ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね
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一進一跳!

 

 

 

56話 一進一跳!

 

 

 

「夜遅くすいません!!」

 

穂乃果の家のドアは鍵がかかっていなかったので、勢いよく開いて声を上げる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

俺の背中には雨に打たれ、ますます元気を失っていく穂乃果がいる。

近くにあった椅子を借り、そこに穂乃果を下ろして座らせると、穂乃果は力なくぐたっと全身を垂れさせた。

 

「穂乃果!大丈夫か!?」

「あぁ……ゆぅ…ま、せん……ぱ……」

「とりあえず、上着だけ脱がすぞ!?」

「じぶんで……できる……よ…………」

 

この状況でビショビショに濡れたパーカーを羽織って居ると、ますます風邪を悪化させることになる。かといって全てを脱がすのは流石にできないので、とりあえず上に来ていたパーカーだけ脱がせた。

 

そこまでした時───

 

「何が起きて……って朝日くん!?」

「穂乃果のお母さん……いきなり夜遅くにごめんなさい」

「どうしたのそんなにびしょ濡れで……って穂乃果も!まさかこの子……!」

「……想像通りです。外を走ってた所を見つけたので、家まで連れ戻しました」

「なんてこと……!取り敢えず家に上がって」

「いや、俺は別に……」

「そんな状態じゃあなたも風邪を引くわ。さ、早く」

「……すいません、お邪魔します」

 

穂乃果の母の厚意に甘え、取り敢えず俺は穂乃果を抱えて居間へと通された。

 

 

 

 

 

 

俺のことを考えてくれたのか、居間へ入ると冷房が切られていた。季節柄ストーブやこたつの類はないが、夏の夜の室内は十分雨の降る外よりも暖かい。

濡れた制服の上着を脱ぎ、シャツ一枚になりタオルだけを借りて髪を拭く。俺の方は穂乃果を背負っていた事で、逆にあまり濡れなかった。……今考えれば、正面に抱えて走るのが得策だったな。そうすれば穂乃果ももう少し濡れずに済んだかもしれないのに。

 

そんなことを考えていると、目の前に温かいお茶が運ばれる。

 

「……あぁ、ありがとうござ…」

 

母親かと思って敬語でお礼を言いかけて、目の前の人が自分よりも幼い少女だということに気づいた。

 

「……君は…」

 

 

 

 

「──初めまして。高坂雪穂と言います。

……“姉”がいつもお世話になってます」

 

 

 

 

「あぁ、君が穂乃果の妹の。穂乃果から話は聞いているよ」

「私もお姉ちゃんから朝日先輩の話は聞いてます。とても優しくて、頼りになる人だと」

「やめてくれよ。俺はただ穂乃果たちを手伝ってるだけだから」

 

……穂乃果から妹の存在は聞かされてたけど、全然イメージと違う。だって“姉がアレ”だから“妹もソレ”だと思うよね?仕方ないよね?

 

「……お姉ちゃんのこと、ありがとうございました。……私が止めたのに、言うこと聞かなくて。お姉ちゃんいっつも無茶しちゃうから」

「あぁ。……そこがいいところでもあるんだけど」

「……私がちゃんと止められていれば、こんなことには」

「……自分を責めるのは良くない。それに君だけの問題じゃない。穂乃果をこうなるまで止められなかった俺たちの責任だ」

 

……俺の言葉は心に届いていないかもしれない、雪穂ちゃんは暗い表情のまま俯いている。

 

「……穂乃果はどうしてる?」

「今は部屋で寝てます。……お姉ちゃん、明日大丈夫なんでしょうか……?」

 

……雪穂ちゃんには申し訳ないけど。

 

 

 

「───十中八九、無理だろうね」

 

 

「っ…!」

「歩くのも難しくなるほどの熱……1日でどうにかなるとも思えない。例え熱が下がったとしても、ステージに立つのは……難しいと思う」

「そんな…………」

 

雪穂ちゃんは悲しそうに顔を歪める。

姉がどれだけ次のライブに力を入れていたか……それを間近で見てきたからこそ、より苦しいのだろう。

 

