54話 強い私へと。♯2
机に向かい合ってから、もう30分以上経とうとしています。私…南ことりは今、作詞というものに挑戦しているのですが、どうしていいのか全くわからなくて先程から一切進んでいません。一応思いついたものを呟きながらノートに書き込んでは見ましたが、見るに耐えなくて消しゴムで消して……また思いついては書いて、それを消して……ずっとそれの繰り返し。解決策は全くというほど見えないまま。
「ううっ…………穂乃果ちゃぁん……」
思わず心から頼りにしている親友の名前を呟いてしまい、自分が嫌になってしまいます。
いつもそう。私は穂乃果ちゃんや海未ちゃんが決めたことの後についていくだけ。
衣装作りだって穂乃果ちゃんが決めたことのために始めたことで、元々衣装作り自体に興味はあったけれど、自分で決めて始めたことじゃない。
私は今まで頼れる幼馴染2人に、“依存”してたんだ。
だからそんな自分を、“変えたい”。
そんな思いでメイドのバイトを始めたけれども、結局変われたという実感はこれっぽっちも生まれなくて。
でも今日、絵里ちゃんがそんな私に
『──貴女なら出来るわ、ことり』
絵里ちゃんも、μ'sのみんなも言ってくれました。
“私なら出来る”と。
……もし私に詞を作ることができて、アキバでのライブを成功させることができたなら。
私も少しは自分に自信が持てるのでしょうか。
ただ皆に流されるのではなく、自分の意志でやりたいと思ったことで、結果が伴ったなら。
私は自信を持って“変われた”と言えるのでしょうか。
そんな僅かな思いを抱きながら、私は“やる”と決めました。皆に流されたわけではなく、自分の意志で。
……決めたのですが。
現状手詰まりで、突破口も見えないこの状態。
正直自分1人でどうにか出来るとは思えません。
……でも誰かの手を借りることは、違う。
絵里ちゃんは助けてくれるって言ったけど、それじゃ意味がない。これは私が自分で決めたこと。
私1人で、なんとかしないと
そこまで考えた時
教室の扉が開いて
「……お邪魔するよ」
「優真、くん……」
入ってきたのは、優真くんでした。
「作詞進んでる?」
「……うん、ちょっとだけ」
「ホント?」
「……嘘、です…」
「だよね」
こうやってやり取りしているうちに、優真くんは私の前の席へと座りました。
「大丈夫?」
「……うん」
「……じゃないよね?」
「…………うん」
優真くんは微笑んだけれど、私はそんな気分じゃありません。今ばかりは好きな人と2人きりなのに浮かれる余裕もなくて。
「……ごめんね、押し付けるみたいな形になっちゃって」
「ううん!これは私が自分で決めたことだから……」
「そっか、そう言ってくれるなら嬉しいな。……さて、俺も手伝うよ」
「えっ、いいよいいよ!私がやらなきゃ……」
「でも、今のままじゃ……」
「大丈夫!私がなんとかしてみせるから!」
そう、これは私がやらなくちゃいけないこと。
でないと私は、“変われない”から。
しかし優真くんは……
「ていっ」
「きゃっ!?」
私の頭を、軽く小突いた。
「確かに俺たちは君に作詞を頼んだ。
でもね、全部君1人で抱え込む必要なんてどこにもないんだよ?
少し、落ち着いてごらん。
普段のことりちゃんらしくないよ。
いつもの君は周りが良く見えて、衝突しがちな穂乃果と海未、そして真姫と凛を宥めてて……
……今の視野が極端に狭くなってる君じゃ、良い詞は書けない。俺たちが作詞を頼みたかったのは、そんな君じゃない」
「っ……」
言葉が、出ない。
視野が狭くなっていたという指摘に心当たりは大いにあって。しかもそれを指摘されたのが好きな人であることがさらに私の心を追い詰める。
───好きな人に自分を否定されることが、こんなに苦しいなんて
「……ねぇ、ことりちゃん」
「……なに…………?」
「“メール”見てくれた?」
「!」
昨日、バイトが終わった後携帯を確認すると、優真くんから一通のメールが届いていました。
《君は自分を“変えたい”と思ってる。そうだよね?
