ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─   作:またたね
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崩壊

58話 崩壊

 

 

 

文化祭から数日後。

音ノ木坂学院は今日、一学期の終業式を迎える。

明日からは夏休みに入り、1、2年生は午前中、3年生は15時までの課外授業になる。女子校時代から音ノ木坂はそこそこの進学率を誇っており、今はそれほどでもないのだがその名残でこのような課外が行われることになっているのだ。

 

……そんな話はさておき、俺たちの話をしよう。

 

 

 

昨日体調を取り戻した穂乃果の家に俺たち全員で行った。穂乃果は自分が元気になった後、埋め合わせのライブをしたい…『ラブライブ!』に向けて歌いたいと俺たちに言う。

 

しかしその願いは……叶わない。

 

そんな穂乃果に絵里は告げる……μ's(俺達)の名前は、もうランキングには載っていないことを。

それを聞いた穂乃果はただ一言。

 

『────ごめんね』

 

笑顔でそう言うだけだった。

 

後に雪穂ちゃんに聞いた話では、その日の夜に名前を呼ばれても気づかないほど泣きじゃくっていたらしい。

申し訳ないと思うが、こうするしかなかった。

これが俺たちの結末だと、思うしかないのだ。

 

今朝凛と花陽といつも通り登校していると、穂乃果、ことりちゃん、海未の3人組と遭遇したが……やはり穂乃果の表情は暗いものだった。凛やことりちゃんがフォローを入れ、努めて明るくしようとしていたが効果は薄くて。

結局穂乃果の気を晴らすことができないまま、俺たちは音ノ木坂へと着いた。

 

 

そして今は、終業式の最中。

今回は俺、希、絵里の生徒会も、自分達のクラスの席に座っている。

今までの式典には無かったその対応に若干の疑問を抱きながら……俺は恙無く執り行なわれる式をぼんやりとした頭で聞き流していた。

 

「続きまして、理事長の挨拶」

 

普段絵里がしている進行は、今回先生の手によって行われている。その声に従って、理事長が壇上へ上がった。

 

「───皆さん、おはようございます。今日は生徒の皆さんに、重大な発表があります」

 

発表……?

俺は隣に座っている絵里の方をそっと見ると、絵里もこちらを向いており、首をゆっくりと横に振った。やはり絵里も知らないようだ。

……生徒会の俺たちにも内緒の発表、か。

……既視感(デジャブ)だな。

思い出すのは、4月の頭……忘れもしない、廃校が告げられたあの日のこと。

この状況は、その時と似ている。

……胸騒ぎが止まらない。一体理事長は今から何を

 

 

 

「───音ノ木坂学院は、来年度も生徒募集を継続することになりました」

 

 

 

───────え?

 

騒つく講堂内、唐突に告げられたその言葉は一気に動揺を生む。……今、何て…?

 

 

「この学院を受験したいという中学生が昨年度よりも遥かに多く、今年も無事に生徒募集をすることができるようになったのです。

 

────音ノ木坂は、無くなりません」

 

 

音ノ木坂は……無くならない?

今確かに理事長はそう言った。つまり……

 

学校は……存続する?

 

騒めきは段々と大きくなり、歓喜の声へと変わってゆく。皆が皆、学校が存続するという事実に心からの喜びを感じているのだ。

 

かくいう俺や絵里は……未だに実感が湧かず、ぽかんとした表情で理事長の方を眺めているだけ。俺の場所からは見えないが、他のμ'sメンバーもそうなのではないだろうか。

 

「静かに。……ここで学院から、ある生徒たちに感謝の言葉を伝えます。

 

────絢瀬絵里さん」

 

「…! はい!」

 

突如名前を呼ばれた絵里が、やや動揺を残したまま立ち上がる。そして次々に名前が呼ばれてゆく。

 

「東條希さん」

「はいっ」

「西木野真姫さん、矢澤にこさん」

「……はい」「は、はいっ!」

「小泉花陽さん、星空凛さん」

「はいっ…!」「はい!」

「園田海未さん、南ことりさん」

「はいっ」「はいっ!」

 

「───高坂穂乃果さん」

「……はいっ!」

 

「……音ノ木坂学院アイドル研究部所属、スクールアイドルμ'sの皆さん。貴女達の活動が音ノ木坂の知名度を高め、多くの中学生に音ノ木坂を受験したいという動機を与えるキッカケとなりました。

貴女達の活動が、音ノ木坂を救ってくれました。

 

────本当にありがとう」

 

理事長がμ'sを名指しして礼を言う。

それがどれだけ異常事態なのか、ここに座っている皆は理解しているのだろうか。

 

「そしてμ'sをずっと支え続けた……朝日優真くん」

「……はいっ」

「剛力悟志くん」

「えぇっ!?俺も!?アッ、ハイ!」

「貴方達へも心からの感謝を贈ります。

……学院を存続させてくれて、本当にありがとう」

 

講堂が温かい拍手に包まれる。

それを全身に受けた時、初めて実感した。

 