「取り敢えず明日は8人で踊るか、中止にするか……一応穂乃果の体調を見てから決めるけど、開催は絶望的だと考えてくれていい。君に嘘はつきたくないからね」

「……そう、ですか……」

「……ごめんね。明日は来る予定だった?」

「はい、友達と一緒に」

「そっか……最善は尽くす。でも穂乃果に無理はさせないでくれ。これは雪穂ちゃんにしか頼めない。いいかな?」

「……わかりました」

 

雪穂ちゃんに優しく微笑むと、俺は荷物を纏めて家を出る支度を始めた。

 

「……じゃあ俺行くから。お母さんによろしく言っておいてくれ」

「あ、はい!…改めて今日は本当にありがとうございました」

「何回も大丈夫だよ。それじゃあね」

 

何度も頭を下げる雪穂ちゃんに見送られながら、俺は高坂家を後にした。

外に出ると雨も心なしか弱くなっている。この調子で明日までに止んでくれればいいんだけどな……

そんなことを考えながら、俺は傘を開いて家へと歩き出した───

 

 

 

 

 

祈りも虚しく、雨は降り止むことなく次の日を迎えた。しかしそんなことは御構い無しに音ノ木坂学院文化祭は問題なく執り行われる。

μ'sとしてはもちろん、俺には生徒会としての仕事もある。穂乃果のことは気掛かりだが、今は生徒会の一員として仕事をこなさなければ。

 

そんなことを考えながら、俺は見回りの仕事をこなしていた。

 

 

 

「優兄ィーーー!!」

 

1年生の教室へと向かって歩いている途中、呼ばれ慣れた名前が廊下に響く。その声に振り返るとそこには想像通りというべきか必然というべきか、凛、そして花陽の姿があった。

 

「凛、花陽」

「生徒会の仕事?」

「あぁ。ついでに1年生(お前ら)の出し物でも見に行こうかと思ってな。1年生って何やってるんだっけ?」

「凛達も優兄ィを誘おうと思って探してたんだー!メイド喫茶だにゃ!」

「なん……だと……?」

 

メイド喫茶、だと……!?

 

「今凛達は当番から外れてるから優兄ィと行こうと思って!今、真姫ちゃんがメイドやってるよ?」

「真姫の……メイド服……!?」

 

相当レアじゃねぇか……!

あのツンデレの真姫はこんなことでもない限りメイド服を着ることはないだろう。見たい、なんとしてでもこの目に収めたい……!!

 

「っし!見にいくか!」

「よーし、出発にゃ!」

 

凛が声を上げて俺の腕をぐっとつかんで引っ張ろうとする。

 

しかしその動きを遮ろうとする者が1人。

 

「花陽……?」

 

花陽が凛と反対の腕を掴んで離そうとしない。

 

「───わ、私はお兄ちゃんと2年生のところを回りたいっ」

「2年生……?」

「μ'sのみんなの出し物を見て回りたいし、それに……さ、最近お兄ちゃんと話せてないし、一緒に回りたいんだ……ダメ、かな?」

 

……かっ、可愛すぎるっ!!

上目遣い+潤目という女の子に許された禁断奥義を放った花陽のお願いは、断ろうという意志すら生まれない。

 

「……よし、いくか!」

「ほんとっ?ありがとうっ!」

 

花陽が俺を二階の階段に向けて引っ張ろうとするが……それを邪魔する者が1人。

 

「ちょっとかよちん!優兄ィは凛とメイド喫茶に行くの!」

 

そう、凛だ。

この2人は互いに真反対に俺を引っ張っている。

 

「先に凛がお願いしたんだから凛が先だにゃ!」

「凛ちゃんはいっつもお兄ちゃんといるからたまには私もお兄ちゃんと居させてよぉ…」

「凛だって最近一緒にいること少ないから優兄ィといたいもん!」

「お、お前ら……俺が生徒会の仕事中ってことを忘れな」

「凛ちゃんは帰るときも最後までお兄ちゃんと一緒にいるからいいでしょ!?」

「かよちんだって行きは優兄ィと一緒にいる時間凛より長いじゃん!」

「それは凛ちゃんが寝坊するからだよね!?」

 

……ダメだ、まったく聞く耳を持たない。

いつからか俺の両腕は自由となり、2人は俺の目の前で完全に言い合いを始めてしまった。

……俺を求めて争ってくれるのは非常に嬉しくも恥ずかしいことであるのだが、俺には仕事があるのでどうにかしてこの場を収めたい。さて、どうしたものか……

 

 

 

刹那

 

 

 

────────パチン!

