ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね

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新章突入です。
本編の空気を崩さないように、しばらくの間は前後書きに色々書くのは控えようと思います。評価のお礼なども、一区切り着いてから。


【第6章】ー朝日優真の傷
別離


57話 別離

 

 

 

「穂乃果は……?」

「今は保健室で寝てるわ。妹さんが見にきてたみたいで、母親を呼んでくれたみたい」

「そう…………」

 

文化祭のステージを中断し、俺達μ'sは部室へと戻ってきた。倒れてしまった穂乃果を保健室へと運び、一段落ついたところだが、俺達の表情は安心とは程遠い。

 

メンバーの途中退場。

あってはならないことが起きた。

そしてそれを招いたのは彼女だけの問題ではなく、俺達の問題でもある。

 

気づけなかった、止められなかった。

文化祭のステージは──失敗に終わった。

そしてこの失敗は、μ'sの『ラブライブ!』出場に大きな影響を与えるだろう。

───悪い方の意味で。

 

 

────ピンポンパンポーン。

 

 

『アイドル研究部の絢瀬さん、朝日くん。至急理事長室へと来てください』

 

メンバーの視線が俺と絵里に集まる。

当の俺たちは顔を合わせるとアイコンタクトだけで互いの言いたいことを理解し……無言で部室を出た。

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

ノックの後、俺たち2人は理事長室へと入る。

 

「……呼ばれた理由はわかっているわね?」

「…………はい」

「なら良いわ。……自分たちがどうするべきか考えた?」

「……………………」

 

俺の中に答えは、ある。

でもそれを口に出すことはできない。

口に出してしまえば全てが終わる。

しかし─────

 

 

 

 

「───私達μ'sは『ラブライブ!』出場を辞退するべきだと思います」

 

 

 

 

「な……絵里……!?」

 

俺の呼び掛けには見向きもせず、ただ理事長を見つめ続ける絵里。

 

「───そうね。私もそう思うわ」

「理事長……!?しかし!」

「あなただってわかっているんでしょう?」

「っ…………」

 

そう、その通り。

───“()()()()()()()()()()()()()()”のだから。

それが1番周囲の目から見て納得の行く形のはずだ。

“μ'sのメンバーの1人が倒れた”という事実は、最早変えようもない。ライブは失敗に終わり、μ'sの順位は確実に下がってしまうだろう。

 

その光景を見て1番ショックを受けるのは?

───他でもない、穂乃果自身だ。

 

それを避けるためには、μ's全体の責任として『ラブライブ!』出場を辞退するのが1番良い……

 

 

 

というのは建前。

 

 

───それでいいのかよ

 

 

理事長を見つめ続ける青い瞳を俺はさっと見る。

 

 

お前はまた1人で背負おうとしてるのか?

 

“『ラブライブ!』出場辞退”を、自分の決断として

 

そんなこと誰も望んでない

 

こんなところで終わらせるのかよ

 

みんなの夢を、俺達の望みを……お前の願いを

 

 

「……絵」

「優真」

 

絵里の名前を呼ぼうとした俺の声に被せて、彼女は俺の名を呼ぶ。

その声色だけで察した。

 

『───何も言うな』

 

俺の顔も見ず、名前を呼ぶ声だけでそれを嫌でも理解させられる。そんな断固たる思いをぶつけられた俺は、閉口するしかない。

 

「……とりあえず、メンバー皆と話し合うべきじゃないかしら?あなた達の独断で決めていいことでもないし。

……ただ私はそうするべきだと思っています」

「……考えます」

「失礼しました」

 

互いに何かを言い渋ったまま、俺たちは理事長室を出た。

 

 

 

 

 

 

「……優真、さっきは…」

「……着替えてこい。お前衣装のままだろ」

「あっ……」

「その濡れた服着たままだと風邪ひく。先に部室で着替えてきなよ」

「でも、優真」

「絵里」

「っ……」

 

先程と逆。今度は俺が一言で伝える。

 

『───1人にしてくれ』

 

「……わかった。私が着替えるまで帰ってこないでね?」

「そんなのここからじゃわかんねぇよバーカ」

「バカってなによ!?……じゃあ部室で待ってる」

「……おう。ありがとな」

 

あそこで冗談を入れてくれるところに絵里の優しさを感じる。俺の言葉に悲しげな会釈を返して、絵里は部室へと歩き出した。

その後ろ姿を見送った俺は───

 

 

──────ゴンッ!!