 

 

───あぁ、俺たちは

 

学校を、守れたんだ────。

 

 

 

 

 

 

「やったにゃーー!!」

 

放課後、部室に皆が集合してから凛が一気に溜めていた興奮を爆発させた。

 

「学校は存続するってことだよね!?ね!?」

「お、落ち着きなさい花陽!ま、まだ再来年はわからないけどね!」

「ま、真姫が1番慌ててるじゃない!ここここここはわたすみたいに冷静に……」

「……にこっちが1番重症やんなぁ」

 

一年生とにこの興奮は尋常じゃない。特ににこに関しては一人称を噛んでしまうほど。……一人称を噛むやつなんて本当にいるんだな。そんな様子を絵里、希…2年生と俺が端から眺めている。

しかし1人、どう考えても様子がおかしい奴がいる……そう、穂乃果だ。

こんな時に1番喜びそうなのは穂乃果なのに。

そんな穂乃果に希が声をかけた……空気を壊さないように、小さな声で。

 

「……らしくないなぁ、穂乃果ちゃん」

「……希ちゃん…」

「本当は喜びたくてウズウズしてるんやない?」

「それは……」

「……“自分のせいで『ラブライブ!』に出れなかったのに、喜んでいいのか”。……とか考えてるんやろ」

 

希の指摘は図星だったようで、穂乃果は希から逃げるように目を逸らした。

 

「気にせんでええんよ。ウチらの目的は達成されたんやから。過程はどうであれ、それは変わらない事実。理事長も言ってたやろ?“ウチらが学校を救った”って。だから今は素直に喜ぼ?」

「希ちゃん……うん!ありがとう!」

 

久し振りに心の底からの穂乃果の笑顔を見た。

説得なら俺や絵里にもできたかもしれないが、ここまで立ち直らせるのは彼女にしか出来ない芸当だろう。

 

そこで絵里がある提案を持ちかける。

 

「──ねぇ。今日は練習の開始を少し遅めて軽くお祝いしない?」

 

「お祝い?」

「そう。廃校も無くなったしそのお祝い、ってことで久々に皆でゆっくりしましょう?今日は学校は午前で終わりだし、みんなもお腹空いてるでしょ?食べ物を持ち込んで軽くパーティ……なんてどう?」

「それいい!やろうよみんな!」

 

いつものテンションを取り戻した穂乃果が、皆に同意を求める。皆は久々のそれに喜びを覚えながら、穂乃果に笑みを返す。

 

「じゃあ決まりね!それじゃあ穂乃果!何人か連れて買い物に行ってきて頂戴!」

「はーい絵里ちゃん!じゃあ指名するよ!

真姫ちゃんことりちゃん凛ちゃんにこちゃん花陽ちゃん!

いっくよーー!!」

「ちょ、穂乃果、なんで私だけ引っ張って……待ってってば!」

「あー!穂乃果ちゃん待つにゃーー!!」

 

名指しした面々もそのままに、穂乃果は真姫だけを引っ張って部室を後にする。そしてそれをダッシュで追いかけていく凛…それに苦笑いしつつ、残りのメンバーも穂乃果を追いかけるように駆け出していった。

 

残されたのは海未、絵里、希、そして俺。

 

「……じゃあ海未と優真は空き教室から椅子と机を運んで来てくれる?私と希で部室の準備をするから」

「ん、了解」

「わかりました」

 

準備を絵里と希に託し、俺と海未は部室から少し離れた空き教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「……優真先輩、少しいいでしょうか?」

「ん?どうした?」

 

空き教室に着いた途端、突如海未に質問を受けた。

 

「……ことりから何か聞きました?」

「……海未は知ってるんだっけ?」

「……聞いた、みたいですね…」

「一応、ね。ことりちゃん、文化祭前元気がないと思ってたら、こういうことだったんだな……

海未はいつ聞いたんだ?」

「私は文化祭の前日ですね」

「……それまた急だな」

 

よく動揺を抑え切ったものだ。

海未の心の強さはこういうところに如実に現れる。

 

「……何て声をかけたんだ?」

「……何も言えませんでした。黙って、背中を押すことしか…」

「そっか……」

 

……きっと海未もこの間の俺と同じような葛藤に襲われたのだろう。大切な仲間を応援してあげたいという気持ちと、行って欲しくないという気持ち。

 

「……それはそうと優真先輩」

「ん?」

 

 

「───本当に聞いたのはそれだけですか?」

 

 

「……どういう、ことだよ」

「……ここ最近、ことりとの様子がおかしい気がして。まるでことりに気まずさを感じているような……」

「…………」

 

確かに俺はここ最近ことりちゃんと会話はおろか、目を合わせることもしてない。合いそうになれば、どちらかが必ず──殆どは俺だが──目をそらす。

 

彼女を見ると思い出すのは、あの日の夜に告げられたもう1つの衝撃の告白……彼女の、俺への思い。

 

そしてあの日の────口付け。

 

