……ん?遅い?いやいや、時差がありましてこちらの地方では今日が海未ちゃんの誕生日でしてゴニョゴニョ……
遅れた分、容量多めでお送りしております!
さて、いつもの注意書きを。
・この話は本編と一切関わりはございません。
・作者は海未ちゃんが大好きです。
というわけで、海未ちゃん生誕記念話、もとい作者の妄想をどうぞ!
【園田海未生誕記念 特別話】Venus of Blue Sp.〜 春風に揺れる乙女心
『わっ、私とデートしてください!』
「…….…………………………はい?」
『あっ、えっ』
どうも、朝日優真です。
今の状況を簡潔に説明するなら、一言で済む。
海未にデートを申し込まれました。
……いや、待って、本当にいきなりなんです。
海未から電話がかかってきたと思って取った瞬間ですよ。取った瞬間いきなりデートしませんかって言われたわけで。
はて、彼女はなぜ俺にデートを申し込んだのか。海未のやることだ、何かしらの理由があるんだろうけど……
「……いつ?」
『えっ………?』
「だから、いつ行くの?」
『あっ……こ、今週の土曜日に……』
ふむ……つまりは明後日か。
俺たち三年生は先日卒業式を迎え、俺は前期試験の合格発表も終えて進学する大学も決まったので、俺を縛るものは何もない。
……ん?明後日ってそういえば……なるほど、そういうことか。
「おっけ、わかった。土曜日な」
『……! い、良いのですか…?』
「海未が誘ってきたんだろ?何を今更」
『あ、ありがとうございます!それでは集合場所ですが……』
その日の集合場所や予定を嬉しそうに話す海未の声を聞きながら俺は小さく微笑む。自分の仲間であり、可愛い後輩……特にその中でも恥ずかしがり屋な海未が楽しそうな様子を見せているのは、俺に取っても嬉しいことだ。
……まぁ、確かに。
楽しみかもしれないな。海未との“デート”。
▼▽▼
「…………はぁ」
授業中にも関わらず、ふと漏らしてしまったため息。周りに聞かれていなかったかと周囲を見回すも誰も私の方を向いてはいません。それに安堵し、小さくほっと息を吐く──今度こそ誰かに聞こえないように注意しながら──と、再び自分の目の前に広げられているノートに目を落とします。そこに広がるのは一面まっさらのページ。つまり白紙。
そう、私…園田海未は今、授業を受けながらも頭の中はある1つのことでいっぱいでした。
それは次回のライブで歌う新曲の作詞。
今回のライブはμ's全員ではなく凛、希、そして私の3人からなるμ's内ユニット…“lily white”でのライブ。そこで披露する“春らしい恋の歌”。その作詞に私は今頭を抱えているのです。
3年生は卒業しましたが、3月いっぱいまではμ's、即ちスクールアイドルとして活動することができます。つまりこれは、3月で解散を決めたμ'sと共に、
そう思えば思うほど、しっかりとした詞を作らなければという思いに駆られてしまいます。しかし1年も作詞をしていれば経験則で理解できる。この思考はハッキリいって“邪魔”。
そんな重圧や迷いや大きすぎる気負いは作詞の妨げにしかならないのです。
──キーンコーンカーンコーン……
終業を告げるチャイム。それを聞くのは今日で4回目。時間があっという間に過ぎていく。焦りが少しずつ心を蝕んでいく感覚……もう何度も経験してきたそれは今回ばかりはその辛さが一入です。
「海未ちゃーん!お昼食べようよー!」
私の斜め前に座っている穂乃果が笑顔で声をかけてきました。その笑顔を見るだけで、少しだけ心に落ち着きが生まれます。
……私はいい幼馴染を持ちましたね。
少し待ってください、と返事をして私は机上を片付けだしました。
▼
「歌詞思いつかないの⁇」
「はい……手詰まりです」
「海未ちゃんでも未だに作詞に手間取るんだねぇ」
穂乃果の席にことりと共に集まっていつものように昼食を取ります。いつもは穂乃果が先陣を切って話題を持ち出すのですが、今日は私の様子がおかしいことに気づき、心配そうに声をかけてくれました。その穂乃果の優しさに甘え、2人に悩みを打ち明けることにしたのです。
「テーマは“春らしい恋の歌”、だっけ……⁇」
「ええ。正直、私は恋の歌を作るのがあまり得意ではないので、それが悩みの種でもありますね……」