 

 

 

唐突に鳴り響いた音

 

頬をおさえる凛

 

こちらを向く視線

 

驚愕と恐怖に染まる2人の表情

 

僅かに残る手の痺れ

 

 

 

─────それら全てを理解して初めて

 

 

 

この音が、()()()()()()()()()()()()()()()()()だと気付く

 

 

 

「……あ…れ…?」

「……優……兄ィ……?」

 

凛自身も驚きで現状の理解が追いついていない模様。

 

「もしかして……その目……」

「っ─────!!」

 

 

─────まさか

 

 

「───ごめん、2人とも。俺仕事戻るわ」

「あっ、お兄ちゃんっ……!」

 

花陽の呼ぶ声にも振り返らず、俺は階段へと駆け出す。一刻も早くこの場から逃げ出すように。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「……凛ちゃん、大丈夫?」

「…………うん」

 

花陽に心配され、凛は改めて叩かれた頬に触れる。

初めて……そう、初めてなのだ。

彼女は今まで、冗談以外で優真に暴力を振舞われたことは一度もない。

だからこそ、今彼に手を挙げられたという事実に、怒りよりも衝撃が上回り何もできなかった。

自分は今叩かれるようなことをしたのだろうか?

そんな考えが凛の脳内に1割、残りは────

 

 

()()()()()()()”、あの黒い瞳

 

 

それに思考を奪われていた。

凛はそれを、()()()()()

知っているからこそ、胸騒ぎに心が荒れる。

 

一方の花陽は、優しい兄が凛に手を挙げたという事実に驚きを隠せないでいた。そして普段の優真からは考えられないほど怖い、黒く鈍く光る瞳。目が合えば寒気すら覚えるようなその瞳を、彼女は今まで見たことがなかったのだ。

 

 

それぞれ違った感情を抱きながら、2人は優真が去った後の廊下を眺めていた。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

2人の元から逃げ去るように走ってきた俺は男子トイレへ駆け込み、ドアを閉じる。

 

「…………またかよっ…」

 

そう、俺は最近“()()()()()()()()()()()()()”。今のもそう、全く自覚がない。

……最近絵里が俺を心配するのも、この事が関係しているのだろうか。俺が気づいていないだけで、俺が思う以上に頻度が高いのかもしれない。

 

 

そして恐らく、この現象は間違いなく

 

“アイツ”が関係しているに違いない

 

最近それに悩まされる事が多い

 

 

 

……そろそろどうにかしなくては。

 

 

 

─────どうやって?

 

 

「……チッ」

 

小さく舌打ちをして、俺はトイレを後にした。

 

 

 

 

 

 

そして時は過ぎ正午前。

μ'sのステージの時間が近づいてきた。

 

「……入るぞー」

 

俺が部室のドアを開くと……

 

「あ、優真くん!」

 

ステージ衣装に身を包んだ、μ's全員の姿。

……ある1人の姿がないが。

 

「……似合ってるぞ、みんな」

 

笑顔でそう言うと皆も嬉しそうに笑う。

 

「……って優真、穂乃果知らない?」

「……穂乃果?」

「まだあの子来てないのよねぇ……」

「あれだけ張り切ってたから、寝坊はないと思うケド?」

 

真姫も口ではそういうものの、心配は隠し切れていない。他の皆も穂乃果が気掛かりで仕方ないようだ。

 

その時。

 

「みんなごめーん……」

 

「穂乃…果……!?」

 

穂乃果が部室へと入ってきた。

 

「遅いよ穂乃果ちゃーん!」

「アンタどこで何してたのよ!」

「こめんごめーん……うわっとと!」

 

穂乃果はよろけて側にいたことりちゃんへともたれ掛かってしまう。

 

「穂乃果ちゃん……?」

「えへへ……ごめんねことりちゃん…」

 

見るからに、治っていない。

声もおかしいし、頬も心なしか赤い。どう考えても熱がある。

……雪穂ちゃんも止められなかったんだろうな。

はぁ、と小さく息を吐き、俺は穂乃果へと声をかける。

 

