告げる資格がない”?

“私たちにフェアじゃない”?

 

───そんな逃げ方があるものか。

 

希はただ私たちの想いを盾にして、優真が……私達が傷つかない選択を取っているだけじゃない。

───自分の心をありったけ傷つけて。

 

そんな希にお膳立てされたようなフィールドで勝ち得た恋なんて───要らない。

 

そんな恋で、誰も幸せになんてならない。

 

それにさっきのその言葉……ニュアンスを変えれば、“あなた達じゃ私には敵わないでしょう?”っていう風に聞こえるんだけど?

 

そんなつもりじゃなかったのはわかってる。

それでも心の中で、滾る。

小さな怒りが少しずつ大きくなり、グラグラと。

 

私達の思いを────舐めるな。

 

「─────のぞ」

 

「─────わかってるよ」

 

心の中の思いを告げようとしたその瞬間。

希が私の言葉に声を被せる。

 

「わかってる。えりちの言いたいこと。でもね、今日優真くんは言ってくれた」

 

 

───『“東條(お前)”も“(アイツ)”も

 

俺にとって大切な人だから

 

俺にとって、大切な希だから』───

 

 

「初めて言ってくれた。心から、“ウチ”を希って。

……すごく、嬉しかった。

……ゆーまっちの“希”に、ウチはなれた」

 

「希……」

 

気づけば、いつもの希へと雰囲気が戻っている。

 

「だから」

 

そこで希は足を止める。私も立ち止まり、追い越してしまった希を振り返った。

 

「────ウチはもう逃げない。

後ろから支えるだけじゃなくて、隣に立ちたい。

そのために、もう遠慮は無しや。

 

───譲らんよ?えりちにも、みんなにも!」

 

最後、希は不敵な笑みを浮かべてそう宣言した。

……なんだ、ちゃんとわかってるじゃない。

 

「……これからはライバルね」

 

私も笑顔でそう返す。

正直希が競争相手に回ったのは、厳しい。

でも、それでいい。選ぶのは優真であって、私達じゃない。だったら私はそれまでにできることをやるだけ。

 

───負けるつもりは、微塵もないけど。

 

「今度からはお手伝いしてあげへんからね!」

 

「望むところよ?」

 

「あーあ、でもえりちの恥ずかしがる顔を見るの、結構好きやったんやけどなー♪」

 

「ちょ……希っ!?」

 

「ふふふっ♪」

 

希は私の眼の前を通り過ぎ、最後にいたずらっぽい笑みを振り返りざまに見せた。

同じ人を好きになっているのに、恨みも妬みも全く生まれない。それどころか、希と話す前よりも心がスッキリとしているようにも感じる。

 

───あぁこれが、“友達”なんだ。

 

そんな小さな喜びを感じた刹那─────

 

ガツンッ

 

「ってぇ……」

 

「あっ……ごめんなさい」

 

私は横の店のドアから出てきた人と、ぶつかってしまった。

 

「いやいや、こっちがぶつかったんだし。こちらこそごめんね」

 

赤い帽子をツバを後ろ向きにかぶった金髪の男、そしてその後ろには長髪で茶髪の男が立っていて、どうやら二人組のようだ。

私とぶつかったのは赤い帽子の方の男で、その男はさも優しげに私に声をかけた。

しかしその目は。その目は全てを物語っている。

それは中学の頃、男子によく向けられていた不埒な……下心丸出しの、好奇に満ちた下衆な視線だった。その視線は私の横の希へも及んでいる。希も察しているのだろう、嫌悪とわずかな恐怖で体を縮こませている。

連れの茶髪男も同様の視線を私たちへと向けており、その次に放たれる言葉は、容易に想像がついた。

 

「ねぇ、お詫びと言っちゃなんだけど、一緒にお茶でもどう?奢るからさ!」

 