「じゃあ、そのテーマを変えてもらったら?そしたら作詞もはかどるんじゃ……」
「……いえ、それはできません。なぜなら…」
「……あ、そっか…」
最後まで言わずとも穂乃果は察してくれた様子。
そう、このテーマを考えたのは、“希”。
μ'sを“
その希が…普段は自分の思いを言おうとしない希が珍しく打ち明けてくれた、心に秘めた歌いたい思い。
私はどうしてもその思いに、応えたい。
「……これは私自身がやり遂げたいことなんです」
「そっかぁ……ねぇ、海未ちゃんはどうして恋の歌が苦手なの?」
「……それは、その……」
「……あぁ、そういうこと…」
「え、わかったの?ことりちゃん?」
「うん、多分ね」
私を見ながら苦笑いを浮かべることり。恐らく私が何故恋の歌を苦手としているのかわかっているのでしょう。一方の穂乃果はわからずに気になっている様子。……私の口からは言いたくはありません。
「たぶんね、海未ちゃんが……」
どうやらことりが言ってくれる様子。
「───
「あぁ!なるほど!」
「納得しないでください!!」
「違うの⁇」
「……そうですけど…」
そう、私自身が恋心を知らないから。
恋心を知らないが故、恋心を乗せた詞が書けない。
「なるほどねぇ……じゃあ、恋をすればいいんだよ!」
「簡単に言わないでください!……それに恋なんてそんな……は、恥ずかしい…」
「えーなんでなんで!?私達女子高生だよ!?恋の1つや2つしてない方がおかしいよ!」
「じゃあ穂乃果はしているのですか!?」
「してない!!」
「ドヤ顔で言わないでください!!」
穂乃果は当てにはなりません。助けを求めるようにことりの方を見ると、ことりは柔らかな笑みを浮かべて私を見ていました。
「ねぇ海未ちゃん……気になる人はいないの⁇」
「気になる人……?」
────『海未』
一瞬頭をよぎったその姿に自分が一番驚く
「い、いません!!」
「本当にぃ〜〜⁇」
顔を赤くして必死に否定した私を、ことりはニヤニヤしながら見てきます。
……もしや、浮かんだ姿まで筒抜けなのでは?
「……海未ちゃん、デートしてきてみなよ」
「───はい?」
「優真くんに手伝ってもらって。多分喜んで協力してくれると思うよ」
「ゆ、優真先輩に!?」
「あ!それいい!デートすれば恋する女の子の気持ちとかわかるんじゃないかな!?」
穂乃果はあくまでも純粋に、ことりはやや意味深にデートを提案してきました。
……デート、ですか。
それは互いに想いを寄せ合う男女がする行為で、軽い気持ちで行っていいものではないはずで、ましてや優真先輩と行くなんてそんな……
言い訳を連ねようとする自分の心と別に。
……“行ってみたい”、と思う自分もいて。
───声をかけるくらいなら、いいですよね?
「……わかりました、優真先輩に……頼んでみます」
「うんうん!それがいいよ海未ちゃん!」
「今週の土曜日は練習が休みだからその日にね!」
……やけにゴリ押ししてきますね。 まぁいいでしょう。
こうして私は放課後に優真先輩にお願いをすることになったのです。
▼
「…………どうしましょう」
液晶に表示された番号……優真先輩のものです。
もう確実に10分は経っているでしょう、その画面を開いたまま電源を落として、点けて、また落としての繰り返し。
誘い方が、わからない。
なんと声をかければいいのでしょう?
まさかデートしてください、なんでいきなり言うわけにもいきませんし……
……迷っていても仕方がありませんね。
ここは無難に作詞のお手伝いをしてほしいと声をかけるのが一番いいでしょう。嘘ではありませんし、むしろそれが本命であって決して浮かれた気持ちで優真先輩と遊びに行くわけではありません。そう、あくまで作詞のため…作詞のためなのです。
「…よしっ」
自らに言い訳のように重ねた言葉を振り払い、発信ボタンへと指を伸ばす。
若干の間をおいて起動した電話。鳴り響く呼び出し音。ケータイを耳に当てながらドキドキが止まらない。
それがふと途切れ───
『───もしもし?』
優真先輩が電話に出ました。……よし、まずは挨拶をして……
「わっ、私とデートしてください!」
──────え?