 

 

「────クソッ……!!!」

 

握り拳を力強く壁へ叩きつけ、吼える。

 

守れなかった。何も。

あの時穂乃果を止めるべきだった。どんな手を使ってでも。

 

なぜあの時止めなかったのか。

答えは簡単、穂乃果の“A-RISEに勝ちたい”という思いを聞いたから。それに心を打たれた俺は穂乃果の背中を最後まで押すことに決めた。

 

 

────それが間違いだった

 

 

そもそもそこがおかしかった。

俺たちの『ラブライブ!』出場は“A()-()R()I()S()E()()()()()()”じゃない。“()()()()()()()()()“だ。

風邪のせいでもあるが、あの時穂乃果は完全に本質を見失っていた。じゃあ俺はあの時何故穂乃果の背中を押したのか?これも簡単なことだ。

 

 

「──俺自身が、A-RISEに囚われていた……!!」

 

 

そう、俺が。

俺すらもA-RISEに意識が奪われていたからだ。

初めてツバサにであったあの日から、俺の心は“廃校阻止”ではなく、“打倒A-RISE”に動き始めていたことに、今になって気づいた。過度な練習もそれがA-RISEを倒すことに繋がるなら、と見逃していた点があったことは否めない。

 

 

 

───『受け取れ、A-RISE。これは俺達(μ's)からの

 

 

────()()()()だ』

 

 

 

『…ふふふ、あははははははは

 

───やっぱり君は面白いよ、ユウマ。

 

───でもそれでいいの?』───

 

 

 

 

 

あの時のツバサの言葉の意味、いまわかった。

ツバサは見抜いていたのだ。俺の意識が……A-RISEを“通過点”とまで言い捨てた俺自身が標的をA-RISEに変えつつあったことを。

そもそも3年生組がA-RISEに宣戦布告をしようとした時点で止めなかったことが、俺の意識がA-RISEに移っていたことを意味している。

滑稽だっただろう。自分たちなど眼中に無いと言った相手が自分たちに宣戦布告をしてくるという状況。

 

 

 

───『信じてるわよ、ユウマ。あなたなら気づいてくれるって。ここまで登ってこれるって』───

 

 

ツバサにこの言葉を告げられてから、俺はますますA-RISEを意識するようになった。彼女のこの言葉で気づくべきだった。それにもかかわらず……

気づかなかった、最後まで。

気づけなかった、ここに至るまで。

 

 

合宿の時、皆に言った言葉が頭の中を走る。

 

 

 

───『目標を見失って現状に甘んじるお前達に

 

ステージに立つ資格なんてない』───

 

 

 

作詞に悩むことりちゃんにかけた言葉も。

 

 

 

───『俺たちがアキバでライブをするのは、何のため?』

『……μ'sの宣伝をして、文化祭に来て貰うため…』

『それは何に繋がるの?』

『……μ'sで『ラブライブ!』に出場して、廃校を阻止すること。……そっか』

『そうだ。それを見失っちゃ意味がない』───

 

 

 

「どの口が言うんだよ……!!!」

 

 

 

俺だけは、それが許されなかった。

絶対にやっちゃいけなかった。

彼女達が間違えることがあるなら、それを引っ張ってでも連れ戻すのが俺の役目。自分も一緒になって間違いに突っ走ってしまっては俺なんてそこに居る価値も無い。

 

 

「クソッ…クソクソクソっ…クソォッ!!!」

 

 

何度も強く両の拳を壁へ打ち付ける。こんなもんじゃ足りない。彼女たちの悲しみは、穂乃果の苦しみは、俺が受けるべき痛みは、こんなもんじゃ……

 

 

「───ゆーまっち」

 

 

心の芯に届く声。

不思議と俺に落ち着きを与えたその声の主は、振り返らずともわかる。

 

 

「……希」

「何してるん。そんなことして何になるん?」

「……うるせぇよ」

「そんなことしてる場合じゃ無いんやない?もっとするべきことがあると思うよ」

「……どっかいけよ」

「じゃあそこでずっとそんなことしてるわけ?」

「……1人にしてくれ」

「嫌や。君がちゃんとわかるまでここにいる」

 

ギリっと歯を噛み締める。募った苛立ちが爆発し俺は───

 

 

「お前に俺の何がわか───」

 

 

希に向かって叫ぼうと彼女を振り返り、見た

 