……ここまで来ると、ぶつかられた事すら話すための口実…つまり故意だったのではないかと疑ってしまう。というか、ほぼ間違いないだろう。ナンパの類に声をかけられたのは初めてではないので、ある程度の対応は心得ている。

 

「……ごめんなさい。友人を待たせてるので失礼します」

 

当たり障りのない理由、明確な拒否。相手に苛立ちを与えないよう、会釈も込めて。

しかし相手は臆することなく……

 

「えーいいじゃん!俺たちといた方が絶対楽しいって!」

 

…確かに顔は悪くはない。それゆえに自分自身に変なプライドを持っているタイプの人たちのようだ。

どうやって切り抜けようか……そんな考えを走らせていた時─────

 

「そんな約束ほっといてさ、俺たちと遊ぼうぜ?」

 

私とぶつかっていない方の男が、希へと手を伸ばし、その肩に触れた…瞬間。

 

希の表情が恐怖で染まった。

 

それを見た私は思わず─────

 

 

─────パチンッ!

 

 

「────触らないでっ…!」

 

手が、出てしまった。

反射的に打ち出された私の平手打ちは希に触れていた男の頬を捉え、乾いた音を響かせる。

男は最初驚きの表情を浮かべていたが、みるみるうちにそれを怒りへと変えていき……

 

「ってぇな……!来いっ」

 

「きゃっ……!」

 

私の手首を掴み、近くの路地裏への道へと引きずり出した。抗おうとするも、流石に大の男の本気に逆らえるほどの力は私は持ち合わせていない。

 

「えりちっ……!っ!?」

 

「お前もだよ」

 

もう1人の男も、希の腕を引っ張って路地裏へと連れ込もうとする。見知らぬ男に人気の少ないところへ連れ込まれる恐怖、感情に流されて短絡的な行動を取ってしまった後悔、どうやってこの状況を切り抜けようかという焦り……様々な感情で渦巻く私の心は結局答えを出すこともできず、相手のなすがままに路地裏の空き広場のような場所まで連れ込まれてしまった。

 

「ちょっと下手に出れば……ざけんじゃねぇぞ」

 

私に叩かれた方の男は、怒り心頭といった様子で私達にその矛先を向けている。

私も負けじと鋭く相手を睨みつけるが、おそらく効果はないだろう。希は先ほどから様子がおかしく、恐怖……いや、それ以上の何かを感じているのかもしれない、表情を強張らせたまま全く動かない。

 

どうすれば──せめて希だけでも逃さないと───

 

そんなことを考えていた時─────

 

 

「─────絵里!!希!!」

 

 

男たちの背後から聞こえた、私達が誰よりも信頼している彼の声。

 

「優、真……!」

 

全力で走ってきたのだろうか、彼は今肩で息をしている。

 

「お前ら、何してんだ……!」

 

「ああん?テメェがこいつらの連れか?」

 

「王子様登場ってか?泣かせるねぇ?」

 

男二人組は新たに現れた優真へと矛先の対象を変え、面白そうに優真へと近づいていく。

 

「この2人があんたたちに何かしたなら謝る。

だからここは見逃してくれ。それでいいだろ?」

 

「あぁ?何上から物言ってんだテメェ」

 

「ガキのくせに調子乗ってんじゃねぇぞ」

 

「敬語使えば解放してくれるならやってやらないこともないけど?」

 

すると優真が視線をサッと私へと向けた。

おそらく伝えたいことは『今の内に逃げろ』。

でもこのままじゃ優真が……!

 

「あーあー、煽りが上手なことで……何?喧嘩には自信があるタチ?」

 

「んーや?あいにく俺は平和主義でね。手を出すつもりもなければあんたたちと喧嘩するつもりもねぇよ。わかったらさっさと解放してくれない?」

 

「っ……ふざけてんじゃ……ねぇ!!」

 

「うぐっっ!!!」

 

「優真っ!!」

 

優真と話していた方と反対の男が、優真の腹へと鋭い蹴りを打ち込んだ。少し離れたところにいた私たちにまで届くような鈍い音を立てて、優真は後ろへと吹き飛んだ。

 

「はっはっは!!!ザマァねぇなおい!!!」

 

「くっ……そ……このヤロ…」

 

どうすればいい……!?