『…….…………………………はい?』
「あっ、えっ」
ああああああああああああああああ!!!
一体私はなんてとんでもないことを……!
いきなりそんなことを言って了解を貰える訳が……
『……いつ?』
「えっ…………?」
『だから、いつ行くの?』
「あっ……こ、今週の土曜日に……」
ふぅむ……と呟くと優真先輩は黙り込んでしまいました。やはり迷惑だったでしょうか……それはそうですよね、だってなんの前触れもなくいきなりデートしようなんて言われたら……
「おっけ、わかった。土曜日な」
『……! い、良いのですか…?』
「海未が誘ってきたんだろ?何を今更」
『あ、ありがとうございます!それでは集合場所ですが……』
「……ふう」
電話を終え、安心したように小さく息を零します。
集まる場所、何をするかを話し終えた後すぐに電話を切ってしまいました。……恥ずかしすぎて。
……胸に手を当てて目を閉じる。
普段より少しより早い鼓動。紛れもなく、私がドキドキしているという証。
…それは今の電話に?それとも…土曜日のことに?
考えても答えは出ない。でも。
───土曜日が楽しみというこの気持ちには、嘘はつけませんね。
▼
「………………」
時刻は午後12時30分。
待ち合わせ時間は13時なのに対し、私は15分前からここ……待ち合わせ場所の駅前の公園の時計台の下に立っています。
……気合いを入れ過ぎました。
前回2人で会った時、10分前に行ったのにもかかわらず優真先輩は先に居たのでそれよりも早く行こうとして、まさかの45分前。自分でもドン引きするレベルの速さです。
……どこかおかしなところはないでしょうか…?
自分の服装を見回し、乱れがないかを確認します。一応ことりにも手伝ってもらって『似合う』とお墨付きの出たもの──ことりの圧力に負けて履きたくなかったスカートを履くことになってしまったのですが──を着てきたので大丈夫だとは思いますが……やはり気になります。
「───嘘だろ?」
そんなことを考えているとふと聞こえた声。
その声の方を向くとそこには驚いたような表情を浮かべた優真先輩の姿がありました。
「……優真先輩」
「海未、お前……30分前だぞ?」
「……早く来すぎてしまいました」
えへへ、と申し訳なく笑う私を見て、優真先輩も苦笑いを浮かべます。
「……ごめん、待たせたみたいで」
「いえ、私が早く来すぎただけなので……」
「そりゃ違いないな」
「もう!その言い方はないでしょう?」
「悪い悪い……じゃ、いこうか」
「はい!」
歩き出した優真先輩の横に並ぶように歩きます。
以前は後ろをついていくように歩いていたことを考えると、我ながら十分進歩したと思います。……進歩しましたよね?ね?