どれだけ頭の中から振り払おうとしようが、あの骨の髄まで溶かしていくような甘さを錯覚させる魅惑は、染みついて離れない。

 

それら全てが枷となり、俺から自然とことりちゃんを遠ざける。

 

 

「───ちゃんと返事はしてあげたんですか?」

 

 

その言葉に一瞬動揺してしまった。

すぐに平静を装ったが、おそらく誤魔化せてはないだろう。

 

「……知ってたんだな」

「幼馴染ですから。見ていれば嫌でもわかりますし、本人からも直接聞きました」

「そっか。……返事はまだしてないよ」

「答えは決まっているのですか?」

「……」

「……いいえ、何でもありません。本人よりも先にそれを聞くのは間違っていますね」

 

海未が強く問いただしてこなかった事に、内心安堵した。俺の答えはまだ決まってないからだ。

 

以前の合宿の肝試しで凛と話したことを思い出す。

 

 

 

 

───『思い当たることが、十二分にある。

それと恋の境目が自分の中で定まってないからこんな錯覚を生んだのか?

だったら俺は。

 

過去にあったことを一旦全てゼロにしよう。

 

その上で、“今の”ことりちゃんと希を見る。

特に希に関しては、“希”の補正がかかり過ぎていてマトモな判断ができてないのかもしれない。

だから改めて、2人のいいところを探そう。

そしてそれが恋なのか……ゆっくりと考える。』───

 

 

 

全てをゼロにした上で、俺は2人をどう思っているのか。どれだけ考えても答えが出なかった。“好き”という感覚が自分の中で麻痺しているのかもしれない。

 

───それとも別の何かが、俺が答えを出すことを阻害しているのか。

 

「私は優真先輩に昔何があったのか知っています」

 

黙り込んでしまった俺に、海未は語りかけるように話しかける。

 

「それ故に、無責任な言葉をかけるわけにはいきませんが……ことりに幸せになってもらいたいというのもまた事実です。最も、ことりはもうすぐ“往ってしまう”わけですが」

「海未……」

「……私が言えるのはただひとつです。

 

 

───ことりのこと、ちゃんと見てあげてください

 

建前や理由や過去を一度全て忘れて

 

1人の女性として」

 

 

「……わかった」

 

……そうだな。

俺がことりちゃんの告白を受けて考えていたことは、“ことりちゃん以外の何か”だったのかもしれない。そんなの、ことりちゃんに失礼だ。

 

「……ありがとな、海未」

「いえ。お力になれたのならよかったです。

……さて、机は何個あれば大丈夫でしょうか?」

「長机が2つくらいで大丈夫じゃないか?椅子は全員分で」

「ですね。では運んでいきましょう」

「おう」

 

それ以降は他愛もない日常会話を挟みながら、俺たちは部室へと椅子を運んでいった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあみんな!グラスは持ったかな〜??」

 

黒板の前に立ち、俺達を仕切ろうとするのはにこ。

最早見慣れた光景なので誰からもツッコミは上がらない。

 

「思えばにこがアイドル研究部を作ってから、どれだけの月日がなg」

『かんぱーい!!』

「話を聞きなさいよおおぉぉぉぉ!!!」

 

いつも通り(?)の対応の後、皆で席を囲みパーティを楽しむ。いつ如何なる時でも白米を食す小泉氏は、家から自前の炊飯器を取りに戻ったらしい。最早さすがとしか言いようがない。

買い出し組が買ってきたオードブルやお菓子をつつきながら、久々のゆったりとした時間を楽しんでいた俺たち。

そんな最中、俺はある2人が離れたところに座って話しているのが目に入った。

2人の面持ちを見て、俺は2人が話しているであろう内容を悟り……席を立ち、その2人の元へと向かう。

 

 

「……ことりちゃん、海未」

「優真くん……」

「優真先輩……」

「……“言わないの”?」

「っ……!」

 

今の反応を見て、俺の予想は正しかったのだと理解する。2人はことりちゃんの留学の話をみんなに伝えるか否かを話していたのだ。

 

 

「……今はまだ…」

「もうすぐ行っちゃうんだろ?今みんなが集まってる時に言わないと、タイミング逃し続けちゃうぞ?」

「でも……みんな楽しそうにしてるし……その空気を壊したくないから…」

「ことりちゃん……」

 

本当にこの子は優しい。どこまでも周りに気を遣い、遠慮し続けるその姿が痛ましくて。

 

すると突然海未が立ち上がり……

 

 

「───皆さん、突然ですが重大な話があります」

 

 

まさか……言うのか、君が。

 

 

「海未ちゃん……!」

 

ことりちゃんの制止を無視し、海未は言葉を続けた

 

 

「──ことりが海外に留学することになりました」

 

 

 

───途端に皆を包む静寂。先程までの盛り上がりは嘘のよう。あまりにも突然すぎる発表に、誰1人声も出なかった。

皆は驚愕の顔を浮かべているが、1人だけ………ただ1人だけはその表情が違っていた。

彼女が浮かべている表情は、驚愕以上の───

 