もしそうなら、俺は君の力になれるかもしれない》
「どう?」
「………………」
「合ってる、よね」
「………………」
優真くんの視線から逃げるように、私は顔を伏せました。優真くんは今何を考えているのでしょう……顔は見えないけど、ふうっ、と吐息を漏らしたのが聞こえました。
「“変えたい”、ねぇ……うん、わかるよその気持ち」
「えっ?」
そこで初めて真っ向から優真くんと目が合う。
優真くんは優しい笑みを私へと向けています。
「……俺もずっと思ってるんだ。自分を変えたいって」
「優真くんも……?」
「まぁ俺の話は良いや。ことりちゃん。昨日の君の話から察するに、君は穂乃果と海未に劣等感を抱いている。そうだよね?」
何も、間違えていない。
「……うん。あの2人と違って私にはなにもなくて、私はただ2人について行ってるだけで」
「……はぁ」
「……優真、くん……?」
優真くんに、溜息をつかれてしまいました。
何かおかしなことをしてしまったでしょうか……?
「……あのなぁ、さっきも言ったけど君は周りがよく見えてる。
────だからかもしれないけど。
君は自分が見えてない」
「……私、が……?」
優真くんの雰囲気が変わる。
普段の優しいそれから、私たちに真面目な話をするときのそれへと。
「いいか?君は自分を低く評価し過ぎだ。
それが当たり前っちゃ当たり前だけど、君の場合はそれに縛られすぎてる。
せっかく広い視野を持ってるんだから、自分を見つめてみなよ。
君は本当に穂乃果や海未に劣っているのか?
本当に穂乃果や海未について行ってるだけなのか?
───本当に、君には何もないのか?
少なくとも、俺にはそう見えない」
「……私、自身……」
本当にそうなのかな?
今までずっと私には何もないって決めつけて、勝手に劣等感を抱いてただけなのかな?
それでもやっぱり私に何かがあるなんて、思えない。だって今までもずっと2人の決めたことについてきただけで……
すると突然
優真くんの手が私の上に乗せられて
彼は優しく私に笑いかける
「……本当に、どうして自己評価が低いんだろうね
君はこんなにもいいところで溢れてるのに」
「優真くん…………」
そしてそのまま、二度、三度と私の頭を撫でながら彼は言う。
「君自身がきっと、穂乃果と海未っていう存在に縛られてるんだろうね。確かにあの2人には魅力的なところがたくさんあるから。……でもね、俺たちの誰も君があの2人に劣ってるなんて考えたこともないよ。
そもそも、比較することすらしてないと思うな。
君には君のいいところがあって、穂乃果や海未には2人のいいところがある。
──────それじゃダメなの?」
「…………!」
考えたこともありませんでした。
本当に、何も見えてなかった。
2人の魅力に、眩しさに目が眩んで。
そっか。
私は私を、認めても、いいんだ。
「……吹っ切れた?」
「はい……!」
心なしか本当に周りが広く見える気がします。
今の落ち着いた心と頭なら、いい詞が書けるかも……!