「───そういえば、今日はなんでまた俺を呼び出したの?」
「ひぇっ!?」
「……えっ、なに?」
「……あぁいや、その……」
驚いたのと答えを言い澱んでしまったのは、質問の内容はもちろん、優真先輩の雰囲気が突然変わったから。……何年経っても、優真先輩のこの優しい雰囲気には慣れることはなく、ドキドキしてしまいます。
……デートに誘った理由。
それはもちろん作詞のためなのですが、それを言ってしまうと優真先輩の今日の態度が、業務的なものになってしまう気がして……それは嫌だ。あれだけ作詞のためと言っておいて今更ですが、やっぱり優真先輩には作詞のためだということは伏せていたい。
「……た、偶には2人でお出掛けしたいなぁ、と…」
「ふーん……まぁいいけどね。それで今日はあそこに行くんだよね?最近できたばっかの……」
「あ、はい!大丈夫ですか?」
「うん、俺は全然。ここから電車で30分くらいか…少し早いけど、いいよね?」
「はい。では駅に行きましょうか」
……あくまで純粋にデートを楽しむ事で、恋をする女性の気持ちがわかるはず。そう、何度も言いますがこれら作詞のためです。決して自分が楽しむわけためでは……
「……ふふっ」
「なに笑ってるの?海未」
「っ! な、なんでもありません!」
……楽しみだからニヤけてしまうなんて、そんなことは決して。
▼
電車で30分、そこからバスで15分ほど乗る事で着いたのは、最近出来たばかりの総合遊園施設。遊園地はもちろん、水族館やショッピングモールまで併合した大型施設です。
「……しかし意外だなぁ。海未もこんなところに来たがるなんて」
「……駄目、ですか……?」
「んーや全く。寧ろ女の子っぽいとこあって可愛いんじゃない?」
「かっ、可愛っ…!」
……この人はすぐこうやって人をドキドキさせることを…!しかも全くの無自覚なのだからタチが悪い。
「……で?海未はどこに行きたいの?」
「……そうですね、では水族館に。いいですか?」
「うん、いいよ。海未が行きたい所に行こう」
「……もうその手には乗りませんよ」
「え、なんか言った?」
「何も?ほら、行きますよ」
「あ、おい海未!」
優真先輩にその気がないのは明白。
いちいちドキドキしていても仕方がありません。
私は優真先輩を放置して水族館へと歩き出しました。
しかし優真先輩は───
「───待てってば、海未!」
私の名前を呼びながら、手を握ってきたのです。
「っ!?!!!!?!?」
「これだけ人多かったらはぐれる……ってどうした?」
……この無自覚たらしっ!!
握られた瞬間から一気に高鳴り出す私の胸。
本当に私を心配してくれたのでしょう、握られた手からは優真先輩の優しさと、不思議な力強さを感じます。
……その優しさを感じた私は。
その手を少しだけ強く、握り返しました。
「海未……?」
「……なんでもないです。ほら、行きますよ?」
「ん、うん」
……何故かこの手を離したくなくて。
そんな内心を悟られないように優真先輩に背を向けながら、私は改めて水族館へと歩き出しました。
▼
「ほえ〜、綺麗だなぁ」
優真先輩と手をつないで、水族館の海中トンネルを歩きます。右左はもちろん、上下もガラス張りになっているまさに360度眺めることができるトンネルです。辺り一面を大小様々な魚が楽しそうに泳いでいます。
「優真先輩は水族館に来たことはないのですか?」
「うん。親も仕事が忙しかったし、家族で行ったりってこともなかったし」
「そう、ですか……」
「別に気にしなくていいよ。海未は?水族館は初めて?」
「あ、はい。ずっと前から興味はあって……どうしても見たいものがあったのですがああああああああああああ!!!!」
「えっ、うわぁっ!?」
目標の物を見つけた私は、そこへ向けて一目散に歩き出しました。……優真先輩の手を握ったまま。
「はあぁあ……可愛いぃ……」
「海未、一体何が見たいんだよ……って、これ?」
「はい!これです!」
「───
「そう!これがどうしても見たくて…生の海月が………ああ、なんと可愛らしいんでしょう…!」
ぷかぷかと漂う佇まい、波に揺られて揺蕩う儚げな姿、そして何と言ってもその
「……ふふっ」
「……? 何かおかしな所でも……?」
「んーや、何でもないよ。楽しそうだなってね」
「はい!とっても楽しいです!」
「……そっか」
その時海月に夢中な私は気づきませんでした。
優真先輩が私の“楽しい”という言葉に頬を赤らめたことも。
『俺もだよ』と小さく呟いた彼のその仕草にも。
▼
「お、あそこイルカと記念写真撮れるみたいだけど…どうする?」
「あ、それでは是非一枚撮りましょう」