───“絶望”と、“喪失感”。

 

「……前から、服飾の勉強したいなって思ってて…そしたら海外にいるお父さんから、『こっちの大学で勉強してみないか』って……」

「……行ったきり、帰ってこないのね」

「……うん…」

 

 

絵里の問いかけへの答えが、皆を再び静寂の海へと叩き込む。誰もがその海に溺れ、どうすることもできない中、口を開いた少女が1人。

 

 

「───どうして言ってくれなかったの」

 

 

先程までの絶望に打ちひしがれていた顔つきとは全く違う……今彼女が浮かべるのは、“静かな怒り”。

 

「……穂乃果、ことりは隠そうとしていたわけでは」

「海未ちゃんは知ってたんだ」

「っ………」

 

3人のなかで自分だけが知らなかったという事実。

その事実は穂乃果を怒らせるには十分すぎたのだ。

しかもその内容が故に怒りもまた一入。

 

「穂乃果、ことりちゃんの気持ちもわかってや」

 

 

「───わからないよ!!!」

 

 

俺の言葉を遮り、穂乃果は叫ぶ。

 

 

「だって、居なくなっちゃうんだよ!?ずっと一緒だったのに……!大切な幼馴染なのに!!

そんな大事なこと……どうして今まで言ってくれなかったの!!」

 

 

穂乃果の昂った感情は涙となり、彼女の空色の瞳をユラユラと揺らしている。

そんな目に見つめられながらも……ことりちゃんは反論もしようとせずにただ困ったように笑うだけ。

 

人のことを誰よりも考える優しい彼女が次に穂乃果に放つ言葉は、容易に想像がつく。

 

 

穂乃果を傷つけないように、彼女は己が心を殺す

 

 

「─────ごめんね」

 

 

決して穂乃果を責めることなく、あくまでも悪いのは自分だと。

 

そんな悲しげな笑顔を見て、何も思わないわけない

 

 

 

そしてその言葉は、俺の意志を無視して口から滑り出た。

 

 

 

 

「お前ことりちゃんの気持ち考えた事あんのかよ」

 

 

 

 

俺の静かな怒声に、部室の空気が変わる。

───ヤバい、止めなきゃ。でも……

 

「文化祭のライブしか見てなくて周りに迷惑をかけてたのはどこのどいつだ。そんな奴の事を思って、今の今まで周りに気を遣い続けたことりちゃんの気持ちを、お前は少しでも考えたことがあるのか?」

 

「っ……」

 

穂乃果が傷ついていくのが目に見えてわかる。

こんなことを言っても何にもならない。頭では理解しているのに、止まらない。

 

「お前があんな風だったから、ことりちゃんは遠慮し続けてたんだぞ。ことりちゃんのそんな様子にも気付かなかったお前が、『どうしていってくれなかったの』?

 

────笑わせんじゃねぇ

 

言いたかったに決まってるだろうが。

お前ら3人は大切な幼馴染だろ。そんな大切な幼馴染のお前にも言うのを躊躇ってたんだ、お前がどれだけ周りが見えてなかったか……わかんだろ」

 

 

違う こんなこと言いたくない

 

 

「お前がそんな風だったから、ことりちゃんは今まで切り出せなかったんだ」

 

 

止まれ

 

 

「そもそも俺達が“あんな風”になったのはお前の責任だろ」

 

 

止まれよ

 

 

「───お前が“居なければ”」

 

 

それ以上は、何も

 

 

「俺達はあんな風にはなら────」

 

 

 

 

─────バチンッ!!

 

 

大きな炸裂音が響く。その音と自分の頬を襲った痛みが、俺を止めてくれた。

じんじんと痛む頬を抑え、俺は自分を叩いた少女の方を見る。

 

 

「─────海未」

 

 

そこには手を振り抜き、怒りに震える体を荒い呼吸で押さえつけ、彼女自身の激情を体現した刺すような目線を俺に向ける海未の姿が。

 

なおも荒い息と目に涙を浮かべたまま彼女は呟く。

 

 

「あなたがそんな人だとは思いませんでした……」

 

そして、叫ぶ

 

「───あなたは最低ですッ!!!」

 

 

その言葉は、俺の心に強く突き刺さる。

……何も言い返せない。事実俺が今穂乃果にしたことは“最低な”事なのだから。

 

 

「───いいんだよ、海未ちゃん」

「穂乃果……」

 

しかし穂乃果はゆっくりと海未を制止する。

 

 

「優真先輩の言う通りだよ。私がいなければ、μ'sは『ラブライブ!』を辞退することもなかった」

「……穂乃、果…?」

「私がもっとしっかりしていれば……ちゃんと周りを見ていればこんな事にはならなかった」

 

 

まずい、俺のせいだ。

俺のせいで穂乃果は今、自分自身を────

 

 

「私なんて───居なくても大丈夫だったよね」

「それは違うわ……!貴女が私たちを引っ張ってくれたから私たちはここまでこれたのよ?

