55話 ラストスパート!
「優真先ぱーーーーーい!!」
放課後。俺がいつものようにアイドル研究部の部室へと歩いていると後ろから大きく名前を呼ばれた。……振り返らなくても誰かはわかる。そして周りの人の視線も俺に集まっていることも。周りの迷惑になるからやめろと何度言っても一向に効果はない。俺は敢えて立ち止まり、振り返り彼女の名前を呼んだ。
「……どうした、穂乃果」
「聞いてよ聞いてよ!大ニュースだよ!!」
「わかった、わかったから廊下では静かにしてくれ。迷惑だろ?」
「……あっ、ごめんなさい……」
俺からの指摘に、しゅんとなってしまった穂乃果。それを見て一瞬申し訳ない気持ちになるが、騙されてはいけない。指摘した後は大体いつもこうなるのに何度もなんども同じことを繰り返すのだから。
はぁ、と溜息を一つ吐いて歩き出した俺の横に並んで穂乃果が歩く。
「……んで、どうしたんだ?」
「……我慢するっ」
「は?」
「……テンション上げて言いたいから、部室まで我慢するっ」
律儀かよ。思わず出かけた笑いを封じ込めて俺は冷静を装った。やっぱりこいつはなんだかんだいい子なんだよなぁ。そんなとこがあるから、俺は何をされても穂乃果を憎めない。
「……あれは本気で怒ったわけじゃないから別に気にしなくていいんだ。次から気をつけてくれ」
「ほんと…?うん、わかった!じゃあ言うね!」
「おう、聞かせてくれ」
「えへへ♪あのね……」
俺が許可を出すと笑顔を浮かべた穂乃果。
そんなに言いたかったのだろうか、俺はそれを微笑ましく思いながら穂乃果の言葉を待った。
「───μ'sのランキングが、19位になったの!」
「そうかそうか、それは良かった……えええええええええええええええええええ!?」
先ほど穂乃果に注意したことも忘れ、俺は驚きの声を張り上げる。周囲の視線が再び俺に集まったのがわかるが、そんなことはどうでもいい。
「じ、19位!?『ラブライブ!』出場圏内じゃねぇか!!お前どうして早く言わなかった!?」
「言おうとしたよ!!そしたら優真先輩が止めたんじゃん!」
「それはいち早く知らせるべきだろうが!!俺の言うことを無視してでも言えよ!!」
「ねぇ、私バカだからあんまり自信ないけどこれって理不尽だよね!?それくらいはわかるよ!!」
廊下でぎゃあぎゃあと言い合いを始めてしまった俺たちを止めたのは……
「……貴方達、廊下では静かにしなさい?」
「あ、絵里」
呆れたような視線を俺たちと向ける絵里だった。
「絵里ちゃん!聞いて聞いて!大ニュース!」
「わかったから…静かにしなさいってば。仮にも学校を代表してるスクールアイドルなんだから、その辺の自覚をしっかりと……」
「とにかく!大ニュースなんだってば!!」
「……何を言っても無駄みたいね、はぁ……それで?どうしたの?」
「実は……」
かくかくしかじか。
「はぁ、なんだ、そんなこと……ってえええええええええええええええええええ!?」
「お前もかよ!!」
「じっ、じゅ、13位!?」
「聞き間違えてるぞおい!!19位だ19位!」
「えっでも、ど、どうする!?」
「どうするもクソもねぇだろ!落ち着け絵里!」
驚きと衝撃で絵里の頭のネジはすっ飛んでしまったようで、いまの彼女は言っちゃ悪いが完全にアホの子だ。まぁむしろ時折出てくるこちらの絵里の方が可愛くはあるのだが……っていまは関係ないね。