海月を満足いくまで堪能した後、私達は大きなイルカがいる水槽の前へとたどり着きました。
優真先輩は私が海月を見ている間、ずっと笑顔で待っていてくれていて……すごく申し訳ない気持ちになります。
そんな優真先輩が提案した記念写真。
私に提案するように見せかけて……その声色は期待に満ち溢れていました。
先程の私の海月と同じ、撮りたくて仕方がないのでしょう。ならばその誘いを断る理由はありません。
……可愛いところがあるのですね。
それを微笑ましく思いながら私は係員に「すいませーん」と声を掛ける優真先輩の後ろ姿を見守っていました。
「じゃあ撮りますよー!」
女性の係員さんに優真先輩の携帯を渡し、私達は2人でイルカを背に横並びになります。
「うーん、もっと近くに寄ってくださーい!」
「こ、こう、ですか……?」
係員の指示通りに互いに近寄り、今は優真先輩の右腕と私の左腕同士が触れ合っています。
……ち、近い……手を繋いでいた時より、緊張しますぅ…………
「なーんかまだ足りませんねー、あ、そうだ!彼氏さーん!彼女さんの肩に手を置いてくださーい!」
「んえぇ!?彼っ……かのっ……!!というか、そんないきなり……!」
「こうですかー?」
「やるんですかぁああぁ!?」
優真先輩は触れ合っていた右腕を私の後ろに回し、私の右肩へと手のひらを乗せました。
そして優真先輩は右手をぐっと自分の方に寄せ、間接的に私を抱き寄せる形へと変わりました。
これは…………危険です。
心臓の音が……優真先輩に聞こえてしまうのではないでしょうか。
それぐらい私の胸はドキドキで高鳴っています。
「それではいきますよー!はい、チーズ!」
「ありがとうございましたー」
「あっ……」
優真先輩が私から手を離し、携帯を受け取りに係員の元へ。離れてしまった手を惜しみながら、私は2人の会話を聞いていました。
「はい、どうぞ!」
「ありがとうございます」
「いやー、ノリが良くて嬉しいです!本当に肩に手を回してくれるなんて!」
「え!?あれ冗談だったんですか!?」
どう考えても冗談でしょう!?私だって本当にやるなんて思いませんでしたよ!
そんな会話を終えて私の元に戻ってきた優真先輩。
「待たせたね、海未」
「いいえ。全然大丈夫です」
「じゃ、次のとこ行こっか」
「はい!……あ、あの……」
先に歩き出そうとした優真先輩の後ろ姿に私は声をかけます。
「海未?」
「その……手を……繋いで、ください」
「……あぁ、ごめんごめん。でもこの中は人も少ないし迷うこともないから繋がなくても…」
「そ、そうではなくて!」
「………………え?」
いっつも肝心なところは察しが悪いんですから。
私は彼に歩み寄り……
その手を自分から握りしめました。
「私は優真先輩に、繋いで……欲しいんです」
自分の頬が赤くなっているのはわかる。
それでも私は彼から目を離すことはしません。
すると優真先輩も少し頬を染めながら目を逸らし…
────自分の指を、私の指に絡めてきました。
「っ!?」
「……き、君が言ったんだろ…手繋ぎたいって」
「い、言いましたが……これは……」
「嫌なのか!?」
「嫌じゃないです!!」
「……………………」
「………………………………」
お互い流れる沈黙。
優真先輩も私の言葉で顔を赤くしていますが、私自身も勢いで言ってしまった自分の言葉に顔が熱くなってしまいました。
「…………行こっか」
「…………はい」
絡めた指を解くことのないまま、私たちは次の目的地へと歩き出しました。
▼
「疲れたあああああああ!」
「色んなところを回りましたもんね」
水族館を出た後、私たちは色々な施設を見て回り、最後に選んだのは遊園地の中の観覧車でした。2人掛けの椅子に互いに向かい合って座っています。
遊園地の中心にあるこの大型観覧車は最大高度60メートルまで上昇し、街を眺めることができます。ちなみに一周約20分。私は観覧車という乗り物自体が初めてなのでよくわかりませんが、おそらく長い部類に入るのではないかと。
「やっと落ち着いてゆっくり話せるね」
「はい、そうですね…って、え?」
「今日1日ずっと歩きっぱなしだっただろ?それもすごい楽しかったけど、海未と2人でゆっくり話したかったからさ」
「……優真先輩…」
……すぐそうやって嬉しくなることを。
でもその言葉に嘘がないことはわかってます。
だから私たちはこの先輩のことが好きなのです。
─────好き?
……私は、優真先輩が好き?
でもそれは、先輩としての好きであって……
─────本当に?
先輩の行動1つ1つに高鳴るこの胸は
先輩の笑顔を見るたびに暖かくなるこの胸は
本当に先輩としての信頼だけなのでしょうか?