真剣な眼差しで俺を見つめる彼女の瞳から伝う、一筋の雫を

 

 

「───わかるよ、キミの考えてることくらい。

……キミもわかるよね?私が考えてること。

 

……後悔も自分を責める心も何も生まないよ。

あの時キミはどんな理由があったとしても穂乃果ちゃんの背中を押した。その時にこうなることは覚悟してたんじゃないの?少なくとも私はそうだと思ってた。だから今私たちがしなきゃいけないことは自分を責めることでも後悔でもなくて……」

「……()()()()()()()

 

 

……あぁ、そうだな。

俺が間違ってる。お前が正しい。

 

先程まで苛立っていた心もスッと冷えて───

 

 

「……悪い、お前が正しい」

「うん、冷静になってくれて良かった。酷いこと言ってごめんね?」

「いやいや、謝るのは俺の方。ごめんな」

「もういいよ、大丈夫。……じゃ、行こっか?」

「あぁ……部室に戻ろう」

 

俺の言葉に、希は満足したように笑った。

歩きながら希ととりとめも無い会話を交わす。

 

「……えりちが着替えてなければいいねっ」

「そこから聞いてたのかよ」

「たまたまだよ。キミを追いかけてたらちょうどその場面だっただけ」

「……俺のこと追いかけてたのか?」

「あっ……今の無し!!」

「はぁ?なんだよそれ」

「忘れて!さぁ!早く!」

 

焦ったように頬を染めて俺に詰め寄る希の様子を微笑ましく思いながら、辿り着いた部室のドアを開けて───

 

 

 

「───アンタ今何て言った?」

 

 

部室内の、ただならぬ空気に気づく

 

 

「───聞こえなかったの?私たちは『ラブライブ!』に出るべきではないって言ったの」

 

 

ドアを開けた俺の目に飛び込んできた光景は

 

 

鋭い目付きで絵里を睨むにこと、そのにこに冷めた視線を向ける絵里……そしてそれを戸惑いながら見つめる残りの皆の姿。

 

 

「本気で言ってるの?やっとここまでこれたのよ!?それを今更になって諦めろなんて……ふざけないでよ!!」

「ちょっとにこちゃん落ち着いて……」

「アンタは黙ってなさい、真姫!」

「っ…………」

 

 

にこは今、本気で怒っている。

けどそれは絵里にじゃない。彼女は頭では理解しているのだ。()()()()()()()()()()()()

それをどうにもしようもないこの現状と……それを招いてしまった自分たちに、彼女は激怒しているのだ。

“『ラブライブ!』を辞退すべきだ”という事実と、“『ラブライブ!』に出場したい”という夢。

その2つに板挟みにされた彼女はその怒りを持て余し、それに苦しんでいるに違いない。

 

 

───だから君は今、そんな苦しそうな顔で絵里を見ているんだろう?

 

 

「……じゃあにこはどうすればいいって言うのよ。私の言ってることがわからないわけじゃないんでしょう?」

「……絵里、アンタの言ってることが正しいことなんて百も承知よ。それでも私は『ラブライブ!』に出たい…!

ここまで来たのよ?μ'sで『ラブライブ!』に出るのは私の夢……あと少しでそれに手が届くのにその夢を捨てるなんて私はしたくない!

 

───みんなもそうじゃないの?」

 

そこでにこは周りで見ていた1、2年生に問いかける。

 

「それは……」

 

しかし誰も答えを出すことができない。

皆もにこと同じように板挟みにされているのだ。

 

「───アンタはどうなのよ、絵里。本当に『ラブライブ!』に出たくないの?アンタの情熱はそんなもんなの?

私はアンタとは違う。アンタがどこまで本気だったかは知らないけど、私は本気でアイドルに憧れて、本気で『ラブライブ!』出場を目指してた。

 

───上辺の思いや体裁を語るアンタと違う!!」

 

最後殴りつけるような勢いでにこは言葉を閉じた。

遠目で見ていた俺にもわかる……これは絵里への“挑発”。以前俺が凛と真姫に使ったあえて酷い言葉を使うことで相手の本心を聞き出す手段。

にこは絵里の口からしっかりと聞きたいのだ。

()()()()()()()()()()()()()が。

それは俺も同じ。理事長室で自ら『ラブライブ!』出場辞退を告げた彼女の本心は、一体何を思うのか。

 

そんな彼女は今、にこの言葉を受けた後、俯いて唇を噛み締めている───その様子は何かを堪えているようにも見えて……

 

「───私には!!!」

 

突如響き渡った彼女の大声

 

 

「───私には生徒会長として学校を守る“義務”がある!!“出たい”とか“やりたい”で事が決めれる立場じゃないの!!