「だ、だって19位って……!『ラブライブ!』出場に手が届くじゃない!」
「おう、そうだな。……なんか俺以上に動揺してるお前見たら落ち着いてきたわ。感謝するよ」
「私はどうしたらいいの……!?」
「え、絵里ちゃん廊下は静かにしなきゃ……」
「うるさいわよ!穂乃果!!」
「…珍しく私がこんな役回りを……」
まぁ騒いでいる絵里はさておき。
19位か。確実にこの間のゲリラライブの影響だろう。つまるところ、あのライブは“大成功”したということが、明確な形を持って現れたということだ。これならば確実にことりちゃんの自信になるはずだ。
……ついにここまできたか。
本当に、本当に手が届くところまで来た。
夢にまで見た、“
あとはただ突っ走るだけ。油断はしない。
「……よし!じゃあ改めて文化祭に向けて練習頑張るぞぉーー!!!」
「「おおおぉぉぉーーー!!!」」
────ピンポンパンポーン。
『アイドル研究部の朝日くん、絢瀬さん、高坂さん。至急職員室へと来てください』
「「「……………………」」」
……そこで初めて気づく。
ざわついた廊下、集まっている視線、ちらほらと聞こえるぼそぼそとした話し声。
……まぁ確実に、騒ぎすぎたよね。
「………………行くか」
「「…………はい」」
……説教が待ってるんだろうなぁ。
▼
「……で?何でアンタ達は丸ごと職員室に呼ばれたわけ?」
「……面目ありません」
説教から解放された俺たち3人が部室へと向かうと、そこにはご立腹な様子で俺たちを待っていたにこと、苦笑いでそれを見つめるその他の面々の姿が。
「はぁ……穂乃果はともかく、アンタと絵里は何やってんのよ全く……」
「返す言葉もございません」
「……つい気が動転しちゃって」
「……で?何があったのよ」
「実は…………」
かくかくしかじか。
「……ふぅん、なんだその程度ってえええええええええええええええええええ!?」
「何回やるんだよこのくだり……」
他の皆も驚いたような表情を浮かべて……っていうか何で穂乃果以外知らねぇんだよ。
「19位ってことは……!」
「『ラブライブ!』に出場できるってことかにゃ!?」
「すごいですぅぅ〜〜!!ついにここまで……」
俺たちの話に部室の空気が一気に明るくなる。
「喜ぶのはまだ早いわよ」
「そうです。寧ろ、ここからが本当の勝負ですよ」
「そうね。他のグループも出場を目指して最後の追い上げを図ってくるはず。私たちも油断せずに頑張りましょう」
真姫、海未、絵里の言葉で、浮つきかけた空気が一気に引き締まった。流石の3人だな……絵里も先ほどまでのポンコツ振りとは打って変わって頼りになる。
「……何ニヤついてるのよ、優真」
「んーや、別に?」
……表情に出てたようだ。気をつけなくては。
「……これはスゴイわね」
そこでパソコンの前で座っていたにこの呟くような声が俺の耳に届いた。
「ん、にこどうした?」
「『ラブライブ!』出場校決定まで残り2週間でしょ?だから他のスクールアイドルについて今軽く検索かけてみたんだけど……」
その言葉と共ににこはパソコンの前にスペースを空け、俺が画面を見ることが出来るようにする。そこに群がるように集まる他のメンバーを背に、俺は画面に表示された内容へと目を通した。そこに書いてあったのは……
「っ……!」