もしかして、この気持ちが────
「─────海未?」
ふと気づくと息が掛かるほど近くにある先輩の顔
「さっきから呼んでるのに返事ないけど…どした」
いきなりの事に驚き慌てふためいてしまった私は
「……シッ!」
「うがっ!!!」
───とりあえず正拳突きという、最もアウトな方法を選択してしまいました。
ノーモーションで放たれたそれは先輩の鼻先に的確に命中し、優真先輩を元いた反対側の座席まで殴り飛ばしました。
「ぐふぅ!!」
「優真先輩!──────ぁ」
彼の呻き声で正気を取り戻し、私は立ち上がる。
優真先輩は巻き戻しのように元座っていた場所へと勢いよく座り込みました……即ち。
ゴンドラはグラグラと揺れ出してしまい……
「っ───────」
高所、揺れ、不安定な足場
────堕ちる
意識が一瞬で恐怖に支配される。
自分が高所恐怖症だとは思いもしませんでした。
思えば今までこんな高いところまで上がったことなどなかったので知らないのもしょうがない。
しかし今、私は確実に揺れるゴンドラに恐怖を抱き、体が震えています。
呼吸も荒くなり、酸素が体に回っている気がしません。
視界も狭まり、体も重い……まるで自分の体じゃないよう。
怖い 助けて
─────ふと訪れた優しい温もり
物理的な温かさはもちろん、恐怖に支配されていた心の冷たさを払って行くようなその温もりの正体は……
私を正面から優しく抱きしめる、優真先輩でした
「───大丈夫。俺が居る」
“俺が居る”。ただその一言だけなのに、どうしてこんなにも安心をくれるのでしょうか。
恐怖に震えていた心は落ち着きを取り戻し、冷静に周囲の状況を理解することができます。
……でも。
この温もりを……離したくない。
私は優真先輩の体を抱きしめ返しました。
そんな私の頭をゆっくりと撫でる優真先輩。
気持ちよくて、心地良い。ずっとこうしていてもらいたいような快楽。
なんて幸せなのでしょう。
流石に恥ずかしさを覚え始めた私が言い出すまで、優真先輩は私を抱きしめ続けてくれていました。
▼
「……先程はありがとうございました」
「んーん。気にしなくて良いよ」
現在、抱擁を終えた2人(こう言うと意味深に聞こえますが)は元々私のいた方の座席に横並びで座っています。ゴンドラ自体が小さいものなのでほとんど密着している状態ですが、不思議と恥ずかしさはありません。むしろ安心感が上回りずっとこうしていて欲しいです。
「……海未」
「はい、なんでしょう」
「───
「っ!? ど、どうしてそれを…………!?」
「……電車での移動中穂乃果が、ね。メールを送ってきたんだ……」
穂乃果:《海未ちゃんとのデート楽しんでる?多分緊張して奥手になっちゃうと思うから優真先輩がエスコートしてあげてね!(^з^)-☆
でも海未ちゃん作詞で悩んでるからそのヒントになれば、って張り切ってるかも。
とにかく!海未ちゃんのことよろしくね!》
「ってね」
ああああああああああああああああああ!!
アホ乃果あああああああああああああああ!!!
「……穂乃果も悪気があったわけじゃないと思う。
海未の事が幼馴染として心配だったから……」
「わかってます、何も言わないでください……」
膝に肘を置き、目元を抑えて俯きながら項垂れた私に優真先輩がフォローを入れてくれましたが、それはただ私の羞恥心を刺激するだけです。
知られていた……優真先輩に。
今日の1番の目的が、作詞のためだったということを……しかも割と早い段階で……
あぁ、そうか
今までの私をドキドキさせるような行動は
───
そう思いたくない、思いたくはありませんが……きっとそのはずです。
そうでもないと私なんかと手を繋いだり、抱きしめたりするわけがありません。
冷めていく心。
恐怖に怯えていた先程までとは違う冷たさが心を犯していく。それと同時にこんなことに付き合わせてしまった優真先輩に申し訳なくて……
「───優真先輩」
「ん?」
「……すいませんでした、こんな茶番に付き合わせてしまって」
「え?いきなりどうし……」
「迷惑でしたよね、作詞のために色々やりたくもない手伝いを」
「はい?ちょ、海未」
「もう、大丈夫ですから」
その大丈夫という言葉とともに。
───私の瞳から一筋の雫が流れ落ちました。
「!? 海未……」
「っ! なんでも…ないです……」
どうして
どうしてこんなにも苦しい
どうしてこんなにも痛い
私にとっての優真先輩は唯の先輩、そのはずなのに
こんな気持ちわからない、知らない
“コレ”は一体、何なのですか?