「よし、行けっ!」
「はいっ!」
………………。
…………………………。
……………………………………。
「やっぱり思いつかないよぉ〜〜〜っ」
「ですよねー……」
机に突っ伏してしまった私を、優真くんは苦笑しながら見ています。
「……やっぱり自分でやり遂げたい?」
「……うん。私にも誇れるところがあるっていうのはわかったの。でもね、やっぱり私は“変わりたい”。今までの自分と決別する、何かが欲しい……!」
この曲を完成させられた時。
その時初めて私は本当の意味で“変われた”って言えた気がする。
今までの弱い自分じゃなくて、強い自分に。
「そっか。……じゃあ俺は君にヒントをあげよう」
優真くんはニヤリと笑いながら私に言う。
「ヒント……?」
「そう。この間作った曲…“Shangri-la shower”はもちろん俺が詞を作ったんだけど、サトシと真姫からヒントをもらって出来たものだしね。誰かからの言葉をちょっと受け入れようと思うだけで、人の意識ってのは大きく変わる。ヒントがあったとしても、詞を書くのはことりちゃんだ。
誰がなんて言っても、ことりちゃんが書いた詞なんだ」
「……そっ、か…」
優真くんは、どこまで私の考えを見抜いているのでしょう。彼の言葉一つ一つが、私の悩みを根っこから潰していく。
彼の優しさが、いつも私を助けてくれて
その度に私は何度も何度も自覚する
───私はやっぱり、
「……さぁ、俺からのヒントだ。ことりちゃん。
───君にとって、“
「私にとっての、アキバ……」
今まで考えたこともなかった問いだったけど、答えは自然と口から零れ出ました。
「……“特別な場所”、だよ。この街に来ると、不思議と勇気が貰えるの。自分を変えるきっかけをくれて、もし思い切って自分を変えられたとしても、この街はそれを受け入れてくれる……そんな気がするんだ。だからアキバは特別で、大好きな場所!」
私の言葉を聞いた優真くんは、ニコリと微笑む。
「だよね。だから絵里は君に頼んだんだ。あの場所で歌う曲の作詞を。じゃあもう一つ。
───君にとって、“
「……!」
その問いへの答えは、反射のように口から出た。
「───“大好きな場所”…!……そっか、そういうことだったんだね…!」
つまり、優真くんの言いたい事は───
「そ。“同じ”だろ?アキバもμ'sも、君にとってかけがえのない居場所のはずなんだ。
君はただ、その場所への思いを“
「みんなのため……?」
「今日何回も言ってるけど、ことりちゃんは優しい。だから多分、君は“自分のため”よりも、“誰かのため”に頑張ることができる人だ。
……忘れちゃいけないよことりちゃん。
俺たちがアキバでライブをするのは、何のため?」
真面目な表情で問いかけられたその言葉。私はそれに、ゆっくりと答えます。
「……μ'sの宣伝をして、文化祭に来て貰うため…」
「それは何に繋がるの?」
「……μ'sで『ラブライブ!』に出場して、廃校を阻止すること。……そっか」
「そうだ。それを見失っちゃ意味がない。
君の他の人より広い視野なら、できるはずだよ。
“
───大丈夫、君なら出来る」
その一言は私に大きな勇気をくれて。
あぁ、どうしてこんなにも
“好きな人の言葉”は、心に染みるのでしょうか。
さっき自分を否定されて落ち込んだ心は今、“君なら出来る”、その一言だけで本当に何でも出来そうな程勇気に満ち溢れています。
だから私は応えたい
この人の期待に、みんなの思いに
“
そしてなりたい───“強い自分”に
伝えたい思いが、歌いたい言葉が、どんどん溢れてくる。先ほどとは真逆、溢れすぎて……迷う程に。
「優真くん…いけそう!浮かぶよ、たくさん!」
「……大丈夫そうだね。そんな笑顔が出来るなら、もういつもの君だ。
───“頑張れ”。ことりちゃん」
「……!」
「“応援する”って言っただろ?」
─────『─────優真くん。
私、頑張るね。みんなに負けないように』
『な、なにを……?』
『だから優真くんも……私のこと応援してくれたら嬉しいな♪』
『……うん、わかった。頑張れ』──────
……覚えていてくれた。合宿前のあの約束を。