希は未だに固まっていて、連れ出すこともできそうにない。私にできることは何……!?

 

 

その時。

 

 

「ユーマ!!」

 

「優真さんっ!!」

 

「悟志くん……真姫……!」

 

優真を追いかけてきたのだろう2人がこの場へと到着した。

 

「サト…シ……」

 

「ユーマっ!?お前ら……!!」

 

悟志くんが元の厳つい表情に憤怒を宿し、怒りに満ちた目つきで2人組を睨む。2人組も悟志くんの体格に慄いたのだろう、怯んだように一歩後ずさる。

 

「覚悟しろよこの野郎!!」

 

そして悟志くんは2人組に飛びかかろうとする……瞬間。

 

「サトシ!!」

 

「っ!?ユーマ……?」

 

鋭い怒声で、優真が悟志くんを制止する。

彼は座り込んで俯いたまま、何かを呟く。

しかしその声は私には聞こえなかった。

 

 

 

 

 

「────少しだけ、力を貸してくれ」

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

悟志に荷物を投げつけた優真さんを追いかけて、私……西木野真姫と悟志はこの現場へと辿り着いた。途中信号に引っかかってしまって追いつくのに時間がかかったけど、何とか最悪の事態が起きる前には間に合ったようだ。

私たちが着いた時……そこには腹を抑えて座り込んでいる優真さん、それを嘲笑うように見ている男性二人組。そしてその後ろには……絵里と希の姿があった。そこで初めて優真さんが血相を変えて駆け出した理由がわかった。この2人が路地裏に連れ込まれそうになっている現場を目撃してしまったら冷静になんてなっていられないだろう。

 

 

「サト…シ……」

 

「ユーマっ!?……お前ら……!!」

 

悟志が私でも見たことがないような、怒りに満ちた目つきで2人組を睨む。2人組も悟志に怯んだように一歩後ずさった。

 

「……覚悟しろよこの野郎!!」

 

そして悟志は2人組に飛びかかろうとした…しかし。

 

「サトシ!!」

 

「っ!?ユーマ……?」

 

これも聞いたことがないほどの鋭い怒声で、優真さんが悟志を制止する。

そして座り込んで俯いたまま、何かを呟いた。

 

 

 

 

「────────────。」

 

 

 

余りにも小さすぎて聞こえなかったその言葉。

しかし何故だか、私にはその一言が決定的なものに思えて────次の瞬間

 

 

この場を取り巻く雰囲気が、一変する

 

 

 

 

 

「──────都合のいいヤツだな」

 

 

 

 

 

大きさは先ほどの呟きと変わらないはず。

しかしその言葉だけは鮮明に、鼓膜を直接震わせるように届いた。

そしてその言葉を聞いた瞬間…全身が震え上がる。

 

「ユー、マ……?」

 

「──────そこにいろ」

 

「……お前、まさか……!」

 

優真さんはゆっくりと立ち上がり、悟志を改めて制止し直した。普段の優真さんからは全く想像もつかない恐ろしい程の重みを持った言葉、全身から放たれるその殺気は先ほどの悟志のソレすら足元にも及ばないだろう。そもそも、優真さんが私たちのために怒った時ですら、ここまでの殺気を見せたことはない。

 

「優真さん……!」

 

「お前も」

 

心配になり、声をかけて歩み寄ろうとした私に声をかけ、優真さんは首だけでゆっくりと振り向き……

 

 

 

「──────そこにいろ」

 

 

 

その目を見た瞬間

 

大きな衝撃が全身を駆け巡る

 

「───────!!!!」

 

 

私は

 

この“目”を

 

()()()()()

 

 

どこで見た?いつ?何の時に?