だから私は認めない……!認めるわけにはいかないの……!!!」

 

 

にこに詰め寄りながら、絵里は叫ぶ──その表情は苦痛に歪んでいて。

 

 

───馬鹿野郎が

 

 

わかるに決まってるだろ、()()()()

 

 

君の義務感はあの日……μ'sに加入した日に置いてきたはずだ。逆に今の嘘で全てわかった。

 

君はにこに負けないくらい『ラブライブ!』に出場したくて、その思いを殺してμ'sと穂乃果を守ろうとした。だったら俺がするべき事は……

 

 

 

「───俺もそう思う」

 

 

「優兄ィ……」

彼女の思いを、皆にしっかり伝える事。

 

「……俺が思うのは、もしこのまま『ラブライブ!』にエントリーし続けたとして、仮に本戦に出場出来なかった場合。その事で1番ショックを受けて責任を感じるのは……穂乃果だ」

「……でもそれはあの子の責任でしょ?私達には」

「にこ」

 

にこの言葉を遮り、俺は彼女の名前を呼ぶ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「っ……」

「……みんなも思ってるだろ?これは俺たち全員の責任なんだ。確かに悪いのは穂乃果だけど、それを止められなかった俺たちにも責任がある。

……それともう1つ。

もし俺たちが『ラブライブ!』に出場出来たとしても、もう学院のプラスの印象になるとは限らないはずだ」

「……どういうことですか?」

 

「“メンバーが1人倒れた事実”を『そんな事が起きてまで“凄い”』と取るか、『そんな事が起きてまで“酷い”』と取るか。その一言の違いで、印象は全て覆る。そして後者が出た場合……μ'sはおろか音ノ木坂の印象は……どうなるかわかるよな?」

「……それに伴う風評…悪い噂が現れたとしたら」

「『廃校阻止』の向かい風になる……」

 

 

花陽と真姫の言葉に、俺は強く頷く。

 

 

「……もちろん前者だったらプラスに働くかもしれない。けどそんな“かもしれない”に縋ってマイナスの面から目を背けるのは、俺たちにはできないことだ。俺たちには後なんてないんだから。それを防ぐためにはいっそ───」

「……あの場所(ランキング)から名前を消した方がいい、ってことですね」

「───だろ?絵里」

「……えぇ、そうよ」

 

 

絵里の……“俺の”思いは伝え終わった。

後は皆の決断を待つだけ。

 

部室を沈黙が包む。1分また1分と時が流れていき、その沈黙を破ったのは───

 

 

 

 

「───はぁ。いつまで黙ってんのよまったく」

 

 

 

「にこちゃん……」

「……μ'sは『ラブライブ!』には出ない。それでいいわね」

「でも、にこちゃんっ」

「───部長の私が出ないって言ってんの。これは部長権限、文句は認めないわ、いい?」

 

誰も異を唱えなかった。寧ろ“誰かがそう言ってくれるのを待っていた”ようにも思える。

 

「……ほら、みんなそれぞれのクラスに戻りなさいよ。出し物とかあるでしょ?」

「にこちゃんは?」

「……私はやることがあるからしばらく残ってる。優真、アンタも生徒会で忙しいでしょう?先に戻ってていいわよ」

「……わかった。ほら、みんな戻ろう。詳しい話はまた放課後に部室で」

 

俺がそう締めると皆はそれぞれに思いを秘めながら部室を後にした。にこ1人を残して。

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

電気も消した暗い部室の中、カチカチという音だけが響く。その音の主はもちろん、にこ。

彼女がPCで出場辞退の手続きを取っている音だ。

液晶の明かりだけが光源のこの部屋で、彼女の心境には似つかわしくないであろう無表情が照らし出されている。

 

その時

 

コツ、コツ─────

 

静まり返った部室の中で、その音は唐突に鳴り響いた。それはローファー特有の足音でそれが近づいてくる……足音は2つ。

その音を聞いたにこは、ゆっくりと後ろを振り返る。

 