「……穂乃果、今日のステージのお前の動きについて話し合い事がある。ここに残ってくれ。

絵里、残りのみんなで隣の教室で最後の動きの確認を頼む」

「ん……わかったわ」

「あ、ウチトイレに行ってくるねー」

 

希がそそくさと部室を抜け出す。

そして俺と穂乃果以外のみんなは横の空き教室へと移動を開始した。

 

 

 

皆が移動し終わったのを確認して、俺は口を開く。

 

「……熱は下がったのか?」

「うん。昨日はありがとう、優真先ぱ……」

 

 

「嘘吐くな」

 

 

「………………」

 

俺が強く言うと、穂乃果は俯いた。

 

「あれだけの熱、1日で下がるわけがない。歩くのもやっとなんだろ。

 

…………何しに来た、お前」

 

 

穂乃果は顔を上げ、俺の瞳を強く見つめる。

 

 

 

 

「───ライブを、()りに来ました」

 

 

 

 

「……“演れる”のか?」

「違います、“演るんです”」

「根性論かよ。そんなの認めるわけにはいかない」

「優真先輩……!」

「お前が今無理をしてることなんて目に見えてわかる。歌い切るなんて出来るわけ無い」

「やります!やってみせます!!」

「穂乃果ッ!!」

「っ!?」

 

 

先程よりも強く…最早叫ぶように穂乃果を制す。

 

「……熱を出したのは誰のせいだ。

 

風邪引いたのは誰のせいだ。

 

この状況を招いたのは……誰のせいだ?」

 

 

 

「………………」

「『無理はするな』。俺はそう言い続けた。一番大切なのは君たちの体調だと、何度も言ったはずだ。

 

……この事態を招いたのは、間違いなく君の自己管理不足だ」

 

「……それは…………」

「……君だけが悪いわけじゃ無い。俺ももっと顔を出すべきだった。大切なのは君たちの体調。それは体調を崩している今でも変わらない。これ以上悪化させてもし何かあったらどうする?

……自分を大切にしてくれ、穂乃果」

 

最後は諭すように俺は穂乃果へと声をかける。

穂乃果は納得がいかないかのように握りこぶしを切り、強く唇を引き締める。

 

「……やっぱり嫌だ……!」

「穂乃果……」

 

 

「私はみんなで『ラブライブ!』に出たい!

せっかく届きそうなのに、こんな所で諦めたくない……!私がバカだからこんなことになったのも十分わかってる……でも!まだ私は歌える!動ける!!無茶だってなんだって、やりきってみせるっ!!」

 

 

穂乃果の心に秘めた思い。

それを聞いた俺の意志が揺らぎ出す。

 

「このライブを成功させれば、絶対『ラブライブ!』出場に繋がる……!

 

そして私は!!

 

A()-()R()I()S()E()()()()()()”!!!」

 

 

「っ─────!!」

 

初めて、μ'sメンバーの中からその意志を聞いた。

普通、誰もが挑戦することすら考えようとしない絶対王者A-RISEに穂乃果は言った。“勝ちたい”と。

いつものあの、“曇りのない瞳”で。

 

 

───そんな目をされたら。

 

 

「……俺の方が悪者みたいじゃねぇか」

「優真……先輩……?」

「……着替えたら保健室に行け。出番ギリギリまでそこで寝てろ。あいつらは上手いこと俺が誤魔化しておくから」

「……ありがとうございます!」

「ただし約束がある」

 

 

俺の言葉に、笑顔になっていた穂乃果の表情が引き締まる。

 

 

「───“()()()()()()()()”。

途中で投げ出したら許さない。最後まで、自分の足でステージに立て。最後の一曲まで、全力で歌い抜け」

「……! はいっ!」

「……ほら、行け」

 

 

もう一度はいっ!、と返事をして、穂乃果は皆の待つ空き教室へと移動した。

 

 

 

 

1人になった教室で、俺は呟く。

 

 

「───いつまで隠れてんだよ」

 

 

気配があったわけではない。ただ俺には、“()()()()()()()()()()()()()”。

 

 