一瞬で思考を埋め尽くすクエスチョンマーク。

先ほどまで優真さんに抱いていた恐怖感は消え去り、心の中で何かが突っかかったかのような痛みを覚える。

 

どういう、こと?

私と優真さんは、以前どこかで……?

何が……どうなってるの?

 

優真さんは正面を向きなおすと、その視線で二人組を文字通り、“射抜く”。

 

「な、何だよお前…………」

 

「そんなんじゃびびんねぇぞ…………」

 

二人組は強がっているものの、その表情は悟志に睨まれた時以上に恐怖で歪んでいる。この空間を圧倒的恐怖で支配しているのは……優真さんだ。

 

「─────さて、もう一回聞こうか」

 

そう呟くと優真さんはゆっくり、一歩ずつ二人組へと歩み寄る。

 

「ひっ…………!!」

 

優真さんが近づくごとに足を震わせ、後ずさりをする二人組。そして帽子をかぶった金髪の方の男が尻餅をついた。優真さんはそれを見逃さず、その男の目の前にしゃがみ込み……その襟首を両手でつかんで締め上げ───

 

 

 

 

「見逃してくれるよなぁ?それとも何?

 

 

 

──────()()()()?」

 

 

 

 

優真さんは笑顔で……それこそ小学生が先生に笑顔で質問するように問いかけた。

それほど自然に彼の口から出た、“死にたい?”という言葉。遠目に見ている私にも嫌でも恐怖を植え付けられ……そして、悟る。

 

この男は─────()()()()、と。

 

それを錯覚させるようなほど真剣味を帯びて放たれた言葉。それを直接向けられた本人は、私が感じている恐怖など比ではないだろう。

男は余りの恐怖で言葉も出ず、涙目になりながら唇を震わせ、歯をカチカチと打ち鳴らしている。

 

「─────返事は?」

 

相手ができないのはわかっているはず。しかし優真さんは容赦なく、確実に……文字通り“息の根を止めようとしている”。

 

「─────そうか」

 

その一言はまるで死刑宣告のようで。

 

そして優真さんは左手はそのままに襟首をつかんでいた右手だけを離し、近くにあった大きめの石を右手に持つとソレを上へと掲げ…今にも振り下ろそうとする。

 

「ユーマ!!」

 

「優真っ!!」

 

「優真さんっ!!」

 

私たちの制止の声も今の彼の耳には届いていない。

 

「う、うわああああああああああああ!!!!」

 

男は悲鳴をあげることしかできず、優真さんのなすがまま。悟志が駆け寄って止めようとするも、恐らく間に合わないだろう。

そして最悪の事態が起きようとした……その時。

 

 

 

 

「──────“優真くん”!!!」

 

 

 

 

恐怖が支配するこの空間の中を、光のようにその声が駆け抜ける。希が、普段とは違う呼び方で……それでも“まるで呼び慣れているかのように”優真さんの名前を叫ぶ。

その声を受けた優真さんの右腕が振り下ろされていた半ばで止まり……大きく震えだす。

それは振り下ろそうとする“殺意”と、踏みとどまろうとする“意志”がせめぎあっているように見えた。

その隙を────悟志は見逃さない。

 

「すまんッ!!」

 

「っ!!」

 

悟志が優真さんの左頬を殴り飛ばした。

本気ではないだろう、しかし確かな威力を誇るそれは優真さんの体を男の体から大きく離すことに成功する。

 

「おい、早く逃げろ!!」

 

「ひっ、ひいいいいいいい!!」

 

悟志の怒声か、それとも先程まで感じていた得体の知れない恐怖か…とにかく男はもうひとりの連れと一緒に路地裏から逃げ出した。

 

殴り飛ばされた優真さんからは殺気も威圧感も消え去っており、今はただ虚ろな目で横たわっている。

 