「───絵里、希」

「……さっきはごめんなさい。にこの気持ちを無視するような態度をとっちゃって」

「別に気にしなくていいわよ。絵里の言ってることの方が正しいのは最初から分かってたし、アレは私のワガママ。こっちの方こそごめんなさい。

……で?何しに来たの?」

「……やっぱり心配やったから。にこっち1人じゃ」

「はぁ?何言ってんのよアンタ。こんな作業、別にアンタらに心配されるまでもなくすぐに終わるわよ」

 

絵里にそう言い返してにこは再び画面と向き合う。

事実、あと数クリックで辞退手続きは終了するところまで進んでいたので、2人の心配は杞憂のように思われた……しかし。

 

「……さ、これで終わり。μ'sの名前はランキングから消える」

 

その最後のワンクリックの部分にマウスカーソルを合わせて……

 

にこの手が、止まる。

 

数秒経っても、数十秒経っても、にこの手は動かない。不審に思った絵里がにこの顔を覗く……

 

 

そこには

 

 

溢れた感情が瞳を濡らし、その揺れる瞳でただ虚ろに画面を見つめるにこの表情が

 

 

「…………あと少しだったのに…」

 

 

そう一言呟いて、それがキッカケのようににこが胸に溜めていた感情が言葉となり───

 

 

「……ここまでこれたのに…みんなで、『ラブライブ!』に出たかった……」

 

 

一粒の涙が頬を伝う。それを隠すようににこは俯いた。にこは人前で涙を見せることを極端に嫌う。そのにこが己の思いを堪えきれずに涙を見せた。

……それだけ強かったのだ、にこの『ラブライブ!』への思いは。それはただ単に自分本位のものではなく…“μ'sとして”、“9人であの舞台に立つこと”がにこの夢で。

彼女はただ、その夢に誰よりも正直にあり続けただけだったのだ。

 

「……にこ…」

 

そんなにこを絵里は後ろから抱きしめる。

人の心に聡い絵里は最初から気づいていた。

にこがどんな思いを抱えていて、どんな思いで自分に挑発を仕掛けたのか。

……それでも絵里は、言えなかった。

自分の気持ちに正直に、『ラブライブ!』に出たいという思いを。

 

穂乃果を守るため、学院を守るためという気持ちは嘘じゃない。ただそれを義務感と言ったのは嘘だ。そんな気持ちはμ'sに入る前に棄てて来たのだから。

 

絵里は迷い続けている。これで良かったのか、と。リーダーの穂乃果に許可を取らずに、『ラブライブ!』の出場辞退を決めたのは、きっと許されることではないだろう。そんな自分を守るために、にこはあの時部長権限と言ったのが、絵里にはわかった。

 

自分たちは、どこから間違えたのだろう───

 

そんな思いが絵里の中で渦巻いていた。

 

 

2人の様子を一歩下がって見ていた希は、そっと部室の入り口を振り返る……“若干開いたドア”と、先ほどの自分と同様に()()()()()()()()()を。その彼の名を呼ぼうとして口を開き……希はやはり口を閉じ直した。

自分の眼の前で人目をはばからず泣く少女は、自分達以外に──もしかすれば自分達にも──それを見せることを望んではいないはずだから。

 

「……ごめんね」

 

小さく呟いて希は改めて2人の方へと向き直り……その手をマウスに乗せられたにこの手に乗せる。その感触に気づいたにこは顔を上げて希の方を見た。

 

「……希…」

「2人とも、絶対に忘れたらあかんよ。今日の悲しさや悔しさを」

「希……ええ、そうね。後悔も悲しさも全部引きずって……前を向きましょう」

 

絵里はそう力強く言うと、にこと希の手の上に、自らのそれを重ねた。

絵里の言葉を聞いた後、にこは溜まっていた涙を拭い……強い覚悟を宿した瞳で画面と向き合う。

 

 

 

「今日のことは絶対に忘れない。

 

 

───また9人で、笑ってステージに立つために」

 

 

 

 

───カチッ

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

そんな部室内の様子を、外で黙って聞いている少年が1人。彼は“若干開いたドア”──自分で開けたわけではないから希の気遣いだろう──の側で、中の様子に聞き耳を立てていた。

 

───どうすることもできなかったのか。

どうすればよかったのか。

もっと俺がしっかりしていれば。

俺が彼女たちをしっかり見ていれば。

 

そんな罪の意識が彼を苛む。

あの場で全員の責任と言ったが、やはり彼は自分の心を責めることを止められなかった。そういう性格、性質が故にどうしようもないのだ。

 