「───なんでもお見通しやね、ゆーまっち」

 

 

希が微笑みを携えて部室のドアをゆっくりと開き、顔を出す。

 

「トイレに行った時点で疑ってたからな。……最初から聞いてたか?」

「……うん、ごめんね…?」

「気にすんな。どっちかっていうと穂乃果に謝った方がいいかもな」

「確かにそーやね」

 

 

希は申し訳なさそうに笑う。

 

 

「穂乃果ちゃん、そんなに危ないん……?」

「……少なくとも、俺は今日学校にも来れないだろうと思ってた。ステージに立つなんて論外だ。

……でも、止められなかった。あの目を見たら、あいつのやりたいようにやらせてやろうって、思っちまった……」

 

近くにあったパイプ椅子に腰掛け、俺は自嘲気味に笑う。

 

「……俺がもっと部活に顔を出せてれば、こんなことには……」

 

そんな俺の肩に乗せられた、2つの小さな掌。

 

 

「───キミだけが悪いわけじゃない。これはμ'sみんなの失敗。誰も穂乃果ちゃんを止められなかったんだから。キミが自分を責める必要なんてどこにもないんだよ?」

 

 

「……“希”…」

 

「だから優真くんは、“見てて”。穂乃果ちゃんを、私達を、何があっても最後まで。

……それがみんなの力になるから」

 

「……ありがと。本番前にメンバーに励まされてちゃ世話ねぇな」

「優真くんだって、メンバーでしょ?」

「……そう言ってくれると、本当に嬉しいよ」

 

俺は椅子から立ち上がり希の方を向くと、そのまま彼女の頭を優しく撫でる。

 

 

「────頑張れ」

 

 

色々言いたい事はあるけど、今はこれだけでいい。

 

 

希は少しだけ顔を赤らめながら、満面の笑みで笑う

 

 

「───うん、アリガト」

 

 

……その笑顔は、俺を殺しに来てる。

本人にそれを伝える事はできずに、俺は希と共に空き教室へと移動した───

 

 

 

 

 

 

μ'sのライブ開始まで残り5分。

雨は止むことなく、ある程度の強さを保ったまま。

今回の屋上の野外ステージには舞台袖がなく、俺は観客と同じように外から彼女たちのライブを見る。観客の姿は今はまだ多いとは言えないが、曲が始まればもう少し増えることとなるだろう。

 

……雪穂ちゃんも来ているだろうか。

 

そんな軽い考えでゆっくりと周りを見回し───

 

 

とある姿が目に入る。

 

「───────!!!!」

 

それはこの場に居るには場違いと言っても過言ではない人物で

 

俺はその姿を見た途端駆け寄り、その肩に手をかける。

 

 

 

 

「────荒川……!!」

 

 

 

「……ん、優真か」

「こんな所で何してやがる……!!」

 

 

そう、荒川翔太。俺と希の因縁の男。

その男が今、ぬけぬけと音乃木坂の文化祭のアイドル研究部のステージを……希のステージを見ようとしている。

 

 

「そんな怖い顔するなよ。唯の一般客じゃねぇか」

「“どのツラ下げて”っていう言葉は多分お前の為にあるんだろうな。何してるかって聞いてんだよ……!!」

「心外だなぁ?ただ単にステージ見にきただけっつってんだろ」

「信用できないほどの事積んできたお前が悪いとは思わねぇか?」

 

 

挑発のつもりで吹っかけたその言葉。

しかしその言葉に荒川は考える素振りを見せて……

 

 

「確かにそうかもしれねぇな」

「……素直に認めるんだな」

「……なぁ優真」

「……んだよ」

 

 

 

「───お前今、幸せか?」

 

 

 

「……なんでそんなこと」

「答えろよ」

「……少なくとも毎日楽しいよ。それがどうした」

「そうか……それだけだ」

 

そう言うと荒川は本当に屋上のドアへと歩き出した。

 

「おい!待てよ!」

「此処にいたら、お前の邪魔になるだろ?俺は端の方でステージを見てるよ」

 

それだけ言い残して、荒川はいつの間にか増えていた屋上の人混みの中へと消えていった。

 

「……なんだったんだあいつ」

 

普段は売り言葉に買い言葉を返してくる荒川が、今日は素直に俺の言葉を認めた。

……本当にステージを見に来ただけだったのか…?