 

「────やりすぎ……だ……バカ……」

 

 

最後に小さく独り言のようにそう呟くと、優真さんは目を閉じて意識を失った。

 

「ユーマ!」

 

「優真!!」

 

悟志と絵里が優真さんに駆け寄る。

少し遅れて私と希もそれに合流した。

 

「しっかりして!優真!」

 

「……しょうがねぇ!俺がコイツを真姫の家まで担いで走る!みんなは俺とユーマの荷物を頼んだぜ!」

 

「で、でも……!」

 

「真姫の家は両親とも医者だ!ここからなら救急車を呼ぶより俺が走ったほうが早いぜ!真姫!母親は家にいるんだろ!?」

 

「え、ええ!」

 

「それなら話は決まった…!行くぞ!」

 

悟志が優真さんを背負い、駆け出す。

残された私たちもそれに習って駆け出した。

 

 

 

本当に、どういうことなの…………?

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

やめろ、もうやめてくれ

 

そこまでは誰も望んでない

 

消えろ

 

早く

 

消えろ消えろ消えろ

 

消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ

 

 

 

 

────────お前が、な

 

 

 

 

 

 

「……ぅ………ぁあ…………」

 

「ユーマ!?」

 

「優真さん!!」

 

痛い、体中……主に腹と頬が。

そして俺は呼びかけられた声で、完全に意識を取り戻す。

下には柔らかな感触……恐らくソファ、そして既視感のある部屋の豪華な装飾……おそらくここは、真姫の家の客間。

 

「サトシ……真姫……」

 

「気づいたか!?」

 

「なんとか、な……何があったんだ……?」

 

「お前、覚えてないのか……?」

 

「……お前と真姫がきてくれたところまでしか……そうだ、絵里と希は!?っ……」

 

いきなり上体を起こしたので、思わず体に痛みが走る。

 

「おい無理するな!……大丈夫、あの2人は無事だぜ。お前をここに運んだ後、俺が責任持って家まで送った。

……お前があの2人を守ったんだ。誇っていいぜ」

 

「……そっ、か」

 

俺はあの2人を……大切のものを守れたんだな。

その安堵感に浸りながら、俺は再びソファへと身を沈めた。

ふぅ、っと一息吐いて目を閉じる。そして再び目を開けてサトシの方を見ると……

そこみはいつもとは全く違う……言ってしまえば明らかな不信感を募らせて俺を見る真姫の姿が目に入った。

 

「……真姫…?」

 

「……優真さん…ちょっと聞きたいことがあって」

 

「ん?どうした?」

 

聞き出しにくいことなのだろうか、真姫は一度そこで目を伏せると意を決したように顔を上げて───

 

「───もしかして、私と」

 

 

「あら?目が覚めたみたいね」

 

 

真姫の声に割り込んできたのは─────

 

「……せんっ」

 

“先生”と言いかけて寸前で思い留まる。

ここには俺の昔の事情を知っているサトシ以外に、真姫も居る。ここで俺と先生の関係がバレて、変に疑いをかけられるのは避けたい。

先生もそれを察してくれたようで、俺に会釈を向ける。

 

「……助けてくれてありがとうございます」

 

「いいえ。私は軽くしか手当てしてないわ。殆どは真姫がしてくれたものよ」

 

「……真姫が?」

 

俺が視線を真姫に移すと、真姫は頬を赤らめてそっぽを向いた。照れているのだろうか。

 

「ありがとな、真姫」

 

「……別にっ」

 

さすが真姫、素直じゃない。……でも今日はどこか様子がおかしいな…気のせいだろうか。

 

「さ、多分問題ないとは思うけど一応倒れた後だから軽く問診させてもらうわね。悟志くんと真姫は部屋で待っててちょうだい」

 

「えっ……でも……」

 

「ほら、いくぞ真姫」

 