今までも、そしてこれからも」

「“これから”?」

 

絵里の言葉を遮り、穂乃果はわずかな笑みとともに言葉を繋ぐ。……その笑みは、まるで絵里を嘲笑うようで。

 

 

「これからどうするの?

 

───“()()()()()()()()()()()()()”?」

 

 

「っ…………!!」

「ねぇ、教えてよみんな。

 

私達はこれから、“何のために”歌うの?」

「それは……」

 

穂乃果の指摘に、誰も答える事ができない。

そうだ。『ラブライブ!』を辞退し、廃校が無くなった俺達には───“歌う理由”が、ない。

 

 

「私は今決めたよ」

 

まさか───穂乃果。

 

「責任を取るって言うのが良いのかな」

 

やめろ─────

 

 

「───私、μ'sを辞め」

 

 

最後の言葉が放たれる寸前。

穂乃果の襟を握り締め、物理的に言葉を止めた少女が1人。

 

「にこ……ちゃん……」

 

 

「───それ以上続けてみなさい。ぶん殴るだけじゃ済まさないわよ!!」

 

 

先程の海未を超える勢いで、にこは穂乃果を怒鳴りつけた。

 

 

「私はアンタが本気だったから!アンタの本気を感じたから私はここに賭けたの!!

そのアンタが簡単に夢を捨てるの!?アンタが持ってる“真の魅力(カリスマ)”や“仲間”を……!

───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を簡単に捨てるっていうんなら……!!

 

───二度と私の前に姿を表すな」

 

「…………………………」

「…………答えなさいよ!!!」

「にこちゃんダメにゃっ!」

「落ち着いて!!」

「離しなさいよ!!凛!真姫!!」

 

襟から手を離して穂乃果に飛びかかろうとしたにこを、凛と真姫が後ろから抑えつける。

その様子をどうする事もできないまま涙目で眺め続けている花陽、責任を感じてただ涙を流していることりちゃん、仲裁に入るべきにこと穂乃果の間に入ろうとする絵里、怒りを隠そうともせずに俺を睨み付ける海未、そして『信じられない』、『一体どうしたの?』と語るような目で俺を見つめる希。

 

目の前で、確実にひび割れ行く俺の居場所

その原因を作ったのは、さっきの俺

違う、こんな事がしたかったわけじゃない

 

 

────ピキッ

 

 

何かが割れるような音が聞こえて辺りを見回す。

しかしそこには何もない。

 

 

そして次は、声が

 

 

『────あーあーあーあー。見事にぶち壊しやがったなこりゃあ』

 

 

頭の中で、響く

 

 

『いつかヤるんじゃねぇかとは思ってたけどな。

…なぁ、どうだ?これでわかったんじゃねぇのか?

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

五月蝿(うるせ)ェよ

 

 

『オメェの存在が、彼女達を歪ませた』

 

黙れ

 

『目指すべき目標を見失ない、彼女達を止める事も出来ず、あまつさえ彼女達を今壊そうとしているお前の。

 

───μ's(あの中)での存在価値は、何だ?』

 

…………

 

『……図星食らって(だんま)りかよ。

……まぁいい。俺の言った事、全部正しいなんてわかってるだろうからなぁ?

 

───“変わって”みせろ。それがお前のやり方なんだろ?

 

そのやり方が如何に無意味かその身を以て思い知れ』

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「………あは」

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

唐突に部屋に響く、今の空気に場違いな笑い声。

その異分子は、止まない穂乃果への怒りを抱えているにこの耳にも確かに届いた。

 

「───アンタ何笑ってんのよ……!」

 

空気を読まない唐突な笑い声に、にこの怒りの矛先が向く。

 

「はははははは」

「アンタいい加減にしなさいよ!?」

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

「……優、真…?」

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 

彼女はやっと気づく。

今目の前で笑う彼の意識が……正常じゃない事に。

 

「優真、どうしたの!?」

「あは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

「優兄ィ、もしかして……!」

 

 

狂ったように笑い続ける彼の頬を伝う涙。

その笑い声は段々と大きくなり──────

 

 

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは──────」

 

 

 

ふと事切れたように意識を失い、床へと倒れこんだ

 

 

「……優兄ィ!!」

「優真さん……!?」

 

その瞬間、凛と真姫が弾けたように彼に駆け寄る。

どれだけ揺すろうが、名前を呼ぼうが、彼が目を開く事はない。

 

「誰か担架持ってきて!!私たちじゃ保健室へは運べない……脈も呼吸もあるからAEDは不要……早く!!」

「わ、わかったわ!!」

 

真姫の指示を受けた絵里が素早く部室を飛び出す。

残りの皆はただ自らを落ち着かせるように真姫が手当を施す現場を眺めているしかなかった。

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

「………………」

 