私の本当の意図とは違うそれを、優真くんはずっと覚えてくれていて……そしてあの時の言葉通り、私を応援しようとしてくれている。
それがたまらなく嬉しくて。
そして優真くんはもう一度私の頭に手を乗せます。
「───何かあったらいつでも相談しておいで
俺は絶対君の力になってみせるから」
そして彼は優しい笑顔を私へと向けました。
好きな人が向ける笑顔。普段なら嬉しいはずのそれは……
「…………ふふふふ……」
「ん?」
「ご、ごめんなさい優真くん……も、もう限界!あはははは!」
───天然変顔の今現在は、破壊力が抜群です。
「なっ……!人が一生懸命励ましてるのに……!」
「だ、だって……その顔で、笑顔で、ふふ、あははは!」
「こぉぉとぉぉりぃぃちゃあぁぁぁあん!!」
優真くんは堪えきれずに吹き出してしまった私を顔を真っ赤にしながら怒鳴りつけました。
でも正直褒めて欲しいです。笑いそうになっていたのをずっと堪えていたんですから。
「ったく……」
機嫌を損ねてそっぽを向いてしまった優真くん。
そんな彼の様子を微笑ましく思いながらも私は……
彼の腫れた頬に、優しく触れる
「っ……!ことり……ちゃん…?」
「……ありがとう。私、頑張れるよ。
優真くんが、応援してくれるから」
そして向ける……私の心からの感謝の笑みを。
すると優真くんは恥ずかしそうに目を背けた。
「……んじゃあ、俺行くね」
「えっ……?」
「今の君なら安心して作詞を任せられる。だから俺はみんなの練習指導に戻るよ」
「……そっか…」
そうだよね。それが普通だよね。
……でも。
「……優真くんっ!」
「うぉっ!?」
立ち上がってドアへ向けて歩き出そうとしていた優真くんを、呼び止めてしまいました。
「……一緒に、考えてくれない?」
「え、でもさっき自分で考える、って……」
「言ったけどぉ〜〜……」
やっぱり優真くんは鈍感さんです……
そんな彼に気付いてもらうためには。
「ゆ、優真くんが!」
「お、俺が?」
「ゆ、優真くんが一緒に居てくれたら……頑張れる気がするから……」
自分の思いの丈を、ストレートで投げるしか有りません。
「だ、だから……側に居て…くれ、たら、うれ、しいです……」
恥ずかしさのあまり途切れ途切れになる言葉。
語尾もおそらく小さすぎて聞こえてないんじゃないかと思います。しかし優真くんは優しく笑った後……私の額に、人差し指をトンッと当てて……
「───わかった。“一緒に”頑張ろう」
「優真くん……!」
しかし優真くんは、ドアの方向を見たままで、私と目を合わせてくれません。
「……ねぇ、どうして私の方を見てくれないの?」
「見たら君は笑うだろ?」
「………………笑わないよ?」
「今の間は何なんだ」
「んふふふ」
「既に吹き出してんじゃねぇか!!」
こればかりは本当に仕方ないんです、わかってください。でもそろそろ優真くんが本当に可愛そうになってきたので、再び我慢モードに入りました。
「……落ち着いたかよ」
「怒ってるの……?」
「……そんな顔されたら怒れないよ。ったく……」
「ふふふ♪」
「はぁ……んじゃま。始めよっか」
「はい!」
私は頑張れる。
────君が側で応援してくれるから。
▼▽▼
アキバのとある一角。
そこに並ぶはメイド服に身を包んだ9人の少女。
そしてそのセンターに立つのは、“伝説のカリスマメイド”。そう、彼女はこのライブの宣伝のために、自らの肩書きすらダシに使ったのだ。
それだけ、彼女はこの路上ライブにかけている。
「本日はお集まり頂きまして、ありがとうございます!μ'sのメンバー、“ミナリンスキー”こと、南ことりです!」
今彼女が浮かべている表情は笑み。
しかしその佇まいからは緊張や迷いは感じない。
伝わってくる感情は、覚悟。
今までの自分との決別のために。ライブを成功させるために。
あの日俺が伝えたように、彼女は今自分の目標と、みんなの目標の二つを見据えて目の前のステージに立とうとしている。
───大丈夫、君ならできる。
腫れの引いた顔に笑みを浮かべて、俺は舞台袖からことりちゃんをみている。
さぁ……君自身の思いを乗せて
────歌え、“ミナリンスキー”
「今日は私“達”の思いを込めて精一杯歌います!
聞いてください!