不満を抱えている様子の真姫を連れて、サトシがリビングを出て行く。そして俺は先生と2人きりになった。

 

「……久しぶりね。2ヶ月振りぐらいかしら」

 

「そう、ですね……。改めて先生、ありがとうございます」

 

「気にすることはないのよ。それにお礼を言うのは私の方」

 

「え……?」

 

「あなたのおかげで、真姫はまた笑うようになったわ。あなた達との楽しい思い出の話も聞かせてくれる。あの時の約束通り、あの子を助けてくれたのね」

 

「俺だけじゃありませんよ。μ's…真姫の仲間達のおかげです」

 

「1番の功労者はあなたじゃないの?真姫が私に話をするとき、必ずあなたの名前が出てくるわよ?」

 

先生は笑顔でそう言うが、俺としては恥ずかしすぎる。まさか真姫がそんなに俺に感謝をしてくれていたとは……

 

「……ありがとうございます。でも、もういいです。真姫もきっと俺に知られることを望んでないと思います。それにもし聞くなら、真姫自身の口から聞きたいので」

 

「あら?そう?」

 

「はい。……正直恥ずかしいです」

 

「ふふふっ。……本当に“変わった”わね」

 

「…………そうですかね」

 

「ええ。前も言ったけどね」

 

“変わった”。

誰かから面と向かってそう言われたことは今までない。それが俺の望んだ方向か、はたまた見当違いな方向か…それはわからないが少なからず昔の俺を知っている先生に変わったと言われることは嫌ではなかった。

 

そんなわずかな嬉しさに浸っていたから

 

気が緩んでいた

 

「────ねぇ、朝日くん」

 

「ん、なんでしょう、先生」

 

 

 

 

 

「────“()()()()()”?」

 

 

 

 

 

突然投げかけられた言葉に、頭の理解が追いつかない。誰もなにも、俺は朝日優真で……いや、そういうことじゃない、か。

さすが先生、ってところかな。

 

さあ、笑え。さも当然かのように。

何を聞いているんだあなたはと言うかのように。

 

 

 

 

「────“()()()()()()()()()”、先生」

 

 

 

 

「…………そう」

 

「そんなに変わって見えましたか?」

 

「……少なくとも私には、ね」

 

この光景を第三者が見たらどう思うだろうか。

互いに笑顔は崩さず、しかしその本心はその笑顔とは程遠い感情を抱いているのだから。

 

「それなら嬉しいです。

 

────俺は“変わるため”に努力してるので」

 

 

そう、すべては……“変わるため”。

ただ、それだけのために。

 

 

「……さて、俺も部屋に行きますね。ありがとうございました」

 

「待って、朝日くん。まだ話は……」

 

 

 

「──────()()()()()()()()()()()

 

 

 

「っ……!あなたやっぱり…!」

 

……また勝手に。

拒絶の意味を込めて告げた2度目の“ありがとうございました”。それを聞いた瞬間、先生の表情が驚きに染まる。

俺はもう一度目礼をして、客間を後にした。

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

「……………………」

 

「真姫?」

 

二階にある私の部屋へと向かっている途中、私…西木野真姫は唐突に足を止める。

 

頭の中に浮かぶのは、今日の優真さんのあの姿。

 

 

 

────『─────そこにいろ』────

 

 

 

間違いなく、私はあの目を見たことがある。

それが先程からどうにも引っかかってモヤモヤが止まらない。

 

何故あの目を見たことがあるのか。

優真さんは私と会ったことがあるのか。

そもそも“アレ”は……優真さんなのか。

 

気になることが多すぎる。

そして私の直感が告げている……“これは放置しておいていい問題じゃない”、と。

 

そうであるなら。

 

「……悟志、私トイレに行ってくるわ」

 

そう悟志に告げた後、くるりと踵を返して登ってきた階段を駆け下りる。

 

「え……おい真姫!?」

 

悟志は驚いているようで、まだ状況を理解できていない様子。

 

 

 

そして客間まで戻り、ドアを開けようとした瞬間

 

 

 

『────“()()()()()”?』

 

 

 

「え…………?」

 

聞こえたのは、私の母の声。

中にいるのは母と優真さんの2人だけ。つまりこの問いかけは、優真さんに向けられたもの。

 

何を……訊いているの……?