「嘘……」
「A-RISEが……」
「七日間連続ライブ……!?」
そう、A-RISEの七日間連続ライブ開催の知らせだった。出場校決定までは残り2週間もないが、そのうちの1週間、連続でライブをし続けるということ。そんなことをしなくても、最初から現在まで一貫して1位を守り続けているA-RISEなら本戦出場は硬いだろう。しかしA-RISEは……
───『───信じてるわよ、ユウマ。あなたなら気づいてくれるって。ここまで登ってこれるって』───
ゲリラライブの後、電話越しに問いかけられたツバサの言葉。その言葉の意味は、未だにわかっていない。あのツバサのやることだ、助言やアドバイスの類とも思えないが……意味がない言葉を俺にかけるとも思えない。
だから俺は答えを探し続けているのだが、今の所、見つけられそうもない。
そんなA-RISEの、七日間連続ライブか……
……俺たちも負けてられないな。
「……優真、大丈夫…?」
「……ん、絵里。別に大丈夫だけど……何かあったか?」
「……ううん、何もないなら良いの。でも本当に大丈夫?最近授業中もぼーっとしてることが多いし、それに今だって…」
俺自身、本当にそんな自覚はないのだがどうやら絵里に無意識の内に心配をかけていたらしい。
それをなんとなく申し訳なく思い、謝ろうと口を開こうとした時……
「へー、えりちって、ゆーまっちのことよく見とるんやなぁ〜♪」
「なっ……!?」
希がいつものように悪戯じみた笑顔で絵里をからかい出した。
「ち、違うわよ!今たまたま見たらそんな顔してたから……」
「でもさっき、『授業中も』って言ったやん?ってことは」
「希ィィィ!!」
絵里が顔を真っ赤にして叫びながら希へと飛びかかった。
な、何かよくわからんが……女の子2人がキャッキャウフフしている様子は非常に目の保養になり
「優兄ィ☆」
「あ、はい」
幼馴染に心を読まれかけたので、この辺にしておきます。……ていうか表情に出てるのかもな。さっきもそれで絵里にバレかけたし。
「ほら絵里、希。じゃれあうのもそれくらいにしなさい」
「でも希が……!」
「───優真がアンタ達見て喜んでるわよ」
その瞬間。
2人の動きはおろか、部室内の時が止まる。
そして動き出した時は無情にも俺へと牙を剥く。
集まる視線……ジトッとした、決して健全なものを見るのには相応しくない視線。
取り巻く空気……変態が1人混じっていますと言わんばかりに重苦しく、場違い感が否めない空気。
……なんてことしてくれてんだあのアホは。
鋭く張本人を睨みつけると、本人自慢の「にこにーポーズ」で
そんな俺の心情はさておき、部室を取り巻くシチュエーションは確実に俺の敵だ。
「優兄ィ、やっぱりそういう人だったんだね……」
「優真くん……最低……」
「優真先輩、破廉恥です!!」
凛。本当にゴミを見るみたいな目をしないでくれ。お兄ちゃんはそんな目を教えたことはありませんよ?
ことりちゃん。君にそんなにストレートに軽蔑の言葉を向けられたのは初めてだけど……悪くな(
海未。君なら味方してくれるかもと思っていたけどそうだね、君はそういう純情ガールだったね。
「優真先輩も男の子だねぇ……」
「キモチワルイ」
「お、お兄ちゃんはそんな人じゃないよぉ……!」
あぁ、“ほのまき”は置いておいて、やっぱり花陽は天使だ……!