私…絢瀬絵里は廊下の壁にもたれかかり、ただ呆然と沈みゆく夕日を眺めていた。

結局パーティは重々しい雰囲気のまま終了。

ことりは騒ぎが起きた発端は自分の留学の話だと責任を感じて部室から飛び出し、海未はそれを追いかけて行った。

にこは『ごめんなさい』という言葉を残して帰って行った。あの場にいたままだとまた穂乃果と衝突しそうになってしまうから、と後で遅れてメールが来た。

優真は奇妙な発作を起こし、それが止んだと思うと気を失ってしまった。希、凛、花陽の3人が彼を保健室へと運んで行ったが、今は静かに眠っているようだ。花陽1人を残して、希と凛は部室へと帰ってきた後、片付けに参加した。

 

そして穂乃果は……その場にただ立ち尽くすだけだった。

 

倒れた優真に駆け寄る事もなく。

走り去っていくことりを追いかける事もなく。

帰って行くにこに声をかけることもなく。

 

ただただ、ネジが抜け落ちたゼンマイ人形のように立ち尽くすのみ。

 

そんな穂乃果に私は『今日は帰りなさい』と声を掛けた。穂乃果はその言葉に小さく頷き、ゆっくりと……それでも確かな足取りで部室を出て行った。

 

今日は本当にいろいろなことがあった。

しかしこの衝突は……いつかは避けられないものだったのだと今になって思う。

穂乃果の言ったことは間違ってはいない。

“廃校がなくなって”、“『ラブライブ!』を辞退した”今、()()()()()()()()()()()()()()

遅かれ早かれ、この問題には皆で向き合わなければならなかったはずなのだ。

…最も、今回それが最悪の形で起きたわけだけど。

 

すると突然

 

 

「絵里ちゃあぁぁん!!」

 

 

私の名前を叫びながらこちらへ駆けてきたのは…

 

 

「───花陽、どうしたの?」

「大変なの!お兄ちゃんが……!」

「優真……?優真に何かあったの!?」

 

 

 

「お兄ちゃんが────居なくなっちゃった」

 

 

 

「何ですって……!?」

 

その言葉を聞いた途端、私は保健室へと駆け出した。花陽も少し遅れて私の後を追う。

 

そして到着するや否や勢いよく保健室のドアを開け放ち……

 

 

「────優真!!」

 

彼の名を呼ぶ。

その言葉には返事はなく……

 

彼が先程まで横たわっていたベッドには

 

彼の一切の痕跡すら残っていなかった

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

「はぁ……はぁ…………」

 

 

部室で倒れ、保健室で寝ていた俺は意識を取り戻した途端に逃げるように家へと帰った。

 

 

自分の部屋の机に座り込み、荒い息を宥めながら俺は頭を抱え込む。

 

 

もう嫌だ、誰にも会いたくない

 

大切な居場所を自らの手で崩壊寸前に追い込み、その大切な仲間を自らの手で傷つけた俺はもう

 

あの場所には戻れない───

 

 

……否、それでも俺は変わらなくちゃいけない

“何かを守れる”俺に、“誰かを助けられる優しい”俺に

 

変わるんだ、俺は

そのために俺は今まで────

 

 

 

『───お前も大概バカだよなぁ?』

 

 

声が響く

 

 

『───そのやり方で招いたのが“μ'sの崩壊(さっきの)”だろーが。自分の存在が間違っていることにどうして気づかない?』

 

 

さっきから何度も何度も

 

 

『───テメェのやってることは片足のとれた将棋盤の上で、必死こいてチェスやろうとしてるようなもんだ。そもそも前提が歪んでるんだからどうやろうとも正しい答えにたどり着けるはずがねェ』

 

 

聞きたくもないのに、頭の中で

 

 

『───何が“変わる”だ。お前がいくら変わったところで、アイツが本当に変わったって言えんのかよ

……テメェは何もかも間違ってんだ。

考え方も、やり方も、存在自体も』

 

 

「………………黙れえぇぇええぇぇ!!!!」

 

 

頭に響く声を振り払うように、机の上に乗っていた教材類を払い散らかす。

何度叫ぼうが、頭の中の声は止まない。

 

 

─────ピキッ、ピキッ

 

 

また聞こえる、何かが割れるような音。

少しずつ、ひび割れて崩れていくようなそんな音。

 

そんな音と声に紛れて気づかなかった、とある“音”

 

 

 

「────やっぱり帰って来てたんだね」

 

 

荒い息のまま、声の主を振り返る。

開かれたドアの先には───

 

 

「───凛」

「心配したよ?帰るなら一言連絡してからにしてほしいにゃ」

 

凛がぎこちなく笑う。その笑顔を見て本当は黙って帰った俺を怒りたくてたまらないのがわかった。

……そんなことより、どうして俺の家に。

鍵は掛けてあったはずなのに。

 

 

「……()()()()()()()()()()()()?」

「……()()()()()()()()()()()()

「わかるよ。優兄ィの考えてることくらい」

 

 

今度こそ、凛は心から微笑んだ。

いつもと何も変わらない、俺の気を落ち着かせてくれるやりとり。それに少しだけ安堵を感じた俺もわずかに微笑む。

 

 