 

 

『───皆さん、こんにちは!』

 

 

突然マイク越しに聞こえた挨拶。その声にステージの方を向くと、そこには穂乃果を中心に並んだμ'sメンバーの姿が。気付けば人はどんどん増えていき、最前列の方にいた俺の後ろにはたくさんの人がいる。

 

 

『本日は雨の中、お集まりいただき本当にありがとうございます!私達も全力で歌うので、皆さんも最後までついてきてくださいね!!』

 

 

おぉー、と歓声が上がる。

場数をこなしていくうちに、穂乃果のMCにも貫禄が出てきた。

 

 

本当は、今の君は立っていることすら辛いだろう

 

 

降りしきる雨は、容赦なく君の体力を奪っていく

 

 

そんな君の意志を俺は本当に尊敬する

 

 

────だから

 

 

頼むから、無事に終わってくれ

 

 

俺の心の不安や迷いを、吹き飛ばしてくれ

 

 

 

『───それでは聞いてください!一曲目!』

 

 

 

今は名も無き(ノーブランド)”彼女たちの

 

一世一代の大勝負が今、始まる

 

 

 

『────“No brand girls”!!』

 

 

 

 

アップテンポなイントロ、彼女たちの思いを乗せて始まったこの曲は、今まで作ってきた中でも屈指の盛り上がりを誇る。その分ダンスの難易度も高いが、足場も悪い中、彼女たちはそれを実に楽しそうに踊り抜く。

サビに入り始まる合いの手は、観客との一体感を生み出し、会場をμ'sのフィールドへと変える。

歌を聞きつけた人たちがどんどん屋上へと集まってきて、屋上はもはや人でパンパンになった。

 

 

 

……あぁ、大丈夫だ。

 

君たちはもう、十分大きくなった。

 

これならA-RISEとだって──────

 

 

 

 

 

─────そんな思いは、一瞬の内に打ち砕かれる

 

 

 

『No brand girls』が終わった瞬間

 

足元から崩れ落ちるセンターの少女

 

反射で受け身を取ることすらままならず

 

彼女は側頭部から床へと倒れこんだ

 

 

 

「────穂乃果!?」

「穂乃果ちゃん!?」

 

咄嗟に気づいたのは、絵里とことりちゃん。

2人は即座に穂乃果に駆け寄る。

それで気づいた皆も、倒れた穂乃果の姿を見て目を見開く。

 

「穂乃果っ!!」

「穂乃果ちゃん!!しっかりして!!」

「…………ぅ…………あ…………」

 

俺はただ、その光景を眺めているだけ。

頭が真っ白になり、どうすればいいかがかわからない。

 

「穂乃果!!穂乃果!!!」

「続けるわよね……!?こんな所で終わらないわよね!?」

「にこっち……穂乃果ちゃんはもう……無理や」

「……つぎ…………の……きょく…………を…」

「穂乃果ちゃん!!嫌…穂乃果ちゃん!!!!」

 

泣きながら叫ぶことりちゃんの姿を見て俺は平静を取り戻し───

 

 

「穂乃果あぁぁああぁぁ!!!!」

 

 

彼女の元へと、駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

選択を間違えた彼

 

努力の仕方を間違えた彼女

 

疑問を抱き始めた少女

 

己が悩みを打ち明けられなかった少女

 

致命的な過ちを犯した彼女たち

 

“気付くこと”ができなかった彼

 

“気付くこと”ができなかった彼女達

 

 

 

積み重なった“間違い”が今

 

相応の大きさを誇り彼女たちへと牙を剥く

 

 

 

 

 

───故に彼と彼女達は

 

 

 

崩壊の一途を辿ることになる

 

 

 

 

 

 

 

 




第5章、完結です。
後味悪く終わったかもしれませんが、ここから物語は一気にオリジナルの道を辿っていくことになります。

次回、第6章《朝日優真の傷》編スタート。
今まで若干不自然だったかもしれない、“残酷な描写”タグ……この章でやっと本格的に使われることになります。


……の前に、海未誕を挟みますけどね笑

今回もありがとうございました。
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております。





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