────“Wonder zone”!」
ことりちゃんの歌い出しで、この曲は始まる。
μ's内でも格段に印象強く、甘い歌声を誇る彼女のそれは、集まった観客たちの表情を驚愕に変えたのち、喜びの色へと染め上げる。
その歌い出しが終わると、μ's皆で歌唱がスタート。女神たちの唱和を耳にした人たちは次々と足を止め、ステージを向き、吸い寄せられるようにそこへ。確実に、少しずつアキバ全体が彼女たちのステージを中心にμ's色へ染まって行く。
それを成したのは紛れもなく、ことりちゃん。
ことりちゃんが作った歌で、確実に皆を魅了することに成功している。
あの後、結局2人で教室に残って作詞の作業をしていたわけだが、本当に俺はほとんど口を出していない。あの歌の歌詞は、彼女が自分で考えて、彼女の思いが詰まったものだ。
そんな彼女の想いの丈の全てがこもったワンフレーズがある。
───“強い私へとなれる未来 一緒に見つけよう”
彼女がずっとしたがっていた、“弱い自分への決別”。
彼女はそれを、今確実に成し遂げた。
自分1人ではなく、μ'sの仲間と共に。
それでこそ、彼女らしい。
彼女は見つけられたはずだ。なりたい自分になれる未来を、偶然と奇跡を手繰り寄せた先で繋がった仲間と共に。
───この“
俺たちμ'sのゲリラライブは、大成功に終わった。
▼
「楽しかったね!ことりちゃん!大成功だよ!」
「うん……みんな本当にありがとう」
「ことりのおかげですよ。とても楽しい時間でした」
ライブが終わり、μ's皆での帰り道。
楽しそうに歩いている皆と嬉しそうに笑うことりちゃんを見て、俺も笑みを浮かべる。
俺は集団から離れて数歩後ろを歩き、1人その光景を眺めていた。
その時、ポケットで携帯が震えた。鳴動の長さが電話の着信である事を示している。
携帯を取り出して液晶に映った名前を確認して……俺は足を止め、皆へと言う。
「……ごめんみんな。先帰っててくれ」
「え?どうしたの?優兄ィ」
凛が怪訝そうに俺へと問いかけた。
「ちょっと電話かかってきてさ。俺丁度
「え?お母さんから……?」
「まぁね。さて、今日はみんなお疲れ様。最高のライブだったよ。それじゃ」
俺は来た道を振り返り、そちらの方向へと歩き出した。
▼▽▼
「優真先輩、何かあったのかな?」
残った面々はしばらく優真が去って行った方向を見ており、そして穂乃果が皆の気持ちを代弁するかのように口を開いた。
「……穂乃果もそう思いますか?」
「うん…なんか様子おかしくなかった?」
「確かに…気になるにゃ」
皆やはり優真の突然の行動に不信感を抱いている様子。しかしその空気の中、少女はゆっくりと口を開く。
「……あのっ!」
「ん、ことり?どうしたの?」
「今日は、ありがとう……。私、みんなとあの場所で歌えて、本当に良かった!
───みんなの事が……大好き!」
ことりは皆へと思いを叫ぶ。
自分がここまでしてきた中で、心から感じた思いを。
その言葉を聞いたμ'sのメンバーは……
「うううう……こっとりちゃーーーーーん!!」
「きゃあっ!?」
「凛も凛もえーーーい!!」
「り、凛ちゃんっ!?」
穂乃果と凛はことりに抱きつき、残りの皆も、ことりに笑顔を向ける。
その笑顔が示している意味が、ことりにはわかった。
───“私達も、同じ気持ちだ”と。
「───“ずっと一緒にいようね!”ことりちゃん!」
裏表ない表情でそういった穂乃果に、ことりも笑顔で返す。
「───うん!“ずっと一緒”だよ!」
▼▽▼
皆と別れて少しした後、俺は電話を取る。
「……もしもし」
『久しぶりね、ユウマ』
「……きみだれ?」
『嘘でしょ!?またそれなの!?』
「ははは。冗談だよ───ツバサ」
そう、電話の主はA-RISEのリーダー、綺羅ツバサ。
「で?どうした?」
『……良かったわ、今日のライブ』
「……見てたのか?」
『ええ、もちろん♪ “
彼女の顔は見えないが、容易に想像が付く。
楽しそうで、それでいてどこか心に刺さるような鋭さを兼ね備えた微笑みに違いない。
『……アキバで歌ったっていうことは、“そういうこと”だと捉えていいのかしら?』
「……ああ。間違っちゃいねぇよ」
俺たちの狙い。それはことりちゃんに自信を持ってもらえるような機会を作ること。
───それとは別に。
大きな目的が、もう一つある。
これを提案したのは、絵里と希とにこ。
あの3人は、μ'sの中でも筆頭の負けず嫌い。
そう、つまり敢えてアキバでライブをしたのは……
「────受け取れ、A-RISE。これは
────
逃げないという意志、戦うという決意。
俺たちのそんな思いが、あのライブには篭っている。
『…ふふふ、あははははははは』
俺の言葉を気にも止めず、ツバサは嗤う。
『───やっぱり君は面白いね、ユウマ。
────でもそれでいいの?』
「は……?」
何を言ってるんだ、こいつは……?