「……懐かしいな」

「覚えてる?優兄ィ。今の会話」

「あぁ。()()()()()()()()()だろ?」

「あったりー!ちゃんと覚えてるもんだね」

「おう。お前が作ってくれた料理がカップ麺だったこともな」

「そこは別に覚えてなくていいにゃ!あれから少しは料理できるようになったし!」

「本当に?」

「……多分?」

「んだよそれ」

「えへへ」

 

 

……こいつと話すのはどうしてこんなにも心が落ち着くのだろう。中身も何もない、2日もすれば忘れてしまうような内容の会話でさえ、凛とすると途轍もなく楽しい時間に思えてしまう。

 

 

────本当にお前は、最高の妹だ。

 

 

「……優兄ィ」

「ん?」

「……気にしなくていいんだよ。誰も優兄ィを責めたりしてない」

「…………」

「だから待ってる。優兄ィの帰りを」

 

 

───でもごめんな、凛。

 

 

「……俺のことはもう放っといてくれ」

「優兄ィ……!?」

 

 

今の俺の不安定な気持ちじゃ、また間違えてしまう

 

だから

 

 

「……もう俺に構うな」

「なんで……どうして!?」

「しばらく1人にしてくれ。いろいろ考えたいんだ」

「……嫌だよ」

「凛」

「嫌だよ!!」

 

正直、こんな凛は珍しい。

俺が放っといてくれというときは、大体俺の心情を汲んで深く突っ込もうとはしない。

しかし今日の凛はなかなかに強情だ。

 

「……どうして俺に関わろうとする」

「そんなのっ…!」

「俺はμ'sを……みんなを傷つけた。もうあそこは俺が居ていい場所じゃない」

「待ってよ……」

「もう俺に……関わるな」

 

そう吐き捨てた俺を、凛は悲痛な面持ちで見つめていた。これで折れるだろうと思っていた。しかし……

 

「……やっぱりダメだよ!そんなのおかしいよ!」

「くっ…………!」

 

 

いくら言っても聞こうとしない凛に、いい加減怒りが爆発しそうだった。

 

 

「放っとけつってんだろ!!どうして俺に関わろうとするんだよ!!」

「だって凛は!!」

 

 

そして俺は聞いた

 

 

彼女の胸に秘めた思いを

 

 

 

 

 

「────優兄ィの事が、好きだから……!!」

 

 

 

 

 

「………………………………え……?」

 

 

「優兄ィが苦しいときは側にいてあげたい…!

隣で支えてあげたい!もう嫌だから……優兄ィの“イモウト”のままじゃ嫌だから!!

 

ねぇ…凛はいつまで…優兄ィの中で妹なの……?」

 

 

 

 

彼女の言葉の意味はこういうことだろうか

 

 

俺が凛に向けている妹や幼馴染としての愛とは違い

 

1人の男として、俺が好きだと

 

それにも衝撃を受けたが、しかし

 

 

───そんな彼女に、()()()()()()()()()

 

 

 

 

───『……ありがとう、凛。でもさすがに俺たちも戻らないと、サトシたちが心配するだろ?とりあえず右の道に入って……“海未達”を探してみよう。……そして歩きながらでいいから

 

───俺の話、聞いてくれるか?』

 

 

 

『───うん、聞かせて?』────

 

 

 

 

合宿の、肝試しの時、俺はあいつに、希と、ことりちゃんのことを、話して、

 

 

あ、ぁ、俺は、、な、んて、こと、を

 

 

凛、を、傷つけ、、て、

 

凛を、凛、凛、、凛凛凛凛凛凛、凛凛凛

 

凛凛凛凛凛凛り凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛り凛凛凛凛凛凛凛凛凛う凛凛凛凛凛凛凛あ凛凛凛凛凛凛り凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛ん凛凛凛凛凛あ凛凛凛凛凛凛凛り凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛ん凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛ん凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛りあああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

 

────キシッ、ビギッ、バギバギッ!!

 

 

 

また音が響く そしてあの声も

 

 

 

『────よぉ。自分の振る舞いで大切な幼馴染を傷つけた感想を聞かせてくれよ。オイ?』

 

 

あぁ

 

 

『───で?どうするわけだよ。君が守ると決めた人を自分自身で傷つけちゃったわけですが。トーゼン“守る”んだろ?自分を“変えて”。それがテメェのやり方だもんなぁ?』

 

 

あぁ

 

 

『───さて、これでわかっただろ。オメェのやり方じゃ何も守れねぇ、何も出来ねぇ。

テメェには覚悟がねぇんだよ。何かを犠牲にしないで大切な何かを守ることなんでできるわけねーだろーが。

 

全部を大切にするから

 

全てを抱え込もうとするからテメェは』

 

 

あぁ

 

 

『───甘い。甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い。

さっきから言ってることとやってることがめちゃくちゃなんだよ。

“変わりたい”とかほざく割には、凛に向かって“俺に関わるな”なんて……滑稽以外の何物でもねェ。

 

自分自身の周りを省みない、自分を“変えるため”とかいう自己中な考えのもと起こした行動で傷ついた人がいることを自覚しろ。

何度でも言ってやる。オメェは間違ってる』

 

 

あぁ、そうか

 

 

『───お前は』

 

 

俺は

 

 

 

『「────必要ない』」

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

言ってしまった。

悩み苦しんでいる優兄ィをみて、感情を抑えることができなかった。

 

伝えるつもりはなかったのに

 

心に留めておくつもりだったのに

 

今こんなことを伝えても、優兄ィを苦しめるだけ

 

頭では理解していたつもりだったのに。

 

現に今優兄ィは、黙り込んでしまって……あ、れ?