「優兄ィはかよちんのこともいつも変な目で見てるにゃー」
「うええええええ!?誰か助けてぇーー!!!」
「凛コラァ!!変なこと吹き込んでんじゃねぇ!」
さて、当の2人はと言うと顔を真っ赤にして硬直したまま俺を見続けていますね。
……収拾つかないぞ、この状況。
……はぁ。
小さく息を吐くと俺は2人に歩み寄り……
絵里の頭へと手を乗せた。
「───心配してくれてありがとな。俺は大丈夫だから」
「……う、ん」
そして次は希へと視線を移して……
「お前も。場の空気の為に弄ったのはわかるけど、限度を考えような?」
「わ、わかった……」
……よし、なんとか片付いた。
一仕事終えた後の充実感溢れる笑顔で皆を振り返ると……
先ほどよりもじとっとした空気と視線が俺へと向けられている。
「また平気でそういうことを……」
「これだから優兄ィは……」
あれ、なにこの空気?また俺が悪者みたいに……
「さ、収拾ついたし、練習始めるわよー」
「激しく納得いかないぞオイ。なんだよこの空気」
「自分の胸に聞いてみたら?」
「真姫は違う何かに怒ってるように見えるんですけど気のせいですかねぇ!?」
そんな俺の指摘に答えることもなく、そっぽを向いた真姫。そんな中、絵里と希が申し訳なさそうに手を挙げる。
「……ごめんなさいみんな。私たちは生徒会の仕事があるからしばらくは練習に来れないわ」
そう、文化祭まで俺たち生徒会の仕事はあとを絶たない。各部やクラスの催しの機材の確認、それをさらに先生たちへと通す作業、それと並行して止むことのない日常業務。
多忙な日々は絵里と希の練習時間を確実に削り取って行く。
……それをどうにかするには。
「───いいよ2人とも。俺がやっとくから」
「えっ?」
そう、俺が全てをやればいい。
それが間違いなく、俺がなすべき事。
彼女たちが最高のパフォーマンスを行うための最善手。
「でも優真……」
「そのために俺が居るんだ。2人はライブの練習に全力で取り組んでくれ」
笑顔でそう言う俺を見て、2人は困ったような表情を浮かべている。
「いいからいいから。ライブを成功させるにはそれしかないだろう?」
「ゆーまっち……」
「……優真が大丈夫って言ってるんだから、任せても大丈夫なんじゃない?絵里と希は昼休みや朝に生徒会の仕事を少しでも手伝ってあげれば?放課後は優真に任せて練習をする。それでもいいと思うけど」
「あぁ。にこの言う通りだ。俺は大丈夫だから」
「……ただ優真」
唐突ににこの声色が真面目なものへと変わる。
「無理はしないで」
……本気で心配してくれているんだな。
にこの声が、目がそれを訴えてくる。
「……わかった。だからお前らも無理はするなよ。
───さぁ、ラストスパートだ!」
おぉー!、と元気な声が部室に木霊した。
▼
「もぅマヂむり。。。」
それから1週間が経った。
文化祭まで残り1週間を切り、生徒会の仕事も益々忙しくなってくる。
俺もあまりの忙しさに一昔前のギャルのような言葉を発するも、それで何かが改善されるわけもなく、ひぃひぃ言いながら業務に追われている。
因みにμ'sの文化祭でのライブ会場は屋上。
講堂を使用するためにはくじ引きに勝利する必要があるのだが、見事ににこがハズレを引きやがった。生徒会としてくじ引きを担当していた俺も、μ'sの面々もその場でうなだれた。
……っていうか、当たり狙うなら希に引かせればよかったんじゃ。
さて、俺はここ1週間忙し過ぎてμ'sの方へ全く顔を出すことができていない。大丈夫だとは思うが、一応心配だから顔を出そうとしているのだが、その時間すらも今までなかった。でも今日はなんか行けそう。奇跡が起きそう。
「……ふぅ。よし!」
生徒会室に鍵をかけて、俺は屋上へと歩き出した。
▼
「も、もう動けない…………」
「何言ってるのにこちゃん!まだまだやるよ!」
「えぇ!?少し、休憩……」