そんな俺の思いを察してか、ツバサはすぐに次の言葉を繋いだ。
『───あなたがわからないなら、あなた達はココまで来れない。考えなさい。私が何を伝えたいのか』
「……何が言いたい」
『考えろ、って言ってるんだけど。敵に塩を送るほど私も優しくないの』
……どういうことだ。“ココまで来れない”?
一瞬挑発かと思ったが、向こうの話し方から考えてそうではないと考え直す。
思考がまとまらない中、ツバサはなおも言葉を続ける。
『───信じてるわよ、ユウマ。あなたなら気づいてくれるって。ここまで登ってこれるって。それじゃ』
それだけ告げて、ツバサは一方的に電話を切った。
切られた側の俺は、ただ立ち尽くす。
ツバサが残していった“信じてる”という言葉。
あれほど印象に残ったのは初めてかもしれない。
────“逆の意味”で。
人はあそこまで感情を殺した“信じてる”を言えるものなのだろうか。
人に温かみを与えるはずの信頼、しかしツバサのそれは温かみも冷たさも何も感じない、無味乾燥なものだった。
────まぁ、それを言う資格がお前にあるとは思えないけどな
「───
噛み付くように小さく呟いて、俺は理事長の元へと歩き出した。
▼
音ノ木坂へと戻り、俺は理事長室の前に立つ。
そして扉を3度叩いた。
『どうぞ』
「……失礼します」
理事長がいることを確認して、俺は理事長室へと入る。
「あら、朝日くん。
「……少々話がありまして」
極力感情を殺して、俺は理事長に問う。
「───
俺の問いに対しても、理事長は顔色一つ変えずに笑顔で俺を見る。まるで
「───さぁ、どうかしらね」
「……はぐらかすんですか?」
「そんなつもりはないわ」
「……そうですか。じゃああなたの娘さんはどうです?」
「あなたが言ってないのなら、知らないんじゃない?」
「遠回しに“俺の過去を知っている”といったようなものですよ?」
「あら、気づかなかったわ」
適当にあしらうような理事長の態度に、段々と苛立ちが募る。まぁいい。知りたい事は知れた。
「……そうですか。では失礼しました」
俺は一礼をしてドアに向けて歩き出した。
「待って」
「……なにか?」
「……いいえ、やはり何もないわ」
その言葉に返事をする事なく、俺は理事長室を出た。
「ことりのこと、ありがとう」
▼▽▼
「ただいまー」
家に着いたことりは、必ず“ただいま”と言う。
家に帰るのは確実に母より早く、父親は海外に単身赴任なので“帰宅時には必ず家には誰もいないのにもかかわらず”、だ。
これは幼い頃、母から教わった防犯の知恵。
「ただいま」という事で家の中に誰かいる事を示す事で、泥棒が入りにくくなる……らしい。
本当に効果があるかはわからないが。
そしてことりはドアについているポストの中身を確認し、リビングへと持っていく。これも幼い頃から癖付いた彼女の習慣だ。
しかし。
「ん……?」
今回はいつもと違い、ある一枚の手紙が目に止まる。
「これは……?」
自分に宛てられた、赤と青で縁取られた便箋。
左端には、飛行機のマーク。
……胸がざわつく。嫌な予感が溢れて止まらない。
そしてことりはその手紙を開封し、中を見て……
────知ってしまった
「……嘘…」
これが運命だというのなら
運命とは悲惨なものだと思わずにはいられない
己の運命を悟った少女は
ただただ、涙を流し続けるしかなかった
ワンダーゾーン編、終了でございます。
存在を主張し続ける不穏な空気……
いったいどうなるのでしょうか。
今回、文の書き方を大幅に変えてみました。
とりあえず目立ったものでは、会話文と会話文の間を詰めてみました。
個人的には空いている方が見やすいのかなと今まで思っていたのですが、いろいろな人の作品を見るうちに一概にそうとは言えないのかな、と思いまして今回試験的に行ってみた次第です。
そちらの方のご意見もくだされば幸いです、どうかご協力のほどよろしくお願いします。
新たに評価をくださった、
田千波 照福さん、ありがとうございました!
それでは今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!