 

私は中の様子を窺うため、少しだけドアを開いて中を覗き見る。私の視界に映っているのは、優真さんに問いかけた母の後ろ姿と、突然の問いかけに驚きを浮かべた顔をしている優真さん。それはそうだろう、いきなり『あなたは誰』なんて問われたら驚くに決まっている。

 

 

しかし彼はその問いに、笑う

 

“気持ち悪いほど、曇りのない”笑みで

 

 

 

『────“()()()()()()()()()”、先生』

 

 

 

至極当たり前の返答。それ以上でもそれ以下でもないかのように放たれた答え。

しかし私にはその笑顔が、途轍もなく不自然に思えた。まるで顔の上に嘘とハリボテを塗り固めて削り作り出した、彫刻のような笑顔。

つまり、“完全なるツクリモノ”だ。

それを一瞬で、当然のように作り上げた彼はおそらく……そのことに“慣れている”。

 

 

そこまで考えて、私は悟る

 

彼、朝日優真は

 

私など比べ物にならないほどに

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()”と

 

 

 

──────パタン。

 

優しくドアが閉じられた音…その音で私の意識は現実へと戻る。私の後ろには、悟志の姿があった。

 

「────トイレなら二階にもあるだろーが。

吐くならもっと上手な嘘を吐けよ。ほら、さっさと戻るぜ」

 

「悟志っ……!待ってよ!」

 

「盗み聞きが趣味かよ。感心しねぇぜ?」

 

「っ……!そんなんじゃ……」

 

 

 

「─────お前はこの件に、首を突っ込むな」

 

 

 

「え……?」

 

「その方がいい」

 

普段の悟志らしくもない、真面目な声色。

悟志は私に背を向けて、私と目を合わせようともしない。

 

「なんでよ……!悟志は気にならないの!?あんなことがあって、優真さんが……」

 

「……………………」

 

「…悟志、あなたまさか……知ってる、の……?」

 

「……………………」

 

「答えなさいよ、悟志……!」

 

悟志の無言に耐えられなかった私は思わず怒鳴るように問いかけた。しかし───────

 

 

 

「────お前は何も、知らない方がいい

 

 

ユーマもきっと、それを望んでる」

 

 

 

それ以上話すことはないと言うように、悟志は階段を上って私の部屋へと歩き出した。

 

 

 

 

 

─────────何よ

 

 

 

優真さんも、悟志も、母親(ママ)

 

 

 

私に何を隠しているの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日芽生えた不信感は、少しずつ─────

 

 

確かに大きくなってゆく

 

 

私が全てを知っていれば

 

 

あんなことは起こらなかったのだろうか

 

 

今思えば全ての始まりは

 

 

 

 

─────今日この日だったのかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「背中合わせの2人」あるある:唐突なシリアス←
今回の話は書いていて筆が止まったり進んだりが激しかったです。
イチャイチャを書くのも楽しいですが、やはり自分はこういうシリアスを書くのが好きですね。
しかし今回、内容を詰め込みすぎた感がすごいです。
前半の希と絵里の会話は、前回の話の最後のところに差し込むかもしれません。……っていうかそっちの方がいい気がしますね笑

さて、最近私のtwitterをフォローしてくれる方が多いのですが、この小説を読んでくれている方は是非一声かけてくれると嬉しいです。私自身も読者さんとコミュニケーションを取りたいので……。
それにそう言ってフォローされると作者のモチベはだだ上がりです⤴︎
というわけで無言フォローはフォロー返しはしないのでご了承を。

長くなりましたが今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!
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