「やるの〜〜!やるったらやるのぉ〜〜!!」
屋上に上がった俺の目に真っ先に入ってきたのは、屋上の床にへたり込むにこと、それを意地でも引っ張り上げようとする穂乃果の姿。
「あ、優真先輩」
「海未。なんか久々だな」
「ですね。生徒会の仕事は大丈夫なのですか?」
「死ぬほど忙しいけど、その合間を縫って今日来てみた。調子はどうだ?」
「はい。皆意識も高まっていて、調子も良いみたいです。ただ……」
「ただ……?」
海未はそこで視線を俺からずらす。その視線の先には……穂乃果がいた。
「穂乃果。私たちはともかく、あなたは少し休むべきです。最近あまり寝てないんでしょう?」
「大丈夫だよ海未ちゃん!私今、燃えてるから!」
……なるほど、ね。
まぁどこからどう見ても、“気合いが入っている”。
一方、“入り過ぎている”ようにも見える。
ライブに向けて士気が上がっているのは一向に構わないが、入りすぎた気合いは時に空回りを生みかねない。さて、どうしたものか……
「……気合い入ってんな、穂乃果」
「当たり前です!ライブまでもう1週間も無いんです!やれることは限界までやらないと……!後悔したく無いので!」
相変わらず穂乃果は、練習中には俺に敬語を使う。
穂乃果の思いが、ひしひしと伝わってくる。
今の彼女は誰が止めても止まることは無いだろう。
そんな“目”をしている。
だから。
「───おう、頑張れよ」
背中を押そう。そう決めた。
「ありがとうございます!」
まぁ穂乃果には海未やことりちゃんも付いてるし大丈夫だろう。そう思ってことりちゃんの方を見ると……
「ん……?」
俺の目に間違いが無いなら、沈んでいるように見えた。何か心の中に、大きな悩みを抱えているような、そんな顔をしている。
「ことりちゃん……?」
「っ!?は、はいっ!」
俺の呼びかけで、驚いたように顔を上げたことりちゃん。
「わ、私も穂乃果ちゃんがやりたいようにやるのが、一番だと思うな」
「でしょ!?よーし、練習練習!」
ことりちゃんは笑っているように見えるが、やはりいつもと様子がおかしい。
俺は穂乃果に声をかける。
「……なぁ、穂乃果」
「ん、どうかしました?」
「……ことりちゃん、なんか様子がおかしくないか?」
俺でも気づいた異変。俺より遥かに長く一緒にいる穂乃果が気づかないわけがない。そう思って声をかけたのだが……
「え?そーかな?いつも通りじゃないですか?」
───嘘だろ?
どう見ても普通じゃないだろ?
「きっとことりちゃんもライブに向けて気合いが入ってるんですよ!」
それ以上話すことはないとばかりに、穂乃果は練習へと戻っていった。
───おかしい。
ことりちゃんも様子がおかしいが、“その様子に気づかない穂乃果の様子”もまたおかしい。
それよりなんだよさっきの態度は。
“ことりちゃんよりも練習の方が大事です”とでも言わんばかりのその態度。
普段の穂乃果からはまったく想像もつかないようなそれに、俺はしばらくの間面食らって動かなかった。
「……優真先輩」
後ろから海未に声をかけられ、俺は振り向く。
「やっぱり穂乃果……」
「おかしいですよね。それにことりも……」
やはり海未は気づいている。2人の異変に。
そのことが一層、穂乃果の異変を確信付ける。
穂乃果は決して賢くはないが、察しが悪いわけではない、というのが俺の見解だ。だからこの状況にすごく胸騒ぎがする。
「……海未、2人のこと頼んだ。何かあったら知らせてくれ」
「わかりました」
だからと言って、穂乃果の頑張りたいという思いは無下にはしたくない。背中を押すと決めたんだ、最後まで応援したいと思うこの気持ちに嘘はつきたくない……それに『ラブライブ!』に出場するには……“A-RISEを倒す”には、確実に限界を超えた努力をし続ける必要があるだろう。
───俺は一体どうするのが正しいのだろう?