彼は拳を強く握りしめ───やり場もなくぶらりと下へ垂らす。

彼女たちの涙、苦しみ……それらを胸にしっかりと刻みつけ……

 

 

「──────畜生」

 

 

そう吐き捨てた彼は、その場を後にした。

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

その日の午後9時頃のこと。

俺はとある公園で1人ベンチに座って雲1つない夜空を仰いでいた。とある少女に呼び出され、俺は10分ほど前からここにいる。

空を見ながら考えているのは、今日起きたこと。

放課後皆で集まって話し合ったが、やはり結果は変わらなかった。穂乃果には、彼女の体調が戻ってから改めて伝えることにしたのだが……どんな理由があったにせよ、穂乃果に相談することなく決めたという事実は変わらない。それでよかったのだろうか……という思いが俺の思考の半分を占めている……もう半分は今からのこと。

 

すると不意に声が聞こえた

 

 

「───やっぱり来るの早いね、優真くんは」

 

 

声の主の方を見ると、彼女は柔らかな笑みを浮かべて俺の方を見ていた。

 

「───ことりちゃん」

「ごめんね。待たせちゃったよね?」

「んーやそんなに?」

「……優真くんのそんなには信用できないよ?」

「心外だなぁ。……っていうかその服…」

 

俺が制服のままで公園に来たのに対し、彼女は……控えめに見てもオシャレをしてきていた。

レース生地の下に、花柄の可愛らしい布地を使って作られた、夏なのに涼しげな印象を見せる淡い水色のワンピース。その可愛らしさに、俺は思わず見惚れてしまった。

 

「……近場だからわざわざオシャレな服着てこなくても良かったのに」

「……女の子はいつでもオシャレをするものなんですーっ」

「そ、そんなに拗ねないで……ってかそれ、もしかしてことりちゃんの手作り?」

「あ?わかってくれた?あったりー!」

 

えへへ、と笑うとことりちゃんはその場で俺に披露するようにターンした。

 

「……どう?」

「似合ってる。可愛いよ」

「……ふふっ、ありがと♪」

「……それで。どうして俺を呼んだの?」

 

その時彼女が一瞬暗い表情を浮かべたのを、俺は見逃さなかった

 

 

しかし彼女は次の瞬間にはいつもの笑みを浮かべて俺へと言う

 

 

 

「実はね、今日は優真くんに伝えたいことがあったの」

「……伝えたいこと?」

 

 

 

その衝撃の言葉を

 

 

 

「私ね……優真くんに

 

 

お別れを言いに来たの」

 

 

 

「───────は?」

 

 

 

予想の遥か上を行く突然の言葉に、脳が理解を拒んでいる。そんな俺の思考を置き去りに、ことりちゃんは言葉を続ける。

 

 

「海外で留学することになって。

前から服飾に興味があって……海外で単身赴任してるお父さんから連絡が来たの。

向こうの学校で本格的に学んでみないか、って。

日本よりも経験が積めるらしくて、本気で服飾を目指すならそっちの方が良いみたい」

「……他の誰かに話した?」

「……海未ちゃんだけだよ」

「穂乃果には……!?」

「……言ってないよ」

「何でだよ……!?大切な幼馴染だろ!?そんなのおか…………」

 

 

己の言葉の途中で気づく。

ことりちゃんの笑顔は、悲しそうで、困惑しているような……そう、か。

 

ことりちゃんの異変。その原因はおそらくこれに悩んでいたからだ。しかしその異変に穂乃果は気づかなかった。

もしかして……

 

 

「……伝えようと、したのか……?」

「……穂乃果ちゃんライブに夢中で、何回も言おうとしたけど、私のことなんてまるでうわの空で……結局言えないまま、ここまで来ちゃった」

 

……穂乃果のオーバーワークの弊害は、こんなところまで及んでいたのか。

確かにあの時の穂乃果はライブのことしか見えていなかった。自分自身の体調のことも……そして大切な幼馴染のことりちゃんのことすらも。

 

……何してんだよ。

 

「……穂乃果に、言わなくてよかったのか?聞いて欲しかったんじゃないのか?」

「……聞いて欲しかった。でも、前を向いてる穂乃果ちゃんを見てたら、その気持ちを台無しにしちゃう気がして、伝えられなかった…」

 