───俯いている私の視界に入った影。
それに気づいてふと顔を上げると、そこには小さな箱を私に差し出す優真先輩の手がありました。
「……これは?」
「───俺今日、これを渡すために来たんだけど」
「はい?」
言っている意味がわからずに聞き返すと、優真先輩は苦笑いを浮かべました。
「───だから。
「───────あ」
「忘れてたのかよ……ま、そうだろうと思ったけどね。
改めて、誕生日おめでとうな。海未」
「優真……先輩……」
「……義務的な対応か何かと勘違いした?
ばーか。俺は君からデートに誘われて嬉しかったし、何より今日のことを楽しみにしてここに来た。
それを表面的な態度と思われるのは、いくら俺でも心外だな」
そこで言葉を止めると、小箱を持っていない方の手で私の頭を優しく撫で出した優真先輩。
「……君は違うの?」
「えっ……?」
「作詞のために嬉しそうにしてたの?全部は勉強のためだったの?……そうだったなら、少し悲しいな」
「───違います!!」
「っ……」
本当に悲しそうな表情で言う優真先輩を見て、彼の質問への答はすぐに口から滑り出ました。
「私は今日の事、作詞のためにするつもりでした。でも違う。楽しかったんです。優真先輩と1日過ごして、いろんなところを見て、たくさん笑って……この気持ちは嘘じゃありません。作詞のためなんかじゃない。
───心からです。優真先輩と過ごすこの時間に溢れた笑顔は」
「海未……ありがとな」
「ふふっ……」
私はそっと優真先輩の方へと寄りかかり、肩へと頭を乗せました。
「……迷惑ですか?」
「んーや、全く」
「知ってます」
そして優真先輩は私の手を握る。
恥ずかしいので顔を合わせることはしません。
嬉しいのに、苦しくて。
楽しいのに、切なくて。
───知ってしまった
揺れに揺れる不安定なこの気持ちを
それでいて手放したくないこの気持ちのことを
───人は恋心と呼ぶのだと。
「今日はありがとうございました」
そろそろ終わりを迎えそうな観覧車の中で、わたしは優真先輩に頭を下げてお礼を言いました。
「俺の方こそだよ。だから顔上げて」
「……そう言ってくれると嬉」
顔を上げながら紡ごうとした言葉
最後まで言うことは叶わない
でも、それでよかった
“
私は今日1番の幸せな気持ちに包まれて───
どれくらいの時間が流れたのでしょう、ゆっくりと離れた互いの唇。
それを名残惜しく見つめていた私の頭に、今日何度目かの手が乗せられて────
「───また来ような。
“次も”。
その一言だけで泣きそうなほど嬉しくて。
「───はい、また来ましょう。
そう返して私は再び────
▼
『本日はありがとうございましたー!!』
「楽しかったにゃーー!!」
「今までで最高のライブやん♪」
時は流れ、今日はlily whiteの3人でのラストライブ。その最高のステージを、私たちは笑顔でやり遂げることができました。
「それも曲のおかげだよ!最高の曲をありがと、海未ちゃん!」
「本当ありがとなぁ、海未ちゃん。ウチのわがままを叶えてくれて。ウチら3人であの歌を歌えてよかった」
「ありがとうございます。希、凛」
優真先輩とのデートで見つけた恋心。
それを元にlily white最後の曲の詞を書きました。
大切な人が…大好きな人が教えてくれたこの気持ち
春が教えてくれた私の気持ちの名前は
「───“春情ロマンティック”」
────大好きです、優真先輩。
小さく微笑んだ彼女の右手には
彼から送られたプレゼントのブレスレットが巻かれている
そこに刻まれたメッセージ───
『Anytime,next to you.』
────“いつでも君の側に”
というわけで海未ちゃん誕生日おめでとうございました!
本編での彼女の活躍にもどうぞご期待ください!
それでは次回は本編でお会いしましょう。
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!