▼▽▼
「ふう……」
私…園田海未は今、自宅での稽古を終え道場の軒下に腰を下ろし休憩を取っているところです。弓道部の部活とアイドル研究部での活動を掛け持ちしている私は、それとは別に家でも日舞の稽古をしています。しかしこれも自ら進んで決めたこと、辛いと思うことはあっても止めたいと思ったことは一度もありません。それどころか、毎日に充実感を感じてすらいます。
しかし今日はその稽古は控えめ。何故なら明日は文化祭……そう、私たちμ'sの大勝負だからです。
やることはやりました。あとは練習の成果を発揮するだけ。
……なのですが。
私は今、2つの心配を抱えています。
1つは、ことりのこと。
アキバでのライブを終えた頃から、どうにも様子がおかしく、私が何を聞いてもなんでもないの一点張りで答えようとしてくれません。
そしてもうひとつは……穂乃果。
様子がおかしいことりの様子にも気づかず、ただ目の前のライブに向けて必死に努力を重ねている。ただ、確実に“無理のしすぎ”です。
家でもライブのことばかり考えてあまり眠れてない様子。そして練習も休憩時間中にも体を動かしたり、一向に休もうとしない。
私が止めても耳を傾けようとせずに、結局穂乃果は本番前日まで無理を貫き通してきました。
正直、心配でたまりません。そしてそれを最後まで止められなかった自分に腹が立って仕方がなくて……
───ポツン。
そんな私の心象を表すかのように、雨が降り出しました。明日のライブは屋上でのステージだというのに、雨……明日の朝には止んでいるでしょうか。
───ピローン♪
唐突に鳴り響いた携帯の着信音。
電話の主を確認して、取る。かけてきたのは……
「もしもし」
『……海未ちゃん…』
「どうしましたか?……ことり」
『あのね……実は……』
彼女から告げられた言葉
あまりに唐突すぎたその言葉は
私の心に動揺を生むには、十分すぎた
▼▽▼
「うっわ、やっぱ降ってきたか……」
時刻は9時過ぎ。学院が閉まるギリギリまで残っていた俺はやっとの事で帰路についていたのだが、現在雨に見舞われるという不運真っ只中にいた。カバンから常備している折り畳み傘を出し、それを開く。
「……明日までには止むといいんだけどな……」
小さく呟きを漏らす。
μ'sのライブは屋上で行われる為、雨となると来る人も大幅に少なくなってしまうだろう。この雨が通り雨であることを切に願う。
……どうでもいいけどさ、折り畳み傘ってカバーできる面積小さすぎない?文明が発展してもっと大きくカバーできるようになることを俺は切に祈っています。
そんなことを考えていたらふと視界に映った姿
その姿を見て一目散に駆け出した。
後ろ姿に追いすがり、肩を掴んで声をかける。
「───穂乃果」
「……あ、優真先輩」
「何してんだこんな所で……!」
「明日が本番だって考えたらいてもたってもいられなくて……。少し体を動かそうかなー、なんて」
───こいつは一体
何を考えているんだ
俺は穂乃果の腕を掴み、穂乃果の家の方向へと歩き出す。
「優真先輩!?」
「……帰るぞ。この雨の中で走るなんてふざけるな。明日に響くだろ」
「でも……!」
「でもじゃない!」
「っ……!」
声を荒げた俺に穂乃果が驚いたのはわかったが、俺はそれでも足を止めない。
「体調崩したら元も子もないだろ?こんな雨の中走ったりなんかしたら確実に風邪を引く。
……頼むから無茶はしないでくれ。わかったか?」
「……………………」
「穂乃果…………?」
返事がないことを不審に思い振り向くと……
顔を真っ赤にして、目が虚ろな穂乃果の姿が俺の目に映る。
「穂乃果……!!」
「はぁ……はぁ……」
手を引っ張りながら歩き続けていたせいで、足元もフラフラとしている。
……“風邪を引く”んじゃない。
穂乃果は“
「このっ……馬鹿野郎が……!!」
傘を閉じてカバンを持ち替え、穂乃果を背負う。
そして俺は穂乃果の家へと駆け出した。
確実に、俺たちには暗雲が立ち込めていた。
改めてお久しぶりです。
投稿が遅れたのには色々理由がありますが、一番は私が投稿しているもう1つの作品、『μ'sic story:From,Love Live!』の方の執筆に少々手間取ったというのがあります。どうしてもこちらを更新したかったもので……申し訳ありません。
『背中合わせの2人。』と同時更新なので、良ければあちら側も読んでいただければ幸いです。
さて、次回で5章は終了でございます。
そこからの話はほぼオリジナルで進んでいくと言っても過言ではないので、どうか楽しみにしていただければ嬉しいです。
それでは、今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!