そこで初めてことりちゃんは笑顔を崩した。

……聞いて欲しいに決まっている。

傍目に見ている俺にもわかる……あの幼馴染3人組がどれだけ互いを信じ合い、頼りにしているか。

数秒後、ことりちゃんは笑顔を作り俺に見せた。

 

「……だから行くことにしたの」

「……どうしてそれをみんなじゃなくて俺に?」

「……だって、()()()()()()()()()()()?私が向こうで頑張ろうっていう気持ちを」

「は……?俺が?」

 

 

「───優真くんが、“私を応援してくれるから”」

 

 

「っ───────!!!」

 

 

「ねぇ、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

合宿前の買い物で交わしたあの約束。

彼女はそれが自分に勇気をくれたという。

それならばこんなに嬉しいことはない……はずなのに。俺にはそれが本当とは思えない。

 

本当に俺の言葉が勇気になっているなら

 

 

───何故君は今、そんなに悲しそうに笑うんだ

 

 

俺は、どうすればいい

 

本当に君は俺の応援が欲しいのか?

 

心から留学に行きたいのか?

 

君の本心が、見えない

 

 

ことりちゃんの表情が告げている。今言えと。

俺の言葉で、彼女の道が決まるのかもしれない。

 

 

俺が、君にかけるべき言葉は────

 

 

 

 

 

「───うん。頑張れ、ことりちゃん」

 

 

 

 

 

この言葉をかけた瞬間、悟った

 

 

あぁ、“間違えた”

 

 

ことりちゃんの悲しげな笑みは、変わらない

 

 

 

「……本当に優しいね、優真くんは」

 

ことりちゃんがゆっくりと俺に歩み寄り───

 

俺の胸に、自分の手のひらをそっと当てた。

 

「だから私は、こんなにも君を信頼してて……」

「……ことり、ちゃん…?」

 

そして彼女は自身の額を俺の胸へコツンと当てた。

 

 

 

────衝撃の言葉と共に

 

 

 

 

「だから私は──こんなにも君が大好きなんだね」

 

 

 

「えっ…………」

 

俺の胸から離れ、ことりちゃんはやはり悲しそうに笑い……俺の目を見て告げる

 

 

 

 

 

「───私は優真くんが大好きです

 

初めて出会った時からずっと

 

あなたのことが、大好き」

 

 

 

 

 

「……嘘、だよね…?」

「ホントだよ。……留学のこともそうだけど、今日はこれを言いに来たの」

「そんな…………」

「……本当はね、こんなに早く言うつもりじゃなかったの。もっと自分に自信が持てたら……その時に言うつもりだったんだけど、そうも言ってられなくなっちゃったから。

……言えないままの方が、もっと嫌だったから」

「ことりちゃん……」

 

 

もう思考が追いついていない。

先程から衝撃的なことが多すぎて。

 

 

「返事、いつか聞かせてくれたら嬉しいな。

今日じゃなくても……私が日本を離れるまでには」

「……いつここを発つの?」

「わからない…でも8月にはもう私はここにいない」

「そんな急に……!?あと2週間もないじゃないか……!!」

「……ごめんね」

 

悲しげに笑うことりちゃんの笑顔が見ていられなくて、俺は目をそらす。そして力強く向き直り──

 

 

「どうして……俺に言ってくれなか───」

 

 

 

それから先の言葉は、告げることができなかった

 

 

突如唇に訪れた優しい感触、甘い匂い

 

 

 

────自分が唇を奪われたと理解したのは、その感触が離れた後だった

 

 

 

「……優真くん身長高いから背伸びしなきゃダメだったよ、ふふっ♪」

 

それ故に、僅かな時間しかできなかったのだろう。

しかしそんなこと以上に、俺の頭の中は混乱しきっていた。

 

「……私の初めてだから、大事にしてね」

 

その言葉にも返事ができず

 

「……じゃあ私そろそろ行くね。今日はわざわざありがとう」

 

この言葉にも、何も言えない

 

そんな俺を背に、ことりちゃんは出口へと歩き出した。彼女は最後に一度だけ俺を振り返り……

 

 

 

 

「────()()()()、優真くん」

 

 

 

 

今日1の笑顔で笑い、公園を後にした。

 

 

残された俺は1人考える。

今日は本当に色々なことがあった。

色々ありすぎて、頭を整理しないといけない。

 

 

ただ今思うことは

 

 

月明かりに照らされた天使が見せた儚げな笑顔は

 

 

形容し難い程、美しかったということ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、『58話 崩壊』

今回もありがとうございました。
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