 

よく見ると様子がおかしい。

目は虚ろで、どこを見ているのか全くわからない。

顔色は真っ青で、どう見ても普通じゃない。

そして不意に───優兄ィの首がカクンと曲がり、俯いてしまった。

 

「……優、兄ィ…?」

 

不審に思った凛が話しかけても、優兄ィから返事はない。

 

「どうした……の………?」

 

全く反応のない優兄ィに、不信感よりも恐怖の方が募り始める。さっきだっていきなり倒れたし、もしかしてどこか体が悪いんじゃ……

 

そう思って近づこうとした時、優兄ィの顔が上がる

 

 

「────ありがとな、凛」

 

 

「え……?」

「返事、しっかり考えてからでもいいか?」

「……う、うん」

「ちゃんと答えるから。それじゃ、今日はわざわざありがとう」

 

 

優兄ィの言い方は……まるで『早く帰れ』と急かすよう。さっきは反抗してしまったけど、今はなぜか早く帰らなければならないような気がしてしまい……

 

自然と足が部屋の外へと向く。

 

「……じゃあね、優兄ィ。明日また学校で」

「おう」

「………………」

 

 

何故だろう

 

この部屋を出たらもう、優兄ィと会えない気がする

 

 

「…………凛?」

「んにゃっ!?な、何もない!それじゃね!」

「凛……──────────。」

 

 

焦りのあまり、ロクな返事をしないままにドアを閉じてしまった。最後何か呟いた声は、凛の耳には届くことはなく。

 

「あっ…………」

 

その途端に訪れる後悔、それに背中を押されてドアへ手を伸ばす。しかし何故かもう一度開けようという気にはなれなかった。

 

……何かがおかしい。

自分で自分の気持ちが不安定なのがわかる。

優兄ィに会いたいのに、優兄ィに会いたくない。

このドアを開ければ何かが壊れてしまう気がするのに、ドアを開けてしまいそうになる。

 

怖くてたまらない───自分の心の不安定さが。

 

不自然な何かを感じたまま、凛は優兄ィの家を出てきちんと施錠した後、鍵を元の隠し場所へと戻した。そして優兄ィの家の外門を出たところで……振り返る。

 

 

「……………………」

 

 

違和感、疑問、謎。

どの言葉も当てはまらない不思議な気持ちを抱えたまま……凛は自分の家へと歩き出した。

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

「……最後の言葉、聞こえてたかなぁ」

 

嵐のように去っていった凛……彼女が居た場所を微笑みとともに眺めていた俺は、小さく呟く。

 

 

 

「凛……───“今までありがとう”」

 

 

 

最後の最後でたくさん迷惑かけたけど

 

 

君達に出会えて俺は幸せだった

 

 

泣いたこと、笑ったこと

 

 

悲しかったこと、楽しかったこと

 

 

その全部が俺にとって大切なものだった

 

 

言いたいことはたくさんある

 

 

でも本当に言いたいことは1つだけ

 

 

みんな

 

 

 

 

 

 

 

「──────ごめんな」

 

 

 

 

 

 

 

────ガシャァァン!!!

 

 

一際大きな音を立てて

 

 

彼の中で何かが壊れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あは』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふふふふふふふふ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『んふふふふふふふふははははははははははふふふははははふはふふふはふはふふははふはは

ふふふふはははははふははははふふふははははふはふふふはふふふふふははははははははははふふふははははふはふふふはふははははあはあはははあははははははははふふふふははははははあはあはあはあはははは』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あははははははははははははははははは』

 

 

 

 

 

 

 

 

奇怪な笑い声が暫く部屋に木霊する

 

その笑い声が止んだ後で、小さく呟く声が1つ

 

 

 

 

「───ホント、バカだよなぁ?オメェは」

 

 

 

彼は笑う ニッタリと、にんまりと、楽しそうに

 

 

 

「───散々迷惑かけといて、最後は自分でかよ。……ま、最後の方は促がしちまったところがあるけど」

 

 

 

右手を握り、離し、また握り、離し

 

 

 

「───安心しろ。お前が大切にしていたもの、大切な場所は───」

 

 

 

目から伝う一筋の雫と共に零れ出た言葉

 

 

 

 

 

 

 

 

「───全部“オレ”が守ってやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、59話『回顧』
今回もありがとうございました。





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